ああ。
美しい空。月と星。あちらこちらに杖明かりが灯り、祭りの夜のようだ。
はあ、と彼女はため息を吐く。縛り付けられ、足下には藁が積まれ、魔法薬もまかれている。杖はない。髪を切られ、靴はなく。衣は裂けて、ほとんど裸だ。
雌豚め、と嘲る声が聞こえる。
いなくなれ、不浄は滅ばされるべき。これはお前にふさわしい罰だ。けらけらと、皆が笑う。この上なく楽しい宴が始まると、彼らは喜んでいる。人間が常は奥底に封じ込めている、獣にも劣る本性をむき出しにして。これは祭りだ。血の祭りだ。誰かの死を、こんなにも人は喜ぶ。
杖が向けられる。光が殺到する。視線をさまよわせる。
――ああ
どうにか見つけた。広場の隅にいる、汚れたローブをまとい、フードを被っていても、娘だとわかった。
「逃げなさい」
囁く。熱が這い上る。灼熱に覆われる。喰われる。引き裂かれる。
逃げなさい。逃げなさい。せめてお前が生きていてくれないと。どうか幸せに。
いや。
叫ぶ。一息に殺してくれと思う。赦さない、と魂が吼えた。
赦さない、赦さない。恨んでやる。滅ぼしてやる。この愚鈍な者どもめ。
どうか覚えていてほしい。どうか忘れないでほしい。
忘れるな、忘れるな、私の娘。幸せに。忘れるな。滅ぼしてやる。
私になんの罪が、
「……こんなくだらない用事で」
呼びつけたんですか。セーミャは卓の向かい――養父の顔をじっと見る。金というには暗い、黄褐色の眼がセーミャを見返す。獅子みたい。何度も思ったことをまた思う。顔に刻まれた皺や傷跡は彼に威厳を添え、髪はたてがみを思わせる。片足を少し引きずっているけれど、演技なのか本当なのかわからない。彼は荒野を生き延びてきた獅子なのだ。そして今は魔法大臣なんてものになってしまった。
「大事な用だろう」
娘とのひとときは。淡々と養父ことルーファス・スクリムジョールが言う。あんまりにもパーシー・ウィーズリーがぎゃあぎゃあうるさいから、根負けして帰宅したらこれだ。
――どこがだパーシー
これが娘を心配する父親だろうか。お茶とお菓子を出してくれたのはいい。ただ、釣書まで出してくるのはおかしい。
「私を売り飛ばす先は決まっています?」
「セーミャ」
積み上げられた釣書――見合いの身上書を見る気にもなれない。だいたい、スクリムジョール家は名門とは言えないのに。見合いですって?
唇を引き結ぶ。家を出ると言ったとき「好きにしなさい」と返したのはどこの誰だったか。ちょくちょく良縁を探しているのは知っていたが、つまり魔法大臣なんかになったものだから……。
「スリザリン系かグリフィンドール系かどっちです? それとも闇祓いの誰それに嫁げとか? 仮にも大臣息女を妻に迎えたら、そこそこのメリットはありますものね」
馬鹿丁寧に言ってやる。釣書を見るのも嫌だ。
「まさかあの下品な女の駒なんて紛れていないでしょう」
アンブリッジとかいう、媚びるしか能のない無能。特段に醜いわけではないが、いやらしさというか、残忍さが香ってくるような女だった。ファッジをいいように操っている傍ら、養父にもすりよっていたのだ。社交の場で、セーミャははっきりと侮辱されたことがある。ファッジ主催のパーティだった。
あなたが彼のご息女? 姓が違うのね。まあ……ヴェールなんて着けて奥ゆかしい。
笑顔のまま、あれこれ言われた。彼はとっても貴女を大事にしているのですね。あまり社交の場にはお出しにならないもの。貴女を誰の眼にも触れさせたくないみたいに。
ねっとりとした声だった。優しげなのに毒があった。
風にも当たらぬよう育てたのは……まるで娘というよりも、ねえ。おっとりと首を傾げる彼女を思い出し、セーミャは歯を食いしばった。あの時、杖も向けず、平手打ちもしなかった自分はよくやった。パーティで――大臣主催のそれで、騒ぎを起こして養父の顔に泥を塗るわけにはいかなった。
――いやでも
貴女は娘ではなくて実は愛人では、なんて下衆なことを言われたのだ。平手くらいはしてよかったのかも。
きっと釣書を睨みつければ、小さな火が灯り、炎となって釣書を舐めつくし、灰に変えた。
「セーミャ」
養父は肩を落とした。灰の山を見て、セーミャを見る。
「お前が言う下品な女は処分した」
アズカバンに放り込んでいる。私もあれは嫌いだし、あれの駒が紛れていたところで、お前と結婚させるわけがないだろう。冗談じゃない。
珍しいことに、たぶん、かなり私情が混じった処分だったのではないか。いやしかし、あの女は省をひっかき回し、生徒に暴行を加えようとし、純血思想をまき散らしと好き勝手した。終身刑までいかずとも、アズカバン行きでもおかしくないか。
「……あれになにを言われた」
パーティの時、養父はセーミャの側を離れていた。もう別にいいのに、と思いながらも頭を回転させる。どうしよう。愛人どうこうはさすがに生々しい。
「私は奥ゆかしいんですって」
ヴェールを着けていたから、と言う。養父が唸った。
「外してもいいと思うが」
「本当は、普段も着けたいんですよ」
もっと本音を言えば、邸に籠もったまま朽ちていきたい。どうしたって人目が気になる。セーミャは、変身術で綺麗に繕っているだけだ。
「……私を嫁がせて厄介払いしたいのでしょうけど」
「身元のしっかりした男に、お前を任せたいだけだ」
「子どもじゃないんですよ私」
「お前は闇祓いの娘で、今や大臣の息女だ」
「なんで私を引き取ったんですか」
「バグノールドに勧められた」
それは知っている。何度も訊いて、何度もその答えを返されたものだ。そのたびにセーミャは落胆するのだ。助けてくれたのは養父だし、彼は恩人なのだけど、つまり……時の魔法大臣に「お前が助けたんだから育てたら」と軽く言われ、セーミャを手元に置くことにした、らしい。
「……わざわざ私のような厄介者を育てなくても」
大臣の体面に傷が付きますよ、とおどけて言う。段々と養父の機嫌が悪くなっていく。わかりにくいと思いきやわかりやすい時もあり、でもわかりにくいのが養父だ。邸を出ます。どこかに家を借りてなんとかしますと言ったときも「好きにしろ」と言いながら、ほんのり機嫌が悪かったように思う。どうなのだろう。
一応、養父とセーミャは養父子であるが、姓は別だし、保護者というより後見人だし。たまに社交の場に連れ出されるが、訊かれない限り「私の娘だ」とは言わないし。
闇祓いの家族は、場合によっては危険が降りかかることがある。独身者も多い。が、養父はそこそこ野心的で、社交もする。人脈も築く。セーミャに礼儀作法その他も仕込んだ。
「お前は闇祓いの試験に落ちたし」
で、あるなら安定した生活と安全のためには誰かに嫁いだほうがいいと思って、と養父は言う。
セーミャは沈黙した。あれは相手が悪かったのだ。言い訳にしかならないけれど。だって実技――いや実戦試験の相手がナイアード・リアイスとルキフェル・リアイスだったのだから。悪夢だった。あれはもう悪夢としか言いようがなかった。ニンファドーラ・トンクスは見事試験に受かり、セーミャは落ちた。落ちてしまったのだ。気がつけば聖マンゴだった。
「安定した生活と安全を提供してくださる誰か、あるいはパートナーでしたっけ?」
セーミャは苦い気持ちを紅茶で流し込む。
「やっぱり無茶でしょう」
「お前はよくやってる」
闇祓い試験に落ちたと言って下げてから、慌てて言われても。
「そういう問題じゃないとわかっているでしょう?」
セーミャが成績優秀なほうだとか、能力的な面はこの際問題ではないのだ。
◆
お忙しいんでしょう、省に戻るか公邸に行かれては? と養父を追い出した。本当は養女に構っている暇なんて、魔法大臣にはないのだ。妙な気を回して縁談を持ってくるくらいなら、仕事をしてほしい。
お泊まりになってください、と使用人に請われ了承する。どうせ明日は休みだ。だからこそ、養父を訪ねたのだけど。
夕暮れ時になり、用意された食事を一人で食べる。小さい頃から一人なのは慣れていた。なにせ養父は忙しかった。邸を出て、ダイアゴン横丁に家を借りてからは、一人になることは少なかった。「店仲間」がいたし、よく外に夕食を食べに行った。菓子屋のロバートとは友達だ。年は離れているけれど。ウィーズリーの双子とも食べに行っている。たまにチャーリー・ウィーズリーも顔を出す。なので一人の食事は久しぶりだ。
――顔を合わせにくいんだけどな
食事を終え、自室に上がり、セーミャはため息を吐く。ウィーズリーの双子ともチャーリーとも、これからはあまり食事に行けなくなるかもしれない。たぶんトンクスも無理だろうし……。彼らは養父のことを好いていない。で、セーミャの養父が誰か知らない。別に言いふらすことではなかった。パーシーはいわゆる養父の秘書なので、セーミャのことを知っている。お節介だけど頭が鈍いわけではないので、実の兄のチャーリーにはなにも漏らしていないはずだ。
寝台に腰掛け、首をひっかく。ひきつれた感触。火傷の痕だ。変身術で綺麗に隠しているが、セーミャの指は滑らかなはずの肌に刻まれたそれをはっきりと記憶している。
本当は、邸を出るなんて中途半端なことをせず、海外にでも行ったほうがよかったのだ。セーミャが闇祓いの娘だから? それもある。魔法大臣の息女だから。それもある。娼婦の娘だから? 不名誉だから? あれこれと理由はある。総じて言えるのは、セーミャは高官の息女としても、大臣の息女としても、養父の足かせになりかねないということだ。
がりがり、と首をひっかく。綺麗に隠された、火傷――一際赤く浮かび上がった首飾りの痕を。これだけは年月を経ても赤いままだ。忘れるなというように、くっきりと残っている。
忘れるな。忘れるな。忘れるな。この無念。この怒り。滅ぼしてやる。私の娘。どうか生きて。助けて忘れないで。置いていかないで。
身の内から聲がする。恨みの記憶。怒りの記憶。血が伝えた、灼熱の思念。もう溶けてなくなってしまった首飾り――ロケットには、苦悶する魔女の姿が彫られていた。炎に喰われるその姿はひどくおぞましかった。
母は、娼婦だった彼女は首飾りを大事に持っていた。由来など知らなくても、それが母から子へ伝えるべきものだと了解していたのだ。
どこかの広場。夜の闇に浮かび上がる火。縛り上げられ、磔刑にされた魔女。悲鳴、喜び。残忍な笑みを浮かべ、皆踊る。歌い、跳ねる。そして「誰か」はなすすべもなくそれを見ている。母親が殺される様を見るしかできない。助けることはできない。母親の叫びとともに、火の粉が散る。苦痛とともに炎が生まれる。処刑台から広がり――広場を灼き尽くす。
■■■■■■■■など滅びてしまえ、と言っていた誰かたちを、非情な獣たちを飲み込んだそれは、娘によりそった。
――ゲラート・グリンデルバルドの姉妹『■■■■』の、その娘に、力と恨みと記憶を授けて。
――私が
娘を「売り飛ばす」ような血も涙もない男と思われているとは。ルーファスは私的な苛立ちと腹立ちとその他をなんとか表に出さないように苦心した。ロンドンは魔法省、奥まった一室の執務机に座す彼は、傍目には仕事熱心に見えていることだろう。報告に眼を通し、指示を出すべきものは出ししている魔法大臣が、まさか家庭内の問題に頭を痛めているとは誰も思うまい。
羽根ペンを動かしつつ、顔をしかめる。秘書たちがびくりとしたのを察したが、ルーファスはなにも言わなかった。復活したヴォルデモート、それに伴う混乱への対処に忙殺されているとでも思っていればいい。実際、物事は円滑に進んでいない。懐かしいといってもいい空気だった。誰が敵か味方かわからない。櫛の歯が欠けるように、省から人が消えていく。見切りをつけて去った者――ファッジが馬鹿をやらかしたせいで、昨年からじわじわと人が減っていた。それに、殺された者。アメリア・ボーンズが殺されたのは大変な損失だ。あらゆる意味で。能吏であったし、本来ならば彼女が大臣になるべきだったのだ、とも思う。アメリア自身は他になり手がいなければ引き受けるようだったが。
『君になにかあれば私が引き継ごう』
彼女は軽い調子で言った。ファッジを引きずりおろした夜、その帰り道で。散歩のついでの雑談だとでも言うように。
『関係を考えれば、君のほうがいい』
リアイスとのか、と訊くのは愚かしいことだ。ファッジを「断罪」したのは少年で、彼とルーファスの仲は悪くない。魔法省に少年を招いたのはルーファスだったし、彼がファッジに対して怒りを爆発させても止めなかった。少年にはその権利があった。もちろん、腐っても魔法大臣、椅子から蹴り落とされるまであと数時間から一日ほどの猶予がある大臣に向かって豚箱の飯がどうこう言うのは無礼というものだが、まあルーファスは眼を瞑った。少年はあくまでも善意の協力者である。彼がせっせと集めた証拠があったからこそファッジを蹴り落とせるのだ。資質に問題ありとして蹴り落とせないことはなかったし、そのための準備も進めていたが、やはり確たる証拠は多ければ多いほどよい。
『あなたがそう言うなら』
と、ルーファスは返した。アメリア・ボーンズでもよいのだ。彼女の姉はリアイスに嫁いでいる。つまりリアイスの外戚というやつだ。それに、ボーンズ家のエドガー一家――アメリアの弟一家は、闇の陣営に皆殺しにされた。ヴォルデモートが復活した今、彼女も大臣にふさわしいのだ。
『すまないな』
アメリアは苦笑する。
『私ひとりならいいが……』
きょうだいと姪が気がかりだから、と呟くように言う。ああ、とルーファスは頷いた。リアイスに嫁いだボーンズ家の長女、アメリアの姉はともかく、ほかのきょうだいと姪のことを考えると大臣職を引き受けるのはためらうことだろう。弟一家を殺されているからなおさら。
『君のかわいい娘がどうなってもいいとか、そういうのではないぞ』
珍しくも、慌てたようにアメリアが言った。
『やらねばならないのだから、私が引き受ける』
娘にはあれこれ仕込んでいるし、今では居を別にしているし、と「引き受けてもいい理由」を並べる。すると、アメリアはため息を吐いた。
『ルーファス、やはり私が就任しようか?』
『なんだって?』
『いやだってなルーファス。君、野心で眼をぎらつかせるどころか』
少し嫌そうだぞ。
そう言って、あれこれと彼女は並べ立て……しばらくして殺されてしまった。
「……大臣?」
声をかけられ、ルーファスは我に返った。秘書のパーシー・ウィーズリーが、飢えた獅子を前にした兎のように怯えていた。兎でなぜだか思い出した。昔、わがままを言わない娘がピグミーパフを欲しがっていたことを。直接ねだられたわけではない。どうにか時間をひねり出して、学用品の買い出しに出た時のことだ。魔法ペットショップの前を通り過ぎたとき、娘が熱心に見ていたのだ。察しはしたがルーファスは無視した。時間がなかったのだ。後日、ペットの一匹くらいはいてもいいか、とニーズルの仔を手に入れて娘にやった。そしたら少し泣かれた。あれはうれし涙ではなかったのだ……と今更思い至った。今更すぎる。いやわかっていて知らないふりをして忘れたことにしたのかもしれない。
「どうかされましたか」
いや、と言い掛けて「君の弟の店、たしかピグミーパフがいたな」とこぼした。
「……大臣。もうお帰りになりましょう」
結局、半ば強引に省を出された。おかしい。ルーファスは魔法大臣のはずなのだが。護衛はいらないと言ったのに、トンクスがひっついてきた。護衛といっても省を出て姿くらましして、邸の側に姿あらわしするだけだ。だが門から邸内に入るまでのわずかな隙をねらわれないとも限らない。大臣となったのだから、公邸――大臣とその家族が生活するための邸――を使うべきなのだろうが、ルーファスは私邸を使っていた。居を移すのが面倒だったのと、娘がますます寄りつかない気がしたのだ。
「では大臣」
玄関で、トンクスは軽く一礼する。勤務が明けたら不死鳥の騎士団の任務にでも行くのだろうか。顔にうっすらと疲労が刷かれ、髪の色はくすんでいる。目に痛いほどのピンクではなく茶色に。
「ああ」
それだけ返して扉を閉める。年若い闇祓いの揺らぎに、ルーファスが口を出すことはできない。ルーファスから局長を引き継いだガウェインの仕事だ。あいつはなにをやっているのだか。
夕食と言うには遅すぎる夕食が用意され、ルーファスは一人で食事をとる。食堂はがらんとしている。酷い疲れは職務のせいだと思いたかった。が、控える使用人に「セーミャは」と問いかけたことで、本音が明らかになった。返された答えにため息を吐いたことで、自覚せざるを得なくなる。
「お泊まりになり、早朝お帰……お出かけに」
使用人の額に汗が光る。ルーファスは無言で頷いた。気遣いがわずらわしい。娘――セーミャは帰ったのだ。自分の家に。
――昨年、急に出て行くと言ったのだ。
『お父さんに迷惑はかけられないから』
迷惑じゃないと言っても聞きやしなかった。どうにかこうにか聞き出せば、だ。
『ファッジはそろそろだめでしょう。で、たぶんお父さんが次の大臣になるでしょう』
だから大臣息女の役目を私が果たせるとも思えないし。社交でも……等々ぼそぼそ言われ、ルーファスは絶句した。待ちなさいと言っても無駄だった。
――大臣になんてならないと言えばよかったのだが
なってしまったのだ。いや、出世はしたかった。闇祓いの地位をもっと上げるために。ファッジが底抜けの馬鹿でさえなければ、わざわざルーファスが引きずり下ろす必要はなかったのだが。ファッジのやつ、やはり島流しのほうがよかっただろうか。あいつのせいだ。全部あいつのせいだ。あの趣味も頭も性格も悪い女に転がされて。馬鹿。ついでにあの女も許さん。セーミャになにを言ったのだ。
特大のため息が出た。幸せが逃げていく。娘も逃げていく。あんまり可愛がってやれなかったし、あれにかけられた呪い――自分は卑しい存在だ、迷惑なお荷物だという――も解いてやれてないから仕方ない。
最初、引き取るつもりなんてなかったのだ。仕方なしに預かっただけ。よい家庭があれば押しつけようと思っていた。十年以上前、ヴォルデモートが消えてから一年ほど経ったあの日、ルーファスは鼻で笑ったものだ。
「なんだって?」
クロード、とルーファスは言った。夜の闇横丁――の暗部、深いところ、底の底、闇の闇横丁などと呼ばれる、いわゆる歓楽街でのことだ。その歓楽街の一角――娼館区域にルーファスは向かっていた。いわゆる新人教育の一環だ。魔法警察だけでは手が足りず、闇祓いも駆り出されていた。目的は闇の陣営の残党を探すこと。
「ですから」
すり切れ、汚れたローブを纏い、ところどころ破れたフードを被った魔女は言う。
「拾いものをしますよ」
「失せもの探しはいらん」
そっちじゃないんですが。そう、魔女――クロード・リアイスは言う。ホグワーツを卒業して数ヶ月の彼女は、闇祓い試験に通り、手が足りないからと研修もそこそこに現場に出ていた。
「……金色の、綺麗な目をした猫……獅子……?」
上司の発言を丸ごと無視し、クロードは自分の世界に没頭している。『先視』の魔女だから仕方ない、と割り切った。
「燐の色だわ」
アルコールランプの色、とクロードは楽しげだ。これがあのリアイスの女だとは誰も思うまいよ。流血を求める残酷な狩人、と世間は彼らを恐れ、あるいは敬っていた。それは彼らが積極的に「残党狩り」をしているからで、素直に降れば残党に温情をかけることもあったが、たいていが「捕縛しようとしたが叶わず」と記録された。なにせ彼らは怒り狂っていた。怒りのぶつけようが他になかったのだ。一族の魔女を喪った怒りが、彼らを狩りに駆り立てた。血を求めさせた。もしリーン・リアイスが一族の有様を見たらせせら笑いそうだが。それほど私があなたたちにとって大切だとは思わなかったわ、と。
クロードはさっさと進む。ルーファスは黙ってついていった。どっちが上司だかわからない。先視の勘のようなものが働いているのだろう。従ったほうがいい。
曲がりくねった道を進み、折れ、進み、下り、上り……しているうちに、ルーファスの鼻は異臭をかぎ取った。異臭と熱を。なにかが燃える臭いだった。走り、たどり着いた場所には、燃えさかる館があった。野次馬は面白がるだけで火を消そうともしていない。延焼する様子もないからいいだろうと他人事だった。歓楽街の組織はなにをやっているのか、さっさと消しに来いと軽い苛立ちを感じていると、部下ことクロードが、火事の現場に突入してしまった。追いかけて、見つけたのがあの子だった。
燃えさかる館。小さな、物置のような一室。汚らしいそこに身を丸め、震えていた。生きている誰かがいたことに、ルーファスは安堵した。通り過ぎた室という室、通路という通路は亡骸だらけだった。奥に行けば行くほど亡骸を見なくなった。ようやく見つけた生存者だった。だから、最初は気づかなかったのだ。
――奥に行けば行くほど、固いなにかを踏んでいたこと
煤や灰が増えていったこと。それがもしかしなくとも、黒く焼けた亡骸だったこと。
火元に近ければ近いほど「亡骸」は原型を留めていなかった。つまり奥の一室――火元にいたであろう小さな娘は、生きているのが不思議だった。死んでいないのはおかしかった。大火傷だけで済むわけがなかった……。
とっさにオレガノのエキスをふりかけ、ローブを脱いでくるみ、抱き上げ、クロードとともに脱出し……ルーファスはか細い声を聞いた。
おかあさん――しようとして、こわくて、だから。あたし。
どうしよう。
おかあさんが、燃えちゃった。
せーミャ・アレティ
ルーファス・スクリムジョールの養女。チャーリー、トンクスと同期。グリフィンドール出身。薄いオリーブ色の肌に赤みがかった金髪。