虚ろの底で 抱きしめて (旧版)   作:SoCOi

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十:うつろの底で だきしめて(序)

 藤原妹紅が行く竹林は、いつもと変わりなく静まり返っている。枝葉の重なり合う音や、地を枯葉たちが転がる音、それに自身の足音がかすかに聞こえるのみだが、それすらも歩くうちにいつの間にか馴染んでしまって、最初からそんなものなど無かったかのようにそこ行く者の聴覚をすり抜けてゆくようになる。

 

 とは言え、妹紅は疎らに、そこかしこの気配を感じ取るのだった。

 

 それは動物であったり、妖怪であったり、稀にそれらの(むくろ)のもつ残り香であったりするのだが、これがわかる人物というものはここの住人か、妹紅くらいに限られるのであろう。

 

 それらだって、いずれは気にならなくなる。彼らが妹紅に如何こうすることはまず無いことだろうと思われた。

 

 彼らが、ただぼけぇっとぶらつく妹紅を襲ったところでどうにもならない。仮に実行したところで凡そは返り討ちにあうし、運が相ッ当によければ、諭されるなり小言をくらって終わる。一切の利も無いことを、彼らは判るし知っている。

 

 それは妹紅の側にも自覚があることなので、すなわち「枯葉のざわめき」と同じこととなるのだった。

 

 逆に彼らも、妹紅の事など意に介さず眠りこけている。時たま迷い込む、「獲物」足りうる存在に備えているのだ。

 

 

 つまり、誰も連れのいない妹紅は今、ひとりである。それも、ただ静かなざわめきの内にあるだけなのだ。

 

 

 訪れるたび、変わらない光景である。いまさら特に感慨を抱こうはずもないのだった。

 

 

 

 ばさっ、と――行くうちに遠くのざわつきを耳にした。何かがこの竹林から飛び立ったようだ。

 

 

 その音はしばらく静寂を冒し、波だっていたようだったが、それも次第に収まる。

 

 

 

「孤独ってのは、こういうときに感じるものなのかしらね」

 

 

 

 全くの静寂が訪れたように、妹紅には感じられた。まるでそれが、一切を連れ去っていったかのような、そんな感傷を妹紅に与えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『 うつろの底で だきしめて 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり話し終えた妹紅は窓の外から目線を外し、前に向き直った。ついでにちょっと身動ぎをする。椅子というものにどうも馴れない妹紅なのだ。

 

 向き直って、見た先の人物は妹紅と同じ椅子の上にあるが、さすがに落ち着いた様子である。妹紅に落ち着きがないだけなのではだろうが。

 

 妹紅はどこか弁解するように手を払ってまた、口を開いた。

 

 

「すまないね――こういうのは医者というより、坊主の領分じゃないのかね。ふつう」

 

 

 八意永琳を前にするとき、妹紅は素直に接する。どことなく、心の底では負い目を感じているのかも知れないと妹紅は自嘲するのだが、普遍的な包容力のあるような、取っ付き易さが永琳にあるのも確かに思えた。

 

 

「いいえ。こころへの手当ても医者の仕事のうちよ」

 

「ふうん……言い切れるヤツもそういないと思うけどな」

 

 

 そう言って妹紅は鼻頭を掻く。率直な感想を述べはしたが、ちょっと小ッ恥ずかしくなったのだ。

 

 永琳もそれを察したのものか、口を押さえてクスクスしている。照れくさいが、別に妹紅も悪い気はしない。

 

 永琳は笑みを口もとに残したまま、話す。

 

 

「ありがとう……尤も、私にできることもこれぐらいしか無いってことなのだけど」

 

「それは――わたし自身の責任さ。ここに来ることだって、ほんとうは間違っているように思えるよ」

 

 

 肩をすくめて見せる妹紅。永琳は軽く頷いてくれた。

 

 

 

 妹紅の行脚の目的というのは、やはりと言うか、永遠亭を訪うことにあった。

 

 しかし、これまでは一人でやって来ることは稀な事であり、少なくともここ数年は全く無かったことと言ってよい。

 

 もともと妹紅にとっては因縁深い場所である。それも、どちらかといえば後ろ向きの因縁といえるものだ。だが、妹紅の持つ妙な老婆心が成り行きに乗ってしまい、永遠亭を訪問する客の道案内なんかを務めるようになっている。

 

 だからここに来ることはそこまで珍しいことでもないのだが、独りでやってきて何気なく世間話をしに来るなんて事を、妹紅はしたがらなかった。

 

 

 状況が変わったのだ。致しかたあるまい、と妹紅は考える。

 

 

 まあ、いざ実際来てしまえばそんなに悪いものでもないとも思う。ここの住人の大半は気のいい兎どもであるし、永琳もなんだかんだ優しかった。ただ、ひとり――一人の存在に対して、因縁というものが纏わりつくのだ。

 

 

 少なくともそのひとりに今日はまだ会ってはいない。

 

 ちょっと気分がいい。妹紅はまた、外界を覗き見ながら続ける。

 

 

「だけども――過ぎた事だって、()()()()()に決めたからさ」

 

「誰だってそういうものでしょう?大なり小なりね」

 

「事が大きすぎるんじゃないかってね。私の場合」

 

 

 こんど肩をすくめるのは永琳だった。やんわりと肯定したのであって、別にうんざりの態というわけではない。ただ、そもそもが前に済ませた議題ではあった。そして、一定の見解もすでにそのとき出ているのだった。

 

 ふたりの会話は万事こんな風に進む。妹紅の心の有様を、妹紅が発する何気ない言葉の端々から観察するのが、妹紅に対する永琳の診察である。これも、今日で幾度目かに続いている。

 

 

 

「まあ、あなたは良心的な患者のうちに入るわ。少なくとも、わたしにとって」

 

「やりやすいって、ことかい?」

 

「よき人は自ずから、こちらのやる事をやり易くしてくれるものよ」

 

 

「はは……あんたに褒められるうちは、まだ大丈夫そうだって思えるよ」

 

「さっき褒めてくれた、おかえし。お互い、今後ともよき医者とよき患者であってほしいってね」

 

「ま、気をつけるよ」

 

 

 

 再び肩をすくめて見せた妹紅の後ろで、静かに戸が開く音が聞こえた。

 

 妹紅も永琳も、そちらへ目を向ける。その先に、蓬莱山輝夜が立っている。

 

 

「あらあら、またいらしたのねぇ」

 

 ふざけた口調で輝夜は笑っている。それに対し、妹紅は些か技とらしく口を尖らせた。

 

「おうおう、また邪魔しているよ」

 

「ちょっと失礼ですよ。姫様」

 

 一応咎めた永琳は、またクスクスやっている。こういう戯れも毎度のことといえる。

 

 

「で、あなたは変わりなく?」

 

 漠然とした問い掛けをされた妹紅。一応妹紅はちょっと考えてから答えた。

 

「さて……な。変わってはいないように思うけどな。実際、どうなのかね」

 

 

 答えて、永琳の方を見やる。永琳は自分の顎を軽く触って、ちょっと考えたふうに見えた。

 

 

「現状維持。結局、行き着くところはあなた自身にしかわからないわ」

 

「だってさ」

 

「――そう」

 

 

 輝夜は笑うことなくうなずいた。

 

 

 ちょっとの静寂が訪れた。外で竹の葉達が、やや大きくざわついたのが聞こえた。

 

 

「ときに、あなた」

 

 

そう言って、輝夜はちょっともったいぶっている――らしい。妹紅は眉をひそめる。

 

 

「――ルーミアちゃん、かわいい?」

 

「……ルーミアね」

 

 

 また――こいつまでそれか、と妹紅は内心苦く思った。ルーミアに関しては、永琳にもたびたび言われていることなのだ。

 

 永琳とて咎めているわけではない。輝夜とて同じだろう――勝手ながら妹紅は思う。

 

 咎めるのなら、ここへ来るのも断って欲しい。――独善的であることは妹紅自身承知しているが、こういうところも矢張り開き直るつもりでいた。

 

 

「かわいいさ、そりゃあね。――勝手だと、思うか?」

 

「あなたの問題でしょう。とやかく言えるのは――まあ、当のルーミアちゃんぐらいね」

 

 

「あと、あの()()()にはその資格があるように思えますわ」

 

「そう、そうね」

 

 

 永琳が割って入った。輝夜はなぜか嬉しそうに何度も小さく頷いた。妹紅は、ばつが悪そうに押し黙っている。

 

 

「上白沢女史は立派な方よねぇ……あなた、夫婦(めおと)にでもしてもらったら?」

 

「それは、もう現に冗談になりませんわね」

 

 という冗談を、永琳が珍しく言った。妹紅はばつが悪いのを通り越して、諦めたように立ち上がり、口を開いた。

 

 

「そういじめるんじゃないよ。……何のために来たのか、わからなくなった」

 

「あら……すみませんねぇ」

 

 そういう永琳は今日はよく笑えるらしい。妹紅にとっては新鮮な印象を受けた。

 

 そしてやはり、悪い気はしていないのだった。

 

 

「帰るよ。先生、ありがとう」

 

「いいえ、また何時でもいらしてね」

 

 輝夜がはっと、永琳のほうへ向き直る。

 

 

「こら。ここの主人はわたしよ」

 

「この方はまがりなりにも患者さんですよ。いくら姫様でも……」

 

 

「……懲りずに、また来るよ」

 

 妹紅はちょっと苦笑しつつ、ふたりのやり取りを背に出口へとたった。

 

 

       ×          ×          ×

 

 

 

 夕暮れ時の藤原家の戸をがたがたと、いささか無作法に押し開くものがあった。

 

 

 中腰の姿勢をとっていた妹紅は首だけを向き直り、寝起きだったルーミアはぴょこん、と身体ごと小野塚小町を向かえた。

 

 

 小町は「よっ」と言ってから家の中を眺め回した。ルーミアが眠そうに小さく頷いて答えた。妹紅はかまわず元々やっていた作業に没頭し直した。

 

「なんだあ……?珍しく忙しくしているねぇ?」

 

 

 忙しくしているらしい張本人が意に返した様子はなかったが、ルーミアはまた頷いて答えてやった。

 

 

「そうなんだよねぇ。めずらしいよねぇ……」

 

「なんだ?ルーミアもなんなんだか知らないのかいね」

 

「そうだよぉ」

 

「ふーん……」

 

 

 呆れたように小町は妹紅を見据えた。ようやく家主は客に対してかまってやろうと思ったらしい。口を開いた。

 

「立ち退くんだよ。ここを。その準備さ」

 

「え?そりゃあ、また……」

 

 小町はルーミアの方を見やった。ルーミアは目を丸くしている。これはどうも、本当に何も知らされてなかったらしい。

 

 

「……夜逃げかえ?……いったい、いくらくらい借りたんだい」

 

「違うよ!まあ、借金はしたわけだけども」

 

「やっぱり借りてるんじゃないか」

 

「それと無関係とは言えんが、やっぱり違うよ。……ここの改築にやっと手がつくんで、一時的に立ち退くのさ」

 

 

 小町は再びルーミアを見やったが、よりいっそう、きょとんとしていた。

 

 

「おいおいおい……ひょっとして、ルーミアには何も話してないのね?」

 

「いや、そんなことは……」

 

 

 妹紅も、ルーミアを見た。ルーミアは首を横に振る。

 

 

「いや……しらない……!」

 

「あれ?そだっけか」

 

「……長生きのし過ぎで、ぼけちゃったんだねぇ。お気の毒」

 

「失敬な客だなあ」

 

 

 と言ったものの非があるのはまあ、妹紅であることは間違いないように思えたので、妹紅は幾分かは済まなそうにルーミアを見た。

 

 

「いやあ、ごめんなー?こんな重大なこと、まさか言ってないとは思ってなくってさ」

 

「ひっどい言い分だねぇ」

 

 しばらくの間があって、ルーミアはようやく話を飲み込んだらしく、慌てるように立ち上がった。

 

「もこうとわたし、どうなるの?」

 

「ああ。取り敢えず慧音んとこに居候させてもらえるよ」

 

「よかったぁ……」

 

 早速落ち着けたルーミアはふたたび、ぺたんと座り込んだ。小町がちょっと前に出る。

 

「それは結構だけどさ、もう今夜じゅうに出てっちゃうのかい?」

 

「いいや。あしたの……まあ、こんくらいの時間になるかな」

 

「へぇ……」

 

 

 小町は家の中を見渡した。世辞でも人並みのものとは言えないくらい、閑散としている。

 

 少しの寝具や食器の類を残して、荷物らしい荷物はもう纏まりきっているようにみえる。

 

 

「えらく気が早いんじゃないのか……?」

 

「今晩出て行っちまおうかと思ったんだけど、おたくがいらしちゃったもんで」

 

「悪かったよ!」

 

 妹紅は首を引っ込めた。自分としては本当に悪気はなかったつもりだったのだ。

 

 

「別に文句言ったわけじゃあないわよ」

 

「そうかね……。ていうか、そんな適当でいいのかい?あの先生にも都合ってもんがあるだろうに」

 

「だいじょうぶでしょ。慧音はよくできたひとだから、いつ押しかけたって」

 

「なんであんたは予め申告しようって気にならない……」

 

 

 これにはルーミアの代弁にもなったらしく、ふたりの横で何度も頷いている。

 

 妹紅は二人の態度にちょっと不服だったらしく、すこしむくれた。

 

 

「なんだよう。一応今日明日あたりに行くことは織り込み済みよぉ?」

 

「やっぱり、それでも曖昧なんだね」

 

 

 小町は妹紅の前に来ると、どかっとそこに腰を下ろした。妹紅もつられて座り込む。ルーミアは、すすすと膝を折ったまま二人へと寄った。

 

 小町がまた辺りを見回した。

 

「座布団はないのかね」

 

 

 妹紅はああ、と小さくつぶやいて、向こうの不恰好に丸まった風呂敷を指差した。

 

「もう、そん中よ」

 

「うーん、こりゃいよいよ訪れる間が悪かったらしい」

 

 

 そういって頭をかく小町の膝にルーミアが手をかけた。うれしそうに笑っている。

 

 小町はルーミアの背を軽く抱いた。妹紅が怪訝そうな顔で小町を見た。

 

「それで?ご来訪の目的は?」

 

「遊びに来ただけさ。……そうだ、見なよ」

 

 

 小町は腰にぶら下げていた竹筒を、自分と妹紅の間にどん、と置いた。

 

「これはね、かなり()()はずだよ」

 

「これ、なーに?」

 

 横たわって、小町の膝の上を占領していたルーミアが、竹筒をつついて尋ねた。

 

 

「これな……そうだ。ルーミアも呑んでみるかい?」

 

「ふーん?」

 

 両手で抱えてみるルーミア。それがどうも不安定なもので、見ているふたりは、はらはらした。

 

 

「……あ!おさけだね」

 

「当ったり!さすがだなあ」

 

 

「で、くれるのかい。わたしに」

 

「そそ。まあ、酌を手伝ってほしいわけさ」

 

 ちょっと口元に笑みを作っておきながら、妹紅は立ち上がった。立ち上がって、酒器の類はまとめた荷物のうちに入れてしまったことを思い出し、妙な顔を小町に向けた。

 

「はは……」

 

 察した小町も、苦笑してやるくらいはした。

 

 

 

 

 

 




書き溜めをポシャったり、サボったり、コレの存在を忘れたりしながら久々の投稿。

なんとかできそーです。
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