神:アッシュ1
『ようこそ、実験場へ』
目を開けると、真っ白な空間だった。
白い床と白い天井。明かりもないのに部屋は明るい。
そして、貫頭衣を来ていて、俺の体はマシュマロになっていた。
腕も足もふわふわと白い塊で、周囲には同じようなマシュマロ人間が大勢いた。
「ここどこだ!?」
「なんで俺が!」
「ママー!」
それらは全て同じ声だった。言語は別々だったけど、なぜか意味が理解できた。
それでも口調から、年齢や性別は予測できた。
マシュマロ人間は混乱していた。
俺もその一人だった。
昨日、自殺未遂をして、そのまま意識を落としたはずだ。
誰も来るはずのない山の中。エイリアンにそのまま攫われたとか?
まさか、ここが死後の世界なのか? それとも異世界召喚? まさかね。
夢にしては妙に生々しい。
現実にしては意味がわからない。
そこへ、女神様としか言えない存在が降臨した。
その人の服にはデカデカと初見の文字で「運営」と書かれている。
『皆様には実験へご協力いただきます』
誰かが叫ぶ。
「拒否する!」
『拒否はできません』
「ふざけ――」
女神様は腕を振り下ろした。
轟音。
雷が、かなり太い雷が落ちて騒いでいたマシュマロは消えた。
残された焦げ跡が修復されるように消えていく。
静寂が訪れる。
子供が泣き出そうとして、周囲のマシュマロに宥められて必死に黙る。
全員が絶対に逆らえないのだと理解した。
俺も、死にたいとは思っていたが、この状況で騒ぐ気にはなれなかった。
怖すぎるし、周囲を巻き込むかもしれない。
『VRゲームの長期実験です』
『終了後は元の生活へ戻します』
『報酬も支払います』
女神様は慈愛溢れる笑みを浮かべ、今の暴虐なんてなかったように振る舞う。
信用なんてできるわけがない。でも、逆らう選択肢はなかった。
こうして俺達は、実験に参加することになった。
◇
ゲームは、とんでもなかった。
俺達は、まんまるの岩の塊を見せられた。
ただし、それは超巨大だった。
『皆様には、ミニゲームを行い、微生物一つないこの星を飾って地球並みの惑星にするゲームをしてもらいます。大きさは地球と同じです』
「バカなの?」「しっ」
地球と大きさ同じって、壮大過ぎんだろ。
「各種ゲージを半分以上にしたらゲームクリアです」
ゲージには魔法から肉食動物、草食動物、雑食動物、毒草、薬草、作物、とにかく多岐に渡っていて、全てのゲージを確認するのも大変なほどだった。
「まあ、やってみるか……」
ゲームもまた無数にあった。
大まかなものとしては、新たな動植物を作る創造クエスト。既存の動植物をゲットする調達クエスト。時間加速で育成趣味レーションをして品種改良変更を加えるものもあった。修行するクエストや、昇格クエストもあった。
悔しい事に、ゲーム自体は楽しかった。
1000人で頑張れば、すぐに無数のアイテムが集まった。
アイテムをいざ設置する。アイテムを設置すると、パラメーターランダムかパラメーター指定か選べた。
パラメーターを指定して生命力などを伸ばすと、俺達に与えられた創造ゲージが削られていった。創造ゲージは人によって違って、俺は最初からすごく多かった。
創造ゲージは鍛える事ができた。創造ゲージがないと仕事にならないので、一生懸命鍛えた。
また、動物を設置するとそれに加えて設定画面が開き、好き嫌いなども入力出来たし、性格設定も書き込めた。
人間だと、さらに役職なども設定できていく。正直めんどくさい。
ただ、初めての設置でID表示機能が開放され、俺達はIDと名前が表示出来るようになり、区別がつけられるようになった。それまで、何故か名前が口にできなかったのだ。IDを決める際、必ず偽名にする事と注意書きがあった。俺は灰原なのでアッシュにした。その後も何かを設置する度にご褒美がもらえた。飲み食いなしでも電脳空間では生活できるが、やはりプライベートな空間と食料は欲しかった。俺達はせっせと手に入れたアイテムを設置して、名前の他に、今日の糧と部屋を手に入れた。全員で千人ぴったりで、消されたやつはサクラなんじゃないかって判明する頃には、俺達は運営に逆らう気を無くしていた。
「クリアに必要な人口って何人だっけ?」
「1000万人でゲージいっぱいだから、その半分で、500万人かな」
「1人5000人ってこと? それマジで?」
「動植物はその比じゃないぞ。あと、ほとんどのプレイヤーは人を作れないからもっとかな」
「うえええ……」
こんなん苦行だろ。
しかし俺達は、日々の糧を得る為に頑張り続けた。
そのうち、設定とかを凝り始めてせっせと国とか作り始めた。
終わらない作業を頑張り続けた。
世界中の千人と、国籍も年齢も関係なく。途中で仲良くなる奴もいれば、喧嘩する奴もいた。恋人ができた奴までいた。
途中狂気に陥ったやつを全力で慰めたし、延々と置いた駒に話しかけるやつを見ないふりしてやった。
俺達は一丸となって頑張った。
俺はというと、運が良かった。惑星を作る「神」に選ばれたのだ。
千人中、たった二人で、もう一人はアメリカの少年だった。
ロボットのアバターを使っていたから最初はAIかと思った。
俺のアバターはもちろんイケメン。選べるならそれはそう。
めちゃくちゃ頑張って作った。
適当じゃない。全力でイケメンを作った。
クエストの中に、全メンバーの神像を祀った神殿を作る、というものがあったからまあ力を入れた。
他の連中も似たようなもので、毎日姿を変える奴もいたので、神殿は最後に作ることになった。
結局、見分けるのはIDだった。IDは変えられないから。
神階級しかできない仕事も多かったので、レオンとはよく一緒に作業した。
階級ごとにもクエストが発生して、それをこなすのはかなり大変だった。
「この街、どう思う?」
「道路もう少し広くしたら?」
「なるほど!」
「アッシュの国またダンジョン増えてる!」
「ロマンだろ!」
「世界観崩れるから僕のところにダンジョン設置はやめてね」
「わかった。じゃあ白白のところに」
「自分の領地に何か設置したら殺すアル」
「ぐぬぬ。いや、白白の領地広くね?」
「中華大陸は広くて当然ある」
「白白はやる気あってすごいよな」
「一番強国目指すある」
「負けないからね!」
◇
十年後。
ついに最後のクエストが終わった。
「終わったぁぁ!」
「クリアだ!」
「やった!」
千人全員が歓声を上げる。
長かった。
本当に長かった。
すると、女神様が現れた。
『お疲れ様でした』
『実験は終了です』
「帰れるの!?」
レオンが真っ先に聞いた。
『はい』
「パパとママに会える!」
レオンは飛び跳ねた。
俺は笑う。
「良かったな」
「うん!」
そして、管理人は続ける。
『作業が途中の方はもうしばらく続けても構いません。残業にも報酬は払います。ただし、守秘義務の2年間はできうる限り守ってください』
「じゃあ、俺は残ろうかな。俺、帰るあてもないんだよね」
「中華帝国が完成してから帰るアル」
「あっ 私も!」
『作業が終わり次第、ログアウトボタンを押してください』
「……」
「レオン?」
「僕も、完成させてから帰る」
「いいのか?」
「ここまで来たし」
そうして残った者達は1人帰り、2人帰り、最後に俺が残った。
最後、俺に自分の最高傑作を弄られたくないと、俺の為に大陸がプレゼントされてしまった。そこに色々設置していく。
ゲージの一つがいっぱいになると、そのゲージの物は作れなくなる。
全てのゲージがいっぱいになってしまった。
クエストで作った俺の星もいっぱいになる。
「このゲームはこれでエンディングです。クリアおめでとうございます」
……嫌だった。
「帰りたくない。ずっとここにいたい。俺は向こうじゃ、自殺未遂したんだ。帰る宛なんてない。報酬をちょっともらったって、もう年齢的に就職だって見つからないだろうし、俺詰んでるんだよ」
女神様は静かに言った。
『新天地をご用意することは可能です』
「新天地?」
『新しい戸籍、新しい人生です。生活基盤もご用意します。それに報酬は一生働かずに暮らす事が可能です。ただし、新しい戸籍を用意する場合、報酬の受け渡しに5年かかります。守秘義務も7年に延びます。衣食住は15年間面倒を見てもらえますし、それは報酬には入りません』
そんなオプションあるなら早く言ってくれよ。一生働かずに済むだけの報酬をもらえるなら……いやでも、どうやって手に入れたっていうつもりだ。新しい戸籍。新しい環境。人生をやり直せるなら、俺は。
「お願いします」
女神様は頷いた。
そして、契約書を見せてきた。
報酬は3回に分けて支払う事。
最初の報酬は5年後。
次の報酬は6年後。
最後の報酬は7年後。
守秘義務が7年間ある事。特に6年間の守秘義務は徹底してほしいこと。
守秘義務の遵守は報酬に影響する事。
あまりにも守秘義務を破り本番環境の邪魔をするなら徹底した対応をすること。
俺はそれにサインをした。
『それでは』
『皆様の未来に幸あらんことを』
光が世界を包んだ。
◇
「貴方の名前は悠人。悠人よ、愛しい私の赤ちゃん」
「愛してるよ、悠人」
いや、新しい戸籍って転生かよ!!!
◇
三年後。
「まーま! ほいくえん!」
「ふふっ、そうね。今日は保育園よ」
俺――弓星悠人は、人生で初めて外へ出た。
空を見上げる。
空飛ぶ車、空飛ぶバス。
見たことのない街。
どう見ても地球じゃない。
保育園では先生が笑顔で迎えてくれた。
「僕はカイ先生。よろしくね」
よろしくお願いします!
元気よく挨拶をして、知らない子達とも友達になった。
そして絵本を読んでもらう。
「先生、この国の名前は?」
「アメリカンフロンティアだよ」
俺は固まった。
忘れるはずがない。
その名前だけは。
十年間、一緒に惑星を作ってきた少年。
レオンが中心になって作った国。
……待て。
じゃあここは。
俺達がゲームで作った世界なのか?
絵本を持つ手が、震えた。
マシュマロ
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