消灯時間も過ぎて104期訓練兵団が寝静まった夜深く。私服姿となった3人の訓練兵が、訓練所敷地外ほど近くにある小さな森で集まっていた。
切り倒され横たわった木に座るのはライナーとベルトルト。それが大地に根ざしていた頃に支えとなっていた切り株に座るのはアニ。彼ら3人はマーレ国の戦士であり、始祖の巨人を奪うことを目的としてパラディ島に送り込まれこの壁の中に紛れ込んだ。本来であれば4人居るはずだったが、ライナーをかばう形で巨人に喰われたことで3人のみでこの任務を続行している。
しかしベルトルトはともかく、アニは近頃その任を放棄しようとしている傾向があるとしてライナーが緊急的に会議を開くことにした。
「アニ。最近のお前はどうしたんだ、王都に行けるのはお前だけなんだぞ?」
「前も言ったでしょ。王都にあいつが居る以上はもう行くことはできない」
あいつ、とは中央憲兵に所属するケニー・アッカーマン。
彼が壁の王とつながりがあるのではと尾行したアニだったが、それをケニーに感づかれなんとか逃げ出した以来、王都へ潜入して始祖の巨人についての手がかりを探すことをしていない。
ライナーはそれが不満であり、腕を組んでアニを睨む。
「だが、もう2年経っている。訓練兵団もあと1年で終わりだ。そこまで来てまだ始祖の巨人の手がかりを見つけられていないとなれば、俺たちが故郷に帰る前に寿命が来ちまう」
「はぁ......もういいよ。訓練兵ごっこが終わったら帰ろう。ここまで集めた情報だけでも歓迎してくれるよ」
ライナーの高圧的な態度に対して、アニは相手にする様子を見せずにため息をつき目を合わせることもしない。
それにライナーはアニからのマーレに対する愛国心と戦士としての気概が感じられず、彼女を脅すようなことを言う。
「俺たちがこのまま帰ったって、戦士候補生たちに巨人を継承させて終わりだぞ。お前が親父さんと再会できる保証はどこにもない」
「だから何? 少なくとも私は手がかりも人手も足りない状況でここに留まる理由はこれ以上無いと思うけど。あんたたちがお友達と仲良く遊び疲れてぐっすり眠ってる間、私はドブにまみれて王都に潜入したんだ。文句があるならその無駄にデカい体を縮める努力をしたらどう?」
「お前......」
脅しに対してアニは怯むことなく、ライナーのことを睨み返しながら言う。
以前のアニなら、親父の話を出せば感情が昂って上手く誘導することで任務を続行させる方向へと持っていけた。しかし今のアニは......
自身を睨みつけるアニを見ながら、ライナーは考える。何が彼女をここまで変えたのだろうと。
少し考えただけで、彼には心当たりが思い浮かんだ。
「まさか、島の悪魔どもに情が湧いた訳じゃあないだろうな?」
「......は?」
その言葉に対して、アニはライナーに向ける嫌悪感と苛立ちを更に大きなものとした。そしてそれはライナーが予想した通りの反応だった。
「おかしいと思ったぜ。あんだけ無口で、マーレに居た頃から人と接することが少なかったお前が、ここに来てからやけに楽しそうにやってるんだからな。いいか? あいつらは悪魔の末裔だ。俺たちの敵なんだぞ」
「その敵と一番仲良くやってるあんたに言われても説得力がないね。もうわかってるんでしょ、ここに悪魔なんて居なかったって」
「なんだと?」
眉をピクリと動かし、ライナーはアニの話に組んでいた腕を解き両膝の上に置いた。
「私たちが聞いてきたような人たちじゃない。開拓地に居た人たちも、今ここで寝ている人たちも。皆、ただの人間だった」
「お前、一体どうしたんだよ! 何がお前をそうさせたんだ!」
立ち上がり、アニの肩に手をおいて説得しようとするライナー。しかしアニはスルリとそれを交わし、ライナーの腕は空を切る。
呆然と自らの両手を見つめたライナーは、アニの動きを見て全てを察した。
「......フレディか」
スッ、とアニの動きが止まった。いつもアニがライナーに対して言う、は? でも、なに? でも、だから? でも無い。無言のままで。
その反応を見て、それまで黙っていたベルトルトがたまらず立ち上がった。
「ガイスギーチだって!? 一体あいつが君に何をしたんだ、アニ!」
「......別に。何もされてない」
「嘘だ! 君がそんなにわかりやすく動揺するなんて......やっぱり、この島にいる奴らは悪魔の末裔なんだ!」
「そうだアニ! 目を覚ませ! 俺たちは始祖を奪還して悪魔たちを倒し、英雄になるんだろ!」
物静かで普段の会議でも何も言わないベルトルトが、珍しく大声を出したことに乗っかるライナー。それでもアニは変わらず、ため息をついて呆れたと踵を返して兵舎に戻ろうとした。
「待てよアニ。お前がフレディに何もされていないなんて言葉を信じられるわけがない。この前の窃盗団騒動だって、一目散に立体機動で飛び出しただろ。あいつに対してお前が特別な感情を持ってるっていうなら話は別だが」
「そんな......う、嘘だよねアニ! 君があいつのことなんか」
「うるさい!」
取り乱したベルトルトを遮り、冷たく言い放つアニ。今まで見てきた中で最も鋭い視線と雰囲気に、思わずライナーとベルトルトは押し黙ってしまった。
「私はあんたらみたいに友達ごっこをしてるわけじゃないんだ。これ以上勝手なことを言うなら黙ってないよ」
「......それはこっちもそうだ。お前を取り戻すためならフレディでもただでは済ませられん」
「やめときな。あんたじゃアルフレッドに敵いっこないし、ミカサも抑えられないさ」
「どうかな。いくら格闘術が優れていたって、真っ向勝負じゃなければ、ッ!?」
その瞬間、ライナーの体は宙を舞った。
突然の出来事にライナーは驚き、肺の空気が押し出されたことで息苦しさに顔を歪める。アニはライナーの首を抑え、眼球付近に自傷用指輪の刃を突き出した。
「それ以上馬鹿なことを言うようなら、私があんたの鎧を喰ってマーレに帰るよ。アルフレッドに手を出したら私たちが黙ってない」
「ッぐ、だが、お前の行為は反逆罪だぞ!」
「誰が私の反逆を証言するわけ? 顎と超大型は島の兵士に倒され、命からがら鎧だけを守って帰った私の反逆を」
「落ち着け、アニ、冷静になれ......!」
一瞬だけ虚ろな目となったアニが発した私たち、という言葉に反応する余裕もないライナーは、尋常じゃないほどの力で自らの眼球を串刺しにしようとするアニになんとか抵抗する。
本来なら単純な筋力勝負ではアニに対して圧倒的な優位性があるライナーだが、全力の抵抗むなしくジリジリと押されて瞳に刃が突き刺さる直前。アニは力を抜いて立ち上がった。
「冷静になるのはあんたたちだよ。意味のない殺しをしようとしたり、変なところで口を開いたり。それで戦士だなんだ言われても笑えるね」
地面に這いつくばったライナーと、アニの心がアルフレッドに向いているのではとアルフレッドに対して憎悪を向け怒り狂った表情のまま地面を見つめるベルトルト。
そんな2人を見下したアニの言葉に、ベルトルトが彼女には内緒でライナーと進めていた作戦を打ち明けようとライナーの名前を呟いた。
「......ライナー」
「ああ、大丈夫だベルトルト。おいアニ、お前には言ってなかったが......俺たちは。正確には超大型の力でベルトルトが壁を破壊する」
「壁を破壊? また随分と大きく出たね。それでどれだけの人が苦しむか」
「悪魔の末裔どもがどれだけ苦しもうが、俺たち戦士には関係ない。訓練兵団を卒業したあと、始祖をあぶり出す為にトロスト区の壁を破壊する。精鋭の調査兵団が壁外調査に出ている時を狙うつもりだ」
4年前のシガンシナ区とウォール・マリア破壊に続く大作戦。
これを聞けばアニも協力的な姿勢を見せるだろうと思っていたライナーだが、その予想とは裏腹に彼女の返事は『あっそ』という拍子抜けするものだった。
「あんたらで勝手にやりなよ。場所もタイミングも悪いし、女型の力で無垢の巨人を呼び寄せる事もやらないから」
「今回やらなかったからといって、シガンシナの壁を破壊した時にお前が巨人を集めた事実は変わらない。悪魔どもと仲良くやろうにも、それを知られたら無理だろうさ」
「それでも私はやらない。決めたから」
もう殺しはしたくない。私はせめて、後ろに立てるならこれ以上は汚れないままで居たいんだ。
そんな気持ちからくる覚悟の籠もったアニの言葉。
だがアニの言葉にアルフレッドの影が見えれば見えるほど、ベルトルトが感情を昂らせる。
「あいつを、ガイスギーチを殺そう! 僕とライナーに、君がいればできるよアニ! あいつは僕たちに復讐する気なんだ! 生かしちゃおけない......」
「無理。私はやりたくないし、リスクが高すぎる。あいつの周りにどれだけ人が居るか知ってるでしょ? それに、復讐するって公言してるのはアルフレッドだけじゃない」
「だっ、だけど! 君もガイスギーチに、あの悪魔に殺されるかもしれないんだよ!? もうこれ以上は悪魔どもと関わるのはやめよう! 前に戻ってよ!」
「自分たちは兵士ごっこに興じておいてそれ? あんたには失望したよ。アルフレッドが私を殺しにくるならいいさ、抵抗はする」
再び踵を返して兵舎に戻ろうとするアニ。起き上がったライナーの横を通り過ぎる時、ライナーはアニに言い聞かせる。
「今更何をしたってもう遅い。お前も俺たちも、戦士として戦果を手にして帰るしかないんだ」
「私は自分が正しいと思ったことをするだけ。あんたらのそれはただの無謀さ」
それだけ言い再び歩き始めるアニの顔にあるのは、確かな覚悟と決意。
残され立ち尽くすライナーには戸惑いと困惑、膝をつくベルトルトには絶望と憎悪が浮かんでいた。
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