夢を叶える魔法の石~鬼才の錬金術師が万能の石を生み出した結果少女にTSしてついでに親友は小人になりました   作:Yumerur

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今回ちょっと長いよ〜


第六話: 「孤独と決意」

深夜のアルカヌム寮は、まるで古い修道院のような静寂に包まれていた。石造りの廊下には、魔法の街灯が放つ淡い青白い光が長い影を落とし、時折風に揺れるカーテンが、月光に照らされて幽霊のように舞っている。夜更けの冷たい空気が、窓の隙間から忍び込み、古い建物の軋む音と混じり合って、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

管理人室で一人、ベッドに横になっていたリシアは、天井を見つめながら何度も寝返りを打っていた。豊かな黒髪が枕の上で絹のように広がり、オパールのような瞳は暗闇の中で不安げに揺れている。昼間街で見たセシルの楽しそうな笑顔が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

 

「セシル……リシア、もう我慢できない……」

 

ぽつりと呟かれた言葉は、静寂を破って部屋に響いた。その声色には、子供のような純粋な切望と、抑えきれない焦燥感が込められている。

 

床の隅で、机の柱に身を潜めていたフィンは、リシアの感情の変化を肌で感じ取っていた。彼女の巨大な体から発せられる熱気と、微かな震えが、まるで地震のように床を通して伝わってくる。フィンにとって、リシアのベッドは三階建ての建物ほどの高さにそびえ立ち、その上で寝返りを打つたびに、まるで山が動くような振動が床を揺らす。

 

「リシア、落ち着け。もう夜も更けているし、明日になれば……」

 

10cmのフィンの声は、人間の耳には蚊の羽音ほどにしか聞こえない。それでも必死に声を張り上げ、巨大なリシアを慰めようとする。彼女の足音一つで地面が揺れ、彼女の溜息一つで竜巻のような風が吹く。フィンにとってリシアの感情の起伏は、まさに自然災害そのものだった。

 

フィンが必死に宸めようとしたその時、リシアがガバッと上半身を起こした。その動きで起こされた風圧に、フィンは吹き飛ばされそうになる。彼にとっては、まるで突然の台風に見舞われたような感覚だった。

 

「だめ!もう待てない!セシルに会いに行く!」

 

リシアの決意に満ちた声は、フィンの鼓膜を激しく震わせる。彼にとって、それは雷鳴が頭上で轟くほどの音量だった。彼女の瞳に宿る炎のような光に、かつて魔法の石として暴走した時の面影を見て取り、フィンは心底から恐怖を感じた。

 

「おい、リシア!夜中に押しかけるなんて……そんなことをしたら、セシルに迷惑をかけるだけだぞ!」

 

フィンは必死に止めようとするが、彼の声は巨大なリシアには蚊の鳴き声程度にしか届かない。彼女の決意の前では、フィンの制止など無力に等しかった。

 

しかし、リシアはもうフィンの声など耳に入らない。ベッドから飛び起きると、薄手のナイトドレス姿のまま部屋を出ようとする。その瞬間、リシアの心の中では、昼間街で見たセシルの楽しそうな笑顔と、自分だけが置き去りにされたという強烈な疎外感がぐるぐると渦巻いていた。

 

「セシルは、リシアのことなんて忘れちゃったんだ……。でも、リシアが直接会いに行けば、きっと思い出してくれる!そうに決まってる!」

 

リシアの思考は、子供特有の単純明快な論理で組み立てられていた。複雑な人間関係や社会的なルールなど、彼女の純粋な心には理解できない。ただ、愛する人に会いたいという、原始的で純粋な欲求だけが彼女を駆り立てていた。

 

「フィン、一緒に来て!リシア一人じゃ、ちょっと怖いもん……」

 

有無を言わさず、リシアはフィンを手の平に掬い上げた。彼にとって、それは巨大な肉厚のクッションに沈み込むような感覚だった。リシアの手は、フィンから見ればダブルベッドほどの大きさがあり、その柔らかな肌は暖かいマットレスのような感触だった。リシアの心臓の鼓動が、フィンの小さな体を通して響き、まるで遠くで太鼓が打たれているような規則正しいリズムを刻んでいる。

 

「うわあああ!リシア、もう少し優しく……!君にとっては軽く掴んだつもりでも、俺にとっては……!」

 

フィンの抗議の声は、リシアの巨大な手に遮られてほとんど聞こえない。彼女の指一本でも、フィンにとっては丸太ほどの太さがあり、その間に挟まれると身動きが取れなくなってしまう。

 

「あ、ごめんごめん!フィンって小さいから、つい忘れちゃう」

 

リシアは慌てて手を緩めたが、それでもフィンにとっては十分に圧迫感があった。彼女の善意は痛いほど伝わってくるが、サイズの違いという物理的な壁は、どうしても超えることができない。

 

フィンの抗議も虚しく、リシアは管理人室を後にした。廊下に足を踏み出すと、冷たい石の床が素足に触れ、ひんやりとした感覚が駆け上がる。しかし、リシアの心は燃えるような想いでいっぱいで、寒さなど感じている余裕はなかった。

 

月明かりが差し込む廊下を、リシアは記憶を頼りにセシルの部屋へと向かった。昨日、エルナに案内されて見た時の光景を思い出しながら、迷路のような寮の中を進んでいく。その足音は、まるで夜に舞い踊る妖精のように軽やか……だったのだが、興奮のあまり時々床を強く踏みしめてしまい、古い建物が微かに軋む音を立てる。

 

リシアの手の中で、フィンは彼女の歩調に合わせて激しく揺られていた。彼にとって、リシアの一歩一歩は地震のような衝撃を伴い、まるで暴れ馬の背中に乗せられているような感覚だった。

 

「(リシア、もう少し静かに歩けないのか……。このままだと、寮生全員を起こしてしまうぞ……)」

 

フィンの心配をよそに、リシアの足取りはますます弾んでいく。セシルに会えるという期待で胸がいっぱいになり、足音も自然と大きくなってしまう。

 

「(せ、セシル……もうすぐ会える……!リシア、セシルに抱きついて、いっぱい甘えるんだ!)」

 

リシアの頬が興奮で薄紅色に染まり、その美しい顔に幸福感が浮かんでいる。彼女の心の中では、セシルとの再会のシーンが何度も再生されている。セシルが驚いた顔をして、それから嬉しそうに微笑んで、自分を抱きしめてくれる……そんな甘美な妄想が、リシアの足取りをますます軽やかにしていた。

 

一方、手の中のフィンは、これから起こるであろう騒動を予想して冷や汗をかいていた。

 

「(リシア、君の気持ちは分かるが……。夜中に美少女が男子学生の部屋に押しかけるなんて、どう考えても大騒動になるぞ……。それに、セシルは今、女の子の姿なんだから、余計に複雑な事態になりかねない……)」

 

やがて、セシルとエルナの二人部屋の前に到着したリシア。扉の前で一瞬躊躇したものの、セシルへの想いが理性を上回った。

 

「だって……リシア、セシルに会いたいもん。セシルだって、きっとリシアに会いたがってるはず……」

 

リシアは小さく呟くと、魔法の力で鍵をそっと解除した。扉がかすかな音を立てて開く。その瞬間、部屋の中から微かに聞こえる安らかな寝息が、廊下の静寂を破った。

 

部屋の中は、月光がレースのカーテンを通して柔らかく差し込み、二つのベッドがおぼろげに見えていた。左側のベッドでは、エルナが安らかな寝息を立てて眠っている。蜂蜜色の髪が枕に広がり、天使のような寝顔だった。彼女の表情は穏やかで、きっと楽しい夢を見ているのだろう。

 

そして右側のベッドには……

 

「セシル!」

 

リシアの小さな歓声が闇に響いた。しかし、その声は興奮のあまり予想よりも大きくなってしまい、フィンは慌てて彼女の唇に向かって手を振る。

 

月光に照らされたセシルの寝顔は、まるで陶磁器の人形のように美しく、亜麻色の髪が枕の上で絹糸のように広がっている。薄手のナイトガウンに包まれた華奢な体は、まるで折れそうなほど儚げで、リシアの保護欲を強烈に刺激した。

 

「ああ……セシル、やっぱりとっても綺麗……。まるで、お伽話のお姫様みたい……」

 

リシアは思わず見とれてしまい、その場に立ち尽くした。セシルの寝顔があまりにも美しく、神聖で、触れるのが憚られるような気持ちになってしまったのだ。

 

リシアは迷うことなくセシルのベッドサイドに駆け寄ると、そっとベッドの端に腰を下ろした。その重みでマットレスが沈み、セシルの体が微かに傾く。リシアの体重は、繊細なセシルにとっては十分に感じられるほどで、無意識のうちにリシアの方向に体が傾いていく。

 

「んん……?」

 

セシルがゆっくりと目を開けた。まだ夢と現実の境にいるような、ぼんやりとした翠色の瞳が、暗闇の中でリシアの顔を捉える。最初は幻覚かと思ったが、リシアの温かい体温と甘い香りが現実であることを告げていた。

 

「リ、リシア……?どうしてここに……時間は……」

 

寝惚け眼のセシルが小声で呟く。その声は掠れていて、まだ完全に目覚めていないことが分かる。セシルの混乱した表情を見て、リシアは満面の笑みを浮かべた。

 

「セシル〜!リシア、セシルに会いたくて会いたくて、もう我慢できなかった!」

 

リシアの声には、純粋な喜びと安堵が込められている。まるで迷子になった子供が、ようやく母親を見つけた時のような、心からの安心感が滲み出ていた。

 

リシアは嬉しさのあまり、セシルの細い体を抱きしめようとした。しかし、セシルは慌ててエルナの方を見やる。幸い、エルナは深い眠りについているようで、規則正しい寝息を立て続けている。

 

「しーっ!エルナが起きてしまう……」

 

セシルがリシアの唇に人差し指を当てて静寂を促す。その仕草は、まるで妹を諭す姉のようで、どこか微笑ましい。リシアは目をぱちくりとさせて頷いたが、その表情はまだ興奮で紅潮していた。

 

「あ、そうだった……エルナちゃん、起こしちゃダメだよね……」

 

リシアは小声で答えたが、その「小声」でさえ、興奮のせいで普通の話し声ほどの音量があった。セシルは慌てて人差し指を立て、より静かにするよう促す。

 

しかし、その瞬間、リシアの中に新たなアイデアが浮かんだ。

 

「じゃあ、セシル、リシアのお部屋に来て!一緒に寝よう!そうすれば、エルナちゃんを起こさないで済むよね!」

 

そう囁くと、リシアはセシルの手を取って引っ張ろうとした。セシルは慌てて抵抗しようとしたが、リシアの力は想像以上に強く、しかも彼女の純粋な喜びに満ちた表情を見ると、断る言葉が見つからなかった。

 

「ええ、ちょっと、リシア……こんな夜中に、」

 

セシルの声には困惑が滲んでいる。状況の異常さは理解しているものの、リシアの純粋な願いを拒絶することができない。

 

「大丈夫!誰も見てないもん!それに、リシアのベッド、とっても大きくてふかふかなの!セシル、きっと気に入ると思う!」

 

リシアの説得には、子供特有の無邪気さと、同時に有無を言わさぬ迫力があった。セシルが躊躇している間に、リシアは行動に移していた。

 

リシアはセシルの華奢な体を、まるで大切な人形を扱うように優しく、しかし有無を言わさず抱き上げた。セシルにとっては、まるで雲の上に浮いているような、ふわりとした感覚だった。リシアの豊満な胸に押し付けられ、その温かさと柔らかさに包まれる。

 

「うわあ……!」

 

セシルの驚きの声は、リシアの胸に押し付けられてくぐもってしまう。彼女の体は想像以上に柔らかく温かく、そして何より、その抱擁には母性的な安心感があった。

 

手の中のフィンが小さく叫んだが、もちろん誰にも聞こえない。

 

「うわあああ!これは……まさに巨人に捕らわれた気分だ!」

 

彼から見ると、セシルがリシアに抱きかかえられる光景は、まるで巨大な女神に抱かれた子供のようだった。セシルの華奢な体が、リシアの腕の中では小さく見える、しかしそんなセシルもフィンにとっては大きな存在であることは十分承知している。

 

リシアの腕一本でも、フィンにとっては巨大な柱のような太さがあり、その筋肉の動きは地殻変動のように感じられる。

 

「リシア、下ろして……!誰かに見つかったら……」

 

セシルが小声で抗議するも、リシアは聞く耳を持たない。

 

「大丈夫だよ、セシル!リシアが守ってあげるから!」

 

リシアの声には、絶対的な自信と愛情が込められている。彼女にとって、セシルを守ることは当然の義務であり、喜びでもあった。

 

そのまま部屋を出ると、廊下を管理人室へと向かった。月光が差し込む廊下で、リシアの豊かな黒髪がゆらめき、まるで夜の精霊のような幻想的な光景を作り出している。セシルを抱いた彼女の姿は、神話に登場する女神が人間を天界へと運ぶ場面を思わせる、どこか神秘的な美しさがあった。

 

セシルは観念して、リシアの腕の中で身を任せることにした。彼女の体温と心臓の鼓動が直接伝わってきて、妙に安心感を覚える自分に戸惑いを感じる。

 

「(これは……一体どういう状況なんだ……。俺が、美女に抱っこされて運ばれているなんて……。フェリクスだった頃には、想像もつかない事態だ……。しかし、リシアの腕の中は、思った以上に……居心地が、悪くない……?)」

 

セシルの心の中では、男性としてのプライドと、現在の少女としての立場が複雑に絡み合っていた。理性では恥ずかしいと思いながらも、リシアの温かい抱擁に、どこか懐かしいような安心感を覚えてしまう。

 

リシアの歩くリズムに合わせて、セシルの体も優しく揺られる。その感覚は、まるで赤ちゃんの頃に母親に抱かれていた時のような、原始的な安心感を呼び起こした。

 

管理人室に到着すると、リシアはセシルを自分のベッドの上にそっと下ろした。ベッドは十分に大きく、二人が横になっても余裕があった。マットレスは高品質で、セシルの軽い体重を優しく受け止める。

 

「はい、セシル!リシアのベッド、ふかふかでしょ?このベッド、リシアのお気に入りなの!」

 

リシアが嬉しそうに言うと、セシルは困ったような表情で頷いた。確かにベッドは上質で、マットレスも枕も申し分ない。寝心地は、自分のベッドよりもはるかに良さそうだった。

 

「リシア、でも、俺がここで寝るのは……その、」

 

セシルの言葉は途中で途切れる。自分も今は女性の姿をしているのだから、その言い訳は通用しない。しかし、内面は男性のままなので、やはり抵抗感がある。

今も女子生徒と相部屋ではあるのだが、同じベットで眠るのはやはり訳が違う。

 

「セシル?どうして困った顔してるの?リシア、セシルと一緒にいると、とっても幸せなの。だから、セシルも幸せになってほしいな」

 

リシアの純粋な言葉に、セシルの心が揺れる。彼女の善意は疑いようがなく、その純真さに触れると、自分の複雑な事情など些細なことのように思えてくる。

 

セシルが躊躇していると、リシアは有無を言わさずベッドに潜り込み、セシルを抱きしめた。セシルの華奢な体が、リシアの豊満な体に包み込まれる。

 

「セシル〜!ずっと一緒にいようね〜!リシア、セシルがいないと寂しくて寂しくて……」

 

リシアの声には、子供のような純粋な甘えと、どこか艶やかな響きが含まれている。彼女の抱擁は、これまで想像していたものと反する子供を抱きしめるような穏やかなもので、温かさがあり、セシルの心の奥深くに眠っていた、愛されたいという原始的な欲求を呼び覚ます気分を感じた。

 

リシアの腕の中で、セシルは観念したような溜息をついた。リシアの体は程よく温かく、その心臓の鼓動が子守唄のように心地よい。彼女の肌は絹のように滑らかで、甘い香りが鼻腔をくすぐる。気がつくと、セシルの意識は再び眠りの淵へと誘われていた。

 

「(なんだろう、リシア、中身はあれだが体はすっごい、包まれるような)」

 

ベッドサイドで一部始終を見ていたフィンは、複雑な心境だった。

 

「(なんだかんだで、リシアもセシルも幸せそうに見えるな……。セシルの表情も、すっかり安らいでいる。リシアも、こんなに穏やかな顔をするのは久しぶりだ。まあ、明日の朝が怖いが……)」

 

フィンは、10cmの体でベッドの足元まで移動した。そこには、小さな毛布が落ちているのを発見する。リリアが適当に散らかしたテーブルクロスだろうか。フィンはそれを引きずって自分なりのベッドを作った。10cmの体には十分すぎるサイズで、ふかふかで暖かい。

 

「(ふう、この生活にも少しは慣れてきたようだ)」

 

フィンにとって、このサイズでの体験は全てが新鮮だった。しかしこのサイズも段々と当たり前になりつつあることを感じる。

 

やがて、部屋には三人の穏やかな寝息だけが響いていた。リシアに抱きしめられたセシルの表情は、意外にも安らかで、久しぶりに深い眠りについているようだった。リシア自身も満足そうな笑みを浮かべて眠っている。その顔は、まるで願いが叶った子供のように無邪気で美しい。

 

フィンも、心配事を抱えながらも、疲労に負けて眠りに落ちていった。久しぶりの穏やかな就寝であった。

 

翌朝、朝の光がレースのカーテンを通して部屋に差し込む頃、セシルは暖かい何かに包まれている感覚で目を覚ました。最初は夢かと思ったが、リシアの甘い香りと規則正しい寝息が現実であることを告げている。

 

「(そうか……昨夜のことは夢ではなかったのか……)」

 

セシルがそっと目を開けると、リシアの美しい寝顔が間近にあった。長い睫毛、すべすべの肌、薄紅色の唇……その美貌は、眠っていても神々しいまでに美しい。朝の光を受けた彼女の肌は、まるで真珠のような輝きを放っている。

 

「(確かに……美しい……。そして、この抱擁は……思った以上に心地よい……。まるで、世界で一番安全な場所にいるような……。だが、これはまずい状況だ……)」

 

セシルの心の中では、リシアへの感謝と、この状況への困惑が入り混じっていた。確かに昨夜は、これまでにないほど深く眠ることができた。しかし、朝になって冷静になると、やはりこの状況の異常さが気になってくる。

 

セシルがゆっくりと身を起こそうとした時、遠くから慌ただしい足音と声が聞こえてきた。

 

「セシルちゃん!セシルちゃん!どこにいるの!?」

 

エルナの心配そうな声が廊下に響いている。その声には、明らかに動揺と不安が込められている。どうやら朝起きた時にセシルがいないことに気づき、寮中を探し回っているようだった。

 

「セシルちゃーん!返事して!大丈夫なの!?」

 

エルナの声がだんだんと近づいてくる。他の寮生たちの声も混じり始め、寮全体が騒然としてきた。

 

「うわあ……これは本格的にまずいことになった……」

 

セシルは慌ててリシアを起こそうとしたが、彼女はあまりにも気持ちよさそうに眠っていて、起こすのが躊躇われた。リシアの寝顔は、まるで天使のように穏やかで、それを乱すのは罪悪感すら覚える。

 

しかし、廊下の騒ぎはますます大きくなっていく。

 

「セシルちゃんの荷物はそのままだし……まさか、何か事件に巻き込まれたんじゃ……」

 

「いえ、窓も施錠されてるし、外から侵入した形跡はありません……」

 

「でも、どこにもいないのよ!一体どこに……」

 

寮生たちの心配そうな声が、管理人室まで聞こえてくる。セシルは急激に罪悪感を覚え始めた。

 

その時、管理人室のドアがノックされた。

 

「リシア様、セシルさんはそちらにいらっしゃいませんでしょうか?」

 

ディアナの声だった。その声には、いつもの冷静さに加えて、わずかな緊張が含まれている。セシルは慌ててリシアを揺り起こす。

 

「リシア!起きて!大変なことになってる!」

 

セシルの必死の呼びかけに、リシアはゆっくりと目を開けた。

 

「んー?セシル?おはよう〜……あれ、なんか外が騒がしい?」

 

のんびりとした声で挨拶するリシアに、セシルは状況を説明した。リシアは最初きょとんとしていたが、やがて事の重大さを理解したようで、慌てたような表情になった。

 

「ど、どうしよう……リシア、セシルを連れてきちゃった……みんな、セシルを探してるの?」

 

リシアの声には、子供が悪いことをした時のような、純粋な困惑と後悔が込められている。彼女は決して悪意があったわけではなく、ただセシルと一緒にいたかっただけなのだ。

 

「とりあえず、俺が適当に言い訳をするから……」

 

セシルがそう言いかけた時、管理人室のドアが開いて、ディアナが顔を覗かせた。そして、ベッドの上でセシルとリシアが一緒にいる光景を目にして、目を見開いた。

 

「これは……一体……」

 

ディアナの困惑した表情を見て、セシルは咄嗟に思いついた言い訳を口にした。内心では(どう説明すれば一番納得してもらえるだろうか……)と必死に考えを巡らせていた。

 

「あ、あの……実は、昨夜、どうしても故郷のことが恋しくなってしまって……リシアさんは同郷の方ですし、その……甘えさせていただこうと思って……」

 

セシルが俯きがちに、まるで悪いことをした子供のような表情で答える。その仕草は、確かに故郷恋しさに大人に甘えたくなった子供に見えなくもない。セシルの華奢で幼い姿は、そんな説明に説得力を与えていた。

 

ディアナの眉がわずかに和らいだ。彼女にも、故郷を離れた時の寂しさは理解できる。

 

「夜中に、リシアのところへ?一人で?」

 

ディアナの問いかけには、セシルの安全を心配する気持ちと、同時にこの状況への疑問が込められている。

 

「は、はい……故郷が恋しくて、眠れなくて……リシアさんなら、きっと理解してくださると思って……同じ故郷の方ですし、お話を聞いていただければ、きっと気持ちが楽になると思いまして……」

 

セシルの説明には、子供らしい純粋さと、同時に切実さが込められている。実際、リシアと一緒にいると、確かに心が安らぐのは事実だった。

 

その時、廊下からエルナの声が近づいてきた。

 

「セシルちゃん!見つけた!」

 

エルナが管理人室に駆け込んできて、セシルとリシアがベッドにいる光景を見て、一瞬驚いたような表情を見せた。しかし、すぐに理解したような、そして少し感動したような優しい微笑みを浮かべる。

 

「あら、セシルちゃん、故郷が恋しくなっちゃったのね。リシアさんに甘えてたの?」

 

エルナの声には、セシルの気持ちを理解しようとする温かさと、同時に安堵が込められている。セシルが無事だったことへの喜びが、表情に明確に現れていた。

 

「まあ、可愛い!一人で抱え込まないで、もっと早く言ってくれればよかったのに」

 

エルナの温かい反応に、セシルは内心でほっと胸を撫で下ろした。

 

「は、はい……その、故郷のことを思い出して、寂しくなってしまって……リシアさんが同郷でいらっしゃるので、お話を聞いていただこうと思って……」

 

「まあ、素敵!セシルちゃんって、普段しっかりしてるから忘れちゃうけど、まだまだ子供なのよね。そういう時は、遠慮しないで甘えてもいいのよ」

 

エルナが手を叩いて微笑むと、廊下からも他の寮生たちの声が聞こえてきた。

 

「あら、セシルちゃん、見つかったのね!」

「どこにいたの?心配したのよ〜」

「無事でよかった!」

 

寮生たちが管理人室に集まってきて、セシルとリシアの状況を見て取ると、皆一様に温かく、そしてどこか生暖かい微笑みを浮かべた。

 

「まあまあ、セシルちゃんったら、故郷恋しさにリシアさんのところに甘えに行ったのね」

「あら可愛い。普段はおませさんに見えるけど、やっぱりまだ十三歳なのよね」

「一人で我慢しないで、もっと私たちに甘えてもいいのに」

「リシアさんも、きっと嬉しかったでしょうねぇ」

 

寮生たちの視線には、「まだまだ子供なのに一人で頑張ろうとして」という慈愛に満ちた温かさと、「もっと私たちに甘えてもいいのよ」という意味を込めた生暖かさが込められていた。彼女たちの表情は、まるで可愛い妹や娘を見守る家族のような愛情に満ちている。

 

セシルは顔を赤らめながら小さく頷いた。

 

「は、はい……その、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……皆さんに心配をおかけしてしまって……」

 

「迷惑だなんて、とんでもない!」エルナが優しく首を振る。「セシルちゃん、普段あまり弱音を吐かないから心配してたの。もっと私たちに甘えてもいいのよ?私たちは、セシルちゃんの家族みたいなものなんだから」

 

「そうそう、一人で抱え込まないで、何でも相談してちょうだい」

「私たちはセシルちゃんのお姉ちゃんなんだから!」

「困った時は、遠慮しないで頼ってね」

 

寮生たちの言葉に込められた、「子供は大人に甘えて当然」という優しい気持ちと、セシルの自立心を愛らしく思う保護欲が、その場の空気を温かく包んでいた。

 

「うんうん、セシルちゃんはとってもいい子だけど、もう少し甘えん坊になってもいいのよ。でも、今度からは夜中に一人で歩き回るのは危険だから、事前に声をかけてもらえるかしら?何かあったら、みんなで心配しちゃうから」

 

エルナの優しい注意に、セシルは深く頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした……今度から気をつけます……皆さんに、こんなにご心配をおかけしてしまって……」

 

「いえいえ、謝ることないのよ。むしろ、素直に甘えてくれて嬉しいわ。セシルちゃんが、私たちを信頼してくれてるってことだものね」

 

寮生たちの反応に、リシアも嬉しそうな表情を浮かべた。内心では「セシルがリシアを頼ってくれた!」という満足感と、「セシル、みんなに可愛がられてる!」という誇らしさでいっぱいだった。

 

ベッドの隅で一部始終を見ていたフィンは、苦笑いを浮かべていた。

 

「(まさか、こんな形で丸く収まるとは……。セシルの機転の良さには感心するな。それに、寮生たちの優しさも本物だ。)」

 

フィンにとって、この一連の出来事は、人間の温かさを再認識する機会でもあった。10cmのサイズから見上げる人間たちは、まるで巨人のようだが、その心は確かに温かい。

 

やがて寮生たちが部屋から出て行くと、残されたのはセシル、リシア、ディアナ、そしてフィンだった。ディアナは深い溜息をついて、セシルに向き直った。

 

「セシルさん、お気持ちは理解できますが、今後このような行動は控えていただけますでしょうか。寮の規則もありますし、何より……安全面での懸念があります」

 

ディアナの言葉は途中で止まったが、その視線はリシアに向けられていた。明らかに、リシアの行動に対する警戒心を抱いているようだった。

 

「はい、申し訳ありませんでした……今後は、必ず事前にご相談いたします」

 

セシルが再び頭を下げると、ディアナは小さく頷いて部屋を出て行った。しかし、その表情には、まだ完全には納得していない様子が窺えた。

 

残されたセシルとリシア、そしてフィン。リシアは上機嫌で、セシルにくっついている。

 

「セシル〜!リシア、セシルに頼られて嬉しい!また今度も一緒に寝よう〜!みんなも、セシルがリシアのところに来てもいいって言ってたよ!」

 

リシアの無邪気な提案に、セシルは苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「リシア、でも、あまり頻繁だと、みんなに迷惑をかけてしまうから……それに、見た目を考えてくれよ、そんなに甘えてばかりでは……」

 

「えー、でも、セシル、昨夜は甘えん坊さんだったのに!リシア、セシルと一緒にいると、とっても幸せなの。セシルも幸せだったでしょ?」

 

「それは、言い訳でなあ、」

 

リシアが少し不満そうにぽそぽそ言うと、セシルは優しく彼女の頭を撫でた。しかし、その動作はリシアが座った状態でようやく届く高さで、まるで小さな子供が大人に背伸びして撫でているような微笑ましい光景だった。

 

「分かってる。確かに、君と一緒にいると安心する。でも、節度というものがあるんだ。それに、俺は学院で学ぶことになったんだから、多分平日はもどっれこれない……」

 

セシルの真面目な説教に、リシアは最初は素直に聞いているようだったが、だんだんと表情が曇っていく。

 

「セシル……また、リシアを叱るの……?大人扱いするの……?昨夜は、あんなに甘えてくれたのに……」

 

リシアの悲しそうな声に、セシルは言葉に詰まった。確かに、見た目は大人でも、リシアの心は純粋な子供そのものなのだ。そして、昨夜の出来事は、彼女にとって特別な思い出になっているのだろう。

 

「悪いことをしたわけじゃない。ただ、いつでも好きな時に、というわけにはいかないんだ。でも……」

 

セシルは少し考えてから、優しく言葉を続けた。

 

「分かった。今度、もう少し時間を作って、一緒にいるようにするから……。ちゃんと約束するよ。でも、夜中に突然部屋に来るのは、本当にダメだからね。みんなに心配をかけてしまうから」

 

セシルの約束に、リシアは少し明るい表情を見せた。しかし、完全に納得したわけではないようで、心のどこかに「セシルはもう甘えてくれないの?」という寂しさが残っているのが見て取れた。

 

「本当に?約束?」

 

「約束する。君のことを大切に思ってるからこそ、ちゃんと時間を作るよ」

 

セシルの優しい言葉に、リシアの表情が少し明るくなった。しかし、その奥には、まだ完全には解消されていない不安と寂しさが残っていた。

 

フィンは、この微妙な空気を感じ取りながら、今後への不安を募らせていた。

 

「(リシア、完全には納得していないな……。セシルの言葉は理解したようだが、感情的には納得できていない。これは、また何かやらかすかもしれない……)」

 

午前中、セシルは寮長のリディアと、学院での履修について相談することになった。リディアの部屋は、寮長室として他の部屋よりも広く作られており、執務机や書類棚が置かれている一方で、リディア個人のものと思われる可愛らしい小物や、甘いお菓子の包み紙なども散見される、どこかほっこりとした空間だった。

 

「え、えーっと……セシルさんの、その……年齢的には……」

 

リディアが書類を前に、いつものように言葉を詰まらせながら質問する。セシルは内心で(これは説明が難しいな……)と思いつつ、適当にごまかすことにした。

 

「一応、十五歳……ということにしておいてください。」

 

「そ、そうですね……見た目的には二、三歳下な気もしますが……。それで、これまでの学習歴は……?」

 

「読み書き算術問題ありません。あと、錬金術については……まあ、それなりに」

 

セシルが控えめに答えると、リディアは安堵したような表情を見せた。

 

「そ、それでしたら……アウレリア総合魔導学院の、私たちと同じ中等部の課程に?で本当にいいんですか。錬金術専攻ということでしたが……いろんなコースがありますけど、私の方で決めておいていいですか?」

 

リディアの曖昧な質問に、セシルは苦笑いを浮かべながら頷いた。

しかし謎の敬語を使い続けるリディアに、セシルは少し戸惑いを感じていた。

 

「はい、お任せします」

 

「あ、ありがとうございます……。それで、学院の方針としては……実習と理論のバランスを重視していて……」

 

リディアが説明を続ける中、セシルは新しい学生生活への期待と不安を感じていた。錬金術については自信があるものの、十三歳の少女として学院生活を送ることの困難さも予想できた。

 

「あの、寮での生活については……これまで通り、エルナさんと二人部屋で……」

 

「はい、それで構いません。エルナとは、なんとかやっていけそうですから」

 

セシルの返答に、リディアはほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「よ、よかったです……。エルナさんは、本当にいい子ですから……。きっと、楽しい学院生活が送れると思います……」

 

二人の和やかな会話は、しばらく続いた。リディアの人柄の良さと、セシルへの気遣いが感じられる、温かい時間だった。

 

「えーっと、なんで敬語なんですかリディアさん?」

 

「あ、っそうだね、なんか堅苦しいこととか規則とか喋ってると、つい……。ごめんね、気にしないで、」

 

一方、管理人室では、リシアがフィンと一緒に、窓の外を眺めていた。中庭で談笑する寮生たちの姿が見え、その中にセシルはいない。

 

「セシル、まだ寮長さんとお話してるのかな……」

 

リシアの呟きに、フィンは心配そうに答えた。

 

「きっと、学院のことで重要な話をしてるんだろう。もう少し待っていよう」

 

「でも、リシア、退屈……。セシルと一緒にいる時間が短すぎる……」

 

リシアの不満は、朝の説教以来、徐々に蓄積されていた。セシルは確かに優しいが、最近は注意されることが多く、純粋に一緒に楽しい時間を過ごすことが少なくなっているように感じられた。

 

「セシルは、リシアのことなんて忘れちゃったんだ……。だったら、リシアがいなくなったら、心配してくれるかもしれない!」

 

リシアの子供じみた発想に、フィンは頭を抱えた。しかし、彼女の決意は固く、もう止められそうにない。

 

「待て待て待て、もっと話合えばわかる!」

 

「わかんないからこうなってるの!もういいあなたは私のおもちゃとガイドね」

 

高圧的にリシアはフィンを握りしめる。フィンよりも大きな手はあっという間にフィンを掴み取るとジェットコースターよりもよほど酷い揺れで動く。

 

夕食の時間、ディアナが食事の配膳で管理人室を留守にした隙を狙って、リシアは行動を起こした。フィンを髪の中に隠すと、そっと部屋を出て寮の裏口へ向かう。

 

「セシル……リシアがいなくなったら、きっと心配してくれるよね……」

 

そう呟いて、リシアは寮の外へと足を踏み出した。フィンは髪の中で、これから起こるであろう騒動を予想して溜息をついた。

 

「(やれやれ……また大変なことになりそうだ……)」

 

リシアが寮から姿を消してから約一時間後、ディアナが管理人室に戻ってきて、部屋が空っぽなことに気づいた。最初は、リシアがどこか寮の中にいるのだろうと思ったが、いくら探しても見つからない。

 

「まさか……」

 

ディアナの顔が青ざめた。急いで寮中を探し回ったが、リシアの姿はどこにもない。窓が開いていることから、外に出たのだと判断せざるを得なかった。

 

「これは……緊急事態だ……」

 

ディアナは急いで寮長室に向かった。リディアとセシルに、リシア失踪の報告をしなければならない。

 

寮長室では、リディアがお気に入りのミルフィーユを食べながら、のんびりと夕食を取っていた。そこにディアナが慌てた様子で飛び込んできた。

 

「寮長!大変なことになりました!」

 

ディアナの緊迫した声に、リディアはミルフィーユを取り落としそうになった。

 

「え、え……?ど、どうしたんですか……?」

 

「リシアが……いなくなりました!おそらく、寮から出て行ったものと思われます!」

 

ディアナの報告に、リディアの顔が真っ青になった。

 

「え、ええええ!?り、リシアさんが……!?」

「え、それって問題なんですか?、そそうですよね、監視対象ですもんね。」

 

その時、部屋のドアがノックされ、セシルが入ってきた。

 

「あの、お食事の時間だと思って……」

 

セシルが入ってきた瞬間、ディアナの深刻な表情を見て、何か大変なことが起こったのだと察した。

 

「どうしました?何か……」

 

「セシルさん!リシアさんが……いなくなってしまいました!」

 

ディアナの報告に、セシルの顔が青ざめた。

 

「え……リシアが……?」

 

「私の監視が不十分なのはもちろんです。もしあの事故がまた起こってしまったら、

しかしあなたにも責任はあります。探索にご同行を。」

 

ディアナが軽く頭を下げると、セシルは慌てて立ち上がった。

 

「探しにいきましょう。そう遠くには行ってないはずです。」

 

セシルの提案に、リディアは慌てて手を振った。

 

「だ、だめです!夜になってしまいます、二人とも危険です。」

 

「でも、リシアが……」

 

「セシルちゃん、ダメったらダメー!」

 

いつものリディアらしくない強い口調で、リディアはセシルを制止した。

 

途方に暮れたセシルは、青ざめているディアナを前に慎重にさとした。

 

「ディアナさん、リシアの魔力は、その魔力を封印する腕輪によって封印されています。大規模な魔法は使えません。

一晩くらいなら、大丈夫でしょう」

 

セシルの説明に、ディアナは納得する表情とそれでも心配は拭えなかった。

 

「そうです、リシアさんも大人ですから、一晩くらい何か用事で出かけてることもあるんじゃないですか?」

二人の困惑を横に、状況をよく知らないリディアは少し困惑しつつも、先ほど食べそこねたミルフィーユの残りを口に入れる。

 

「明日の朝一番に、捜索隊を組織します。わかりましたねセシルさん。」

 

リディアの決断に、セシルは従うことにした。

 

「(リシア……、奇妙な縁とはいえ、あれだけなつかれれば心配にもなってくるな、、)」

 

夜が更けていく中、セシルは、自分の行動がリシアの家出の原因になったのではないかと、自責の念に駆られていた。

 

セシルは窓の外を見つめながら、リシアとフィンの無事を祈った。街のどこかで、二人がどのように夜を過ごしているのか、想像するだけで胸が痛んだ。

 

一方、ディアナは自分の部屋で、剣の手入れをしていた。明日の捜索に備えて、装備を整えているのだ。しかし、その手は微かに震えていた。

 

「(兄さんのことと、同じ……?まさか、また大事故になるなんて、)」

 

ディアナの心に、一方的に兄の死亡届が送られた時のことを思い出す。

同じことは二度と起こさせてはならない。

 

「(リシア、あなたに好き勝手なんてさせませんよ…)」

 

事の深刻さにいまいち気づけていないリディアは、自分の部屋でぼんやりと窓の外を見つめていた。しかしセシルやディアナの焦った表情が脳裏にちらつく。

 

「とりあえず、み、みんな……無事でありますように……?」

 

街のどこかで、リシアとフィンがどのような夜を過ごしているのか、それは誰にも分からなかった。しかし、明日になれば、きっと再び皆が揃って、穏やかな日常を取り戻すことができるはずだった。

 

深夜のアウレリアの街に、静寂が降りていた。魔法の街灯がぼんやりと道を照らし、時折夜警の足音が石畳に響く。この静寂の中で、小さな冒険が始まろうとしていることを、まだ誰も知らなかった。

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