ボスとジョルノの幻想訪問記 44話
青娥娘々の異常な愛情③
氷の妖精こと、チルノは最強の妖精を当然の如く自負している。以前にも、普通の魔法使いと対等に渡り合ったし、地獄の閻魔にさえ「妖精としての規格を超え、妖怪に近付いている」と言わしめたほどだ。人間の幼女並の知能しか持ち合わせていないにも関わらず、彼女がそこまでの評価を得ることになっているのは、こと凍り凍らせることにおいて彼女の右に出る者はいなかったからである。寒気を操る冬の妖怪でさえも、彼女の氷を操る技術には全く及ばない。
しかし、最近出現し始めている特殊能力者たち。『スタンド使い』の中にチルノの得意技を模倣する者が現れた。『ホワイトアルバム』を用いる十六夜咲夜は全くそんなことは気にしてはいないが、チルノからしてみればアイデンティティを奪われたも同然であった。そうして不満を募らせる彼女の目の前に噂のDISCが現れたのは十六夜咲夜がやられたというニュースが流れた直後。この日を境に幻想郷中で爆発的にスタンド使いが増えたが、チルノもその一人である。
今度は氷ではなく、彼女が得た新たな『能力』は重火器だった。自分の能力とは全く反対の能力だが、小型飛行機なるものを初めて得たチルノにとってそんなことはどうでもよく、その日は子供のようにはしゃいで回った。
『エアロスミス』。これが彼女の新たな武器。そして、新しい仲間との繋がりを示す力。
「――『エアロスミス』」
チルノはジョルノの手を握りながら『スタンド』を呼び出す。彼女の首元から現れた小型飛行機はエンジンを唸らせて眼前の敵に照準を定める。狙いは宮古芳香。
「……ラジコン?」
芳香は若干その物体に見覚えがあった。確か、青娥が見せてくれた絵本の中に載っていたのだ。りもーとこんとろーらーなる物で操る、飛ぶ小さな機械。さっきはこいつが体当たりをして彼女を吹っ飛ばしたのだ。
また体当たりか、と身構える芳香に『エアロスミス』は――――。
ガチャン、ガチャン!
「ブチ抜いてやれッ!! 『エアロスミス』ッ!!」
2丁のヘリ用対地重機関銃を取り出し、滅茶苦茶に芳香に向かって発砲した。ズガガガガガガガガガ!!! と、マズルフラッシュを連続でまたかせつつ芳香の肉体を小さいながらも現実の威力を持った鉄の弾が削り取る。
「うおおおお!!」
顔面と体の前面に大量の銃弾を受けた芳香は声を上げて後ろに押し倒される。だが、ジョルノとチルノの目には出るべきものが映らない。
宮古芳香は大量の銃弾を受けているにも拘らず、血をあまり流さなかったのだ。
「……チルノ、こいつの肉体はおそらく既に『死んでいる』。精神だけが生きて、他が死滅しているんだ……。だからさっき『ゴールドエクスペリエンス』で殴ったとき、本来生きている人間の体からは生まれないはずの生命が生まれたし、血が枯れているのなら傷を負っても血が流れない」
「……ってことは、不死身なの?」
「単なる不死身より厄介です。妹紅を例に挙げるのはちょっと失礼ですが、妹紅は肉体と精神のどちらも生きているのに対して、こいつは肉体は死に、精神だけが生きているんです。違いは分かりづらいかもしれませんが、妹紅は『死んで』から『生き返る』のに対して、こいつは『死なない』し『生き返り』もしない。つまり、いくら攻撃しようとこいつのスタンドは攻撃を止めないというわけです」
「……難しいわ。簡単に言うと、どういうことなの?」
「……結構噛み砕いたつもりなんですけど。まぁ、一言で表すならコイツを止める事はほぼ不可能というわけです。どれほど死んでいる肉体を攻撃しようと、精神には何の支障も出ないのでスタンドはあり続けます」
「じゃあスタンド自体を攻撃するのは?」
「それも無意味でしょうね。スタンドに与えたダメージは本体の精神にではなく本体の肉体とリンクします。結局、堂々巡りしてしまう」
と、ジョルノがそこまで説明するとチルノが「じゃあ」と呟いて。
「こいつが原型をとどめきれないくらいまで、バラバラにするってのは……どう?」
「――――待て、何を……」
ジョルノがハッとしてチルノに尋ねた時には、既に彼女は行動に移していた。チルノの目の前で滞空する『エアロスミス』の窓から見覚えのある腕と、丸い物体が出ている。
初めて『エアロスミス』と戦ったとき、その威力の凄まじさに辛酸を舐めさせられた、超火力手榴弾だ。既にセーフティが抜かれている。
「……馬鹿ッ!! 倒れている二人をどうする気ですかッ!!」
「……あ、忘れてた……」
これでは馬鹿と言われても仕方がないだろう。だが、『エアロスミス』の攻撃は止まることは無い。芳香に向けて特攻し、手榴弾を放り投げる――。
「『ゴールドエクスペリエンス』ッ!!」
直後にジョルノは外れた肩を無理やり動かし、スタンドで地面に落ちていた大きめの石に生命を与えて大鷹を生み出す。鷹は手榴弾が落下する前に鉤爪でそれを掴み、空高く飛翔する。そして、数秒後に……。
ドグオォォオン!!
と、大きな爆発音を立てて上空で爆発した。
「あ、あっぶなー……」
その光景にチルノが冷汗を拭う仕草をする。そんな彼女をジョルノは無言で睨んだ。
「うっ……ご、ごめん」
「……もう少し周りを見ましょう。クールに、熱くなっては駄目ですよ」
「……うん」
上空の大鷹はどうやら爆発の直前に手榴弾を手放していたようで、そのまま大空を旋回している。ジョルノは能力を解除するために大鷹を戻そうとするが、眼前の敵はそんなことを待ってはくれない。
「今のはびっくりしたぞー……。お前ら、やっぱ危険」
芳香は関節を曲げれないため、非常に不安定な動きでジョルノとチルノに近付き、スペルカードを発動させる。
「毒爪『ポイズンマーダー』」
彼女がそう唱えると彼女の周囲に緑色に光る毒々しい弾幕が形成される。それは巨大な猛獣の爪の形を成しており、まるで二人を切り裂くような勢いで射出される。それを見たジョルノはすぐに『ゴールドエクスペリエンス』で防御しようとするが、その前にチルノが動いた。
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
チルノは自分の正面に向かって両手を伸ばし、冷気を放出する。その冷気は芳香の弾幕とぶつかると弾け、破片が毒爪を包み込む。
芳香の放った弾幕は全てに氷が纏わりつき、勢いを失い落下。
「……むぅー」
ぎろり、と芳香はチルノの方を睨んだ。あの小さな妖精は見た目にそぐわぬ力を持っていると直感的に理解した。狙うべきは隣の人間よりも、あっちの小っこい奴からだ。
「――――はん、アタイばっかりに目が行ってると駄目ね。上を見なさいな!」
芳香の視線に気が付いたチルノは自身をたっぷりと言葉に言い含んで芳香の頭上を指さした。
「『氷山』!?」
巨大な氷の塊が芳香の頭上に迫ってきていた。チルノは先ほどのスペルカードと別に他のスペルカードを切っていたのだ。巨大な氷の塊を作るには相応の時間が必要だが、さっきの弾幕相殺の時に発生した靄でチルノは氷塊の生成を上手く隠していたのだ。
「氷塊ッ!! 『グレートクラッシャー』ァァーーーーッ!!!」
叫び声とともにチルノは飛び上がり、氷塊の少し出っ張った部分を掴んで芳香に振りおろした。完全に油断していた芳香にスペルカードを切って防ぐ余裕は残されていない。また、避けようと思っても芳香は上手く関節が動かないため、そのような咄嗟で精緻な動きは不可能である。そのことは宮古芳香、彼女自身が一番よく理解していることだ。
だから彼女は見上げたまま何もしなかった。
「ぶっ潰れろぉーーーーーッ!!」
ただし、口は開いたまま。
「――――我吃什么」
チルノの持っていた巨大な氷塊ハンマーが降り下ろされ、芳香がそれに押しつぶされた。――そうなるはずだった。
「ガリン、ガリン、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」
だが、現実はそうはならなかった。チルノの手に握られていた氷の巨槌がまるでかき氷でも作るかのように、芳香に異常な速度で削られていく。
「く、食っているッ!? 氷を……まるで、かき氷(みず味)を摩り下ろすように……!! あ――」
そのスピードは凄まじく、呆気に取られていたチルノ。すでに二人の距離は腕を伸ばせば届く距離にまでなっており、これ以上氷槌を握っていれば彼女自身の腕も巻き添えを食らうだろう。
「う、うわっ!!」
ぱっとチルノが手を放すのと、氷塊が完全に芳香の胃袋の中に納まるのはほぼ同時期だった。
「まだ、食えるぞ~~~……今度は、お前だ」
芳香の異常な行動にチルノは体が固まってしまっていたのか、一瞬だけ芳香より行動が遅れた。既に伸びきった腕はチルノの喉元にあり、凄まじい握力が華奢な細い喉に加えられる。
「か、ああっ、はっ!!?」
「……『偉大なる死(ザ・グレイトフルデッド)』……0距離でも効果が無いぞー……なーぜーだー?」
今にも折れてしまいそうな音を上げるが、芳香は力を緩めることはしない。そんなことよりも、これほどスタンドパワーを込めているのに全く老化しないチルノに首を傾げるばかりだ。チルノは必至で芳香の腕から逃れようと、スタンドを出そうとするが喉元の苦しみで上手くスタンドを扱えない。次第に意識が遠のき始めたころ。
「その子から手を離せ」
聞き覚えのある声が二人の耳に届いた。と、直後にチルノが苦しみから解放される。何事かと思ってみれば、芳香が鳩尾に蹴りを食らっていた。
「敵はチルノ一人じゃあないですよ……」
ジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』の右足で芳香を力の限り蹴り飛ばした。まともに食らった芳香は再び大きくぶっ飛ばされ、地面に仰向けに倒れる。
「……げほっ、助かった……ジョルノ……!」
「一人で無茶しないでください。……ですが、あなたのお陰で分かったことがあります」
苦しそうにせき込むチルノを心配しながら、ジョルノは外れた腕の手の中に握っていたものを見せる。手を開くという行為にも激痛で顔を歪めるジョルノ。だがそこには、先ほどチルノが生成した氷塊の破片が握られていた。
「……それは?」
「氷です。見てください、あなたの先ほどの弾幕で散らばった氷を……」
そう言われてチルノがあたりを見回すと、氷に埋もれ倒れているてゐと文の姿が目に入る。だが、その姿は先ほどのような生気を失った老人の姿ではない。肌は艶が取り戻され、彼女たちは気を取り戻していた。
「うぅ、ウサ……い、一体何が……?」
てゐはごしごしと顔を拭って膝を着いて起き上がる。同様に文も氷の礫から起き上がった。
「あやや……やっぱり助かりました……」
意味深なことを呟いているが、ジョルノたちの耳には聞こえない。それを見たチルノは今度は芳香の方を見た。芳香は倒れたままでいるものの、気を失ってしまっているということは無く、可動域の狭い関節を何とか動かして起き上がろうとしている。その背後にはあの奇妙な外見をした『スタンド』があり、能力の解除を行っていないことが分かる。
だが、背後の倒れていた二人への影響は皆無だ。そのことについて、ジョルノが口を開く。
「温度だ。あなたの氷のお陰で僕たちの体温が下がり、老化が止まったんです」
「温度? 低いと老化しないってこと?」
「そうです」
「そうなの!」
「そうなんだ!」
ジョルノの言葉にチルノだけでなく、芳香まで驚いたような反応を見せた。
「……自分の弱点を知らないとは……なんと、まぁ……」
ようやくおぼつかない足取りで立ち上がった芳香にジョルノはため息をつく。なんとも間抜けな刺客なのだろうか。最初の能力こそ驚いたものの、タネが分かってしまえばチルノの敵ではない。温度の高い生物を老化させるという能力は冷気を操る程度の能力を持つチルノに対して全く意味がないということだ。
「でも、問題はこいつの『スタンド』ではなく不死性、そして先ほど見せたチルノの氷塊を一瞬で食べ尽くす『程度の能力』。どうすべきか、ちょっぴり難しい状況ですね」
ジョルノが芳香を再起不能にするために作戦を考えている間、芳香も同じように考えていた。
(うおお、私の能力が通りで通用しないと思ったら、低温には効果が無いなんてなぁー……。どうしよう、あの妖精。それに、人間も、後ろの天狗やウサギも復活したし……青娥ならどうするのかなー……)
と、芳香はふと青娥の言っていたことを思い出す。
(……そーいえば、せーがが何か言ってたような……えーと、確か『挟み撃ち』がなんとか。上と下から……ん。うおおお、そうだ。もうすぐ時間だ、えーと、えーと)
キョロキョロ、と芳香が辺りを見回すと上空にそれを見つけた。
こちらに向かって急降下する大鷹の姿だ。
――――ぼどっ。
「欲霊『スコアデザイアイーター』」
ジョルノ、チルノ、てゐ、文の4人の背後。背後は山の頂上へと続く道。4人の前方は宮古芳香の虚ろな視線で笑う表情。
背後の音に振り返る4人に合わせて芳香がスペルカードを切ったのである。だが、4人の注目は芳香のスぺカでは無く――――。
「……鷹?」
「僕が生み出した……だが、『なんだこの生き物』は……?」
「……待って、これは記事には無かった……何なの? これは……」
「動かない、死んでるウサ? でも、何これ……?」
戸惑う4人をよそに、芳香は大きく腕を開き――。
「我吃什么――――」
空気を、空間を、空中を漂うあらゆるものを引き込む。それは極々小さな空気の流れ。4人はそれを感じることは無いが、大鷹に付着する『カビ』の胞子は芳香の方向に引き込まれる。
「……何か、マズイぞ!! 鷹に近付かないでください、それにそこにいる敵にも……」
ジョルノはくるっと芳香の方を見た。彼女は口を開けて何かをむさぼっている。空気……いや、空気中に含まれる……。
「はッ……!!」
ジョルノが足に違和を感じ、つま先を見た。
足に緑色の植物のような物体が付着している。
「――――カビ? だが、どうして……」
ジョルノがカビを落とそうと足を振ると、逆にカビが増殖を始めた!
「な、何だこの……こいつはッ!?」
危険を感じたジョルノが背後を見ると、最悪の光景が目に映った。
チルノ、てゐ、文、そして自分までも!
「ぜ、全身に、『カビ』が……生え始めている!?」
大鷹から芳香へと下方向へ移動するカビは、そのまま通り道にいたジョルノたちに付着し成長を始めていた。このカビは下へ、下へと生息域を伸ばす習性があり、付着した生物が下方向に降りると一気にその根を伸ばすのである。
(そ、そういえば聞いたことがある。前に永琳さんが話していた冬虫夏草という植物も、同じような性質を持っている!)
ジョルノはそれ以上、手を伸ばすことを止めた。そして下にいる芳香と視線を交差させる。
あいつにカビが生えないのは『生きていない』からだ。生物でなければカビは付着したところで成長できない。
「そしてあの吸引するスペルでカビが下に降りていると錯覚させているのか……!! このままじゃあ何もしていないのに、カビが全身に回る! もしそうなったら僕らもあの大鷹の様に……」
「……貴様らは、倒すー……。せーがと、約束、した」
死体の彼女はさらに自身のスタンドで追い詰める為に、ぎこちない動きで一歩。ジョルノたちの方へ歩き始めた。
* * *
東風谷早苗は妖怪の山中腹で足を止めた。それは疲れたから、とかそんな理由からでは無い。彼女はスタンドを出して周囲を警戒する。
(……天狗か。まさか、あの二人が……)
早苗の脳内に二匹の烏天狗の顔がよぎる。ついに反逆を始めたか。まぁ、元より妖怪の山は全て守矢神社がその勢力を奪うつもりでいたのだ。
「……予定が前倒しになっただけです。出てきなさい、この東風谷早苗がお相手を務めましょう」
口調に布を着せ、着飾る。まだ、あの二人以外に正体はバレていないのだ。そして、この感じ――――。
「……何時から私が貴方を補足していると気が付いた?」
白狼天狗が一匹、茂みの中から姿を現した。右手に盾、左手に剣を構えた彼女は疑惑の目で早苗を見た。
「ついさっきです。ここまで近付かれるまで気が付きませんでした。流石は山の警備部隊長を務める犬走――――」
「私は貴方が河城にとりを救出しようとして、失敗したのを『千里眼』で見ている。彼女のことは非常に残念だが、まだ貴方がこの妖怪の山に対して有益なのか有害なのかについてはまだそこからでは判断が付かない」
早苗の言葉を遮って犬走椛は剣を向けて話す。
「……その剣でどうする気です? あなたの言う通り、私は川の中で瀕死だったにとりさんを救出しようとして失敗しました。まさか、そのことについて私を責める気ですか?」
口調を崩さず、あくまで丁寧な物腰で早苗は椛に尋ねた。
「……妖怪の山は守矢神社との協力関係に満足している。特に貴方の持つ謎のカリスマ性は信者を増やし守矢神社、しいては妖怪の山の権威として非常に役立っている。だから、今回の件について我々はとやかく言うつもりはない」
椛は剣を鞘に戻して頭を下げた。それを見た早苗はほっと息をついて
「そうですか。なら、安心しました。あらぬ疑いで攻撃されるんじゃあないかと、無駄な心配をしてしまいましたよ」
と、言いながら椛の脇を通り抜けようとする。
その二人の視線が交差し、外れる刹那。
「……だが、私とにとりは友人だった」
椛がぽつりと言葉を漏らし、剣を引き抜いて横なぎに早苗の首を切り落とした。
「この行動は私の一存だ。あとで私は天狗から処分を受ける。共に地獄に落ちよう」
どんな形であれ、友人を殺された椛に冷静な判断など出来なかった。どぐちゃっ、と早苗の首が地面に落ちる音がして椛は瞳を閉じた。
(敵は取ったぞ……にとり……)
「いや、地獄に落ちるのはあなた1人です」
はっと気が付いて、椛は早苗の首を見た。そして息を呑む。
「ひっ……!!」
切り落とし、それ以上動くことのない首がこちらを向いて笑っている。
「ふふふ、非常に残念です」
「世の中には見てはならないものということがあるのに」
「貴方のその行動は非常に愚かだった」
「せめて仲間を連れてくればよかったのに」
「愚かしい、無様らしい、嘆かわしい!」
「ここで貴方は無残に殺されるだけなのに」
椛は四方八方から聞こえる早苗の声に戦慄する。見回せば、一人、二人……いや、何人も、何十人も東風谷早苗が自分を取り囲んでいる。いつのまにか視界は空中の漂う砂塵によって狭められ、彼女の視界には何人もの早苗の姿しか映らない。
「現世との離別は済んだか? 思い残すことは何もないか? もっとも、私の殺意はそれを待ってはくれないがね」
冷ややかな口調と、恐怖を滲ませた狂気的な言葉に椛は震えあがる。歯をガチガチと打ち鳴らし、持っていた剣を取り落とす。
なんだ、この女は。
一体、この幻覚は……?
「う、わあああああああああああッ!!!」
椛は最後の気力を振り絞って目の前の早苗を突き飛ばし、そのまま転がり落ちる様に斜面を下っていく。
(駄目だ、あいつは……あいつはやっぱりこの妖怪の山にとっての『悪』だったんだ!! 知らせなくては……みんなに! 文さんの言ってたことは本当だった!)
ゴロゴロと地面に全身を叩きつけられながら山を下る椛。服が破け、地面に擦りむいたところから血が出るが、そんなことは全く気にならなかった。
早く、逃げなきゃ。その一心で彼女は走っていたのだ。
「……」
早苗はその様子を見て汗を流す。椛を捉えることは容易い。だから椛を逃がしてしまう、という自体に対して汗を流しているのではない。むしろそのことについては既に解決している。
「逃ィィィげェェなきゃああぁあああぁぁぁぁ!」
椛は既に錯乱していて、自分の身に起こっていることに気が付いていない。既に彼女は走れる体ではないというのに!
走るモーションを行っているのは腰から上だけ。そこから下は機能していない。ボロボロと崩れ落ちていくだけだ。
「こ、れは……ッ!! あの邪仙かッ!! まだ私が、ここにいるのに!!」
椛の下半身には既にびっしりとカビが覆っていた。あれではもう助からない。あのまま全身にカビが及んで、彼女が辿り着くのは死という終焉である。
だが、その終焉は東風谷早苗自身にも近付きつつあった。
「右手が……!」
既に早苗の右腕にカビが増殖している。あのカビは生物から生物へ、下に降りるほどその生息域を広げていく性質がある。そうあの邪仙は説明していた。
「何か企んでいると思ったら……そういうことか」
早苗は視線を椛から妖怪の山の山頂の方へ向けた。この症状を治すには本体を叩く必要がある。ならば、取るべき行動は一つだ。
「霍青娥、そんなに死にたいなら今すぐ殺してやるぞ……!」
スタンドを戻して早苗は山の頂上へと急ぐ――――!
第45話へ続く・・・・・・
* * *
あとがき
ボスジョ44話、終了です。更新遅れて申し訳ありません。
ようやく、青娥の放った殺人カビがジョルノと早苗のところまで行きわたりました。特に老いとカビに挟み撃ちにされているジョルノたちはどうこの危機的状況を突破するのか、ご期待下さいね。
あと、早苗と関わったキャラクターがことごとく酷い目にあってますが、まだ椛ちゃんは生きているので安心してくださいね。時間の問題ですが。
今回の話でだいぶ早苗さんのスタンドの正体が割れてきましたね。次回くらいには答え合わせがしたいです(願望)
ここまで読んでいただき有難うございます。また次回を首を長くして待ってください。