「なんでこんなとこに人がいるのよ!!」
「知るか! とにかく急げ!」
ティアが当然とも言える疑問を口にするが、私はそんなことを考えるよりも早く駆けつけることを優先するよう指示を出す。
ドラゴンによる仕業か? いや、ならばその巨躯がこの洞穴内で動く際の振動や音があってもおかしくはない。ならば他の魔獣か動物による仕業か? いったい何が起こっているのか?
――考えるための情報も、余裕もない。今はただ、声の主を助けなければ。
一瞬だが、確かに聞こえた悲鳴。反響音の大きさからしておそらくはそう遠くないはず。しかし、距離が近いといっても正確な場所がわからなければどうしようもない。
一か八か。足を動かしながら、私は懐から光晶石を取り出して握る。
指先でつまめる程度の大きさの白い石が、私の手に触れた途端に白色の輝きを放った。
(声は確か、あの先に――!!)
十分に魔力(マナ)を込めたことを確認すると、私は光を放つ光晶石を擲(なげう)った。
私の手から離れた光晶石は、まるで暗闇の中で生まれた太陽のように周囲を明るく照らしながら、放物線を描いて向こう側へと飛んでいく。
助けを求める人の発見と、もし魔獣か何かに襲われているのならば、閃光による牽制も兼ねていた。
半ば賭けであったそれは果たして、人を見つけるという点でまず功を成す。
白光が照らしだしたその先にいたのは、私のものと似たローブに身を包んで横たわる人影。顔はフードによって隠されて見えないが、おそらくは声質からして女性。
そして――。
「ッ、野盗!?」
その人影に跨ってナイフを喉元に突きつけている、賊らしき男が視認された。それだけでなく、周囲でその人物を囲うように取り巻く仲間もいる。
思わず驚愕の声を漏らすティアをよそに、私は敵の数を確認した。
数は一、二……全部で五人。全員がナイフやロングソードなどで武装しており、レザーメイルで身を包んでいる。悲鳴をあげた人物を押さえつけているのが一人。
幸いなことにその全員が、私が投げつけた光晶石――ひいては、私たちに注意を取られていた。
「ティア、これ持っててくれ」
「は? え、ええっ、ちょっと!?」
手に持っていたランタンと荷物をティアに放り投げ、素早くローブを脱ぎ捨てヴェンデッタと魔装制服(ドレスアーマー)を展開させると、私は一気に駆け出して賊どもとの間合いを詰める。
急接近する私に相手が呆気に取られている間、ローブの人物を押さえつけていた賊のナイフをヴェンデッタの右切り上げで弾き飛ばした。
斬撃の勢いを殺すことなく、私はそのまま右側に立っていた賊のロングソード――正確には、その剣を握っていた手に目がけて跳び蹴りを放つ。
「がッ!?」
衝撃を受けたその手から、ロングソードが抜け落ちた。
蹴りを放った後も、私は回転を止めずに残りの三人目が持つ得物を狙って鋭い一閃を繰り出す。
右薙ぎ気味に放たれた逆袈裟斬撃は、三人が持っていた剣をへし折った。
猛威を振るったヴェンデッタの旋転は、人を押さえこんでいた賊の首元でピタリと制止する。
「……あ……ぅ……」
「……下がれ。そこにいる他の奴らも全員だ。でなければ斬る」
首にヴェンデッタを突き付けられた野盗が、呻くように声をあげる。
刃を押し当てながら、賊にローブの人物から離れるよう誘導すると、相手はそれに従った。
賊たちは皆同じように苦々しい表情を浮かべて私を睨みつけてくるが、私は全く意に介さない。
得物は全て破壊されるか、その手からなくなっている。全員が剣の間合いに入った今、下手に動こうものなら目の前の男だけでなく一瞬で斬り捨てられる……それをお互い理解しているからこそ、こうして膠着(こうちゃく)しているのだ。
少し遅れて、ティアとゼクスが私の元へ駆けつける。
「ティア、ゼクス。その人を頼む」
「わかった」
私が指示を出すと、ティアが了承の返答をする。ゼクスからは特に返事がなかったが、彼女とともにローブの人物を介抱してくれていた。
それを横目で確認した私は、賊の方へ再び視線を向けるとそいつらに命令する。
「……ここで何をしてたのかは知らんし、聞く気もない。失せろ」
「な、なんだいったいテメェ! 仏の騎士がいったいこんなとこに何の用だよ、俺たちは――ッ!!」
首に剣を突き付けた賊が何かを言い切る前に、私は刃をより強く押し当てて相手を黙らせる。
「…………失せろ。三度目は言わん」
賊を睨みつけながら、私は最後の警告を口にした。
それを受けた賊は悔しげに歯噛みしながらも、命が惜しいのか何も口答えすることはない。湧き上がる激情を押し殺すようにして唸ると、賊は仲間たちに呼びかける。
「~~~~~~~~~~~~~ッどうせそんなヤツ商品価値もねぇ、テメェらにくれてやるよ! 行くぞお前ら!」
「クソッ、仏の騎士がふざけやがって!!」
「チクショウ! テメェもそいつみたく野垂れ死にやがれ!!」
それだけ吐き捨てると、そいつは仲間を引き連れて逃げ去った。他の者達も捨て台詞を吐いて洞穴の外へと走る。
暗い洞穴内に五人分の足音がけたたましく反響し、やがて聞こえなくなったときに、私はヴェンデッタと魔装制服(ドレスアーマー)の武装を解いた。
(……そいつみたく、野垂れ死にやがれ?)
賊の一人が言い残した台詞が気にかかり、私は小首を傾げる。
いったいどういうことなのか。その言葉の意味を知る前に、私はその答えを知ることとなった。
「……ッ! ナギ、この人……!!」
ティアが息を呑み、私を呼びかける。
その視線は、ローブの人物の顔に釘づけになっており、驚愕で目が見開かれていた。
何があったのかと思ったそのとき。フードが取れ、顔の全貌が明らかになり……私は二つの意味で、ティアと同じく驚愕に目を見開いた。
「……あなた達は……?」
息を荒げながら、ローブの人物――女性は、私たちに訊ねかけてきた。
まず最初に目に飛び込んできたのは、シャオよりも深い褐色の肌。
銀を糸に紡いだような長い髪は、ランタンの灯りに照らされて煌めいていた。
虚ろに開く双眼から覗ける瞳の色は、本物のように輝く金。
何よりも特徴的なのは……横に長く伸び、尖った耳。
別名、耳長族と呼ばれる亜人・エルフと同じ特徴……しかし、彼らの透き通るような白い肌とは対極的な体色を持つそれは――。
(ダークエルフ――!?)
そして。その種族と同等に私を仰天させるものが、そこにはあった。
荒い呼吸を繰り返すその人の顔に浮かぶ、多数の丘疹(きゅうしん)。
以前は見る者を魅了する蠱惑な美しさを誇っていたであろうその顔立ちには、その美貌を全て消し飛ばしてしまうおぞましい数の丘疹(きゅうしん)が見えた。
通常ならばそんなにも浮かび上がるはずのないそれは、私の脳裏にある病気の名前をよぎらせる。
「ナギ、この人天然痘に罹ってるわ!!」
不治の病、悪魔の病気。あらゆる忌み名で呼ばれ、古代より猛威を振るった最悪の感染症。
一度罹れば、生存は絶望的。致死率とともに恐ろしく高い感染力を持つこれは、たとえ治癒したとしてもその顔と身体に痘痕(とうこん)と呼ばれる痕跡を残し、その後も感染者を苦しめ続ける、まさに脅威の伝染病。
現在は種痘(しゅとう)と呼ばれる予防接種を行うことで、安全かつ高確率で予防することが出来るようになった。だがそれでも、発病してしまえば治療するのは難しく、また死ぬ確率も高い。
まず確認すべきことがあると考えた私は、二人に呼びかける。
「ティア、ゼクス! 予防接種は受けているか!?」
「あたしは受けてる!!」
「俺も問題はない。ナギはどうだ?」
「私も騎士学校の学生だったころに受けている、大丈夫だ!」
投げかけた質問に肯定の返事を受けとり、ホッと一息をつく。
とりあえず、ここにいる者達が天然痘に感染する可能性はほぼないと考えてもいいだろう。
街に戻ったならば、住民全員に予防接種の勧告をしてもらう必要がある。対策方法が確立した今、多くの国や州で種痘は行われているが、万が一受けていない者がいれば急がなければならない。感染した後も種痘が有効なのは、四日以内なのだから。
いや、今はまだそれよりも、目の前のこの女性のことが先だ。
(天然痘特有の丘疹(きゅうしん)が浮き出て、熱も出ている……発症してから少なくとも一週間は経過しているか……!)
天然痘の発症には、段階がある。
一段階目で、高熱を発して腰痛や激しい頭痛、吐き気を催す。
二段階目で解熱するものの、顔を中心に全身に丘疹(きゅうしん)が発生する。
三段階目で再び高熱になり、内臓器官にも体表面と同じ丘疹(きゅうしん)が発生する。これらにより肺が損傷を被り、重篤な呼吸困難を引き起こすことで大抵の感染者は死んでしまうのだ。
もうすでに、この人は三段階目にまで達している。せめてもう少し早く見つけることができて、種痘を行うことが出来れば……完治は無理でも、症状を軽くすることが出来たかもしれないというのに。
歯がゆさで、私は思わず舌打ちをしてしまう。
「……ティア、この人の治療は……」
「……残念だけど、無理よ。私でもこれは治せないわ。ともかく安静にするために、医者のところへ連れて行かないと……」
僅かな希望を込めて訊ねかけてみたが、返ってきた回答はやはり否定だった。
そう返答するティアの言葉は小さく、不安で揺れていた。その理由は、私にもわかる。
病気もそうだが……この人の種族は、病院に連れていくには大きな障害となり得るものなのだから。
今ならばどんな人でも受けられる予防接種を受けていないのが、その証拠だ。
せめて、症状を緩和することができるものはないか。
ティアが持っていた私の荷物を開きながら、藁にもすがる思いで中を探す。
そのとき。
「どうして……ですか?」
不意に、ダークエルフの女性が私たちに何かを問いかけてきた。
突然語り掛けられたことに驚愕し、私もティアも互いに見合う。
しかし病人、しかもこんなにも重い症状の天然痘患者に口を開かせることなどさせるわけにはいかない。
そう思った私は、彼女に話しかける。
「あまり喋らない方がいい。静かにしていろ、苦しいだけだぞ」
「そうよ、あなた重患なんだから口開かない方がいいわ。今は息するのもつらいでしょうに」
「……あなた達は、なぜ私を……治そうとするのですか?」
安静にしていろと私とティアが勧告したにも関わらず、ダークエルフの女性は私たちに再度訊ねかけてきた。
それは、なぜ自分を助けようとするのかを問う疑問の言葉。
投げかけられた質問に、私は荷物の中を探しながら返答する。
「私は騎士だ。誰かが苦しんでいるなら助けるのが騎士の道理だ」
もう国には仕えていないがな、と私は苦笑して最後に付け加える。だが、相手はそんな答えでは納得など出来ない様子で顔を顰めた。
「……たとえそれが、人殺しの一族の末裔だとしても、ですか?」
――人殺しの末裔。自らの素性を語るにはあまりにも自虐的なその言葉に、私の手がふと止まる。
「……知っているのでしょう? 私たちが、この世界で……この州で、この国で何を成してきたのか……」
視線を、女性の顔へと移す。
金色の双眼も同じく私の顔を見つめている。おびただしい量の丘疹が浮かんだその顔には、不安と悲しみの色が見えた。
ダークエルフ。それは、世界中で忌諱され、疎まれている種族の一つ。
エルフより稀に生まれる彼らの生態と性質は、その肌の色以外には何らエルフと変わりない。彼らと同じく魔法と魔導どちらにも秀で、長寿で老いることはなく美男美女ばかり。しかし欧の州の歴史の中で、ダークエルフは数々の惨禍をもたらした者達なのだ。
その多くは犯罪、そして戦争。かつて勃発した国家間の闘争や紛争、それらの戦場に傭兵として参戦する彼らは、強力な魔法と魔導によって甚大な被害をもたらしてきた。
彼らが駆り出される戦場には、必ず多大な死者と大規模な破壊が発生する。
災いを呼ぶ者として忌み嫌われる一族、それがダークエルフ……今まで彼らはそう認知され、そして今でも多くの人がそう考えている。
「ああ、知ってるさ」
さも当然、というように私は彼女の問いに応える。
ますます理解できない、というようにダークエルフの女性は戸惑いの表情を浮かべる。
当たり前だろう。自身が世界中から忌み嫌われる人殺し集団の一員だとわかっていながら救おうとするなどと、納得できるはずもない。
そんな彼女の疑問に答えるように、私は言葉を付け加えた。
「お前らが、元は同族だったはずのエルフから捨てられた者達だということも。誰も何も守ってくれないこの世界で生きるために、仕方なく戦場に出ていたことも」
戦場があれば、迷わずそこへと赴き姿を現したダークエルフ。
だがそれは、彼らが生きていくために仕方がなく行ったことだった。エルフより生まれた彼らは一族から忌み子として疎まれ、捨てられる。
仲間の庇護も、親の庇護すらも受けられぬ彼らが生きる唯一の術。それは、『奪う』こと以外には何もなかった。
誰も何も与えてくれず、他の生き方を教えてくれる人すらいない……そんな中で生きるため、数少ない自分たちの仲間を守るために必死になったダークエルフたちを責めることができる者など、誰もいないのだ。
ごくごく最近になってその事実が世界中に認知されるようになってはきたものの、やはり人々に植え付けられた怨嗟の念は根深く、彼らは未だ差別と暴力に晒されている。
「……それでも、私たちは多くの人間を、エルフを、ドワーフを……数え切れないほどの亜人たちを殺めてきました。何があろうと、人殺しは咎人……それは変わらない事実なのですよ?」
「わかってるさ。でも私はお前に友人を殺されたわけでも、家族を殺されたわけでもない。私は罪人を裁く神でもなんでもないし、権利もない。そしてお前を蔑む気もない。それに――」
会話の途中で、私は彼女から目を逸らして言葉を続ける。
「――私は騎士だ。誰かが救いを求めているのならば、手を差し伸べる。理由などそれだけでいいだろう?」
「…………」
目を丸くして、ダークエルフの女性はまじまじと私を見つめてきた。
まるで私の言葉の真偽を問うているかのようなその視線を、私は真っ向から受け止める。
誰もが沈黙し、時間だけが流れていく。
しばらくお互いに見つめ合っていると、やがてダークエルフの女性は安堵したように息を吐いて、
「……あなたのような騎士らしい騎士なんて、初めて会いました……」
呆れたような、感嘆としたような口調で、そう呟いた。
「……とりあえず、今は動くな。薬か何か、役に立つものを街から調達してくるからな」
私はこれ以上何も答えるつもりはない。
言外にそう伝えると、ダークエルフの女性は頷いて了解の意を伝え、目を閉じる。
それを確認した私は、ふと隣で安堵したように胸をなでおろしているティアを見てふと呟いた。
「――よかったのか? お前らは」
「え? 何が?」
いったい何のことを訊ねているのかと、ティアは首をかしげて私に聞き返してくる。
「成り行きとはいえ、ダークエルフの女性の面倒を見ることになったんだ。その……あんなことを言った口上だが、お前らはいいのか?」
「…………サムライのくせに二言するわけ? 男らしくないわね」
「女なんだが、私」
私に問いかけられたティアは、顔を顰めて苦言を漏らす。
どうでもいいが、サムライだけでなく、いよいよ男扱いすらされるようになった私はどうすればいいのだろう。
ハァ……とティアは嘆息して肩を落とすと、私に向かって口を開く。
「……ダークエルフの話は、あたしも聞いたことがあったの。生きるために他者を殺す。それでも罪は罪かもしれないけれど、もしあたしが同じような立場だったなら、きっと彼らと同じ選択をしていた。責めることなんて出来はしないわよ」
そこで一息をつくと、続けてティアは言葉を紡ぐ。
「――自分や他の誰かを守るために、他の誰かを犠牲にする。それで誰かが傷ついても、誰かが生き残れたなら……それでも、いいじゃない」
そう言い放つティアの声は小さく、顔は悲しげに目を伏せた。
その声音に混じっていたのは、後悔と、悲嘆の響き。
私はそれ以上、何かを聞くつもりはなかった。
こうしてダークエルフを匿うことに、異論はないとわかっただけで十分であるし……人の過去を根掘り葉掘り聞くなどということは、出来ない。
ゼクスの方へ向き直ると、私は彼にも同じく訊ねかける。
「ゼクス、お前もいいのか?」
「……別に」
ゼクスはただ肯定の返答のみをこちらへよこした。
理由は語らなくとも、こちらも意思さえわかったならばもう何も言うまい。
私は立ち上がってティアたちにあとを頼むことを伝える。
「ティア、ゼクス。すまないが、とりあえずこの場を頼めるか?」
「………………いいだろう。看ておいてやる」
「う~っ、お願いだから早く帰ってきてよね! ドラゴンがいるかもしれないこんな場所にずっとほったらかしなんて御免だからね!」
ゼクスは長考した後に妥協。ティアは渋々、といった様子でそれぞれ了承の回答を口にした。
それらを受け取った私は小さく頷き、洞穴から外へと出ようと歩き出す。
……そのときだった。
『待て、仏の騎士』
腹の底から全身を揺さぶるような低く重い声が、耳に飛び込んできた。
「「「――ッ!?」」」
突如として洞穴の奥から聞こえてきたその声に、私は立ち止まって振り返る。
二人にもそれは聞こえていたらしく、目を見開いて闇の奥へとその目を向けていた。
「……なに?」
ティアが疑問の言葉を漏らすが、ゼクスも私もその問いに応えることはできなかった。
ダークエルフの仲間かとも思ったが、あんな声を人間や亜人が出せるとは到底思えない。ならばいったい何者が、私たちに言葉を投げかけたのか?
何もわからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
やがて。
『……お前一人で、こっちへ来い。奥で待っている』
二度目の声を、洞穴の奥から『何か』が私たちに向けて放った。
私たち三人は互いに目を見合わせ、どうするべきかを問い合う。
声の主に従って、奥へと行くべきか。それとも行かないべきか。
(……行ってみるしかないだろう。罠かどうかなどわからないし、この人を放っておくわけにもいかない)
苦しげに息を荒げて横たわるダークエルフの女性を一瞥し、私は一人で行く旨を二人に伝える。
私の意見も尤もだと考えてくれたのか、ティアとゼクスは洞穴の奥の闇を見つめながら立ち上がった。
手持ちの光晶石をいくつかティアに手渡すと、ランタンを返してもらう。
ティアの魔力(マナ)に反応して、光晶石は淡く白い光を放ち始めた。
「気をつけて」
「ああ」
忠告の言葉を送るティア。それに返事をすると、そのまま私は洞穴の奥へと進んでいった。
自分の足音と、ランタンの揺れる音だけが辺り一面に響き、一寸先も見えぬ闇が再び自分を覆う。
その手にぶら下がる小さな炎だけが唯一の灯り。見えるのは、仄かな光に照らされた岩肌と剥き出しの黒い土のみ。
どこまで続いているかわからないその闇の向こうへ、私はひたすらに足を進める。
一歩……。
一歩……。
さらに奥へ……。
歩を進めていく……。
やがて、振り返れば見えていたはずの光晶石の白い光すら見えなくなったとき……
「……ん?」
私は、壁に突き当たった。
(行き止まり? いや、これは……)
壁というよりも、それは岩が崩れて出来たような山。まるでそこから先の場所で落盤が起きたかのように、行く先が塞がれている。
自然に起きたものか、はたまた先に進めぬよう人為的に起こされたものかはわからないが、これでは立ち往生してしまう。
どうしたものかと思ったその時に横をチラと見てみると、向こう側に何か不自然な影らしきものが見えた。
不思議に思って見てみると、足元に人ひとりくらいは入れそうな小さな穴がぽっかりと開いていた。どうやら奥に続いているらしい。元々あった小さな隙間を慎重に広げ、通れるようにしたようだ。
(随分と都合のいいものだな……いや、以前にもこうして人を誘ったことがあるのか……?)
穴をしげしげと見つめながらそんな推測を思い浮かべるが、今はそんなことはどうでもいいと判断すると頭の隅に追いやり、中へ入ろうと試みた。
少し狭いが、通れないということはない。進路の奥や来た道から妙な気配が迫ってはいないか、ここが再び崩れる危険はないかと注意しながら、慎重にゆっくりと這いずるように奥へと私は侵入していく。
闇の広がる洞穴の深い場所にまで進み、今度はこうして地中を這っていることを考えると、まるで自分がモグラか何かにでもなったような奇妙な気持ちになっておかしかった。
(土龍(モグラ)か。その進む先に炎龍がいるというのだから笑えないな……っと)
そこで出口が見えてきたことに私は気づく。
外が見える位置から、何かが潜んではいないかを注意深く観察し、安全を確認すると私は穴から這い出た。
起き上がり、身体中についた土ほこりを一通り払い落とすと、着いた場所がどんなところであるか確認する。
が……周囲を見渡してみても、依然として暗闇が広がるだけ。いやむしろ、さっきまで通っていた通路などよりもずっと広がった空洞に出たようだった。
まさか、まだまだ先は長いのか? と私は辟易してため息をついてしまう。
やれやれ、またここからしばらく歩くことになるのか。
そう思い、足を再び前へ出そうとしたその時。
『――よく来てくれたな、仏の騎士』
大地を揺さぶるような、低く重い声が耳に飛び込む。
ハッとして顔をあげると、巨大な二つの光る球体が空に浮かんでいるのが見えた。
その二つの球体はどちらも黄色に輝き、黒い線のようなものが縦に入っている。妙な紋様が描かれたその球体を眺めて、私は首を傾げたが……やがて、その正体に気付く。
『――ほう? 随分とまた若い騎士がいたものだ。まぁ、さっきの身のこなしからして相当な剣の腕前だというのは見受けられるが……さてさて、どうしたものか』
……違う。あれは球体じゃない。
目だ。動物の、眼球。それが、私をじっと見つめているのだ。
「……これは……」
ランタンの灯りを反射して輝く二つの眼球。
それはやがてゆっくりと私に近づき……それと同じくして、新たな部位が私の目に見えてくる。
それは形容するならば、巨大な赤い蛇の頭。
細長い首の先に真紅の鱗で覆われた頭部が生え、耳は尖っている。目つきは非常に鋭く、口は見るからに鋭利で大きな牙が数多生えてギラついている。
私の身体など、簡単に一飲みできてしまいそうなほどの巨躯。
赤い蛇は、目を丸くした私をしばらく見つめていると、嘲笑するかのように口角を吊り上げて、
『随分とマヌケな面を晒すじゃないか。ドラゴンを見るのは初めてか? え? 小娘』
私に向かって、こう言った。
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