サウザンド   作:かりん2022

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クリエイター:0846 2

 花は病院の廊下で頭を抱えていた。

 

「どうしてこうなった……」

 

 締め切りは落とした。

 

 新刊も落とした。

 

 神作の創造主たる原作者様に謝罪文まで出させてしまい、病院の周囲には報道陣と研究者と宗教団体が集まっている。明日午後には出版社とのお話し合いもある。悪夢である。

 一番可哀想なのは作者様には違いないけど。

 

 そして、すべての元凶は病室で幸せそうに赤ん坊を眺めていた。

 

「麗夜様にそっくり……♡」

 

「似せて作ったんだから当然でしょうが」

 

「0846様、声が怖い」

 

「怖くもなるわ!」

 

 花は小声で怒鳴った。

 

 胡蝶――倉木は、帝王切開を終えたばかりとは思えないほど元気だった。

 

 医師たちは奇跡だと騒いでいるが、花は理由を知っている。

 

 枕元に隠してあった空のポーション瓶を見つけたからだ。

 

「ポーション使ったでしょう」

 

「使ってないよ」

 

「瓶がある」

 

「使いました」

 

「どうして隠すの」

 

「未認可のお薬だから……」

 

「今さらそこを気にするの!?」

 

「気にするよ、医者見習いだし」

 

 男性妊娠。

 

 存在しない漫画キャラクターとの子供。

 

 生まれた瞬間から念動力を使う赤ん坊。

 

 そこまでやっておいて、薬事法だけは気にするらしい。

 

「でも、元気になったよ」

 

「そういう問題じゃないの。使用前と使用後の検査結果が変わったら、先生たちがまた徹夜するでしょう」

 

「あっ」

 

「今気付いたの?」

 

 胡蝶は少し反省した顔をした。

 

 少しだけだった。

 

「だって痛かったし」

 

「それは……まあ、うん」

 

 出産の痛みを我慢しろとは言えない。

 

 花は頭痛を堪えながら、ベビーベッドを見た。

 

 鮮やかな赤い髪の赤ん坊が眠っている。

 

 麗夜に似ている。赤子はみんな大体同じという言い訳の余地もなく似ている。

 当たり前だ。そのように創造された子供なのだから。

 

 麗夜は、花が長年描いてきた漫画の登場人物だった。

 

 強く、美しく、傲慢で、身内には甘い。

 

 胡蝶が人生を狂わせるほど好きになった男である。

 そして花が調子に乗って胡蝶に布教した男である。

 正直後悔してるから許して。

 

 赤ん坊が小さく手を動かした。

 

 テーブルの上にあった紙コップが、ふわりと浮かぶ。

 

「こら。駄目だよ」

 

 胡蝶が優しく声をかけると、紙コップは静かに下りた。

 

「言うこと聞くんだね」

 

「麗夜様の子だから賢いんだ♡」

 

「あなたの子でもあるんだけど」

 

「僕は普通だよ?」

 

「どの口が言うの」

 

 まあ実際は、そのように作られたのだから賢くて当たり前だ。

 遺伝がどうこうという話ではない。設定パラメーターの問題。

 花はカーテンの隙間から外を見た。

 

 病院の入口には、昨日よりさらに人が増えている。

 

 海外のテレビ局。

 

 大学教授。

 

 警察。

 

 黒い服を着た身元不明の人々。

 

 赤ん坊が本当に超能力を持っていると知られた以上、このまま平穏に退院できるとは思えなかった。

 

「困ったな……」

 

 花が呟くと、胡蝶が首を傾げた。

 

「マイハウスに住めばいいんじゃない?」

 

「あなたのマイハウス?」

 

「うん。まだ何もないけど」

 

「病院から突然消えたら大事件になるでしょう」

 

「もう大事件だよ」

 

「大事件を増やすなと言ってるの! 学校は大事! もう通えるかわからないけど」

 

 胡蝶はしょんぼりした。

 

 反省しているように見えるが、たぶん五分で忘れる。

 

 花は深く息を吐いた。

 

 この男を一人にしてはいけない。

 

 十年前から分かっていた。

 

 ゲームの中でもそうだった。

 

 胡蝶は悪意がない。

 

 欲望に正直で、行動力があり、常識がないだけだ。

 

 抑圧されていた胡蝶の心を、花が解放した。

 それ以来、欲望に飛びつく虫みたいな子になった。

 極限まで抑圧されていた反動は生半可なものではなかったのだ。

 しかも何も知らない状態からディープなところまでドボンといったため、オタク界隈の常識もだいぶ抜け落ちてる。これは花の布教の仕方が悪かったせいだ。

 責任は少し感じている。だからここにいる。

 

 ◇

 

 病室の扉が叩かれた。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは森田だった。

 

 その後ろに、見覚えのない男が立っている。

 

 三十代くらいだろうか。

 

 黒いコートに眼鏡。金髪で大柄。

 

 本来なら威圧感がありそうだが、くたびれた雰囲気がそうはさせなかった。

 

「0846さん。この人が、お二人の知り合いだって」

 

「私たちの?」

 

「掲示板を見て来たそうです」

 

 花の体が強張った。

 

 男は病室へ入ると、胡蝶を見た。

 

 次に赤ん坊を見る。

 

 そして、ひどく疲れた顔で言った。

 

「本当にやったのか」

 

「誰?」

 

「お前なぁ……」

 

 男が眼鏡を外した。

 

 目元を揉み、深く息を吐く。

 

「大森林の担当をしていたものだ。散々設定に医療アドバイスしたし、勉強も教えたろう、胡蝶、0846」

 

 花は息を止めた。

 

 それだけで分かった。

 

「テオ?」

 

「久しぶり、0846、胡蝶」

 

「テオ!」

 

 胡蝶がベッドから起き上がろうとした。

 

「待て待て待て! 腹切ったばかりだろ!」

 

「もう治ったよ!」

 

「何でだよ!」

 

「ポーション飲んだから」

 

「お前、本当に何してんの!? 病院でポーション使ったらバレるだろうが!」

 

 テオは頭を抱えた。

 

 ゲームの中でも、胡蝶が今までの自分を脱皮するたびに同じ顔をしていた。

 

 花は思わず笑ってしまった。

 

 テオがこちらを見る。

 

「そこの子は」

 

「森田さんはサウザンドじゃない。でも仲間」

 

「そうか。よろしく」

 

 十年。

 

 毎日のように声を聞いていた。

 

 何度も徹夜し、喧嘩し、一緒に世界を作った。

 

 それなのに、現実では初対面だった。

 

「……久しぶり」

 

「ああ。久しぶり」

 

 握手をする。

 

 ただそれだけのことで、花は泣きそうになった。

 

 ◇

 

「どうやってここまで?」

 

「掲示板に大学名が書かれてたし、散々大騒ぎになってただろ。後は私は腐っても医師だしな」

 

「それでも、よく入れたね」

 

「親戚ですって言った」

 

「通ったの?」

 

「胡蝶の親戚を名乗る変人が多すぎて、森田さんが確認役にされてた」

 

 森田が疲れた顔で頷いた。

 

「今日だけで親戚が二十七人来ました」

 

「全員サウザンド?」

 

「わからないです。ただ、テオさんは倉木くんに詳しかったし、お医者さんだったので」

 

「何で野次馬が親戚を名乗るの……」

 

「赤ちゃん見たかったんだと思います」

 

 世の中には理解できない人間が多い。

 

 胡蝶のことを笑えない。

 

「仲間を見分ける方法が必要だな」

 

「確かにね。それで、何しに来たの?」

 

「胡蝶が本当に胡蝶か確認しに」

 

「男性妊娠だけで十分でしょう」

 

「似たような変人の可能性もあるだろ。千人いたんだぞ」

 

「まあ確かに」

 

「それにしても」

 

 テオは赤ん坊を覗き込んだ。

 

 赤ん坊が目を開ける。

 

 金色の瞳だった。

 

「……麗夜だな」

 

「でしょう!」

 

「認めないでよ!」

 

「いや、だって似てるだろ」

 

「だから問題なの!」

 

 漫画の登場人物と同じ赤髪。

 

 同じ金色の瞳。

 

 同じ念動力。

 

 ここまで一致しているのに、父親は存在しない漫画キャラクターではありません、と説明する方が難しくなってきている。

 

「名前は?」

 

「麗夜二世」

 

「却下」

 

「何で!?」

 

「戸籍に入れる名前でしょうが!」

 

「麗夜でいいじゃん」

 

「漫画そのままは駄目!」

 

「じゃあ麗夜って書いてレイヤ」

 

「同じ!」

 

 テオは笑いながら椅子へ座った。

 

「変わってないな」

 

「変わったよ。僕、医大生になった」

 

「大学へ入っただけで医大生を名乗るな」

 

「医大生ではあるよ!」

 

「まだ一年なのに妊娠発覚した奴が言うな」

 

「十点もらった」

 

「何の話だよ」

 

 ◇

 

 花は病室の周囲を確認した。

 

 誰も入ってこないことを確かめてから、小さく呟く。

 

「マイエリア」

 

 目の前に、白い扉が現れた。

 

 森田が息を呑む。

 

 森田だけはサウザンドではない。

 

 巻き込むべきではないと思った。

 

 だが、もう胡蝶の秘密を知りすぎている。

 

 それに、胡蝶を一人で現実へ繋ぎ止められるのは、森田しかいなかった。

 

「森田さん。これから見ることは、絶対に誰にも話さないでください」

 

「……はい」

 

「本当に危険だから」

 

「倉木くんが男の子を産んだ時点で覚悟しました」

 

「強いね、森田さん」

 

「強くならざるを得なかったんです」

 

 花は扉を開いた。

 

 何もない白い部屋。

 

 初期状態のマイルームだ。

 

「入って」

 

 全員が中へ入る。

 

 最後に花が扉を閉めると、病室側から扉が消えた。

 

「おお」

 

 テオが壁を叩く。

 

「本当に残ってたんだな」

 

「あなたも持ってるでしょう」

 

「持ってるけど、他人のエリアに入るのは初めてだ」

 

「僕も開けるよ」

 

「開けなくていい」

 

「何で?」

 

「あなたのエリアに何があるか怖いから」

 

「まだ何もないよ。農園に麗夜様のお城を建てようと思ってるけど」

 

「クリエイターが城を作るな」

「テオ作って」

「断る」

 

 城は精霊のエリアである。つまりテオは所持している。

 花はメニューを開いた。

 

 マイルーム。

 

 マイハウス。

 

 マイファーム。

 

 そして、今まで無かった項目が一つだけ光っている。

 

「ID表示……?」

 

 触れる。

 

 青い画面が表示された。

 

『同一実験参加者を確認しました』

 

『室内の参加者のIDを表示しますか?』

 

「同一実験参加者」

 

 花とテオは顔を見合わせた。

 

「表示する」

 

『テオ』『0846』『胡蝶』

 

 アカウント名がテオや花、倉木の頭上に表示された。

 

「……見つけられる」

 

 花が呟く。

 

「この機能を使えば、本人かどうか確認できる」

 

「でも、一人ずつ会う必要があるな。マイルームを見せる必要も」

 

「それでも十分よ」

 

 掲示板だけでは、成りすましを排除できない。

 

 守秘義務がある以上、詳細な合言葉も作れない。

 

 だが、この部屋なら違う。

 

 運営が本人だと認めてくれる。

 

「集合場所にできる」

 

「病院に九百九十九人呼ぶ気? マイキャッスルを見せて?」

 

「ここじゃない。退院後に場所を用意する」

 

「僕のマイファームでいいよ」

 

「それは嫌」

 

「なんで! みんなで同人工場作ろうよ!」

 

「農場では大人しく農業しなさいよ!」

 

「工房も設置できるじゃん!」

 

 その時。

 

 赤ん坊が、きゃっきゃと笑った。

 

 青い画面がひとりでに動く。

 

『製作者:胡蝶』

 

 花たちは黙った。

 表示が切り替わる。

 

『親:胡蝶』

 

『胡蝶からマイエリアの権限移譲が可能です』

 

 誰も声を出せなかった。

 

「そろそろ診察の時間だ」

「そうね。そろそろ帰るわ。ねぇ、胡蝶。マイエリアの譲渡はまだやめておきなさい」

「流石に赤ちゃんに財産分与はしないよ。僕まだ若いし!」

「そうね、そうしなさい」

 

 そして明日は作者と出版社との面会である。

 胃が破壊されそう。




マシュマロ
https://marshmallow-qa.com/lucaluca
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https://odaibako.net/u/karin2022v
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