僕のウィザーディングアカデミア   作:いものこ

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1分現実で販売されておるの1スケールのガリオン金貨レプリカの大きさは直径4 mm厚さ2mm程度で重さは20~40g程度のようです。
日本で一番大きい硬貨な五百円玉が直径26.5mm厚さが18.5mmで7gなのを考えると大きいですね。


ダイアゴン横丁 後編

 石畳の路地に出ると、午後の太陽が高く昇っており、ダイアゴン横丁はますますにぎわいを見せていた。ローブ姿の魔法使いたちが行き交い、ふくろうが空を舞い、店先では見習い魔女が談笑している。ハリーは改めて、これが魔法使いたちの「これからの日常」なのだと実感した。

 

 「さてと。まずは制服だな。ローブを作ってもらおう」

 

 ハグリットはそう言うと、一度ぐらりとよろめいた。トロッコの急降下と急旋回にやられたらしく、頬の色がまだ青白い。

 「……悪いが、先に行ってくれ。漏れ鍋に戻って元気薬をひっかけてくる。 あの〈マダム・マルキンの店〉にいきゃ制服が買えるからな」

 

 そう言って、ハグリットは店の看板を指さすと足取り重く漏れ鍋の方へ歩いていった。ハリーはハグリットを心配しつつもそこで別れ、意を決して、ガラス戸を開ける。

 

 中に入ると、金の糸で装飾されたローブが天井から吊るされていて、薄暗い店内に幻想的な影を落としていた。店の奥から、藤色の服を着た愛想のよさそうな魔女が姿を現した。

 

 「ホグワーツの新入生かしら? さあ、こちらへどうぞ。すぐに採寸しましょうね」

 

 ハリーが指示に従って小さな台に立つと、マダム・マルキンはメジャーを取り出した。メジャーは勝手に動いてハリーの肩幅や腕の長さを測っていく。

 

 先ほどまで丈合わせをしていた金髪で尖った顔立ちの少年が試着中のローブを脱ぎながらハリーをちらりと見た。

 

「君もホグワーツかい?」

 

「うん、そうなんだ。僕はハリー。君は?」

 

 今まで同年代の人間に友好的な声掛けをされたことがなかったハリーは、弾んだ声で返答した。

 

「ハリー? もしかして……ハリー・ポッターかい?」

 

 ハリーは少しだけためらったが、こくりと頷いた。

 

「やっぱり! 僕はドラコ・マルフォイ。君と会えて光栄だよ」

 

 そう言ってドラコは右手を差し出してきた。ハリーは微妙な気分を感じながらも、その手を取って握手を交わした。身に覚えのない功績でこうも称えられるのは居心地が悪い。

 

「きっと君は僕と同じスリザリンだろうね」

 

 マルフォイは漏れ鍋にいた魔法使いたちと違ってねっちこくない落ち着いた握手をしながら言った。

 

「スリザリン?」

 

「君や僕みたいな選ばれし者が入る寮さ。まあ、ほんとのところは行ってみなきゃわからないけどね。偉大な魔法使いの多くがスリザリン出身なんだ。それに僕の家族は全員スリザリンだったから、きっと僕もスリザリンさ。ハッフルパフなんかに入れられたら、僕は退学するね」

 

 意気揚々と説明するドラコの言葉に、ハリーは「そ、そうなんだ……」と曖昧に返した。するとドラコはふいに顎をしゃくって、店の入口のほうを指差した。

 

「ほら、あの男を見てみなよ。服も髪もぼさぼさで、まるでトロールの成れの果てみたいじゃないか。ハッフルパフはああいう劣等生が集まる寮だってパパが言ってたよ」

 

 そこにいたのは、ちょうど店の外で薬を飲んでいるハグリットだった。顔をしかめながら小瓶を煽っている様子が、ドラコには格好の標的に見えたようだった。

 

「僕ならあんな人とは一緒に歩きたくないな。あんな奴ホグワーツの恥だよ」

 

 

 ドラコが軽蔑を隠そうともせず言い放った言葉に、ハリーの胸の奥がきゅっと締めつけられた。ハグリットのことをまだよく知っているわけではなかったが、少なくとも彼は自分にとってこの魔法界で初めての案内人で、親切にしてくれた人物だ。

 

 それを、ただ外見だけでこんなふうに言い捨てるなんて――。

 

 言い返したい気持ちが喉まで上がってきたが、言い返す勇気がなくて拳をぎゅっと握りしめた。

 

 そのとき、タイミングよく、奥からマダム・マルキンの声が響いた。

 

「ハリー・ポッターさん、お待たせしましたわ。こちらへどうぞ」

 

 その言葉にハリーはピョンと台座から降りた。

 

「……そうやって人のことを悪く言うような人がいる寮なんかには、入りたくないな」

 

 ハリーはそう言うとマルフォイの顔を見ずに逃げるようにマダム・マルキンのもとへ走っていった。

 

 

***

 

 

 「ハリー!」

 

 聞き慣れた低い声に振り返ると、ハグリットが漏れ鍋の扉の前で大きなマグカップを片手に立っていた。顔色はだいぶ良くなっていて、頬がほんのり赤くなっている。

 

「ハグリット、具合はよくなった?」とハリーが声をかけると、ハグリットは照れたように笑って答えた。

 

「おう、なんとか戻ってきた。あのトロッコはほんと、何度乗ってもな……」

 

 それからの時間は、まるで夢のように過ぎていった。

 

 ハリーとハグリットは、ホグワーツの入学準備リストを片手に、ダイアゴン横丁を歩きまわった。まず訪れたのはフローリシュ・アンド・ブロッツ。山のように積み上げられた教科書の中から、魔法史、薬草学、変身術、魔法薬学、天文学……次々と書名を確認しながら教科書リストにない本も手に取り、あっという間に大きな紙袋が膨れ上がった。

 

 続いて薬局で真鍮の秤やガラス製の薬瓶、少々値は張ったが折り畳み式の鍋をそろえ、魔法薬に必要な材料をいくつか買いそろえるた。カエルの卵や乾燥した根、きらきら光る鉱石――見たこともない材料ばかりでこれらがどんな薬になるのかハリーには想像もつかなかった。

 

 「ふう、よし……これであとは杖だけだな」

 

 ハグリットが大きな袋をまとめ直しながら言ったとき、不意に何かを思い出したように手を叩いた。

 

 「そうだ。まだおまえさんの誕生日プレゼントを買ってなかったな」

 

 「え?」

 

 ハリーがきょとんとすると、ハグリットはニッと笑った。

 

 「せっかくホグワーツに行くんだ。使い魔の一匹や二匹、いたほうがいい。ふくろうに猫にヒキガエル、選び放題だぞ。なんでも好きなもん、買ってやる」

 

 大きな手で頭をぐしゃっと撫でられながら、ハリーは一瞬言葉に詰まった。だが、すぐに真剣な表情で首を振る。

 

 「ありがとう、ハグリット。でも……僕、動物を飼うにはまだ早い気がするんだ。命を預かるってことだから、覚悟も責任も必要だと思う。でも今の僕には、それがちゃんとできる自信がないよ」

 

 その言葉を聞いて、ハグリットは驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いて柔らかく笑った。

 

 「……真面目なやつだな、お前さんは。……なら、せめて杖は俺に買わせろ。初めての杖ってのは特別なもんだからな」

 

 「えっ、でも――」

 

 「いいんだ。お前はジェームズとリリーの大事な子だ。ホグワーツでちゃんとやってくための杖くらい、俺に任せとけ」

 

 ハグリットのまっすぐな声に、ハリーは胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。

 

 「……うん。ありがとう、ハグリット」

 

 「よし! なら行くぞ、オリバンダーの店だ!」

 

 そして二人は、細い路地の奥にひっそりと佇む、オリバンダーの杖店へと向かった。

 

 オリバンダーの店は、ダイアゴン横丁の喧騒から少し外れた場所に、ひっそりと建っていた。

 

 入り口のガラス戸には「オリバンダーの杖――紀元前382年創業」の文字が金色で描かれている。ハリーとハグリットが店内に入ると、埃をかぶった静かな空間が広がっていた。無数の細長い箱が壁一面にびっしりと詰まれており、空気はどこか神聖な重さを持っていた。

 

 「おお、間もなくお目にかかれると思っておりましたよ。ハリー・ポッターさん」

 

 白銀の髪に淡い目をした老人――オリバンダー氏は、ハリーを一目見るなりそう呟いた。オリバンダー老人はハリーの両親が杖を買ったときのことや、ハリーの額の傷の話。ハグリットが退学になったことなどの世間話を終えたあとようやくハリーの杖を選び始めた。

 

 それから始まったのは、まるで奇妙な儀式のような時間だった。次々と試される杖、試すたびに棚が倒れたり、花瓶が割れたり、空気が揺れたり――となかなか見つからない。

 

 「難しいお客さんだ。だが心配はご無用、必ずあなたにぴったりの杖を見つけて見せましょう。……さて、次は……」

 

 オリバンダー老人が次の杖を選ぼうとしたとき1本の杖が棚から落ちてきた。

 

「おや、これは……柊と不死鳥の羽根。二十八センチ、良質でしなやか」

 

 指が杖に触れた瞬間――

 

 ――ふわり、と空気が揺れた気がした。

 

 次の瞬間、温かい光が手のひらから走り、杖の先端が黄金色に輝いた。まるで心臓がその光に共鳴するように、ハリーの胸がどくんと強く鼓動を打つ。

 

 風も吹いていないのに、店の棚に並ぶ箱が小さく震えた。まるで、世界が彼とこの杖を祝福しているかのように。

 

 「運命は、時に不思議な形で繋がるものです」

 

 オリバンダーはしばらくハリーをじっと見つめたあと、細い指を組み、静かに語り始めた。

 

 「その杖――芯には、不死鳥の尾羽根が使われています。不死鳥は非常に稀少な存在で、私はたった一度だけ同じ不死鳥から2枚の羽を提供してもらったことがあるのじゃ……」

 

 店内の空気が、ふっと重たくなったような気がした。

 

 「あなたが今手にしているその杖と、その兄弟杖。実はその杖を手にしたのが……“例のあの人”だったのです」

 

 「例の……あの人?」ハリーは思わず聞き返した。

 

 「ご両親を――リリーとジェームズを――そしてあなたに、あの傷を残した……名前を言ってはいけないあの人が」

 

 オリバンダーの声は静かだったが、その名を聞いた瞬間、店内の空気がぴたりと凍りついたように感じられた。

 

 「……彼の杖も、私が作ったものです。芯は、同じ不死鳥の尾羽根。その二本の杖は、いわば“兄弟”なのです。だからこそ――あなたのようにその杖に選ばれた者が現れるとは、運命のようなものを感じずにはいられません」

 

 ハリーは自分の手の中にある杖を見下ろした。さっきまで暖かく感じていたその杖が、急に重たく感じられた気がした。

 

 「……でも、あなたはあなたです。過去がどうであろうと、杖があなたを選んだという事実には、何の偽りもありません」

 

 そう言って、オリバンダーは小さく微笑んだ。

 

 「きっとあなたは偉大なことをなさるに違いない。不死鳥の杖に選ばれたものは皆偉大なことをしておるのじゃ。例のあの人も恐ろしいことじゃったが偉大なことには違いない」

 

 その音が耳に届いた瞬間、ハリーの心の奥底に冷たいものがじわりと広がっていく。

 

 ――僕が? 偉大なことを、する……?

 

 まるで場違いな言葉だった。そう、あまりにも自分とは無縁に思えた。

 

 心臓の奥がきゅっと縮む。誰かが僕にそんなことを望んでいる。誰かが、僕にそれができると思っている。けれど――

 

 (“無個性”の僕が、そんなことできるわけない)

 

 ぐっと杖を握りしめた手が震えた。力を込めるほど、逆にその杖が異物のように思えてくる。自分の手には余るもの――自分なんかが持っていてはいけないもののように感じた。

 

 他の誰でもなく、「例のあの人」。世界に恐れられた魔法使いと“繋がっている”などという事実が、胸の奥にずしりと居座って離れない。

 

 応えられなかったらどうしよう。もし、誰かが僕に“それ”を期待していて――でも僕には、何もできなかったら……

 

 不安で胸が詰まりそうになる。けれど、それでも――杖は彼の手に、確かに馴染んでいた。 

 

 どうしてかは、わからない。でも、選ばれてしまったのだ。果たして自分に、それができるのだろうか。

 

 心の奥に重く沈んだものを、どうにか呑み込もうとしていたときだった。

 

 「おお、終わったか!」

 

 ぱあっと差し込んできた明るい声に、ハリーははっとして顔を上げた。入口のほうに、ハグリットが立っていた。両手にはアイスクリームを持っていてハリーの杖を選んでいる間に買ってきたのだろう。

 

 「いい杖が見つかったみたいだの。目がらんらんとしとるぞ、ハリー!」

 

 ハリーは作り笑いを浮かべた。うまく笑えていたかどうか、自信はない。ハリーがアイスクリームを受け取ると、ハグリットは杖の代金を払ってオリバンダーの店を出た。

 

 「まだ時間があるのう。ちょいと腹ごしらえでもするか?」

 

 アイスクリームをぺろりと食べきったハグリットはそう言って漏れ鍋へと戻った。奥の席に腰を下ろし、ハリーは温かいスープをすすりながら、買ったばかりの教科書たちを取り出した。どれも重厚な装丁で、めくるたびに魔法の世界が広がる。

 

 空を飛ぶ魔法、炎を操る呪文、姿を消す技術――どれもまるで空想の世界の産物のようでいて、それが「現実」として語られていることに、胸が躍った。ハリーの唇が自然と綻ぶ。

 

 隣の席でハグリットが重そうなマグカップを手に一息ついているのも、もはや背景にしか思えなかった。

 

 『幻の動物とその生息地』には空想上の存在だと思っていた生き物たちが生き生きと描かれていた。魔法生物の細かな分類や生態が、親しみやすい語り口で綴られていて、それはまるで冒険譚のようだった。教科書なのに、どこまでも楽しくて、どこまでも新鮮で――何より、自分がこれからその世界に足を踏み入れるのだと思うと、胸が高鳴った。

 

 いつしか頬杖をつきながら、ページをめくる手は止まらない。目の前の文字はどんどん吸い込まれていき、世界が広がっていくようだった。

 

 時計の針が五時二十分を指した頃、バーテンのトムに声をかけられハリーは読書を切り上げて椅子を立った。

 

 ハグリットと一緒に再びグリンゴッツ銀行の白大理石の階段をのぼった。煌びやかなシャンデリアの下、昼間と違って客が一人もいない広間は、同じ場所のはずなのに違う場所に来てしまったように感じた。

 

「こちらへどうぞ」

 

 受付でハリー・ポッターであると名乗ると不機嫌そうな様子でハリーとハグリットを奥の部屋に案内した。

 

 そこに待っていたのは、午前中に対応してくれたグリップフックではなく、赤銅色の眼鏡をかけた背の高いゴブリンだった。彼は分厚い帳簿の束を前に、ハリーの姿を見るや否や、わかりやすく眉間に皺を寄せた。

 

「ポッター様ですね」

 

「……はい」

 

「マグル紙幣――ポンドへの両替をご希望でしたね。額は……11万ポンドと伺っております」

 

「は、はい。……そうです」

 

 小鬼の圧にハリーが申し訳なさそうにうつむくと、ゴブリンはひとつ鼻を鳴らした。

 

「予約もなしに、即日で一万ガリオンを越える金額の両替を要求するお客様など、当行でもなかなかありません。しかも、それが十一歳の新入生とは――前代未聞です」

 

 ピシャリと断罪するその声には、怒気と侮蔑の入り混じった感情が隠されていなかった。

 

「なんとかかき集めた結果、五万二千ポンド分のマグル紙幣をご用意致しました。それ以上の金額は、今日中にはどう足掻いても不可能です。……それどころか、本来であれば、こんな非常識な要求には対応いたしかねるのが原則です」

 

 黒革のブリーフケースがテーブルの上に置かれた時、ゴブリンは冷え切った声で言った。

 

「ここに、52,000ポンド分の紙幣がまとめてあります。内訳と計数については後ほど書面でお渡しします。なお、両替手数料として665ガリオンを金庫からすでに頂戴しております。ご了承ください」

 

「――ろ、ろっぴゃく……な、なんじゃと!?」

 

 驚いたのはハグリットだった。彼はハリーの隣で椅子から乗り出すように身を起こした。

 

「た、たかすぎじゃないか!? ちょっとばかり金を替えるだけで――」

 

「ちょっとばかり、ですと?」

 

 赤銅色の眼鏡をかけたゴブリンが、目を細めてハグリットをねめつけた。言葉に毒がじわじわと滲む。

 

「ポッター様の金庫から、500kgを超えるガリオン金貨を運搬し、そのすべてを洗浄・検分・計量・仕分けし、マグル世界の通貨市場に照らした為替換算を行い、しかもそれを、我々はたった数時間で、予約もなく、即時対応したのです」

 

「……」

 

「グリンゴッツは奇跡の店ではありません。我々は信用を商う銀行です。もしも、このような前例が罷り通れば、他の顧客への信頼にも影響します。わかりますか、ハグリット氏?」

 

 ハグリットは目を白黒させながら「す、すまん……」としか言えず、思わずハリーを見た。

 

 けれど、その時すでに、ハリーは椅子から立ち上がり、深く頭を下げていた。

 

「本当に……申し訳ありませんでした。僕、そんなに大変なことだなんて、全然わかってなくて……。ただ、バーテンおじさんたたちに……でも、それが皆様にこんなにご迷惑をおかけすることになるなんて……本当に申し訳ありません」

 

 声がかすれていた。目の前のゴブリンが何も言わずじっとハリーを見ているのが、余計に胸にこたえる。

 

「さっきの手数料……高すぎるなんて、とんでもないです。むしろ当然です。いえ、足りないくらいかもしれません」

 

 どう謝罪すればいいか考えているとハリーはハグリットに預けていたお金の入ったバックにまだガリオン金貨が残っていたことを思い出した。バックを開けを開けて、そこに残ってあるだけのガリオン金貨を取り出した。

 

 「すみません。これ……追加でお渡しさせてください。こんな小銭じゃ、かえってご迷惑かもしれませんが……でも僕、どうしても……」

 

 テーブルの上でこんもりと山になったガリオン金貨を置くと、ハリー再び深く頭を下げた。

 

「ごめんなさい。もう二度と、こんな無茶なお願いはしません。今日は、僕の無茶苦茶なお願いにもかかわらず、対応してくださり、本当に……本当にありがとうございました」

 

 しん、と静まった室内で、ゴブリンは目を細め、わずかに口の端を引いた。嘲笑ではなかった。微かに評価するような、そんな表情だった。

 

「……預かっておきましょう」

 

 彼は追加の金貨をひとつひとつ確認するでもなく受け取ると、机の引き出しに丁寧にしまった。

 

「今後、大金の取引の前には、三週間以上前に正式な予約をお願いします。それがグリンゴッツの信用です」

 

「はい、わかりました」

 

 ハリーは何度も頷いた。両手のひらが汗ばんでいた。自分の無知と軽率さ、そして思いつきのせいで多くの人に迷惑をかけたという事実が、胸に重くのしかかっていた。

 

 その後、両替の明細を説明されポンド紙幣の詰まったブリーフケースを受け取ったとき、ひとつの区切りがついた気がしてハリーの胸の奥にあったわだかまりが、ほんの少しだけほどけた。

 

 重たいブリーフケースを持って銀行の扉をくぐり抜けたとき、外の空気はどこか清々しく、夕暮れのダイアゴン横丁はやわらかな金色に染まっていた。

 

 両替で受け取った紙幣の入ったブリーフケースを両手で抱えながら、ハリーは一歩一歩を大切に踏みしめるように歩いていた。その隣でハグリットが、今日買ったばかりの荷物たちを抱えて「まったく、グリンゴッツの連中はいつでも怖いわい」と笑い飛ばしてくれることに、ひとつの救いを感じていた。

 

「じゃが、お前はよくやったぞ、ハリー。きちんと謝ったしな。まあ、あいつらにあそこまでガリオンをくれてやる必要はなかったかもしれんがの」

 

「……ありがとう、ハグリット」

 

 ダイアゴン横丁から出て駅に戻るためにマグルの通りを歩いているとひときわ鮮やかなショーウィンドウが目に飛び込んできた。

 

 それはマグルの旅行用品店で、窓際には大小さまざまなスーツケースやキャリーケースが並んでいた。

 

「……あれ、いいな」

 

 思わず呟いたハリーに、ハグリットが首を傾げた。

 

「なんじゃ、気に入ったのがあったのか?」

 

「うん。今日買った本や制服、杖とか……全部あれに入れて、持っていけたら楽そうだと思って」

 

 ハリーは店の中に入っていった。店員に「どれも丈夫で、軽くて、鍵もついてますよ」と説明を受けながら、店にあるキャリーケースのなかで最も容量の大きいキャリーケースを見比べた。ハリーが選んだのは赤と青のボディに取っ手だけが鮮やかな黄色の子供っぽいカラーリングのキャリーケースだった。その色合いが今朝見かけた映画ポスターのヒーローみたいだと思ったのだ。

 

 ハリーが両替してもらった紙幣から代金を支払おうとする前にハグリットが「どうせ使わんしな。誕生日プレゼントだ」と言いながらポケットからお金を出してくれた。駅の近くのベンチでキャリーケースの中に今日買った魔法用品をひとつずつ、大事にしまっていった。制服、教科書、こまごまとした道具たち、杖の箱――そして、グリンゴッツでもらった封筒に入った書類と、受け取った現金。

 

 ぱちん、とケースの留め具を閉じた時、なぜか胸の奥が少し温かくなった。

 

 

***

 

 

 パディントン駅の構内は、相変わらずマグルたちの喧噪に満ちていた。

 

「さて、わしはここでお別れじゃ。ハリー」

 

 構内の柱の影で、ハグリットが肩をポンと叩いた。巨大な手が、優しくも頼もしかった。

 

「9月1日になったら、またここに戻ってくるんじゃぞ。キングズ・クロス駅の9と4分の3番線から、ホグワーツ特急が出る。午前11時きっかりにな。切符はこれじゃ」

 

 ハグリットは、茶色の封筒から一枚の厚紙を取り出して、ハリーに渡した。

 

 ホグワーツ特急・乗車券

 出発:キングズ・クロス駅 9と4分の3番線

 時間:9月1日 午前11時30分発

 目的地:ホグワーツ魔法魔術学校

 

「……わかった。絶対に遅れないようにするよ」

 

「よし。あとはダーズリー家まで、ちゃんと気をつけて帰るんじゃぞ」

 

 そう言って、ハグリットは大きな身体をひねりながら、くるりと向きを変えた。その背中を見送るハリーの中には、なんともいえない寂しさが広がっていった。

 

 でも、寂しさの奥で、心のどこかに灯ったのは――希望だった。

 

 ハリーはゆっくりとキャリーケースの取っ手を引き出し、駅の雑踏の中へと足を踏み出した。夕方のパディントン駅には、仕事終わりの人間でごった返していた。ビジネスマンたちが疲れた顔で改札を抜け、ホームには郊外行きの電車を待つ長い列ができている。

 

 なんとか乗り込んだ車内は混雑していて、ハリーは座ることもできず、キャリーケースを必死に自分の元に引き寄せながら、ドア付近に立っていた。どこかの会社員が肩をぶつけてきて、舌打ちとともに「邪魔だ」と低く言われたが、ハリーにはどうすることもできなかった。

 

 駅に着くたびにと、乗客たちが一斉にドアに殺到し、新たな乗客たちが列車へとなだれ込むように乗り込んでくる。ハリーは壁際でキャリーケースにしがみついたが、誰かの鞄が肩にぶつかり、バランスを崩して片膝をついた。そのせいでキャリーケースが傾き、ガシャリと鈍い音を立てて転がった。

 

「クソでかい荷物持ってんじゃねぇ!!」

 

 背後から吐き捨てるような声が飛び、ハリーは謝りながらキャリーケースを壁際に立て直した。

 

 怒声を浴びせられてもハリーは気にもしなかった。だってこのキャリーケース。今日一日で手に入れたすべての荷物が、その中に詰め込まれているのだ。宝物がすべて詰まっているのだ。それならむしろ大きいのはいいことじゃないか。

 

 

 本当に長い一日だった。自分が魔法使いだって知って、英雄だと持て囃されて、魔法界での買い物をして、グリンゴッツ銀行での無茶な両替に怒られて、帰りにはこんな素敵なプレゼントも買ってもらったのだ。

 

 外の風景が、少しずつ、確実に沈んでいく太陽とともに変わっていく。煉瓦造りの建物が連なるロンドン市街を過ぎ、郊外の緑と住宅地が車窓を流れていく。空の青は深く濃くなり、次第に紫を帯びていった。

 

 車内放送が流れ、次がリトル・ウィンジング駅であることを告げた。ハリーは荷物を引き寄せ、降車の準備を整えようとしたが、満員の乗客の間で、キャリーケースを引く動作すら一苦労だった。

 

 電車が停車し、ドアが開く。

 

 「……ちっ」

 

 降りようとしたハリーは、後ろの乗客に押され、バランスを崩した。キャリーケースの車輪が段差に引っかかり、ガタンと音を立てる。振り返る余裕もなく、男は彼を押しのけて先にホームへと降りていった。

 

 転んだせいでじんじんと痛む掌に悔しさと情けなさと、わずかな怒りが混ざる。だが、誰もが疲れた顔をしていて、誰もハリーを見てはいなかった。魔法界ではあれほどたくさんの注目を浴びたのに、ここでは、空気のような存在だ。

 

 夜風がすっと肌を撫でた。空は完全に夜の帳に覆われ、街灯がぽつぽつと道を照らしていた。

 

 キャリーケースの車輪が、舗装された道の継ぎ目を乗り越えるたびにガラガラと響いた。その音はやけに大きく聞こえた。誰かが見ているわけでもないのに、うしろめたさのような気持ちが胸の奥で渦を巻いていた。

 

 少し歩くだけで汗ばむような日中の熱も、いまは消えかけていて、重たいキャリーケースの取っ手が指に食い込む。

 

 (帰ったら、怒られるだろうな)

 

 家に近づくにつれ楽しい気持ちが薄れていって心がどんどん重くなる。

 

 でも――

 ほんの、わずかでも。これまでのことを水に流すことはできなくても、少しくらいは態度が変わってくれるかもしれない。バーノンおじさんも、ペチュニアおばさんも、少しは僕のことを……。

 

 そんな希望を抱きながら、ハリーはついにダーズリー家の玄関前までたどり着いた。家の中はすでに灯りが点いており、窓越しにテレビの光がちらつき、ダドリーの笑い声らしきものがかすかに聞こえた。

 

 ハリーは深呼吸をひとつし、震える手ノックして、それから扉を開けようとした――その瞬間だった。

 

ドンッ!

 

 「いっつ……!」

 

 扉が内側から勢いよく開かれハリーの鼻に直撃した。反射的に手で鼻を押さえると、じんと鈍い痛みが広がった。滲んだ視界の中でバーノンおじさんの姿が見えた。

 

 「これからも家にはおいてやる。だが、今後、お前はこの家では存在しないものとして扱う。貴様が部屋にこもっていようが、何をしていようが、我々の生活に一切関わるな。口も聞くな。食卓には来るな。話しかけるな。……そういうことだ」

 

 先手を打たれた形だった。ハリーが何か言う隙も、差し挟む余地もない。バーノンの声は低く、冷たく、しかし絶対だった。

 

 ハリーは一瞬、言葉を失ったが、すぐにキャリーケースを開いてポンド紙幣の詰まったブリーフケースを差し出そうとした。

 

 「これ……」

 

 精いっぱい声を出す。けれどバーノンおじさんは眉をひそめ、ハリーの手元を一瞥する。

 

 「なんだこれは」

 

 「父さん達がお金残してくれてたんだ......それでポンドに両替してきて……」

 

 その瞬間、バーノンの顔が強張った。

 

 「……そんな怪しい金、受け取るか」

 

 「でも、これはちゃんとした魔法界の銀行で――」

 

 「だからこそだ! そんな得体の知れん金、我が家の一銭にもならん! それに――もう言っただろう? お前はここにはいない。お前は“いない”んだ!」

 

 バーノンおじさんはそれだけ言い残すと、足早にリビングへと去っていった。支えを失った扉がひとりでに閉まる。

 

 閉ざされた玄関の前に、ハリーはただ立ち尽くした。

 

 夜風が少し強くなり、袖口を冷たく撫でていった。

 

 





両替手数料に関しては15ガリオン(基本)+ 400ガリオン(緊急)+ 250ガリオン(重さ) = 665ガリオン

という計算です。

グリンゴッツ銀行はポンドからガリオンへの両替は毎年マグル生まれの学生がいるので慣れていそうですが、ガリオンからポンドへの両替は珍しいと思っています。そのためグリンゴッツ銀行にはポンド紙幣ってそんなに貯蔵されていないと考えています。
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