なんと、戦争は一時停止となって軍が帰ってきた。
なんでも、死んだはずの神獣が突如登場し全てを蹂躙していったとか。
なんとか神獣......いや、蜘蛛の魔物は討伐したものの、双方大きな被害を出したため停戦し引き返したらしい。
おかげで国は大混乱だ。
神獣の仇討ちの戦いが神獣の妨害によって停戦した、しかも味方のはずの我が軍も殺戮して。
しかし停戦ということは回復次第開戦となるだろう。
相手は弱小のオウツ国と侮っていたのが、向こう側にはなんと神言教のみならずレングザンド帝国までもがついているらしい。
対してサリエーラ国は孤立無援。
勝ち目がないのは明白。だが、退くことはできないのが宗教戦争だ。
ここからは市街地に被害を出すのも厭わない混戦となる。
そうなると1番に狙われるのは、オウツ国との国境に近く、例の蜘蛛の魔物が住み着いていたこの地だ。
だとすれば政府がどうするか......そんなの決まっている。この街を生贄にすることだ。
政府は今回の戦争でこの街を敵に明け渡す算段だ。
無傷でこの戦争を終わらせることはできない、ならばなるべく傷を浅く済まそうというつもりだ。
そんなわけで、一般市民の避難は許可されなかった。
敵に奴隷として差し出されたのだ。......肉壁、もしくはそれ以下のものとして。
そんな絶望の最中、ついに敵が攻めて来た。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
私は親に抱えられ、混乱する街を走り抜けていた。
人通りがすごい。あちこちから騒ぐ声が聞こえてくる。
特に大きな通りは逃げ惑う人々で埋まり、混沌を極めている。
母は気づいていた。特段鍛えてもいない平凡な自分が戦乱を逃げ切るなど不可能だと。
それならば、子供だけでも生き延びさせようと、母は私に伯爵の屋敷に向かうよう言った。
領主様ならきっと助けてくれると。それは希望的観測、懇願に近かった。
屋敷は走って数分もない距離だ。しかし、途中の道には敵兵がいる。
どうしたものか。その答えは............
母が囮になることだった。母の迫真の悲鳴が響く。
その声に見事釣られて、兵の注目が母に集まる。その隙に私は走った。
全力で物陰を走り抜けた。
幸い、暗視と視覚強化のおかげで暗闇でも問題なく走れる。
そして隠密と隠蔽のおかげで敵兵から気づかれにくい。
走りながら涙が溢れる。
優しかった母と頼れる父。
前世の記憶のせいであまり親密になれた感じはしないが、それでも愛を与えてくれた。
死が身近な世界だとわかってはいたが、悲しみが心を覆う。やはり、別れは辛い。
そろそろ屋敷が見えてくる。
少しの希望を持ちなおした私の目に映ったのは......燃え上がり潰えてゆく屋敷の姿だった。
呆然としかける精神を叩き、奮起する。
希望を捨てるな。そう言い聞かせながら走る。走る。走る。
正面玄関は特に激しく焼かれている、なら逃げるなら逆方向、裏口のはずだ。
そう思い、裏口に向かう。その途中でなにやら声が聞こえた。
「......リア!?」
「あ............を......こせ!」
はぁ、はぁ......体力が限界だ。
この貧弱な身体が恨めしい。
SPが枯渇しているのがわかる。気力だけで走る。
あまりの身体の酷使に魂が削れていくような錯覚をする。
見えた......!!
到着し、少し息を整えながら確認する。
フードの影と戦っている従者の男の人と、座り込んで呆然としているソフィアさんだ。
彼は激情と自責の入り混じる声で、叫びながら暴れ回っている。
血に濡れながら獰猛に叩きのめす。蹂躙する。周囲に転がる死体。振りまかれる鉄の匂い。
その姿は、この世のものとは思えなかった。
一方のソフィアさんは世界から解離したかのような表情でその様子をぼうっと眺めている。
自失状態から復帰させるため、念話を行使。
(ソフィアさん、しっかりしてください!一体何がどうなって......!?)
返答はか弱いものだった。
(あ......街が、家が、燃えて......敵が、殺しに来て......メラゾフィスが......)
(メラゾフィス?ああ、あの従者の......)
血を流してはいるが、かなり優位だ。これならなんとかなるだろう。
そう思い、メラゾフィスさんが戦い終わるまでに更なる邪魔が来ないか周囲を警戒していると......
風の魔法と共に、不思議な服装の女が登場した。
「いつまで遊んでいる?」
女がそう言った途端、メラゾフィスの体が宙を舞う。
そのままドサッと地面に激しく叩きつけられ、私達の側に転がって来た。
奴は、敵だ。確実に。そう考え即座に鑑定を発動する。
『鑑定不能』
!?!?!?
こんな結果は初めてだ。しかし、私が驚きでフリーズしている間にも、展開は進む。
ソフィアさんと目で疎通し、ボロボロの体を、気力だけで立たせるメラゾフィス。忠誠心がとても高いようだ。
ふと形容し難い不快感が背筋を伝った。自分の内面を覗かれているかのような............
「ふん、やはり転生者か。オカに連絡を......いや。」
底冷えする声で話しかけてくる女。湧き上がる嫌悪感に顔を顰める。
というか、転生者ということがバレた......!?
「貴様らを生かすと面倒になりそうだ。」
何を言っている............??生かす......??
「というわけで、だ。不穏分子は早急に排除する。」
まずい、殺される......!!
《熟練度が一定に達しました。スキル『恐怖耐性LV3』が『恐怖耐性LV4』になりました》
奴は戦慄する私達など無視し、感情の欠落した声で死刑宣告をした。
「やれ。」
「御意。」
指示通り、無慈悲に配下が魔法を展開する。
魔力の動きを見切って........................今だ!!
ジャンプと同時に顔のすぐ横を風が吹き抜ける。かろうじて回避の動作は間に合ったようだ。
《熟練度が一定に達しました。スキル『集中LV5』が『集中LV6』になりました》
「何をしている、愚物どもめ。」
「申し訳ありません。次こそは。」
次の装填が来る。そう思い構えた時、メラゾフィスが奴らの目の前に立ちはだかった。
「お嬢様には、手出しさせん!」
全身から血を流し、今にも生命力が零れ落ちそうな風体で彼は壁となる。
しかし、彼はフードの集団に囲まれて身動きが自由に取れない。
「世に災厄を齎す吸血鬼め。すぐに殺してやる。」
奴らがメラゾフィスに攻撃を仕掛けると同時に、新たな人影が現れ私達の前を塞ぐ。
頼みの綱のメラゾフィスは絶賛敵集団と戦闘中で、こっちに来れる余裕はない。
ソフィアさんに焦りの表情が浮かぶ。それは奴がじりじりと近づいてくるにつれ不安、鬼胎、そして恐怖へと変わっていった。
ふと、意志が浮かんでくる。隣にいるこの少女を、守らなければ、と。
(私が全力で貴方を守ります、なので私の動きに全力で着いてきてください。)
(え、え??)
(約束です。)
その小さな手を掬い上げ、指切りをする。これですこしでも安心させられただろうか。
奴がついに目の前まできた。
(なんで、そこまで......)
(......前世の好、ですかね。)
(......なにそれ。)
(さぁ、そんなことより早く逃げますよ!ほら!)
「すぐ楽にしてやる。」
奴はそう言って余裕の表情で魔法を構築し始めた。明らかにこちらを侮っている。
感知したのは風の魔力。魔法の軌道がなんとなくわかる気がする。
ソフィアさんの手を引き、回避する。
ずっと荒い風が吹き暴れている。
とにかく避けなければ死ぬ。それは御免だ。
「みぎ、です!」
右に走る。顔スレスレを魔力が掠める。
やばい......!!
そして、敵は当然待ってくれない。
「つぎはこっち!」
ひたすら走る。不規則に動いて少しでも撹乱しようと頑張る。
跳ぶ。避ける・走る。避ける。避け続ける。
しかし、限界は必ず近づいてくる。これじゃジリ貧だ。
更に、敵に新たな増援も来た。
合計5人の敵が一斉に魔法を発動する。これは避けられない──────!!!
ソフィアさんを無理やり伏せさせ、その上に覆い被さる。
「む、んぅ!?!?んー!?!?!?」
当然困惑している。悪いなと思いつつも一旦無視だ。まずこの場を切り抜けなければ。
抵抗のステータスは高い、なんとかメラゾフィスさんが勝つまで耐えきれないか............
しかし、現実は無常。当然子供の貧弱ステータスより彼らの魔法能力の高さが上回っていた。
疾風が背中を切り刻む。旋風が身体を打ち付ける。暴風が容赦なく生命力を奪っていく。
とめどなく溢れる血液。流れ出て、消えてゆく命の力。それでも。盾となれるならば。誰かを守れるのならば。無力にも、目の前で命が消える瞬間を見ずに済むのならば......!
覚悟を決め、魔法を構築する。限界を超えて魔力を注ぎ込むんだ......!
奴らが接近してくる。冷酷な声が聞こえる。
「無駄な抵抗残念だったな。これで終わりだ......死ね。」
させない..................!!!!
完成した魔法に追加で魔力を装填する。これで......っ!!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ──────────ッ!!!!!!」
「ウル............ドーナァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」
地面が隆起し、強く震える。そして、生成された棘状の岩石の塊が奴らを貫いた。血が溢れ出る。
......奴らは目を見開き絶命した。
力を使い果たした私はばったりと倒れ込んだ。魔力の欠乏で意識が朦朧とする......
「ねぇ!だいじょーぶ!?ちょっと、ねぇ!!」
何か聞こえる............なんだ...........?
「しななぃでよ!?ぁ、え......どうしよう............!!」
なんとか、守りきれたようだ......。
けど、まだ敵はたくさんいる............ここで倒れちゃだめだ..................。
そう思うものの、地面に突っ伏して動けない。
もうHPもMPもSPも限界値だ。視界がぼやけている。
水滴の感触もし始めた。雨も降り出すとか、本当に散々だ............。
不意に足音が聞こえた。意識を呼び覚まそうとするがうまくいかない。
「本当に使えん。最近のエルフは思っていた数倍も使えんな。再育成が必要か。」
この声は......あの女......!ついに直々に殺しに......?
「やめろ......」
しかし、なんとか出た声は小さくて掠れた呻き声だった。
「ふん。」
それの返答は、明らかにこちらを見下した不快な声。
頭に金属のような質感のものを突きつけられる。奴の心並に冷たい感触だ。
顔を上げると、目の前にあったのはなんと銃だった。
そして......声を上げる間もなく、いとも容易く引き金が引かれた。
意識が消えていく。追加で更に腕と足にも1発ずつ撃たれた。
「ッひ」
ソフィアさんの恐怖にうわずった声がした。
死の感覚がわかる。着実に死が近づいてきている。
冥界が呼んでいる。こっちにこいと手を振っている。そんな手を振り払う。
ふざけるな......!!こんなところで死ぬなど、こんな奴に殺されるなど、あってたまるか............!!
まだだ、私は、まだ死ねない、まだ、まだ、まだ、まだ、まだまだまだまだまだままだまだ死ねない死ねない、死ねない死ねない!?むわあああっっっだあああっっ............!!!!!!!