もうまもなく日が登り始める時間帯。クリスタ及び立体機動装置奪還作戦がまもなく開始されようとしていた。
手筈としてはこうだ。まず、窃盗団の馬車が通るであろう分かれ道、そのうち彼らが向かうと予想されるオーデルの町へと直通の道を塞ぐ。
どのように塞ぐかというと、頃合いの良い木にロープをくくりつけ、人間の重さでしならせるという方法。今いるメンバーで最も体重が重いオレがやろうかと思ったが、オレは馬車に強襲をかける役割を任された。そのため、これにはサシャとコニーの野生児コンビ、そして長時間木をしならせるのはしんどいということで窃盗団とタイミングをあわせる為にミーナが抜擢。
しかし窃盗団の馬車は2台。クリスタが居る馬車と立体機動装置が積まれている馬車を見分けるために、塞いだ分かれ道の先でマルコとアルミンが影に隠れて音を聞く。
正直これが一番難しいだろうが、彼ら2人が買って出てくれた。どちらの馬車に何が、という合図は紐でエレンとジャンが待機する木の上にある空き缶を揺らすことで行われる。装置が前の馬車なら1度、後ろなら2度。両方に積まれているならば3回空き缶を鳴らすというわけだ。それを聞いたエレンとジャンが木の上から馬車に飛び乗り、まずは立体機動装置を回収する。
そしてオレの役割は、エレンとジャンが強襲から立体機動装置を奪還して皆が装備するまでの間、ウーシュカと共にクリスタの馬車を追跡するということ。
立体機動装置を装備するまでの時間でクリスタの居る馬車を見失う、ということがないようにオレとウーシュカで追跡するわけだが、立体機動装置のように立体的な移動ができないので当然鉄砲に撃たれる危険性は上がる。それはオレよりも的が大きいウーシュカのほうが言えるだろう。
なのでジャケットはミーナに預け、訓練兵団のマントを裏返して着用し顔を隠す。ある程度の距離まで近づいてしまえば、立体機動装置がなくともウーシュカの機動力で翻弄できるという算段だ。
「頑張ろうな、ウーシュカ」
エレンとジャンが待機する木の影に座っているオレは、隣にいるウーシュカの前足を撫でる。そっちこそとでも返してくれたのか、ウーシュカはオレが撫でた前足を上げて頭の上に乗せる。痛え。
「ッ! 合図だ!」
カランカラン、と缶同士が2度ぶつかる音にエレンが反応する。
直後に2台の馬車が走ってきた。エレンとジャンは迷わず後ろの馬車に向かって飛び降りた。
「オレたちも行こう!」
立ち上がりウーシュカにまたがる。鐙に足を差し入れて手綱を握ると、ウーシュカは待ってましたと言わんばかりに走り出す。その加速度に投げ出されそうになるが耐える。あっという間に周りの景色を置き去りにしたオレたちはエレンとジャンが乗り込んだ馬車の後ろに着いた。
「ジャン!」
馬車から窃盗団の1人を叩き落としたジャンに声をかける。意図を察知してくれたジャンはオレの立体機動装置をこちらに投げつけてきた後、馬車を操る窃盗団の首を締めにかかった。
いやすぐに立体機動装置を見分けれんのはすごいけど投げんなよ! 受け取れなかったらどうするよ!?
「あの野郎!」
エレンが荷台にいた最後の窃盗団を蹴り出したところで、クリスタの乗った馬車から男が鉄砲を構えて出てくる。ここからがオレの出番だ。
「オイ邪魔だ! 死にたくなかったらそこをどけ!」
ジャンが馬車の主導権を奪ったため、ウーシュカの足を速めて2台の馬車の間につく。
やはり民間人と勘違いでもされたのか、窃盗団も不要な殺しを避けて忠告してくる。手綱を握ってウーシュカに合図をすると、馬が走る時に発生する上下の揺れがなくなった。
「はぁ!?」
後ろの馬車に居るエレンが叫んでいるが、そんなに驚くなよと言いたい。
ウーシュカは非常に賢い子なので、側対歩という揺れを極限まで減らす走り方ができる。それによって手綱を離しても落馬することなく、オレはジャンから受け取った立体機動装置を急いで装備することができるというわけ。
確かにパカラッパカラッという軽快な馬の走り方ではなく、ドドドドドドドという感じだが速さは壁内最速だ。芦毛の暴れ馬は伊達じゃない。
「チッ、俺は警告したからな!」
しびれを切らした窃盗団が引き金に指をかける。ちょうどそこで立体機動装置を装備し終えたため、アンカーを射出して窃盗団の手から鉄砲を弾いた。
「何ッ!?」
「エレン、ジャン! マルコたちと合流しろ!」
「ああ!」
後ろの馬車が徐々に速度を落としていく。それを確認してウーシュカの速度を更に上げる。
あっという間に窃盗団の馬車を追い越し、前へ。後方から鉄砲を発射した音が聞こえてくるが、速い上に左右へ動くウーシュカにもオレにも当たることはない。
「クリスタを頼んだ」
追いかけっこにそろそろ飽きてきたので、ウーシュカを撫でながら耳に向かって呟く。チラリと目線をこちらに送ってきたためオレはガスを吹かして立体機動に移った。
「撃ち落とせるもんならやってみな!」
後方からはエレンたちが追い、前方にはオレが居る。窃盗団からしてみればオレのことを撃ち落とさなければ逃げ延びれないため必然的にオレを殺すことに意識が向くだろう。
今はそれでいい、それが狙いだ。できるだけクリスタから視線を外させることが目的なのだから。
「クッソ!」
ダン、ダン、と数本の鉄砲を使って立て続けに弾丸を飛ばしてくる窃盗団。
その弾丸を避けつつ立体機動で馬車の周りを移動し、ウーシュカが荷台の壁を挟んでクリスタのすぐ横に付き、クリスタの手が馬車の天井に結びつけられていることを確認した。
さとられないように縦横無尽に動き、背後からおそらくはアルミンあたりが撃ったであろう緑の信煙弾を見てからクリスタの手を吊るすロープをブレードで斬る。
正直今のが一番おっかなかったわ。間違えてクリスタの手を斬ろうものならフリーダや同期たちから何をされるかわかったもんじゃない。始祖様もやはり直系の子孫ということがあってかクリスタのことはお気に入りらしいし、人生をかけて償うしかなくなっちゃいますね。いや手を斬らなくてもクリスタの為に人生をかける覚悟はできてます!
そして再び立体機動で馬車の周りを飛び回る。そろそろか、と見るとクリスタが両手を縛られた状態で荷台からウーシュカに乗り移っていた。と同時に、全速力で追っかけてきたであろうエレンとジャンの姿も。
立体機動の高度を下げ、地面すれすれを飛ぶ。この速度だ、一歩間違えれば大根おろし待ったなしの危険な起動。ただその甲斐あって窃盗団は逃げ出すクリスタにも背後から接近するエレンとジャンにも気づかず、オレのことを撃ち殺そうと躍起になっている。
「うぉいしょッ」
そこからアンカーを高い木に打ち直し、ガスを吹かして急上昇。空中で宙返りの途中に窃盗団と目が合い、その横をエレンとジャンが通り抜け窃盗団の乗る馬車と馬とを繋ぐ綱を切断。
馬車はコントロールを失い、急ブレーキをかけたのか馬車は横滑りしながら横転。最後まで見ることはせず、急いでクリスタとウーシュカの元へ。
「クリスタ」
「フレディ......!」
瞳に涙を浮かべるクリスタ。歯をむき出しでやってやったぜと言わんばかりの顔をしている馬の上に両手を縛られた美少女がまたがっている、という光景がシュールすぎてちょっと笑いそうになるが、ここは感動の再開だ。決め顔しておこう。
「待ってて、今解くから」
細い両手を縛る縄にブレードを当てて縄に切れ込みを入れる。クリスタはオレがその縄を解くのを待たずして自ら渾身の力で千切り、広げた両手をオレの首に回して抱きついてくる。
女の子らしい柔らかな感触と鼻を抜けるクリスタの香りに思わず深呼吸更新。小刻みに震えるクリスタの肩を抱くと、涙声が耳に入る。
「大丈夫だった? フレディに何かあったら私......」
「いやそっちかい!」
てっきり怖かったとかそういう感じかと思ったらオレの心配なのか......ここまでの無償の愛を提供してくれる母親以外の女性がいまだかつて居たことでしょうか。これが女神の貫禄。
「オレは大丈夫だよ。それよりクリスタのほうこそ」
「大丈夫だよ、じゃないでしょ! もう無茶はしないで」
「え? なんでオレ怒られてんの?」
先ほどまでの良い雰囲気はどこへ行ったのか、クリスタは眉を吊り上げてオレの両肩を掴み怒ってますよとアピールしてくる。どっかでこの怒り方を見たことあるなと思ったが、すぐに分かった。フリーダと同じじゃん。
クリスタがヒストリアだった時に戻ってきたのかな。それは喜ばしいことだけど、オレのことを子供扱いするのは精神に来るからやめてくれ。背伸びしたい年頃なんです。
「私、もうあなたの前では我慢しないことにしたの。フレディがあまりにも危なっかしすぎるから、私がちゃんと見守ってないと!」
「いや、ほんと......ごめんなさい。クリスタが無事で何よりだよ、あはは」
「笑って誤魔化さない!」
「......はい。すみません......」
なんだろう、すごく男としての大切なものを失った気がする。
笑って誤魔化さない、とか何年ぶりに言われたかな。もうこれヒストリアがフリーダのことしっかり思い出してるんじゃね疑惑が出てきたぞ。幼い時の勝ち気な感じがあったヒストリアそのままだし、笑って誤魔化さないもオレたち揃ってよくフリーダに言われてたし。
にしても年下の美少女にしっかりお説教されるのって結構来るなぁ。近所に『年下の女の子に怒られるとバブミを感じる!』とか言ってた残念な憲兵団のお姉さん居たけどオレには理解できない。稀に見る志を持った憲兵団員だったけど両親が死んでから関わり無くなっちゃったから元気してるかな。
「フレディ!」
エレンの声が響く。クリスタとイチャついてるのに嫉妬でもしてるのかと声のする方へ首を向けると、焦った表情で手を伸ばすエレンが。その後ろでは坊主頭の窃盗団を抑えたジャンと抑えられてる窃盗団、マルコたち班のメンバー全員も口を開いて何かを伝えようと必死な様子。
何をそんなに焦っているんだ? と思った時、その理由はすぐに分かった。
「死ね」
茂みの中から、馬車に乗っていたもう一人の窃盗団。口ひげを蓄えた金髪の男が鉄砲を構えている。
その銃口はオレの顔に向き、遠いのに引き金にかかっている窃盗団の人差し指が動くのがやけにハッキリ、そして遅く見えた。
これ死んだな。
頭にそんな言葉が思い浮かんだ刹那、銃口からまばゆい光と乾いた音が鳴り響きオレの体は衝撃で横たわる。
「へへっ、言ったでしょ。私が見守ってるって」
その衝撃は弾丸によるものではなく、クリスタの体当たり。普段ならクリスタに体当たりされても多少フラつく程度だろうが、彼女の火事場のクソ力とでもいうのか、いとも簡単に倒されてしまった。
オレに覆いかぶさるクリスタの笑顔に心奪われそうになるが、すぐさま彼女をかばうように起き上がる。パッと見てクリスタに外傷はなく、オレの顔があったであろう位置の後ろにある木に弾丸の跡を認めた後に、すぐさま窃盗団へと視線を戻す。
立体機動で動き回るオレ相手に鉄砲は撃ち尽くしたかと思ったが、今までの間に装填していたのか次の鉄砲を構えているところ。状況は依然として絶望的だが、第2班に居る彼女の名前を呼べばなんとかなる気がした。
「アニ!」
不意に頭をよぎった名前を呼ぶと、どこからともなくアンカーが飛んでくる。それが窃盗団の顔をかすめて木に突き刺さると、ガスを蒸し金髪をなびかせながら高速移動する訓練兵が窃盗団に飛び蹴りをかましていた。
「動くな」
窃盗団がうずくまると足で鉄砲を蹴散らし、ブレードを首に添える彼女はまさしくオレが名前を叫んだアニだった。
呼んだら来てくれるとか最高かよ。しかもカッコよすぎて惚れ直した。金髪美少女2人にたて続けに守られるとかひょっとしてここはすでに天国では!?
そう考えていると、頬をつねられる痛みでここはまだ天国ではないと理解する。クリスタがムッとした表情でオレの頬を思い切りつねっていた。千切れちゃいそう。
「私の見せ場がぁ......」
「ひょ、いはい」
恨めしそうな顔のクリスタはオレの頬から手を離すと、フンッと腕を組んでそっぽを向いてしまう。
一瞬だけ窃盗団を見るとエレンによってしっかり取り押さえられていたので、安心してクリスタと会話ができる。
「いてて。クリスタ、その。ありがとう。助けてくれて」
「すぐアニの名前が出てきたくせに」
「いや、それは予感というか。とにかく本当にありがとう。クリスタのお陰で続いたこの命、言われた通り大切にする」
「......わかってくれたならいいよ。まずは皆無事で居られて良かった」
微笑みの女神に、意図せず腕を伸ばしてしまう。
小柄な体をそっと抱きしめると、クリスタも頑張ってオレの背中に手を伸ばす。胸元にあるニカッと歯を見せた笑顔は間違いなくヒストリアのものだった。
「ねぇ」
「ファッ!?」
低めの声に2人揃って驚き離れる。バクバクと鳴り響く心臓を抑えながら顔を上げると、アニが気だるそうな顔で頭をかく。
「お楽しみのところ悪かったね」
「お、おおお楽しみなんて! 変なこと言わないでよ!」
「本当だよ! せっかく楽しんでたのに!」
「フンッ!」
バキッ、という音がして脳が揺れる。アニの空手チョップがオレの脳天を貫いたのだ。
揺れる揺れる、世界が揺れる。昼なのに星が見えるぜ......
頭を擦って痛いよアピールしてもクリスタは両手を顔に当ててなんかクネッてるし、アニは鬼の形相だしで誰もかまってくれない。冷てえよ世界は。
「そんな芝居はいいからさ。アルフレッド、あんた早いとここいつをどうにかしてよ」
アニが指差す背後には、彼女のパーカーのフードを咥えて引っ張るウーシュカが。
またやってるよ。なんでかウーシュカはアニにちょっかいかけるのが好きみたいだが、オレに似たんだろうか。遊んでやってる、と言うかのような顔だがアニもアニで嫌では無いって言ってたし癒やしなんだけどな。
でもまたアニのフードを食いちぎっちゃうと申し訳ないから止めさせよう。弁償しますって1着プレゼントしたけど未だに着てるとこ見てない。ショックが。
「どうどうウーシュカ。悪いなアニ、助けに来てくれて」
「別に。信煙弾を見て来たから私の班もそのうちくる」
「にしたって速かったな。改めて礼を言わせてくれ、ありがとう」
ウーシュカを撫でて落ち着かせる。ふと見たウーシュカの足元に若干引きずったような跡があるのだが、アニってもしかしなくてもパワー系? フードを抵抗する馬に咥えられても歩けんのこの娘?
今までの蹴りが全力ではなかったとしたら、と少し悪寒が走るが、ウーシュカの顔を見ると彼女なりにクリスタとオレのことを気遣ってアニにちょっかいをかけてくれていたんだろうなという気がして、愛らしさから笑えてきた。
ただアニは思い出すような不思議がるような、なんとも言えない顔をしていた。
「変なこともあるもんだね。信煙弾を見て1班の通った跡を追ってたんだけど、急にあんたに名前を呼ばれた気がして行かなきゃと思ったんだ」
「オレたち以心伝心じゃないかアニちゃん」
「不思議な感覚だったよ。どこに居るかもまだ正確にはわかってなかったのに、体に電流が走ったような感じがして気付いたら立体機動でアルフレッドの後ろに居たんだ」
「そ、そう。それは不思議だけど、勘ってやつか虫の知らせってやつじゃない? とにかく助かったよ、うん」
アニちゃん呼ばわりしても気付いてないのか流されるくらいにアニは考え込んでいる。このタイミングでおちゃらけると面倒なことになりそうなので、2班が到着するまでは真面目な雰囲気を取り繕っておこう。そうしよう。
現在公開可能な情報
第1班のアルミン・アルレルトによって発射された信煙弾を確認した第2班は、第1班に問題が発生したことを察知し彼らが進路を真横に変更して彼らが通ったであろう道を辿った。
その道中、最後尾を馬で走っていたアニ・レオンハートが突然として立体機動に移ろうとしたことで、班長であるトーマス・ワグナー及び記録係のミカサ・アッカーマンは何事かと彼女に問うた。アニ・レオンハートは『埒が明かないから私は上から探してみる』と言い、当初は班長によって却下されたもののライナー・ブラウンとベルトルト・フーバーの説得によりアニ・レオンハートの単独行動が許可された。
説得した2名はアニ・レオンハートが戦士としての役割を果たそうとしているのかと考えていたが、実際にはアニ・レオンハート自身も何故自分が立体機動に移ったのか理解していなかった。
馬を走らせている最中、アニ・レオンハートは突然アルフレッド・ガイスギーチが名前を呼ぶ声を聞く。辺りを見渡して他の班員には聞こえていないようだったため空耳かと考えたが、アニ・レオンハートの脳内で『こっちに居る、こっちに行かなきゃ、こっちで待っている』という彼女自身の声が考えていないにも関わらず鳴り響いていたため、急激に彼の元へ向かわなければという使命感のようなものに従い止まらずに立体機動を行った。
これは王家であるフリーダ・レイスの血を彼女によって物理的に取り込まされたアルフレッド・ガイスギーチが、初めて王家以外の人間かつ始祖の巨人を継承していないにも関わらず、限定的ながらも座標の力を行使したという事実に他ならない。
デートする人
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アニ
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クリスタ(ヒストリア)
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ミカサ
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サシャ
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ユミル
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ミーナ
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イルゼ
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リコ
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憲兵団のお姉さん
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フリーダ
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ルース
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キース教官
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ライナー