□ レジェンダリア とある森
レジェンダリアの首都から大きく外れ、王国との境にほど近い場所にとある森がある。
外れの地ゆえに自然魔力は他の土地より大きく劣るが、それでも他の国より濃密なその魔力は、森の木々を色とりどりに染めている。
そんな極彩色の森林を、一陣の風が吹き抜けた。
奇妙に捻じれた木々の間を通り抜け、下草がその風に煽られて揺れる。
「GU……」
その森の固有種である、白い毛並みの狼型モンスターがその風に顔の毛を揺らされて僅かに顔を顰めたが、喉を少し鳴らした程度で、そのままいずこかへ走って行った。
狼の顔を擽ったその風は今、森の中枢に向けて一直線に進んでいる。
「……うェ……ッ」
風が立てた木々と草との擦過音に混じって、不意にほんの小さなうめき声が聞こえた。
単なる風ならありえないことだ。
風は口を利かないのだから。
【ちょ! ちょっと先生!! もう少し耐えて下され!!】
【ほんの少しの辛抱ですぞ!!】
【無茶だろこれは!!】
【テレパシー・カフス】よる注意と、それに対する反論が風の中で飛び交っている。
そう、この風は天然自然のものではない。
この風の正体は、人の目に移らない高度な≪認識阻害≫と≪隠形≫そして【エンブリオ】。
その力を最大限に発揮した褌忍者が、その身に纏う蓑傘から透明な粉を振りまき、その背に着ぐるみ男を背負って激走していることにより生まれた、珍妙かつ奇妙な代物だった。
男のエンブリオの名は【隠粉恥身 カクレミノ】
天狗の隠れ蓑をモチーフに持つ、そのアームズの能力は隠蔽。
視界による認識を高度に阻害するスキルを持ち、更にその必殺スキルにより生み出す粉は、振りまくことで自身パーティーすべてに自分の隠蔽用スキルの効果を適用できる力があった。
……デメリットとして自身の装備に大きな制限が付くのだが、それを差し引いても、有用なエンブリオだろう。
【おお……感じる!! この先から子供の気配をビンビンと感じますぞ!】
【御意! 突撃!】
【し、しんどい……昨日の酒が出そうだ……】
猫、犬、熊、羊。他ありとあらゆる動物のパーツを少しずつ合わせて最後に黒く染めたような、形容の難しい形状の着ぐるみ。
その悪趣味にも見えるその着ぐるみを纏う男の目が隠蔽の帳の中で僅かに輝くと、彼の脳内に彼の求める子供の気配が伝わってくる。
彼の纏うその着ぐるみこそ【人攫者 ブギーマン】という名のエンブリオ。
そのスキルの一つにより、彼は人間範疇生物の気配を感じ取ることが出来た。
その力で彼を背に邁進する忍者に、向かうべき方向を教えているのだ。
彼らが求める、迷い子のいる方向を。
【ウェ……】
そして先ほどから限界を迎えそうな思念を振りまく、青白い顔のツナギ男が一人。
彼はその左手を着ぐるみ男に捕まれ【ブギーマン】の着ぐるみに触れた人型範疇生物を軽くするスキルによって、子供が持つ風船のごとくガクガクと振り回されている。
彼の名前はヒューリー・バレル。
昨夜の記憶を酒で飛ばした結果、こうやって空を舞う羽目になった哀れな男である。
【おい……ちゃんと居るんだろうな……お前らが捜してる子ってのは……】
【間違いはありませんぞ! あと少しでたどり着けると我が感覚は叫んでおりますぞ!】
【そうかい!】
何故このような姿で彼が宙を舞っているのか。
「(ああ、昨日の俺のバカやろぉ……!)」
それは彼が意識を失ったその後にあった。
◇◆◇◆
ヒューリーの意識がこの世界のどこでもない場所へと飛んで行ったその後の事。
彼は、夜の店の灯りがきらめく街をフラフラとただ歩いていた。
酔いへの執着でいくつもの店を回った末か、顔色ももはや土気色。
口の端から言語不明の言葉をわずかな涎と共に垂れ流す、歩く屍と化している。
「……ん……?」
そんな彼が不意にその足を止めた。
酒や夜の番を求める人々が其処此処にいるはずの、大通りのとある一角。
「お助け願いたい!!」
そこに響いた、男の悲痛な声を聴いたからだ。
ヒューリーがその声の方向へと目を向けると、何かをかなり遠巻きに見守る群衆が見えた。
喧嘩ならばもう少し近くで見る者も居るはずだ。
しかし、そんな彼らがわざわざ距離を取っている。
その理由はその群衆の目線の先を追えばすぐに分かった。
蓑傘の他には褌しかつけていない男と、言語化するのが難しい着ぐるみの男。
その二人が、街のきらびやかな灯りに照らされながら土に頭を付けていたのだ。
そんな二人の頭の先には、この街の冒険者ギルドの建物。
その扉の前に、一人の男がどうしたものかと言った表情で立っていた。
彼の胸には、夜の星に光るギルドの職員証が付いている。
彼らがギルドへ訴え出たのだと、見るだけでわかった。
彼らは真面目な顔をしているものの、大の男が一人は尻を出し、もう一人は不審な着ぐるみ姿でそういうことをしていては、それに近づきたいものなど居まいし、それはそれとして様子は見るだろう。
「我らはレジェンダリアのクラン【キンダー・パックス】!」
「我らに力をお貸し願いたい!! とある子供の危機なのでござる!!」
土に頭を伏せた顔の見えない二人だが、忍びの眼からはとめどなく涙が流れ、着ぐるみの隙間から落ち続ける水滴が暗い地面に落ちている。
彼らは必死で訴えた。
自分たちはレジェンダリアの弱い種族の元を回り、支援活動をしている事。
その過程で子供と触れ合うこともある事。
そして――とある部族の村に支援をしに行ったとき、その村の子供が消えた事。
「すぐに村の者が探しに出て、森の奥地へ行った痕跡を見つけたのでござる……」
「ですが、森の奥地は禁域! 彼らは引き返すことしかできませなんだ……」
「故に我ら!独断で突入することを決め申した!!」
レジェンダリアにおいて、その部族が取り決めている禁域に立ち入ることは犯罪である。
知らずに立ち入り、指名手配されて監獄へ消える事などかの国では珍しくも無かった。
まして、己の意思で入った場合など言うまでもない。
自分たちがレジェンダリアで活動で活動できなくなるどころか、監獄入りのリスクまで背負って子供を救おうとするその志は立派だった。
だが立派なのは志だけだ。
「しかし、我らだけでは力不足故、助力を乞いましたがレジェンダリアの他の同志には断られ申した……」
「かの<YLNT倶楽部>も国と対立するわけにはいかず……」
「故にもう他国の力を借りるしか……」
彼ら二人だけでは力が無かった。
頭も権力も無かった。
彼らが握り締める拳からは、街の灯りに照らされて赤く光を返す雫が落ちている。
彼らの様子は【真偽判定】持ちの者から見ても、そうでなくても、彼らから無念も必死さも真剣さも伝わるものだ。
「許可できない」
「「……ッ!」」
だがギルドの男の口から、それを肯定する言葉は出ない。
当たり前だ、いくら尊い志とはいえ犯罪の片棒を担げという依頼を受けることなど、真っ当なギルドの職員が許可するはずもない。
まして、今回は隣国レジェンダリアの問題だ。
自国の公的機関が良しというわけがなかった。
彼らは唇を噛み締め、項垂れた。
分かっているのだ。
自分たちの要求が無茶なものであり、助力は期待できないと。
ゆえに己たちの覚悟の行動が無駄に終わる公算が高いと。
――故に子供を助けることは叶わないと
街の灯りの届かぬ地面に、彼らが頭を抱えて蹲る。
――もし、この場に、かの【犯罪王】が居たら。
――もし、この場に、かの【正体不明】が居たら。
もしかすれば彼らの願いは叶ったかもしれない。
しかし、彼らはここにはいない。
居るのは。
「よーう……その話ー俺が一まい噛んでやろうー」
酒で正気を失った、通りすがりの
◇◆◇◆
「(俺はアホだ……なんで犯罪を嬉々としてやろう!なんて考えたんだ……)」
あの後、正気でなかったヒューリーはその場で堂々と彼らに手を貸す事を宣言すると、酒に震える指で己の知り合いである運び屋を呼び出し、彼らと共にレジェンダリアへと文字通り飛んだ。
後は、レジェンダリアの森についた途端に倒れこみ、そこまでの記憶の一切を酒精と共に失って森で目覚めることに相成ったのである。
完全に酒のやらかしであった。
それも史上まれにみる大やらかし。
今は彼らに引っ張られながら、子供の元へと一直線に駆けている最中である。
「(いまからでもこっから……)」
逃げ出せないかと揺れまくる視界を二人に向けてみて、その珍妙な姿に見合わない真剣な顔に、これは無理だと首を振る。
「(酒で酔ってて覚えてませーん! ぼくは逃げまーす! なんて言えるかァ!! 人の命まで掛かってるってのにぃ!!)」
ヒューリーとて己が子供を見捨てられるほどの冷血漢だとは思っていないし、あそこまでデカい宣言を(覚えていないが)公の場で放った上で、それを翻せるような恥知らずだなどと思いたくもない。
「(あーもう! どうにでもなーれー!!!)」
【おお!やる気を感じまするぞ!!】
【我らは千人力の味方を得たのでござるなあ!】
着ぐるみの手が、双方からの力でがっちりと組まれたその様子に、忍者が一層のやる気を出す。
スピードを増した
〇【キンダーパックス】
子供大好きな二人が立ち上げた志のみ立派な少人数支援クラン。
子供を救うのが大目的だが、二人のエンブリオはなんかこう危なさを感じるとして、良識あるものからは疑いの目を向けられている。
〇ヒューリー
自分のやらかしを噛み締めている。
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