Irregular   作:ノキシタ

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 本作の影響なのかX垢の方にフォロー下さった方がいましてね、見てくれてる人はいるんだなと感じました。ありがとうございます。(自意識過剰)


1-5 防勢転移

 お粗末なものだ、再編成された53戦隊の編成を見てシバはそう思った。

 生き残っていたのは第1、第3中隊のそれぞれ半数と、第4中隊の4機のみ。第2中隊は全滅している。そこから第1に第3を吸収、2個中隊を本土防衛軍団から引き抜いて編入し、第4中隊には初期教育出たての新兵を1個区隊丸々突っ込んでいる。

 頭数だけ見れば十分な水準だが、その練度は以前より遥かに見劣りしていた。最近は本土防衛軍団でも実戦経験のない者も多いし、第4中隊に来た新兵は実戦経験など当然ない。訓練時間だって十分ではなかったはずだ。

 何より、この編成には戦隊本部が存在しない。これは戦隊の指揮統制機能が存在しないことに等しい。

 

「指定即応部隊が、このザマか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()ゴーシュカら前指揮官一味を恨みながら吐き捨てた。そんなシバは今や中隊長。戦時特例による繰り上げ人事の産物である。

 

「ちゅーたいちょー、ちゅーたいちょー」

 

 偵察に出す人員を選定していたところに、新隊員の1人が駆け寄ってくる。

 ポンチという隊員だ。「ぽへ〜」っという擬音が聞こえてきそうな抜けた雰囲気を醸し出すだらけたやつで、そのくせ上官にもお構い無しに話しかけてくる。

 それでいて兵科は斥候兵、特技は潜伏斥候。それも成績はかなり上位だという。

 

「『じゅーごーきょーてー』ってなーんでーすかー?」

「は?……ああ、『10号協定』ね」

 

 どこから聞きつけてきたのやら。ともあれ説明してやろうかと思った時、ふと日付を確認してみる。ちょうどその10号協定の出番の日だったので、現物を見せてやることにした。

 

「北の方見とけ。もうそろそろのはずだ」

「きたー?」

 

 ポンチが北の方角、すなわち北東地区と呼ばれる区域の方向を向いたのと、突然地面が揺れだしたのはほぼ同時だった。

 新兵達は慌てふためきそれぞれの小隊長に報告とも悲鳴ともつかぬ声を上げているが、ポンチはいつも通り腑抜けた様子だ。肝が据わっているのか、単に馬鹿なだけかはまだわからない。

 そしてこの地震は毎月1回のイベントの幕開けに過ぎない。北東地区に大きな爆煙が噴き上げたと思えば、その中から炎を吐いて出てくる物体が見える。

 それはまるで巨大なミサイルのようなもの。そんなものが、地面から突き出して空に一直線に飛び上がり、中層を突破して上層へと消えていった。

 

「北東地区に大穴あるの知ってるだろ。あの下はポロッカの実験基地でな、ああやって月一でロケット打ち上げてんのさ」

「ろけっとー?」

「輸送用のでっけーミサイルみたいなのを打ち上げるわけ。で、そいつを宇宙まで飛ばしていろいろやってんだと。

 10号協定、正しくは『ガーディナ・ギプロベルデ戦時協定第10号』はこれに関する取り決めで、毎月10日はポロッカがロケット上げるから両軍とも北東地区での一切の行動を停止しておとなしくしましょうねってわけ」

 

 ひとくさり説明してやったところで、シバは栄養補給液を乾いた口に流し込む。

 無論こんな条文を作ろうなどと言い出したのはガーディナでもギプロベルデでもない。両軍の戦端が開かれた時、真っ先に政治的介入を始めたポロッカが横槍を入れてきたのだ。

 ポロッカにしてみれば、打ち上げ途中で誤射によってロケットが破壊されるのは望ましくない。一方ガーディナやギプロベルデにしても、莫大な燃料を満載したロケットを中層で起爆されることは避けなければならない。

 ましてガーディナ・ギプロベルデともに現状ポロッカへの直接侵攻能力を有しないが、ポロッカはその気になればロケットを転用して両軍に一方的な長距離攻撃を仕掛けることができる。

 中層のどちらの陣営にも、ポロッカの半ば脅迫に近い要求を拒絶することはできなかった。この点だけは両軍の代表者ともに珍しく意見の完全一致を見たところである。

 

「ちなみに毎月25日にはロケットが戻ってくるから、その時も北東地区は完全に行動停止になる。こっちに関する取り決めは25号協定って呼ばれてるな」

「へぇー」

 

 付け加えた知識にも、やはりポンチは腑抜けた返事を返す。しかしその目はいたって真面目に、空に消えたロケットを追っていた。

 

「……ちゅーたいちょー」

「なんだ?」

「『うちゅー』ってなんですかー?」

「そこからか……」

 

 

 

 

「……こんだけ?」

 

 第3混成団本部情報班の情報指揮所(ICP)に集められた資料は、机の上の段ボール箱1個分に満たなかった。

 ほとんどが、ギプロベルデが自領域内に撒いた宣伝用のビラなどである。敵のこうした公開情報を収集するところから、第3混成団は敵情の収集を始めていた。

 

「まあまあ、いいじゃないすか情報班長。集まっただけ良しとしましょうよ」

 

 情報班長をそう諭すのは情報参謀。ICPには情報班長と情報参謀、それから斥候兵出身の分析助手2名が集まっていた。

 ともあれ駄弁っていても始まらない、集まった資料を精査するため、とりあえず手分けして中身を検める。

 通信情報大隊のフェンが来たのも、そんな時である。

 

「お疲れ様でーす。通情の者ですけど、情報班長いらっしゃいますか?」

「あ?」

 

 何夜徹夜したか知れない大変な顔で振り向く情報班長に、苦笑気味にフェンは用件を切り出した。

 

「団本CPが導通点検送っても返事しないから見てきてくれって言われたんですけど……」

「あー、やっといて」

「あっはい」

 

 ここまでくるともう雑用だな、なんて考えながらフェンはICPの有線電話をとる。慣れた様子で団本CPを呼び出して互いに信号を点検し、導通を確認して受話器を置く。

 それだけの作業なんだから自分でやってくれよと思いながら帰ろうとした時、フェンの視界に1枚のビラが映った。

 

「あれ、これって……」

「どした?用が済んだんならさっさと帰ってほしいんだけど」

 

 迷惑そうに振り向く情報班長に、フェンはビラをとって見せた。

 一見すると、単にギプロベルデ戦士団長の側近が作った戦果宣伝記事に見える。ギプロベルデ領内では士気の低下を防ぐためギプロベルデに都合の悪いことは一切記事にされず、ただ微小な戦果を誇張して、あるいはまったく出鱈目な戦果をでっちあげて記事にすることがほとんどだ。

 このビラもそういった類かと思われたが、フェンは他のビラとの差異を見出していた。

 

「見てくださいよ、最後の行とその下の写真」

「何々……『この勝利を明日へと繋げるため、ギプロベルデ戦士団は更なる攻勢を準備中である』?」

 

 ビラを受け取り内容を読む情報班長。まだ差異に気づけないようで、首を傾げている。

 添付されていた写真は、東地区最大の拠点とされるギプロベルデB169基地に集結する大量の鎧化兵を写したものだった。

 

「出鱈目じゃない?」

「そうとも言えませんよ、ここ見てください」

「んん?」

 

 フェンが指したのは対空迎撃用の装備を増設した鎧化兵達だった。ギプロベルデが誇る対空戦闘部隊であるが、フェンはそれに目を付けた。

 

「ギプロベルデにとって対空戦闘部隊は精密射撃能力の象徴であると同時にあらゆる意味で替えの利かないユニットです。フェイクを撮るってだけの理由で、敵に暴露して攻撃されかねないリスクを冒して引っ張り出すとは思えない」

 

 フェンの指摘を受けて、情報班長は唸る。

 

「この対空鎧化兵がハリボテのパチモンって線は?」

「ないですね。この対空鎧化兵が装備しているGenPald7複合対空レーダーのアンテナ部は形状が複雑で3Dプリンターでも完全な再現はできません。

 写真のはアンテナ部を完全に再現している以上、この対空レーダーは本物とみるべきでしょう」

「本物のアンテナをダミーに付けて偽装しているかもしれんぞ」

「そんな真似するぐらいなら本体も作って完成品にしてますよ。アンテナ以外は大したコストはかからないんですから」

 

 それを聞いた情報班長は頬杖をつく。フェンの説明に納得はしているようだが、それが意味するところが漠然としていて明確なところが見えてこない、といった顔だ。

 それを知ってか知らずか、分析助手の1人がフェンに尋ねた。

 

「つまりどういうことっすか?」

「敵の攻勢作戦は本当かもしれないってことよ」

「でも対空鎧化兵がいたってだけじゃないすか?」

 

 そう首を傾げて聞く分析助手。フェンは彼女にもビラを見せる。

 

「ギプロベルデの対空戦闘部隊は通常、ガンナーとレーダーの2機から成る対空組を最小単位とし、4個対空組の8機及び指揮官1機の計9機をもって対空支隊、4個対空支隊36機及び指揮官1機の計37機をもって対空隊を編成してる。

 この写真に写っているのはレーダー2機、ガンナー3機と指揮官5機。対空指揮官が5機もいるってことは間違いなく1個対空隊がいるってこと」

 

 言いつつ、フェンはICPのブリーフィング端末を操作して、過去の戦闘データから敵の一般的な編成モデルを表示させる。中でも拡張表示させたのが、ギプロベルデの大規模攻勢部隊だ。

 

「そしてギプロベルデが攻勢作戦などで用いる1個突撃機動団には、常に1個対空隊が編成されている。周囲にいる他の鎧化兵の数や装備を見てもこの説に矛盾はないわ」

「つまり攻勢の準備はマジの可能性がある、ってわけか……」

 

 情報班長は、青白い頬を半ば乱暴に撫で回しながら重々しく言った。

 これが本当なら、敵はガーディナに対する反攻作戦を計画していることになる。目標とすべきは幾つかあるが、団本部や後方の段列を狙われたら目も当てられない。

 一方、攻撃準備中の敵は防御準備をしていないため、我が方の緊要な攻撃目標になり得る。1個突撃機動団を撃滅できれば大戦果だ。

 いずれにしろ情報収集の目標たり得るが、問題はその攻勢準備の信憑性がまだ確立されていないことだった。

 

「でもこの写真が最近撮られたって確証はないでしょう。それに最近の敵の数的主力は通常型転用鎧化兵だ、攻撃に使うなんて無謀すぎるってことぐらい、あっちもわかってるはずです」

 

 情報参謀がそう反論する。

 流石のフェンもこれには手も足も出ない。ビラの写真がいつのものかなどはギプロベルデしか知らないし、今の東地区の戦力で攻勢に出ることに戦術的妥当性が薄い事は彼我共に認識しているであろうことは想像に難くない。

 フェンすら黙した時、口を開いたのは情報班長だった。

 

「斥候を出す価値はあると思う」

 

 地図を開いて、情報班長はB169基地周辺の地形を見積もり始めた。

 そんな情報班長に、情報参謀が聞く。

 

「しかし確証がありません。この程度の手掛かりだけで斥候を出すのは危険では」

「情報参謀。戦場に確証なんてのは存在しないよ。あるのは手掛かりと経験の積み重ねだけだ。あと勘」

 

 測量部隊に有線を掛けながら、情報班長はそう言った。

 結局のところ、戦場にあって確たる情報などというものが得られることは稀であるし、それが現場部隊から指揮官に伝わるまでにラグがある以上情報鮮度の低下は避けられない。ましてそれは現場部隊が見た情報であって戦場を俯瞰したものではないのだ。そんな戦場に100%確実な情報などは望むべくもない。

 かつての炭素生物には戦場の霧を晴らしきることはできなかった。ニンフもまた同様である。

 

「承知致しました。出せる部隊を見積もります」

「頼むわ」

 

 情報班長の言葉に、情報参謀も従うことにした。

 いざ方針が決まれば後の段取りは手早い。近代組織構造の強点である。

 

「じゃ、私はこれで失礼しますね」

 

 フェンはそう言い天幕を出ることにする。ここから先は、というかここまでもだが、もうフェンの仕事ではない。

 

「おい通情」

 

 そんなフェンを情報班長は呼び止めた。振り向くと、手元は仕事をしながらに、その防衛型特有の青黒い双眸がフェンを見ている。

 

「思い出したよ、あんた以前は第301空挺団にいたな」

 

 情報班長の言葉がフェンの顔を強張らせた。

 まだ指導部第2部に引き上げられる前、フェンは航空鎧化兵としてギプロベルデの対空戦闘部隊と対峙していた。

 当時としては最も死傷率の高かった敵防空網制圧(SEAD)任務、その先陣をいつも駆け抜けていたのが、総軍隷下第301空挺団である。フェンもその1人だった。

 フェンにとっては誇りであり、同時に恥ずべき過去でもある。助けた者の割に、助けられなかった者の方が遥かに多い。

 

「それが何か?」

「以前301空挺に命を救われたことがある。あんたは覚えてないかも知れんが助けられるのは2度目だ。ありがとうな」

 

 その言葉に、フェンは一瞬きょとんとして、次いでふっと少し表情を緩めた。

 そういえば味方の支援に出た時、包囲されながらに孤軍奮闘していた防衛型ニンフを助けたことがあったな。

 

「いえ。仕事ですから」

 

 それだけ告げて、フェンは天幕を出た。外は快晴である。

 ちょっとだけ、肩が軽い気がした。

 

 

 

 眠気と戦いながら職務に邁進する者はこの世に数知れない。かつての炭素生物においても、現在のニンフにおいても、これは同様である。

 わけても、敵陣深く浸透し敵情を解明する偵察斥候は過酷な職種の最たるものであろう。限られた物資と装備だけを携行し、必要なものは現地調達、敵に悟られぬまま浸透して任務を達成しなければならない。

 戦闘に特化した戦闘型ニンフですら、この役目を完璧にこなし切る者は決して多くはない。

 そんな偵察斥候として、第3混成団隷下は第11歩兵連隊偵察中隊の精鋭戦闘型ニンフ特技兵、いわゆる『レンジャー』2名を選抜していた。

 

「って感じで本書いたら売れますかね、組長?」

 

 レンジャー組の通信手が組長に聞いた。すでに敵陣のど真ん中にいるというのに全く緊張を見せない2人からは、訓練と実戦に裏打ちされた自信が溢れている。

 

「お前まだそんなもん書いてたのか」

 

 呆れる組長。この通信手とはそこそこ長い付き合いだが、こいつが自らの経験を記したつまらない自叙を書くのは毎度のことであった。

 

「そんなことより、偵察点は?」

「4箇所ほどアタリをつけときました。アップロードします」

「……確認。偵察点チャーリーは敵赤外線捜索装置(IRST)に察知される危険性を考慮して南に200m移動。アルファ、ブラボー、デルタは採用する。まずはアルファから行くか」

「りょ」

 

 偵察拠点の設営を終えた組長は必要最小限の装備だけ携行すると、早速通信手に案内させた。偵察斥候というからには当然偵察をしなければならない。

 偵察拠点から600mは離れた崖上の茂みに着くと、2人とも茂みに入り身を隠す。偵察機専用の高性能複合望遠鏡を展開して画面を覗けば、崖下の遠くに広がるB169基地が拡大されて映った。

 

「視程良好。センサーオールグリーン」

「同じく。……随分敵さん集まってますね」

「上の見積もり通りだったってことだろ。ハンガーを探れ、こっちで廠舎を見る」

「了解」

 

 監視範囲を分担して、2人は敵の基地を覗き始めた。

 基地に大勢収容されている敵はいずれも攻撃任務用の装備で、敵の攻勢があることを裏付けている。多くが通常型転用鎧化兵だが、虎の子の戦闘型も多数見受けられた。

 

「やけにやる気満々な編成だな」

「やっぱ攻勢に出てくるんすかね」

「でなきゃ盛大なダミーか、だな」

 

 そんなやり取りをした数秒後、通信手の望遠鏡にあるニンフが映った。

 全体的に白い装備で、薄青色の髪。ギプロベルデでは歓迎されなかった重4脚(BdomBalgas2)にKuramitsuhaの砲架副腕やTakamaの特技背嚢、加速翅といった高機動鎧殻のパーツを組み合わせた奇妙な鎧殻。BulgBolg2(速射砲)ML32v5 Cetus(近接信管ミサイル)YolGanz2(ガトリング機関銃)という軽武装もギプロベルデらしくない。

 そしてそのニンフの周りには、これまた装備も素体もバラバラな戦闘型の集団がいた。

 

「組長、ハンガー見てください。左から4番目」

「おん?……おいおいおい」

 

 その集団を見た途端、組長は顔色を変えた。

 通信手よりも長く戦場にいる組長は、そのニンフの名前も異名も知っている。あの集団が何者であるかも。

 

「ギプロベルデ外人部隊。真ん中にいるのが指揮官のアルバ、通称『白い虎』だ。ヤバいぞ、こりゃ」

 

 白い虎。今次戦役の中で彼女が表舞台に姿を現したのは比較的最近のことだが、その戦果はすでにギプロベルデの殆どの勇士を凌いでいた。

 かなり腕利きの傭兵だったらしく、開戦早々劣勢に追いやられたギプロベルデに外人部隊指揮官として招聘され、今に至る。

 そしてその外人部隊も腕の立つ傭兵を揃えていた。約半数の人選をアルバが行っていたのもあり、寄せ集めの傭兵部隊にありがちな連携の甘さは全く見られない。経験者特有の『即興』の連携と各人の練度が、多くのガーディナ部隊を屠ってきた。

 さらに情報を取ろうと倍率を上げた時、後方で爆発音が轟いた。

 偵察拠点に隠していた鎧化兵用ロードバイクの信号が途絶。潜入がバレたのだ。

 

「くそっ、察知が早い!おい、長距離通信アンテナ持ってきたな!」

「持ってます!」

「ずらかりながらデータを本部に送るぞ!走れ!」

「ええっ!?でも我々自体が察知されてるとはまだ限らないんじゃ――」

 

 戸惑い顔の通信手。刹那、CG153A4 Javelinの熱塵が直撃し、その顔面は頭部ごと消し去られた。スカウトハントの手際の良さは明らかに外人部隊のそれだ。

 一方組長の動きも素早かった。デッドウェイトになる望遠鏡や偵察装備をパージし、通信装備と自衛用のHG002A3だけ持って走り出す。背中を熱塵が掠めたが、構う暇はない。

 拡張頭環が示したデータ転送所要時間は3分。あと3分間、組長はギプロベルデ外人部隊から逃げ果せなければならなかった。

 

 

 

 ガーディナ軍の東地区における攻勢作戦は、当初第5混成団及び第11混成団の残存部隊からなる第5戦闘団を主攻撃部隊とし、この直協火力に第55砲兵大隊を配属させ、また第2混成団を予備、第3混成団、第10混成団をもって側背からの裂割包囲を行い、分断撃破する計画であった。

 それが再検討となり、ややもすれば白紙に戻りかねない事態となった。きっかけは斥候からの偵察情報である。

 

『オーバーロード、こちらタンゴ24!大至急偵察情報を送信したい、対応可能か!?』

 

 Sound Onlyと表示されたモニターと、真っ更な画面を映すモニターが並ぶ方面軍司令部の会議室に、録音されたレンジャー組長の声が響いた。

 

『タンゴ24、こちらオーバーロード。対応可能。送信せよ』

『タンゴ24了解!』

 

 短いやり取りの後、真っ更な画面にいくつかのウィンドウと送信状況を示すバーが開かれる。

 レンジャー組長から送られてきたデータが次々と映し出され、なんと言っても例の外人部隊の写真が参謀達の目を引く。

 そしてデータの送信が完了した直後、録音は終わった。

 

「以上が、今から31分前の偵察斥候との交信記録となります」

 

 端末を操作していた士官が告げた。まだそこまで時間が経っていない、これが最新の敵情となる。

 

「その偵察斥候は?」

「送信完了直後にシグナルロストしました。死亡と見て間違いないかと」

 

 淡々と事務的に告げる士官。彼女にとってはその言葉に字面以上の意味などないのだろう。

 しばし黙した作戦参謀は、しかしすぐに次の質問を飛ばした。

 

「敵の攻勢は、確かなんだな?」

「それについては私が」

 

 事務士官に代わって名乗り出た分析士官が、画面にデータの1つを映し出す。組長の鎧殻が検知していた電波のデータだ。

 

「これはタンゴ24の鎧殻及び偵察装備が検知していた電波、中でも通信に用いられるXバンド帯域のグラフになります」

「……断続的に電波を検知しているな?」

「その通りです。通常こんな断続的な電波発射では通信して意思疎通することはほぼ不可能ですが、よく見るとこの断続的な電波発射は短い発射と長い発射があることがわかります」

 

 つまり、と繋げて分析士官は波打った線グラフに印を付けて見せる。

 

「短音と長音。古式ゆかしいモールス信号になるわけです」

「……『ニ・イ・タ・カ・ヤ・マ・ノ・ボ・レ』?なんだこれは」

 

 作戦参謀の読み上げた文面、すなわちこの暗号は、今まで見てきたどのギプロベルデの暗号とも類似していない。

 

「ナガラだ」

 

 分析士官より先に、方面軍最先任参謀が口を開いた。方面軍司令官より年長で、豊富な経験と余裕ある振る舞いで歴代司令官を支えてきた最先任参謀は、見たこともないような険しい表情だった。

 

「ナガラ成立前、前身となるコロニーとアーヴドとの間で戦争があった。当初劣勢だったナガラは各層から義勇兵を募り、独立部隊を設立。それを先陣に、反転攻勢に出た」

「聞いたことがあります。12月8日の『タカマが原の戦い』ですよね」

 

 思い出したように作戦参謀が話す。ナガラ産鎧殻のペットネームにもなった有名な戦いだが、それはつまり、それだけ熾烈な戦いだったことも示唆している。

 

「その時の攻撃開始の符丁が、『ニイタカヤマノボレ一二◯八』だったんだ」

「攻撃開始の符丁……!」

 

 最先任参謀の言葉に、一瞬の後、作戦参謀は急に立ち上がって事務士官に吠えた。

 

「直ちに第一線の状況を確認させろ!戦線全てだ、急げ!」

「は、はい!」

 

 内線電話をとる事務士官。肩を上下させる作戦参謀は、最先任参謀に振り向く。

 

「攻撃開始の符丁が流れたということは、今の敵はすでに攻勢を開始している。より正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですね」

「我々よりも先に動いている。従来のギプロベルデにはできんことだ」

「だが奴らはやってのけた可能性がある」

 

 作戦参謀の問いかけに、うむ、と頷いた最先任参謀。彼女はモニターに映る忌々しい敵を睨みつけていた。

 

「あの外人部隊指揮官のアルバというニンフは、かつてナガラの一番槍としてタカマが原会戦で先陣を切ったニンフの1人だ。

 奴が作戦立案そのものに関わったなら、この素早さも納得がいく」

 

 その時、会議室の扉がやや乱暴に開けられた。息を荒くして入ってきたのは、第10混成団から差し出された連絡士官である。

 

「しっ、失礼します!」

「何事か。今第一線部隊に確認を――」

「第10混成団本部から至急電です!」

 

 作戦参謀の制止を遮ってまで、連絡士官は用件を告げる。

 想定していた中で、最悪の部類の報告を。

 

「混成団集結地は1個突撃機動団規模と見積もられる敵により攻撃を受けつつあり!急遽防衛線を構築するも第二線まで突破!現在、混成団本部が応戦中!防御の成功は――絶望的ですっ!」

 

 

 

 攻撃3倍の法則というものがある。攻撃を行う側は、防御を行う側の3倍以上の戦力を持って臨むべきとするものであり、この鉄則は戦争が炭素生物達のものだった頃から変わっていない。

 しかしながらこれには原理があり、したがって抜け穴や例外も勿論存在する。攻撃の利点は自らの所望する時期、場所において戦闘力を集中できることであるが、対して防御の利点は築城などの防御準備により戦闘力を補完し、万全の態勢で敵を待ち受けることができる点にある。

 言い換えれば、防御を行う側はその利点を活かすための防御準備が必要であり、それがない陣地を攻撃するならば、3倍もの戦力を必要としないのだ。

 今、ギプロベルデ第2突撃機動団に攻撃されているガーディナ第10混成団がまさにその例である。

 ギプロベルデ第2突撃機動団は3個装甲歩兵大隊を基幹とし、これに3個火力支援大隊、1個対空隊ほか支援部隊を配属して編成される。

 対してガーディナ第10混成団は3個歩兵連隊を基幹に、3個砲兵大隊、2個機甲大隊、1個防空大隊ほか支援部隊を配属して編成している。

 この編成から明らかなように、単純な戦力ではギプロベルデは3倍はおろか、そもそも優位に立てていない。確かにギプロベルデ鎧化兵の戦闘力は一般的なガーディナ鎧化兵のそれを上回るが、ハレイズ・ドクトリンを基礎とする戦術行動を心得たガーディナ部隊に勝利するには不十分だろう。普通なら。

 ガーディナ部隊は先刻まで自分達が攻撃をする側だと思っていたが、ギプロベルデ軍の奇襲によりそれは逆転していた。防御準備など当然していない。

 防御準備なき防御戦闘を強いられたガーディナと、奇襲の利を収め、かつ戦闘力を計画的に集中したギプロベルデでは、もはや3倍の法則は意味をなさなかった。

 

『敵鎧化兵触雷!』

『KP35発動!撃て!』

『くそったれ、駄目だ動き出した!』

『敵部隊、最終防御線を突破!』

『退避!退避!』

 

 応急障害を乗り越えて進むギプロベルデ鎧化兵。その姿は、今まで勝利を重ねてきたガーディナ兵に、かつての恐怖の象徴を思い出させた。

 放たれる砲弾が次々と容赦なく、ガーディナ兵を爆煙の果てに消してゆく。

 

『押せ押せ!利子を倍にして返してやろうぜ!』

『2時方向!塹壕に3匹隠れてるぞ!撃て!』

『死ねよや羽蟲共が!姉貴の仇!』

 

 駆逐されていくガーディナ兵達の中から命からがら脱した兵が、混成団本部の臨時陣地に飛び込んできた。すでに本部天幕は敵の砲撃で吹き飛ばされて跡形もなくなっている。

 

「報告!最終防御線が突破されました!敵がここに来るのも時間の問題です!」

「見りゃわかる」

 

 左腕のないニンフが、円柱状の紙束をくわえて先端に火を点けながらそう答えた。煙草という趣向品らしい、中には草が詰まっているのだそうだ。

 煙草を吸うこのニンフこそ、第10混成団の混成団長である。混成団副長の残骸を端に押し退けつつ、狭い掩体に身を隠していた。

 

「副長どうされたんですか!?」

「おかしくなって自分で自分の頭ぶち抜いたのさ」

 

 大したことでもないという態度で答え、指揮官用端末と格闘する混成団長。実際には本人もかなりパニックに近い状態なのだが、それを部下に見せないのが指揮官であると彼女は心得ていた。

 しかしそれでも、現実問題として状況はかなり悪い。

 

「お前名前は?」

「『テイル』です!」

「10連隊2中隊の小銃手(ライフルマン)だな。よし……」

 

 掩体から顔を覗かせて周囲を確認すると、まだ若いライフルマンを呼びつけた。

 どこかで見たことがあるような顔だなと思ったが、今はそんなことはどうでもいい。飛び込んできたテイルに、書簡(メモリースティック)を渡して混成団長は命令する。

 

「第5戦闘団本部まで行ってこいつを届けて来い。コードは『トリプルブラックセブン』って言えばわかるはずだ」

「了解!」

 

 テイルは書簡を受け取るや、比較的小回りの利くDAMD型鎧殻の特徴を生かして一目散に走り出した。

 中に入れたのは、第10混成団が入手できる限りの敵情報である。もし敵がこれまでの防御戦法を変えて反攻に出たのなら、企図するべきは各混成団及び戦闘団が1点に戦闘力を集中させる前に阻止する各個撃破だろう。手始めに最右翼の第10混成団を平らげたのなら、次は方面軍作戦部隊の中央第一線となる第5戦闘団を狙うはずだ。

 しかも第5戦闘団は現在再編成しながら集結地を移動している状態であり、第10混成団のように応急的な防御線を構築する余地すらない。

 第5戦闘団に敵情を渡して警告するとともに、じ後の戦闘の資としてもらう。あとはあのライフルマンが、確実に届けてくれるのを祈るだけだ。

 

「……さて」

 

 混成団長は拳銃のスライドを引いた。残った弾は16発。ギプロベルデ鎧化兵1人殺害するのに5発として、3人殺して最後の1発は自決用だ。ギプロベルデに八つ裂きにされるぐらいなら、暴れた後で自分で死んでやろうじゃないか。

 ……自分で死んでやろう?

 

「いつからニンフってのは拳銃で自分の頭ぶち抜くようになったんだ?」

 

 混成団長は首を傾げた。確かに一部の特殊作戦部隊には自決用として蟲卵なるものが配給されると聞くが、それを用いるのは自身の資源を蟲に食わせて蟲を瞬間的に大量発生させ、周囲の地域を使用不能にしたり、あくまで敵に損害を与える目的で用いられる。

 まかり間違っても、英雄的な死を遂げるためとか、ストレスからの逃避だとかで自決するニンフはいなかったはずだ。

 それが今、どうか。混成団副長は迫りくる敵の恐怖に耐えかねて拳銃で自分を撃ったし、今混成団長がふと考えたことだって、何ら戦術的妥当性のない自己満足的な自死である。

 

「どうも最近、いろいろとおかしなことが起きるなぁ」

 

 そうぼやきながら、混成団長は掩体の影を覗いてきたギプロベルデ兵の顔面に3発の拳銃弾を叩き込んでいた。

 混成団本部が全滅し、第10混成団の組織的抵抗が終了したのは、この僅か5分後のことである。




・ポンチ
 ガーディナ総軍第53機動戦隊第4中隊員。
 ふにゃりと脱力した様子が特徴的な新兵だが、斥候兵としての能力は群を抜いている。
 その実は下層・旧ナガラの暗殺部隊出身であり、歴戦のアーヴド戦士を何人も葬り去ってきた。

機動外肢   :MRF T05A6 WALV
拡張頭環   :MRF T05A6 WALV
砲架副腕   :MRF T05A6 WALV
加速翅    :MBF T02A5 DAMD
特技背嚢   :DaVact
主腕部武器 壱:SR308 A6 AwlPike
主腕部武器 弐:Type22 CHB Kunata
副腕部武器 右:ML32v5 Cetus
副腕部武器 左:ML32v5 Cetus

顔部:F1521_NYL_FC
後髪:F3012_GAL_BH
前髪:F0536_EDN_FH
素体:ガーディナ制式戦闘素体



・シバ
 ガーディナ総軍第53機動戦隊第4中隊長。
 対ギプロベルデ開戦初期から戦争に参加しているベテランで、安定した任務遂行能力が上級部隊から高く評価されている。
 実は白珠集めが趣味。

機動外肢   :MRF T05A6 WALV
拡張頭環   :MRF T05A6 WALV
砲架副腕   :MRF T05A6 WALV
加速翅    :MRF T05A6 WALV
特技背嚢   :A9C2 Valdol
主腕部武器 壱:LMG056 A3 Scutum
主腕部武器 弐:RL T04A1 LPR
副腕部武器 右:LCF05v2 Gungnir
副腕部武器 左:LCF05v2 Gungnir

顔部:F2568_FVK_FC
後髪:F1274_ALH_BH
前髪:F2473_SFG_FH
素体:ガーディナ制式戦闘素体
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