レオンの国だった。
その事実は、思った以上に俺の頭を混乱させていた。
「ユート?」
「え?」
「どうしたの?」
エリーゼが不思議そうに俺を見る。
「あっ、ごめん」
いや待て待て待て。
落ち着け。まず確認だ。
ここは本当にレオンの国なのか?
「先生!」
「うん?」
「アメリカンフロンティアって、どんな国なの?」
カイ先生は絵本を閉じた。
「みんな知ってるかな?」
園児たちが元気よく手を挙げる。
「ヒーローの国!」
「メカリア!」
「ヴィランいる!」
「正解!」
全部聞いたことがある。
いや、作った覚えがある。
俺じゃない。
レオンが。
「この星はね、千人の開拓者が開拓したって伝説があるんだよ。レオンは、アメリカンフロンティアを開拓したって言われてる」
ぶふっ。
危うく吹くのを我慢した。
「千人の像を祀った神殿が各地にあって、その場所ごとに中心の像が違うんだ。諸説あって、開拓者、地図を作った旅人、神様だったなんて説もあるね。まあ、今の神殿で無事なものはほとんどないんだけどね。なにせ作られたのが古い時代だから。彼らはサウザンドって呼ばれてる」
俺は頭を抱えた。
あの神像ってこの為かよ!
◇
家へ帰ると、父さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日はどうだった?」
「楽しかった! サウザンドって古い開拓者のお話聞いた!」
これは本当だ。
保育園なんて前世ではほとんど覚えてない。
意外と面白い。
父さんと母さんは、本当に優しい。
大好きな両親。
忍族の父さん。
魔族の母さん。
どちらの種族も俺が作った。
……いや。
設定した、が正しい。だってゲームだったんだから。
「ねぇ父さん。」
「ん?」
「忍者って知ってる?」
「忍族だよ。お父さんは最後の純血の忍族なんだ」
「そうなの?」
「そう。大昔、忍術っていう、いろんな魔法を使ったっていう伝説があるんだよ」
「父さんも知ってる?」
「絵本で動物は喋るけど、実際は喋らないだろ? そういう話」
うーん。完全に失伝してる。
◇
その夜。
俺は空を見上げた。
真っ暗だった。
星が一つもない。
太陽しか存在しない空。
ゲームの設定そのままだ。
「俺、本当に世界を作っちゃったのか」
ゲームだと思っていた。
ただの遊びだと思っていた。
ダンジョンを置いて、魔物を配置した。
冒険者を作って、国を設定した。
「面白そうだから」
そんな理由で。もし本当に現実なら。
「……ごめん」
誰に謝ればいいのかわからなかった。
◇
幼児なりに絵本やおしゃべりで一生懸命勉強しながら、二年が過ぎた。
俺は5歳になっていた。
父さんと母さんは仕事で留守。代わりに夜は誕生日ケーキでお祝い予定。
お願いして保育園から借りた絵本を一人で読んでいると、突然。
頭の中に、懐かしい声が響いた。
『大変お待たせいたしました』
俺は立ち上がった。
『惑星ファンタジーアース製作実験にご協力いただき、ありがとうございました』
運営女神様だ。
忘れるはずがない。
『規定年齢に達しましたので、一回目の報酬を支給いたします』
「……来た」
心臓が速くなる。
『ステータスを解放します』
『ステータスオープンと唱えてください』
俺は周囲を確認した。
誰もいない。
よし。
「ステータスオープン」
青い半透明の画面が、目の前へ浮かび上がる。
「本当に出た……」
夢じゃなかった。
俺達の十年間は、本当にあったんだ。
画面には懐かしい名前が表示されていた。
灰原・縁――アッシュ。
現在名、弓星悠人。
種族、忍族・魔族。
ジョブ、なし。
そして素質欄には、俺がゲーム内で設定した魔法が並んでいる。
「ちゃんと残ってる」
思わず笑ってしまう。
その下には見覚えのある項目が並んでいた。
アイテムボックス、マイエリア、ショップ、ノート。
どれもゲームで散々使った機能だ。
まずはアイテムボックスを開く。
中には五つの箱。
あのゲームは基本は累積式で、神はゲストから神まで五種類の課題をしないといけない代わりに、五種類の報酬をもらえた。今回もそうなのだろう。
ゲスト。
職人。
クリエイター。
精霊。
神。
「まずは神報酬から行くか」
一番大きな黒い箱を開ける。
すると、中から色とりどりの金平糖が現れた。
「……金平糖?」
中から金色の粒を一つとる。
手にとって本能で理解すると同時に思い出した。
これは高級創造触媒だ。
ゲーム内で神しか使えなかった最高級素材。
一騎当千のNPCや神具を作ることができる。
「危なっ」
慌てて蓋を閉める。
五歳児の部屋に置いていい物じゃない。
他の報酬も確認する。
大量のアイテムポイント。
スキルポイント。
ジョブポイント。
転移チケット。
転生チケット。
ポーション。
「本当にバイト代だったんだな……」
いや、普通のバイト代ではない。
現金は流石になかったけれど、人生がひっくり返る額だ。
◇
ショップを開いてみる。
やはり、ほとんどの商品には鍵が掛かっていた。
水と携帯食、貴金属に宝石とポーションだけ買える。
何かあっても餓死の心配はなさそう。
『正式オープンまで あと365日』
「まだ買えないのか」
少し安心した。
今全部買えたら、俺はきっと調子に乗る。
調子に乗って世界を滅ぼしかねない。
実績がある。
ゲームではカオス国をダンジョンだらけにして自滅させた。
レオンにも白白にも散々怒られた。
反省は……一応している。
たぶん。
でもだって、現実になるなんて思わないだろ。
◇
その時、小さな通知が点滅した。
【運営からのお知らせ】
開いてみる。
『第二回報酬支給まで 365日』
『第三回報酬支給まで 730日』
『報酬内容は現在までの行動によって変動します』
『本番環境開始まで 365日』
「本番環境……」
本番。
本番って何だ。
ゲームなら正式サービス開始。
でも、ここはもう現実だ。
ファンタジーアースは四千年も歴史を積み重ねている。
今さら何が始まる?
答えは書かれていなかった。
◇
俺は窓の外を見る。
今日も平和だ。
近所の子供達が走り回り、ドリアッドのおばさんが庭木を手入れしている。
空飛ぶ車が頭上を通り過ぎ、遠くではヒーローが飛んでいた。
どこにでもある日常。
でも、この平和は俺達が作った世界の上にある。
ゲームの中で、「面白そう」の一言で配置したダンジョン。
軽い気持ちで設定した魔法。ロマンだけで増やした遺跡。
全部、この世界では現実だ。
俺の作ったダンジョンで滅んだ国も、俺がややこしい設定をしたせいで継承ができずに失われた魔法も、魔法が失われて没落した種族も、ぜーんぶ現実。
真面目に考えたら発狂しそうなこの事実。
たとえ何も知らなかったのだとしても。
「……責任、あるよな」
初めて、その言葉が胸に落ちた。
神だからではない。
作ってしまったからだ。
俺は深く息を吸う。
「一年後に何が起きるかわからない」
「でも、それまで何もしないのは違う」
父さんと母さんは忍族と魔族なのに、種族魔法を知らなかった。
失われた知識は、この世界にまだまだある。
「まずは、そこからだな」
俺にしかできないことをやろう。
俺はそう決めた。
マシュマロ
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