虚ろの底で 抱きしめて (旧版)   作:SoCOi

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九:おもい合うなり ふたりごと

 小高い丘の上、その上に立つ老いた木のまた上に、ふたりは座っていた。今日はやたら黄色い月光がふたりの背に降り注いでいる

 

「さいきんね」

 

 珍しく、ルーミアは浮かない顔をしてこいしと向き合っている。こいしも流石に気づいたらしく、ルーミアにその訳を問うてきた。

 

「……もこう、ぐあいわるいことが、おおいんだ」

 

 一度、妹紅は体を壊して以来、その後もたまに同様の事態に陥ることがあった。大概、それが数日にわたるほど長引くことはなかったのだが、こういうことが何度もあるというのは当然、不安にならないわけもなかった。

 

 

 

「そうだったんだ。それは心配だね。でもちょっと意外だなあ」

 

「こいしも、そうおもう?」

 

「あのひとが体を壊すことなんて、どうも考えられない事だね」

 

「からだが、なかなかうごかないんだって。でもつらくはないって、もこうはいってた」

 

「そっか、そっか。お医者さんとかは、呼んだの?」

 

「もこうは、ひつようないって……よぶひつようはないっていうんだけど」

 

「でも何か病気だったなら、やっぱりおねがいした方がいいよ」

 

「びょうきじゃないから、かかってもしかたないっていうんだよ」

 

「……じゃあ、本人にはその理由がわかっているのかなあ」

 

「たぶん、そう……」

 

 

 うつむいたルーミアの頭に、こいしがそっと手を置いた。ルーミアはそれでちょっと心が休まる。

 

 

 妹紅も、よくこうやってルーミアを優しく撫でてくれたものだと、ルーミアはそういった時のことを思い出した。今日も、妹紅は自分のことは気にするなと、こうしてルーミアを送り出してくれたが、やはり彼女のそばにいた方が良かったかもしれない。

 

 だからといって自分になにかができるわけもないと、ルーミアはそう自覚していたが、やはりそばにいないことは心配で、気が気でなくかった。

 

 

 

 ルーミアはこいしの方へ向き直った。こいしの顔からはいまいち感情が伝わってこないような、表情が固まっているわけではないが色が希薄な感じを、ルーミアは見て取った。

 

 そのくせ、こいしの眼は真ん丸に開かれているようで、ふと、ルーミアの無意識の片隅に漠然とした不安感が生まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『九:想いあうなり ふたりごと 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりだ、あんたが殿方の訴えに折れたから、私んちは魑魅魍魎の手にかかってしまうという訳だ」

 

「はいはい、わたしが迂闊で身勝手でした。……でも私だってそんなに裕福な訳じゃあないんですよ。許してください」

 

「ま、今よりひどいことになることも、そうないと思うけどね」

 

 

 

 昨日はまた、身体の自由が利かなくなってしまった。今日はもうある程度元に戻っていたが、それでもやはり気だるい感じが残っていた。

 

 隣で寝かしつけたルーミアをそのままにして、妹紅はしばらく床で鬱々としていたが、ぼーっとしすぎてどれくらい経ったか分からなくなった頃、不意に慧音が訪れてきた。

 

 慧音は妹紅の体調の事など知らなかったから、いつものごとく妹紅の不摂生を詰ったが、妹紅も別にここで弁解はしなかった。

 

 それからは妹紅の宅の改築の請負についての話になった。ここにきてようやく、連中に委託することとなったいきさつが、慧音の口から語られたのだった。

 

 

「……どうりであのしかめっ面の亭主が、あの時妙に愛想が良かったわけだな」

 

「そんなことがありましたか」

 

「ありましたとも。……そうか、あの黒づくめの小娘と、係わりがあったんだっけなあの野郎」

 

「それはなんとも、あの人らしからぬ事をされたものですね」

 

「妹思いは、結構だけどね」

 

「いもうと?」

 

「みたいなもんでしょうが」

 

「まあ……」

 

 頷いた慧音が、対面の妹紅と、あっちで寝ているルーミアを交互に見比べた。妹紅は『なんだってんだよ』といったふうに慧音を睨んだ。それで慧音も、まったくひるんだりはしなかった。

 

 

「とにかく、こうしてあなたが前向きに生き始めようとし始めているのも、なんだかんだルーミアのおかげという訳ですね」

 

「大げさだなあ。なによそれ」

 

「あなたが言ったんじゃないですか。そんなことを」

 

「言ったかもしれないけど、多分もっと違う言いようをしてたと思うよ」

 

「口では何て言っても構いませんけど……まあ、ルーミアは大事にしてあげてくださいね」

 

 

 妹紅は向こうの後ろのルーミアへ振り返った。今は、静かに寝息を立てている。

 

 

 昨晩は妙にルーミアが早く帰ってきた。おそらく妹紅を気遣ってのことだと思われるが、妹紅にとっては何だか情けないことと思わせるのだった。ルーミアが自分を気遣ってくれたことは、実は内心で結構喜んでいたりするのだが、それでもルーミアの自由を奪っている感じがやるせなく思えてしまうのだ。

 

 ルーミアは一緒に寝てくれているあいだ、妹紅の手に自分の手を置いて添い寝した。妹紅の思っていたより、ルーミアの手は小さいように思われた。

 

 

 ……何とかしないと、いけないかな。

 

 

 妹紅は思った。今目の前にいる、気の知れた彼女に相談するもいいかもしれない。そうも思った。

 

 

「慧音、相談事が出来た」

 

「あら、わたしにも妹紅にお話しがあるんです」

 

「奇遇ね」

 

「そうですね」

 

 

 ふたりの、視線が合う。心なしか、慧音の表情から物悲しさが感じられた。

 

「妹紅、ルーミアを大事にしてくれというのは、何もルーミアだけを守っていればいいというものではないんですよ」

 

「そうらしい」

 

「心当たりは?」

 

「ない……けど別段急に()()が来たっていう気もしないのよ。ああ、そうかっていう……」

 

「でも、あなたにはルーミアがいます。……ルーミアという存在が、出来てしまったんですよ」

 

「どうにか、ならないかしら」

 

「わかってるんでしょ。取りあえず何をしたら良いかは……私が竹林の奥まで、背負って行けっていうですか?」

 

「やれやれ……それには及ばないよ。ただ、お願いが一つある」

 

「はい」

 

「わたしに何かあったら、ルーミアに……」

 

 ここで、ちょっとの間が空いた。妹紅の目線が遠くなった。

 

 

「よろしく……って」

 

「……そんなの嫌ですからね。わたし」

 

 

 慧音が静かに俯いた。今度は妹紅が寂しそうにしてから、笑った。

 

「わたしだって、いやよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「もこうって、しなないって……ううん、しなねいんだって、いってた」

 

「……そうなんだ」

 

 

「なんでもない、ってしてるけど……わたし、ほんとはつらいんじゃないかって、おもうの」

 

「優しいんだね。きっと」

 

 

「もこうのからだも、それのせいで、わるいんだっておもう。……くわしくはわかんないけど」

 

「……」

 

 

「わたし、もこうのために、なにかしてあげられないかな」

 

「そんなルーミアちゃんにとって、あの人っていったい何なの?」

 

 

 

 

「まえにも聞かれたけど、よくわかんないんだ……ともだちとも、ちょっとちがうとおもう」

 

「……」

 

 

「でも、もこうがわたしを――()()()()()()()んだって、おもってるんだ。それまで、わたしには何にもなかったのと、おなじだったから」

 

「……」

 

 

「わからないことはおおいけど、とってもたいせつなひとなんだ……」

 

「じゃあ、ルーミアちゃんにとってあのひとは、ルーミアちゃんそのものなんだね」

 

 

「それも……わかんないや」

 

「うん、そっか」

 

 

 

 こいしは座っていた枝の上に立って、うんと背を伸ばした。するとすぐにルーミアの顔を見下ろすように、やはり屈託のない笑みを向けてきた。

 

「ふたりがどうしようと、私はルーミアちゃんを応援するよ」

 

 

 月の光を背にしたこいしは、どこかぞっとする何か印象を湛えていた。

 

 

 だからといって、ルーミアは顔をそらしたり、俯いたりはしないのだった。

 

 

 

 

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