実質的な続編(?)を別に連載し始めました。
ただ、独立した作品に仕上げるつもりなので完全な続きではありません。
勝手ながら、特にこだわりが無いならそちらを読んでいただきたく思います。
日の出からちょっと経って、天下はだいぶ明るくなった様子だ。つっかえつっかえな戸をゆっくりと開けて、空を見上げた。やや軽薄に雲がかかった、朝焼けの空が広がっていた。
寝起きの身体を、うんと伸ばす。途端に、冷たい空気が体を包み込む。このごろは随分と肌寒く感じられる時分になった。
震える肌をさすりながら、まだ惚けている頭を外気にさらして冷やしておく。そろそろ、いつもの"待ちびと"も来ることだろうし――
やがて、丸くて黒いかたまりが、小さく、煙のような尾を引いてふわふわと飛来するのが見えた。
普通だったら、湧き出る違和感を禁じえないような情景であろうが、
だから当然、驚いたりもしないし疑問に思うこともないのだ。いつも通り、静かな面持ちでそれを迎えるのだった。
かたまりが、彼女の目の前に降りてくる。近づいてくるにつれ、かたまり全体が小さくなってゆくのがわかった。そして相変わらずゆっくりとした動きでもって、地面に到達する。
屋根の影に入ると黒い物体は消え去って、中からひとりの少女の姿が露わになる。
まず、首元ほどまで伸びた金色の髪が目を引く。その頭の左側向こうから、赤く不思議な形状のリボンがのぞかせる。瞳の色も、澄んだ赤い色をしている。
黒色の出で立ちに、肩から伸びる白い袖がよく映える。胸元には頭のものと色は同じく赤色で、形は違うがやっぱり妙なネクタイが下がっている。
年のころは少なくとも、
「来たね。ルーミア」
「うん、きたよ」
ルーミアがにっこりと笑う。目線と、言葉とを交わし、ふたりは並んで戸口をくぐった。
『虚ろの底で 抱きしめて 』
この小さな妖怪、ルーミアが
ある日中、その住まいを開けた際に入り込んで眠っていたルーミアを妹紅は発見した。
その気配を戸の外から察していた妹紅は、全く相手に気付かれぬよう自宅へと入っていった。
そうして矢張り、ルーミアは気付かず、体を丸めてすやすやと眠っていた。それを、ただ起こして追い出すのもどういう訳か勿体ない気がしたので、妹紅はそのまま捨て置くことにした。
夕日が空を赤く染めたころ、ルーミアの目は覚めた。すぐそばで妹紅も無造作に寝っ転がっていた。
「……あっ」
ルーミアは壁のそばまで飛びずさった。妹紅がそばにいたことで、少なからず驚いたらしかった。人の家に勝手に上がり込んでおいて、それもないだろうと妹紅はその時思った。
元々決して大きくはない家屋である。少し跳んだくらいで間がそう開くわけでもない。妹紅も、だらけた姿勢を変えず、ちょっと声をかけてみる。
「おはよう」
「……」
ルーミアはだんまりである。警戒しているらしい。
勝手だなあ、と妹紅はつくづく思った。一応叱ってやったほうがいいのかしら、とか、襲いかかられたら面倒だけど、だとか、色々逡巡した。
しかし、何よりも妹紅はこの可笑しな客人に対し、ちょっとした愉楽を感じていて、それがまた自分でもおかしいやら、なんとなく悔しいやらで笑い出したくなっていった。
それでも表の
壁を背に、ルーミアは妹紅を睨んだまま動かない。妹紅は構わず、体を横に倒したまま鼻歌なんかが流れ出ている。そんな妹紅はちょうど、戸口への道を絶妙に塞ぐような位置で横たわっていた。
そのまま、赤い夕日が完全に隠れるまで、二人の位置関係は変わらなかった。
夜の帳も下りて、家の中も暗闇に包まれたころ、ルーミアが動き出した。
必死に気配を殺しているのが妹紅には
ルーミアがすぐ傍に寄ってきた時、妹紅もすっと立ちあがって――
右の手の平に
「わぁっ!」
ルーミアは当然、驚く。自らの目論見が露見していたことと、相手がただの"人間"でなかったこととで、驚き、狼狽した。
妹紅はにやにやと笑いながらルーミアの顔をぐいっと、覗き込んでやった。
「折角黙ってお宿を貸してやったのに、こっそり夜逃げして礼の一つすらないなんて、かなしいじゃあないの?」
「……」
今度は驚いて黙り込むルーミア。よく見ると半べそをかいている。それを見た妹紅のにやけ顔が、柔和なほほえみへと変わる。
「情けないなあ。だってお前は、妖怪でしょう?――寝ているとき私に気付かないばかりか、あべこべに人間に驚かされて、泣いてたんじゃあねぇ」
「うう……」
ルーミアはついに泣き出してしまう。妹紅はそんなルーミアの肩に手を置き、座るよう促した。
まるで説教でも始まるかのような態であるが、妹紅にしては、とことんこいつをからかい倒してやろうという心持ちで、腰を据えたのであった。
妹紅はいかにも優しげなふうに、ルーミアを問いただした。
「ここから出ていくにしたってさ、こんなあばら家、どこか穴でも開けて出ていけばよかったのに」
「くって……」
「うん?」
「くやしかったから……おまえを、食ってやろうと、おもってたのに……」
「へええ」
ようやくそれらしいことを言い始めたが、それにしても情けない姿で言うものだ。食ってやろうという、その理由もなんだか可愛らしいかったので、妹紅はいよいよ吹き出してしまった。
「ふははっ!そうか、どうりで……」
「わらうなよぅ!」
「ははは……まあ、悪かったよ。からかいすぎたわね」
「くそぅ……うぅ……」
それからは暗闇の中、ルーミアが泣き止むまで待った。その間妹紅はルーミアの背中をさすってやったり、払いのけられたら宥めてやったりを繰り返していた。
そのうち涙も枯れたのかルーミアは、四肢を広げて仰向けに寝転んでしまった。おそらくは、やけくその
妹紅はさっきのように、ルーミアと添って寝転がった。妹紅は急激に、この情けない妖怪がなんだか愛おしくなってきたのだった。
「悪かったよ。――たしかになぁ、こんなぼろぼろの小屋に、誰か住んでいるなんて普通、思わないものね」
「……」
「わたしを食べようとしたことだって、別に怒っちゃいないよ。人間が
「……」
「わたしも、あんたを許すから、あんたもわたしを許してくれないかしら?」
そっと、ルーミアが寄り添ってくる。妹紅もルーミアの頭にそっと、手を置いた。
――誰かが来てくれて、嬉しかったのよ。……こんなところに、ずっと住んでるとね。
――ひととの付き合い方も、しらないのよ。……あのころから、ほんとうに。
――だから、わるいのはわたし。……ゆるしてちょうだい。
――また、あいにきて、ね?
……
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結局、ルーミアは毎朝方、自ら作った暗闇をまとって、例のごとくふわふわと妹紅の家へやってくるようになった。そして日が暮れるまで、ここを寝床にして待つようになったのだ。
妹紅としても、訳があるのかないのか、日ごろから籠りがちな生活をしているので、ルーミアの寝顔を見て暮らすことが冗長な日々の慰めとなっていた。
「ねえねぇ、
「なんじゃ」
「どうして妹紅は家をこんな、ぼろっちいままにしておくの?――だってもう、さむくなってきたよ?」
「借りておいて、勝手だなあ。思うところあってそのままなのよ」
「びんぼうじゃ、なくて?」
「……それもあるけどさ」
ルーミアは難しそうに腕を組んで考えていたが、そのうち部屋の奥で丸まって、寝込んでしまった。おおよそ、いつも通りの光景である。
それを見た妹紅はちいさく笑って、ルーミアに薄い布団をかけてやった。
外にはくまなく晴れ渡った青空がある。妹紅はちょっと考えながら、ルーミアの寝顔に本日の予定を占うのだった。