Irregular   作:ノキシタ

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 今回はちょっと長めです。(平均文字数の2倍)

 感想、誤字報告ありがとうございました。大変助かっております。


1-3 友軍救出

 大脊柱外郭東地区における攻略担任部隊の主力は第2、第5、第11混成団であり、いずれも第7方面軍隷下の部隊である。

 加えて総軍隷下の14個機動戦隊が配属され、さらにこれらを支える20個後方支援連隊が直協任務(D/S)に当たっている。おおよそ増強3個師団規模の戦力が、東地区に投入されていた。

 ――そのはずだった。

 

『くそっ敵が多すぎる!53戦隊のやつらどこ行ったんだ!?』

『11時方向敵!』

『不味い、サーモバリック弾だ!皆伏せ――』

 

 ノイズ混じりに、仲間達の声が聞こえる。おかしい、この台詞はどれもさっき聞いた覚えがある。

 そもそもここはどこだ。真っ暗だし、体が動かない。というか、何をしていたんだっけ。

 

「(そうだ、ギプロベルデに奇襲されて……)」

 

 それでサーモバリック弾を撃ち込まれて、その後の記憶がないことに気付く。気絶していたのだろう。

 どれぐらい気を失っていたのか、とにかく状況を把握しないと。

 体を動かそうともがく。どうやら体が破損して動かないのではなく、瓦礫の下敷きになっていて動けないようだ。

 どうにか右手だけでも瓦礫から抜け出す。その右手で体に覆い被さる瓦礫を一つ一つ退けていく。そこまで重い瓦礫でなかったのが不幸中の幸いだ。

 痛む体を起こして、ようやく周りを見渡すことができた。が、そこに待っていたのは無慈悲な現実。

 より厳密に言うならば、一面瓦礫の山と、千切れた手足、ぐちゃぐちゃに潰れた頭、投げ捨てられた人形のように横たわる死体。

 

「……みんな、どこ……どこだよ、ねえ……?」

 

 そこに生などというものはなく、ただただ死体があるのみ。その惨状を前に、輜重兵カルラドは膝から崩れ落ちた。

 

 南東地区でレッドアックスが自律警備車両を撃破し、北地区で霧が最終防御陣地を突破した翌日。

 第14後方支援連隊は、全滅した。

 

 

 

 レッドアックスの廠舎にペーネとロペが戻ってきたのは、自律警備車両との戦闘から翌朝のことであった。

 

「戻りましたー」

「おつー」

 

 その2人を出迎えたのは、無線機にかじりついていたクスイだ。夜は寝ていないのだろう、目の下に隈ができている。

 見渡すと、他の隊員は皆寝ていた。リグとカイも、普段はどちらかは起きているはずだが、どちらも寝息を立てている。リグの方はデスクに突っ伏した状態だが。

 

「珍しいですね、隊長と副長がどっちも寝てるって」

「副長は帰ってきてからずっと無線機に張り付いてたしな。隊長も、夜遅くに帰ってきて寝落ちしちゃった」

 

 起こすのも可哀想だし、そう言うクスイも欠伸をしている。

 その時不意に、リグのデスクにある机上無線機が鳴る。着信音を聞くやリグは一瞬で飛び起きて、無線機の受話器を乱暴に取り上げた。

 

「はい48STF」

『団本より達。出動命令、戦闘任務。仔細はデータリンクより確認されたい』

「48了」

 

 受話器を置くと、リグは自身の顔を引っ叩いて目を覚ます。

 ペーネとロペを認めると、声をかけながらタブレット端末を操作した。

 

「おはよ、どうだった?」

「修理完了、異状なしです。ここの修理所はいい仕事してくれますよ」

「そりゃ何より」

 

 タブレットに任務内容を叩き出して読み進める。

 少し読んてすぐ、リグは顔を顰めた。とはいえ冷めたコーヒーを飲んですぐにいつもの表情に戻る。

 

「クスイ、私どれぐらい寝てた?」

「3時間ぐらいっすね」

「3時間も……いやすまんね」

「全然。隊長だって寝なきゃ持たんでしょう」

「すまん、ありがとう」

 

 礼を述べながら任務内容を読み終えると、リグは席を立った。

 

「よし皆、仕事だ!カイとグスタ、フカールも起こせ、全員フル装備!急げ!」

 

 その声掛けで真っ先にカイが飛び起きる。中々起きないグスタとフカールを引っ叩いて強制起動する間に、ペーネとロペが武器ラックを解除して鎧殻と武装を搬出、起きてきた隊員達に配っていく。

 

「緊急任務のため説明は道中に行うが、端的に言ってヘリボーン任務だ!ヘリポートまで走るぞ!」

 

 廠舎を飛び出し、レッドアックスの隊員達は急いで集結地の後方に設けられたヘリポート――という名の平地を目指した。

 緊急任務、そしてヘリボーンとなれば、相当切迫した事態であることは新兵のグスタでさえわかった。

 

 

 

 周囲の安全を確保して、カルラドは使えそうなものが残っていないか調べるところから始めた。

 一に安全、二に戦果。努めて健在し任務を達成せよという、ある種ガーディナらしからぬ連隊長の統率方針が、日頃の訓練に表れ、そして今のカルラドを生かしている。

 もっとも、当の連隊長本人は亡骸となり、今や隊員に死体を検められているところなのだが。

 

「補給剤3つと、修復剤が1つ……あとHG002 A3(ハンドガン)か……」

 

 生き残るためなら亡骸漁りも許容する方針の下訓練されたカルラドは、訓練通り連隊長の懐に残っていた食糧と、武器を1つ貰っていく。

 後方支援連隊の鎧化兵は戦闘を主任務としないので、指揮官を除きセカンドの主腕武器を装備していない。カルラドも例に漏れず、主腕はファーストのT12A3ライフルしか持っていなかった。

 

「無いよりは、あった方がいいよな……」

 

 セカンドにハンドガンを組み込んで、カルラドは立ち去ろうとし――すぐにまたしゃがんだ。

 投げ出された連隊長の手足を綺麗に整え、開かれたままの瞼を閉じる。

 全身余す所なく資源として再利用できるニンフに、死んだ同族を葬るなどという文化はない。

 ただカルラドは、いつも身嗜みを整え姿勢を正していた連隊長が無様に転がっていることに、強烈な違和感を覚えただけだ。

 

『いいか、戦いとはいかに我の損害を抑えて敵を撃破するかにある。特攻など下策の下策よ』

『生きるためには知恵を使わねばならん。頭を回せ、周りを見よ、使えるものは使え。そうして生きるのだ』

 

 ふと、生前の連隊長の言葉が脳裏に蘇る。よく現場に顔を出し、指導をし、そして褒めてくれ、時には共に戦ってくれる理想の上官だった。

 一通り死体を整えたカルラドは、今度こそ踵を返す。

 目から溢れてくる液体を拭い去り、瓦礫だらけの荒地を歩く。液体の正体なぞどうでもよかった。

 

 

 

 ヘリポートに用意されていたヘリは、タンデムローター式大型輸送ヘリのCH T47A8と、多目的戦術ヘリのUTH T60A5だった。それぞれ1機ずつ。

 この編成を見て、カイはすぐに何かの回収任務だと察した。でなければレッドアックスに2機もヘリを寄越したりしない。

 

「ペーネとロペはUTH、他はCHに乗れ!」

 

 リグが搭乗を割り当て、その通りに乗り込んでいく。

 ペーネとロペの2人はUTHのドアガンに付き、他はCHの後部ハッチから機内に乗り込んだ。 

 

「よし全員乗ったな、任務を説明する」

 

 搭乗を確認して、データリンクで全員の拡張頭環に資料を映させるリグ。隊員達もまた、その画面に注目した。

 最初の画面は東地区の状況図だった。

 

「東地区の攻略が遅れているのは聞いていると思う。

 この遅れを挽回するため、第5混成団は配属された第53機動戦隊を主攻撃部隊とした攻勢作戦を実施した。

 しかしこれが見事に失敗。53戦隊は側背をとられ、D/Sに付いていた第14後方支援連隊が攻撃されたことで分断され包囲状態に陥った」

 

 映像が流れ、状況図が彼我の部隊の動きを映していく。後方支援連隊の部隊符号が、横からの攻撃で53戦隊と分断され、さらに細かい部隊符号に細切れにされていった。

 一方、その辺りから53戦隊を示す部隊符号は出てきていない。

 

「53戦隊主力は辛うじて脱出に成功したが、一部の部隊及び14後支が敵陣に取り残されている。

 この救出が今回の任務だ。直ちに現場へ向かい、1機でも多くの仲間を救出する。質問は?」

 

 説明を終えると、早速クスイが挙手。外を見ながら、大変重要な質問をした。

 

「このヘリいつになったら離陸するんすか?」

「……なに?」

 

 リグも急いで外を見る。事の特性上早く出発したいし、搭乗完了した時点でオートパイロットに出発命令を送信している。離陸していない方がおかしい。

 外を見ると、ローターこそ回っているが、ランディングタイヤは地面に付いたまま動く気配もない。

 つまり、まだ離陸していないかった。

 

 

 

『カ……ド!お………っち…!』

 

 しばらく瓦礫を踏み越えていると、どこからかそんな声が聞こえた。

 最初は何かの物音の聞き間違えかと思いもしたが、何度か聞いているうちにニンフの声だと気付く。

 声のする方向を拡張頭環で調べ、あたりを付けて向かってみる。

 

『カル…ド……い、こっち…!』

 

 少しずつ明瞭になっていく声、どこか聞き覚えのある声に、カルラドの脚も速くなっていく。

 

『カルラド…おい……っちだ!』

「だ、誰かいるのか!?僕はここだよ!」

 

 声に叫び返しながら近付いていく。どうやらカルラドの名前を呼んでいるようで、カルラドも味方だと思ったのだ。

 よく聞くと、味方どころか親友の声だ。名をロムルという。

 同じタイミングに女王より産まれ、同じタイミングで戦場に出た。普通なら双子と呼ばれるが、容姿があまり似てないこと、姉妹よりも戦友、又は親友と呼ぶべき関係性から、カルラドとロムルは互いを友として認め合っていた。

 親友との再会に心躍らせるカルラド。死体ばかり見ていたが、彼女とならきっと乗りきれる。そう確信して、声のもとに飛び込んだ。

 

「…………えっ?」

「カルラド!おい、こっちだ!」

 

 カルラドは声の主を見て、絶句した。

 確かに、ロムルである。頭が半壊して、右半身が吹き飛んでいるが、目の前の()()は紛れもなくロムルである。

 

「カルラド!おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!」

 

 頭脳が半ばこぼれ落ちそうになっている半壊した頭部は、しかし発声器とそれを司る系統だけ生きているのだろう、同じ内容をずっと叫び続けていた。

 

「ろ、ロムル……?大丈夫か……?」

「おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!」

 

 声を掛けるが反応はない。残った左目は真正面に力なく視線を投げ出していて、その発声器は同じことをずっと繰り返している。

 生きても、死んでもいない。

 

「なあ、ロムル?冗談だろ?こ、こんな時にそんなことやってる場合じゃないだろ?」

「カルラド!おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!カルラド!」

 

 受け入れられない。もしかしたら違うかもしれない。ロムルはただ同じことを繰り返しているだけで、半壊はすれど死んでないと言いたいのかもしれない。言葉だって損傷して発声器を制御できなくなっているだけかも。本当はロムルはまだ生きているけど、それを外に明確に示す方法がないだけなんだ。だって頭脳もまだ外に飛び出てないし、ロムルの身体もまだこんなに温かいじゃないか。

 現実逃避的な思考がカルラドの頭をぐるぐると回り続け、現実とのギャップに頭痛が生じ始める。頭を抱えてうずくまり、カルラドは嘔吐感とめまいに襲われながら、必死にロムルが死んでいないと信じるための言い訳を心中唱え続けた。

 まるで目の前の親友(生きた死体)のように。

 

「カルラド!おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!」

「…………」

 

 ロムルはまだ死んでない。ただ自分で動けないだけ。ロムルはまだ死んでない。ただ自分で動けないだけ。ロムルはまだ死んでない。ただ自分で動けないだけ。ロムルはまだ死んでない。ただ自分で動けないだけ。ロムルは――。

 

 

 

「全く、もう少しマシな所を用意できなかったのかしら?」

 

 特別に用意された天幕の中、上座にどかっと座り偉そうに苦言を呈するニンフがいた。

 ゴーシュカという、敵地から脱出してきた53戦隊の戦隊長である。

 53戦隊の作戦地域は東地区(第5混成団)南東地区(第3混成団)の境界付近であり、背後を取られた53戦隊主力は第3混成団のいる南東地区に逃げ込んできたのだ。

 

「申し訳ございません、何分急でしたもので――」

「じゃあ何?私らが悪いってわけ?」

「どうやら立場を認識して頂く必要があるようね」

 

 地面と平行になるぐらいに頭を下げるモーンを、戦隊副長ルズと先任参謀オルカが責める。

 本来、戦隊長は混成団長よりも階級が下である。にもかかわらず、モーンがゴーシュカに平伏している理由は、53戦隊の特性にある。

 53戦隊は総軍隷下の部隊で、中でも優秀な隊員が集められる『指定即応部隊』に指定されている。指定即応部隊の指揮官は通常より2つ上の階級を持つ扱いとなり、従ってゴーシュカはモーンよりも高い階級についていることになるのだ。

 加えて、ゴーシュカの双子の姉が総軍司令部の参謀副長であり、鶴の一声で現場指揮官の人事を動かせることも、ゴーシュカを増長させる理由になった。

 

「まあいいわ。そんなことより、()()()()の回収はまだ?」

「例の物資……?」

 

 モーンは全く聞かされてない話に唖然としたが、次にはその腹にゴーシュカの蹴りがめり込んだ。

 

「ギプロベルデの秘密兵器よ!そいつを確保するために私達はわざわざ攻勢に出たのよ!それぐらい末端の指揮官なら把握しておきなさいよ!」

「で、では何故お手元に無いので――ぐへぁ!」

「やつらに襲撃されたからっつってんでしょ!」

 

 もう一発モーンの顔面に蹴りを入れながらゴーシュカは怒鳴り声をあげた。

 こうも苛立っているのは、敗走してきたためか、それとも敵の秘密兵器とやらを確保できなかったからか。

 いずれにしろ、ゴーシュカの頭に「敵地に取り残された味方を助ける」などという考えは微塵にもない。

 

「14後支の救出に行く部隊があるわね、そいつらを今すぐ敵兵器の確保に回して頂戴」

「し、しかしそれでは味方が――」

「どうでもいいわよ、そんなの!あんたは言われた通りに部隊を動かしてればいいだけ!わかった!?」

 

 3発目の蹴りが飛んでくる前にモーンは了承した。こういう時、真っ向から反論しても意味がないことをモーンは知っている。

 天幕をさっさと逃げ出すように出て、鼻血を拭き取りながら無線機を取り出す。

 

「私です。48STFの任務を変更します」

 

 言われた通りの回収任務を流す。ゴーシュカ達が逃げ込んできてすぐにモーンが出した友軍救出任務は、他ならぬゴーシュカの癇癪によって潰えた。

 

 

 

「任務変更!?どういうことです、味方は!?」

 

 離陸後の機内で、突然の任務変更命令を受けたリグが無線に食ってかかっていた。

 なかなかヘリが離陸しないと思ったら急に発進し、しかも本来と違う経路を飛行しだしてから、急に任務変更ときた。説明を求めるなと言う方が酷だろう。

 

『ゴーシュカ戦隊長直々のご命令です。53戦隊の任務を引き継ぎ、敵陣地を攻撃、敵の秘密兵器を奪取してください』

「敵地で取り残されてる味方は!?14後支がまだいるんでしょう!?」

『それを考えるのは貴方の仕事ではありません。敵陣地を攻撃し、敵の秘密兵器を奪取してください』

 

 無線に応答したのは、意外なことにモーン本人であった。良いか悪いか別にして、直接言い争える状況ではある。

 

「せめて他の部隊を14後支の救出に向かわせてください!」

『今動かせるのは貴方の隊だけです。そのことは貴方もご存知のはずですよ』

「だったら――」

『リグ隊長』

 

 なおも反論しようとしたリグ。しかし、この時のモーンの言葉にはいつにもなく力があった。

 それも、上からの圧力に負けた者とは違う、決意ある力の言葉だった。

 

『私の統率方針はご存知ですね?』

「大決小任、ですが」

『その通り。あと1分で貴機はこちらのレーダー範囲から出ます。そうしたらカーゴを開いてください。健闘を祈ります。以上』

 

 モーンはそれだけ告げるとさっさと無線を切ってしまった。

 すぐにヘリはビル群のある地域に入る。するとヘリのカーゴのロックが自動的に外れた。中にあったのは、一通の封筒。

 

「これは……封緘命令書?」

 

 リグは封を切って中の命令書を確認する。隊員達が固唾を呑んで見守る中、読み込んだ内容に、リグは目を丸くした。

 同時にヘリが急旋回。明らかに針路を変えたことは誰でもわかった。

 

 

 

 ロムルの前でうずくまって、どれだけ時間が経っただろうか。カルラドはようやく、よろよろと立ち上がった。

 現実を受け入れたわけではない。自分に嘘をつき、現実を見ず、ただひたすら親友から目をそらすことに疲れただけだ。

 

「おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!」

「……」

 

 カルラドは未だに同じことを叫び続ける親友を眺め、そしてそっと抱き締めた。

 先程感じた温かさは確かに今もある。きっと動力源も生きてはいるのだろう。ただ、出力は大分落ちている。少しずつ温度が下がっていくのを感じた。

 

「ごめんな、ロムル。もう、疲れただろ。痛くて、苦しかったよな」

「カルラド!おい、こっちだ!カルラド!おい、こっちだ!」

「もう、いいんだ。叫ばなくても。戦わなくても。ロムルはもう十分頑張ったよ」

 

 語りかけながら、カルラドは拡張頭環を使ってロムルに接続。発声器に流れる信号を除去した。

 ずっと叫び続けていた発声器が、ようやく止まる。新たな信号が入力されない辺り、ロムルがもう助からないことを裏付けていた。

 ロムルをゆっくり寝かせて、カルラドは立ち上がる。生きても死んでもいない親友を、解放してやらねばならない。

 カルラドは、連隊長の拳銃を抜いた。

 

「今までありがとう、ロムル。お陰で僕はここまで生きてこれた。

 君がいなかったら、僕はもう死んでたよ。殺されてたか、自分で死んでたかも」

 

 半ば独白に近い言葉を送りながら、カルラドはスライドを引く。薬室に弾丸が込められ、発射準備は整った。

 

「ごめんよ、ロムル。こうするしか、君を救ってやれない。僕はつくづく、役立たずだ」

 

 拳銃の銃口は、ロムルの頭にぴたりと合わせられていた。

 このまま放っておいてもロムルは死ぬだろうが、それまで残った痛覚がひたすらロムルを苦しめ続けるだろう。

 苦しみ続けて死ぬのと、ここで終わるのと、本人にはどちらが良かったのか、本当のところはもうわからない。もはやカルラドの自己満足の域だが、そのことにカルラド自身は気付く余裕はなかった。

 

「さようなら、ロムル」

 

 自分でも驚くほどに、すとんと引き金は引かれた。

 9mm弾はロムルの半壊した頭に直撃、頭脳を破壊して、ロムルを完全停止させた(ころした)

 

「……」

 

 硝煙の残る拳銃を降ろし、カルラドは膝をつく。

 撃ってしまった以上、目の前にあるのはただの死体だ。ロムルはもういない。

 だから、カルラドは葬る。手足を整え、瞼を閉じる。その辺に生えていた花を添える。

 ロムルの好きだったものだ。植物ではないので厳密には花ではないだろうが、白く光る花弁が美しいのはカルラドにもわかる。

 一通り整え終え、カルラドはそのまま座り込む。動く気力は残っていない。

 液体が膝を濡らす。それが涙というものだと、カルラドは知らない。

 

 

 

「参ったぞ……一体どこなんだ、ここは?」

 

 青い鎧殻を纏ったニンフが呟く。単独行動を始めてからというもの、独り言が多くていけない。

 大脊柱を出て南東地区から層間連絡路に入ったはいいものの、生きているルートを手当たり次第に探っている日々であった。

 早く下層に行かねばならないのに。そんな焦燥が、ギリー・ベルにはあった。

 

「見たところ東の187区か?随分様変わりしてるな……ん?」

 

 ベルは敵の姿を見つけ、素早く身を隠す。正々堂々とした戦いを好むギプロベルデにあって逃げ隠れなどは支持されないが、今のベルには必要なスキルだ。

 それはさておき、敵の様子を伺う。ガーディナのWALV型鎧殻、両副腕は速射砲、マーキングと部隊章は恐らく後方支援部隊のそれ。輜重兵だろうか。

 そんな敵が、力なく座り込んで時折肩を揺らしている。手には武器を持っていない。

 周囲を確かめ、ベルは主腕の武器を手製のサバイバルナイフに切り替える。これまでの単独行動で、音を立てずに殺す術を身に付けていた。

 敵の背後に迫ると、ベルはナイフを逆手に持ち仕留める態勢に入る。そこでベルは、敵の前にガーディナ兵の死体があることに気付いた。

 

「(こいつの仲間か……?)」

 

 そう思って手を止めた数秒、敵もベルに気付いた。

 考えてみれば当然である。後ろから自分のものでない陰が見えていれば誰かいることぐらい気付くだろう。

 だが振り向いた敵の顔には、戦意はなかった。ともすれば生きる気力さえ、見当たらない。

 

「あ……」

「……」

 

 しばらくそのまま互いに見合っていたが、やがてベルはナイフをしまった。

 馬鹿馬鹿しい、こんな戦えもしない奴を殺して何になる。

 

「こいつは貴様の姉妹か」

「……」

 

 横たわる死体を指して、ベルが聞く。しかし敵は答えない。

 

「……貴様、名前は?名前ぐらい答えられるだろ」

「……」

「……あー、もう」

 

 質問を変えても何も喋らない敵に痺れをきらし、ベルは懐から補給剤を取り出して敵の口にねじ込む。

 最初に戦場に出て、最初に姉妹の死を目の当たりにした時、姉が自分にしてくれたことを思い出す。

 

「何もできないのは何も食べてないからだ。ほら食え」

「むぐ!?むー!むぐむぅ!」

 

 ようやく敵はそこで抵抗を始めた。無理やり口に補給剤をねじ込むベルの手を退けるためあの手この手を使ってくる。

 

「ようしいいぞ、そうやって体も動かすんだ」

 

 年下の姉妹にやるように、言いながら補給剤を咀嚼させる。

 なんだかんだあって、1本を食い終えた。

 

「げほっげほっ、な、なにするんだ、ごほっ」

「ようやく喋ったな」

 

 咳き込む敵を眺めてふと笑みを浮かべるベル。別に敵を拷問しているわけではないし、拷問して悦に入る趣味もない。

 ただ、死にそうな顔をしていた奴に生気が戻ったのが嬉しいだけだ。

 

「な、なんのつもりだ。僕はガーディナのニンフだぞ、施しなんて――」

「勘違いするな。別に恩を着せてやるためにやったんじゃない。貴様みたいに辛気臭い奴が戦場にいると空気が悪くなるんだ」

 

 適当なことを言って誤魔化す。

 昔から困っている者がいるとついつい助けてしまう性分だったが、まさか敵にまでそれが出てしまうとは思ってもいなかった。

 ともあれ長居するわけにもいかないし、ベルはガーディナのニンフに背を向ける。

 

「貴様も戦士(戦闘型)ならはっきり決めろ。戦うか、逃げるか。

 今回は見逃してやるが、次会ったら容赦しないぞ」

 

 それだけ言い残すと、ベルは気持ち急ぎ目に先程出てきた層間連絡路に戻った。

 その間、被ロックオン警告が鳴ることはなかった。

 

 

 

『3時方向敵!鎧化兵!』

『10時方向もだ!』

『不味いぞ囲まれてる!』

『耐えるんだ!きっと本隊が助けに来てくれる!』

 

 拾った無線は大体そんな内容だった。実際上空から見ても、4機のガーディナ兵が大量のギプロベルデ兵と交戦している様子が見える。

 

『ペーネとロペはドアガンで敵を一掃、安全を確保しろ!他の者は着陸して味方を救出する!』

『了解!』

 

 リグ達レッドアックスは上空から救出態勢に入る。封緘命令書には、孤立した味方を救出せよという当初の任務が、モーンの汚い字で手書きされていたのだ。

 攻撃高度まで下降し、まずUTHの翼下に装備されたロケットランチャーが斉射される。ロケット弾が次々と、敵の群れの中で爆ぜた。

 続いてペーネ、ロペのドアガンによる銃撃。12.7mmガトリング機関銃による連射は、ギプロベルデ鎧化兵の装甲を勢いよく削り落としていく。

 というか、見ると敵の殆どはVargMund5を簡素化した粗末なものだった。しかも副腕には何も装備していない者が殆どである。

 

『敵の勢いは止まったな、着陸する!』

 

 敵のいない開けた場所に、CHが着陸。後部ハッチを開きリグが真っ先に飛び出す。カイ達もあとに続いた。

 主腕武器をDRKに持ち替え、圧縮空気を充填しながら滑走する。孤立無援で抗戦していた味方を通り越して、迫る敵の一番槍に狙いを定める。

 

「ひとぉつ!」

 

 振り上げられたDRKは敵鎧化兵の頭部を直撃、そのまま胴まで覆う拡張頭環ごと頭をもいだ。

 冷却の間に両肩のミサイルを次の敵に斉射、障壁と拡張頭環を吹き飛ばし、首元に蹴りを入れてそのまま回転、敵の首を捩じ切る。

 

「ふたぁつ!」

 

 また次の標的に狙いを定めて圧縮空気を充填、敵の銃撃を半ば無視して突っ込み、DRKを叩き込んで胸をぐちゃぐちゃに潰す。

 

「みっつ!よっつ!」

 

 今度の敵はグレネードライフルを装備していた。

 擲弾がリグを追う。しかしそんなものを正直に受けてやるリグではない。

 するりと回避して突進、左脚で地面を蹴って瓦礫を飛ばし、防御障壁を減殺すると、生成されたばかりのミサイル2発を撃ち込んで障壁をダウンさせ、突進の勢いを生かしてDRKの柄を喉元に突き刺す。

 そのまま回転して喉から上を捩じ切りつつ、他の敵の銃撃を敵の鎧殻で防ぐ。

 

「す、すごい、ギプロベルデの鎧化兵をこうもあっさりと……」

 

 孤立していた味方の誰かがそう呟く。

 圧倒的突進力による強烈な至近距離戦闘は、ギプロベルデの得意とする正面戦闘を真っ向から打ち破る。ギプロベルデは近距離の射撃戦を想定しているのであって、至近距離での格闘戦を想定しているのではない。

 リグの突撃のもと、レッドアックスが敵襲撃部隊を殲滅するまで3分とかからなかった。

 

「残敵は!?」

『上空からは敵影なしです』

「よし、戦闘終了。味方をヘリに乗せるぞ」

 

 残敵がいないのを確認して、リグ達は残っていた味方部隊と合流した。

 ふと部隊章を見る。14後支ではなく、53戦隊だ。

 

「助かりました、ありがとう。53戦隊4中隊のシバです」

「礼はいい、48STFのリグだ。他の隊員は?」

「第4中隊は我々で全てです。他は中隊長以下全員死亡、第2中隊も……」

 

 言い淀んだことで、リグは察した。この状況で防御準備なく丸1日持久したのだから、善戦した方だろう。

 

「本隊はどうなりました?」

「満身創痍で南東地区に逃げ込んできたよ。ギプロベルデの秘密兵器をどうにかしろと喚いてる」

「ギプロベルデの秘密兵器?なんですかそれ」

 

 シバは首を傾げた。他の4中隊員も同様である。

 その様子にリグもまた疑問を抱いた。53戦隊はそもそもその秘密兵器とやらのために攻勢に出たのではなかったのか。

 

「聞かされてないのか?」

「何も。秘密兵器を持ってたのは53戦隊(ガーディナ)の方でしたし」

「何?」

 

 リグは詳しい事情をシバから聞いた。

 秘密兵器を持っていたのはギプロベルデではなくガーディナであり、ゴーシュカが無許可でこれを持ち出して手柄を挙げようと目論んだこと。

 包囲されて進退窮まり、秘密兵器を持っていた第2中隊と護衛の第4中隊を置いて撤退していったこと。

 その2中と4中が壊滅し、秘密兵器はおそらくギプロベルデの手に渡ったであろうこと。

 

「その秘密兵器ってのは?」

「開発中の4脚型鎧殻の試作機と聞いています。コードネームは『GOGL』。中遠距離の射撃戦向けで、ギプロベルデから鹵獲した火砲の運用も視野に入れていたようです」

 

 とすれば敵に転用される可能性は低いか、リグはそう見積もった。

 GOGLなるものがどういう機体か知らないが、重4脚型機動外肢でさえ拒んだギプロベルデがガーディナ産4脚を使うとは思えない。

 とはいえ、敵にスペックが知られるのは不味いだろうが。

 

「話してくれてありがとう。あのCHで君らを後送する」

「ま、待ってください!我々は残ります!」

「何?」

 

 帰れるんだぞ?そう聞くが、シバ達は首を横に振る。本当は帰りたいだろうに、そこまで引き留めるものは何だろうか。

 

「14後支の隊員がまだ残ってるはずです。これから捜索されるんでしょう?我々にも協力させてください!」

「しかし、いいのか?」

「無論です。14後支にはいつも無茶させてきましたから。ここで助けなきゃ報われない」

 

 どうやらシバ達の意思は堅そうだ。損耗状況についても、被弾については修復剤で何とかなりそうだ。弾薬は補給剤を渡すが、全快するかは疑問。とはいえ、戦闘ではなく救出に注力させればさしたる問題にもなるまい。

 

「……わかった。上空から捜索する、全員ヘリに乗れ」

「了解!」

 

 リグは了承して、全員をヘリに乗せた。無理に帰そうとしても聞かないだろうし、帰した場合リグ達は徒歩であるため捜索範囲は狭くなる。その上隊員を見つけてもCHが戻って来るまで後送できないのもデメリットだった。

 全員を乗せたCHは再び離陸し、UTHと共に中層の空を飛んだ。

 

 

 

 無理やり食べさせられた補給剤のお陰で気力の湧いたカルラドは、ロムルに別れを告げて歩みを進めた。

 自分がとどめを刺した親友のためにも、生き延びなければならない。カルラドは生き残りを探しながら、最寄りの味方陣地まで向かうことにした。

 幸い拡張頭環の方位計は正常に作動している。東に行けば味方がいるだろう。その前に敵もいるだろうが。

 そんなことを考えていると、早速敵を見つけた。VargMund5を装備した鎧化兵が2体。

 カルラドはすぐさま身を隠して、様子を伺った。

 

「ここらの敵は片付けたか」

「そうだな、ところで180区の戦士達と通話できるか?さっきから連絡が取れない」

「あ?……ホントだ、応答しない」

「まだ敵が残ってたのか、増援に行こう」

「了解」

 

 敵がどこかへ去っていったのを見て、カルラドはほっと胸を撫で下ろす。

 そこまで戦闘力の高くないカルラドが、ギプロベルデ鎧化兵と1対1で戦闘するのはリスクが高すぎる。戦闘は極力回避しなければならない。

 安心して瓦礫の陰から出ようとしたカルラド。だがその目の前には、先程どこかへ行ったはずの敵2体がいた。

 

「そんなんで隠れてるつもりか、笑わせてくれる」

「ひっ……!」

 

 咄嗟に逃げ出そうとするカルラドだったが、敵はそれを許してくれなかった。

 脚を掴まれて転んでしまうカルラドを、さらにもう1体の敵が上から押さえつける。

 

「久しぶりに活きの良い奴だ。このままバラしちまおう」

「そりゃいいな。じゃあまず左脚から――」

 

 敵が生きたままのカルラドを解体しようとしたところで、4発の発砲音がそれを遮った。

 上から押さえつけられて動けないカルラドには何が起こったかわからない。やがて頭を失った敵の死体が退けられた。

 

「おい、大丈夫か?しっかりしろ」

 

 カルラドを抱き起こし、そう声を掛けるニンフがいた。

 旧式のDAMD型、にしては細部が微妙に違う変な鎧殻を装備している。素体も見たことのないものだ。

 そんな鎧化兵が、6人。

 

「お、お前達は?」

「ガーディナ特殊部隊だ。お前、所属と名前は?」

「だ、第14後方支援連隊、カルラド」

 

 所属を名乗ると、特殊部隊員達はどよめいた。生き残りがいるとは思っていなかったのだろう。

 

「14後支か、生き残りがいてよかった。私のことはメシヤと呼んでくれ。他に生存者は?」

 

 メシヤの問いかけに、カルラドは俯く。それだけで、特殊部隊は意味を察してくれた。

 

「……そうか。ここまでよく頑張ったな。私達が無事に帰してやるから、もう少し頑張ってくれ」

「わ、わかった。ありがとう」

「いいんだよ」

 

 そう答えたメシヤだが、すぐに入った無線で顔色を変える。

 

『クレイン205からグレイミスト。悪い知らせだ、敵鎧化兵部隊が西より接近中、中隊規模、接敵まであと5分ってところだ』

「中隊!?どこにそんな戦力隠してたんだ……隊長!」

 

 メシヤが振り向いて、バトルライフルを装備したニンフに指示を仰ぐ。

 

「聞いている。クレイン205、最寄りの救出部隊は?」

『ちょっと待ってくれ……よし出た、8分で着けるのがいる。48STF、コールサイン、アックスだ。UTHとCHがいる』

「今すぐ回収に来るよう伝えろ」

『りょーかい!回収まで死ぬなよ』

「誰に言っている」

 

 通信を終了し、特殊部隊員達は言われるまでもなく防御準備を始める。

 メシヤはカルラドと共に後ろに下がり、その前を他の隊員達で固める。

 複数の簡易陣地を構築し、狙撃点を決め、ある者は簡易的な柵を、ある者は簡易地雷原を敷設し、またある者はその辺の死体から拾ったLMG056 A3機関銃を使った機関銃陣地を設ける。

 

「特殊部隊は逃げ隠れするだけが能ではない」

 

 それが霧の信条であり、隊長たるヴォーグの信条であった。

 

 

 

 CHの機内で、滅多に見ないチャンネルで無線が来た時、リグ以外はてっきり14後支の救援要請かと思った。

 それがある種裏切られたのは、コールサインの呼び出しの時だ。

 

『アックス、こちらクレイン205。緊急で救出を要請したい。

 座標グリッド445-392、現在敵中隊の攻撃を受けている。至急救援されたい』

 

 聞いたことのないコールサインからのその無線に、真っ先に答えたのはリグだった。

 

「クレイン205、こちらアックス11。現在本機は任務遂行中である。他を当たってくれ」

『ちょ、ちょっと待てよ!?敵の中隊だぞ、助けてくれても――』

()ならそれぐらい返り討ちにできるはずだが?」

 

 リグの一言に、向こうは息を呑んだ。そんな音が無線越しにわかる。

 

『なんでこのコールサインが霧の支援用だと?』

「さあな、お前んとこの隊長にでも聞け。以上」

『待て待て待て待て!14後支の生き残りがいるんだ、助けてくれてもいいじゃないか!?』

「何!?」

 

 14後支の生き残り、そのワードを聞きつけるや、リグは直ちにCHの目的地を書き換えにかかった。

 

「クレイン205、復唱する。座標グリッド445-392だな?」

『ああそうだ!急いでくれ!』

「了解した。着陸地点を指示するよう伝えてくれ」

『了解!』

 

 必要なことだけ伝えて、リグは通信を終了して目的地を書き換える。

 CHとUTHが行き先を変更し、救出を待つ者達の下へ向かう。

 

「よおし、全員聞いた通りだ!戦闘準備!ペーネとロペはいつでもドアガン撃てるようにしとけ!」

 

 

 

 ギプロベルデ鎧化兵部隊は、ものの見事に地雷原に触雷して足を止めた。

 そこに側防火器として配置されていたLMG056 A3が火を吹く。横合いからの攻撃には比較的弱いのは、多くの鎧化兵に共通するところだ。

 さらに残りの隊員による、GARを用いたダブルタップが連発。比較的脅威度の高い敵を次々と沈黙させていく。

 東地区のギプロベルデ部隊はなりふり構わなくなっているらしい、中には通常型でありながら、鎧殻を纏って戦場に出ている者さえ見受けられた。そしてそういう者ほど、地雷原を真っ先に進まされる。

 

「敵が地雷原を突破!」

「さすがに強引に押し込まれちゃ持たんか!」

 

 側防火器に付いていた隊員が光学迷彩を使って後退する。あとはどれだけ、敵の有効射程に入る前に敵をダブルタップできるかにかかっていた。

 いくら通常型が装備しているのがVargMund5を簡略化した戦時量産仕様とはいえ、分厚い装甲を持つことに変わりはない。鎧化兵携行火器だけでは秒殺するにも限界がある。

 

「戦闘開始から何分経った!?」

「まだ1分!」

 

 サブマシンガン(Creo)の弾幕を叩き込みながら大声で聞いてきた隊員に、ショットガン(SLS022)のリロードをしていた隊員がこれまた大声で答える。

 白紙上、回収部隊の到着まであと2分は持ちこたえなければならない。

 突然敵のど真ん中にミサイルが突き刺さったのはまさにその時である。

 

「な、なんだ何事だ!?」

「T11A4!AGM(空対地ミサイル)だ!」

 

 カルラドがミサイルを見て叫ぶ。輜重兵なだけあって武器弾薬にはある程度知識があった。

 T11A4ミサイルはガーディナのヘリコプター向け空対地ミサイルであり、UTHやAH(戦闘ヘリ)に搭載されている。

 1発目に続いて2発、3発と敵を蹴散らしていくミサイル。その威力は鎧化兵携行ミサイルの比ではない。

 程なく、ヘリコプターのローター音。霧達やカルラドの頭上を、UTHが通過していった。ドアガンが射撃を開始し、ギプロベルデ鎧化兵を薙ぎ倒していく。その援護下にCHが到着する。

 

「随分早く来てくれたな。メシヤ!誘導しろ!」

 

 ヴォーグの指示を受けるまでもなく、メシヤは誘導用の発煙筒を焚いていた。

 それを目印にCHが着陸すると、後部ハッチを開放、鎧化兵が9人ほど出撃する。

 そのうちの1人、自身の隣まで来て瓦礫に隠れるニンフに、ヴォーグは見覚えがあった。

 

「リグ!」

「つもる話もお預けだ!早く乗れ!」

 

 AR102 A2ライフルを撃ちながら、リグは霧に退避を促す。カルラドもまた、シバ達によってCHに収容されていた。

 

「助けにきたぞ!もう大丈夫だ!」

「お前、53戦隊の!?」

「私らも置き去り食らっちゃったのさ!」

 

 UTHに乗るペーネ、ロペの援護の下、カルラド、第4中隊、そして霧とレッドアックスの隊員達がCHに乗り込んでいく。

 

「残ってるのは!?」

「我らだけだ、リグ!」

「よし、先に行け!」

 

 リグは遮蔽から身を乗り出して援護射撃をし、その間にヴォーグが一気にCHまで駆け抜ける。

 乗り込んだヴォーグはすぐさまGARを展開し、援護態勢を取ってリグを呼んだ。

 

「リグ!来い!」

「あいよ!」

 

 GARによる援護を受けながら、今度はリグがCHへと走った。

 が、ヴォーグはリグが乗り込む前にCHを発進させる。

 

「よし、出せ!」

「はあっ!?」

 

 地面から離れるCH。リグは大急ぎで滑走、そのままの勢いを使ってジャンプ、CHの後部ハッチを掴んだ。

 その手を他の霧達が掴み、引き上げる。

 

「全員乗ったぞ!」

 

 そう叫びながら、リグは後部ハッチの開閉ボタンを押し、ハッチを閉めた。

 

 

 

 程なくして外の戦闘音も遠くなり、やがて聞こえなくなった。CHが戦闘地域を脱したことを示していた。

 

「はぁー、ヴォーグお前やりやがったな?」

「お前なら間に合っただろう。相変わらずいい腕だ」

「そういうお前はちょっと腕落ちたんじゃないの?援護射撃の時1発外してたの見てたぞ」

「わざとだ。直撃させるとお前に跳弾する角度だったからな」

「どうだか」

 

 ヴォーグと軽口を叩くと、リグはついでカルラドを見た。

 ひどく汚れ、疲れ切っている。左半身など血塗れだ。戦地を離れられたというのに、その顔はまだ強張って、落ち着きがない。

 

「14後支の生き残りは?」

「奴だけだろう。一帯に生き残りはいなかったし、この辺のギプロベルデは捕虜を取らん」

「……そうか」

 

 いずれにしろ相当なケアが必要だなと思いながら、リグは外を見る。

 眼下には廃墟化した市街地。そんな景色が広がる中、小さな谷のような場所があった。

 資料によれば、随分昔は水路なるものがあったらしい。枯れて久しいが、対戦車障害としては今なお有効だ。

 そんな水路跡を眺め、ふとリグはなにかを思い出し、拡張頭環にその光景を記録させた。

 

「ところで、48STFはここで何をしていた?」

「救出作戦だよ。14後支の生き残りがいなきゃお前ら見捨ててたな」

「それは随分な偶然だな。我らも半分は救出任務だ」

「じゃもう半分は?」

「じきに分かる」

 

 それだけ言って、ヴォーグは外を指す。その方角には、ギプロベルデの基地があった。

 地形上、ゴーシュカ達が置き去りにした新兵器が鹵獲、収容されていると見られる基地だ。

 

『スティングレー501、こちらサンドヴァイパー。

 投弾命令、目標位置グリッド43908-39195、弾種JDAM、投弾数3発、慣性誘導。復唱せよ』

『こちらスティングレー501。投弾命令、目標位置グリッド43908-39195、弾種JDAM、投弾数3発、慣性誘導。了解、投弾する』

 

 無線から何やら物騒な呪文が聞こえてくる。数秒後、高高度を飛行していたCBからJDAMが投下され、基地を更地にした。あれでは秘密兵器とやらも残っていまい。

 

「これで回収の手間は省けたというわけだ」

「よくやるよ。誰の差し金?」

「ハレイだ」

「通りで」

 

 肩を竦めるリグ。あのインチキ政治屋も随分耳がいい。そう言ってやりたくもなる。

 

「前々から、あのゴーシュカとかいう奴についての内部通報が絶えんでな、憲兵本部が内偵調査を進めていた」

「で、今回のチョンボがお上に知れたわけだ」

 

 軍全体の規律違反を取り締まる憲兵本部にこの件が通報されたとなれば、直上にある指導部、その元締めたるハレイの耳に入って不思議はない。

 ゴーシュカは置き去りにした新兵器をギプロベルデの秘密兵器だと言って取り返させ、隠蔽を図ったのだろうが、こうなってはもはや手遅れであろう。

 

「そうなるな。敵前逃亡、指揮放棄、新兵器の無許可持ち出しに部内虐待。まあ真っ当な道はもう歩けんだろう」

「となると部品工場行きか?」

「ハレイはそう考えていない。あれでも名を挙げた53戦隊の指揮官だ。名前だけは価値がある。まあ、使い道はないわけでもないだろうよ」

 

 相変わらず腹黒だなぁ、リグはそう苦笑するしかないし、それ以上のことをする気もなかった。

 

「リグよ」

「なんだ?」

 

 今度はヴォーグの方が話題を切り出す番だった。

 

「霧に、戻って来ないか?」

「断る」

 

 表情ひとつ変えず、しかしきっぱりとリグは断った。

 

「ハレイのことなら問題ない。あれもお前が帰って来ることを許した」

「そういうことじゃないんだよ、ヴォーグ。言ったろ、私は後ろでふんぞり返って偉そうに戦略研究がしたいわけ」

「そのために一般部隊にいると?」

 

 背中のアサルトバッグから水筒を取り出し、コーヒーを飲むリグはそのまま頷いた。

 

「戦略の主役は現場第一線の部隊だ。それを知らなきゃよりよい戦略は作れん。それに特殊部隊に入れば退役までこき使われるだろ。御免だね」

「……そうか」

 

 済まし顔でコーヒーを飲むリグと、どこか寂しげな表情のヴォーグ。

 2人の沈黙は、不意に隊員達がざわめいたことで破られた。

 

「おいどうした?」

「カルラドが急に意識を失って!」

「何?」

 

 見るとカルラドが力なくクスイにもたれかかり、グスタとフカールに支えられていた。

 どこか負傷していたのか、そんな疑念がよぎり、機内にいた全隊員の視線が集まる。

 だが安否を確認したシバは、ふっと苦笑して告げた。

 

「大丈夫、寝てるだけだ」

 

 その一言で、機内が安堵のため息に包まれた。

 

 

 

 天幕の中で、ゴーシュカは落ち着かない様子で席の回りをうろうろしていた。

 

「遅い遅い遅い……いつになったら回収報告来るのよ……まさか失敗したなんてことないわよね」

 

 そう独り言を垂れ流していた時、突然天幕の入り口が開けられる。

 ゴーシュカは苛立ちをぶつけんがばかりに入り口に罵声を放った。

 

「遅いわよこのクズ!どんだけ待たせれば気が――」

 

 だがその言葉は途中で勢いを失う。天幕に入ってきたのは下っ端のニンフではない。

 軍指導部を示す紺色の戦闘服に、黒の装具、金色のバッジ。そして軍総司令官のみが着用する盾の徽章。

 ガーディナ軍総司令官、ハレイその人だった。

 

「おやおや。随分とご機嫌なようだね、ゴーシュカ君」

「は、ハレイ総司令!?申し訳ありません、てっきり――」

「ああ、大丈夫大丈夫。気にしないで」

 

 そう言いながら、柔和な笑顔を崩さずさも当然のように上座に座る。

 先程までゴーシュカの席だったが、ゴーシュカはさっさと下座へと移った。

 

「そ、それで総司令閣下、此度はどのようなご用件で……?」

「ん?いや、別に君に用件とかないよ。ちょっと手続き的な所要があって……ああ来たみたいだね」

 

 ハレイの言葉通り、間を置かずニンフが入ってくる。

 数は7人。いずれも憲兵本部を示す白の戦闘服だ。

 中でも、1人は憲兵本部長の徽章をつけている。

 

「入ります。憲兵本部長サイル、逮捕令状発行の決裁を頂きに参りました」

「うん、報告して」

「はい、報告致します」

 

 不動の姿勢で話すサイル憲兵本部長は、懐から紙媒体を取り出し、ぴしゃりと張って読み上げる。

 

「被告人、第53機動戦隊長ゴーシュカ。

 容疑、敵前逃亡、指揮放棄、部内虐待、特定秘密兵器無断所持及び紛失、指揮権限擾乱、以上であります。

 また憲兵本部としては軍規154号に則り解体処分が妥当と推量致します。以上であります」

「……へ?」

 

 読み上げられた事項を、当のゴーシュカは現実として受け入れるのに数秒要した。

 やがて頭が追いついてくると、ゴーシュカはようやく慌てふためく。

 

「ま、まま、待ってください!何かの間違いです!」

「何が間違いだと?全て証拠も出揃っている。駐屯地の保管庫の監視カメラを切っておかなかったのが失敗だったな」

「そ、それは戦況を見てやむを得ずと判断したからで――」

「で、その新兵器GOGLはどこに?」

 

 そう問われて、ゴーシュカは言葉に詰まる。まさにそれがわからないから探させているのだが、そう言ってしまえば新兵器紛失を認めることになる。

 答える前に、サイルが口を開いた。

 

「教えよう、ギプロベルデ基地の瓦礫の下だ。先程空爆による破壊処理を完了したと報告が入った」

「あ、じゃあ新兵器のスペックとか抜かれてはないんだ?」

 

 ハレイが柔らかい物腰でそう尋ねる。サイルも首を縦に振った。

 

「幸いにも、情報の拡散は阻止できました。しかし容疑は容疑です」

「で、でもそれだけで解体だなんて!閣下、私は無実です!確かに新兵器は持ち出しました、敵の強奪も許しましたが、奪還のための根回しもしておりました!

 どうかこのゴーシュカに御慈悲を!御慈悲を!」

 

 泣き顔でハレイに縋り付くゴーシュカ。もはやモーン達に見せた傲慢な姿は微塵にもない。

 やがてハレイは、柔和な笑顔で告げた。

 

「執行は却下する」

「閣下!ありがとうございます!ありがとうございます!」

「そんな、閣下、しかし――」

 

 ハレイの決心に、平伏して喜ぶゴーシュカと狼狽えるサイル。

 しかし、次のハレイの言葉が、全てをひっくり返した。

 

「ゴーシュカ君とさ、あと戦隊副長のルズ君と先任参謀のオルカ君だっけ?

 この3人、脳みそ引っこ抜いてINNUの制御部でも突っ込んどいてよ」

「え?」

「えっ?」

 

 奇しくも、ゴーシュカとサイルは同じような反応をした。

 無理もない、ニンフの頭脳を引き抜いて自動機械の制御部を入れるなどという処分は前例がなかった。

 

「できるよね、サイル君?脳みその方は研究部にでもやっとけば、あとは勝手にどうにかするでしょ」

「はっ!承知致しました」

 

 サイルはハレイの意図するところを理解した。理解していないのはゴーシュカ達だけである。

 

「そ、そんな、閣下どうして……!?」

「どうして?」

 

 またも縋り付こうとするゴーシュカを足で払い除け、柔和な笑顔のまま、ハレイは冷酷に告げた。

 

「散々ぱら好き勝手やっといて、大勢死なせたの君らじゃないの。無罪放免なんてことあるわけないじゃない。

 大勢不幸にしたんだから、君らも不幸になりなよ」

 

 そう言われて、ゴーシュカはついに思考を停止してしまった。

 ただただ恐怖に震えるだけの存在がそこに置かれたのみである。

 

「じゃ、あとよろしくね」

 

 ハレイはそれだけサイルに言い残して、天幕を去った。

 ゴーシュカとルズ、オルカが憲兵達に引っ立てられていったのもすぐ後のことである。

 

 

 

 集結地に帰還し、帰還報告を済ませて隊員達を休ませたリグは、夜遅くにもかかわらず端末を眺めていた。

 映し出したのは、帰りにヘリから撮影した映像。それを一時停止し、拡大する。水路跡の一角、暗渠と呼ばれる部分を映し出した。

 そしてリグは懐から、1枚の写真を取り出して、映像と比べる。

 その写真とは、昨夜旅商人ルーシから貰ったものだ。

 そう、()()()のだ。

 

『今回はタダで結構です』

『タダだと……?』

 

 何を考えているかわからないあの不審者は、確かにそう言ってこの写真と、写真の取られた場所を教えた。

 

『代わりに、次からは何か買ってってくださいね』

 

 そう言ってどこかへ立ち去っていったルーシ。つまりまたここに来るつもりでいるということだ。

 ルーシの狙いはともあれ、写真はこの水路跡のこの暗渠で間違いなさそうだ。

 ベルはこの暗渠に入っていくところを写真に撮られている。

 端末を叩いて、以前測量部隊が作ったという中層の見取り図を開く。

 毎日何かが変化するホドの構造にあって不変のものなどあんまりないが、それでも何も情報がないよりはマシだ。

 見るとこの水路跡の暗渠は、層間連絡路に繋がっている。

 

「層間連絡路……?」

 

 そういえば昨日襲ってきた自律警備車両も層間連絡路から出てきたなと、リグは思い出す。

 結局、あの後層間連絡路の調査は少ししか行われなかった。そこに割く戦力はないし、層間連絡路と言っても中層側の出口などたかが知れている、という判断らしい。

 

「層間連絡路、ベル、自律警備車両、大脊柱、ギプロベルデ……」

 

 出てきた手掛かりを口にしてみるも、まだ何も見えてこない。

 手掛かりが少ないのもあるし、頭が回っていない。

 ただ、何かが隠されているように思えてならない。そこから先に、どうにも辿り着けなかった。

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