僕のウィザーディングアカデミア 作:いものこ
翌日からハリーは自分の金で食材を買い、自分の手で食事を用意した。誰にも文句を言われずに、好きなものを好きなだけ食べられるという事実は、初めこそ夢のようだった。スーパーで自由に商品を選ぶときも、コンロの前で湯気に顔を包まれるときも、「これが本当の生活なんだ」と思った。
だが、その喜びは長くは続かなかった。空腹ではなくなっても、心がひどく空虚だった。
気がつけば、ハリーはかつての残飯を思い出していた。ダドリーが手をつけなかった冷えたトーストや、皿の端に取り残されたベーコン。バーノンが不機嫌そうに新聞をめくり、ペチュニアがキッチンで唸るように鍋をかき回していた朝の記憶。あの家族の食卓には、怒声と侮蔑が漂っていたけれど、少なくともそこには「声」が「反応」が「視線」があった。
今は、違う。完全な沈黙だった。
ハリーが何をしても、何を言っても、誰も応えなかった。ダーズリー家の人間たちは、彼がそこにいないかのように振る舞った。廊下ですれ違っても、目も合わさない。声をかければ無視される。
ダドリーだけが、たまにちらりとハリーを見ることがあった。だがその目は、昔のような蔑みではなく、怯えにも似た困惑の色を含んでいた。それもバーノンおじさんかペチュニアおばさんに声をかけられると、すぐに目を逸らした。それが何より辛かった。
確実に生活は豊かになったのに以前の生活の方が恋しかった。だって叱られ、殴られ、否定されても、自分は「見られている」という確かな実感があった。今は、それすらもない。この家では、彼はもう「いないもの」とされていた。そしてその扱いに自分が慣れてしまうのではないかということが何よりも恐ろしかった。
ある日、ハリーはふと、ハグリッドと一緒にロンドンを歩いた時のことを思い出した。ダイアゴン横丁に向かう途中、古びた劇場の前にポスターが貼ってあった。赤・白・青のコスチュームに身を包んだ大きなラウンドシールドをもった男。僕のヒーロー。
存在を無視される家に居続けることが辛かったのかもしれない。誰もハリーを見ない。話しかけない。触れようともしない。だってこの頃になるとダドリーすらもハリーを見なくなっていた。
だからハリーは、一人っきりでロンドンに向かった。
切符を買い、何駅も電車に乗って、あの日の記憶を頼りにたった一人であの劇場まで歩いた。上映中のポスターはまだ貼られていた。ハリーは一人でチケットを買い、薄暗いミニシアターに足を踏み入れた。客席には数人しかいない。空席が目立つその中で、ハリーは前方の席に座り、スクリーンを見つめた。
だが――スクリーンに映ったそのヒーローは、ハリーが思い描いていた存在ではなかった。
「こんなの……違う」
ハリーの中で、なにかが崩れた。僕の
感情が高ぶる中、ハリーは劇場を出て、近くの本屋を探した。映画だから、変なのだ。原作の彼はきっと違うはずだと信じて、彼の本を買いあさった。
あらゆる書籍を読み漁って得た真実は残酷なものだった。なぜなら彼ははプロパガンダのために生まれたヒーローだったのだ。最初から彼はハリーの憧れたヒーローではなかった。
だからハリーは、自分で本当の「ヒーロー」を探した。近くの書店で、ヒーローコミックを手当たり次第に買い漁った。彼は重たい袋を引きずりながら、階段を上がった。かつてなら、こんなことはできなかった。ほんの数分でも部屋を空ければ、ダドリーが勝手に持ち出して破ったかもしれない。隠れて読んでいても、見つかればバーノンおじさんに怒鳴られて取り上げられたかもしれない。でも今は違う。今は……誰もハリーに興味を持たない。
部屋に戻ってベッドの上にドサリと袋を落とし、ハリーは思わず声を漏らした。
「やった……読み放題だ……」
それは喜びの声のはずだった。けれど、返事はない。空気も静まり返っている。虚しさが胸の奥に沈み込むようだった。それでも彼は、震える指で一冊を開いた。ページをめくる。カラフルな色彩。力強い線。数多のヒーローの中で、ハリーの目に留まったのは一人の少年だった。
どこにでもいる、普通の少年が、ある日突然、ヒーローになった。孤独を抱えながら、それでも人々を助けようとするその姿に、ハリーの心は強く惹かれた。これだ、と思った。僕も、こうなりたい。こんなふうに、誰かを助けられるヒーローになれたら――そんな思考をハリーはすぐさま打ち消した。
彼は始まりこそ偶然だったがそれでも彼は自分で選んでヒーローになった。大切な人を失って孤独になっても、それでもなお前に進むと決めた。ヒーローとして孤独に戦うことを選んだ。でも、自分は? みんなは僕を
「僕は……何もしてないんだ」
声に出してしまった独り言に、自分で少し驚く。でも、それすぐに納得へと変化した。
ハリー・ポッター、英雄のように呼ばれているその名前が、ずっと自分とは別の人間のように思えてしかたがなかった。君は英雄なんだって言われるたびに、名も知らぬ誰かに、いつだったかもわからないほどずっと昔に言われた言葉を思い出す。
(無個性のテメェがヒーローなんかなれるわけねぇだろ)
胸が締め付けられる。どこか懐かしくて、でも酷く痛むその言葉が、ずっと消えない。
僕は無個性だ。ヒーローになれない。誰かを救ったことなんて一度もない。むしろ、僕のせいでバーノンおじさんたちは……。
視界が滲む。もう、コミックを読むのがつらかった。彼らがどんなに傷ついても立ち上がるのを見るたびに、僕にはそれができないと突きつけられる気がした。
ハリーはそっとコミックを閉じて、床に積み重なった本の山に戻した。
代わりに手に取ったのは、ホグワーツで使う教科書『魔法薬調合法』だった。文字ばかりで退屈だが、そこには感情を揺さぶるような物語はない。ただの知識。ただの事実。ただの手順。
何も感じない方が、ずっと楽だった。教科書を読んでいるときだけはハリーは孤独を忘れられた。ページをめくる指先は軽やかで、まるでそこに書かれた呪文の手順が、自分の心の不安を律するかのようだった。『薬草ときのこ千種』にある薬草一覧を頭の中で何度も反復し、『基本呪文集』にある呪文の詠唱例を口の中で呟く。そうしているあいだは、余計なことを考えずに済む。心が静かになる。
だが、ふとした瞬間――本の角度が少しずれて、目に入ったのは、窓の外のいつも通りのサリー州の風景だった。そこに、魔法はなかった。魔法界の名残はどこにもなかった。
(……全部、嘘だったんじゃないか)
その考えが頭をよぎった瞬間、心臓がひどく強く脈打った。喉の奥がつまったようになり、胸に冷たいものが差し込む。
魔法なんてなかったんじゃないか。ホグワーツなんて幻だったんじゃないか。
ハグリッドのあの大きな手も、ダイアゴン横丁の喧騒も、グリンゴッツの地下の冷たい風も――全部、ただの夢だったんじゃないか。
あの日以来、誰も自分に声をかけてこなかった。ダーズリー家は、まるで彼が存在しないかのように沈黙している。まるで自分がここにいないと決めつけているかのように。暴力も怒声もない静けさが、より一層現実味を奪っていた。
教科書を握る指に、力が入りページの角が少し折れた。自分の手の中に、確かに本はある。けれど、それすらどこか遠い存在に感じられる。
(もし、あの日が全部幻だったなら……僕は、ずっと……)
その思考の先を想像するのが怖くて、ハリーは再び本に目を落とした。もう一度、材料の名前を頭の中で繰り返す。読み上げて、唱える。ページの文字が滲むのに気づき、目を強くこすった。
何も考えない。考えてしまえば、崩れてしまう。そう思って再び教科書に没頭した。
教科書を読むだけでは、どこか物足りなくなってきたのは数日後のことだった。ページに並ぶ呪文の数々。それらを声に出して唱えてみたい衝動が、日ごとに強くなる。
けれど、ハリーは杖に手を伸ばせなかった。
部屋の隅のキャリーケースに大事にしまってあるオリバンダーの杖。手に取って、呪文を試してみることはできた。ただ、やろうとするたびに、胸の奥に重たい不安がよぎった。
もし、何も起こらなかったら?
もし魔法が、発動しなかったら?
それが、自分には魔法の才能がないという証明になったら――。
ホグワーツ行きの手紙も、グリンゴッツの金貨も、全部手違いだったら――。
「僕は、ただ……偶然、生き残っただけなんだ」
そう口に出してみても、返ってくるのは静寂だけだった。バーノンおじさんの怒鳴り声も、ペチュニアおばさんの舌打ちも聞こえない。ダドリーのゲームの音も、テレビの爆音もない。誰の気配もしない。だって今日の3人は遊園地に出掛けている。
何も反応しない部屋の中で、ハリーの声は、自分でも気づかないほど小さく、震えていた。
だって、自分は無個性だ。ただの人間だ。魔法なんて、つかえるはずがない。杖を振っても何も起こらなかったら、夢が壊れてしまう。ホグワーツという救いまで、消えてしまうかもしれない――そんな恐怖が、彼の身体を凍らせていた。
結局その日も、ハリーは杖に触れなかった。
教科書のページを開き直し、指で一行一行なぞるようにして読み進めた。書かれていることは、ほとんど頭に入ってこなかった。それでも、ページをめくる音だけが、現実を繋ぎ止めてくれるような気がした。
***
待ちに待った九月一日。ハリーは何度も念入りに荷物の確認をした。杖、教科書、ガラス瓶に折り畳み鍋、新しくかった着替えと制服、そしてどうしても捨てられなかったヒーローの玩具。
新しく買ったばかりのTシャツに着替えたハリーは重い足取りでリビングに顔を出した。ダイニングテーブルには、いつものようにダドリーとダーズリー夫妻、三人分の朝食が並んでいる。ハリーが来ても彼らの視線はほんの一瞬、ハリーを捉えただけですぐに逸らされる。そして何事もなかったかのようにそれぞれの食事へと戻っていった。まるでそこにハリーなど存在しないかのように。
「あの、えっと今日から、その……」
ハリーは、今日でこの家を出ていくのだから、せめてもの挨拶をしようと勇気を振り絞って言葉を発しかけた。しかし、喉の奥で声は詰まり、結局何も言うことができなかった。誰もこちらを見ようとしない。何の反応も示さない。それがいつもの光景だと分かっていても、ハリーの胸には鉛のような塊が沈んでいく。堪えきれない孤独と寂しさに突き動かされ、ハリーは逃げるように部屋へと戻った。
「行ってきます」
ガランとした玄関で、ハリーはまるで幽霊のように、誰にも届かない小さな声で呟いた。当然、返事は返ってこなかった。
ハリーは、とぼとぼと重たいキャリーケースを引きずって、リトル・ウィンジング駅までの長い道を歩いた。
切符をなんとか購入し、汗だくになりながら重い荷物を抱えてホームへ続く階段を登っていると、よれたスーツ姿の男性が、ハリーに声をかけてくれた。
「大丈夫かい?」
「あ……はい……。だいじょうぶです……」
と、ハリーは精一杯答えたもののその声は震え、まるで今にも消え入りそうでとても「大丈夫」には聞こえなかっただろう。男性は苦笑しながらキャリーケースの取っ手を掴み、階段の上まで運んでくれた。
「ありがとうございます」
「無理するな。まだ夏休みなのに、早くから偉いなぁ。旅行か?」
「……いえ。学校です。」
「なら寮制の学校か。親御さん、今日は送ってこられなかったのかい?」
「……仕事が忙しくて……」
ハリーは、とっさに嘘をついた。本当は、バーノンおじさんたちは休日だ。今頃ダドリーと一緒に涼しい家でのんびりしているのだろう。
「そっか。一人で行くなんて、立派だ。どこまで行くんだい?」
「ロンドンです。十一時頃までにキングクロス駅に着かなくちゃいけなくて」
ゴトンゴトンと電車の近づく音が聞こえてきた。男性は、ハリーの荷物を車両に載せ、自分も同じ電車に乗り込んだ。
車内では、男性が気を遣ってか、少しだけ世間話をしてくれた。窓の外を流れるぼんやりとした景色、広げた新聞の遠い世界の出来事、そして、会社のひどく不味い珈琲のこと。久しぶりの他人との、会話が、ハリーの孤独をほんの少しだけ紛らわせた。
やがて電車が、見慣れない小さな駅に停車し、男性は立ち上がった。もう二度と会うことはないだろう、見知らぬ親切な人。
「俺はここで乗り換えだ。……じゃあな、坊や。気をつけてな!」
「……はい。ありがとうございました。」
温かい言葉を残して、その男性は、ハリーの小さな世界から去っていった。ハリーは再び、ガランとした座席に一人取り残された。窓の外の景色は流れ続け、ハリーの心とは裏腹に座席はロンドンに近づくにつれ乗客で埋まっていた。
***
長い旅を終え、列車はゆっくりとした速度でキングズ・クロス駅の喧騒としたホームに滑り込んだ。シューッというエアブレーキの音と共に扉が開くと、たくさんの乗客が、それぞれの目的地へと足早に降りていく。
ハリーはキャリーケースを握りしめ、駅のホームと列車の間にある、まるで小さな奈落のような隙間を見て、どうやっていけばいいのかと立ち尽くした。周りの乗客は、皆当たり前のように、誰かに手を引かれたり、声をかけられたりしながら、スムーズに降りていく。そんな光景が、ハリーの不安を増幅させる。勢いをつけたらいけるだろうか。けれど、もし落としてしまったら……そんなことを考えていると、背後から優しい声が、降ってきた。
「あら、だいじょうぶ?」
ベージュのトレンチコートを上品に羽織り、肩からかけたショルダーバッグが揺れる。知的な印象のブラウスを着たその女性は、学校の教師のような落ち着いた雰囲気をまとっていた。
「キャリー、ちょっと貸して。私もここで降りるの」
「あ、ありがとうございます……。」
「えらいわね。こんな大きな荷物、たったひとりで持って……」
自分一人では、荷物一つ満足に運ぶことさえできない。そんな自分の不甲斐なさを痛感し、感謝の言葉を口にする声は、情けなく震えた。
女性は、ハリーの子供っぽいカラーリングのキャリーケースをまるで大切な荷物のように持ち上げ、ホームに置いてくれた。
「じゃあ、わたし、こっちだから。がんばってね、学生さん」
にっこりと微笑んで、女性はハリーとは反対の方向へ歩き出した。
「……はい。ありがとうございます」
ハリーは、もう人波に紛れて見えなくなった女性の背中に、消え入りそうな声で、もう一度感謝を伝えた。雑然としたホームの中で、ハリーは再び一人になった。重いキャリーケースを引きづって9と4分の3番線を探して歩き始めた。
案の定、10番ホームと9番ホームの間に9と4分の3番線というプラットホームは存在しなかった。ダイアゴン横丁の入り口も魔法で隠されていたので、落胆はなかった。
駅の中は、慌ただしい人波であふれている。スーツケースを引いた人、新聞を読みながら歩く人、家族連れ――ハリーはキャリーケースを壁沿いに寄せると、そこに立ってじっと観察を始めた。だってホグワーツに入学する魔法使いはハリー以外も存在するはずだ。
そうやって観察しているとそれらしい人たちは何人か見つけた。派手なローブの裾を翻し、大きなトランクを軽々と持ち上げている男。猫を抱いたまま改札に向かったかと思うといつのまにか消えてた少女。奇妙な帽子をかぶったお婆さん。
みんな、9番線と10番線の間ので消えていた。
とある老婆が丸顔の少年のホグワーツの制服であるローブの襟元を直しながら、何度もキスをしていた。
別のべつの場所では、兄らしい男がトランクを押していて、弟に向かって「次はおまえの番だな」なんて言っている。どの子にも、かならず見送る人がいる。
ハリーは喉の奥に苦いものを感じた。
温かくて、当たり前のように繰り返されている――けれど、自分には存在しない光景。
そして、彼は“ある家族”が、9番線と10番線の間の柱に向かって、やや不自然に歩いていくのを見た。
先頭の少年が、迷いなく柱に向かって突っ込むと――その姿は、ふっと消えた。
「……あそこだ」
ハリーはよく見ると、9番線と10番線の間には3本の柱がある。9と4分の3番線とは二つ目と三つ目の柱の間に存在するから9と4分の3番線だったのだろうと腑に落ちた。
ハリーはその柱に向かってキャリーケースを押した。キャリーケースとハリーは壁にぶつかることなく通り抜けた。鮮やかな赤色の蒸気機関車が停車していた。来た道を振り返ると9と4分の3と書かれた鉄でできたアーチがあった。
1990年代のイギリスに日本語Tシャツあったんでしょうかね。もしあったならハリー(出久)はそのTシャツを着ています。どんなに高くてもお金はあるので。
作中の映画のモデルは1990年公開のキャプテンアメリカというB級映画です。
キャプテンアメリカの歴史を調べてみると結構面白かったです。彼1941年にWW2のプロパガンダ的な感じで生まれてるんですよね。
オールマイトに似ているのはスーパーマンの方だと思うんですけど直近に映画もあるのでキャプテンアメリカをハリー・ポッターのヒーローにしました。
当時はスーパーマンの方がキャプテンアメリカよりも人気だったらしいのでスーパーマンの方はハリーの元には来なかったんじゃないでしょうか。