Irregular   作:ノキシタ

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 ネマ上に膝枕されながら耳掃除されたいお。
 あっカルラドちゃんでもエイジャちゃんもいいな、ベル姉貴とかヴォーグ姉貴とかハティちゃんにもしてもらいたいな。(強欲)

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1-4 異動命令

「おらーい、おらーい、ちょい右ー、はいおらーい」

 

 東地区での救出作戦から一夜開け、集結地は騒がしい朝を迎えていた。

 第3混成団の上級部隊にあたる第8方面軍が、東地区への兵力転用、そして同地区への攻勢作戦発動を決心したためである。

 

『混成団は、08082100行進開始。現集結地を発進し、B556道沿いに前進して、東地区マツノキ集結地に集結する』

 

 事の発端は昨日の救出作戦を知ったハレイが、東地区の戦況を問題視し始めたことだった。

 現在、東地区には第7方面軍隷下3個混成団と総軍隷下13個戦隊及び他の各種部隊が配当されているが、これは他の地区に配当された戦力の概ね1.5倍であり、最も配備の少ない南西地区担任部隊の3倍にあたる。

 にもかかわらず、進捗が芳しくないのは問題ではないか、そうしたことをハレイは言い出したのだ。

 

『行進経路、B556道沿い。経由地、赤色峠、黄色峠、ハンブルクパーキングエリア、アシの台、キョジンスタジアム、ハゲタカ山宿営地』

 

 ハレイの提言を受けて当初攻勢作戦を計画したのは、当然東地区を担当していた第7方面軍司令部。

 しかし最新の敵情や部隊の損耗度合を勘案した結果、東地区の第7方面軍隷下部隊のみでは決定的な攻勢は困難という結論に至る。

 そこで北地区と南東地区から増援しようという話が持ち上がり、北地区の第7方面軍隷下第10混成団、南東地区の第8方面軍隷下第3混成団が増援する運びとなったのである。

 

『行進間隔、60。行進速度、先遣隊、速力30。主力、速力30』

 

 そして増援に向かう第3混成団は、朝から移転の準備に追われていたというわけである。

 畳まれていく天幕、車両に詰め込まれる機材、発進準備を完了した車両がずらりと並び、まだ荷物を積み終えていない車両にニンフ達が群がって作業を進めていた。

 

『なお、以下の部隊は独立部隊として行動し、別命あるまで現集結地に分駐せよ。

 48STF、52STF、102STF、404SOPt、20砲大、29砲大、32後支、41後支、3通基、以上』

 

 ただ、一部の部隊を除いて。

 

 

 

「おらーい、おらーい、らーいらーいらーい、止ーめ。はいオッケー」

 

 廠舎の前に輸送車が到着すると、リグ達は後部ハッチを開いて積荷を検めた。

 T76A3 INNUが4機。フェンのいる通信情報大隊から融通して貰ったものだ。

 レッドアックスの廠舎は畳まれることはなく、そのまま分駐を命じられていた。

 

「ごめんね、要らないもの押し付けるみたいになっちゃって」

 

 車内キャビンから出てきたフェンがそう言う。混成団本部を支援している通信情報大隊もまた移転の対象であり、配属されていたINNUまで運び出す余力がなかったためレッドアックスに回ってきた。リグの方からINNUの転用の打診があったことも理由になる。

 

「いいのいいの。こっちこそありがとな、わざわざ運んできてもらってさ」

「団本にいくついでだから大丈夫よ」

 

 でも意外ね、とフェンはレッドアックスの廠舎を指して言う。

 

「アックスは移転しないんだ」

「お上のご意向ってやつさ。攻勢作戦の増援って建付けだが、東地区の完全制圧までは団主力はあっちにくぎ付けだろうからな」

 

 肩を竦めるリグ。分駐部隊が設けられているのは当然理由あってのことだ。

 軍指導部の戦争遂行計画としては、大脊柱周囲の地区全てを制圧した後、全方位からの同時突入によって一挙に大脊柱を制圧する構想となっている。

 最も進度の遅れている東地区が完全制圧されれば、指導部は直ちに大脊柱への突入を命じるだろう。その際、本来の担当区画たる南東地区からの突入部隊の第一陣に隷下部隊を送り込むことで、要は手柄を得たいのだ。

 混成団全隊を東地区に増援してはそれもままならないから、分駐部隊を置いているわけである。

 

「アックスも大脊柱の突入部隊に名前が挙がってるってわけね」

「まあそういうこと。だからINNUの転用も許してくれたわけだ」

「補充兵もね」

「何?」

 

 何のことかわからないとばかりに振り向くリグ。首を傾げたのはフェンも同じだった。

 

「聞いてないの?アックスに隊員の補充が決まったって話」

「初耳だ。どんなのがどれぐらい?」

「詳しいことは聞いてないけど、戦闘型1人と通常型1人って話よ」

「通常型ぁ?」

 

 リグは素っ頓狂な声を出してしまった。こんな最前線の戦闘部隊に通常型を送り込むなど正気の沙汰ではない。

 無論前例がないわけではない。現にギプロベルデは戦力を補うために通常型に鎧殻を装備させて戦場に叩き出しているし、下層ではファブラーなどが異形対策に通常型や技師型の戦力化を計画して試験的に運用されたとも聞く。

 だが、前例があるからといって使い物になるとは限らない。ギプロベルデの通常型転用鎧化兵とて戦闘型に比べれば劣弱なことは積み重なる戦例の示す通りであるし、ファブラーの通常型・技師型戦力も大々的な採用には至っていないことから戦力などは底が知れる。

 戦力に窮したコロニーが行う苦肉の策、それ以上の価値はないと、少なくともリグは考えていた。

 

「で、もう1人は部隊が全滅しちゃって帰るところがなくなったんだって」

「そいつの方がまだ期待できるな」

 

 部隊が全滅しても生き残っているということは、それだけの実力者か、悪運の強い者ということだ。いずれにしろ悪くはない。

 

「そろそろ行かなきゃ。団本への届け物もあるの」

 

 時計を見たフェンがそう言う。リグも時間を確認してみると、なんだかんだと10分近く話し込んでいた。すでにINNUも卸下し終えている。

 

「おう、ありがとさん。東でも達者で」

「そっちもね。……あっ、そうだ」

 

 一度はキャビンに戻りかけたフェンだが、何かを思い出してかリグの元に戻ってきて、耳打ちした。

 

「噂話なんだけど、層間連絡路を使って下層に脱出しようとしてるギプロベルデ兵がいるんだって」

「珍しいな、敵前逃亡は奴らの美徳に反するが」

「驚きなのはこの後、そのギプロベルデ兵の脱出を手引きしてる奴が、ガーディナ軍にいるらしいのよ」

 

 フェンの話を聞き、リグは内心焦った。

 どこかからベルの情報が漏れたか、だとすればどこからだろう。

 

「故意の利敵行為は確か、即死刑だったな」

「そんな真似する奴いないとは思うけど、憲兵本部も動き出してるって話よ。リグも変な奴見つけたら気を付けてね」

 

 それだけ告げて、今度こそフェンは輸送車に乗り込んで走り去っていった。

 

「……脱走兵に、その手引き、か」

 

 輸送車を見送りながら、リグは独り言ちる。

 漏洩源にルーシを疑ったが、すぐに容疑者から外れた。ルーシが漏らしたのなら、ガーディナ軍にいるのは『脱出を手引き()()()()者』ではなく『脱出を手引き()()()()()()()()者』になるはずだ。

 言葉の綾だとか、噂が流れる間に言葉尻が変化していったとか、そういう可能性はあるかもしれないが、いずれにしろ客を貶めて得することなどないはずである。

 

「じゃあ誰の仕業だ……?」

 

 頭を回し始めた時、携帯端末が振動した。

 団本部からの新たな情報らしい。開いてみると、フェンが言っていた補充兵とやらについてだった。

 

「……マジか」

 

 資料を眺めて、リグはこめかみを揉んだ。

 

 

 

「本日付けで第48打撃任務部隊、レッドアックスに配置を命ぜられました、ヨスです。よろしくお願いします」

「……」

 

 数時間後、レッドアックスの廠舎に来た転属者はそう名乗った。

 前もって知らされていたリグ以外、隊員の誰もが目を疑う。目の前にいるのはどう見ても自分達の半分ぐらいの背丈しかない通常型ニンフだったからだ。そのくせ他の隊員と同じぐらいの大きさの背嚢を背負っている。

 

「……何か?」

「えっとね、お嬢さん?ここは軍の集結地でね?一般ニンフは本土の方にお帰りになった方が――」

 

 カイがそう優しく声を掛ける。気持ちはわかるが、こいつが紛れもない補充兵であることは覆しようがない。

 そのヨスとかいう補充兵は、頬を膨らませて抗議してきた。

 

「失礼な、私とてれっきとしたガーディナ軍人です!この制式戦闘素体が目に入りませんか!」

「いやまあ、見てわかるけどさ。何ていうかその……」

「チビっすよね」

 

 オブラートに包んだ言い方をカイが探す間に、クスイが身も蓋もない感想を叩きつけた。

 

「確かに背丈は皆さんよりほんっのちょっと小さいですが!私だって第一線で近接戦闘ぐらいこなせます!」

「……」

 

 空いた口が塞がらないといった様子のクスイ。そんな部下達に代わり、今度はリグが尋ねた。

 

「兵科と特技は?」

「工兵、戦闘築城ですが大体の工兵教育は受けてきました!」

「戦闘任務従事時間は?」

「累計141時間、連続最長52時間です!」

「鎧化兵への転換訓練は?」

「受けてません!」

「……」

 

 またもや廠舎が静寂に支配される。「使えねー」というぼやきがどこからか聞こえただけだ。おそらくクスイかペーネだろう。

 当然といえば当然だ。鎧殻も使えない通常型はそもそも戦闘型の鎧化兵とは機動力も火力も防護力も違いすぎる。

 諸兵科連合は昨今の多領域作戦(マルチドメイン)においてトレンドとなりつつあるが、運用形態の違うものを同じ単位の部隊に混入させることは単なるミスマッチに過ぎない。それが部隊の足を引っ張るなら尚更迷惑だ。

 

「……カイ、グスタ、フカールでこいつに鎧殻の使い方を教えてやってくれ」

「了解です」

 

 こめかみを揉みながら、リグは指示を出した。

 さすがに鎧殻が使えないのでは話にならない。せめて拡張頭環、加速翅、機動外肢ぐらいは使えてくれないと、部隊行動に甚大な影響を及ぼしかねないのだ。

 とはいえ、7名程度の戦力では補充兵を突き返すのは厳しいというのもまた現実である。幸い実戦経験はそれなりに積んでいるし、長時間任務もこなせる実績があるとなれば、まあ血を見て発狂するようなことはないだろう。

 

「ペーネとロペはしばらく廠舎で留守番しててくれ。クスイは車を回してくれ、運転手を頼む」

「車?どちらに行かれるので?」

「もう1人補充兵がいるのさ」

 

 とびきりヤバいのがな。そう言ってリグは仕度を始めた。クスイもまた車両を拝借すべく廠舎を出る。

 とびきりヤバいの、というのが悪い意味の言葉であると知るのは、この数十分後であった。

 

 

 

 第3混成団の修理所、その洗面台で、カルラドはひたすら手を洗っていた。

 ただ手を洗うだけなら、綺麗好きなニンフなら不思議ではない動作ではある。だが、カルラドのそれは異常の域にあった。早朝に起きて4時間近く手を洗っているのはどうかしている。

 

「落ちない……落ちない……なんで……」

 

 何事かをぶつぶつと呟きながら手を洗い続けるカルラドに、流石に見かねた勤務員が声をかけた。

 

「カルラド、どうかしたのか?朝からずっと手を洗ってるぞ」

「ああ、すまない。手に付いた血がなかなか落ちなくて」

「血?」

 

 勤務員はカルラドの手を見る。血はおろか汚れひとつない、ともすれば戦闘型ニンフにはあまり似つかわしくない綺麗な手だった。

 むしろ手を洗いすぎて皮膚が傷付いているところまである。

 

「血なんかついてないじゃないか」

「えぇっ?いや、だってこんなに……」

 

 驚いて、勤務員に自分の血塗れの手を見せようとしたカルラドだが、その手を見てまたも驚く。

 先程まで血塗れに見えていたその手は、そんなことなどなかったかのように綺麗にその褐色肌をみせている。

 

「お前、やっぱ変だぞ。精密検査を勧めたいところだ」

 

 まあここでは無理だがな、勤務員はそう続けた。そう言えば第3混成団の東地区転用で、修理所も撤収するんだったか。

 

「そんなことより、異動の準備できてるのか?」

「異動……?」

「おいおいおい、起きた時話したろ?お前、部隊なくなっちまったから、別の部隊に異動になるんだって」

 

 そんな話を聞いたな、という記憶を呼び起こすのに概ね30秒を要した。

 別に自棄になっていて何もかもどうでもいいというわけではない。ただ頭の中がごちゃごちゃしていて思考が纏まらないだけだ。

 あの戦場から戻ってからずっとこうだ。あらゆる物事が思考回路を好き放題に走り回っては渋滞するせいで今目の前のことさえはっきりと考えられない。そのくせ何か危ないことがあった時だけはいやに頭の中がすっきりして、思考と現実の一致を見るのである。

 やはり、どうかしている。それはカルラド自身認めるところだった。

 

「とにかく、私はちゃんと伝えたからな」

 

 それだけ言ってさっさと勤務員は立ち去る。彼女にも仕事があるのだろう。自分と違って。

 

「……」

 

 カルラドはそのまま立ち尽くし、ついで洗面台の鏡を見た。やつれて疲れ果てたような、随分酷い顔をしていた。

 

「なんで、生きてるんだろう……」

 

 その答えは今の自分の頭の中にはなかったし、まして鏡の中の物体が答えてくれるはずもなかった。

 

 

 

 鎧殻による機動を常用できる戦闘型ニンフにとって、車というのは戦術上あまり有用性はない。

 そもそもガーディナ軍が近代化するまでは、鎧殻を脱ぐ戦闘型自体が稀であった。それが兵器としてのニンフの性でもあるし、実際外す利点がなかったからである。

 だがガーディナ軍が近代化し、戦略が生まれ、そして部隊移動の所要が増えると、鎧殻の加速翅ではその所要からくる要求を満たせなくなった。時速60Km前後の速度で出来る戦略機動などたかが知れている。

 そこで車や飛行機といった『乗り物』が発明され、以来多くの場面でその速度と速力持続性、積載能力を発揮するに至る。

 今クスイが運転し、車長席にリグを乗せる四輪駆動車もまた、そういった部隊機動を主眼に採用された装備だった。

 

「今度の補充兵さん、どんな人なんすか?」

 

 クスイが隣のリグに尋ねる。オープントップの利点は空が見れることだな、などとぼんやり考えて(現実逃避して)いたリグは、半ば投げやりに答えた。

 

「こないだ助けた輜重兵」

「カルラド、でしたっけ。大丈夫なんすかね?」

「なわけ無かろうよ。相当参ってたみたいだし、一晩経ってケロリ、なんてのは考えにくい」

 

 ため息をつくのは2人ともほぼ同時だった。

 本来兵器として生み出されたはずのニンフであっても、かつての炭素生物に近しい精神構造をしていれば精神的なストレスやショックによって挙動不審、機能不全になることもあり得る。というか、そんなケースは数知れない。

 ただ上が集計をしないだけで、精神を病むニンフは探せばいくらでもいる。だがそんな心的損傷は可視化できないから、不調と認識されず、そのまま戦場に駆り出される。そしてそのまま死んでいくのだ。

 メンタルヘルスケアなどという概念が発明されるには、ニンフという種族はあまりにも若すぎたのである。

 

「いずれにしろ、拾ってやらん訳にもいかないがね」

 

 リグはそう言って、コーヒーを啜った。カイの真似をして自分で淹れたものだが、あまり美味しくはない。

 意地を張らずにコーヒーは全てカイに任せればよかったなと思っていると、四輪駆動車は天幕の前に停車した。ここが修理所である。

 早速入り口を潜ると、中はもう殆どもぬけの殻だった。修理用ベッドは一部を除いて撤収され、他の機材も全て梱包されて運び出されるのを待っている。

 

「どうもー、48STFだ。患者の引き取りに来た。誰かいるかー?」

 

 天幕を複数連結させた修理所に1人も勤務員がいないなんてことはないだろう。声を掛けると案の定、奥から技師型の勤務員が1人だけ出てきた。

 

「やっと来たか、お前らがカルラドを引き取ってくれる部隊だな?」

「そうなる。本人は?」

「荷物を纏めてる。すぐ出てくるだろ」

 

 そう言うと勤務員はリグに近寄って、念の為誰かに聞かれぬようこっそり耳打ちした。

 

「カルラドなんだがな、実はちょっと……」

「知ってるよ。イっちまってるんだろう、色々と」

「なら話は早い。気に掛けてやってくれ。ハード()ならいくらでも直してやれるが、ソフト()はうちらじゃ手に負えん」

「了解」

 

 勤務員は頷いて、後は任せた、とだけ言い残して修理所の奥に消えていった。

 やがて患者用の部屋から、1人のニンフが出てくる。私物の入ったリュックサックを背負い、鎧殻が無造作に放り込まれたキャリーカートを引いて現れたのは、昨日救出した輜重兵に間違いなかった。

 

「輜重兵カルラド、本日付けで第、えっと……」

「第48打撃任務部隊だ」

「あっすみません、第48打撃任務部隊に配置を命ぜられました」

 

 ぎこちない敬礼でそう言うカルラドを見て、リグは内心ため息をつく。症状は想像以上に深刻そうだ。

 

「48STFの隊長をやってるリグだ。こっちは通信兵のクスイ」

「ど、どうも……昨日はありがとうございました」

「気にすんな、仕事だ」

 

 そんなことより、リグはカルラドに尋ねる。どう考えても正常な状態ではない、このニンフに。

 

「戦えるのか?」

「……」

 

 その質問に、カルラドは答えられず俯く。自分自身でさえわからないのだろう。思考が止まって動かない感覚はリグも経験したことがある。

 

「無理に戦えとは言わん。知り合いに話を通せば、お前を本土に戻すこともできる」

 

 カルラドに戦いから逃げる道も与えてやる。実際、知り合いの何人かは本土を守備する本土防衛軍団の司令部で勤務しているし、今回の異動を承認した第8方面軍司令部にもコネはある。

 

「……わかりません」

「そうか」

 

 リグはその返事を聞いても平静だった。予想してはいたことである。

 ここはひとつ、アプローチを変えてみることにした。

 

「質問を変えよう。今お前は何をしたい?」

「何を、したい……?」

 

 リグの質問を鸚鵡返しするカルラド。どうやらその質問はカルラドには予想外だったらしい、少し戸惑ったようだが、今度はすんなりと答えをくれた。

 

「行きたい所が、あるんです」

 

 

 

「もう少し早く調整して貰いたいものですがね」

 

 ヘリポートで、モーンはいつも通り嫌味たっぷりにそう言った。

 リグはカルラドを望む場所に連れていくため、モーンにCHを用立てて貰ったのだ。

 

「すみません、何せ急なことですので」

「わかっていますよ、あの補充兵を連れて行くんでしょう」

「恐れ入ります。以後気を付けます」

「その誠意は是非とも戦果で示して頂きたいものですね」

 

 モーンは嫌味を言うが、そうは言ってもCHを手配してくれるあたりリグ達のことは評価してくれているのだろう。

 でなければ高々1個STFにCHを任務以外で貸してくれることなどない。

 

「そのCHですが、混成団主力が南東地区に復帰するまで48STFに貸します」

「いいんですか?主力が復帰した頃には戦争終わってると思いますが」

「構いませんよ。ただ、その機が混成団保有の最後の1機です。壊さないでくださいね」

 

 リグは予想だにしなかったモーンの一言に少し驚く。この1機を除けば混成団が使える航空戦力は方面軍航空隊から貸出されている機体のみとなるが、今回の戦力転用で方面軍航空隊は引きあげることになっている。

 ここから最後の1機までレッドアックスに貸出してしまえば、混成団の航空戦力は事実上存在しない。これは戦術上かなりのハンデだ。

 そんなハンデを背負ってまで、レッドアックスに、リグに最後のCHを貸出すということが何を意味するか、理解した時にはすでに遅かった。

 

「リグ隊長、これからあなたがここの分駐部隊の指揮官です」

「やはりそう来ますか。でもよろしいんですか?私なんかで」

「一番高級な教育を受けているのは貴女でしょう。当然ですよ」

「随分私のことを評価してくださるんですね。しくじるかもしれないとはお考えにならない?」

「大決小任、それが私の統率方針ですから。目的を達するためなら手段は問いませんし、もしその手段が良くなかったのなら指揮官(わたし)が首を差し出せば済む話です」

 

 さも当然とばかりにそう言って、モーンは歩き去っていった。

 腐っても混成団長である、仕事はいくらでもあるだろう。そのうちどれだけが人任せになるかはわからないが。

 

「模範的な軍人じゃないのはお互い様か」

 

 苦笑して、リグもまたCHに乗り込む。すでに他の隊員も乗り込んでいた。

 今回はリグとカルラド、それからペーネとロペだ。クスイは廠舎で待機、他はヨスの訓練に付き合っている。

 一応非戦闘地域に行くので武装は最小限。機内スペースも広々使えた。

 

「皆おやつは持ったか?遠足に行くぞ」

 

 冗談めかして言いながら、リグは着席した。あとは離陸を待つだけだ。

 

 

 

 リグ達がやって来たのは、昨日カルラドが救出された戦場、より厳密にはそこからさらに西に2Kmほど離れた地点だった。

 昨日まで苛烈な戦闘が繰り広げていたこの場所は、53戦隊の尻拭いを命じられた第5混成団によって昨晩早々に奪取され、今や戦闘も沈静化している。今頃最前線は空爆されたギプロベルデ基地跡ぐらいまで前進しているだろう。

 

「ここか?お前の親友がいるってのは」

 

 カルラドに確認すると、本人も小さく頷いた。

 間違いない。ここがカルラドの親友、ロムルの死体がある場所だ。

 死屍累々の荒地は今なおそのままの姿を残している。死体回収作業は人員が攻勢作戦に割かれている関係で遅々として進んでおらず、多くの死体が野晒しのまま放置されていたのだ。

 こうした手付かずの死体は多くの場合亡骸漁りの餌食となるが、ギプロベルデ戦線における亡骸漁りの例は驚くほど少ない。今次戦役における不可解現象のひとつである。

 

「隊長、ありました」

 

 周囲を捜していたロペの報告を受けて、リグ達はそちらに向かった。

 集まって見ると、膝をつくロペの前に死体があった。半身が吹き飛び、最期には拳銃で射殺された死体。

 

「間違いありません。14後支弾薬中隊のリストとも照合しました」

「こいつがロムルか」

 

 死体を眺めてリグは言う。カルラドにも聞こえるよう言ったのは、確認の意味もあってのことだ。

 実際ロムルに間違いないのだろう。カルラドはその死体に近寄って、しゃがんだ。

 

「ロムル、迎えに来たよ。寒かったろ、ようやく帰れるんだ」

 

 そう声を掛けながら死体袋の用意を始めるカルラド。これが彼女のやりたいこと、『ロムルの死体を回収する』ことだった。

 

「これ、なんだか寝袋みたいだな。

 懐かしいなぁ。初期教育の時、一緒に寝袋で寝たよな。確か2夜3日の防御訓練だった」

 

 そう言いながら死体袋のジッパーを開き、死体を入れる用意をする。

 改めて、ロムルを見るカルラド。その頭部にはやはり、9mm拳銃弾の銃創が残る。

 ロムルを殺したのは他でもない、カルラドだ。

 

「……」

 

 悲しみ、絶望、怒り、自身への殺意。渦巻く感情に全く動きを止めてしまったカルラドの肩を、リグが叩く。

 

「やろうか?」

「……大丈夫です。やらせてください」

「わかった」

 

 いつの間にか溢れていた涙を拭って、カルラドはいよいよロムルの死体に手を伸ばす。

 まさにその時、ロムルの死体に1匹の()が留まった。光る小虫という、ニンフの死体を餌とする虫だ。

 カルラドが手で払い除ける。しかしすぐにまたロムルの死体に留まる。また払い除けるもまた留まる。

 それを繰り返すうち、気付けば光る小虫はどんどん集まって、ロムルの死体に群がっていた。

 

「やめろ、ロムルはお前達の餌じゃないんだよ!どっかいけ、どっかいけ!」

 

 涙混じりに叫ぶカルラド。必死に腕を振り回して小虫の群れを払い除けようとするが、逆に小虫達が集まって衝撃波を放ち、カルラドを弾き飛ばした。

 

「カルラド!大丈夫か!?」

「ロムルが!ロムルがぁっ!」

 

 受け止めたリグのことなぞ眼中になく、カルラドは小虫の群れに突っ込んでいこうとする。リグが掴んでいなければそうしただろう。

 

「諦めろ。どういう原理か知らんがああなっちゃロムルの回収は無理だ」

「そんな……嫌だ、ロムル……」

 

 リグに止められ、項垂れるカルラド。リグとて、こんな形で回収不能とするのは無論本意ではない。

 光の塊のように見える小虫の群れを忌々しげに眺めていると、リグはあることに気付いた。

 よく見れば1匹1匹の小虫が視認できた光が、その輪郭を融かして飲み込んで、文字通り1つの光の塊になろうとしていたのだ。

 

「小虫が変だ……合体、いや融合してるのか……?」

 

 リグの言葉にカルラドも顔を上げる。

 光の塊はそのまま大きくなって、地面に根を張り、空に向かって枝を伸ばすかのように広がる。

 そして一際強烈な光を放った一瞬、光の塊は、1本の()()()へと姿を変えた。

 

「これは……機械根……!?」

 

 リグは思わずその言葉を口にした。

 機械根とはホドの各地で稀に見られる高密度セル構造体であり、厳密には植物の木ではない。

 どういう原理で発生し、どういった機能を持つか全く不明とされている。誰も知らないうちに生えていた、ということが殆どだった。

 

「まさかニンフを使って生えてるとはな」

 

 しかしある種納得はいく。戦闘型ニンフの一部は、種子と呼ばれる特殊なニンフと交わることで女王となるという。その女王もまた、木のような姿を有していた。

 その原理を応用したとなれば、機械根が木の形をとっていても一応説明はできる。

 仄かな光を纏った木の発生に気を取られていたリグ達だが、ふとカルラドがある音に気付いた。

 

「なんだろう、歌……?」

 

 そう、歌。稀に機械根から聞こえるという、一部研究者達が『静謐(Tranquility)』と呼ぶ歌だ。

 そして歌が聞こえだしたと思えば、今度は機械根の光がカルラドを包み込み始める。

 

「わ、うわっ!?」

「カルラド!ぐっ……!?」

 

 カルラドを掴んでいたリグの手が光によって強引に引き剥がされる。

 最初は抵抗したカルラドだが、途中で何故か抵抗をやめてしまった。

 

「……ロムル?君なのか……?」

 

 そのまま光はカルラドを持ち上げ、完全にカルラドを光の球に収めてしまう。

 そして光の球が霧散すると、中から鎧化兵が出てきた。そう()()()、カルラドが鎧殻を装備している。

 

「カルラド!大丈夫か!?」

「は、はい。何ともありません」

「よかった。……しかし、なんだこの鎧殻?」

 

 カルラドの無事を聞いて安心するリグだが、同時に意識は鎧殻に向いた。見たことのない、4脚型鎧殻だ。

 拡張頭環を確認してみると、『DMF T02A3 GOGL』の刻印。あのGOGLだというのか。

 

「昨日空爆で吹っ飛ばしたはずじゃないか」

「ロムルがGOGLの諸元を覚えていたんです。それを再現してくれたんだと思います」

「ロムルだと?」

 

 リグとカルラドはほぼ同時に機械根に視線を向けた。仄かな光を纏う白い木は、徐々に光を失っている。

 

「ロムルが、最期に遺してくれたんです」

「……そうか」

 

 リグは納得した。理解はしていないし、どう説明されても理解できないだろう。死んだニンフが機械根になって新兵器を出力したなど、言葉にすればおとぎ話もいいところだ。

 だが現実はその通りだ。だからリグは納得する。

 ロムルは最期に、親友に別れを言いたかったのだ。そして現世に置き去りにする親友に、せめて贈り物を残していきたかったのだ。

 悲しい終わり方を、しないように。

 

「お前、いい親友を持ったな」

 

 リグはそう言って、機械根から光が消えていくのを見届けた。

 全ての光が消え去るまで、リグとカルラドはずっと機械根を見ていた。側にいたペーネも、ロペも。

 

「……リグ隊長」

「なんだ?」

 

 見届け終えたカルラドが、リグより先に口を開いた。その顔は、最初に会った時とは違う、生きる気力のある者の顔だった。

 そして決意を持った者の顔でもあった。

 

「僕、戦います。戦って、生き残ります」

 

 その答えに、リグは笑みと差し出した右手で応える。カルラドもまた、右手を差し出してリグの手を握った。

 

「言っとくが、うちらは最前線の近接戦闘部隊だぞ」

「どんな戦場でも、生き抜いて見せますよ。この鎧殻があるんですから」

「いいだろう。レッドアックスへようこそ」

 

 リグはそう言って、ようやくカルラドをレッドアックスに迎え入れた。

 

 

 

 上空、高高度を飛行する物体があった。

 一見すると飛行型の自動機械に見えるそれは、実は鎧化兵が()()した姿であることを見抜ける者は今のところいない。というより、そもそも視認している者自体いないだろう。

 レーダーを避け、人目を避け、中層の空を飛ぶ()()()()()の所属機。彼女は中央教会の教会長イーデンからの密命を帯びていた。

 

『まもなくファブラーが滅亡する。その様を見届けて来い』

 

 出発前のイーデンの言葉を思い出す。そう、異形に追い詰められたコロニーの視察こそが彼女の任務だ。

 そのはずは、下層に降り立った時点で裏切られた。ファブラーは滅亡の危機になど追い込まれていなかったのである。

 むしろ逆だった。新兵器を作っては問答無用で現場に送り込み、フィードバックを得てまた新しい兵器を開発するアジャイル型開発。様々な発想を発案しては活発に議論、上申して実現していくボトムアップを兼ね備えた組織構造。そして粒揃いの精鋭戦闘型ニンフによって、異形はむしろ戦線の後退を余儀なくされていた。

 中には上空からファブラーを偵察する彼女に気付く手練れさえ混じっており、長居は危険と判断して中層まで後退、今に至る。

 

「(おかしい。イーデン様のお導きが外れるなどあり得ないことだ。それに……)」

 

 彼女は眼下にも意識を向ける。ガーディナの宣戦布告こそ多少遅れたものの、対ギプロベルデ戦線は驚異的な速さで進撃している。

 これもイーデンの予想にはなかったことだ。本来ならここに至るまでにもう3年ぐらいはかかるはずだった。

 何もかも、イーデンの思い描く世界から離れていく。時間が経つにつれ、その乖離はどんどん大きくなっていく。

 

「大きすぎる……修正が必要だ……」

 

 近衛レームは、そう確信した。




・カルラド
 ガーディナ第3混成団第48打撃任務部隊隊員。
 全滅した第14後方支援連隊の生き残りであり、戦闘時の心的外傷により動作不良が頻発している。
 兵科は輜重兵、特技は弾薬。原隊では弾薬中隊に属し、主として第53機動戦隊の弾薬補給を担当していた。

機動外肢   :DMF T02A3 GOGL
拡張頭環   :DMF T02A3 GOGL
砲架副腕   :DMF T02A3 GOGL
加速翅    :DMF T02A3 GOGL
特技背嚢   :DMF T02A3 GOGL
主腕部武器 壱:AR T12A3 BOLG
主腕部武器 弐:GBB T03A2 DRK
副腕部武器 右:RamdVolc
副腕部武器 左:RamdVolc

顔部:F3255_GAM_FC
後髪:F3255_GAM_BH
前髪:F3255_GAM_FH
素体:ガーディナ制式戦闘素体

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