常識知らずの東風谷早苗①
ボスとジョルノの幻想訪問記31
あらすじ
小さくなってしまった八意永琳!
子守が似合う美鈴!
動く気配もない輝夜!
鈴仙を戻す決意を新たにするジョルノ!
* * *
ボスとジョルノの幻想訪問記 第31話
常識知らずの東風谷早苗①
永琳の身長が縮んで1週間ほどが経過した。その間に起こった出来事を整理していくと、まずパチュリーが真っ先に目を覚ましたのだった。
「・・・・・・レミィは?」
パチュリーは目が覚めるや否や、彼女の無事を知り安堵によって涙で顔を濡らす美鈴に向かって、親友の名を口にした。
「・・・・・・お嬢様は私やパチュリー様を逃がすために・・・・・・」
美鈴は正直に答えた。そして覚悟していた。自分は今ここで焼き殺されても構わないという覚悟だ。
自分はレミリアに仕えている。そしてパチュリーはそのレミリアの親友だ。パチュリーからしてみれば、今の美鈴は主人を守るという使命を放棄した人物であるとともに、親友を見殺しにした人物でもあるのだ。
殺されても仕方がない。
「・・・・・・私があのとき、命に代えてもお嬢様を助けに行っていたら・・・・・・!」
美鈴は頭を下げることはしなかった。パチュリーは形だけの謝罪など欲していないだろう。する必要もないし、する権利もない。
「無駄よ」
だがパチュリーは怒りもせず悲しみもせず、いつもの暗く疲れた瞳で静かに呟いた。
「レミィでさえ、死ぬような相手。あなたがどうこうしたところできっと無駄だったわ」
「・・・・・・」
美鈴は何も答えなかった。パチュリーの言い分は概ね正しかった。もちろん、意地になってその言葉を否定すること。それは出来ないことではないが、そんな子供じみたことはしない。美鈴はただ押し黙っていた。
「今は命があることを喜びなさい。そして出来ることを探すのよ」
「・・・・・・え?」
美鈴は目を開閉する。パチュリーの言葉の意図がうまく読めなかった。
「・・・・・・パチュリー様、今・・・・・・」
「気にしないで。時が来たらあなたにも手伝わせるわ」
パチュリーはやはり、淡々とした口調で会話を切ると、眠かったのだろうか。すぐに目を閉じて眠ってしまった。
(・・・・・・『出来ること』・・・・・・?)
パチュリーが完全に回復するまではまだまだ時間がかかりそうだった。それを証拠に美鈴がいくら揺り起こしても目を覚ますことがなかった。
* * *
その後、咲夜が驚異的なスピードで目を覚ました。ジョルノの見立てでは咲夜が一番重傷だったため目を覚ますのは最後だと思っていたのだが・・・・・・。
咲夜はパチュリーと同じように事の顛末を聞かされた。
「・・・・・・じゃあお嬢様は本当は私のことを・・・・・・?」
すべての話を聞き終えて咲夜は震える声で美鈴に聞き返す。驚いているのだろう。美鈴にもそのことは能力を使わずともはっきり分かった。
「ええ、レミリアお嬢様は最後まで咲夜さんのことを・・・・・・」
「・・・・・・で?」
だが、咲夜の反応は良くなかった。逆に美鈴を睨みつけている。
「それがどうしたのよ・・・・・・。いくら美鈴があの吸血鬼を擁護しても、私は許す気は無いわ・・・・・・。忘れたの? 私は、私は人間じゃあなかった」
咲夜は美鈴を見てから、パチュリーの方を見た。このとき、パチュリーの体調は既に良くなっていて上体を起こして本を読んでいたのだ。
パチュリーは咲夜の視線など意に介すことなく、本のページをめくった。
「いい、美鈴。私は紅魔館を裏切った。今でこそこうして枕を並べて寝ているけれど、もうあなたたちと慣れ親しむつもりは無いわ」
美鈴は何も言い返すことは出来なかった。確かに、もはや紅魔館は主も館も、影も形も残っていない。
「美鈴、ソイツの言うとおりよ。ソイツは紅魔館のメイド長でもなければ、私たちの仲間じゃあない。ただの人間よ。これ以上私たちが関わる必要はないわ」
パチュリーは本から顔を上げずに美鈴に言った。だが、美鈴の方はそうは割り切れないらしい。
「・・・・・・パチュリー様は悲しくないんですか?」
「・・・・・・」
「咲夜さんは、寂しくないんですか・・・・・・?」
「・・・・・・」
二人は答えない。美鈴はどうすればいいか分からなかった。
「わ、・・・・・・私は悲しいです。寂しいです。お嬢様も、妹様も、館も失って・・・・・・、今こうして三人でいるのが奇跡みたいなのに・・・・・・ばらばらで・・・・・・」
美鈴は視線を落とした。またやり直せるのではないか、という淡い期待は打ち砕かれた。
「・・・・・・前にも言ったわね美鈴。もう、もう既に『今更』過ぎるのよ」
咲夜の冷たい言葉がその場に残された。
* * *
それから数日後。つまりは現在。パチュリーは永遠亭を出ていくつもりだった。
パチュリーはどこに行くのか? と誰が尋ねても誰にも答えなかった。知人に会いに行く、とだけ説明するだけだった。
「パチュリー様一人では危険ではないですか!? せ、せめて私が!」
美鈴は護衛を進み出たがパチュリーは「子供じゃあないんだから」と言って取り合わなかった。一人でどこかに行くようだった。
玄関でパチュリーを見送ったのは美鈴とジョルノだけだった。咲夜も既に動けるくらいには回復していたが見送りには来なかった。
「退院おめでとうございます。・・・・・・どうか、お元気で」
ジョルノはパチュリーに握手を求めた。パチュリーはそれに答えて、手を握る。
「・・・・・・ジョルノ・ジョバァーナ、だったかしら。私が言うのも変だけど、いい医者になれると思うわ」
「いや、僕は医者志望じゃあないんですがね」
ジョルノは誉められたのが嬉しかったのか少し顔を赤らめて手を離した。
そして今度は美鈴の方を向くと、彼女とも握手をした。
ぐっ。
(・・・・・・?)
その時、ジョルノには見えないようにパチュリーは美鈴に小さな物体を握らせた。
「・・・・・・これからは好きに生きなさい。私もそうするわ」
パチュリーは美鈴にそう言ったが、明らかに本心ではない。そしてパチュリーは思い出したように「あぁ」と言って。
「・・・・・・目が覚めて最初に私が言ったこと、覚えてるわね?」
最初に言ったこと・・・・・・。
美鈴は少し考えて、すぐにピーンと来た。
「・・・・・・はい。分かりました」
そして美鈴はパチュリーの手を離し、とある『物』を受け取って頭を下げた。
「それでは、お気をつけて!」
美鈴の声に後押しされるようにパチュリーは永遠亭を無事退院したのだった。
「・・・・・・ん、そういえば美鈴。何か渡されてませんでしたっけ?」
ジョルノはパチュリーと美鈴の不審な手の動きがちょっぴり気になっていたのだ。
「・・・・・・ジョルノさん、深い詮索は嫌われますよ?」
美鈴はちらり、とジョルノの方を見てそう答えた。
* * *
「・・・・・・十六夜咲夜、あの『魔女』はどこに、どこに向かった?」
パチュリーが永遠亭を出て行ってからしばらく経って、咲夜は『時を止めて』いた。
止まった時の中で彼女のことを呼ぶことが出来る人物は只一人だけ。
「・・・・・・行き先は誰にも教えてないわ。でも、今確かに美鈴に何かを渡していた」
咲夜は窓から顔を覗かせて、見送りの様子を観察していたのだった。
「・・・・・・重要なのはそこではない。重要なのは『どこに』向かったかだ。あの魔女は貴様のいない――――つまりこの部屋で自分一人だと思っているとき、『死体制御術(ネクロマンサー)』の本を読んでいた。元の世界なら鼻で笑う話だが、この世界ではそういう『種』は見過ごすことが出来ない・・・・・・」
男は咲夜に語りかける。彼がもっとも危惧しているのは・・・・・・。
「・・・・・・レミリア・スカーレットの復活は絶対にあってはならない・・・・・・。奴は、このディアボロの存在をおそらくは理解していた・・・・・・ッ!!」
咲夜はカーテンを閉めた。そして彼の眠るベッドの側までやってきて腰を落とす。
「・・・・・・ええ、理解してるわ『ディアボロ』。・・・・・・では、このままパチュリーを始末しても?」
咲夜はナイフを取り出す。だが、ディアボロは首を横に振った。
「慌てるな、奴は本だけでは理解できないから『どこかに』行くのだ。少なくとも、今すぐに復活させにはいかないだろう。今始末してもいいが、こんなジョルノの近くで殺してしまえば俺たちが動きづらくなる。今は・・・・・・チャンスを伺うのだ。あの『魔女』を殺しても支障が出ない、絶好の『チャンス』を・・・・・・」
ディアボロは咲夜の方を見た。咲夜は素直に頷いた。ディアボロは慎重すぎるくらいだが、ジョルノとの因縁において『慎重さ』を最後の最後で欠いたおかげで敗北を喫したのを覚えていた。
「分かったわ。しばらくは様子を見る・・・・・・いえ、まずはパチュリーが美鈴に手渡したあれを調べてみるわ」
「そうだ、それでいい。・・・・・・貴様は実に良くできた人間だ。時を止めるという『能力』、そしてその忠誠心・・・・・・。前の主を殺そうとしてまで不利な俺の側に付くなんて、並の考えじゃあ不可能だ。・・・・・・興味がある。どうしてだ、なぜ俺にそこまで・・・・・・」
ディアボロは気づけば疑問を述べていた。自分でも全く気が付かないほどに、自然と口に出ていたのだ。
咲夜はそんなディアボロの言葉を特に不審に思うこともなく、質問に答える。
「私はただ、私の好きなようにしているだけよ。お嬢様に仕えていたのも、あなたに仕えているのも。私が好きだからしているのよ」
咲夜は止まっているときの中でディアボロの耳に顔を近づけた。彼女はこの状態では他人に干渉出来ないため、その柔らかく妖艶な唇が耳に触れるか触れないかのギリギリで語りかける。
「あなたの側は心地いいの・・・・・・どうしてかしら? 同じ『世界』を共有できるからかしら?」
その答えにディアボロはギロっと咲夜を睨みつける。
「・・・・・・冗談は止めろ。俺に『そういう』気があるだけなら今すぐにでも殺すぞ・・・・・・。ただ、質問をした俺が馬鹿だったかもな・・・・・・」
――――だが、ディアボロにそう尋ねさせたのは咲夜の話術によるものだったのかもしれない。ディアボロは咲夜を再び見た。
「そうかしら? 冗談を言っているように見えるかしら?」
「そうとしか思えない。ドッピオを欺くための嘘をここで持ってくるな」
「・・・・・・そう、そういえば・・・・・・」
咲夜は話題を逸らした。すぐにディアボロはいやな予感がする。
こいつが時を止めている最中に話題を変えようとするときは・・・・・・。
「あと10秒で時が動き出すわ」
リミットが来る。
「・・・・・・とにかく、十六夜咲夜。貴様を信用することはあの一件で約束しよう。貴様も裏切るつもりはないだろうが、もし! 万が一俺の寝首をかこうというのなら、一瞬で殺してやる。でないと俺も殺されてしまうだろうからな」
「分かってるわディアボロ。それにその可能性は無い、ということを分かっててちょうだい。では、おやすみ」
そして時は動き出す――――。ディアボロの肉体は瞬間、少年の体のように縮まり顔つきも幼くなっていく。そう、ドッピオに戻ったのだ。そしてドッピオはまだ目を覚まさない。否、覚まそうとしないのだ。
(・・・・・・ドッピオの魂が生き返ることはもう無い・・・・・・。ドッピオはあのとき、自分の死を受け入れていたッ! だからドッピオの体に戻っても魂はこのディアボロのままだッ!!)
ドッピオの体に戻ったが、意識はディアボロのままだった。そして、何よりドッピオの状態だと『レクイエム』が作動しない。ジョルノが無意識のうちに操作しているのか、ドッピオを友人だと思っている結果がそうなのかは分からない。だが、少なくとも幻想入りからこれまでのドッピオが起こしてきたアクションは無駄ではなかった!
(俺はッ!! ついに克服したッ!! 不完全ではあるが、死の輪廻から脱出できたッ!!)
――――だが、ディアボロは慎重に慎重を期す。元の世界での敗北が頭をよぎるのだ。
今はまだ、動くべき時ではない。今の彼には忠実な駒がいる。まずは十六夜咲夜、彼女の能力と忠誠心は一応『信用』に値するものだ。だったら使わない手はない。
矢の情報が欲しい。分かる、きっと矢もこの幻想郷に流れ着いている。そのために八雲紫なる人物やジョルノに自分が目を付けられるのはまずいことだ。ジョルノ・ジョバァーナを過大評価しているわけではないが、『ジョルノ』とはそういう男なのだ。
奴は俺が動けばすぐに俺の悪意を見抜くだろう。
(そうならないために、駒である咲夜を利用するッ! 情報を集めるのは咲夜だ、俺の仕事ではない)
ディアボロは目を堅く閉じたまま布団に顔を埋める。慣れている。人から隠れることは、な。
ディアボロが目を閉じたことを確認した咲夜は病室を後にする。動いてはいけない、とジョルノに言われてはいるがあんなクソガキの言う事なんて鼻くそ以下である。咲夜は周囲を確認しながら廊下に出た。
まずは美鈴がパチュリーから受け取った手紙の確認が最優先である。
「・・・・・・ん?」
急に後ろから声がかけられる。咲夜が廊下に出たと同時に母屋に繋がる方からてゐが現れたのだ。
(・・・・・・間の悪いウサギが・・・・・・。いや、待てよ・・・・・・)
「メイドかぁ・・・・・・あんた起きてて大丈夫なのか? 確かヒドい怪我だって聞いてたけど」
てゐはどうやら輝夜の部屋を掃除していたらしい。手に大量のゴミが詰め込まれた袋を持っている。
「・・・・・・」
「どうしたのウサ。黙ってても何も分かんないウサよ」
「・・・・・・そういえば・・・・・・。・・・・・・そう、アレよ。アレ」
「・・・・・・?」
咲夜は何かを思い出すように指で空を何かなぞりながら話し始める。イマイチ要領を得ない話し方なのでてゐは首を傾げた。
「あのベッドで寝てたウサギの鈴仙がさァァ~~~、『寝返り』を打ってたような気がするのよ」
もちろん嘘である。むしろ咲夜はちらりとも鈴仙の方を向いていない。
「それで、ジョルノ・ジョバァーナを呼ぼうと思ってね・・・・・・。何かしらの変化を求めていたようだし・・・・・・少しでも助けになれば、と思ってね・・・・・・」
これも嘘である。ただ単に現在美鈴と一緒にいるジョルノを美鈴から引き離すだけの『嘘』だ。普通は騙されるわけがないが、ここ数日の観察で鈴仙の容態は永遠亭の中でも最も重要な案件であることは分かっている。それを聞いたてゐは手からゴミ袋を落として、一目散に玄関へと走っていった。
「――――ジョルノっ!!」
その声を聞き終えた咲夜はすぐに身を隠す。すると、ドタドタと予想通りジョルノとてゐだけが病室に飛び込んでいった。
(・・・・・・さて、これで今玄関か居間にいるのは美鈴だけ・・・・・・いや、小さな永琳もいるのかしら? まぁ、数には含まれないわ)
咲夜はそのまま廊下を進んで居間をのぞき込む。居間はキッチンと並列しており、永遠亭の面々がいつも食事を取る部屋である。
「めーいりん! 遊んで遊んで!!」
「はいはい、八意先生分かりましたよー」
どうやら永琳と美鈴がいるようだ。美鈴はいつものように、子供慣れした感じでちび永琳をうまくあやしている。
そして、美鈴が持っていた手紙は――――あった。美鈴のポケットの中から少しはみ出している。
(・・・・・・衣服と接している・・・・・・。私の能力の性質上、時を止めて抜き取って見る、ということは不可能ね)
咲夜の『幻世「ザ・ワールド」』は時を止めている間、他人に干渉できない、という制限が存在する。それは他人の衣服も他人の延長にあり、『他人が持っている物、身につけている物』は時を止めている最中に奪うことは出来ないのだ。
よって、咲夜はここで時を止めるような真似はしない。使うのはもう一つの能力。
「『ホワイトアルバム』」
彼女は『スタンド』を出すと腕を伸ばして冷気を放出させる。狙うのは美鈴・・・・・・ではなく。
「ひぃぅうッ!?」
可愛らしく声を上げた永琳の方である。永琳の背中に冷気を当てたのだ。突然、背中をゾワゾワッと走り抜けた冷気を永琳は霊気と勘違いしたのだろう。
「ふぇええん! 美鈴ぃーーーん!!」
「え、えっ!? ど、どうしたんですかッ!?」
幼女のような泣き声を上げて美鈴に抱きついたのだ。突然抱きつかれた美鈴は驚き、体を揺らす。
ずりっ。
瞬間、ポケットから目標の紙がずり落ちたのである。
「今よッ!! 幻世『ザ・ワールド』ッ!!!」
ドォーーーーーーーーーz_______ン
紙が地面に落ちる前に咲夜は時を止めた。こうすることで紙は美鈴の所有物から一個の物体として独立する。
一個の物体として独立した物は咲夜に動かすことが出来るのだ。
「・・・・・・さて、どんなことが書かれているのかしら・・・・・・」
咲夜は悠々と紙を拾い上げて中に書かれている文面を見た。そこには――――。
『美鈴へ、あなたが咲夜の代わりに淹れてくれた紅茶。何回か飲んだけどクソ不味かったわよ』
――――とりあえず咲夜は美鈴を見下した。
* * *
とはいえ、咲夜はディアボロに命じられた『パチュリー・ノーレッジ』の行き先を知る、ということを成し遂げていない。取りあえず、時はまだ止めていられるので咲夜は次の行動に身を移した。
パチュリーはさっき出ていったばかりだ。まだ永遠亭の玄関先――――少なくともまだ竹林には入ってないだろう。竹林に入られると咲夜でも追うことは出来ない。
ほかの誰の干渉を受けていない物体は動かせる。咲夜は玄関のドアを開くと、竹林の入り口付近でパチュリーを発見した。
「・・・・・・?」
だが、どこか違和感がある。パチュリーの身長がいつも見ている時より若干低く感じる。ちょうど5センチ程度、足の底から踝までの高さくらいが・・・・・・。
「――――はッ!?」
違う、咲夜の目が見開かれた。違う、あれは・・・・・・低くなっているんじゃあない!
「か、体が・・・・・・沈んでいるッ――――!?」
咲夜の目にはパチュリーの足先が地面に埋まるようにして消滅していたのが見えた。
だが、それは沈んでいるのではない。パチュリーの足下に、ぽっかりと穴があいている。落とし穴ではない。落とし穴に『目の模様』は浮きでない――――!!
「スキマ妖怪――――かッ!! く、時が・・・・・・間に合わないッ!!」
只ならぬ異常を感じて咲夜はパチュリーの元へ全力で走る。だが、既に限界が来ていた。
――――1分。
「パチュリィィィィーーーーーーーーッ!!!」
ここで逃がすのはマズイ。ディアボロから聞いてはいたが、八雲紫――――彼はユカリと呼んでいたが――――は『スタンド』に対してよからぬ動きを見せていると言っていた。何のためにパチュリーをスキマで誘拐しようとしているのかは知らないが、少なくともここで逃がしてしまえばパチュリーの行方はほぼ分からなくなってしまう。
「・・・・・・咲夜?」
パチュリーは大して驚きもせず、後ろを振り向いて――――足下に気が付いた。数瞬の間を置いてパチュリーがこれが何なのかを知る。
「こ、れッは!?」
ぞるんッ!!
気が付いた時にはもう遅い。咲夜は手を伸ばすが、直後にパチュリーの姿は地面に引きずり込まれる。
「――――ッ!!」
まさに一瞬の出来事だった。まさか、八雲紫が直接手を下すとは思っても見なかった。そして、連れ去られたことに対する余韻に浸っている場合ではない。次は自分の番かもしれないのだ。
「幻世『ザ・ワールド』ッ!!」
底知れない恐怖を感じて反射的に咲夜は時間を止めた。スキマが驚異的なスピードで咲夜の足下に迫ってきていた。
「――――くッ!! れ、連続での停止は・・・・・・体に・・・・・・ッ!」
咲夜は時を連続で止めることは出来るが、体にかなりの負荷がかかる。一回目はディアボロとの会話、二回目は美鈴の手紙、そしてこれが三回目だ。止められる時間は10秒を切っているだろう。
「とにかくッ!! 隠れなくては!!」
体を引きずるようにして来た道を引き返す。だが、果てしなく遠く感じた。先日の戦闘の疲労が体に重くのしかかる。
「――――あ、足が・・・・・・動かないィィーーーーーーッ!!」
――――10秒。
ぞるんッ!!!
咲夜の体はパチュリーと同様、一瞬でスキマの中に飲み込まれた。
* * *
「・・・・・・また、まただ・・・・・・十六夜咲夜は・・・・・・また時を止めたな・・・・・・? 何をしているのだ・・・・・・貴様は・・・・・・何故・・・・・・」
三回目の時止め――――今度はものの10秒程度だった。おかしい、何かが起こっている気がする。
ディアボロは布団の中で身を隠しながら爪を噛んだ。
「・・・・・・何だこの胸騒ぎは・・・・・・! 何かが、確実に足下から・・・・・・まるであの時のように・・・・・・」
と、その時。
「鈴仙ッ!!」
ジョルノが病室に飛び込んできたのだ。ビックゥ! と体を跳ねさせるがどうやらバレていないらしい。そしてあのロリウサギも一緒に入って来やがった。
(チィッ!! 揃いも揃って平和ボケしたクソカスどもが! この俺を驚かせるんじゃあないッ!! レクイエムの最中に驚いたことが理由で心臓停止なんて何度もあったことなんだぞッ!!)
ディアボロは悪態をつきながらも、身を潜める。どうやら、下っ端のカス能力を持った大きい方のウサギを心配してきたらしい。どうでもいいことだが、おそらくは咲夜がし向けたのだろう。
「・・・・・・ジョルノ?」
てゐはジョルノの様子を伺うが、ジョルノは反応しなかった。やはり、鈴仙はまだ――――。
「あのメイド、嘘つきやがったウサね。からかってんのか!?」
てゐは怒りを露わにしながら病室から出ていった。咲夜に文句を言いに行くつもりだろうか。
「・・・・・・鈴仙」
ジョルノは視線を落とした。その背中は力無くうなだれている。自分に出来ることが何も無いからだろう。
(・・・・・・腑抜けが・・・・・・。俺を絶頂のイスから追い落とした男の態度があれか・・・・・・。怒りさえ沸いてくるぞ・・・・・・クソッ!!)
何とも言えない怒りを押さえてディアボロは動きを止めた。
すると、こんどはゆっくりドアが開かれる。
入ってきたのは『十六夜咲夜』。ディアボロは当然、何の不審も抱かない。知らないからだ。
「・・・・・・あら」
「・・・・・・十六夜咲夜」
ジョルノと咲夜の視線が交差する。
「寝ていろ、と言ったはずですが?」
「――――せっかくの別れに、私だけ寝ておけ。というのはあんまりじゃあないかしら?」
「どういう意味だ・・・・・・?」
「ただ、パチュリー様と二人きりで別れをしただけよ。鈴仙をダシに使ったのはあなたたちを厄介払いさせるため・・・・・・」
その一言にジョルノの目の色が変わった。
「・・・・・・そうか、もう一度言う。寝ていろ」
「別に、もう私は問題ないわよ? 全然動けるし、痛みももう・・・・・・」
咲夜は体を動かしてアピールをするが、ジョルノは「いや」と言って。
「寝ていろ、という意味が分からないんですか? 二度も三度も同じことを言わなきゃいけないってことは・・・・・・」
「『そいつがバカだから』」
咲夜は平然とジョルノの言葉を先読みして、先に口に出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間にピリっと張りつめた空気が流れた。ちょうど、あとほんの少しでも衝撃を加えたら暴発をしそうな爆弾のように――――。
ガラリ。
「やーらーれーたぁーーーーッ! え、永琳先生の勝ちぃーーッ!」
「やったー! 美鈴弱っ! 弱すぎ!」
その張りつめた空気の中にバカが一匹、投下された。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・あの、えーっと・・・・・・ごめんなさい。ははは」
「美鈴! どうしたの!?」
ちょっと、静かにしてて永琳先生! 今、たぶんすっごく空気読めてないから! 私今すっごくアホとして描かれてるだろうから!! と、美鈴は小声のような大声のような声で永琳に注意していた。
「・・・・・・ふふっ」
「・・・・・・くっ」
と、同時に咲夜とジョルノは――――。
「あはは、はははっ! どう? うちの門番。なかなかのアホでしょう?」
「い、いやぁ。うちの今の永琳さんも負けず劣らずと思いますよ。どっこいどっこい、ってところじゃあないですか??」
その場の空気が一気に収まったのである。美鈴はポカーンとしているが、流石は『気を使う程度の能力』。
喧嘩の仲裁をやらせたら、たとえどんな形であれ収まってしまうのである。
* * *
それからしばらく経って、咲夜は病室で時を止めた。もちろん、目的は彼との会話である。
「・・・・・・分かったわ」
咲夜はパチュリーがどこに向かったかを話し始めた。
「彼女は旧地獄にある『地霊殿』に向かった。おそらくそこに何かのキーが存在する」
それを聞いたディアボロはしばらく押し黙っていたが、やがて口を開くと
「・・・・・・そこは一体、どういう場所なのだ・・・・・・? 旧地獄とは聞いたことがない・・・・・・」
まぁ、当然のことだろう。地霊殿なんて、よほどの変わり者じゃない限り行くわけがない。
「・・・・・・そうね、地下にあるんだけど・・・・・・行き方は神社の近くの洞穴から・・・・・・」
「そうではない。そこには『何が』いるのか、を聞いているのだ」
ディアボロは咲夜を見た。咲夜は少し考えるふりをしてから
「・・・・・・社会のはみ出し者の世界、とでも言おうかしら。この『全てを受け入れる』と呼ばれる幻想郷からも受け入れられなかった者たちの巣窟よ」
「・・・・・・なるほど。俺のような人間にはおあつらえ向きってところか・・・・・・? 前いた世界とさして変わりはないな。――――ここにも、闇の部分があるとは、少し驚いたが」
光と闇。世の中には二つの世界があると言われているが、元の世界では彼は闇の世界の頂点に君臨していた。ここ幻想郷にもそのような闇の部分があると知って、興味がわいたようだ。
「・・・・・・では、さっそく。と言いたいところだが、まだジョルノがここにいる。奴がお前に対して目を光らせている内は危険だ・・・・・・。ジョルノが『他の出来事』に気を取られている間に行動を起こすのがベストだろう。チャンスを伺うのだ」
そのディアボロの言葉に咲夜は頷いた。いずれ、地底に行かなくてはならない。
と、咲夜は何故自分はパチュリーが地底に行く、ということを知っているのか疑問に思った。だが、どう考えても『そうとしか思えない』のだ。根拠はないが、パチュリーは地霊殿に向かっている、ということが確信を持って言えるのである。
(・・・・・・?)
「・・・・・・どうかしたのか?」
ディアボロはそんな何とも言えないような咲夜の表情を見て、不審を抱いた。だがすぐに咲夜はハッとした表情になって
「い、いえ。何でも」
と否定する。そしてさっきまで疑問に思っていた内容さえも忘れてしまっていた。
* * *
永遠亭で様々な画策が飛び交う中、迷いの竹林入り口で藤原妹紅は欠伸をしていた。
「ふわぁああ~・・・・・・。今日は暇だなー。誰も来ない」
珍しく、患者が一人も来ないのである。その分休みになるのは構わないが、暇というのは実に扱いづらいモノだ。
「・・・・・・案内人、案内を頼む」
そんなだらしのない妹紅の隣にいつのまにか二人の人間が立っていた。
「・・・・・・んっ!? あ、は?」
妹紅は慌ててヨダレを拭いながら、その二人の応対にあたるが――――見たことがある二人だった。
青い髪と茶色の髪の二人だった。
「――――な、ナンッであんたらが・・・・・・ッ!?」
一人は右手を胸の前に、左手を顔の前に並べてお祈りでもしているかのようなポーズを取っている。彼女は背中に巨大な注連縄と二本の柱のような物体を携えており、切れるように細く美しい瞳は大人の女性の色香を彷彿とさせる。
もう一人は見た目10歳くらいの幼女だが、何故か逆立ちをしていた。何故逆立ちをしているのかは不問にしよう。それよりも妹紅が疑問に思ったのは幼女のスカートも服も奇妙な目玉の付いた帽子も、まるで重力の影響を受けていないかのように、地面に落ちていないことだった。
「・・・・・・お前に話す理由はない。いいから私たちを永遠亭まで連れていけ」
「神奈子の言うことには従っといた方がいいよ。キレてるからね」
「口を挟むな諏訪子」
神奈子と呼ばれた女性は逆立ちをしている幼女の方をギロリと睨み付けてから、妹紅の方を向き直り再び口を開いた。
「・・・・・・黙っていても何も分からない。案内するのか、案内しないのか、どっちだ・・・・・・?」
妹紅をゴミでも見るかのような高圧的な視線。だが、妹紅は本能的に逆らうのはマズイと思ったのだろう。素直に頷いて「分かった、案内しよう」と答えた。
声が震えているのは気のせいだと思いたかった。
それほどにこの二人の存在感が、妹紅を圧倒していたのだった。
32話へ続く――――
* * *
後書き
お久しぶりです。無事受験を突破しました、フリッカリッカです。
第二章、始まりました。副タイトルに早苗さんの名前がでてるのに早苗さんがでなかった詐欺の31話です。先に二柱が出ましたね。神社にいなくていいんでしょうか?
えっと、話がややこしくこじれそうですが、第二章はジョルノサイドで風神録ベースの話を。第三章はディアボロサイドで地霊殿ベースの話をしたいと思ってます。予定ですから、ぶち壊し抜けるかもしれませんがね。
あ、第一章のように風神録『ベース』ですから、他のシリーズからもキャラクターは出ますよ。楽しみにしていてください。
では、更新ペースはゆっくりになってますが32話で、また。