お気に入り登録ありがとうございます。励みになります。
「ねーさまねーさま!早く起きて!朝だよーっ!」
元気な幼子の声が天幕に響き渡る。層間連絡路のあの部屋で産まれたニンフ、ミラは、結局あの後レッドアックスに引き取られて、集結地で過ごすことになった。
そんなミラが何故か懐いているのが、ねーさまことカルラドである。眠たい瞼を擦りながら視界を取り戻すと、カルラドに馬乗りになったミラの明るい笑顔が自動照明に負けじと輝いていた。
「んー、あぁミラ、おはよ」
「おはよう!ねーさま!」
嬉しそうに笑うミラ。ガーディナの集結地で暮らすことに精神的ストレスを感じたりしないだろうかと心配していたが、どうやら杞憂らしかった。
ミラに微笑みかけながら、カルラドは時計を見る。午前5時。
「早ぁ……」
通常の起床時間から1時間も早い。23時に就寝してこれなら6時間睡眠となるわけだが、最前線部隊の就寝時間なぞ不規則である。昨日は1時に寝た。
「これから毎日、ミラが起こしたげる!」
「ははは、次からは6時にお願いね」
「わかった!」
ミラの元気な返事を聞いて、カルラドも頷きながら体を起こす。
ひょいと退いたミラの頭を撫でてやり、枕元のボトルから栄養補給液を呷って喉を潤すと、カルラドは再び視線をミラに戻した。
全裸で産まれてきたミラは、今はガーディナの
本人は喜んでそれを着たし、実際似合っている。新生児らしからぬ豊満なバスト故に、胸元が大変きつそうではあるが。
「あれ、隊長は?」
天幕を見渡して、カルラドはあてもなく聞く。リグの姿だけ見えない。
「指揮所行ったよ。ラウラ隊長と話してくるって」
そう話してくれたのはカイだった。カルラドより遅く寝ているはずなのに、カルラドよりも早く起きている。
そうまでしてするのが、淹れたてのコーヒーを嗜みながらの読書というのだからわからない。衛生兵なら睡眠不足が不健康なことぐらいわかっているはずだが、今のところカイが寝不足で不調を起こしたことはなかった。
「ねーさまねーさま!」
「んー?」
ミラが頭を突きだして、にこにこと笑顔でねだる。
「もっかい!」
「……ああ、もっかいね」
何がもう1回なのか一瞬わからなかったが、頭を撫でて欲しいのだと気付くと、カルラドもふっと微笑んで、またミラの頭を撫でてやった。
「まったく、可愛いなぁお前は」
「えへへー」
この子の姉になる。そのことに、カルラドも満更でもないようだった。
特務師団隷下部隊の突然の駐留に、しかしリグはさして驚くでもなく、ただコーヒーを啜って報告を聞いていた。
「すみません、私がもっとしっかりしてりゃ、あんな奴らにシマを譲ることには……」
「過ぎたことはしょうがない。それより奴らが憲兵気取りであることないこと嗅ぎ回ってることの方が問題だ」
指揮所天幕に来た特殊作戦大隊の連絡員2名を指しながら、リグは眉を顰めた。
部内の容疑を認めた場合、本来なら特務師団から総軍を通じて指導部、ひいてはその直下にある憲兵本部に通報するべきところ、彼女達はまったくそういった正規のプロセスを経ずに独自の捜査を開始している。
この集結地への駐留といい、徹底して上級部隊の介入を回避している印象を受けた。
「そこはまあ、こちらにも都合があるということでご理解頂きたい」
片割れ、士官の方が口を開く。まったく何の説明にもなっていない。
「人には洗いざらい話せと言っといて、自分らのことになるとダンマリか。それじゃ協力できるものも協力できんぞ」
「別に洗いざらいとは言ってませんよ、聞かれたことに隠し立てせず答えて欲しいだけでね」
「隠し事をしている奴に無条件で情報は開示できないと言っている。それも留守を狙って人の敷地に土足で上がり込むような連中にはな」
リグは2人を睨みながら突っぱねていく。何を考えているのか知らないが、どうもよくない予感がする。
連絡員達にしても、このままだと平行線であることはわかっているらしい。2人で顔を見合わせ、士官の方に至ってはやれやれといった様子で肩をすくめていた。
士官が顎で何事か指図すると、もう片方は手にしていたバインダーから何かの紙を取り出して片手でリグに渡した。上級者に向かって随分舐めた渡し方をしてくれる。
「……これは?」
内容を読み込んだ上で、リグは尋ねた。
紙の内容は憲兵本部といくつかの現場部隊の癒着を示すもので、中には異様なまでに事細かに記されている箇所もいくつかあった。
「憲兵本部と現場との癒着の証拠資料です」
「そういうこと聞いてんじゃない。こんなもん渡して何が言いたいのかと聞いている」
「憲兵本部があてにならないから、現場で捜査してるってことぐらい、あのリグ隊長なら簡単にご理解頂けると思ってたんですがね」
中々に慇懃無礼な言い方をしてくれるなと思いながら、リグは頬杖をついた。
別にその程度のことなら言われなくてもわかるが、それならこの集結地に強引に駐留する必要はないはずだ。そこの所は教えてくれない。
「私のことをよく調べてるようだな?」
「認識番号GD162IR1E6U1AR、認識名リグ。80年4月1日産出、現任教養は歩兵科初期教育、初級参謀課程、高級参謀課程、戦略作戦課程、特殊作戦課程。機械化混成軍第7師団第71機動中隊で4年勤務、特務師団機動強襲群『霧』にて6年間特殊作戦に従事した後、指導部付隊3科長、指導部作戦計画参謀、指導部最先任参謀長を経て現職。処分歴なし、褒賞多数。私が存じ上げてるのはそのぐらいですかね」
資料を読み上げるでもなく、士官はつらつらとリグの経歴を簡単に述べてみせた。
記憶力がいいのか、あるいはここでリグの略歴を垂れ流すためだけに暗記してきたのか。いずれにしろ、リグのことを真面目に調べ上げているのは確かだ。
「そこまでわかっているなら私がこういう時どんな反応するかもわかるはずだな?」
「わかった上で伺ってますし、指揮下部隊にも話を聞かせて頂きます」
「人に物を頼む態度じゃないな」
「頼んでいるつもりはないんですがね」
眉間にしわを寄せながら士官を睨むリグ。対して士官の方は先程来へらへらと人を小馬鹿にしたような顔を崩さない。
特殊作戦の特技保有者を相手にそこまでの余裕が見せられる辺り、相応の腕の持ち主か、ただの馬鹿か。
「まあ今日の所はご挨拶ということで、失礼させて頂きます。しばらくはお世話になると思いますので、よしなにどうぞ」
それが試合終了の合図だった。士官は大袈裟にお辞儀をして見せ、片割れの兵を連れて天幕を出ようとした。
「待て、お前名前は?」
「あれっ、名乗ったはずですがね?」
士官はわざとらしくとぼけて、ともあれ名乗った。
「第9特殊作戦大隊、連絡士官のノーリズです。それでは」
今度こそ、ノーリズは天幕から出ていった。
勿論、ここまでコケにされて黙っているリグでもない。
「ラウラ、あいつに監視つけろ。何か裏がある」
「了解です」
後ろ姿を見送りながら、リグはラウラに命じた。
建物の影を縫いながら、ミーシャは部下を引き連れてガーディナ軍陣地へと接近しつつあった。
予想される行動範囲から、可能性のある地形を虱潰し。ここで4箇所目になる。
先行した偵察班はガーディナ陣地発見の報を発した後に消息を絶った。ここが本命に違いない。
「分散して異方向から一斉に奇襲をかけ、敵の反撃態勢が整う前に分断撃破する」
ミーシャの攻撃計画をアルバは承認し、ミーシャに攻撃部隊先鋒の指揮を任せた。
副長とはいえ実力で生き残ってきた傭兵、現場で動かす方がよい場合もある。アルバは適材適所という言葉を識っていたし、実践してもいた。
「構えろ、そろそろ敵陣だ」
『アイアイ!』
ガーディナ陣地の前縁に近付くと、ミーシャは手にしている
見えてきた警戒塔にミーシャは心を躍らせる。今度は何人血祭りにあげられるだろう。
しかしその高揚感は、自身の五感によって途端に萎えることになった。
火薬と死体の臭い、それだけならまだいい。先行班の生き残りが抵抗しているのかもしれない。
だが聴覚は、逆に戦闘音や作業音を何一つ聞き取れずにいた。
もちろん、戦闘団集結地を全てカバーできるほどミーシャの聴覚は良くはない。しかし現に臭いはして、前縁も見える範囲にあるのだ。戦闘が終結しているなら死体の撤収作業ぐらいするだろう。
その気配がない、ということはこの陣地の主がいない、つまり敵はもう全滅していることになる。
「(先を越されたか)」
そう思い落胆するミーシャ。だがここで疑問が1つ。
『副長!陣地に辿り着いたが敵がいない』
別方向から奇襲した仲間からの連絡。あちらの方が先に到着したようだが、状況は同じらしい。
ミーシャ達も敵陣に到達する。そこには敵こそいないものの、死体が散乱していて確かに戦闘の痕跡があった。
熱塵兵器による溶解着弾痕。真っ二つになったバリケードの下には同じく上下半身が分離したガーディナ兵の死体。やはりガーディナが負けている。
「待てよ、この弾痕は……?」
ミーシャの疑問は、1つの仮説へと変わった。熱塵兵器も機種によって弾痕の出来具合が異なる。ギプロベルデ系であれば高出力を集中するので弾痕が小さく深い。一方、ここの弾痕はいずれも深さは比較的浅く、範囲が広い。それでいて、ガーディナの装甲板を貫通できるだけの熱量。
「まさか!」
ミーシャは隣にいた通信兵から無線機の受話器をひったくると、急いでアルバの呼出符号を唱えた。
「トランペット、トランペット。こちらフルート」
『こちらトランペット。どうしました?』
無線から返ってくるアルバの怪訝そうな声。そこにミーシャは間髪入れずに聞いた。
「姐さん、アルカンドから援軍が来るって話は聞いてますか?」
『いいえ、そんな話は来ていませんが』
「直ちに正規部隊にも確認してください、アルカンドの部隊がいる可能性がある!」
アルカンドの部隊がギプロベルデに通知なく中層入りしてガーディナを攻撃している。ミーシャのこの仮説は、必ずしもアルカンドの加勢を意味しない。
元々ギプロベルデの援軍要請を、内戦を理由に蹴ったのだ。内戦が終結しているならいざ知らず、そのようなニュースは飛んできていない。
しかも加勢するというのならギプロベルデに一報を入れるはずだ。断りなしに戦場に出ても同士討ちの恐れがある。
正規部隊に通知が来ていたとすれば、アルカンド部隊は一応味方ということになる。しかし、もし通知されていなかったとすれば、それは一部部隊の独断行動か、
アルバもまた、それを瞬時に理解した。
『なんですって?わかりました、すぐに確認します。何かわかったら逐一報告を』
「了解」
通信を終了してミーシャ達はさらに奥の陣地へと進みだす。
すると陣地のかなり奥の方で爆発音。戦闘をしているのだろうか。
「まだ生き残りがいたか、全員続け!」
増速するミーシャ。そこに近距離無線で仲間が再び連絡してきた。
『副長!敵の予備陣地で戦闘を確認!ガーディナのニンフと――アルカンドのマークを付けたデカいやつ!』
「よーしでかした!アルカンドにはまだ手を出すなよ、ガーディナのは始末しろ!」
『了――ぐあっ!?』
爆音にかき消されて無線が途絶える。戦闘に巻き込まれたか、どちらかに見つかって攻撃されたか、いずれにしろ急がねばならないことに変わりはない。
その時、進路上のビルが突然爆発し、倒壊し始めた。
「あぶねっ!」
ミーシャは加速翅を逆噴射して制動、急停止する。しかし部下の中には急に止まれず瓦礫に突っ込んで粉砕される者もいたようで、断末魔が何回か聞こえた。
「ヘタクソが、非戦闘損耗とか笑えないんだけど――!?」
悪態をついてすぐ、尋常でないスラスターの噴射音が聞こえる。
あまり間を置かずに倒壊したビルの陰から、瓦礫を押し退けるように推進機動する巨大な機影が姿を現した。
アルカンド特有の曲面装甲が特徴的な巨大な4脚を半ば引き摺るようにし、その上体には巨大な特技背嚢と砲架副腕と思しきパーツ、そして中央のニンフを備えている。巨大化した鎧化兵、と見るのが妥当だろう。
その巨大鎧化兵は、右腕が肩から脱落。左手の銃器は銃身部分をパージして
「くっ……何故だ……」
巨大鎧化兵が顔をゆがませる。痛みを感じているわけではないようで、その表情は悔しさか、苛立ちから来るものに見えた。
そして今のところ、ミーシャ達のことなど眼中にないらしい。
「まさか……あれも『イレギュラー』だと言うのか……?」
そう呟いたところでようやく、巨大鎧化兵はミーシャ達の存在を認めた。
ミーシャは身構える。相手が味方であれば攻撃する必要はないが、眼前のそれはどう考えてもギプロベルデのために戦っているようには見えない。
まあ、それはミーシャ達外人部隊とて同じことではあるが。
「……潮時か」
結局、巨大鎧化兵はミーシャ達とは戦火を交えることなく、変形して飛び去って行った。
まさしく『変形』と称するしかない形態変化に愕然とするミーシャ達だったが、その意識はすぐに現実に戻ってきていた。
離陸した巨大鎧化兵目掛けて飛んでいく1発の
墜落こそしていないが、巨大鎧化兵はぎこちない飛行を続けてミーシャ達の視界から消えていく。
「ガーディナ兵か!戦闘準備!」
ミーシャは先陣を切ってさらに奥の陣地へ突っ込んでいく。
見えてきたのはMANPADSの発射機を投げ捨てたガーディナの鎧化兵。DAMD型という、よく言えば普及型の鎧殻に身を包んだ何ら変哲のない敵が、1人。
「各個判断、かかれ!」
部下を散開させ、自身は正面から突っ込む役を引き受ける。その左右に、あるいは頭上に散らばる外人部隊員達が、ガーディナの生き残りに牙を剝いた。
だがガーディナ兵は冷静で、かつ多対一の戦い方を知っていた。上空から迫る
取り落とした右手の
そして熱塵機関銃をミーシャに投げつけると、ミーシャを挟んで反対にいた外人部隊員にライフルを3連射。確実に頭部に命中させて無力化する。
「こなくそっ!」
ミーシャも黙ってやられるような人物ではなかった。熱塵機関銃を躱して機関拳銃を乱射、弾幕を張って近付けさせない。
ガーディナ兵はというと瓦礫に身を隠して銃撃を逃れつつ、合間を縫ってアサルトライフルで撃ち返しながら次の瓦礫へと走っている。これの繰り返し。
「(おかしい、ただの兵士1人にこんなに手こずるわけ……!?)」
内心そう毒づくミーシャ。仮にもそれなりに場数を踏んできた傭兵で編成した外人部隊が、ただの兵士1人を相手に3名も秒殺される状況など有り得ない。
本当にただのガーディナ兵なのか。そんな疑問が浮かんだ時、ふと脳裏にある噂が蘇る。
ガーディナ特殊部隊。一般部隊とは比較にならない練度と装備を備え、あらゆる状況、環境に適応し、如何なる条件下であろうと確実に任務を遂行するニンフ達。聞けば、DAMD型の改造機を使っているという。
「まさかこいつ、特殊部隊か!?」
ミーシャは焦った。もし眼前の敵がその特殊部隊とやらであるなら、ミーシャでも無傷で勝つことは難しいかもしれない。
しかもガーディナのニンフは基本的に単独行動を行わない。2人以上で行動することがほとんどだ。つまりこいつの仲間がまだ潜んでいる可能性がある。
無線機を弄るが、自分と一緒に行動していた隊員と、先程無線をくれた隊員達は全滅、他の隊員も応答しない。
「(やられたのか、まさか)」
ますます焦りが滲む。応戦しながら思案すること数秒、ミーシャは撤退を決めた。
当初の目的である敵戦闘団の撃破は、ミーシャ達が手を下したわけではないものの達成している。これ以上長居をしてもどの道得るものは少ない。ここで外人部隊副長であるミーシャが戦死する方が、外人部隊にとってはデメリットが大きい。
「気が進まんが……!」
発煙手榴弾と
「……退いたか」
ガーディナ兵がライフルを下ろして呟く。実際のところ、彼女はガーディナ特殊部隊といった大層なものではない。
第10混成団からメモリースティックを託されて逃れてきて、ようやく辿り着いた第5戦闘団陣地で巨大鎧化兵と交戦、なんとか撃退したと思えば今度はギプロベルデ外人部隊。さすがに疲労感が押し寄せる。
「また私だけか、生き残りは」
第10歩兵連隊第2中隊小銃手、テイルは天を仰いだ。
レッドアックスの廠舎に戻ってきたリグは、コーヒーを啜りながら報告書に目を通していた。カルラドとミラが遊んでいる声をBGMにしている。
「まあ、期待はしちゃいなかったが……」
リグは顔を顰めて呟く。読んでいたのは例の疑似女王達の部屋に関する報告書だ。
分駐部隊の一部である第41後方支援連隊に調査を依頼していたが、技師型を含むとはいえやはり現地の兵站部隊には荷が重すぎた。結局のところ、何もわかっていない。
「わからないのは、あの子もですけどね」
カイがコーヒーを淹れ直しながら言う。ミラにしても、結局通常型なのか戦闘型なのかは判然としない。
戦闘型にしては鎧殻を用いた動きが鈍い。かといって通常型かといえば、通常型にはない運動能力を持っている。
「身体能力だけ見れば中途半端な感じもしますけど」
「何か特別な能力でもあれば、何々型ってカテゴライズできるんだがな」
戦闘型でも通常型でもないなら何なのか、それがわからない以上、今後ミラをどう扱うかも決めきれないのが現状だった。特に未知のタイプだった場合、下手すれば研究部に研究対象として送られかねない。そうなったらミラが何をされるか。
「ともかく、特務師団の連中には気付かれないようにしなきゃならんな」
まだ幼精とはいえギプロベルデのニンフを保護していると知れれば大変なことになる。そんなことはレッドアックスの全員がわかっていた。未だに状況を理解できていないのはミラ当人だけである。
なんとか上手い言い訳を考えなければ。そう思ったまさにその時、一番来てほしくない客が廠舎を訪れた。
「
そう声を張り上げて、2人のニンフが廠舎に押し入る。
黒い戦闘服にサムズダウンした右手と数字の9を掛け合わせた部隊章。今憲兵の真似事をして分駐部隊を荒らして回っている品性のない奴らだ。
片方が士官、もう片方は下士官らしい。士官とはいえノーリズのような役職付きではなく単なる下っ端将校だった。
「ちょっとなんすかアンタら!?勝手に入ってくんじゃ――」
入口に一番近いベッドで寝ていたクスイが立ちはだかろうとして下士官のラリアットをくらい倒れる。
それにリグは違和感を覚えた。今まで強引に立ち入っては尋問まがいなことをしてきたという報告はあっても、手が出たという話は聞いたことがない。
「何の用だ、ここは
クスイを回収して下がるペーネと入れ替わるように前に出て、リグは怒りを抑えながら聞いた。
「ここにギプロベルデのニンフを匿っているという通報がありましてね」
「事実無根だな。誰だ、そんなこと抜かしたのは」
「デマかどうかはこっちで決めます――っていうか奥にいるそいつは誰です?」
士官がミラを見つけて怪訝そうな顔をする。ミラはというと、自分が呼ばれたと思ったのか全く疑いのない笑顔で駆け寄っていった。
「ミラのこと?」
「へーお嬢ちゃんミラってんだ?どこから来たの?」
「ギプロベルデ!」
「敵じゃねーか!」
士官は再びリグに目を向ける。事実無根だとか言っといてこれはどういうことだと言いたげだ。
「説明してもらいましょうか?」
「まあ落ち着け。こいつがギプロベルデ出身を自称してるだけで証拠はない。ただその辺で拾った野良ニンフだ」
「落し物拾うぐらいのノリでニンフ拾ってこないでくださいよ。ってか何ですか野良ニンフって」
リグが苦し紛れに言い訳するが、やはり効き目は薄い。士官が応援を呼ぼうと小型無線機を取り出した時、カルラドが止めようと士官の腕を掴んだ。
「ま、待ってくださいよ!この子はまだ幼精なんです、敵じゃない!わかるでしょう!」
「なんだお前、離せ!」
士官がカルラドを離そうと膝蹴りを繰り出し、カルラドの鳩尾にニーパッドをめり込ませる。激しい痛みにひるんだカルラドの顔面を士官の右フックがとらえた。
思いっきり殴られて吹っ飛ばされたカルラドが呻き声をあげながら地面に転がる。
「ねーさま!?あがっ――」
ミラがカルラドに駆け寄るが、その脇腹に士官の戦闘靴が蹴り込まれた。
「おい!貴様らここがどこかわかってやってるのか!」
カイが駆けつけて2人の容態を確認する間に、リグが士官にそう声を上げる。部下をここまで痛めつけられて黙っているようでは指揮官ではない。さすがにリグも頭に来ていた。
だが、士官はそんなリグの鼻先に拳銃を突きつけた。
「貴様、気は確かか!」
「そちらこそ、敵のニンフを匿い、おままごとに興じるとはどういう了見ですか。これは明確な利敵行為だ!」
そう吐き捨てて無線機のスイッチを入れようとした士官だが、ふと手元に無線機がないことに気付く。先程カルラドを殴り飛ばした時、うっかり取り落としてしまったようだ。
下士官がそれに気付いて無線機を拾い、士官に渡す。
「ちょっとやり過ぎなんじゃないですか?」
「いいんだよ、このぐらい」
窘める下士官をあしらい、士官が無線機をひったくるように受け取った、その時。
「いたいよ、ひどいよ……どうしてこんなことするの?」
ミラが脇腹を抑えながらよろよろと立ち上がり、涙をこらえながらに呟くように言う。
「なんだとクソガキ!お前らギプロベルデだって大勢殺してきたろう!私の双子の姉だってお前らのせいで――」
しかし喚き散らす士官の言葉など、ミラはもう聞いてもいなかった。
ミラにとってカルラドは『
だが目の前の2人はどうか。ミラを殴った。ねーさまを殴った。ねーさまの大事な人に銃を向けた。つまり『敵』だ。
怒りに満ちた表情で、目をかっと見開いてミラは士官を睨みつけた。
『お前ら大っ嫌い!
場が静まり返る。あのミラが暴言を吐いたことに意表を突かれた士官は、思わずミラと
「このガキ、自分の立場がわからんようだな。もういい、ここで撃ち殺して……あれ?」
リグに向けていた拳銃をミラに向けようとした士官だが、ふとここで自分の拳銃の銃口が
士官自身の意思とは何ら一切関係なく、士官自身の手で引き金が引かれる。飛び出した弾丸が士官のこめかみから頭脳を正確に撃ち抜いた。
動きだけ見れば士官がいきなり自殺したようにしか見えないが、そんな状況でなかったことは誰もが知っている。明らかに異常な死に方だと。
「こ、こいつ!おい動くな!」
突然のことに動揺しつつ、下士官が拳銃を抜いてミラに向ける。だがミラは下士官にも同じように睨みつけ、下士官と目を合わせた。
「あっ、な、体が勝手に!?嫌だ、死にたくな――」
下士官も同じように拳銃を自分に向けて発砲。脳天を撃ち抜き即死した。
再び訪れる静寂。全員が、何が起こったのか理解できていない。
今ミラに睨まれたら自分もそうなるのではないか、そんな恐怖が空気に広がる中で、カルラドは痛みをこらえながら体を起こし、ミラを抱きしめた。
「あっ、ねーさま……?」
「大丈夫、もう大丈夫。大丈夫だからな、ミラ。もう大丈夫……」
強く抱きしめながら、そうあやすように言うカルラド。何が大丈夫なのかはカルラド自身にも全くわからないが、まずはミラを安心させなければならないと思ったのだ。
「ねーさま……あっ、ミラ、あの、や、ちがうの、ねーさま……」
ミラは次第に落ち着いて状況を認識し始めたようで、先程までの恐ろしい表情から一転、目からぼろぼろと涙を流し始める。
「ねーさま……ごめんなさい……ご、ごめんなさい……ミラ、やっちゃった……ごめんなさい……」
「いいんだ、大丈夫。大丈夫だよ」
何を『やっちゃった』のか全くわからないながら、この事象がミラの引き起こしたものだと知ったカルラド。とはいえそれでミラへの態度が変わることはなく、抱きしめながら頭をそっと撫でてやる。
リグもそこに来て、カルラドの肩に手を置く。
「カルラド、ミラを連れて41後支の修理所行って来い。あそこなら誤魔化し利くから。こっちは何とかしとく」
「了解です。さ、ミラ。行こう」
泣きじゃくるミラを抱きかかえて、カルラドは修理所へと向かう。戦闘型ニンフの打撃を受けたのだから、一応診察を受けておいた方がいい。クスイも先んじてその修理所に運び込まれている。
カルラドが廠舎を出た後、一同はため息を吐く。
リグが全員の顔を見回し、最後に地面に転がる死体を見て、一言。
「なかったことには、できんな」
それはその場にいた全員が漠然と思っていたことでもあった。
・ミラ
レッドアックスに拾われたニンフ。
疑似女王アンジェが産んだ最後の幼精であり、ギプロベルデの新型ニンフ産出計画『ギリー』シリーズの最終機となる。
多少の制約はあるもののニンフや自動機械の頭脳に遠隔接続できることから『電脳戦型』と区分された。
鎧殻や服はカルラドのお下がり、副腕武装は旅商人ルーシから購入した掘り出し物。
機動外肢 :MRF T05A6 WALV
拡張頭環 :MRF T05A6 WALV
砲架副腕 :MRF T05A6 WALV
加速翅 :MRF T05A6 WALV
特技背嚢 :MRF T05A6 WALV
主腕部武器 壱:RL T04A1 LPR
主腕部武器 弐:SG T21A5 RAVZ
副腕部武器 右:xxx Shilis
副腕部武器 左:xxx Shilis
顔部:F1274_ALH_FC
後髪:F0551_NAG_BH
前髪:F0551_NAG_FH
素体:ガーディナ制式戦闘素体
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】
・テイル
ガーディナ第10混成団第10歩兵連隊第2中隊第3小隊小銃手。
本人はナンバー連隊に属する至って普通の一般兵だと自認しているが、ガーディナ軍女王管理部の産出記録に登録されていないなど、その出自には不自然な点が多い。
機動外肢 :MBF T02A5 DAMD
拡張頭環 :MBF T02A5 DAMD
砲架副腕 :MBF T02A5 DAMD
加速翅 :MBF T02A5 DAMD
特技背嚢 :MBF T02A5 DAMD
主腕部武器 壱:AR T12A3 BOLG
主腕部武器 弐:-----
副腕部武器 右:MVG033
副腕部武器 左:ML02v8 Gram
顔部:F2568_FVK_FC
後髪:F2568_FVK_BH
前髪:F2568_FVK_FH
素体:ガーディナ制式戦闘素体
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【挿絵表示】