ボスとジョルノの幻想訪問記   作:フリッカリッカ

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青娥娘々の異常な愛情②

ボスとジョルノの幻想訪問記 43話

 

青娥娘々の異常な愛情②

 

 河城にとりに無駄無駄ラッシュを叩き込み、そのまま玄武の川の上流を目指し歩き続けていたジョルノたち。

 

「ほとんど偵察の天狗たちはこの辺にはいないみたいウサ」

 

 てゐが常にあたりに気を配りながら、道案内をしている。彼女の言う通り、妖怪の山には哨戒天狗が一定数存在しているのだが、川周辺は協定を結んでいる河童の土地のため、多少警備が甘くなっている。本来なら河童が管理すべき場所だが、その河童もジョルノが川の底に沈めたので、現在彼らが歩いている周辺は最も安全なルートだと言っていい。

 

「そうですね……。それに川の流れも急になってきました。どうやら滝が近いようですが……」

 

 と、ジョルノが言い終わるか言い終わらないかの瞬間。突如として視界が開け、巨大な滝がその姿を現した。

 

「でっけぇーーー!!」

 

 自分の身長の20倍以上はあろうかという滝にチルノは驚きの言葉を口にする。

 

「雄大な滝だ……。美しくすらありますね」

 

 ドドドド、と大きな音を立てながら大量の水を玄武の川に注ぎ続けるその圧倒的な自然の力にジョルノも息を呑んだ。――――そして、このさらに上をしばらく進んだ先に守矢神社がある。

 

 と、滝を目の前にした3人の上空から何かが飛来してきた。

 

「――ジョルノ!! 上から何か来てるウサ!!」

 

 いち早くその存在に気が付いたのはてゐだ。すぐに空を見上げて飛来物を肉眼で確認すると……。

 

 

「――天狗!? ついにばれちゃったウサねぇ!!」

 

 どうやら烏天狗のようだ。飛来してきた彼女は地面に激突する直前で体制を変えて綺麗に着地する。レースで見る車のようなスピードだったにも関わらず、その着地は女性の指の様にしなやかで優しく、土埃をあげることは一切なかった。

 

 着地し、ジョルノたちの方を見た彼女は言葉を待った。

 

 先に口を開いたのはジョルノである。

 

「……何者ですか? もし、僕らを排除しようとする者なら手加減抜きで戦いますが」

 

「いやはや、私は組織とは少し離れた場所で動いてますから。そんなつもりは微塵もありません」

 

 ジョルノの言葉を待ってましたと言わんばかりのスピードでその烏天狗は早口に答えた。

 

 彼女の口調は優しいものではあるが、その表情からは緊迫としたものが窺える。少なくとも、ジョルノの目にはそう映った。そして、てゐはその顔に見覚えがある。

 

「(げっ、文屋か……天狗たちとは関係ないって、あんたの言うことは信用ならないなぁ)ジョルノ、ちょっと」

 

 と、てゐはジョルノをちょいちょいと手招きして小声で囁いた。

 

「何だか態度良く接してきてるけど気を付けな。そいつは射命丸文って言って……特に汚点とかはないんだけど、なんかあたしゃ嫌いなんだ」

 

「……一人の価値観を僕に押し付けないでくださいよ。少なくとも、河城にとりとかに比べたら幾分話せる方です」

 

 そりゃああの気持ち悪い話し方の奴と比べればねぇ、とてゐは心底思うが口にはしなかった。口にする前にチルノが文と話し始めたからである。

 

「ジョルノ!! あたい知ってるよ! そいつは射命丸文……だっけ? 新聞記者やってんだよ!」

 

「あや、チルノさん。いつも大妖精さんがお世話になってます」

 

 と、チルノがジョルノの横に来て言うのを文は笑顔で応対する。大妖精がお世話になっているというが、これはただ文がチルノに自身の新聞の購読を進めた結果、何故か大妖精が新聞を購読することになっただけである。それが詐欺に近いことはチルノは全く分かってないが。

 

「チルノやてゐとは面識があるようですね。ですが、新聞記者が僕たちに何の用でしょうか?」

 

 突如として現れた天狗、つまりは妖怪に対して警戒をジョルノが解くわけがない。もしかすると、にとりと同じように既に東風谷早苗の息がかかった刺客の可能性もあるのだ。

 

 ジョルノは文との知り合いであるチルノが近付こうとするのを手で制止して尋ねた。

 

「――安心してください、私は味方です。それを証拠に――――」

 

 と、文が数歩後ろに身を引き――――

 

 

「今から『死にかける』ので」

 

 

 その言葉を残すと一気に足から地面へと文は崩れ落ちた。

 

「「「!?」」」

 

 しかも、ただ崩れ落ちただけじゃあない!! 崩れ落ちる時に文の両足は一瞬で細く、そして皺くちゃになった!! しかも、それは全身に及んでいる!!

 

「――じょ、ジョルノ!! あ、あいつの足を……見て!! 『ヤバい』!!」

 

 チルノが指さした先は文の右足首。

 

 血色の悪い手が文の足首を掴んでいる!!

 

 

「あー……」

 

 

 そのだらしのない声と同時にぼこぉ、と地面が隆起する。地面から何かが……いや、人間が這い出してきたのだ!!

 

「な、なんだこいつは……!! 一体、いつからここに……、いや、『どうやって』ここに!?」

 

 土の中から這い出してきたのは全身を継ぎ接ぎにされ、中華風の衣服と帽子に身を包んだ少女だった。

 

「……うおお、ここはどこだー!? 今は何時だー!?」

 

 キョロキョロと当たりを見回して、その少女はジョルノたちを視界に収めた。

 

「……誰おまえら。私、知らぬ」

 

 あまりの突然の出来事に3人は呆気に取られていた。疑問は複数ある。何故、射命丸文は攻撃されることが分かっていながら、攻撃を受けたのか? この少女はどうして自分たちの居場所をピンポイントで襲ってきたのか、もしくは待ち伏せていたのか?

 

 いや、そんな些細な謎よりも!!

 

「じょ、るの……あ、あたし……気分が……なんらこれ……」

 

 ジョルノの背後でてゐの声が聞こえる。反射的にジョルノとチルノはてゐの方を振り向くと――――。

 

 そこには全身がどんどん『衰えていく』てゐの姿があった!!

 

「か、わ、くぅうううーーーーッ!! カサカサ!! どうなってるウサァアアアーーーーーッ!! あたしの体ッ! 体がぁああ!!」

 

「て、てゐ……!!」

 

 再び見る異常な光景。てゐの幼い少女のような肉体は一瞬にして文と同じように細く、そして皺くちゃになっていく。まるで老婆のような見た目に……!!

 

「――『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』、私に近付くとみーんな、年を取るのだ」

 

 息を呑む二人に文を掴んでいた少女はいつの間にか立ち上がり、両手を前に突き出してそう説明した。

 

「……す、『スタンド使い』か……!! こいつも……!!」

 

「年を取るって……何よそれ!! 妖怪の姿は年齢には関係ないんじゃあ……?」

 

 チルノの言う通り、妖怪の見た目と年齢は殆ど関係ない。溶解や妖精ならば誰もが知っていることだ。

 

 だが、これは『スタンド』の仕業。妖精と妖怪の常識が通用するとは限らない。

 

「……でも、どうしてなのだー? どうしてお前らは、年を取らない?」

 

 少女は首をギギギと傾げて疑問を口にする。

 

 確かに、とジョルノは思った。こいつの『スタンド』が一体どういう原理で対象を老いさせているのかは分からないが、文とてゐの間にいるジョルノとチルノが能力の対象から何故か外れている。

 

(いや、外れている……んじゃあない。こいつの口ぶりから察するに『対象内だが効果が表れていない』んだ。僕たち、このジョルノ・ジョバァーナとチルノにだけ能力が通用していない、と捉えるべきだ!!)

 

 ならば、好機である。相手さえも何故自分たちには効果が及んでいないのかは分かっていないのだ。こちらも同じではあるが、タネなど分かっていなくても『スタンド使い』を倒せば能力は解除される!!

 

 てゐの様子を見るよりもまず!! 目の前のコイツを倒した方が早い!!

 

「無駄無駄ァッ!!」

 

「むっ」

 

 ジョルノはチルノの元を離れて少女に『ゴールドエクスペリエンス』の拳を浴びせた。少女は反応はしているが、ジョルノのスピードに追い付くことは出来ず、顔面と左肩にそれぞれ『GE』の攻撃を食らった。

 

「ベネ(良し)!! 能力は強力だが、本体は大したこと無い!! そして今、こいつの肉体に生命エネルギーを流し込み精神を暴走させた!!」

 

 少女はその場に倒れて動かなくなった。……まさか、もう倒してしまったのか?

 

「チルノ、『エアロスミス』で警戒してください。呆気なさすぎる……」

 

 ジョルノが右手を挙げて後ろにいるチルノに警戒を促す。

 

 だが、ジョルノは腕を上げれなかった。

 

「ジョ、ルノ……あんた、さっきから……何を言って……」

 

 チルノの方を見た。彼女の表情は怯えきってジョルノを見下ろしている。

 

 ……見下ろしている? 身長差的にありえ……。

 

「あ、あ、あんたもだよぉおおおおお!! ジョルノ、あんたも、あんたもあいつに『触れた』から……!! あんたの全身はもう『衰えている』!!」

 

 チルノは叫んだ。その言葉にようやくジョルノは異常さに気が付く。周りを見るとそこには倒れて老い衰えた射命丸文の腕がある。やけにジョルノの側に近い、と思ったが……。

 

「ちふぁう(違う)……このうひぇはほくのうひぇら(この腕は僕の腕だ)……!!! ひゃんへつかひゃすれて(関節が外れて)……ッ!! 『あひゃらない(挙がらない)』んら!!!」

 

 既にジョルノの全身は90歳のようなボロボロの肉体へと変貌を遂げていた。腕は殴るという行為の衝撃で関節が外れ、足腰の力は体の全体重を支えきれず脆くも地面に崩れ落ちてしまっている。老いたことで歯がほとんど抜け落ち、滑舌が異常に悪くその言葉はチルノの耳には意味不明の言語として届いていた!!

 

「なんれ……『すたんろ(スタンド)』ら……はッ!!」

 

 そしてジョルノの目に更に不吉な映像が映る。

 

 殴り、そして精神を暴走させた少女が何事も無かったかのように起き上がっている。

 

(な、ぜ!? どうして普通に動ける……!?)

 

「……『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』、死ぬのはいかん、ただ、死体ならいい」

 

 その少女の右の頬と左肩には花が咲いていた。ジョルノの皺くちゃにしぼみ始めた眼球にはそう見えた。

 

 そして、少女の真っ直ぐに伸ばした手がジョルノの肩に触れようとした時。

 

「『エアロスミス』ゥゥーーーーーーッッ!!」

 

 チルノが『エアロスミス』で少女に対して体当たりをした!! 肉体が触れれば老化するが、『エアロスミス』は機械だ。

 

「うおお!!」

 

 機敏な動きは出来ないのか、少女は『エアロスミス』の体当たりを躱せず、そのまま数メートル吹っ飛ばされた。そのまま『エアロスミス』を出した勢いに任せてチルノはジョルノの元に駆け寄った。

 

「ジョルノ!! ――え!?」

 

 チルノが駆け寄ると一瞬でジョルノの老化が解除された。まさか、本体を吹っ飛ばしたから射程距離から外れたのか? と、思いチルノはてゐと文を見るが……。

 

「か、解除されてない……!!」

 

 依然としててゐと文は老婆のような姿のままだった。どうしてジョルノだけ? そして私に被害が無いのは何故? と、解消できない疑問が浮かぶチルノの耳にジョルノの苦痛に歪んだ声が届く。

 

「うぅ、あッ!!」

 

 老化が解除されたジョルノだが、外れた関節と抜け落ちた歯が戻ってくるわけではない。歯は『GE』の能力で元に戻るとはいえ、外れた関節を戻すにはチルノのような小さな少女の力では不可能である。

 

「ど、どうしよぉおお!! ジョルノ、ジョルノの腕が!! うわああああ!!」

 

(何故チルノには効果が無い? 僕らやチルノとは決定的に違うことが……あるはずだ! 攻撃の対象となるような……トリックが……)

 

 歯を『GE』で治しながらジョルノは考える。おそらく、自分の腕はそうそうすぐには戻らないだろう。外れた関節を1人で戻すにはそれなりの技能と経験がいる。

 

「ひ、るの……!! 少しづつ、少しづつれすが……歯が治ってきまひた……!」

 

「大丈夫なの!? でも、腕が……!」

 

 チルノはジョルノの腕に触れた。もうジョルノの両腕は上に挙げることは出来ない。つまり、攻撃手段が無い、ということ。両足は健在だが、あの『スタンド使い』の少女を蹴ったところで同じようにボロボロになるだけだろう。

 

「……ま、待ってくださいチルノ。今、貴方の触れてる腕……僕の全身に比べてかなり水々しい……」

 

「え? ほ、本当だ」

 

 と、ここまで言ってジョルノはあることに気が付いた。

 

 チルノが触れている部分が水々しいのではない。

 

 その部分以外がまだ『老化』しているのだ!!

 

 ジョルノが一つの考えに行き着いたとき、『エアロスミス』で吹っ飛ばした少女が起き上がり『スタンド』を出す。

 

「……老いない。なーぜーなーのーだー??」

 

 スタンドの像は目玉のような模様がそこかしこに刺青された上半身だけの姿だった。両腕を支えにして地面に立っており本体同様機敏な動きは無理そうである。

 

 だが、スタンド像の顔にあるお札の脇からシュー、シューと煙のようなものが漏れ出している。その煙は何時の間にか辺りに充満していた。

 

「『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』が効かないー。あの妖精、あいつだけ……」

 

 両腕を突き出して少女――――宮古芳香はチルノだけを見ていた。本能的にチルノを倒す必要があると思ったのだろう。そして、彼女の考えはジョルノのものと一致している!

 

「――――!! どういう原理か……分かりませんが、好機と見るべきだ……!! チルノ、あなたにだけあいつの『老いさせる』能力が効かず、しかもあなたが近付いた部分は老いの進行が止まる!」

 

「……何で!? どうしてアタイだけ!?」

 

 チルノは自分の手のひらを見てジョルノに尋ねた。だが、その質問にジョルノは答えられない。

 

「分かりません、ただし攻略のカギはチルノ、君だ。僕が頭脳、君が攻撃だ。2人であいつを倒すぞ」

 

 歯が全て生え揃ったジョルノはチルノの目を真っ直ぐに見て言い聞かせた。ここで逃げてはいけない。あいつは倒さなくてはならない、と。

 

「ジョルノが頭脳で、アタイが攻撃……。2人で……」

 

 すると、チルノの目に再び力が宿った。ジョルノが戦えない今、あいつを倒せるのはこのアタイしかいないのだ、と。

 

 どうして能力が効かない、とかいう疑問はどうだっていい!!

 

 

「そんなのッ!! アタイがサイキョーだからに決まってんでしょ!!!」

 

 

 チルノはジョルノを背に『エアロスミス』を出した。背中にいる仲間と、背中に背負う『サイキョー』の称号のために。

 

*   *   *

 

 宮古芳香 スタンド名:『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』

 

 宮古芳香のスタンド。射程距離内にいる人間を老いさせる能力を持つ。実際に芳香が触れればその力は如何なく発揮できる。名前や能力は娘々から腐った脳みそにインプットされているため覚えていた。ただし、弱点があることについては知らなかったようだ。本体と同じようにこのスタンドにはパワーやスピード、精密動作性はない。ただし、老いさせることで実質それらの弱さはカバーは可能。

 

 また、芳香は生きてはいないので『GE』で生命エネルギーを注入しても精神は暴走しない。代わりに花が生える。かわいい。

 

*   *   *

 

 宮古芳香のお札に『地中を時速60kmで掘り進み、射命丸文の元まで直行』という命令を貼り付けたあと、霍青娥は鼻歌を口ずさみながら――――。

 

「~~♪」

 

 『スタンド』で妖怪の山全体を既に攻撃し始めていた。

 

「さてさて。まずはその辺の空中で捕まえた鳥たちに『胞子』を持たせて……それ飛んで行ってー!」

 

 青娥は捕まえた小鳥に黒いサボテンのような外見をした『スタンド』で触れて、その後放した。鳥たちは風に乗って高度をしばらく上げた後、すぐに旋回し今度は高度を下げ始める。

 

 ぼど、ぼどぼどぼど……!!

 

 そのまま鳥たちが高度を上げることは無かった。全身に緑色のカビが生えて、妖怪の山の中に落ちたのである。

 

 ――――胞子は根を広げる様に、妖怪の山を下りていくだろう。

 

 ――――彼女の悪意は傘を広げる様に、妖怪の山を包むのだろう。

 

「うふふ、果たしてみんな無事でいられるかしらん? 特に早苗さん……私に『能力』を見せないと……本当に死んじゃいますわよ?」

 

 青娥は心底愉快そうに口角を歪めた。その後も虫や小動物を仙術でおびき寄せては胞子を与えて山に放していく。

 

 次第に、次第に――――

 

「妖怪の山は死に包まれるわ……ねぇ、『グリーンデイ』? とても愉快、とても愉悦、とても快感……。妖怪、人間、妖精……貴方たちの壊れる様を見せて、ねぇ……?」

 

 山は生命を蝕まれていく……。

 

*   *   *

 

 玄武の川、中流域。

 

 報告のあった場所に早苗が一っ跳びで辿り着くと、そこにはのんびりと日光浴をしているオオガマがいた。

 

「……河城にとりさーん?」

 

 巨大蛙の腹に声をかけるが返事はない。不信に感じた早苗は『スタンド』を出して内部を探ると……。

 

「……は?」

 

 一際大きな声で呟いて、瞳孔を開く。中に誰もいない……どころかおそらくはにとりが持ち込んだであろう機械類が全て粉砕されている。

 

 こんな状況で侵入者3人を捕獲している訳がない。

 

「……ゴミが……逃がしたのか……?」

 

 素の口調に戻って早苗はその場を後にする。

 

「もし見つけたら『処分』だな……。まぁ、それよりもまずは逃げた3人……すれ違ったか?」

 

 早苗は再び守矢神社に戻ろうとして飛んだ。

 

(……だとしたら何分前だ? いや、何時間も前に出発している可能性もある。そもそも、にとりが嘘の報告をしたという場合も……ん?)

 

 飛行していると、早苗はあるものを見つけた。

 

 川の中に沈んでいる人影がある。

 

「……あれは……」

 

 見覚えのある姿に早苗は川に降り立った。引き上げてみると、全身に打撲痕があり気絶している河城にとりである。

 

「……河城にとりさーん」

 

 早苗は肩をとんとんと叩いて耳元で名前を読んだ。

 

「うーん、何というか、外の世界で中学生の時に学んだ人命救助を思い出しますね。もう一度叩いて呼びかけるんでしたっけ? 河城にとりさーん!」

 

 今度はユサユサと体を揺さぶって名前を読んだ。しかし、にとりは目を醒まさない。

 

「……もう一度呼んで起きないときは完全なる気絶、でしたね。河城にとりさーん!!」

 

 早苗はバンバンと体を叩いてにとりを呼んだ。依然として彼女は目を醒ますことは無い。

 

「……こうなると、なんでしたっけ。次は心肺蘇生法の実施でしたね。確か、胸の真ん中を5センチ程度窪むように押し込み、それを30回。そのあと気道確保をしつつ息を2回吹き込み酸素を送る、と……。うん、流石私、完璧」

 

 と、早苗がドヤ顔で心肺蘇生法について反芻して、にとりの胸に手を置いた。

 

 

「せーのっ!」

 

 

 どぐしゃあッ!!

 

 全体重をかけた早苗の圧迫はにとりの胸を5センチどころか胸骨ごと粉砕し、そのまま押しつぶした。そのせいでにとりの心臓の血管の半数以上が損傷し、胸から大量の血を噴出する。

 

「ぎ、ぐ、ぁああああああが、はっ!? あ、が……」

 

 突然のショックに目を引ん剝いてにとりが痛みに苦しむ。その様子を見た早苗は笑顔で。

 

「あ! よかった、にとりさん目が覚めたんですね!? 心配しましたよ、ええ、本当に本当に心配でした。あなたが死んでしまったら私は悲しみでベッドを濡らして立ち直れませんでした、きっと」

 

 早苗が何かを言っているがにとりの耳には全く入ってこない。当然だ、にとりは今死という奈落にまっさかさまに落ちているのだから。

 

「あ、が……ひゅ」

 

 もはやにとりは虫の息だ。早苗の顔が目に映っているがもはやそんなことはどうでもいい。

 

「やっぱり命あっての任務ですよね! 死んだら元も子もありません! あなたが3人をみすみす逃がしてしまったことは不問にしましょう!」

 

 鮮血で濡らした両手を合わせて頬の横に持っていく仕草をする早苗。そしてにとりの顔を覗きこむ。にとりの胸から噴出する血と混ざりあい、彼女の表情は猟奇的な物へと変わっていた。

 

「――では、3人がいついなくなったか、教えてください。ええ、それだけです。本当にそれだけであなたは助かりますから! 安心してください! 一言! たったの一言ですよ! ほら、がんばれがんばれ!」

 

 一言もクソもない。肺と心臓を潰された生物が言葉はおろか、呼吸だって不可能だ。次第に霞んでいく視界と靄がかかり始める脳内でにとりはただただ後悔した。

 

「さ、言いましょう? 目を閉じてないで、言いましょう? 耳を塞いで無いで、言いましょう? 言うだけですよ、言えないんですか? まさか、何か言えない事情でも? 私の救援では不満ですか? 不満なら言いましょう? 声に出しましょう、声に、さぁ、声に。たった一言、たった一呼吸! それだけです、ええ、本当にそれだけですよ! 言えば終わります! 言うだけでいいんですから!」

 

 ひたすらに、後悔した。

 

「一言、一言! 一呼吸、一呼吸! 出来ませんかぁ? 出来ませんねぇ! どうしてでしょう、何故でしょう! 私にはわかりません、理由が言えますか!? あぁ、言えませんでしたね! でも言いましょう! はい、言いましょう! 息を吸って! はいどうぞ! 言えませんか!? 言えませんねぇ!!」

 

 こんな奴に関わったことに、後悔した。

 

「……」

 

 胸からの出血の勢いが衰え、完全ににとりからの反応が消え去ったところで早苗は口を閉じた。

 

 そして無言のまま川の中に入って両手と顔面の血を洗い流した。ある程度、綺麗になったところで大量の血だまりを作ったにとりを蔑みの目で見て。

 

「……面白くなっ……」

 

 吐き捨てる様に言った。

 

第44話へ続く……

 

*   *   *

 

河城にとり……死亡 再起不能

 

*   *   *

 

 

あとがき

 

 

 ………………。

 

 

 感想、意見、批評などお待ちしております。次は44話でお会いしましょう。では。

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