夢を叶える魔法の石~鬼才の錬金術師が万能の石を生み出した結果少女にTSしてついでに親友は小人になりました 作:Yumerur
夕暮れが迫る森を抜け、アウレリアの街の灯りが遠くに見え始めた頃、アルカヌム寮へ向かう馬車の車輪が石畳の道を規則正しく叩いていた。馬車の内装は質素ながらも手入れが行き届いており、革張りのシートには長旅の疲れを和らげる柔らかなクッションが置かれている。しかし、セシル(フェリクス)にとって、その乗り心地の良さなど些細なことだった。彼の頭の中は、隣に座るリシアの「教育」という新たな難題でいっぱいだった。
「リシア、もう少し静かにしてくれる?周りをもっとよく見てみて。」
セシルは、自分でも驚くほど自然に出てくるソプラノの声で、窓の外を指差しては「あ!見て、セシル!大きな馬がたくさんいる!」「わぁ、キラキラのお花畑!」と次々に歓声を上げるリシアを、やんわりと嗜めた。その口調は、かつて貴族の令嬢たちを観察して脳内に蓄積したデータの賜物だった。リシアはセシルの言葉に一瞬きょとんとした後、ぷうっと頬を膨らませた。
「でもぉ〜、セシルと一緒でも、じっとしてるのはつまんない〜。歌を歌ってもいい?」
大きなオパールの瞳を潤ませ、子供のように無邪気にせがむリシア。
「今は少し我慢しましょうね。つまらないと感じる時こそ、心を落ち着けて静かに待つことができる人が、本当に美しく、そして強い女性になれるのよ」
内心では「なぜ俺がこんな小っ恥ずかしい説教を…!しかも相手は元・魔法の石で、精神年齢は赤子同然のグラマラス美女だと!?正気か!?」と、元・錬金術師フェリクスの魂が叫んでいる。しかし、リシアが好き放題に騒ぎ立て、向かいの席に座るディアナ・アルトマイヤーの冷たい視線に射抜かれる事態だけは避けねばならなかった。
事実、ディアナは手にした騎士団の報告書から時折顔を上げ、その鋭い青色の瞳でセシルの「教育的指導」の一部始終を値踏みするように観察していた。その視線はまるで、セシルの言葉の真偽や、リシアに対する影響力を見極めようとしているかのようだ。セシルはその度に背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「んぅ……わかったぁ。リシア、がまんするぅ……セシルのためだもん」
リシアは意外にも素直に頷くと、こてんとセシルの肩に頭を乗せ、その華奢な腕にしがみつくように袖を握った。その拍子に、セシルの肩に隠れていたフィンは、リシアの豊かな髪の毛の圧力に「ぐえっ」と押し潰されそうになる。
フィンは、この光景を複雑な思いで見つめている。かつての勇敢な騎士だった親友が、今や幼い精神年齢の美女に行儀作法を教えているという、現実とは思えない状況に改めて驚愕していた。
やがて馬車は速度を落とし、夕日に黄金色に染まる古風な石造りの建物群の一角へと滑り込んだ。その一つ、蔦が壁面を絵画のように飾り、窓辺には色とりどりの花が植えられたプランターが並ぶ建物が、目的地のアルカヌム寮らしかった。ここ数日間の緊張と疲労が蓄積していたセシルは、そのどこか温かみのある佇まいに、ほんの少しだけ心が和むのを感じた。
「こちらがアルカヌム寮です。馬車を降りますので、ご準備を」
ディアナが簡潔に告げ、従者が馬車の扉を開ける。重厚な木製の寮の扉が、内側からギィ、と音を立ててゆっくりと開かれ、一人の少女が姿を現した。
「あ、あの……お、お疲れ様です……!わ、私、リディア・フントと申します……。こ、こちらの寮の、寮長を、させていただいております……」
墨色のウェーブのかかった豊かなロングヘアに、いつも少し眠たそうな優しい垂れ目。ほんのり赤みが差した頬は柔らかそうで、ゆったりとした天然素材のワンピースに身を包んだ、小柄なセシルから見てもさらに一回りほど小柄に感じる、しかしどこか安心感を覚えるような温和な体つきの少女だった。その手には騎士団の紋章が入った書状が握られており、彼女はそれを何度も見返しながら、到着した三人を困惑した表情で見回した。その声は、エントランスホールの高い天井には全くこだましないような小さく、自信なさげばものだった。
「しょ、書状では……皆様、と、特別な……ご事情があると、う、承ってはおりましたが……」
リディアの視線は、まずセシルの幼く可憐な姿に釘付けになった。亜麻色の髪と大きな翠色の瞳を持つ、どう見ても十三歳程度にしか見えない少女。彼女が一体どんな「特別な事情」を抱えているというのだろうか。
(こ、この方がセシルさん…?本当に可愛らしい…まるで物語に出てくる妖精さんみたい…。でも、騎士団からの書状には、厳重な監視と配慮が必要な対象者、と…?)
次に、セシルの隣に立つリシアの、成熟した女性のそれとしか言いようのない豊満な体つきと、人間離れした妖艶な美貌に目を瞠り、最後にディアナの騎士らしい隙のない立ち姿と、その威圧感に小さく息を呑んだ。リディアの困惑は、見る見るうちに深まっていく。
(そして、こちらがリシアさんとディアナ様…リシアさんは本当に美しい方だけれど、どこか掴みどころがないというか…ディアナ様は、まるで物語の騎士様みたいで、かっこいいけど、すこし怖いかも…)
「で、でも……セシルさんは、その……どう見ても、学院の…ご年齢、ですよね…?」
リディアは書状を何度も読み返し、小さな声で呟く。人見知りで内向的な彼女にとって、この独断は大きな勇気を要することだった。彼女は一度ぎゅっと目をつむり、それから意を決したように顔を上げた。
「わ、私の…その、寮長としての判断、なのですが……セシルさんは、普通の学生として、この寮で生活していただければと、思います。リシアさんとディアナさんは、その……管理人用の個室が空いておりますので、そちらを……」
言葉の最後の方は、またしても消え入りそうな声になってしまったが、その瞳には確かな意志の色が宿っていた。
(騎士団の指示は絶対…それは分かっているけれど、このセシルさんという子を、まるで罪人のように扱うのは、どうしても私にはできない…!この子がのびのびと過ごせる場所を、私が守らなくては…!)
ディアナは「了解しました。寮長の判断に従います」と表面上は冷静に返答したが、そのプラチナブロンドの髪の下の鋭い青い瞳は、セシルを監視しやすい配置かどうかを素早く計算しているようだった。セシルは、リディアの思いがけない優しい判断に内心で安堵しつつも、これから始まるであろう寮生活への言い知れぬ不安を拭えずにいた。
リディアが三人をエントランスホールへと案内しようとした、その時だった。
「ねえ、新しい人が来たって本当?」
「どんな人たちかしら?可愛い子だといいな!」
廊下の向こうから、賑やかな少女たちの声が聞こえ、数名の寮生たちが好奇心に満ちた表情でこちらを覗き見ていた。新しい住人の到着をどこからか聞きつけたのだろう。セシルたちがホールに足を踏み入れると、寮生たちの反応は明確に、そして劇的に分かれた。
「わあっ!見て、すっごく可愛い子がいる!」
「本当だ!お人形さんみたい!髪もふわふわ!」
「新入生かしら?あなた、お名前は?何歳なの?どこから来たの?」
一斉に黄色い歓声が上がり、少女たちはあっという間にセシルの周りを取り囲んだ。十三歳程度に見える外見と、どこか儚げで守ってあげたくなるような雰囲気が、彼女たちの母性本能、あるいは姉心のようなものを強烈に刺激したのだ。彼女たちの瞳はキラキラと輝き、その顔はセシルから見上げるにはかなりの高さがある。
一方、セシルの後ろに立つリシアとディアナに対する反応は、明らかに違っていた。
「あ……あの、大人の方々は……?」
「なんだか……すごい美人だけど、ちょっと近寄りがたい雰囲気……」
リシアの人間離れした成熟した美貌と妖艶なオーラに、少女たちは気圧されたように一歩後ずさり、ヒソヒソと囁き合う。そして、ディアナの騎士としての訓練で培われた凛とした佇まいと、どこか冷徹さを感じさせる威圧感に、思わず背筋を伸ばし、緊張した面持ちで遠巻きに見つめている。
「え、えっと、リシアさんとディアナさんは、学院の特別な研究のためにいらした方々ですので……その、管理人室の方でお過ごしになるの。皆さんは、あまりご迷惑をおかけしないようにね」
リディアが慌てたように、しかし寮長としての威厳を何とか保とうと声を張って説明すると、寮生たちはますます「やっぱり、私たちとは違う、特別な大人たちなんだわ」という印象を強めたようだった。
セシルの肩に立つフィンにとって、この状況はまさに悪夢だった。好奇心旺盛な寮生たちの顔が、次から次へと自分を見下ろしてくる。彼女たちの顔は、セシルの肩の上からでも建物一階分は離れて見える。その巨大な瞳が自分に向けられる度に、まるで巨大な探照灯に照らされた小動物のような気分になり、思わずセシルの亜麻色の髪の中に、潜り込みたくなるのだった。
「(いくら女学生だとわかっていても、この視線はなんだか恥ずかしいな)」
その恐怖は、かつて戦場で屈強な敵兵に囲まれた時とはまた違う、純粋なサイズ差からくる本能的なものだった。
フィンはこの体になってから暫くというもの幾分も弱くなった気持ちだった。
「さ、さあ、セシルさんのお部屋はこちらですわ」
リディアに促され、寮生たちの歓迎の輪から何とか抜け出したセシルは、学生用の二人部屋へと案内された。部屋の前には、既にルームメイトとなる少女が待っていたようだ。セシルが部屋に足を踏み入れると、わっと明るい歓声が上がった。
「え、もしかして私に新しいルームメート??私ルームメイトのエルナ・リンドバーグよ。セシルちゃん?、よろしくね!」
「ええ、っとはい。セシル・フェリクス・ルロワです。よろしくお願いします。」
セシルは、リディアからの紹介を受けて、少し緊張した面持ちで自己紹介をした。エルナは、セシルの名前を聞くと、ぱあっと顔を輝かせた。
そこにいたのは、陽だまりのような優しい笑顔を浮かべた少女だった。手入れの行き届いた蜂蜜色のセミロングの髪を清楚なハーフアップにし、大きな茶色の瞳は親しみやすい光に満ちている。十五歳という年齢はセシル(の外見)よりも二つ上で、背も少し高く、健康的でしなやかな体つきをしていた。
「なんか妹ができたみたい!嬉しい!」
その言葉に、セシル(フェリクス)は内心で「い、妹だとぉ!?この俺様が、こんな小娘の妹扱いだと!?ふざけるな!」と激しく毒づいたが、表面上は戸惑ったような、それでいて少し嬉しそうな表情を必死で作り上げた。
「あ、ありがとうございます……。よろしくお願いします、エルナ先輩」
「まあ、先輩だなんて、エルナでいいのよ!ねえねえ、長旅でお疲れでしょう?温かいハーブティーでも淹れようか?私、薬草にはちょっと詳しいの」
「お部屋はこちら側を使って!窓際で日当たりもいいのよ。荷解きも手伝うから、遠慮なく何でも言ってね!」
セシルは、エルナの優しい言葉に少しだけ心が和むのを感じた。彼女の明るい性格と、まるで妹のように接してくれるその態度は、フェリクスとしての自分にはなかったものだった。
部屋の前には、先ほどの寮生たちも数名集まってきており、ドアの隙間から興味津々な様子で声をかけてきた。
「本当に小さくて可愛いね〜!!」
「どこから来たの?アウレリアは初めて?」
「お名前はセシルちゃんって言うのね!よろしくね!」
「一人で大丈夫?何か困ったことがあったら、私たちにも何でも言ってね!みんなセシルちゃんの味方だから!」
あっという間に「か弱くて可愛い新入生セシル」は、彼女たちの熱烈で、少々過剰とも言える歓迎の渦に、文字通りもみくちゃにされてしまった。
セシル(中身は誇り高き成人男性の元錬金術師フェリクス)は、この甘ったるく騒がしい「女の園」の強烈な洗礼に、内心で「うわああ…!こんなに近づかれると…!馴れ馴れしいというか…でも今は…今は耐えるんだ、フェリクス…いや、セシルよ!意外と悪い気はしないのが困るが…」と混乱している。それでも今はただひたすら「か弱く無垢な少女セシル」を演じきるしかないと、か細い声で途切れ途切れに応答を続ける。
「あ、ありがとうございます……皆さん、とってもお優しくて……嬉しいです……」
その時、エルナがセシルの肩で微かに動いたフィンに視点を移す。
「まあ、見て!なんて可愛い小さなお人形さん!セシルちゃんの?」
エルナは屈託のない笑顔でそう言うと、その大きな(フィンにとってはだが)指先で、フィンの頭をちょん、と優しくつついた。フィンにとっては、それはまるでベッドほどの大きさの手が、巨大な指で戯れてくるような感覚だった。
「(人、人形だって!?この小さな体じゃあ、そう見えても仕方ないか…)」
フィンは悔しさで全身を震わせたが、セシルから事前に言い含められていた「使い魔」としての役割を思い出し、ぐっと怒りを堪えた。ここで騒ぎを起こせば、セシルの立場が危うくなる。今はただ、この甘ったるい屈辱に耐えるしかなかった。
一方、ディアナに無言で案内され、寮の少し離れた一角にある管理人用の個室へと通されたリシアは、広い(と彼女が感じるには十分な)部屋に一人きりにされると、途端に心細さを感じ始めた。そこは学生たちの部屋よりは確かに広かったが、どこか事務的で殺風景な雰囲気があり、窓から見えるのは中庭の隅と、寮の裏手にある森の一部だけだった。
「セシルぅ〜……リシア、セシルと一緒がいいぃ〜……」
窓枠に額を押し付け、セシルたちが向かったであろう学生寮の方向を見つめながら、リシアは不満そうに呟く。ついさっきまで、馬車の中でセシルの温もりを感じていたのに、どうして急に離れ離れにされなければならないのか、彼女にはその理由が全く理解できなかった。
時折、生活用品を運ぶためか廊下で寮生たちとすれ違うことがあったが、彼女たちはリシアの大人びた外見と、どこか人間離れした美しさに緊張し、明らかに距離を置いた態度を取った。
「あ……あの、失礼いたします」
「こ、こちらこそ、お世話になります……」
少女たちは、リシアの顔をまともに見ようともせず、小声でそう挨拶すると、足早に通り過ぎていく。セシルに話しかける時のような、親しみやすさや好奇心に満ちた輝きは、彼女たちの瞳には一切感じられなかった。リシアは、なぜ皆が自分を避けるのか分からず、ただただ首を傾げるばかりだった。
さらに、隣の個室にいるディアナからは、常に厳格な監視の目が向けられているのを肌で感じていた。壁一枚隔てただけの隣室からは、時折ディアナが書類をめくる音や、規則正しい呼吸音まで聞こえてくるようで、リシアの不満と心細さは募る一方だった。
セシルの部屋では、エルナが目を輝かせながら、楽しそうに提案をしていた。
「そうだわ、セシルちゃん!明日は私が学院を案内してあげる!広い食堂や、たくさんの本がある図書館、それにキラキラした魔法薬が並ぶ魔法実習室も見せてあげるわ!きっと楽しいわよ!」
エルナの心からの親切な提案に、セシルは複雑な表情を浮かべた。新しい学生生活という未知の世界への微かな期待と、偽りの身分でそれを送らねばならないことへの重い不安が、胸の中で入り混じっていた。
「(普通の学生生活、か……この姿で、一体どこまでやれるというんだ……?)」
表面上は、「わあ、ありがとうございます、エルナ先輩!楽しみにしています!」と満面の笑みで(必死に)答えるセシルだった。
セシルがエルナに手伝ってもらいながら荷解きを始めることになった。しかしリシアの様子が気になったセシルはフィンにアイコンタクトし、一時的にリシアの元をいってもらうことにした。わずか十センチの小さな体で管理人室へ向かうフィンにとって、寮の廊下はどんな大聖堂よりも広く大きい一方、大きなありのままの世界は、整列された聖堂とは違った趣を見せる。磨かれた床は鏡のように彼の姿を映し出し、廊下の両側に並ぶ部屋の扉は、それぞれが巨大な崖のようにそそり立っている。
ようやく管理人室にたどり着き、リシアと二人きりになったフィン。
その瞬間、それまで抑えられていたリシアの不満が、ついに爆発した。
「なんでっ!なんでリシアだけ、セシルと一緒にいられないのおおおぉぉっ!?」
突然の大きな声に、フィンはびくりと飛び上がった。見上げると、そこには巨大なリシアが、その美しい顔を怒りと悲しみで歪ませながら、十センチのフィンを見下ろしていた。フィンから見ると、リシアの顔は今にも衝突しそうな大型トラックのフロントグリルさながらで、凄まじい圧迫感だった。間近に迫ってくるその顔は、まさしく感情を剥き出しにした巨人のそれで、本能的な恐怖を呼び起こす。彼女の吐息は、フィンにとっては熱風を伴った突風のようだった。
「うわああああっ!リシア!ちょっと、俺はフェリクスじゃないって!」
フィンは内心で絶叫しながらも、リシアの純粋な寂しさと怒りを痛いほど理解していた。彼女に悪意はなく、ただ大好きなセシルと離れ離れになった悲しみを、身近にいる唯一の「友達」である自分にぶつけているだけなのだ。
「リシア、気持ちはわからんでもないから、頼む抑えて、抑えてくれ。」
フィンは恐怖に打ちひしがれそうになるも、必死に取り繕い、震える声でリシアをなだめようとする。しかし、リシアの潤んだ巨大な瞳から、今にも大粒の涙がこぼれ落ちてきそうだ。そして、その白魚のような、しかしフィンにとっては丸太よりも太い指が、ゆっくりと自分に向かって伸びてくる。触れられれば簡単に押し潰されてしまいそうな恐怖に、フィンは全身の毛が逆立つのを感じた。
固く拳を握りしめ、この新たな試練に耐えることを誓うセシル(フェリクス)。
一方で、セシルへの募る想いと寂しさを持て余し、その巨大さでフィンを圧倒するリシア。
そして、その全てを冷徹な監視の目で見つめるディアナ。
三者三様の、そして波乱に満ちたアルカヌム寮での新生活が、こうして賑々しくも不穏な音を立てて幕を開けたのだった。セシルの偽りの学生生活、リシアの爆発寸前の不満、そしてフィンの受難に満ちた日常が、明日からの展開を予感させるように、アウレリアの夜は静かに更けていく。