転移チケットがアクティベートされた。
アクティベートのお知らせは報酬配布とタイムラグがあった。
アクティベート忘れてたとかありうる。
その通知は、地球へ戻ったサウザンドたちの画面にも等しく表示されていた。
午前9時を回ったばかりの日本。
真っ昼間のヨーロッパ。
夜中のアメリカ。
朝を迎えた地域。
空を見上げていた九百九十九人が、ほとんど同時に画面を二度見した。
《転移チケットがアクティベートされました》
《転移先は下記から選べます》
《地球》
《ファンタジーアース》
《ライブラリラビリンス》
《フロンティア》
そして、薄く表示された注意事項。
《転移先の環境、安全性、生存について運営は保証しません》
《転移チケットは一方通行です》
《転移に伴う一切の損害について、運営は責任を負いません》
参加者たちは思った。
相変わらずだ、と。
◇
「来た!」
胡蝶が叫んだ。
「今度はなんなの!?」
家族が驚いて部屋を覗く。
「何でもない!」
勢いよく扉を閉めた。
空にはファンタジーアース。
画面には転移先選択。
手元には転移チケット。
行ける。
自分たちが十年かけて作った世界へ。
今すぐ。
「行くしかなくない?」
胡蝶は真顔で呟いた。
行かない理由がない。
自分達の作った国がある。
皆で設定した官僚、皆で設定した戦士、皆で設定した国民、皆で設定した推しキャラカップル達、デートスポットもいっぱい作った。
自分が配置した建物も、キャラクターも、魔物も勿論ある。
「何が必要だろう」
どうせなら皆で行きたい。
必要な物を頭の中でリストアップしていく。
転移の所の注意事項を読む。
《転移チケットは一方通行です》
胡蝶の所持枚数は転移チケット2枚、グループ転移チケットが18枚。
どうせなら皆で行ったほうがお得だし楽しい。
胡蝶は早速会えたメンバーと連絡を取る。
今すぐ飛び込まなかっただけでも、本人としては驚異的な自制心だった。
◇
0846は寝ていなかった。
寝られるわけがなかった。
店長から自宅待機の連絡が来たあとも、テレビと携帯電話と報酬画面を行き来している。その間に朝が来てしまった。
《転移チケットがアクティベートされました》
「行けるんだ……」
0846も勿論チケットを持っていた。
ゲスト階級は単独転移2枚。
職人階級はグループ転移6枚。
クリエイター階級は12枚。
残念ながらショップは全ての商品を解放されたわけではなく、転移チケットもまだ買えないが、偵察するには十分な量が既にある。
「胡蝶から連絡来た。いつ行くって、判断が早い。いや、行くんだけどさ」
行くこと自体は決定事項だった。
問題は、いつ行くか。どんな準備をしていくか。
現在妊娠中である。
知らない世界。
医療事情不明。
魔物あり。
国によっては治安も悪い。
自分たちが作ったので、大体分かっている。
大体分かっているからこそ、妊婦が気軽に旅行していい場所ではないことも分かる。
「安全なところ……」
ファンタジーアースの地図を思い浮かべる。
アメリカンフロンティア国は比較的技術が進んでいる。はずだ。なんせ住人がメカリアと呼ばれるロボット族だ。それに白白の希望で歴史設定で4000年と入れたから多分4000年経ってる。これで科学が発展してないなら最悪の戦争が起こってリセットなり治安悪化なりしてるということだからさっさと逃げた方がいい。
怪我はポーションで何とかなるはずだ。
病気用のポーションもショップで買える。錬金してもいい。
テオの作った大森林なら人柄穏やかなドリアッドが多そう。
でもごめん、正直に言っていい?
私たちの作った薔薇王国に行きたい!
おお、我らの楽園よ⋯⋯! 男性妊娠と薔薇カップルの聖地よ!
「となるとまずは身を守るものを作らなきゃ。後スキルね」
グループチャットで提案をしていく。
夢中でスマホを弄って居ると、出版社からメッセージが届いた。
『本日午前十時にお待ちしております』
「嫁プロジェクト経由で皆に会えないかな」
さあ、急がなきゃ。
時間は待ってはくれないのだから。
◇
ファンタジーアースには強そうに見えるのにとても弱い種族がいる。
狼タイプの獣人だ。
とても大きい体なのに弱い。
それは、月の満ち欠けを前提とした種族だったからだ。力の根源がないまま、彼らは他者の下に着くことで何とか生き延びてきた。
だが、隔離期間が過ぎて月は現れた。
血が沸き立ち、筋肉が盛り上がる。
本来種族の王となるはずだった者共の血が目覚めた。
◇
西方大陸。
古い神殿の地下で、石造りの扉が震えていた。
扉には、無数の点と線が刻まれている。
この世界の人間には意味の分からない模様だった。
神殿を築いた古代人にも分からなかった。
初めからそこにあったため、神の紋様として残されているだけだった。
星図。
サウザンドの一人が作った、適当な星座の配置図である。
十二の星座を作るつもりが、途中で飽きた。
八つだけ設定し、残りは空白。
扉を開く条件は、八つの星座が同時に夜空へ現れること。
星がないので、当然、一度も開かなかった。
今、扉の表面に刻まれた点が、一つずつ光っている。
一つ。
二つ。
三つ。
夜空に存在する恒星を、システムが設定上の星へ割り当てていく。
八つ目が光った。
轟音とともに、石扉が左右へ開いた。
内部で眠っていた魔道具へ、数千年ぶりに光が灯る。
誰にも発見されていない地下深くで。
◇
南海。
海底に沈んでいた巨大な卵が鼓動した。
月の引力に呼応して孵化する海竜。
そう設定されていた。
月は存在しなかった。
ゆえに孵化しなかった。
地球が突然近くへ配置されても、重力による影響は発生していない。
潮も変化していない。
しかし、システム上では世界の隣に天体が存在する。
条件だけが満たされた。
卵の殻に亀裂が入る。
海底が揺れた。
周囲の魚が一斉に逃げる。
巨大な瞳が、殻の内側で開いた。
◇
帝国の宝物庫。
博物館に保管されていた太古の剣が、勝手に輝き出した。
「な、何だ!?」
警備兵が腰を抜かす。
剣身には、小さな光が散っている。
昨日までは、ただ硬いだけの剣だった。
鑑定結果には、こう記されていた。
《星の力を宿す聖剣》
星が何を意味するか、誰も知らなかった。
古い言葉。
あるいは失われた製法。
その程度に考えられていた。
とっくに鞘が失われていて、抜き身の剣は強く輝き出す。
遥か空にある、無数の光を示すように。
「お、お化けだぁ~!」
警備兵が逃げるのも仕方がなかった。
警鐘が鳴り響く。
昨夜から、警鐘ばかり鳴っていた。
◇
「陛下!」
王都の会議室へ、新たな報告が飛び込んだ。
「今度は何だ!」
「帝国の宝物庫で太古の剣が覚醒したとの情報が!」
「覚醒?」
「星の力を確認したと!」
「ほし?」
室内の全員が顔を見合わせた。
聞いたことのない言葉だった。
「それは何だ」
「分かりません! 鑑定結果にあった星の力だろうと」
「星とはなんだ!」
「わかりません!」
別の伝令が駆け込んでくる。
「西方神殿の地下で、封印されていた扉が開きました!」
「今度は何だ!」
「空の光に反応したものと思われます!」
「根拠は!」
「扉の模様と空の光が一致しています!」
三人目が来た。
「南海で大規模な海震が発生! 巨大な魔力反応を確認!」
「空と関係があるのか!」
「分かりません!」
「分からないことしかないのか!」
王が机を叩いた。
大臣たちは答えられない。
昨日までの常識では、何一つ説明できなかった。
「神具からの返答は!」
「わからない、しかしサウザンドが関わっているのは間違いない、サウザンドを探せと」
「手掛かりは! 神に祈りでもすれば良いのか!?」
「わかりません!」
古い神殿の千人の像。それが神様で本当にいたとか今更言われても、その、困る。人々は精いっぱい生きていたのだ。
◇
アッシュの画面に通知が届いた。
《祈りが届いています》
《同一エリアの神像に祈られることで祈りを受信出来ます》
「嫌な通知だな。アメリカンフロンティアの神殿で祈られてるってこと?」
布団へ戻ろうとしていたアッシュが、足を止める。
さらに通知。
《問い合わせ内容を確認しますか?》
「試しに出してみて」
画面に向き直る。
《空に出現した巨大な青い物体は、神アッシュの御業でしょうか》
《小さな光の正体をご教示ください》
《帝国の星剣が覚醒しました。これは神罰でしょうか》
《西方神殿の扉が開きました》
《南海にて異変が発生しています》
通知が増えていく。
「待って、待って」
星剣。
西方神殿。
南海。
覚えがあるような、ないような。
アッシュは自分の記憶を探った。
十年間の実験。
千人分の設定。
自分が直接関わっていないものも多い。
星剣は誰が作った。
神殿は。
南海に何を沈めた。
「待って星? 星関連の設定が、動き出した?」
星がなかった。
月もなかった。
だから何も起きなかった。
運営は、地球とファンタジーアースを隣に置いた。
夜空には、本物の恒星が見えるようになった。
今まで条件を満たせなかった設定が、一斉に判定され始めたのではないか。
「嘘だろ」
死んでいた設定。
未使用のアイテム。
孵化しなかった魔物。
目覚めなかった種族。
開かなかった遺跡。
発動しなかった魔法。
どれほどあるのか、誰も把握していない。
何しろ千人が十年かけて、思いつくままに作った世界だ。
整理されているわけがなかった。
「運営!」
アッシュは画面へ怒鳴った。
「こうなること分かってたよね!?」
返事はない。
「どれくらいあるっけ。記録とかログとか無かったっけ」
システムからノートを開く。
膨大な量の日記やデータや走り書きやメモにざっと目を通す。
結論。
「無理! 1000人の十年間の活動記録なんて取ってないし取れっこないし取れてても見切れない」
《問い合わせ件数が表示上限を超えています》
「でしょうね!」
母が隣の部屋から顔を出した。
「悠人、朝から何を怒ってるの?」
「世界の設計ミス」
「何?」
「何でもない!」
「またそれ!」
母が怒る。
アッシュは画面を閉じた。
空では地球が青く輝いている。
あの向こうには、九百九十九人の製作者がいる。
「早く来て」
先ほどとは逆の言葉が漏れた。
一人では、何が目覚めたのか分からない。
誰が何を作ったのか、本人たちに確認するしかない。
「いや、でも胡蝶と0846様が最初は困る……」
助けは欲しい。
だが、来てほしい人間は選びたい。
そもそもどうやって落ち合えばいいんだ。
神殿だって同一エリアにいないとだし。
アッシュは転移チケットの通知を見つめた。
《問い合わせに答えますか》
「あー。星を前提とした機能が動き出したかもとだけは伝えておくか⋯⋯」
アッシュは神託の内容を考えはじめた。
地球では、0846が出版社に向かい。
胡蝶が旅行の準備を始め。
レオナルドが妹の手を引いて自宅へ戻りながら、空の変化に気づいていた。
数千年の重みが、今、伸し掛かろうとしていた。
マシュマロ
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