夕食を終え、すっかりあたりも真っ暗になった時間帯。オレは寮を出て広場の方へと足を運んでいた。
理由は簡単。未だ走っているであろうサシャ・ブラウスへの餌付けだ。
早めに夕食を取りにいったおかげでサシャ・ブラウスの分のパンがくすねられることなく確保できたし、オレの分のパンも半分残している。つまりパンは1つ半、そして水も確保した。
肝心の夕食の内容はというと、パン1つに豆のスープとなんとも質素なものだった。もちろん訓練が厳しいものになれば食事の内容も変わってくるだろうが、不満は出ても食べるものに困りはしないのだから贅沢は言えない。
ちなみにアニ・レオンハートが1人で食べているのが目に入ったので同席しても良いか声をかけたところ、食事を途中で切り上げられてしまった。パンは持っていかれたがスープは残っていたので美味しくいただいたぜ、美女の出汁......んん。ご飯は無駄にしちゃいけないからね!
「ねえ、あんた」
おっと、アニ・レオンハートの出汁入りスープを思い出したら幻聴が聞こえてきた。最近どうにも頭が痛くてせわねえなぁ。
「ッ!?」
瞬間、鋭い風切り音が耳に入り急いで身を屈めてバックステップを取る。
突然のことに頭の位置がぶれてしまったが、パッと顔を上げるとそこには独特なフォームで右足を蹴り上げているアニ・レオンハートの姿が。
「おまっ! なにやって」
「ッシュ!」
それを認識した直後、彼女は高速で距離を詰め右フックを放ってきた。
なんとか勢いを受け流してアニ・レオンハートの右腕を掴み、行動を抑制することに成功する。んの野郎、可愛い顔して好戦的なのね。
「シュ! じゃねぇよもう! 危ないだろ!」
「へえ。あんた、意外とやるじゃん。あの自信は虚勢じゃないってわけね」
「ちょっとなにいってるかわからない。オレは今まさに君の奇襲で去勢されちゃったけど」
あまりの出来事にタマヒュンした。ので素直にそう伝えると、彼女は力の方向を変えてオレの体勢を崩し、足払いをしにきた。
「のるかっ」
ここはアニ・レオンハートの顔をたてて素直に受けようか。
そうも考えたが、懐にはサシャ・ブラウスへの餌付けするためのパンと、そして革袋に入った水がある。それをぶちまけるわけにはいかないので、横払いされたアニ・レオンハートの足が到達する前に距離を取った。
「面白いね。あんたみたいなのが居るなんて」
「いやなにも面白くねえよ、てか君はなぜ構えているんだ。ついでにオレにはアルフレッド・ガイスギーチという名前がある、聞いていただろうけど改めて名乗っておくよ」
「どうも」
だめだコイツ、話聞いてねえ。戦う気満々だし、心なしか嬉しそうにも見えるぞ。戦闘狂クール美女......アリだ!
アニ・レオンハートとワルツでも洒落込むか、と行きたいところだが。サシャ・ブラウスの餌付けをクリスタ・レンズに先を越されるわけにはいかない。ここは一度逃げよう。
「落ち着いてくれ。まずは君の名前が知りたいんだが」
「......アニ・レオンハート。どうとでも呼びな」
「それならアーちゃん、今日のところはもう帰らないか? 対人訓練がしたいならそのうち訓練で嫌と言うほど、って待て待て! 冗談だから! 許してくれアニ!」
軽いノリでアニのことをアーちゃんと呼んだところ、目つきを鋭くして蹴りと拳を繰り出してきた。ここで受け流して距離が近づけばまたオレのことを転ばそうとしてくるに違いないので、距離を取りつつ避ける。
流石、キックのフォームがキレイなだけあっておしりがプリッとしててセクシーだ。なんとも眼福......やべ、なんか怒ってる。
「話し合おうアニ。オレはただ、夜風に当たりたくなっただけなんだ」
「夜風に? 本当はなにか、別の目的があったんじゃないのかい? 例えば......誰かに命令されて、とか」
この子、結構危ういこと言ってない? 普通だったら突っ込まれそうだけど、自分のこと隠す気あるのかな。それも年齢を考えれば致し方ないか。
相変わらずの仏頂面だけど、その目の奥の揺らぎはアニの感情か松明の炎の揺らめきか。どちらかはわからないし探ることでもないので、もうサシャ・ブラウス餌付け作戦をカミングアウトしよう。
「オレが誰に何を命令されるっていうんだ。正直に話すけど、夕飯抜きでずっと走りっぱなしのサシャ・ブラウスが気の毒だと思って夕飯を持ってきただけだ。ほら」
懐に隠していたパンと水を見せると、アニはそれを数秒凝視したあと『そう』とだけ言って構えるのをやめてこちらに歩いてくる。
「お人好し。まずは立体機動の適性検査だね」
「お、おおう。アニも頑張ろう、一緒に合格して対人訓練でもう一度その技術を見せてくれ」
「そんなにいいもんでもないさ。まあ、どうしても知りたいって言うなら教えてあげる」
と言い残してオレの横を通り抜けていくアニ。これは脈ありと見ても良いでしょうか。
「期待してるよ! 約束だから!」
その後ろ姿に声をかけるも、彼女は振り返ることも反応を示すこともなく闇へと消えていく。いいですね~、クール美女。いやアニは美しいよりも可愛いだな、うん。異論は認めん。
さて、思わぬハプニングに巻き込まれてしまったが。当初の目的通り、サシャ・ブラウス餌付け作戦を続行しよう。まだ走っているだろうか。
「っはぁ、はぁ......」
広場に足を運ぶと、居た居た。ちょうど体力の限界を迎えたところなのか、松明の明かりに寄せられる虫のようにヨボヨボと歩き力なく倒れたところだった。
喉から絞り出すような呼吸音と胸部の上下が確認できるので死んではいないだろう。そっと近づいてみると、目をかっ開いたサシャ・ブラウスが獣の如く飛び込んできた。
「おすわり」
「ワン!」
飛び込んできたサシャ・ブラウスの額に手を当てて言ってみれば、彼女は大人しく座ってノリよく答えてくれる。
走って体中の水分が激しく消費している状況だろう。そんな脱水状態手前でパンなんてものを食べたら喉に詰まるに違いないのでまずは水を差し出す。
「サシャ・ブラウス、サシャと呼ばせてもらうよ。とりあえずは水を飲んでくれ、パンなら逃げないから」
「あなたは......神なのですか!? 神様、神ィーッ!」
「はいはい、なんでもいいからほら」
キュポッという音とともに栓を外してサシャに差し出すと、彼女はそれをひったくるようにして飲み始める。勢いが良すぎて口の端から水がこぼれ落ちているが、食欲旺盛な女性というのは健康的で大変よろしい。それがサシャのように元気ハツラツな可愛い少女ならなおのこと。
ハムスターを思わせる飲みっぷりのサシャは喉が潤ったのか、今度は水ではなくよだれを垂らして口元に指を当て、物欲しそうな顔でオレの手にあるパンを見つめていた。
「あのぅ、それってひょっとして......?」
水分を補給して多少は冷静になり理性が戻ったのか、少し控えめになったサシャ。もちろんこれは彼女の分なので、1つと半分のパンをもった両手を彼女へ伸ばす。
「君のために取っておいたんだ。食べてくれると嬉しい」
「ああ......私は今......夢を見ているのでしょうか......!」
いただきます! と言いながらオレの手から取ったパンを交互に頬張り始めるサシャ。それを見て癒やされていると、背後から足音が近づいてきた。
「えっと」
「君は?」
振り返ると、そこにはオレと同じように水とパンを持った天使、女神がいた。誇張なしだ。金髪蒼眼、醸し出す雰囲気と服装から絵本の世界を飛び出してきたような天使。
そう、クリスタ・レンズだ。
「わ、私はクリスタ。えっと、あなたも彼女にご飯を?」
「ああ。オレの名前は入団式で聞いたと思うけど、親しみを込めてフレディと呼んでほしいな」
「うん。それで、フレディ。彼女はどうして涙を?」
「まあ、なんだろうね。多分クリスタが来たからだよ」
実際サシャは女神降臨! とか言いながらオレの渡したパンを胃袋に収め、クリスタの手にあるパンへと視線を固定しているからな。
たくさん食べれて嬉しいね、サシャ。けどちょっと待っただ。
「クリスタ、もしかして君は夕飯を抜いたか?」
「いや、ちゃんと食べたよ」
「スープだけ、じゃあ明日に響くよ。サシャ」
「はい!」
餌付けがよほど聞いたのか、サシャは元気よく返事して姿勢を正す。
もちろんサシャにお腹いっぱい食べてほしいという思いもあるが、ただでさえ細身で小柄なクリスタに無理はさせられない。ここは穏便に済ませるとしようか。
「クリスタが君のためにパンを持ってきてくれたけれど、実は夕食はスープとあのパン1つだけだったんだ。ということは、クリスタはスープしか食べれていない......何が言いたいかわかるね?」
「半分にします! 半分だけでもありがたいです! ていうか夕食たったのそれだけだったんですかぁ!?」
全然足りない、と嘆くサシャ。だが言質は取れたので問題ない。
クリスタの性格を考えると、私は大丈夫だからと遠慮しそうだからな。ちゃんと食べるものは食べてもらいたい。
「ということでクリスタ。すでにサシャにはサシャの分まるまる1つと、オレの分の半分を渡しているから。君も自分の半分は自分で食べるべきだ」
「でも......」
「オレが口を挟むことでもないけれど、クリスタが我慢しているとオレもサシャも悲しいからね。助け合いは大事だけれど、持ちつ持たれつがちょうどいいさ」
クリスタは少しの間考えると、パンを半分に。いや、5分の3ほどにちぎって3のほうをサシャに渡した。
「一緒に、食べよう?」
「神ィィィーッッ!!」
バクバクと手にしたパンを食べ始めるサシャ。若干クリスタが引いているが、そこは知らないフリだ。
「良かったね、クリスタ。受け取ってもらえて」
「うん......ありがとうフレディ。入団式のときも、あなたに応援されたような気がして嬉しかったよ」
「気がして、じゃなくて実際に応援してたよ。それにクリスタだってそうだろう?」
「ふふ、うん。でもその後すぐに教官に目をつけられてたから驚いちゃった」
ぁー可愛い。コイツほんっと可愛いわもう養いたい! 仮面を引っ剥がしてヨシヨシしてぇ!
でも一瞬、本当の。クリスタではなくヒストリアの笑顔が見れたように感じたよ。多分自意識過剰。
「おい。何やってんだお前ら?」
ここでまたニューフェイス。そばかすとスラッとした出で立ち......巨人化したときにコニーにブス呼ばわりされたユミル様の登場だ。
まあ目つき悪いけど、でも普通にキレイです、とくに悪そうな笑顔とか好きだ!
「いいことしてたんだ。サシャは面白い人だからね」
「はっ。おい、お前もか?」
「わ、私は......」
オレの言葉には鼻で笑うだけ。アニより塩対応って......こんなの初めての感覚ですぅ!
が、ユミルから私とクリスタの間に入ってくるなオーラがぷんぷんしてるのでサシャへと視線を移す。彼女は食べるだけ食べて飲めるだけ飲んで満足したのか、それはそれは幸せそうな顔で眠っていた。
「まあいい、こいつを部屋まで運ぶぞ」
「あなたもいいことをするの?」
あっ、サシャさらわれた......ずるいぞユミル! オレにもサシャを担がせろ!
だがまあ女性1人ではしんどいだろう。ここはオレも手伝っておこう。
「こいつに貸しを作って恩を着せるためだ。こいつのバカさには期待できるからな」
「なら、オレは君に貸しを作っておくよ」
空いているサシャの左側を支える。ユミルは一瞬驚いたような顔をしたが、離れたりすることはなかったので手伝う許可を得たということで。
「チッ、あんたは悪知恵が働きそうだね」
「お互い様さ。クリスタ、すまないがオレが持ってきた水を代わりに持ってくれないか?」
「もちろん」
「ありがとう」
よしクリスタへのフォローも完璧、我ながら紳士がすぎるぜ。
やはりクリスタというキャラクターの性格上、自分だけ何もしていないように感じると心を痛めるだろうからな。実際に水を持っててくれというと張り切ってたし。可愛い。
「よし、いくぞ。オレは女子寮の手前までしか手伝えないがな」
「優男気取りが」
「気取ってない、真の優男だからな」
決め顔で返すとユミルは憎たらしい顔で歩き始める。
それに歩幅を合わせ、汗でしっとりとしたサシャの体から香る甘く芳醇な香りをしばし堪能した。
デートする人
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アニ
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クリスタ(ヒストリア)
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ミカサ
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サシャ
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ユミル
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ミーナ
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イルゼ
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リコ
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憲兵団のお姉さん
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フリーダ
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ルース
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キース教官
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ライナー