ここはどこ? 酔っ払いマスターの災難   作:桂剥き

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ヒューリーさんは愚痴りたい

 □ アルター王国南部 とある町 酒場

 

 酒や料理を両手に抱えた店員があちらこちらを走り回り、カウンターやテーブル座席のあちらこちらで打ち合わされるグラスやジョッキから澄んだ音が鳴り響く。

 すっかり日が落ちて暗い外とは対照的に、明るく輝く店の灯りに吸い込まれるように1日の仕事を終えた職人や、その日のクエストを終えたマスターが押し寄せた酒場は今日も盛況だった。

 

 あちらのテーブルでは、討伐クエストの成功を祝う、牙の生えたトンガリ帽子の魔法使いと何故だか肌の青い戦士が肩を組み。

 こちらのテーブルでは、生産職と思われる上司が肩を落とす弟子に笑いかけてやっている。

 

 平和な、どこにでもある酒場の光景だ。

 

 「もっぺん言ってみやがれ」

 「んだとコラァ」

 

 特攻服に身を包む男達が酒に飲まれて荒い言葉を交わしていたり。

 

 「良いよナ!亜人の子達の笑顔!」

 「偶に喧嘩とかで泣いてる表情も良いぞ!」 

 

 己が性癖を垂れ流すレオタードの男達が居たり。

 

 「レジェンダリアの支部から報告が入った」

 「あの森が枯れた……?」

 

 その隣に半裸のTシャツにビキニパンツマッチョが深刻な会話をしていたりと奇抜な恰好の者達も混じってはいるが。

 

 これはこの酒場がアルター王国南部にあり、それゆえ時折レジェンダリアからの来訪者が王国への経由地とするが故の客層と言えるだろう。

 

 「どーしてだよぉ……」

 

 そんな酒場に一人、ジョッキを片手にカウンターへ突っ伏す男の口から酒の臭いと一緒に細い声が漏れた。

 

 所々酒の飛沫で汚れたツナギの腕に頭を預け、耳まで赤い顔をくしゃくしゃに歪める「情けない」という言葉の一例に使えそうな男。

 

 彼の名前はヒューリー・バレル。

 その手の甲に輝く紋章の下に、己だけの可能性を宿すマスターの一人である。

 

 「俺悪くねえよなぁ……?」

 

 ブツブツと何事かをつぶやく口に肴にしていた豆の残りをまとめて放り込むと、残り少ない酒と一緒に胃の中へ流し、空いたジョッキを震えるカウンターの向こうの店員に突き出した。

 

 「おかわぁりぃ……あと……」

 「いいんですかいお客さん? ほどほどにしといた方が」

 「うるせーやぁい、のまなきゃやーってられるかーよぉー」

 「わかりましたよ」

 

 呂律怪しく伝えられた注文を書いた紙を手に調理場へと向かう店員を、胡乱な目つきで見送った男は、頬杖をついて酒を待つ。

 

 「あいつら……こんど会ったらもうギッタンギッタンに……」

 「何かあったんですかい? ヒューリーの旦那」

 

 頭を揺らし瞼が落ちかけている男の口から漏れ出した言葉は、差し出されたジョッキと、この酒場の制服に身を包んだ初老の男の言葉に遮られた。

 酒を渡し終え、テキパキと新たなツマミを並べる手元を見ることも無く、目を細めてヒューリーに声をかけるその男からは、こういった面倒な客相手への経験からくる余裕が見られる。

 この店の店主にして、目の前の男とは旧知の仲である男である。

 

 「お……店長……なぁ聴いてくれねぇかぁ……ひでえ話なんだよォ」

 

 口の端に付いた泡と一緒に、ヒューリーの口から愚痴が店主へ飛んだ。

 

 「さぎだよォ」

 「詐欺?」

 「これみてくれやぁ」

 

 首を傾げる店主へと、ヒューリーは懐から一枚の紙を差し出した。

 それは強く握り締められでもしたのか、ゴミと見紛う有様だったが、受け取った店主はそれを丁寧に開き皺を伸ばして中を見た。

 

 と同時に訝しげな顔をする。

 

 それもその筈、それは皺以外の何もない、ただただ白いだけの紙であった。

 

 「これは?」

 「ほんとはよォ、それは【契約書】だったのさぁ!」

 

 紙越しに店長の顔を見つめるヒューリーは、唇を震わせ語りだした。

 

 ◇◆◇◆

 

 「俺あよぉ今度でっけえ仕事をすることになったんだぁ……」

 

 彼――ヒューリー・バレルの仕事は改築屋である。

 元の系統を同じくする【建築家】とは、建築そのものを行う【建築家】系統に対して、出来上がった建築物に強化やオプションなどを追加し改造するといった点で違いがある。

 

 そんな彼がこの度受けた仕事とは、とあるギルドハウスの全面改装。

 昨今のマスター増加に従い、受け入れる人員が増えた事、並びにそのクランハウスが存在する場所の治安を鑑みて、そのギルドハウスの拡張と、新規施設の追加、それらの耐久力向上を行うと言ったものだった。

 

 しかし、その仕事を受けるにあたり一つの問題が浮上した。

 

 「だけどよォ……受けた仕事がデカすぎてよォ……資材が足りなかったんだわ……」

 

 クランハウスの一つ分のみならずその改装にに強化まで行うとなると莫大な量の資材が必要になる。

 しかし、ヒューリーが己で知る商人のみの伝手では、その資材を到底賄いきることが出来なかったのだ。

 

 その為ヒューリーは今までお願いしていた商人達に加え、新規の商人たちに声をかけた。

 新たな販路でも資材を集める為だったが、その新たな販路の内一つが問題だった。

 

 「マスターだけで立ち上げた新規の商人クランって触れ込みでよぉ……まあまあ評判良かったんで資材調達の内一部を頼んだのさぁ……」

 

 そのクランの商人曰く、特化したエンブリオ持ちの優秀な人材を多数抱えているため仕事は確実にこなす、と≪真偽判定≫の下でも言ってのける気概を気に入り、新規にしてはかなり多い前金を支払ってヒューリーは仕事を頼んだ。

 

 無論、双方で取り決めをした【契約書】を交わした後でだが。

 

 「だがよォ……そいつらからはいつまで待とうが一向に資材が届かねぇでな……」

 

 大仕事に差し支える危機感から焦ったヒューリーはその商人クランの下へと飛んだが、そのクランが居た場所はもぬけの殻。

 周囲の人間に話を聞くも、そんな奴らが居た話すら出て来なかった。

 

 「『特化したエンブリオ持ちの優秀な人材』『仕事は確実にこなす』ああ!!優秀だったぞちくしょー!!」

 

 『特化したエンブリオ』とは洗脳か隠蔽、あるいはもっと悪辣ななにかか。

 

 ともかくヒューリーは詐欺に遭ったのだ。

 

 しかしそんな行為が出来ないように【契約書】を交わしたはず、と厳重に保管していたそれを急いで取り出すと……

 

 「皺がな、俺を笑ってやがるように見えたよ……」

 

 その紙には文字が無く、代わりにいくつかの皺が走っているのみだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 「俺が仕事を頼んだ野郎が持ってたエンブリオの仕業さぁ……偽の契約書を作るんだとよ、いい出来だったぜ」

 

 話の区切りとばかりに、ヒューリーはジョッキの中身を一気に呷る。

 酒の七割が彼の熱い喉を通って冷やし、残った三割はジョッキと共に彼の手でカウンターへ乱暴に置かれて跳ねた。

 

 「なるほど……」

 

 店主は腕を組み、細い眼を閉じた。

 

 この世界においての〈契約書〉という物は、ほぼ絶対と言える契約の保証だ。

 それを誤魔化せる力がある、というのは大問題である。

 

 今は偽物を作るという力だが、エンブリオは成長する。

 この先それが得る力によっては、国レベルの問題となる事さえあるかもしれない。

 

 がしかし、店主はそれを気にしない。

 

 なぜなら。

 

 

 「それで、その詐欺師達を片付けたというのに、なぜそこまでお怒りなのです?」

 「んお……?」

 

 呆けた顔のヒューリーに店主は問いかける。

 店主の知る彼は、やられっぱなしで泣き寝入りし、この店で泣くような繊細な神経をしている男ではない。

 

 むしろ。

 

 「旦那はやり返すお人だ、そうでしょう?」

 

 店主の言葉への返事はフーンッ! と赤い鼻から放たれた熱い息だ。

 ヒューリーの血走った目が再度開くと同時に、彼の口も開いた。

 

 「俺のつてだのコネだの借りだのしぬほど使ってよぉ……動かせるやつ全部動かしてよぉ……そいつら全員……監獄に送ってはやったよぉ……」

 

 頼み直したツマミの中からクルミを取り出す。

 

 「だけどよぉ、なんでだろうなぁ……あいつら追い詰めて潰すそん時によぉ!! 『旦那は手え出すんじゃねえ』って味方の奴らに止められたんだよぉ!!」

 

 手の甲に血管を浮かべた彼の手の中で、殻ごとクルミが弾けた。

 

 「俺に手ぇ出したやつらだろぉ……『やるんなら殺してでも止める』なんでだよォ……」

 

 クルミを握ったまま、ヒューリィーの頭がカウンターに落ちる。

 今までの勢いはどこへやら、カウンターの天板に滂沱の涙を落として、彼の話はそこで終わった。

 

 「旦那は戦闘職でもないのに無茶をしようとなさいますから、皆様必死で止めたのでしょう、なに、愛されている証ですとも」

 「だけどよぉ……1発くらいは……」

 「不滅のマスターとはいえ、そのようなゲスの手に掛かかって命を散らすこともないと私は思いますよ」

 「でんぢょぉ……うぅぅ、もう一ぱぁい……ああついでに店長にも1杯どうだぁ?奢るぜぇ」

 「ほほ、ご相伴に与りましょうか」

 

 怒って、泣きぬれ、凹んだそののち感動の涙を流すヒューリーからからのグラスを受け取った店長は、彼の注文を通すべく一旦店の奥へと戻る。

 

 その途中小さく店主が息を吐いた。

 

 「少しは旦那の気が晴れましたかね……」

 

 呟く店長の手は少し震えていた。

 

 もしヒューリーが《真偽判定》を使って先ほどの話を聞いて居たら、きっとそこに新たな怒りが加わっただろう。

 

 愛されている。は嘘だ。

 

 ……いや、まあ単なる嘘でもない。

 

 相手が危険だったことを除いても、多くの者が彼に手を貸したのだ、人望はある。

 大口の仕事が舞い込むほどに仕事の信頼もある。

 

 新たなジョッキと、グラスを抱え戻る店長は思う。

 

 ただ、きっと彼らがヒューリーを止めたのは、きっと……

 

 「おう店長……カンパイだぁ」

 「ふふ、乾杯」

 

 また虚ろな目に戻りながらも、口元に笑みが浮かぶヒューリーにジョッキを渡し、店長が己の手のグラスと打ち合わせようとした。

 

 平和に、穏当にこの場が終わる。

 

 その時。

 

 「ふざっけんなオラぁ!!」

 

 罵声、そして舞う元カウンターの木片と砕けたグラスに皿。

 突如飛んできた特攻服の男が、カウンターごとヒューリーを押し潰したと理解したときには飛んできた男が立ち上がり、もう一人の特攻服の男の胸倉をつかんで聞くに堪えない罵声の応酬を始めていた。

 

 マスター同士の酒のトラブル。

 

 強大な力を持つことの出来るマスターは普段その力を意識して落とすことが可能だが、酒に頭をやられた時はその限りではない。

 

 酒場を預かる者にとって最も勘弁して欲しい事態だ、特に、今は。

 

 「おぅい……」

 

 ゆらり、とそれは立ち上がる。

 それが発したのは小さい震え声だったが、怒鳴り合う男たち以外には何故かはっきりと耳に出来た。

 彼の言葉と共に、男たち以外の全員が口を閉じたからだ。 

 

 割れた諸々の破片と、ぶちまけられた酒によって、彼のツナギは見るも無残な有様だったが、きっと男たち以外の全員がそんな姿を気にすることはなかっただろう。

 

 その男、ヒューリーの片手には手のひらサイズのアイテムボックスが握られていた。

 その男は、怒りからくる興奮からか、顔のありとあらゆるところに血管が走っていた。

 そしてその男からは、火山の熱波の如き威圧感が発されていた。

 

 「おーぃ……!! ってんだよぉ……」

 

 アイテムボックスを持った腕が緩慢に振り上げられる。

 男がそれを彼らへと叩きつけようとしていると、店の大多数の人間は思った。

 彼を知る幾人かの人間はそう思わなかった。

 

 「失敬、支払いは三日の後に願いますよ」

 

 故に彼を知る者の一人である店長は、言い争いを続ける彼らの脳天と首筋に、飛ばした刃を突き立てることをためらわなかった。

 

 「かっ……あ……?」

 「ヒュ……」

 

 目の前の相手にしか意識を向けていなかったがゆえに《危機察知》にも気が付かず、喉笛からの呼気だけを末期の言葉として彼らは間抜け顔で光の塵と変わって行く。

 

 「おいぃぃ……手え出されたのは俺だよなぁ……?」

 

 そんな男たちに目もくれず、ヒューリーは行き場を失ったアイテムボックスを手に店長へ目線を向ける。

 

 「お客様に対応させるのは店の恥、ひいては私の恥故、こちらで対処させていただきました」

 

 店主は表情のない顔でしっかとその目線を受け止める。

 誰も声を出さない店内で、両者が睨み合い、数分が過ぎる。

 

 「……ああ、今日の酒代はこちらで持ちましょう」

 「いらねえよぉ……!! クソっ!!」

 

 店主からの言葉を切っ掛けに目線を反らしたヒューリーは、懐から小さな布袋型アイテムボックスを取り出すと、親の敵とばかりにその場で二度三度と踏みしめ、店を揺らす。

 

 「呑み直しだぁ、帰る……!!」

 「またのお越しを」

 

 店主の方を見ずに踵を返したヒューリーは背中越しに酒代を放り投げると、彼の動きに合わせて身を避ける人々の間をずかずかと進んでヒューリーは店の外の闇へと姿を消した。

 

 後には、静まり返った店内と、デスペナルティとなった彼らのドロップアイテム、そして散らばった諸々の残骸と。

 

 砕け散った筈のカウンターが、まるで何もなかったかのようにそこにあった。

 

 「皆様、先程はお見苦しい物をお見せしました」

 

 彼の去った店内の死んだ空気に、店主の嗄れ声が響く。

 

 「つきましては一杯、サービスさせていただきます、どうぞこの後もお楽しみください」

 

 頭を下げた店長からの、思いがけない恵み。

 

 元々酒でやらかす奴などどこでも見るし、男たちのケンカなど酒のつまみに出来る程度ものだ、タダ酒の一杯でもあれば彼らが活気を取り戻すのは早かった。

 

 そんな雰囲気の中散った諸々を片付ける店主は思う。

 

 彼が手を出す前に済んで本当に良かった。

 

 片付けの最中、グラスのかけらが店主の指を傷つけても、店主の表情は柔らかいままだった。

 

 

 □ 夜の街 

 

 「ちくしょう……どいつもこいつもぉ……」

 

 店から店へ、マスター由来の強靭なる肝臓に任せて幾つの杯を乾かしたか。

 【酩酊】の状態異常によるものか、精神保護が効いているはずなのに視界を霞ませながら、ヒューリーはただフラフラと夜の街を進む。

 

 「なんでだよぉ……」

 

 次の店へ、また次の店へ。

 同じ言葉を繰り返しながら、ただ同じように酒を飲む。

 

 飲めば飲むほど、飲みたくなって。

 飲めば飲むほど、視界が回る。

 

 街の光りが、星の光が、夜の闇が、人の顔が。

 

 回って混ざって白くて黒くて……

 

 そして彼はついに意識を手放した。

 

 

 □■□■□■

 

 

 「それでは! お願いしますぞ!!先生!!」

 「一緒に子供たちを救うのです!!先生!!」

 

 顔に降り注ぐ日光により、ヒューリーのアバターに意識が戻る。

 視界の隅のウィンドウには【二日酔い】の状態異常。

 

 そして目の前には、熱弁を振るう蓑傘一丁のふんどし忍者と、隙間からコヒューコヒュ―とコッテリした汗のスメルを漂わせた、名状しがたい着ぐるみの男。

 

 そして周囲は木々の生い茂る森。

 

 「え?」

 

 ヒューリーはただ一言間抜けな声を上げた。




 ヒューリーさんとか、特攻服の方々はほぼ場酔いでやらかしています。
 お酒にはお気を付けください。

 
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