サウザンド   作:かりん2022

27 / 34
一般人:出版社その他1

 首相とアメリカの研究員、編集長、編集者と漫画家達はごくりと息を呑んだ。

 

 結納の品保管所は忌庫と化していた。

 

 中には大量の特級呪物が保管してあった。

 

 一般人の送るスーツや宝飾品、自作のコスプレ服などは微笑ましいもの。

 

 問題は、そこに混じる魔道具やポーションである。

 

 日本人にチーターが出現し始めている。

 

 首相がそれを聞いた時には、ここはファンタジーの世界か! と突っ込んだものである。

 

 危険物は規約で禁止していたので、攻撃魔道具はない。だが、転移陣やアイテムボックスや飛行道具や回復薬が普通に混じっている。

 

 そして、どうか四月までキャラの婚活期間を延長してほしいという嘆願が山ほど届いている。

 

 三月に結納の品を用意できる予定なので! と。

 

 多くは日本人だが、たまに海外の人のものも届いている。

 

 三月。

 

 三月に何かが起きる。

 

 何が起きるかは分からないけれど。

 

 想像力に富んだエンターテイナー達と、日本の官僚と、アメリカの捜査官達は有能なので、すぐに応募された妄想の詰まった履歴書と馴れ初めの設定集とリクエストから、錬金術、属性魔法、超能力、紋章術、符術、酔宴術、妊娠魔法、医療魔法の存在に気づいた。

 

 特殊な結納品を送ってきた者達は、そのいずれかを自分や嫁に設定していたし、男女問わず続々と妊娠していた。

 

 なんか上位存在かエイリアンが、日本人を中心とした地球人になんかしてる。

 

 結納をしてくださった方から抽選でご両親を含めた会食(有料高額)!

 

 漫画家と等身大キャラアクリルスタンドとお食事ができる!

 

 漫画家にはSPという名のアメリカの捜査官付き。

 

 そんなイベントを実施して、尋問をしたから間違いない。

 

 四月にまたそれらのメンバーから搾り取るイベントを行うのは当然として、三月に何かがあって、チーター達は口止めをされているらしく、口が重い。

 

 でも、言えることは彼らなりに伝えてくれた。

 

 回復薬は全員が持っている。

 

 漫画家さんが体調悪そうで……と言えば、例外なくポーションが出てきたからだ。

 

 ただし、無限に持っているわけではない。

 

 一人につき数本。

 

 多い者でも十本に届かず、補充はできないわけではないが難しいようだ。

 

 補充の方法を尋ねても、今は難しい、三月までは無理、という返事ばかりだった。

 

 中には、会食へ来た父親が娘を叱りつけた例もある。

 

『お前、それは一人一本しかないって言ってただろう!』

 

『でも先生が体調悪そうだったから!』

 

『自分が事故に遭った時はどうするの!』

 

『先生が元気になるならいい!』

 

 家族会議が始まったので、漫画家の仮病は即座に撤回された。

 

 回復薬一本を出させるために、命綱を差し出させていた可能性がある。

 

 チーター達は、とんでもない力を得た万能人間ではない。

 

 何かを与えられてはいる。

 

 だが、それは無限ではなく、限りがある。

 

 アンタッチャブルすぎてどうしたらいいのか分からないが、とりあえず応募を一旦締め切って再キャンペーンを約束し、推察したチートに特化したイケメン・ヒロインを配置した漫画を連載開始して、結納品の整理を行うことにしたのが今日である。

 

 一応、結納の超高額手数料は出版社、結納品は漫画家がもらえることになっている。

 

 もちろん、魔道具は政府が調査したのちに買い取る。

 

 ポーションは、それぞれの漫画家さんが三本までもらえることとなった。

 

 しかし、もちろん買い取りの前に漫画家本人が魔道具を確認する権利がある。

 

 こういう物をくれてありがとう、と言っておけば、厄介すぎるファンがまた危険物を贈ったり、リクエストを聞いてくれるかもしれない。パトロンは怒らせないに限る。

 

 そんなわけで品物の確認を始める。

 

 長い一日が始まる。

 

 ◇

 

「では最初に、幻夢先生宛ての結納品から確認します」

 

「なんで俺が最初なんですか」

 

「一番多いからです」

 

「知ってた」

 

 倉庫の一角には、幻夢先生の名前が書かれた段ボール箱が山積みになっていた。

 

 紅城麗夜。

 

 漫画『マスカレード』の主人公。

 

 世界初の男性妊婦が、麗夜の子供を産んだと言い張ったことで、現在もっとも熱いキャラクターである。

 

 麗夜本人との結婚を望む者。

 

 麗夜の正妻を名乗る者。

 

 麗夜の第二夫人で妥協する者。

 

 麗夜の子供を産みたい者。

 

 麗夜に子供を産ませたい者。

 

 皆それぞれ、未来への希望を胸に結納品を送ってきた。

 

「何でこの企画、麗夜だけ婚姻制度が崩壊してるんだよ」

 

「先生が魅力的に描かれた結果です」

 

「褒められてる気がしない」

 

 幻夢先生の隣では、編集者の田中が目を輝かせていた。

 

 首相は少し離れた場所で腕を組み、アメリカの研究員達は防護服を着ている。

 

 漫画家だけ普段着だった。

 

「何で俺達だけ防護服がないんです?」

 

「贈り物の所有者による接触が必要な可能性があるためです」

 

「俺達を実験台にする気満々じゃん」

 

「安全は最大限確保します」

 

「最大限って言う奴、絶対安全だとは言わないよね」

 

 研究員が最初の箱を慎重に開ける。

 

 中から出てきたのは、黒い革製のブーツだった。

 

 銀色の翼を模した飾りがついている。

 

 添えられた手紙には、丁寧な文字でこう書かれていた。

 

『麗夜様の御父上へ。

 

 ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。

 

 不肖の嫁ではございますが、四月以降、麗夜様と結婚し、お子を授かりたいと思っております。

 

 こちらは結納の品として、空を歩ける靴をお納めいたします。

 

 麗夜様の御父上にお使いいただければ幸いです』

 

「誰が御父上だ!」

 

「先生、試しに履いてください」

 

「嫌だよ!」

 

「空を歩けるそうですよ」

 

「飛行道具はもう持ってる!」

 

「先生が現在お持ちの物は、個人用飛行絨毯ですね。これは形式が違います」

 

「研究者の目になってるぞ!」

 

 結局、幻夢先生は靴を履かされた。

 

 少し大きめの靴は、足を通すとキュッと縮んでぴったりになった。怖い。

 

 幻夢先生が恐る恐る片足を上げる。

 

 何もない空中に、薄い光の板が現れた。

 

 足を乗せる。

 

 乗った。

 

「おお……」

 

 もう一歩。

 

 また光の板が現れる。

 

「すごい!」

 

 田中が拍手する。

 

「先生、空を歩いてます!」

 

「うん。すごい。すごいけど、どうやって下りるの?」

 

「来た道を戻ってください」

 

「後ろ見えないんだけど!」

 

「先生、右足をもう少し後ろへ」

 

「怖い怖い怖い!」

 

 幻夢先生は二メートルほどの高さで立ち往生した。

 

 研究員達が真剣に記録する。

 

「使用者の足元へ、短時間だけ力場を生成している」

 

「継続使用時間は?」

 

「手紙に記載があります。一日30分までだそうです」

 

「半端で事故りそうで怖いな!」

 

「残り12分です」

 

「えっ やばいやばい」

 

 10分後、効果が切れる直前に脚立が運ばれてきた。

 

 空を歩ける靴なのに、脚立で救出された。

 

「これを贈った人、同じ物を作れるんですか?」

 

 幻夢先生が靴を脱ぎながら尋ねる。

 

 編集者が応募者の記録を確認した。

 

「材料がないそうです。素材に限りがあるそうで」

 

「素材……魔物の皮とか使ってるんだっけ」

 

 幻夢先生も当然、会食には出ている。

 

「設定の可能性もありますからね……何が設定で何が妄想で何が真実なのやら」

 

「でも、一足しか作れないなら自分の分は?」

 

「麗夜様の御父上に使ってほしかったそうです」

 

「重い!」

 

 ◇

 

 二つ目の箱には指輪が入っていた。

 

『愛する者の居場所が分かる指輪です。麗夜様と御父上でお使いください』

 

「だから誰が御父上だ」

 

「対になる指輪がありますね。ペアリングみたいです」

 

「片方を誰につけるんだよ。麗夜は二次元だぞ」

 

「先生の担当編集者で試しましょう」

 

「何で俺が麗夜役なんですか?」

 

 田中の指に指輪をつける。

 

 幻夢先生もつける。

 

 幻夢先生の視界に、田中のいる方向を示す矢印が現れた。

 

「うわっ、矢印が見える」

 

「本当ですか!」

 

「田中くんが右に動くと、矢印も動く」

 

「距離表示は?」

 

「三・二メートル」

 

 田中が部屋を出る。

 

 距離が増えていく。

 

 壁越しでも位置が分かる。

 

 ただし、百メートルを超えた瞬間に表示は消えた。

 

「範囲は百メートル前後」

 

「思ったより短いですね」

 

「十分怖いよ。学校や会社ならほぼ全部カバーできるぞ」

 

「軍事利用には限定的です」

 

「ストーカー利用には充分すぎるよね」

 

 指輪を贈った参加者も、同じ物は作れない。

 

 持っていた二組のうち、一組を結納品として差し出したという。

 

「二組しかない物を?」

 

「もう一組は、将来麗夜様に渡すために残してあるそうです」

 

「こっちは練習用なの?」

 

「御父上との親睦用です」

 

「だから父じゃない!」

 

 ◇

 

 三つ目は、小さなアイテムボックスだった。

 

 白い革製のポーチである。

 

『麗夜様とのお出かけにお使いください。お弁当や着替えがたくさん入ります』

 

「今回は普通っぽいな」

 

「空間容量を確認します」

 

 中へ、二リットルのペットボトルを一本入れる。

 

 消えた。

 

 二本。

 

 三本。

 

 十本。

 

 まだ入る。

 

「どこまで入るんだ」

 

 最終的に、五百リットルほど入った。

 

「アイテムボックスじゃねーか!」

 

「重量は? 時間経過は?」

 

「外から持つと、空のポーチと変わりません。時間経過は熱いものを入れてみましょうか」

 

「マジでファンタジーだな……」

 

「生き物は?」

 

「入れようとすると弾かれます」

 

 小型カメラだけを入れると、映像は真っ暗になった。

 

 電波も届かない。

 

 保存した映像を確認すると、内部に物が並んでいる様子はなく、入れた物が順番に消え、取り出すと再び現れていた。

 

「中に空間があるとは限らない」

 

「物体を一時的に別の状態で保存している可能性もあります」

 

「取り出せなくなる危険は?」

 

「壊れたら内容物がばら撒かれる仕様なので大丈夫だそうです」

 

「それはそれで危ないな……。絶対大事に扱わないと」

 

「いくらくらいになるんですかね?」

 

 全員が黙り込んだ。

 

 便利である。

 

 非常に便利である。

 

 しかし原理も製造者も分からず、故障した時に修理する方法もない。

 

 しかも贈り主が持っていたのは、この一つだけ。高価な事この上ない。

 

「これ、贈り主、贈って後悔してないの?」

 

「麗夜様との新婚旅行には、もっと大きい物が必要だから、これは先生へ差し上げるそうです」

 

「大きいのを持ってるのか?」

 

「三月になったら用意する、と」

 

 また三月だった。

 

 ◇

 

 次に出てきたのは、一本のポーションだった。

 

 赤い液体が、小さな瓶に入っている。

 

「回復薬ですね」

 

「見慣れてきたな」

 

「慣れてはいけません」

 

 贈り主の手紙を読む。

 

『先生のお身体に何かあった時にお使いください。私の分はまだ二本あるので大丈夫です』

 

「待って」

 

 幻夢先生が止めた。

 

「まだ二本ってことは、最初は三本?」

 

「会食の際に一本使用した証言が取れています」

 

「何に使ったの?」

 

「包丁で指を切った母親へ」

 

「あー、思い出した。会食時に俺、一本もらってるから、これが最後の一本か」

 

「はい」

 

「返そう」

 

「先生?」

 

「これは受け取れない」

 

 幻夢先生は真顔だった。

 

「空飛ぶ靴はなくても死なない。ポーチもなくても困らない。でも回復薬は、事故に遭った時に本人や家族を助ける物だろ」

 

 出版社としては、ファンから正式に贈られた結納品である。

 

 政府としては、ぜひ買い取りたい。

 

 だが、漫画家本人が受け取りを拒否した。

 

「返却すると、贈り主が傷つく可能性があります」

 

 編集長が言った。

 

「じゃあ、預かる。政府が調べてもいい。でも、買い取り代金は贈り主に渡してくれ」

 

「先生の所有物です」

 

「俺がそう決めた」

 

 幻夢先生は箱に入った赤い瓶を見る。

 

「俺は欲しければ飛行道具をねだれるくらいには、あの人達から好かれてる。でも、もしもの命綱まで取る気はないよ」

 

 首相が幻夢先生を見た。

 

 ふざけた男だと思っていた。

 

 金にはがめつい。

 

 自分のキャラクターを使った商売にも積極的。

 

 飛行魔道具も平然と要求する。

 

 しかし、線引きはしているらしい。

 

「以後、回復薬を含む消耗品については、贈り主の残数を確認してください」

 

 首相が命じた。

 

「本人及び家族の緊急用を確保できない場合、受け取りを拒否する」

 

「承知しました」

 

「三本まで漫画家へ渡すという取り決めも撤回だ。贈り主の所持数を優先する」

 

 漫画家達が一斉に頷いた。

 

 誰も、他人の命綱を奪いたいわけではなかった。

 

 ◇

 

 幻夢先生宛ての品をすべて確認するだけで、午前中が終わった。

 

 空を歩ける靴。

 

 愛する相手の居場所が分かる指輪。

 

 小型のアイテムボックス。

 

 回復薬。

 

 一度だけ衣服を綺麗にする札。

 

 一日1時間だけ外国語を理解できる耳飾り。

 

 魔力がなくても火を起こせる小石。

 

 どれも、世界を滅ぼすような物ではない。

 

 一つ一つは限定的だ。

 

 効果時間が短い。

 

 回数制限がある。

 

 範囲が狭い。

 

 使えばなくなる。

 

 壊れても直せない。

 

 それでも、現代科学では再現できない。

 

 そして、それが何十人分も集まっている。

 

「平和的な結納品だけでこれか……」

 

 首相が呻く。

 

「危険物を許可していたら、どうなっていたんでしょう」

 

 若い官僚が呟く。

 

「そもそも持っていない可能性が高い」

 

 アメリカの研究員が答えた。

 

「参加者達の持つ素材や回復薬は有限だと思われます。おそらく、少量を配布されたのではと。どれほど不可思議な力があっても、材料が限られていれば、作れる物の質も量も限られる」

 

「質は今でも十分すごいですけど」

 

「錬金術師を名乗る者は?」

 

「簡単な薬品は作れます。しかしそれも材料や設備が不足している。魔法使いを名乗る者も、今使える術は限定的です」

 

「つまり」

 

 首相が倉庫を見る。

 

「これでも彼らの手持ちの大部分かもしれないのか」

 

「はい。そして、試供品の配布の次は、大規模配布が来るかもしれない。その時、彼らチーターだけが対象なのかは誰にもわかりません」

 

 笑えない。

 

 参加者達は、余っている便利道具を送ってきたのではない。

 

 限られた手札から、推しの原作者へ渡せる精一杯の財産を選んでいる。

 

 中には、自分の唯一の魔道具を贈った者もいた。

 

「次は『聖女の診療録』の牧野先生宛てです」

 

「私の漫画は医療物ですけど、ファンは良識的な人ばかりですから」

 

 牧野先生が胸を張る。

 

 最初の箱を開ける。

 

 中から、白い杖が出てきた。

 

『一月に一度だけ、どんな病気や怪我でも治療できます。先生に何かあった時にお使いください。使ったら満月の光に当ててチャージしてください』

 

「良識が重い!」

 

 ◇

 

 白い杖には、小さな青い宝石が埋め込まれていた。

 

「一ヶ月に一度」

 

「最後に使用した日時は?」

 

「贈り主は使ったことがないそうです」

 

「なぜ?」

 

「もったいなくて」

 

「分かる」

 

 末期患者へ使うべきか。

 

 重傷者へ使うべきか。

 

 難病の子供か。

 

 国家元首か。

 

 使用機会が一ヶ月に一度なら、年間12人しか治せない。

 

 奇跡としては充分な多さ。

 

 だが、救えない人間の方が圧倒的に多い。

 

「効果を確認する必要があります」

 

「どうやって?」

 

「重症患者へ使用します」

 

「失敗したら?」

 

「通常の医療も継続します」

 

 杖は、慎重な手続きを経て病院へ運ばれた。

 

 選ばれたのは、交通事故で重傷を負い、既存の医療では助かる見込みが極めて低い患者だった。

 

 牧野先生が杖を握る。

 

「どう使うんです?」

 

「治れ、と願うそうです」

 

「それだけ?」

 

「それだけだと」

 

 牧野先生は患者を見た。

 

 会ったこともない人だった。

 

 名前も、家族構成も知らない。

 

 しかし、このままなら死ぬ。

 

「治ってください」

 

 杖の宝石が光った。

 

 光は患者の全身を包み、すぐに消えた。

 

 開放骨折が塞がる。

 

 損傷した臓器が元に戻る。

 

 出血が止まる。

 

 心拍が安定する。

 

 医師達が叫びながら検査を始めた。

 

 牧野先生は、光を失った杖を見つめていた。

 

「次に使えるのは?」

 

「一ヶ月後です。満月の光をチャージもせねばなりません」

 

「壊れませんか」

 

「分かりません」

 

「何回使えるんです?」

 

「分かりません」

 

「チャージってどれくらい?」

 

「わかりません」

 

 分からないことばかりだった。

 

 月に一度使える。

 

 それだけは、贈り主が与えられた説明で知っている。

 

 永遠に使えるのか。

 

 回数制限があるのか。

 

 宝石が割れたらどうなるのか。

 

 すべて不明。

 

「政府が買い取ります」

 

 首相が言った。

 

「いくらで?」

 

 牧野先生が聞く。

 

「金額を決められると思いますか?」

 

「無理ですね」

 

「所有権は先生に残したまま、政府が治療予定を管理し、毎月一人の治療に使用する契約ではどうでしょう」

 

「私が毎回使うんですか?」

 

「所有者本人にしか反応しない可能性があります」

 

「私、週刊漫画家なんですけど、治療の週の私の締め切りは?」

 

「国が出版社と交渉します」

 

「そんな交渉ある?」

 

 漫画家は月に一度、締め切りの合間に奇跡を起こす仕事を追加された。

 

 ◇

 

 午後。

 

 確認作業は、少しずつ進んだ。

 

「これは、五分間だけ透明になれる外套です」

 

「五分か」

 

「一日一回です」

 

「犯罪利用されたら充分危険だな」

 

「これは?」

 

「水を一リットルだけ真水に変える石。一日一回」

 

「災害用に有用です」

 

「こちらは?」

 

「悪夢を見なくなる枕です。チャージが必要です」

 

「地味だな」

 

「PTSD治療へ応用できる可能性があります」

 

「これは、酔わなくなる杯」

 

「酔宴術を希望した人からですね」

 

「酒を飲んでも酔わない?」

 

「逆です。杯に注いだ酒のアルコールだけ消えます」

 

「ただの高性能なノンアル製造機!」

 

「需要はあります」

 

 どれも小さい。

 

 世界を塗り替えるほどではない。

 

 だが、現実には存在しない。

 

 小さな奇跡が、段ボール箱の中から次々と出てくる。

 

「こっちは転移陣です」

 

 倉庫の空気が変わった。

 

 布に複雑な紋様が描かれている。

 

『二枚一組です。

 

 二枚の間を移動できます。

 

 一日に一往復まで。

 

 人間一人と、身につけた荷物だけ転移できます』

 

「もう一枚は?」

 

「同じ箱に入っています」

 

 全員が安堵した。

 

「贈り主が持っているわけではないんですね」

 

「はい。二枚とも結納品です」

 

「接続先を自由に変えられる?」

 

「陣を移動すれば」

 

「距離制限は?」

 

「不明」

 

「海外でも?」

 

「不明」

 

「宇宙でも?」

 

「不明です」

 

「すぐ宇宙へ行こうとするな」

 

 実験場の両端へ設置する。

 

 一枚の上に研究員が立つ。

 

 もう一枚の紋様が光り、研究員が現れた。

 

「転移成功」

 

「体調は?」

 

「問題ありません」

 

「所持品は?」

 

「すべてあります」

 

「もう一度」

 

「一日一回なので、明日まで使用できません」

 

「不便だな」

 

「充分すぎるだろ」

 

 翌日、二枚の距離を十キロへ離して試す。

 

 成功。

 

 さらに翌日、東京と北海道。

 

 成功。

 

 海を越えて日本とアメリカ。

 

 成功。

 

 一日に一回。

 

 人間一人。

 

 制限だらけだった。

 

 それでも、国境も海も関係なく一瞬で人間を移動させられる。

 

「軍事利用は」

 

「できます」

 

「犯罪利用も」

 

「できます」

 

「医療利用も」

 

「できます」

 

「所有者制限は?」

 

「ありません」

 

「最悪だ」

 

 首相は額を押さえた。

 

 ◇

 

 夕方になっても、半分も終わっていなかった。

 

 疲れ切った漫画家達へ弁当が配られる。

 

 首相もパイプ椅子へ座って弁当を食べた。

 

「なぜ私はここにいるんだろうな」

 

「歴史的な一日だからでは」

 

「本来なら報告を受ける立場だと思うんだが」

 

「最初の転移陣を見たいとおっしゃったのは総理です」

 

「後悔している」

 

 漫画家達も疲れていた。

 

 自分のファンから贈られた品なので、他人事ではない。

 

 中には、手紙を読んで青ざめる者もいた。

 

『先生に差し上げます。私にはこれしかありませんが、三月になれば大丈夫です』

 

『今は何も作れません。でも、あと少し待ってください』

 

『結納品が足りなくて申し訳ありません。本当ならもっと立派な物を贈れるはずなんです』

 

 どの手紙にも、似た言葉が書かれている。

 

 今は無理。

 

 三月になれば。

 

 あと少し。

 

「彼らは、三月以降に能力が使えるようになると思っている」

 

 アメリカの研究員が言った。

 

「少なくとも、今よりできることが増えると」

 

「何を根拠に?」

 

「分かりません」

 

「本人達は説明できない?」

 

「かなり恐ろしい存在から口止めされているようですね」

 

「エイリアンか神か悪魔か……」

 

 重苦しい空気が満ちる。

 

 それでも、全く何も言わないわけではなかった。三月に何かがある。

 おそらく、そこで不思議なものは再度支給される。

 

 今ある物は、最初に渡された手持ちだけ。

 

 四月には環境が変わっている可能性が高い。

 

『日常が続くとは思わない方がいい』

 

 複数の参加者が、別々の会食で同じようなことを口にしていた。

 

「婚活企画は中止しますか?」

 

 編集長が恐る恐る尋ねる。

 

 首相は沈黙した。

 

 常識的に考えれば、即刻中止である。

 

 だが企画を中止すれば、参加者達との接点を失う。

 

 魔道具も情報も集まらなくなる。

 

 彼らは政府よりも、推しの生みの親である漫画家へ心を開いている。

 

 ここを閉じれば、何も分からないまま三月を迎えることになる。

 

「予定どおり、四月の再キャンペーンを告知してください」

 

「総理!?」

 

「結納品を提出させ、その結納品から割り出したチーターとの会食を行い、事情を聞きます。結納品はすべて詳細を事前申告。消耗品については本人と家族の必要数を確認する。魔道具は、危険物は受け付けない。今のところは」

 

「続けるんですか?」

 

「続けるしかない。むしろ、既に結納をした人とも継続的に会食イベントを行い、接触を続ける」

 

 首相は、特級呪物が積み上がった倉庫を見回した。

 

 見た目は、靴や指輪やポーチや杖。

 

 一つ一つの効果は限定的。

 

 使える回数も少ない。

 

 しかし、どれも人類の常識から外れている。

 

「今のところ、我々と彼らをつないでいるのは、この馬鹿げた婚活企画だけだ」

 

 漫画家達は何とも言えない顔をした。

 

「新連載も予定どおり進めてください」

 

「チートに特化したイケメンとヒロインの漫画を?」

 

「ああ」

 

「国家主導で能力者を釣る漫画を連載するんですか」

 

「その言い方はやめろ」

 

「事実では?」

 

「国民には絶対に言うな」

 

 編集長は手帳を開いた。

 

「主人公には、どの能力をつけましょう」

 

 研究員が答える。

 

「今までに確認された能力体系に合致し、参加者が再現しやすい設定が望ましいです」

 

「転移、治療、空間収納とか?」

 

「すべて持たせる必要はありません」

 

「よかった。少しは良心があった」

 

「三人に分けてください。連載は複数行ってください」

 

「増えた!」

 

「医療魔法を使う医師。小型アイテムボックスを持つ運び屋。短距離転移を使う捜査官」

 

「露骨だなあ」

 

「性格は?」

 

「三点だけ一致させてください。善良で、困っている人を放っておけず、政府機関に協力的」

 

「もっと露骨になった!」

 

 漫画家達が頭を抱える。

 

 それでも彼らはプロだった。

 

 売れるキャラクターを作れと言われれば、作る。

 

 世界を救うためと言われれば、なおさらだ。

 

「三人をどう出会わせます?」

 

 編集者が尋ねた。

 

「婚活イベントでいいんじゃないですか」

 

 幻夢先生が疲れた顔で答えた。

 

「異能力者専門の、国営婚活相談所とか」

 

 沈黙。

 

 編集長が手帳へ書き込む。

 

「採用」

 

「冗談だよ!」

 

「タイトルは『異世界婚活課』で」

 

「タイトルまで採用するな!」

 

 首相は何も言わなかった。

 

 アメリカの研究員達も止めなかった。

 

 漫画のキャラクターに惚れた者達が、手持ちの奇跡を差し出している。

 

 ならば次は、こちらから彼らが惚れそうなキャラクターを差し出す。

 

 倫理的に正しいかは分からない。

 

 だが、三月まで時間がない。

 

 何が起きるのか分からないまま、手をこまねいているよりはいい。

 

「念のため確認します」

 

 若い官僚が言った。

 

「新連載の目的は、未知の能力者との接触及び情報収集です。能力者へ魔道具を贈らせることではありません」

 

「もちろんです」

 

 編集長が答えた。

 

「危険物の贈答を促す表現も避けます」

 

「はい」

 

「結納品は気持ちだけで充分、という台詞も入れてください」

 

「入れます」

 

「消耗品を贈る時は、本人と家族の分を確保するよう注意書きも」

 

「巻末に毎回載せましょう」

 

「貢がせるの前提じゃねーか」

 

 幻夢先生が突っ込む。

 

 首相が静かに弁当の蓋を閉じた。

 

「ところで」

 

「はい」

 

「この倉庫には、あと何箱残っている」

 

 職員が一覧表を見る。

 

「千八百六十二箱です」

 

「今日中には?」

 

「無理です」

 

「明日中には?」

 

「無理です」

 

「今週中」

 

「魔道具だけに絞れば、あるいは」

 

「絞ってくれ」

 

 一般的なスーツや宝石や抱き枕は、出版社の職員だけで確認することになった。

 

 特級呪物は魔道具だけじゃないのだ。宝飾品やコスプレ衣装やぬいぐるみや同人誌が山になっている。

 

 首相とアメリカの研究員と漫画家達は、引き続き魔道具の確認へ回される。

 

「次はこちらです」

 

 職員が小箱を運んできた。

 

『転生できるチケットです』

 

 全員が弁当を置いた。

 

『長生き通り越して生まれ変わっても作品を生み出し続けてください。破ると死ぬので気をつけてください』

 

 送り主の申告書には、そう書かれていた。

 

「危険物は禁止って言ったろ!」

 

「どうやって確かめるんだこんなもん」

 

 長い一日は、まだ終わらなかった。




マシュマロ
https://marshmallow-qa.com/lucaluca
返信不要の場合は返信不要と書いておいてください。


https://odaibako.net/u/karin2022v
リクエスト、返信不要の匿名感想はこちらにお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。