僕のウィザーディングアカデミア 作:いものこ
ハリーは無理やりすべての荷物を詰め込んで非常に重たくなったキャリーケースを引きずりながら、空いているコンパートメントを探した。廊下を歩くたびに、他の生徒たちの楽しそうな笑い声や、これから始まるであろう新しい生活への期待に満ちた会話が耳に入り、ハリーの胸の奥に、じんわりとした孤独感が広がっていく。まるで自分だけが、この賑やかな喧騒から取り残されているような気がした。
車両の中ほど辺りに来た時、ようやく人気のない、ひっそりとしたコンパートメントを見つけた。先客は彼一人だったが、その足元には、まるで主人の寂しさを慰めるかのように、美しい毛並みの白い犬が静かに伏せていた。
たった一人の乗客はツンツンとした金髪を持った美しい少年であった。耳には美しい細工のある耳飾りが揺れている。年頃はハリーと同じくらいだろうか。ハリーは、理由もわからず、その少年に強烈に惹きつけられていた。
この列車に乗っているということは、彼も同じホグワーツで学ぶのだ。同級生になるかもしれない。もし、仲良くなれたら、この孤独な旅も少しは紛れるかもしれない――そんなかすかな期待を胸に、ハリーは勇気を振り絞って声をかけた。
「ここ、あいてる?」
少年はハリーの呼びかけに本から顔を上げ、こちらを一瞥して頷くと、こちらに興味なさそうに視線を本に戻した。だがハリーは彼の柘榴石のような赤い瞳と目があった瞬間まるでずっと探していた、失われた何かを見つけたような、不思議な感覚に襲われた。
「……かっちゃん?」
ハリーの口からその言葉が無意識に滑り出た。その瞬間、少年の瞳孔がキュッと小さくなった。意志の強そうな赤い瞳が、一瞬にして鋭い警戒の色を帯びる。見覚えのある、けれどどこか遠い記憶の中にあった表情を見てハリーは幼いころから心の奥底で感じていた、漠然とした違和感の正体をようやく理解した。
──なぜ、お前がその呼び方を知ってる?
まるでそう問いかけているかのような鋭く突き刺すような視線に、ハリーは気まずそうに笑い、今度ははっきりと意志を持って日本語で尋ねた。
「ねぇ、かっちゃんだよね?」
その問いに少年は露骨に忌々しげに眉をしかめ、同じく日本語で返した。
「知らねーな。誰だテメェ」
ハリーは全てではないが、断片的に前世の記憶を思い出していた。この勝己のふてぶてしい態度と、まだ声変わりしていない、少し高めの声が、ひどく懐かしい。いや、この年齢の頃の勝己を、こんなにも間近で真正面から見たのは、初めてだったかもしれない。それがなんだかおかしく感じて、ハリーは思わず堪えきれずに笑みをこぼした。
「あっ、ごめん、見た目が変わってるから、わかんないよね。デクだよ。緑谷出久。……今はハリー・ポッターって言うんだけど……」
緑谷出久と言った瞬間、彼の足元で静かに伏せていた白い犬が、ピクリと敏感に耳を動かした。少年の表情は、ますます不機嫌なものへと険しく変わっていったが、ハリーはまるで気にした様子もなく、重たい荷物をコンパートメントに運び込みながら、一方的に話を続けた。
「なんかさ、今日かっちゃんに会うまでは全然覚えてなかったんだけど、かっちゃんの顔を見た瞬間、一気に全部思い出したんだ。覚えてない頃もさ、いつも妙な違和感があったんだよね。思い出した今なら、その違和感の正体がわかるよ。だって、20世紀の後半とかって……僕たちにとっては、もう大昔だもん。個性黎明期よりもずっと前、無個性時代だろ? 2年前にあったベルリンの壁の崩壊、かっちゃんも見た? あれすっごかったよね。黎明期以前の詳しいとか情報とか残ってなかったんだけど、まさかあんな風に冷戦が終了してたなんて思わなかったよ。僕、リアルタイムで見てたんだけど、ほんと凄くて、あのアナウンサーの気転が……」
「話がなげーんだわ、簡潔に言え!」
その変わらない態度がひどく懐かしくて、ハリーは彼の向かいの席に遠慮なく腰を下ろした。
「ごめん、でもさ、かっちゃんとまた会えたんだよ?テンション上がってもしょうがないじゃん。かっちゃんはどうなの?」
「俺はテメェと会って最悪の気分になったわ。前世だけじゃなく今世でもストーカーとかまじきめぇな。ほんとなんで居んだよ。」
「そりゃあ、僕も魔法使いだったからね。それいえば、かっちゃんの名前ってなんていうの?僕、今はハリー・ポッターだしかっちゃんも変わってたりする?」
それから彼は大きなため息をつき、主人の機嫌を察していた賢い犬を宥めるようにワシャワシャと撫でまわしながらぶっきらぼうに答えた。
「勝己、勝己・B・轟郷。間違えるんじゃねぇぞ、クソナード」
「へぇ、カツキ・B・ゴウゴウ。えっ、カツキ⁉ かっちゃんじゃん!」
思わず歓喜の声を上げて、ハリーは前のめりになり、一歩、勝己の方へと身を乗り出しかけた――が、勝己の足元で番犬のように静かに伏せている犬の視線に気づいて、ぴたりと動きを止めた。
白い毛並みが美しいその犬は、まるで勝己の影のように彼の足元にぴったりと身を寄せ、しかしその琥珀色の瞳は、ハリーのわずかな動きすらも見逃さないように見ていた。唸ったり、吠えたりはしない。ただ静かに、「それ以上近づくな」と、無言の警告を発しているそんな威圧感のある視線だった。
「その子、なんて名前なの?」
ハリーはそれ以上不用意に近づくことなく、勝己へ尋ねた。あからさまに顔をしかめ、ギリリ、と奥歯を噛み締める音がハッキリと聞こえる。全身から、隠しきれないほどの不本意さが滲み出しながらチィッ!と大きな舌打ちをひとつすると、気まずそうにハリーから視線をそらし小さな声で答えた。
「……イズク」
「僕の名前じゃん!」
ハリーは思わず叫んだ。イズクは、その大きな声が不愉快だったのか、嫌そうに耳を伏せ、勝己の顔は羞恥で真っ赤に染まった。
「うるせぇ!たまたまだ!こいつがテメェみてぇなそばかすつけてっから……」
「ふーん? そっか、たまたまね〜」
ハリーの口元が思わずにやける。今のイズクにはそばかすらしきものはない。ということは、そばかすがあったのは、まだ小さな子犬の頃の話なのだろう。ハリーはそっとしゃがみこみ、警戒した様子のイズクに向かって、ゆっくりと握り拳を差し出した。
「……よろしくね?」
だがイズクは、差し出された拳のにおいを嗅ごうともせず、まるで嘲笑うかのように、ただ低く鼻を鳴らし明らかに見下したような、毅然とした態度をとった。
(……かっちゃんぽいな。)
ハリーは苦笑して手を引っ込めた。今の自分は彼に触れていい存在じゃない、ということだけはよく伝わった。
「振られちまったなぁ?」
イズクに袖にされたハリーの様子が、よっぽど愉快だったのか、勝己は笑いを堪えきれずに肩を震わせながら、見せつけるようにイズクの整った毛並みをわしゃわしゃと撫でた。撫でられたイズクは、先ほどまでのツンと澄ました態度が嘘のように気持ちよさそうに目を細めた。
「かっちゃんは、いつから記憶があるの?僕はついさっき思い出したばっかりなんだけど」
勝己に負けたような気がしてムッとしたハリーは誤魔化すように問いかけた。飼い犬にイズクなんて名前をつけているくらいなのだ。きっと、自分よりもずっと前から、前世の記憶があるはずだ、とハリーは思ったのだ。
「あ~、俺は物心ついてから徐々にって感じだな。7歳くらいには結構鮮明になっとった気がする。しっかし、記憶がなくてもそれ選ぶなんて、まじでクソナードだな」
ガキくせぇ。そう言いながら勝己はハリーのキャリーケースに目をやった、指摘されるまで気づいていなかったが確かに赤、黄、青のカラーリングはオールマイトカラーそのものだ。ハリーは記憶がなくても変わってない自分に気づき思わず笑ってしまった。
「あっこれね、記憶を思い出す前から大切にしていたヒーローの玩具とカラーリングが似てるなって思って選んだんだ」
ハリーはそういうとキャリーケースを開いて荷物をあさり、ぼろぼろのアクションフィギュアを取り出した。
「あった、これだよ。改めてみるとオールマイトというよりスターアンドストライプの方が似てるね。おんなじアメリカのヒーローだからかな?」
「生まれ変わってもヒーローオタクはやめられないとか、ほんと筋金入りのクソナードだな」
「ウーン否定はできない。教科書買いにロンドンへ行ったとき、たまたまこのキャラの映画のポスター見つけてさ、後日一人でロンドンまで映画を見に行っっちゃったんだもん。しかも解釈違い起して原作の漫画も大人買いしちゃったし、もしかして魂に刻まれてるのかも」
それからは夏休みの出来事についての話になった。ハリーが映画や買った漫画の感想などを話した。それ以外に碌な思い出がなかったからだ。
「後はずっと教科書読んでたかな。呪文が発動しなかったらどうしようって思っちゃって、練習なんかはできなかったんだけど」
「ぷっダチいねーのかよ。寂しいやつだな。そんな夏休みを送ったてめぇと違って俺は充実した夏を過ごしたけどな」
勝己は地元の友人とともに釣りに行ってそのままキャンプをしたり、両親とともに長崎へ旅行に行ったりしたらしい。前世よりも色濃く残った原爆の跡や、詳細な資料の話などを聞いて、ハリーはWW2が想像よりも最近の出来事であったことを実感した。
「写真撮ってるから、今度見せるわ。こっちのばあちゃんの家にあるから冬休みくれーになっけど」
「ほんと?楽しみにしてるね!」
二人の会話がちょうど一区切りついた時コンパートメントの扉が、ガラリと遠慮のない音を立てて開いた。
「ねぇ、ここ空いている?他はどこもいっぱいなんだ」
ハリーは、ぱっと顔を上げ、扉の方に視線を移す。そこに立っていたのは、自分とさほど変わらない年頃の、そばかすのある赤毛の少年だった。手には、使い古されたトランクと、よぼよぼのネズミを一匹握っている。
「あ、うん、大丈夫。空いてるよ」
勝己は、少年の顔を見て面倒くさそうに顔をゆがめたが、無言で了承の意を示した。
「ありがとう! 僕はロン。ロン・ウィーズリー。君は?」
「僕はハリー。ハリー・ポッターだよ。よろしくね、ロン」
その名前を聞いた瞬間、ロンの目は、信じられないものを見たかのように、まんまるに見開かれた。両手がで塞がっているのも忘れ、興奮した様子でハリーと握手をしようとしたため、抱えていたトランクがガタンと鈍い音を立てて地面に落ちてしまった。
「えっ、まって、今なんて……? ポッターって言った? ハリー・ポッター⁉」
ハリーがうなずくと、ロンはあからさまに狼狽し、慌てて手にしていたネズミを床に放り投げた。掌の中でうとうとしていたネズミは、突然の衝撃に驚いたように目をぱちくりとさせたが、ロンはそんなことには全く気づいていない様子でハリーの手を勢い良く握った。
「うっそ、ほんとに⁉ あのハリー・ポッター!? 例のあの人を倒したっていう、あの⁉ ねぇ、額に傷があるって本当? あの、稲妻の形をしたやつ!」
興奮した様子でまくしたてながら、ロンはまるで神話に登場する英雄でも見るかのように、身を乗り出してハリーの額を凝視していた。ハリーは、そんな熱烈な視線に慣れた様子になんだか懐かしく思いながら、前髪を指でかきあげて見せた。
「うん、あるよ。これで、見える?」
「うわあ……ほんとに……! 雑誌で読んだ通りだ……あの、赤ちゃんの時に、その、名前を言っちゃいけない人に呪いを跳ね返して……それで無事だったっていう……!」
ロンは、目をキラキラと輝かせたまま、興奮して息を切らしている。ハリーは、そんな熱狂的な反応にも慣れた様子で、苦笑を浮かべた。
「そうらしいね。自分じゃ、全然覚えてないんだけどね」
「すげぇ……! 本当にいるんだ、ハリー・ポッターって! まさか同じ学年にいるなんて! ホグワーツに来て良かった!」
その純粋でキラキラとした瞳を見ていると、ハリーはふと、前世にいたデクのファンたちの様子を思い出し、少し懐かしいような、くすぐったいような、複雑な感覚に襲われた。
ロンはその後も興奮した様子でハリー・ポッターの伝説をかたり続け、彼がずっとコンパートメントにいた勝己の存在を思い出したのは、ひとしきり興奮を爆発させた後だった。
「えっ、あ、ごめん。君、ずっとここにいたのに、すっかり忘れてたよ……」
ロンは、きまり悪そうに頭をかいた。勝己は、そんなロンの慌てた様子を、まるでどうでもいいことのように一度だけ鼻を鳴らすと、すぐに手元の本に視線を戻し表紙をなぞり始めた。そんな様子を見て、ハリーは苦笑しながら言った。
「こっちはかっちゃんだよ。僕の幼馴染なんだ」
「ちっげぇわ」
勝己がハリーの頭をガッと手に持っていた分厚い本で叩く。割と本気で叩かれたため痛む頭をさすりながらハリーは拗ねた声色で勝己に尋ねた。
「じゃあ、友達?」
「俺とテメェが友達だった期間なんて存在しねーんだわ」
はっと鼻を鳴らして笑う勝己にハリーは苛立ちを覚え、少しムッとした表情をあらわにする。
「じゃあ、なんて言えばいいんだよ」
「知らねー、今日が初対面の赤の他人だろ」
赤の他人という言葉にハリーはカッとなり、思わず勝己の制服の胸元を掴んでいた。勝己の背中がシートからわずかに浮き、不自然な前傾姿勢となる。
「そんなこと――君が言うなよ!!」
その瞬間、勝己の足元で静かに寝そべっていた、白い犬――イズクが、まるでバネが弾けるように飛び起き、喉の奥から低く唸り声を上げはじめた。全身の毛を逆立て、鋭い牙をあらわにする。警戒と敵意が入り混じったその動きに、ロンは本気で悲鳴を上げそうになった。だが、ハリーには、威嚇するイズクも、怯えたロンの姿も、まるで目に入っていなかった。
「イズク、座れ。噛むな」
勝己は、胸倉をハリーに掴まれたことを全く気にする様子もなく、淡々と指示を出した。イズクは、明らかに不承不承といった様子で、ゆっくりと伏せの体勢に戻ったが、口元はまだ小さくひくつき、琥珀色の瞳は、警戒の色を深く帯びていた。
違う。違うだろ、出久は僕の名前だ。お前の名前じゃない。僕のだ。僕を無視しないで……
「ハッ、とんだエゴイストのままじゃねぇか。なぁデェク?」
イズクが伏せの姿勢になるとようやく勝己の赤い瞳がハリーを見た。胸倉を掴まれているというのに、挑発的な、どこか愉しげな笑みを浮かべ、かつてのあだ名でハリーを呼んだ。たったそれだけのことで、ハリーの心の中を激しく支配していた焦燥や怒りが――なぜか、まるで魔法のように、すうっと静かに消えていった。
どうしてあんなにも感情が高ぶっていたのか、自分でもわからない。冷静になったハリーは胸倉をつかんでいた拳をそっと緩めた。だが、目をそらすと負けた気がするので表情は崩さなかった。
ビリビリとした空気を払拭しようと、ロンが絞り出すように声をあげた。
「……仲、悪いの?」
おずおずとした問いかけに、ハリーはふっと表情を緩め、勝己の胸倉をつかんでいた手を離した。そして、何事もなかったかのような穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。これでも昔よりずいぶん仲良くなったんだ」
「チッ」
「なに舌打ちしてるのさ」
とハリーが苦笑すると、勝己は露骨にそっぽを向いて窓の外を睨んだ。ロンは、その二人の奇妙なやり取りをポカンとした表情で見つめていたが、しばらくして、ぽつりと独り言のように呟いた。
「……君たちの“仲良い”の基準、僕と随分ちがう気がするよ」
ハリーは思わず吹き出して笑ってしまい、勝己はそんなハリーを見て、「きたねぇ」と顔をしかめた。
「カツキ・ビューモント。このクソもじゃとは今日が初対面の赤の他人だ」
噴き出したハリーの顔を見て思い出したのか、勝己はさっきの仕返しとばかりにハリーにチョークスリーパーをかけるとそのまま自己紹介を始めた。ハリーは拘束から逃れようともがいたが脱出するまえに再びコンパートメントの扉が開いた。
自信に満ち溢れた様子の金髪の少年が、まるで自分の従者であるかのように体格の良い二人の取り巻きを引き連れて立っていた。羽交い絞めにされたハリーの様子を見てマルフォイは一瞬ぽかんとした表情をしていたが、すぐに薄い笑みを作りなおしハリーに声をかけた。
「おや、ポッター。こんなところにいたのかい?」
「やあ、マルフォイ。久しぶり」
客がきたことでチョークスリーパーから解放されたハリーは、技なんてかけられていませんでしたが?とでもいうような表情で挨拶を返した。
「……マルフォイだって?……」
眉をわずかにしかめ、ロンが警戒するように低くつぶやいた。
「君には、ちゃんと話しておこうと思ってね、ポッター。あの時は、ほんの少しばかり誤解があったようだが、君のような“重要な人物”には、それに相応しい友人というものが必要だと思うんだ。特に、彼のような、下品な血筋の奴じゃなくってね」
マルフォイは、露骨な嫌味を込めてそう言うと、ロンに冷たい視線を向けた。ロンの赤毛の眉が、侮辱に怒って跳ね上がる。
「どういう意味だ」
「別に。君の家が――ああ、魔法省のガラクタ係だったっけ。汚いマグルの道具をかき集める仕事だろ? 魔法界に貢献してるとは言いがたいなと思ってね」
厭味ったらしく、あからさまに上から見下したような、鼻につく口調にロンの顔はみるみるうちに赤く染まり、勢いよく立ち上がった。
「父さんをバカにするな!」
マルフォイはわざとらしく肩をすくめて、まるで憐れむような表情を浮かべた。
「ああ、あの“マグル愛好家”か。車いじりが趣味なんだっけ? 汚れ仕事ばかり押しつけられてるらしいじゃない」
マルフォイは、薄く嘲笑的な笑みを浮かべた。取り巻きの二人も、喉の奥から鈍い笑い声を上げて一緒に笑った。その下品な笑い声が廊下に反響し、一層ロンの怒りを煽る。
ロンの耳まで真っ赤になり、怒りに震える拳が自然と強く握りしめられた。
「父さんは立派な仕事をしてる!」
マルフォイはまるで自分が優位に立っていることを誇示するように、ゆっくりと自分の整った金髪を指で撫でつけながら、鼻で笑った。
「ふん、立派だって? 貧乏な上に、そんなマグルびいきなんて、どうかしてるね。君みたいなやつでは、到底スリザリンに入れないだろうね」
「スリザリンに入りたいなんて、一度も思ったことないさ! だってスリザリンは闇の魔法使いの巣窟じゃないか!」
ロンの言葉に、マルフォイの表情が一瞬険しくなり、声が低く、凍てつくような冷たい調子に変わった。
「それは、無知で愚かなやつらの、ありきたりな常套句さ。真に賢い者は皆、スリザリンに入る。それが、この魔法界の、いや、世界の成り立ちというものだ」
そう冷たく言い放つと、マルフォイはロンをまるでゴミを見るかのような、軽蔑に満ちた視線で一瞥し、獲物を定める蛇のようにゆっくりとハリーに視線を戻した。彼の灰色の瞳の奥には、意地悪な光がちらついている。
「だからさ、ポッター。ボクは、君がそんな下品な家柄のやつと、つるんでいるのは、どうしても良いことだとは思えないんだ」
ロンとマルフォイの激しい口論を、黙って聞いていたハリーは、一度深く静かに息を吸ってから、驚くほど穏やかに、だがその奥には確固たる意志を感じさせる強い口調で言葉を返した。
「君の気づかいはありがたいけどね、僕が誰と仲良くするかは、自分で決めるよ」
マルフォイの細い眉がわずかに跳ね上がり、薄い唇が不快そうに歪んだ。
「……へえ」
ゆっくりと、まるで毒を含んだ蜜のように、言葉をねっとりと引き延ばす。
「じゃあ、君は、ボクの親切な忠告を聞き入れるつもりはない、と言うんだね?」
マルフォイの声が、先ほどまでの冷たいトーンから一転、少し甲高くなり、苛立ちの色を帯び始めた。マルフォイは、ハリーからすっと顔を横に向けて、二人の激しい口論には全く興味を示さず、イズクに構っていた勝己へと視線を向けた。
「君、純血だろう?だってそのピアス、ただの飾りじゃない。……質の良い魔法道具だ」
勝己は、マルフォイの言葉に、軽く眉を上げただけで、特に何の返答もしなかった。けれどマルフォイは、その無言の反応を、まるで自分への肯定的な同意だと都合よく解釈した。
「なあ、君ならわかるだろ? ポッターはこんな下品な血筋のやつから悪い影響を受ける前に、もっと良い、相応しい交友関係を持つべきなんだ。君からも彼に言ってやってくれないか? ああいう、ろくでもない家柄のやつとは、距離を置いた方がいいってさ」
自信に満ちた、まっすぐな視線で勝己に語りかけるマルフォイに勝己は、心底呆れたような、深く大きなため息を吐き出した。
「……ハッ、一体誰に、そんな偉そうな説教たれてんだ。トカゲ野郎」
「なっ……!」
マルフォイの、白皙の顔がみるみるうちに赤くなる。怒りのあまり、彼の声がわずかに震えていた。
「いい度胸だな、君……僕が誰だかわかっているのか!? 僕はマルフォイだ! 父上に、今すぐ言いつけてやってもいいんだぞ! ……君、名前は!? さっさと名を名乗れ!」
勝己は緩慢な動作で立ち上がると、そのままゆっくりとマルフォイに近づいていき、彼の鋭くとがった顎を鷲摑みにした。マルフォイの両脇に控えていた、クラッブとゴイルは、勝己の放つ尋常ではない威圧感に完全に怯んでしまい、一歩も動くことができなかった。そしてほんの僅かに高いマルフォイの頭を、無理やり下げさせ、自分の赤い瞳と、彼の灰色の瞳を、強引に合わせた。マルフォイは、まるで蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で瞬きすらできずに、完全に硬直していた。
「
「……は?」
にんまりと、底知れない笑みを浮かべてそう名乗った勝己に、マルフォイは間の抜けた表情で目を丸くした。
そのあまりにも突飛な名乗りに、狭いコンパートメント内が一瞬にして静まりかえった。ロンは、信じられないものを見たかのように口をあんぐり開け、クラッブとゴイルに至っては、一体何が起こったのか理解できていないような、完全に思考停止した顔をしていた。
「フルだと長いし、ダイナマイトだけでいいよ」
だがその「ダイナマイト」の発音が明らかに日本語発音だったのが問題であった。
「
勝己は掴んでいたマルフォイの顎から手を離してハリーの両頬を遠慮なく引っ張った。ハリーは、両頬を引っ張られたまま、間の抜けた声で「
あまりにも間の抜けた二人のやりとりに、最初に我に返ったのは、マルフォイだった。
「……ふ、ふん、覚えてろよ! マルフォイの名を侮辱したこと、父上に報告しておくからなっ!」
頬を引きつらせながら、マルフォイは捨て台詞を吐き捨てた。
勝己は、つまんでいたハリーの両頬を解放すると、まるで獲物をいたぶる猫のような愉しそうな顔をした。
「いちいち親に報告しねぇと何もできねぇのかよ、お坊ちゃん」
「うるさいっ!」
顔を真っ赤にしたマルフォイは、くるりと踵を返し、ガタンと乱暴にコンパートメントのドアを閉めて、去っていった。
クラッブとゴイルは、まだ状況を理解できていないような、ポカンとした表情をしていたが、主人が行ってしまったことに気づくと、慌ててマルフォイの後を追って出ていった。
勝己は、まるで退屈な時間が終わったかのように、大きなあくびをひとつしながら、イズクが静かに伏せている元の席に、どかりと音を立てて座り直した。
「……グレート……なんだって?」
ようやく我に返ったロンが、混乱した表情で疑問を口にする。GREAT EXPLOSION MURDER GOD DYNAMIGHT。確かに、最高にかっこいいのだが、いかんせん長すぎるため、一度聞いただけで正確に覚えるのは至難の業だったのだろう。
「GREAT EXPLOSION MURDER GOD DYNAMIGHT。日本語で言うなら――
「え、いや名前? ビューモントじゃなくて?」
戸惑った様子のロンの反応が、どうやら勝己の癪に障ったらしい。
「アァ? どっちも俺の名前だわ、文句あんのか。殺すぞ。」
威嚇するように掌からパチパチと小さな火花を散らした勝己がロンに一歩近づいた。たったそれだけでロンは、まるで目の前に巨大な怪物でも現れたかのように目を見開いて、慌てて一歩後ずさりし、両手を風車のようにブンブンと振った。
「いや、ケンカ売ってないから! 本当に! まったくもって!」
ハリーは勝己の火花が個性なのかそれとも魔法なのか気になりつつもフォローを入れた。
「そんな怯えなくても大丈夫だよ。『殺す』って、かっちゃんの口癖みたいなもんだし、それに今のはロンのことからかってるだけだろうし」
ね? とハリーが振り返って勝己に同意を求めると、ハリーの頭は、BOMという乾いた音と共に、もさもさのアフロヘアに変身した。
「どこが!?」
ロンが、悲鳴のような絶叫を上げた。
「避けろよ、ザコ」
勝己が呆れたように言うと、ハリーはきょとんとしながらさも当然のことのように答えた。
「いや、だって、避けるのもったいじゃん。だって君、本気じゃなかっただろ」
さすがに本気で来てたら避けたよ。と言うハリーに勝己は理解できないものを見るような目で「キメェ」と呟き、そっと距離をとった。ロンは、顔を引きつらせたまま、アフロヘアになったハリーと、冷たい視線を向ける勝己を、交互に何度も見つめた。
「つまりハリーはわざと受けたってこと?本気じゃなかったから?」
「かっちゃん、コントロール完璧だからね!」
ハリーはまるで自分のことのように誇らしげにサムズアップをした。
ビューモント(Beaumont)は美しい山という意味がある苗字です。
イニシャルがBになるのでKBGになりますね。KBG(カツキ・バク・ゴウ)
勝己の苗字が爆豪じゃないのは生まれ変わっても同じ苗字って変じゃん?って理性が訴えてきたので、爆豪勝己の初期設定である轟郷勝己から取りました。
勝己周りの設定はがっつりと作っているんですが、本編に登場するかは未定です。勝己のキャラ的にあまり話さなそうなのと、細かい設定を作ったけれど開示する機会なさそうなので