紅の特急に放り込まれるようにして乗り込み、重いトランクを引きずった。早めに着いていれば、こんなに通路は混み合ってなかったろうに。ああ、あの赤毛の、とかみっともないそばかすとかも言われなかったろう。
どこのどいつだ混んでるのをいいことに好き勝手言いやがって、と思うがどうしようもない。赤毛は目立つのだ。赤毛といえばウィーズリーというのが一般的……らしい。そんなわけあるか、他の家庭だって赤毛はいるだろうと思っても、赤毛ばっかりな一家なんて
七つ上の兄も、ひいふうみぃ……四人の弟も、末っ子――妹も赤毛、父も赤毛。よそから嫁いできた母も赤毛である。ウィーズリー家はいろんな家とつながっているので、よそでもひょっこり赤毛が出るらしい。赤毛の大家族が目立たないわけがない。そして大家族なのでキングズ・クロスへの出発が遅れた。最初、チャーリーは父に連れられてキングズ・クロスに行くはずだった。なのに弟どもは「チャーリーだけずるい」と大騒ぎするし、妹はチャーリーの服をひっつかんで離さなかった。唯一聞き分けのよさそうな弟のパーシーは、なにも言いはしないけれど、ホグワーツへ行くチャーリーのことを羨んで……いや、あれは妬ましいというか、恨みがましいというかな眼をしていた。わかるともパーシー。小さな怪獣どもに付き合うのは大変だってさ。あとは頼んだぞパーシー。なにせ兄のビルはグリンゴッツの呪い破りとかいうよくわからない職についたし一人暮らししてるんだから戦力外だ!
大家族だからこそにぎやかなのだけど、大家族な分、あれこれと起きる。結局、家族で仲良くお出かけプランに変更した。無謀だった。チャーリーの「早めにキングズ・クロスに着いてのんびりコンパートメントを探す」作戦はガラガラと崩れてしまったのだ。
ため息を吐きながら、のろのろと進む。コンパートメントを訪ね歩いても「血を裏切る者め」とかなんとか言われて断られること数件。スリザリンの純血主義者ってやつだなと流した。ビルのときもスリザリンに絡まれてどうこうだったらしいし。「竹馬の友」のナイアードのほうが暴走して大変だったとか。
「竹馬の友かあ」
できたらうれしいけど、チャーリーはナイアードみたいな男を止められる自信はない。兄の親友は魔法騎士一族の生まれで、貴族の皮を被った猛獣だそうだ。怖い怖い。
兄のことを考えていたからかどうなのか、囁きのなかに「あのビルの弟じゃない?」というものが聞こえてきた。赤毛以外あんまり似てないね、とも。
――うるさいよ
呟きは心のなかに留める。ビルと似ていないのは確かだし、ビルが優秀すぎるのも確かだし。比べられても。年もそこそこ離れてるのに。
なんだかむしゃくしゃしながら進んでいると、最後尾にたどり着いてしまった。最後のコンパートメントだ。ここで断られたら面倒だけど戻るしかないのか。空だったらいいのなぁと思いつつ、じっとりと湿った手を握り、軽く扉を叩く。どうぞ、と澄んだ声がした。
少しだけ戸を開けて、中を見る。女の子が一人ぼっちで座っていた。横に本を置き、片手は杖をぎゅっと握りしめている。
女の子がチャーリーを見る。
「あの、ここ」
空いてるかな。
なんだか怯えてるように見えたから諦めようと思ったのに、チャーリーの口が勝手に動いた。だって杖を握ってたんだ。もしかしたら「血を裏切る者」が嫌いな過激な純血主義者かもしれないじゃないか? みっともない赤毛とそばかすなんてお断り、なお嬢様の可能性が高い。いまにも呪いをかけられるかもしれない。なのにチャーリーの足は動かず、舌がぺらぺらと回った。
「空いてなかったり、断られたりして」
もうここしかないんだ、と言ってしまう。半分嘘だった。無理なら戻ってどこかに割り込めばよかった。気は進まないけど、できなくもなかった。
ただ、女の子の淡い淡い燐の色をみてしまって、どうしても「彼女の」コンパートメントにいたくなったのだ。
だって彼女の眼は、
空き缶もとい役目を終えたポート・キーを放り投げる。見事放物線を描き、ゴミ箱へ入った。うん、シーカーじゃなくてチェイサーでも通用したかもしれない。ついつい余所事を考えてしまうのは、重大事項から気を逸らすためだ。
歩き出す。やたらと床がふわふわしてるのは気のせいか。ルーマニアのとある町のとあるビルはルーマニア魔法省運輸局の管轄で、ポート・キーの発着場も入っている。チャーリーはついさっき英国側の発着場から発ち、一瞬のうちにルーマニアに渡ったわけだ。
つまり、だから、まだそんなに時は経っていないわけだ。
唸りながら己の唇に触れる。ちょっとガサガサしている。そしてなにやら唸る赤毛の男を、これからポート・キーでどこかへ旅立とうとしている旅行客たちが遠巻きにしている。完全に不審者である。
――やってしまった
エレベーターに乗り込む。貼られた鏡に映るのは、日焼けした赤毛の男。目元が少し赤くなっている。
「……いくつだよ」
呟けば、鏡の中の男も唇を動かす。とっくのとうに成人しているというのに。接吻くらいで。
たかだか接吻で。いやいや今まで女の子と付き合ったことはまぁあるけれど。あるんだけども。接吻にいくまでもなく関係が消滅することが複数回。グリフィンドールクィディッチチームのキャプテン兼シーカーは、どうもお付き合いに向いてなかったらしい。つまんない、クィディッチばっかり、が振られた理由だ。
結局、接触が多かった女の子はセーミャかトンクスだった……とまで考えて、重苦しい塊を胸のうちに押し込める。トンクスは逝ってしまった……同期のなかでトンクスだけが。あまりに早すぎる。惨いことが起こってしまった。
――あそこは
あの日のホグワーツは、死が薄い紗を透かした向こうにあった。ほんの少しの差が明暗を分けた。弟のフレッドもまた、紗の向こうへ招かれてしまった。些細な差だ。別の階にいれば、それか一歩でも立ち位置が違えば、フレッドは生きていたかもしれない。
虚しい、かもしれないだ。
戦が終わって、夜明けを迎えて、思わずセーミャを抱きしめて、やっとすべてが終わったと思って。どこもかしこも喜ばしい、祝いの空気が満ちていた。そして、数時間も経たないうちに、どうしようもない欠落を突きつけられたのだ。
一家の中でただひとり、フレッドだけが消えてしまった。奪われてしまったという事実を。
チャーリーも、家族も、フレッドと親しかったアンジェリーナ・ジョンソンもその穴を、満ちる悲しみと痛みを持て余していた。
フレッドの空っぽの身体を柩に納め、オッタリー・セント・キャッチポールの墓地に眠らせた時になっても、区切りがつけられないでいた。父のアーサーは「勇敢だった。勇敢すぎた……」と必死に息子のことを誇らしく思おうとして、果たせていなかった。誇りがなんだ。それで命を失ってしまえば元も子もないではないか。本当はそう言いたかったのかもしれない。だけれども、フレッドの選択を――戦うという選択を否定もできないだろう。それは、彼の死への侮辱にほかならない。
チャーリーは、なにを言っても駄目な気がして、俯いていた。できたのは竜の鱗でつくったお守りを、フレッドの首にかけてやったことくらい。
正しい悲しみかたなんて、知らないから。
歯を食いしばるチャーリーの背に、そっと手が添えられた。セーミャは黙ってそばにいてくれた。同期で、友人なだけなのに、フレッドの弔いの場に来てくれたのだ。それがどれほど心強かったことか。折れかけた心に芯が通り、じわりと火が灯った心地だった。
黒の喪服を纏い、帽子と紗を身に着けた魔女は、黒の絹手袋をはめた手に杖を握っていた。夜の墓地、滲むような魔法灯が、杖に刻まれたGGの文字を浮かび上がらせた。
すらりとした指が、ほっそりとした腕が流れるように杖を振る。
そうして、火の粉が舞った。
はらはらと降る様は花びらのようにも、雪のようにも見えた。澄んだ蒼――哀悼の燐が、墓地に降る。
いつの間にかすすり泣きは止み、父も母も、きょうだいたちも――誰もが、その燐に眼を奪われていた。
チャーリーは音もなく降り積もる燐の灯火を眼に映し、固く封じ込めていた感情が解けていった。
ぽろり、と眼から熱いものが零れ落ちていく。
――帰って来ないのだ
なにをしても帰って来ないのだから、意味のないことだ。そう思って零すまいと思っていたものを。
一度綻んでしまえば歯止めが利かなくなった。せめて声を出すまいと唇を引き結ぶ。すると、柔らかな香が――心を落ち着けるそれがチャーリーを包んだ。セーミャがなにも言わず、沈黙という
チャーリーは自覚すまいとしていたものに、没落貴族と勇敢な大臣のご息女では釣り合わない、せめてよい友人のままでいようと眼を逸らしていた感情に、名前を付けた。
ちん、と音が鳴ってエレベーターの扉が開く。
「大丈夫なはずだ」
言い聞かせ言い聞かせして、ビルの外へ出る。唇を奪ったというか盗んだようなものだけど、セーミャは避けようと思えば避けられたはずだ。なにせ闇祓いの娘で、猛者揃いの使用人を従えているのだから。
ドラゴン使いがかなう相手ではないのだ。
あの日、あのコンパートメントで、チャーリーの心は灼かれてしまったのだ。
スウェーデン・ショートスナウトの炎と、ウェールズ・グリーン普通種の声を持つ女に。
蒼炎の魔女――愛するレディ・スクリムジョールに。