ボスとジョルノの幻想訪問記   作:フリッカリッカ

39 / 53
えくすとりーむ・えんじぇう③

ボスとジョルノの幻想訪問記 39話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう③

 

 

 空気を読む程度の能力を持つ永江衣玖は、自分の主の変化についてこう考えている。

 

「総領娘様はついに天下をその手中にお納めになられるに見合った能力を手に入れた」と。

 

 ある日、いつもの様に天子から見ればつまらない天界での付き人生活を平然と過ごしていたところ、天子は自分の周りを小さくできる、と言い出した。

 

(ついに余りの退屈さに総領娘様は聡明な頭脳をやらかしてしまったのですね……)

 

 衣玖は失礼ながらもその話を聞いたとき、そう思ったのを覚えている。だが、実際に天子は手に持っていた桃を際限なく縮小させたのだ。

 

 そして、手を放して桃を自分から遠ざけると次第に大きさを取り戻していった。

 

(これは……ッ!! 天啓!!)

 

 天子自身は特にそのようには捉えていないが、衣玖ははっきりと断定した。

 

 近付けば近付くほど小さくなり、誰も天子に触れることは許されない。

 

 ついに自分の主が天界のみならず、下界、冥界、魔界……ありとあらゆる世界を総べるにふさわしい能力を得たのだと。

 

「……総領娘様、今ならあの憎き八雲紫も倒せるのでは……」

 

 そうと決まればまずは主の自覚をはっきりとさせることだ。かつての仇敵、八雲紫をその手で倒させ、自信と自覚を持たせることが出来れば……。

 

「え? あのババアのこと? やだやだ、私もうあんなのには関わりたくないわー」

 

「……さようでございますか」

 

 だが、ネックはこの性格だ。非常にあっさり、そして興味の移り変わりが激しい子供染みた性格。これではせっかくの王の素質を持った能力があったとしても宝の持ち腐れである。

 

 だから、衣玖はこう切り出した。

 

「では、戯れにその総領娘様の能力を試す、というのはいかがでしょうか? きっと、今の総領娘様ならお父様や伯父様たちのみならず、幻想郷最強の妖怪と言わしめる八雲紫さえも貴方に触れることさえ叶わないでしょう」

 

「……どういうことかしら?」

 

 天子は少しだけ興味が湧いたらしい。ここぞとばかりに衣玖は説得を畳みかける。

 

「まず、あなたはこんな場所でのんびりとつまらない生活を過ごしているだけでは勿体無いお方です。御自分でもいつも言っているではありませんか。つまらない、と。ですが、失礼だとは分かっていますがはっきりと言わせてもらいます。今の総領娘様はかつて八雲紫に手痛い目に合されてから自由を求めることに恐怖していらっしゃる」

 

「……言うわね、衣玖のくせに」

 

「言いますよ。これは総領娘様のためでありますから」

 

 ここまで衣玖が熱意をもって説得をする姿は見たことが無い。俄然天子は興味が湧いてきたらしい。

 

「しかし、総領娘様は『ありとあらゆるものを小さくする程度の能力』を得ました。近付けば近付いた分だけ縮小していく無敵の力……つまり、誰も総領娘様には追いつけない、ということになります」

 

「……」

 

 天子は黙って衣玖の話を聞いて、頷いた。

 

「うん、衣玖の言う通りだわ。この力を試してみたくなった」

 

*   *   *

 

 そうと決まれば早速行動に移すのが比那名居天子である。すぐに無断で地上に降り立ち、当然八雲紫に目をつけられる。

 

「あらあら、天界の天人かぶれ、比那名居天子様ではありませんか。本日はようこそ幻想郷にいらっしゃいました。手荒い歓迎で申し訳ございませんが、さっさとおうちにお帰りになられてください」

 

 地上に降りるや否や、すぐさま八雲紫が目の前に現れ、スキマを天子の足元に開いた。

 

 だが――――。

 

「……どうしたの、八雲紫? 私を強制送還するんじゃあないのかしら?」

 

「――スキマが……開かない?」

 

 いや、紫の表現は間違っている。実際には開いているが、天子の能力のせいでごくわずかしかスキマが開けていないのである。

 

 1ミリ以下のスキマに誰が落ちるだろうか。この時点で天子は八雲紫に対して完全に優っていると理解した。

 

「私はもうあんたには捕まらない」

 

 大見得を切って、紫に背を向けて歩き出す。当然紫は逃さないため、自分をスキマに戻して天子の真上から出現しようとするも……。

 

「――ッ!?」

 

 天子の真上に開けた隙間が一瞬にして消滅したように見えた。実際には1ミリ程度の大きさまで小さくなっているだけだが、紫には自分の能力が封じられているのでは、と思う。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 紫は元の場所に戻って今度はスペルカード、魍魎『二重黒死蝶』を切った。だが、弾幕は天子に届く手前で一気に縮小し、見えなくなる。

 

「……!?」

 

 背を向けて歩く天子に自分の攻撃が全く届かない。

 

「なら、結界『生と死の境界』!」

 

 紫は天子を包み込む形で結界状の弾幕を張った。これならば、逃げ場が無く、移動も出来ないだろう。

 

「……ふーん」

 

 だが、天子は振り返ることもせず、歩みを止めはしない。天子は弾幕に触れそうになるが、被弾する直前で限りなく縮小してしまう。

 

 弾幕が届かないのだ。一切。あらゆる角度から降り注ぐ光弾が彼女の周囲で一気に無力になる。

 

「――――ッ!! ま、まさか……『スタンド』?」

 

 いや、そうとしか思えない。天子の能力にあんな絶対防御の効果は存在しないはずだ。

 

 つまり、比那名居天子にも『スタンド』が発現しているッ!!

 

「……ス、スタンド使いに……なっているなんてね……」

 

 スタンドはスタンドでしか倒せない。この時点でスタンド使いでは無い紫は天子に対して成す術がない。どうしようも出来ずに、ただ天子の後ろ姿だけを眺めていた。

 

「……最高の気分だわ、衣玖」

 

 天子が言うと能力対象外の衣玖がすっ、と天子のそばに降り立った。

 

「流石は総領娘様です! あの大妖怪が手も足も出せていませんでした!」

 

 永江衣玖は予想以上の天子の能力の強さに高揚を隠しきれなかった。久しぶりに声を荒げて、天子を褒め称える。

 

「ふふん、まぁ、私にかかればこんなもんよね。……決めたわ、この能力の名前……。私の領域を誰も犯すことは出来ない、神性にて不可侵よ」

 

 何も出来ず、立ち尽くす八雲紫を背後に感じて天子は言った。

 

「『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』。それが名前、それが能力」

 

*   *   *

 

 そして、現在に至る。

 

(……どうして、こうなった)

 

 そして、現在の状況に永江衣玖は少なからず困惑している。

 

 比那名居天子の熱しやすく冷めやすい性格を甘く見過ぎていた――!!

 

 衣玖は『幻想郷についての情報を提示』し、何故か天子はその中で幼くなってしまっている八意永琳に目を付けた。

 

 そして、今。八意永琳は衣玖の背中で気を失っており、八意永琳のお守りっぽい人間は瓶に閉じ込められている。これじゃあただの誘拐犯だ。この世を収める人物にふさわしい行動ではない。

 

「ねぇねぇ、衣玖。幼い天使ってこーゆーのを言うのよね。幼い天使。でさ、『おさない』と『ひなない』って何か似てない? これって運命よね? 私とこの子は引き合う運命だったのよ。みて、この子。寝顔超キューティクル」

 

 まさか、こんな下らないネタに走るとは思わなかったのだ。気絶している八意永琳を背中に乗せている衣玖は溜息をついた。

 

「……総領娘様、いいですか? あなたは……」

 

「あーもう、うっさいわねぇ衣玖。折角幻想郷に来て、あんちきしょーの追従も無いんだから、楽しみましょうよ。そんな一昔前の帝国主義的な考えはもう古いのよ?」

 

「……はい」

 

 そして、天子自身もやっぱり乗り気じゃあなかった。この凄まじい能力は私利私欲のためだけに使うつもりらしい。

 

「……」

 

 とりあえず、天子からすれば永琳の誘拐はただ可愛くて傍に置いときたいから、に他ならない。

 

 何と呑気な話であろうか。衣玖もこれには流石にがっくり来ていた。『ホワイトスネイク』も、もしかすると天子から『GGG・オブ・ホーム』を回収する必要は無いのでは? と思う程に。

 

 だが、その話を聞いて穏やかじゃあ居られないのは、不死の少女。

 

「……ふざけやがって」

 

 瓶の中で話を聞いていた藤原妹紅は急に沸々と怒りが湧いてきた。当然だろう。『ホワイトスネイク』から聞いていて通り、あの二人の天人からすればこんなのは単なる暇潰しでしかないのだから。

 

「やっぱり、一発はブチ込む。じゃないと私の気が収まらないな」

 

 瓶の中で妹紅はメラメラと闘志を燃やしてウゾウゾと蠢く5匹の蜘蛛を見た。

 

 蜘蛛は妹紅を獲物として捉えており、キシャー!と鳴き声のような音を上げて8本の足を動かす。その様子を見た妹紅は「うっ」と背筋に恐怖感が走り抜けた。

 

(……くそっ、何だこの吐き気は……。怖いのか? この私が……こんな虫けらに『恐怖』しちまってるのか……?)

 

 全生物を同じ大きさにしたとき、純粋に身体能力のみの最強の生物は蟻か蜘蛛だという。そして、最弱候補に入るのが人間だ。妹紅が生物本能的に恐怖を抱くのは当然の反応だった。

 

(し、しかもコイツら……全部黒地に白の縞模様……ッ!! 雄かよ……!!)

 

 ハエトリグモは雄ならば黒地に縞模様をしており、雌は茶色で地味な色をしている。無駄にそんな知識を(主に慧音から)受けていた妹紅は更に不安感がよぎる。

 

「……な、なぁ~んか……ヤバい予感……」

 

 ちらりと妹紅は天子を見た。天子からは小さすぎて見えていないが、その時の妹紅の目は悲痛な訴えをしていただろう。

 

 当然、無視。天子はそれよりも永琳の方を見ている。

 

「とにかく……! 私には『炎』がある! 火力は低くなってはいるが、生物にとっては共通の脅威には違いない!」

 

 妹紅は右手を前に、左手を腰の横に構えて、両腕に火炎を宿らせる。熱気を感じた蜘蛛は足を止めてそれ以上妹紅に近付こうとはしない。やはり、炎が弱点だ。

 

「……どけ、私はお前らに構っている場合じゃあない」

 

 妹紅は炎を振りまいて蜘蛛と距離を縮めていく。

 

(……うぅっ! き、気持ち悪い……)

 

 だが、近付けば近付くほど、蜘蛛の様子が鮮明に妹紅に知覚されてしまう。ぐじゅるぐじゅると不気味な音を立てている口、ぎょろぎょろと8方向に蠢く目玉、そして全身から漂ってくる腐臭。

 

 と、奥にいた一匹が飛び、瓶の天井に張り付いた。そして腹を妹紅の方に向けている。ヒクヒクと腹の先の方が動き、白くしなやかな糸が妹紅に向けて発射された!

 

「蜘蛛と言えば、これだよな……!! だが、燃やす!!」

 

 真っ直ぐに飛んできた糸を捉えることは容易い。妹紅は身を躱しながら糸を掴み、熱を込める。すると、糸はジュゥ……と音を立てて燃え、その糸を伝って糸を出した蜘蛛の方に向かっていく。

 

 ブジュゥゥウウ!!

 

 伝道した炎は蜘蛛の出糸突起に辿り着き、その器官を燃やした。ギシャァアアア!! と、妹紅にだけ聞えるような極々小さい悲鳴のような音を上げて蜘蛛は張り付いていた天井からぼどっと落ちる。

 

 それを見ていた蜘蛛も同じように糸を妹紅に吹き付ける。だが、数が増えようとも、妹紅が躱すことに大した支障は与えない。一本ずつ、丁寧に躱して、燃やす、燃やす、燃やしていく。

 

「所詮は虫かッ!! 私の敵じゃあないな!!」

 

 全身から熱気を迸らせて妹紅は蜘蛛たちに向かって突っ込んでいく。炎の弾幕でまず道を開き、そして出来た道を一気に駆け抜けた!

 

「よしッ!! 倒すのは困難だが、逃げるのは容易い!」

 

 ガサガサと音を立てて引いていく蜘蛛を尻目に、妹紅は瓶の口まで着いた。

 

「うわお、結構やるわね。――――でも、そこ。通れるかしらん?」

 

 天子はいつの間にか蜘蛛の群れを突破して出口まで辿り着いていた妹紅を見て称賛の声を上げた。しかし、天子は全く動揺していない。それどころか、妹紅の心配をしている。

 

「……ぐっ!! 瓶の口が『坂』になってる!!」

 

 既に妹紅の大きさは瓶の口付近のくびれが巨大な坂に見えるほどだった。しかも、摩擦係数の低いガラスである。つるつると滑る角度60度程度の坂を登るのは困難を極める。

 

「さぁ~って、あんたにこの坂が登れるかしら? それも背後の蜘蛛たちの追撃もあるわよ? ふふん、流石に厳しいかしら?」

 

 と、高笑いしている天子を尻目に妹紅は真っ直ぐに瓶の入り口だけを見ていた。

 

 

「厳しいかどうかは私が決める。『スパイスガール』」

 

「ウオォリィイイイヤァアア!!!」

 

 

 妹紅は『スパイスガール』を出してガラスの坂を上りながら次々と駆け上がっていく。その登攀に妹紅が足を取られるような様子は全くない。階段を駆け上がるかのようなスマートな登りだ。

 

「……!! 『柔らかくする程度の能力』!! ガラスを人間の皮膚程度の柔らカサに変えたのカ! 踏めバ少し陥没し、そこカラ次の一歩を踏み出す力を得てイル……!」

 

 妹紅救出の為に瓶の方に向かっていた『ホワイトスネイク』はそう漏らした。彼は瓶に近付けば近付くほど小さくなっていっているため、現在大きさは蜘蛛より一回り大きい程度になってしまっている。

 

「だが、藤原妹紅……!! 私ガそこに行くマデ待てと言ったロウに……! 今、貴様の大きサは蟻程度ダ……!!」

 

 『ホワイトスネイク』の言う通り、妹紅の大きさは既に1センチちょっとしかない。もはや、人間大の大きさの天子からすれば見えないほどである。天子の足まで距離にしてわずか10センチ程度。これ以上近付けば誰にも認識されなくなってしまう。妹紅の体感からすれば全く近づけていないように見えているが、実際には目と鼻の先。だが……!!

 

「既に天子の『射程圏内』ダ……!! それ以上近付けば……来るゾ……!!」

 

 瓶の入り口までたどり着いた妹紅は『ソレ』を見る。

 

 

「……アムゥー」

 

 

「――な、んだ……コイツは……!!」

 

 飛行機のエンジン部分を顔の両脇に携え、不自然に尖った頭に呑み込まれてしまいそうな程に黒々とした目玉。そして……。

 

「……こ、この『スタンドエネルギー』は……、やばい!!」

 

 その身に宿す凄まじいほどのスタンドエネルギー。

 

 瓶の入り口で妹紅の方を見つめ続けるそいつは特に妹紅に攻撃する様子は無い。ただ、凄まじいエネルギーがその身に凝縮されているように見える。そのプレッシャーが妹紅の全身に襲い掛かり、ズシンと急激な体の重さに襲われる。

 

 これが、精神に極度に負荷がかかった状況……!!

 

「アムゥ……」

 

 妹紅はそれ以上近づけずにいた。大きさは蜘蛛程度だが、蟻程度の大きさまで縮小してしまっている妹紅から見れば巨大なスタンドだ。

 

「……お、そんなとこにいたのね」

 

 天子はその姿を見るとそう呟いた。

 

「そいつが私の『スタンド』、『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』の具現よ。そいつ自身は私の周囲10センチ程度の射程距離しかないけど、その分パワーは凄まじいわよ??」

 

 射程距離僅か10センチ、これほど恐ろしい情報はない。

 

 スタンドのパワーは本体との距離に反比例する。つまり、天子のスタンド像自体の射程距離はたったの10センチということは、それに反比例したパワーを持つというわけになる。

 

「……け、桁違い……か」

 

 妹紅は近付けずにいた。それは、こいつの能力の底が見えないからだった。

 

 天子の射程距離内に入ったとき、一体この縮小させる能力はどこまでその力を発揮させるのかが分からない――!

 

 もっと、先の、ドス黒いエネルギーがそのスタンドには詰まっている!!

 

「ちなみに、それ以上ソイツに近付いた物体は無いわ。どうなっちゃうか私でも分からないから……試しに近付いてみてよ」

 

 そりゃ無茶なお願いだ。妹紅は声に出したが、天子の耳には届かない。

 

「駄目だ……! コイツがここにいる限り、ここを突破出来ない……ん!?」

 

 ふと、手を何かが引っ張った。何だろうか、と見ると白いロープのような物が腕に巻き付いている。

 

 見覚えがある、と思った次の瞬間!

 

 ドンドン!と瓶を叩く音がした!! ようやく瓶に辿り着いた『ホワイトスネイク』だ。

 

「妹紅ッ!! 後ろダ!! 蜘蛛が来ル!!」

 

「――――はッ!?」

 

 背後を振り返った直後、大量の糸が妹紅を襲い掛かった。燃やそう、としても既に糸の太さは妹紅の腕より太い。すぐに焼却出来るような大きさでは無い!!

 

「し、しまッ……!?」

 

 しまった、と言う間もなく糸に拘束された妹紅に一匹の蜘蛛が覆いかぶさる。既に蜘蛛の大きさは妹紅から見れば巨大なクリーチャーで、ブハァと口のような器官から吐く息が妹紅の顔に降りかかる。

 

「うえっ、く、さ……!! ま、待て!! くそぉッ!!」

 

 体から熱気を出すも、巻き付いた糸は中々燃えない。糸が密集しすぎて火力を出すには酸素が足りなかった。

 

 ぶすっ。

 

「……か、はッ!?」

 

 妹紅に覆いかぶさっていた蜘蛛が妹紅の首元に噛みついた。噛むというより、口にある針のような器官で妹紅を刺したのだ。大きさ的には妹紅の今の指程度の大きさ。そこからドクン、ドクンと液体が注入されていく。

 

「……な、ん……これぇ……」

 

 次第に妹紅の体から力が抜けていく。呂律も思うように回らなくなっていき、視界がぐらりと傾いた。そして、注入された液体が体を巡るほどに、全身が迸るように熱くなっていく。

 

 自分で熱を出すとは違った熱さだ。だが、妹紅の体は逆に言いようのない不安で満たされていく。

 

「ハエトリグモは毒蜘蛛じゃあないけど、どんな蜘蛛にも小さな獲物の動きを止めるために毒を持ってるのよ。今あんたに注入されたのは筋弛緩剤のような効果を持った神経毒ね」

 

 これが媚薬とかならもっとおいしい展開になるんだけど、と天子は呟く。

 

「く……あ、あ……」

 

 体を動かそうとするがピクンピクンと、末端部分が跳ねる程度である。口を閉じるような力も湧かず、だらんと舌が自然に垂れる。呼吸も荒く、顔は毒の効果で真っ赤に染まっていた。残りの蜘蛛も同じように妹紅に噛みつくが、何の抵抗も出来ずにいる。

 

 妹紅は不死のため、体格に対して致死量の毒を盛られても死ぬことはない。だが、死んだ方がマシ、という状況も存在する。

 

(……だ、めだ……ま、全く動けない……。こ……わい…………)

 

 ゾゾゾゾ、と恐怖が妹紅の全身に巡る。これからの自分を想像して吐きそうになるが、吐くほどの力もない。代わりに呑み込めない唾液がだらんと垂れた舌を伝って地面に流れる。何とか逃げようとするも、弛緩した筋肉がぴくんと跳ねるだけだった。

 

「……」

 

 絶望的な状態の妹紅は蜘蛛の蠢く切れ間で一瞬だけ天子の姿が見えた。

 

 笑っている。自分のこの状況をこの女は笑ってみている。まるで、小さな虫けらを足で踏み殺す様子を楽しむ子供の様な笑顔だ。

 

 だが、天子の隣の人間。

 

 永江衣玖の様子がおかしい。

 

「……?」

 

 息切れをしているかのように荒い息を吐き続ける妹紅は天子では無く、衣玖の方に注視する。何だ、あいつは……。私と……同じ……とても、苦しそうに……して……。

 

 

「……ムっ!?」

 

 絶体絶命の妹紅救出のため、最初に妹紅が溶かしていた部分からの瓶内部への侵入を図っていた『ホワイトスネイク』も永江衣玖の不自然な様子に気が付く。

 

 

 『ホワイトスネイク』の目には永江衣玖が瀕死に見えた。

 

 

「ぐ、は……あ……」

 

 ボドボドと口や鼻から血を吹き出し、その場に崩れ落ちる。その音でようやく天子も衣玖の異変に気が付いた。

 

「……ッ!? 衣玖!? 衣玖!?」

 

「申し訳、ごふっ、ございません……総領娘様ッ……ごぼっ!! 総領娘様がお目立ちになられていたので……空気を読んで……我慢してましたが……!! ぐふっ、がっ……」

 

 そう告げる衣玖の左腕、そして右腕が今にもぐずぐずになって取れてしまいそうになっている。それを見た天子はぎょっとして衣玖に「何よコレッ!!」と理由を尋ねた。

 

「……殺人ウイルス、のような物かと……このままでは……総領娘様も……感染……!!」

 

 ついに、衣玖の両腕がボドン、と地面に落ちた。それを見た天子の口、そして鼻も同じようにぐずぐずに溶けはじめる。

 

 ウイルス、感染、殺人。衣玖の口から放たれたこれらのワードに天子は凄惨たる情景が思い浮かぶ。

 

「ま、まずいぃいいいいいいいッッ!!! 『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』!!! 私と衣玖の大きさはそのままッ!! しかしッ!! 『ウイルス』だけは許可しないィィィィーーーーーーッッ!!!」

 

 瞬時に衣玖と天子のグズグズに溶けるという症状がストップした。衣玖の言う通り、ウイルスならば限りなく縮小させることでその進行を限りなく止める事が可能なのだ。

 

 天子の口と鼻の溶解は殆ど停止した。だが、その部位に触ることは天子でさえもためらわれた。本能的に触れるのはマズイ。

 

「……い、衣玖……?」

 

 衣玖の進行も天子と同じように止まっているはずだ。天子は倒れる衣玖に声をかけた。

 

 だが、衣玖は目覚めない。両腕だけではなく、その症状は背中にも広がっていた。しかも、その症状は背中の方がひどい。背中が骨が見えるくらいまで抉られている。

 

 その状態に天子は絶句し、そして別の考えも思い浮かぶ。

 

「ま、まさか……!!」

 

 背中が酷い、ということは背中に居たであろうあの子もヤバいのでは? そう判断した天子は彼女を探す。

 

 八意永琳を……。

 

「……はッ!?」

 

 いた、八意永琳だ。確かに、衣玖の背中から離れている。

 

 

「……だ、誰?」

 

 

 だが、天子の前にいたのは違う人間だった。その人間の腕に八意永琳が抱かれていた。

 

「……」

 

 その人間――――目立つ赤いショートヘアーが更にその高い身長によって強調され、白いジャケットとタイトスカートが印象的な女性は、気を失っている八意永琳をお姫様抱っこして立っていた。

 

 そして、全身をウイルスで蝕まれている永江衣玖と唇と鼻に小さな水ぶくれのような溶解痕が出来ている天子を一瞥して走り出す。

 

「な、待ちなさいッ!!」

 

 すぐに天子は『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』を発動させ、天子の脇を通り抜けるその女性の大きさを小さくさせようとするが、思い通りにいかない。

 

 『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』は天子に近付く物体を小さくする能力。よって、遠ざかる物体を小さくさせる、といった芸当は不可能だった。天子は思惑が外れ、そして女性の次の行動を許してしまう。

 

 女性は走りながら瓶を蹴り上げ、空中でそれをキャッチした。

 

「……ッ!! しまった!!」

 

 離れていく女性によって、瓶も当然天子と距離を取る。すると、中で瀕死になっていた妹紅も大きさを取り戻し始める。

 

「むぎゅっ!!」

 

 瓶の容積を超える大きさを取り戻した妹紅はその圧力によって、瓶を内側から突き破り、脱出する。既に天子との距離は十分に離れていた。

 

「はぁっ!! ぐ、うぅ……」

 

 蜘蛛の大きさはそのままのため、大きさを取り戻した妹紅には毒の効果が見る見るうちに弱まっていく。元の大きさを取り戻した頃には少しはふら付いてはいたが完全に一人で立てるほどに回復した。

 

 大きさを取り戻したのは瓶にくっ付いていた『ホワイトスネイク』も同様である。妹紅と同じように、彼もまたこの見知らぬ女性に助けられた。

 

「……感謝する。だが、君は一体誰ダ? いや、どこから……いつココに来ていタ?」

 

「……私も……知りたいわ……! あんたは何者……なの?」

 

 天子との距離はおよそ15m。だが、天子は妹紅たちに近付かない。近付けば、衣玖に残存するであろう『殺人ウイルス』の大きさも元に戻ってしまう。今、天子が衣玖の元を離れて妹紅たちに近付くことは出来ないのだ。

 

 天子がこちらに来れないことを女性は流し目に確認して、永琳を見た。その表情からは笑みが零れている。そして妹紅たちの質問には答えず、こう言った。

 

「……無事でよかったよ、主人」

 

 その一言はますます妹紅と『ホワイトスネイク』を混乱させた。

 

 こいつは一体何者なのか? どこから、いつ現れたのか? そして、衣玖を襲ったウイルスとは……?

 

「……まさか、『パープルヘイズ』……カ?」

 

 『ホワイトスネイク』の呟き。だが、目の前の永琳を抱く女性は『スタンド』には見えなかった。

 

40話へ続く……

 

*   *   *

 

 八意永琳 スタンド名『パープルヘイズ』?

 

 八意永琳のスタンド(?)。能力は『ホワイトスネイク』は毒の能力だと言っていたが、衣玖の証言では『殺人ウイルスを操る程度の能力』。スタンド像はまだ不明。永琳を救出した女性との関連性も不明。

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 もこたんがあとちょっとで大変な目にあうところでした。39話です。

 

 原作ではナランチャが同じような目にあってましたが、これを閉じ込められている方を美少女にすると……あら、不思議。分厚い単行本が一気に薄い本になります。妹紅はよく18禁的な被害に逢いますね。「白髪の子かわいそう」。

 

 そして、また新キャラっぽいのが誕生しました。一体彼女は人間なのか? それとも八意永琳のスタンド『パープルヘイズ』の具現なのか? そこらへんの種明かしは40話にて行います。ご期待くだされ。

 

 あと、早苗さんのスタンド予想ですが……みなさん鋭い、いい目をしている(ACDC風)。正解はまだお伝え出来ませんが、予想コメントはまだまだ募集してますよ!

 

 あ、あと普通に感想なども嬉しいです。投稿ペースが異常に早まります(多分)! 今回は妹紅の痴態とか、妹紅の辱めとか、妹紅の赤裸々な出来事とかの感想が多いですよね(にっこり)!

 

 と、いうわけでボスとジョルノの幻想訪問記 39話 えくすとりーむ・えんじぇう③でした。次回、ついに40話ですね。50話に行き着くころには掲載してから1年が経過しそうです。

 

 では、また次回にお会いしましょう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。