ボスとジョルノの幻想訪問記46
前回までのあらすじ
ジョルノと文を守矢神社に行かせるためにチルノとてゐは玄武の滝にて霍青娥の忠実なる死体、宮古芳香との戦いが始まった。
そして、その間に守矢神社では青娥と早苗が互いの神経を逆撫で合い、ここでも戦いが始まる。
妖怪の山は既に殺人カビに浸食されており、天狗たちの動向は未知数である。
* * *
ボスとジョルノの幻想訪問記 第46話
青娥娘々の異常な愛情⑤
妖怪の山のどこかに位置していると言われる天狗たちの住処。それは木々に囲まれた深い深い森の中にカムフラージュされるような形で乱立しているツリーハウスに近い物。その中でも一際大きな木製の建築物……ハウスというよりはキャッスルに近い建物が妖怪天狗の現頭目、天魔の住まう居城である。
ここは特に重要な職についているエリートや天魔の親類に当たる者たち、身辺警護を務める戦闘技能と忠義に満ち満ちた天狗達しか出入りが許されていない場所である。
そのような社交性を究極的に求めるような空間に社交性皆無な天狗が一匹。
(む、む……無理無理無理無理無理無理ィーーー!!! わ、私ッ、私もう帰りたい、帰りたいよぉおおおッ!!!)
姫海棠はたては背中を丸め、視線は下に、身じろぎ一つせず、大量の汗をかきながら、雲の上のような存在である天魔とその側近たちや重役のエリート天狗の前で1人、正座をしていた。
「……して、なれは……はたて、とか言うたか? 天魔様に申し上げる文言があってここに来たらしいが、一体それはどういう内容であるか?」
戦いの中には行きたくない、と文に言ったらこんな目に合わされた。はたてはあの時の自分の発言を呪っていた。戦わなくてもいいから、せめて今の現状を上の天狗たちに伝えてほしい、と頼まれたのだ。そして上手く口車に乗せられ、トントン拍子でここまで連れて来られて、城を守る衛士にここまで連れ込まれた。
「え、えっと……あ、の……」
言う事言って帰ろう。だからささっと要件を済ませよう。そう思って絞り出した言葉は何の意味もない単語の羅列だった。言いたいことは全て知っている。だが、緊張感とストレスからか、どうやってきちんとした言葉で言い表せばいいか分からない。
ここで無礼でも働いてみろはたて。お前の首は直後に空中を飛翔するという人生で一度きりの体験をする羽目になる。
「はっきり言え。我らも現状に戸惑って居る。なれのような木端天狗に構っている暇は無い」
現状とは何体かの哨戒天狗が持ち場に行ったきり、連絡が付かないという不可解な状況を指している。まだ、彼らは山で何が起こっているか、守矢神社がいかに危険な存在か分かっていないのだ。
「ご、ごめ……んな……さい」
「謝る時間があったらさっさと言えい」
だが、この高圧力である。畜生、たかが少し地位が高いだけの禿天狗が。あんたらなんてネット上の掲示板ではボロクソに叩かれてんのに! てか私が叩いてるんだけど!
はたては忌々しげに周囲を見回した。階級システムに魂を売り、特に優れた能力のないのにのさぼるこいつらとこの社会が気に食わない。
心の中でそう思いながら、はたては文が用意してくれたノートパソコンを前に出して、その内容を見せた。
そこには既にはたての予知が記されている。それを見た天狗衆は眉をしかめた。
「……は、何だこのデタラメな内容は?」
一匹の天狗が鼻で笑った。内容は新聞記事調になっており、6~7個の記事の集合である。その中の一つに守矢神社に関する内容もあった。
「守矢神社が秘密裏に妖怪の山を占有し、私物化? 空洞化した天狗社会は崩壊の危機、だと? 一体何の冗談だこれは?」
見出しに書かれた内容に嫌悪を示す天狗たち。こんな冗談めいたことを下級天狗の社会不適合者に目の前で叩き付けられたら、どんな奴でも黙っていないだろう。要するに、はたての示した内容に彼らは激昂した。
そして、天魔の側近にいた初老の天狗が声高にはたてに言う。
「他の記事も全てでたらめだ! 会議中に私の携帯が鳴るだとか、妖怪の山に毒が散布されるだとか、守矢神社の裏切りも全てだ! 誰かこの者をひっ捕らえよ! そしてここから摘みだ……」
ピロリロリン♬ ピロリロリン♬ お兄ちゃん、電話だよ! ピロリロリン♬ ピロリロリン♬
と、命令の途中で誰かの携帯の着信音が大音量で流れ始めた。
「……電話、まず……一つ目の予知……わ、私の『予知』は絶対、絶対です……!」
はたてがガクガクと体を震わせながら、精いっぱい声を絞り出し説明する。
「……だ、誰だ……こ、こんな着信音……ま、さか……」
側近の天狗が青ざめた顔で自分の懐に手を入れると……。
ピロリロリン♬ ピロリロリン♬ お兄ちゃん、電話だよ!
彼の手には小刻みに震える携帯電話が握られていた。
「何ィィーーーーーーッ!! き、貴様ァ! こ、んな、私にこんな恥をかかせおって!!」
「私の意思では無い……む、無関係! なのです、はい。私は一切その携帯に触れてませんし……ちゃ、着信音もそれが素の、あなたの設定している音のハズです、ハイ」
はたてのその言葉を聞いて携帯を持っていた彼の手が緩まる。どうやら図星のようだった。そして、落とした拍子に通話がONになる。
「――ほ、報告! 報告します! 多数の哨戒天狗が全身カビに覆われた死体で発見された模様! 被害は未知数! 我々のみならず、山に住まう全ての生物が同じ被害にあっています! 恐らく、猛毒が生物兵器の類かと! 繰り返します! 多数の哨戒天狗が――」
ONになった携帯から響いた音声には切羽詰まった恐怖の色が窺えた。そして、その内容もはたてが予知した通りの内容。
流石の上級天狗たちもこの状況には押し黙るしかない。
「……わ、私の、私の予知は絶対、『100%』なんです、ハイ! これはもう決定づけられた運命、この予知の内容は変えることが出来ません……。だから、予知の内容に従って私たちは山を捨てるしか道はないのです……ハイ」
記事には確かに守矢神社の妖怪の山占有が書かれている。これは揺るぎのない事実なのだろう。それを証拠に携帯から漏れ出る音声からも守矢神社の巫女が妖怪の山内部を徘徊し、数名の天狗や河童を殺傷したという報告もあった。
明らかな黒だった。ようやく事態は緊急を要するものだと、天狗たちに伝わった。
「運命なんです、運命がそうさせるのです! だ、だから、あなた方がこの記事通りに動けば、『守矢に成功などあり得ない』んです! ハイ!」
はたてはガチガチと歯を打ち鳴らしながら、天魔に向かって叫んだ。辺りは一度静まり返る。記事がもし決定づけられた運命を示すということならば、嫌でも天狗はこの記事通りに動かなくてはならないのだ。
「…………」
天魔は黙っている。顔も知らない天狗の言葉に真剣に耳を傾けている。周りの天狗たちは黙っていた。最終的な決定は全て天魔にあるのだから。
そして、ついに天魔が口を開いた。
「……全員、こやつの記事通りに動け……。こやつも我々天狗の一人だ……。我々を信じてこやつはここにいる。こんなちっぽけな小娘が、なけなしの勇気を振り絞ってな……。儂等がこやつを信じない道理があろうか?」
その言葉に上級天狗は半ば信じられない、という表情をするが、すぐにキッとした目つきに代わって「了解です、天魔様」と言い、散開した。その場に残ったのは姫海棠はたてただ一人。
「……あ、ありがとう……ございます……天魔様……」
呆然と、ただ呆然としてはたては礼を述べた。その言葉に天魔は「よい」と一言。
「長生きしていれば、人の言葉の価値が分かる……。儂はなれの言葉から金山にも勝る価値を見出しただけよ……」
その言葉にはたては何も言うことが出来なかった。ただ、何故か涙が出てきた。理由は分からない。
「……ところで、この一件が終わったらなれの新聞を購読したいんじゃが……構わんかね?」
皺くちゃの顔に優しい笑顔を浮かべて天魔はそう言った。
* * *
霍青娥はかつて、とある一つの大国にその美貌で巨大な戦争を巻き起こさせた過去がある。いわゆる傾国の美女。そして、それこそが彼女を邪仙と呼ばれる理由でもある。
ただの人間が不老不死を目指し、俗世を離れ、人間としての能力を失い神格に近付くだけなら、それはただの仙人である。ただの仙人ならば、死神に狙われるだけで済むのだ。
だが、俗世を離れ、仙人になった者が再び俗世に戻り、欲に溺れた生活をするとそいつらは大抵勝手に破滅する。その中で、突然変異的に『世捨て』と『世慣れ』を同居させ、仙人でありながら人間と変わらず欲に塗れる存在が邪仙と呼ばれるのである。
彼女の最も邪悪な部分は、更にそこに悪気が無いからである。彼女には罪悪感というものが存在しない。霍青娥に自制心など有りはしないのだ。欲望の赴くままに行動し、それでいて仙人であることを保ち続けている、ある意味『有り得ない』存在である。
その心に罪悪感が消えたのは仙人になった後だろうか、それともなる前だろうか。その事実は確認しようがないし、おそらく本人に聞いても分からないだろう。
――だが、仮に後者だとしたら……。霍青娥が仙人になる以前は、どのような人物だったか、全く想像が付かない。一つ言えることは、そんな人間は『悪意』という感情のみを持ち合わせた者ではなく、悪意そのものだということだ。
「私のとってもとってもとってもとってもお気に入りの能力、『グリーンディ』よ。今まで生きていて色んな力を手に入れてきたけど、これほど私にとって楽しい能力は無かったわ」
青娥は底の知れない笑みを浮かべて空中を漂っていた。それに対して早苗は眉一つ動かさない。ただ、青娥を真っ直ぐに睨み付けているだけだ。
あのような視線は幾度となく向けられてきた。これまで生きてきた中で、視線だけで人間を殺すような人間は幾度となく出会ってきた。けれども、そんな人間たちも青娥の能力の前に脆くも崩れていった。
「……いいのかしらん、早苗さん? 私に向かってそぉんな目を向けてきた人たちはみーんな、私の実験材料になっちゃったわよ?」
「じゃあ私が初めてだな。この目を持って、お前を実験材料にする者は」
「……きつい冗談だわねぇ」
早苗は周囲に砂を拡散させて、青娥を自分ごと取り囲んでいた。キラキラと上空に輝く太陽の光を受けて砂が乱反射する。その一つ一つの光は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
「あら、鋭利な刃物ね」
気付いた時にはもう遅い。ただの小さな砂粒だと思っていたが、それらは集合・密着し、適度な強度と鋭利さを持って空中に留まっていた。
「動くと切れるぞ。動かなくても切るがな」
早苗が右手に砂を集中させ始める。青娥の周囲を漂う砂と同じ要領で集合・密着し、一本の長い刀剣になった。しかし、その鋭さは砂と言って侮ることなかれ。結局は砂と砂同士を操り、擦り合わせることで特に刃部分は鋭利なナイフのそれと変わらない強度を持っている。的確に砂面を磨かれたことによって光の反射も狂いが無く、規則正しく美しい。
「まさか、そんな刃で私を殺そうというの? だとしたら、早苗さん。あなたはやっぱり私から裏切られる程度の器に過ぎないわ」
「……! 待て、何を……」
苦笑を漏らしながら青娥は髪の毛を結わえていた簪を取り、空中に円を描く。不審な動きを止めようとするが、青娥は円を描くだけでそれ以上のことはしなかった。
「空間に穴は開けられないけれど、弾幕の壁は抜けようと思えば抜けれるのよ。普段使わないだけで。だから、この漂う砂の刃も壁と見立てれば――――」
だが、青娥の視界からその円の内側の範囲内に入る砂の刃は消滅していく。これは壁に穴を開ける、ということの応用である。
彼女に抜けられない壁という概念は存在しない。
「――というわけで、動きましたがどこも切れませんでした。どうしますぅ? 早苗さん……再びですか?」
早苗が呆気に取られているうちに既に早苗の目の前まで青娥は距離を詰めていた。
「どうなさいました、早苗さん。顔色が少々悪いようですが……」
煽るような青娥の言葉に早苗は風祝で横薙ぎに殴る。
恐ろしく速い殴打。しかし、青娥はそれをやすやすと右手で受け止める。接近戦の心得もあるらしかった。すかさず、右手に握っている砂剣を数本の細い短刀の大きさまで分解し、それらを操って青娥に飛ばす。
この至近距離なら避ける暇も、防ぐ暇もない。だが、青娥は簪でそれを一本一本丁寧に弾く。およそ、常人では見切ることも不可能な至近距離弾幕を彼女はただの簪で防いで見せたのだ。これらの卓越した動きと手捌きを見て、早苗は意外そうな表情をする。
「意外だな。近接戦闘の心得まであるとは」
「それはお互い様ですわ。巫女という生き物は皆殴り合いが大好きな野蛮人なのかしら?」
「……流石に博麗霊夢には負けるわ」
無関係なところで別の巫女が罵倒されている。と、そんな会話の最中に青娥の背後にはあの恐るべき『スタンド』が出現していた。
「――――ッ!」
それを目視した早苗はすぐさま青娥と距離を取る。そして砂を集めて胞子がこれ以上体内に侵入してくるのを防いでおく。
「んー♪ 惜しい。あともう少し引くのが遅かったら早苗さんの左手は今頃胴体とサヨナラしてたのにぃ」
にっこりと笑みを浮かべながら残虐なことを言い、青娥は『グリーンディ』を引っ込めた。
「さぁ、かかって来なさい? そんなとこにいちゃ、私に攻撃は届かないわよ?」
余裕を見せて両手を広げて早苗を挑発する。それに対して忌々しげに眉をしかめながら早苗は『愚者』を集めて何かを形成していく。
それは次第に人の形になり、早苗と瓜二つになる。
彼女は自分と全く同じ姿をした砂の人形を作ったのだ。
「……凄いそっくりね。見分けが付かないわ……」
「私だからな。似せるのは簡単だ」
と、二人の早苗が青娥に向かって弾幕をばら撒きながら飛びかかっていく。2人の早苗は互いに交差し、回転しながら青娥に弾幕を放っていく。すぐにも青娥はどちらが本物の早苗か見分けが付かなくなってしまう。
「埒が明かないわね、『グリーンディ』」
結局、どちらが本物なのか正解を探すことを諦め、青娥は再びスタンドを出す。そしてカビの胞子を辺りにまき散らし始めた。
これならば、早苗がどこから来ても結局胞子の餌食になる、という構図である。だが、砂である偽物の方には胞子が付いたところで生き物ではないので効果は無い。
だから、片方が近付いてくるのだ。
「あらあらまぁまぁ」
青娥は笑みを浮かべて接近して『いない』方の早苗を見た。あっちが本体だ。青娥は接近する偽物を無視して本物の方へと近付く。当然、弾幕が撒かれているが青娥にとってこの程度避けるのは訳なかった。
物体に穴を開ける簪を手に、本物の早苗と肉薄する。これを喉に突き刺すだけで、呼吸器に穴が開くという寸法だ。人間の皮膚は柔らかいため穴を開けるのには難儀するが……。
「息を切らして逝き狂うのよッ! そして苦しみに歪むその表情を見せて頂戴ィィーーーッ!!」
早苗は砂を戻そうとするが、既に青娥は早苗の首元に簪を突き刺す寸前だった。間に合わない……だが、早苗の方は至って冷静。
なぜなら、青娥の方へと接近したのは正真正銘本物の方の早苗だったからだ。早苗はあの場面で青娥が罠を仕掛けていることは容易に見破れた。そして逆に罠を張ったのである。実際に早苗自身に胞子は付着してしまったが、これ以上下に下がらなければ効果は無いのだ。覚悟さえしていれば、胞子を受けるのはどうってことのないこと。
こいつが簪を砂の偽物の方に突き刺した瞬間。偽物と本物で挟み撃ちにするつもりだ。いい気になって、私を上手く絡めとったつもりかもしれないが、その程度の罠にハマるほど間抜けでは無い。そんなのは単なる自惚れだ。そしてその自惚れという罠に貴様はハマったのだッ!
「逝き狂うのは貴様だッ!! 霍青娥――」
風祝を振り上げ、青娥の油断しきっている後頭部を殴打しようと腕を振り上げた矢先。
「――あらあらまぁまぁ?」
ギロリ、と気色の悪い視線で青娥は早苗の方を振り向いた。口は歪な形で笑みを作っており、妖艶な舌で唇を舐める。
しまった、と早苗は思う。罠にハメたと思ったら、それさえもブラフだったのだ。ダブルブラフ……既に早苗の考えは青娥に読まれていた!!
「貴方なら自分を犠牲にして私を殺してくると思っていたわ。でもざぁんねぇん♡ 娘々は欺くことなら誰にも負けないの。貴方如きが私に『ブラフ』で勝負しようだなんて10年は早いわ」
このままでは早苗が風祝を振り下ろすよりも、青娥の魔の手が首を貫く方が早い。そうなれば呼吸不能で滞空維持が出来なくなり――地面に落ちてしまう。地面に落ちればカビが一気に早苗に襲い掛かる!
「というわけで、さようならー。大丈夫、早苗さんならきっと逝けるわ」
そんな意味不明の言葉を残して青娥は簪をぬぶり、と早苗の喉に突き刺した。すぐに引き抜くが血は流れない。しかし、早苗の喉には直径2センチの大穴が開いた。
「か、こひゅ……く、こ……ひゅっ、ひゅっ!?」
喉を押さえても漏れ出る空気を止める事は叶わない。いくら息を吸っても、肺に空気が取り込まれることは無かった。息を止めようとしても、逆に漏れていくばかり。
「スタンドは精神エネルギーの具現……よって呼吸困難に陥るとスタンドの維持もそれだけ難しくなるわ。お気付きかしら? あなたの周りで舞っていた砂塵が少しづつ晴れてきていることに」
喉を押さえ、必死に空気を求める早苗に、そんなことを確認する余裕はない。限界まで空気を吐き切って更に息を吐き続けるような苦しみに、ついに早苗は飛行することも出来ずにいた。
「……かひゅッ!! か、あぁく……ハッ、せ……い……」
ぐらり、と彼女の体が傾きそのまま地上へと落下していく。それと同時に全身を覆っていた胞子が一気に成長を始めた。青娥へと伸ばした左腕がボゴン、と歪な音を上げて肩から折れ曲がる。ボロボロと体の屑をまき散らしながら、早苗は落ちていく。
「かああくううううせいがァアアアアァァァァァァ!!!!」
地獄の底に引きずり込まれるかのような形相と叫び声。しかし、青娥にとってその表情は最上の愉悦だった。彼女は高らかに、そして紅潮してヒステリックな叫びをあげる。
「あひゃあああああああはっは、ははははッッ!!! イイ、イイィ~~~~~!! 最高、絶頂よその表情ッ!! 早苗さん、あなたは私のお陰で『ハイ』になれたわよォォ~~~~~~~ッッ!!!」
青娥の目には怒りと恐怖で歪んだ早苗の表情が映る。瞬きと共にまるで漫画の様に一コマ一コマ恐怖の色が濃くなっていく彼女の表情を見て最大の歓喜を歌う。そして、全身がついに崩れ落ち、地面へと激突する寸前。
青娥が見たのは上空に浮かぶ自分の姿だった。
「……え?」
青娥は目を疑った。自分が自分を見下ろしているのだ。一瞬目の錯覚か? とも思ったが、何度瞬きをしても映るのは自分の姿ばかり。
「お、落ちていたのは……私だった……??」
青娥は自分の体を確認する。服のあちらこちらが破け、全身に鈍痛が響く。地面に激突したせいで、全身が軋むように痛む。
待て、何故私は地面に激突した? 落下したのは私だったのか? いいや、確実に私では無かった。落下したのは『東風谷早苗』の方だった。確かに、そうだった。
「『愚者の奇跡(ザ・ピースフルフール)』……」
上空で自分を見下ろす自分の姿を為した何かがそんなことを呟いた。その声を皮切りに、上空の自分が次第にその形を変えていく。
「今まで貴様が見てきた全ての現象は全て私の砂が見せた『まやかし』だ。全ては幻想に過ぎない……ッ!!」
そして、再三東風谷早苗が目の前に現れたのである。青娥はようやく全てを理解したのだ。
早苗が最初に攻撃してから、落下する最後の最後まで!! 全ては見せられていた幻覚だったという事実に!
「な、何て……こと……!?」
ようやく青娥の表情から余裕が消えた。完全にこちらのペースかと思っていたら、ただただ早苗の手のひらの上でクルクル回っていただけだったのだ。
「……いや、そうでもない。現に貴様は幻覚状態にも関わらず、こちらの攻撃を回避し、こちらに向かって攻撃をしてきた。砂の剣の時点では幻覚状態かどうか疑ったくらいだ」
そんな青娥の意図を読み取ったのか、早苗は弁明する。
「確証が持てなかった。だから、罠にハマったフリをした。そこでようやく貴様が幻覚に陥っていると断定できた。行動と話の内容に著しく齟齬が存在したからな」
「……褒められてると分かってるけど、娘々は素直に喜べないわ」
完全に一本取られた、という風に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。当の早苗が自分を認めている素振りをしていることも、青娥の自信を傷付けていた。
「そしたら後は簡単だ。貴様にはそこから『自分が早苗を地に落とした』という幻想を見せつければいい。それだけで、勝手に貴様は落下するというわけだ」
早苗は『愚者』を出して青娥を威嚇する。
「さて、能力を解除しろ。今ならまだ半殺しで許してや――」
「でも娘々、騙されっぱなしは癪に障るわ」
と、早苗の提案を途中で遮って青娥はニタリと笑った。
(――――この状況で……笑み、だと?)
どこか、青娥の行動に不自然さを見出した早苗はすぐに早苗を胞子の付かない『愚者』で攻撃をする。しかし、予めその動きを青娥は読んでいたのだろう。青娥はまだ手に握っていた簪を……。
「――この借りは必ず返しましょう、早苗さん」
地面へと突き刺し、そのまま地面に人間一人が軽く入れるような大穴を開けたのだ。
そのまま青娥は穴の奥底へと姿を消した。
「――――ま、待て……ハッ!?」
焦っていたためか、早苗は気が付かなった。おそらく、地上にいた青娥は気が付いていたのだろう。だから、逃げたのだ。これ以上ここにいる必要はないから……ッ!!
「……あいつです、ジョルノさん。あいつが……あいつがッ……!!」
「ご苦労様です、文さん。……あいつは僕に任せてください」
早苗が振り返った先にいたのはジョルノ・ジョバァーナと射命丸文の二人。ようやく、妖怪の山まで登頂したのだ。
「……チッ……」
早苗は舌打ちをした。あの邪仙は見逃さざるを得ない。より優先度の高い屠るべきゴミが二体、現れたからだ。
* * *
地中に身を隠した青娥の考えはある一点に集中していた。
(……あの二人がここまで来たということは……私の芳香が突破されちゃったということ……)
その事実を腹の内で反芻し、芳香の元へと地面に穴を開けながら進んでいた青娥だが……。
「あああぁぁ~~~~~ん!! 芳香、芳香、芳香ぁぁああああああん!!! 芳香ちゃん成分が足りないわ! 娘々腐っちゃうのほぉぉおおおおッッ!! 今すぐ迎えに行ってあげるからね!! 私の可愛いきゃわいいいいい芳香ちゃ~~~~~んッ!!」
ガボン、ガボンと次々と地面に穴を開け続け、青娥は妖怪の山の地下を掘り進む。先ほどまでの戦闘で食らっていたダメージなど意に介している暇は無い。もしかすると芳香が戦闘不能で自分の助けを待っているかもしれないのだ。
……というのは建前。本音は先ほどから口からダダ漏れ。ただただ芳香を愛でるためだけに青娥は地中を突き進んでいた。
「んんんッ!! 私の芳香ちゃんセンサーが最大級の反応を示しているわッ!! この真上10メートル!!」
ピタァ!! と急停止し、今度は真上に向かって地面を駆け上がる。
ついにガボァ!! と、地面が陥没するような音を上げて青娥は地上に顔を出した。
「芳香ちゃ~~~~~……ん??」
と、青娥は言葉を止めた。恐らくはボロボロの状態だと予想された芳香だが、当の彼女は5体満足で、まだ戦っている最中だった。
「『ザ・グレイトフルデッド』……!! 捕まえろー、あのかき氷をー!」
「たかだか植物ッ!! 焼き払え、『エアロスミス』ッ!!」
玄武の滝周辺はそれはもう地獄絵図であった。木々の根が地面から触手のように突き上がり、ウネウネと動いて一体の妖精を捉えようと動いていた。肩や、妖精の方は付近を飛び回るラジコンを操作して、鉛玉と爆発、炎上によってその攻撃を無効化している。戦火は彼女らの周辺に留まらず、滝は既に原型は無く、周囲の森にまで炎が広がっていた。
「……わーお、こりゃまた派手にやってるわね……」
「……おう、あんたは誰ウサ」
と、青娥のすぐ近くに身を隠していた因幡てゐが顔を出す。彼女は全身に煤が付き、綺麗な肌艶は失われていた。健康兎の名折れである。
「あらあらまぁまぁ、大変汚れた兎ちゃんだこと。あとで娘々のお家に来るかしら? ねっとりじっくり体を洗って差し上げますわ」
「遠慮するウサ。……その捻子曲がった欲望は……あの豪族たちんとこの仙人ウサね。あんたを見て思い出したけど、確か死体制御も出来るんだっけか?」
てゐは溜息を付いて青娥のキラキラした視線から放たれた提案を願い下げた。そして質問をする。
「うん、出来ますわ。ちなみにあの死体は私のものなの」
「だろうねぇ。一つ頼まれてくれないウサか? 敵さんに頼むのも可笑しな話かもしれないけど……あいつ止めてくれない?」
「いいわよ、娘々やっちゃう」
「……やっぱり駄目ウサねぇ。しょうがない、もうわたしゃ疲れたウサ。一思いに……って、ん? 今やっちゃうって……」
「だからいいって言ってるじゃない。今は私の符の効果で動いてるけど、この新しい符を張り直せば……」
と、青娥は激戦を繰り広げる二人を見て、タイミングよく符を投擲する。符は真っ直ぐに芳香の額へと飛んでいき、ピタリと張り付いた。
「……おー……?」
その瞬間に芳香は首を傾げて青娥の方を見た。同時にスタンドを戻して、植物の動きも一斉に止まる。
「お?」
その突然の停止にチルノまでもが攻撃を止めた。そして、彼女も青娥とてゐを見る。
「せーが!!」
青娥の姿を確認すると芳香は目をキラキラと輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねながら青娥に駆け寄る。
「あ^~、芳香がぴょんぴょんするんじゃ^~……ふぅ」
何か恍惚な表情を浮かべて溜息を付く青娥を見ててゐは原因不明の悪寒に襲われる。何となく、自分がさっき体を洗うと言われ、ホイホイ着いていったらこの霍青娥によって肉体を弄り回される気がしたのだ。
「……てゐ! その人は誰!?」
訝しむチルノはてゐに叫びかける。てゐは何と答えればいいか分からなかったが、すぐ隣で芳香に対して狂った愛情表現をする青娥を見て、とりあえず右手を挙げ親指を上に立てた。
「……いや、本当にいいかは分かんないけどねぇ?」
「よ~~~~~~し、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしか、一人でお仕事、エライエライ」
「うおーッ! ほーめーらーれーたー! 何故だーーー!!」
チルノは首を傾けてその三人の様子を見ているだけだった。
* * *
「……つまり、あんたらは偶然ここに来てただけってことウサ?」
てゐは頭を抱えて溜息を付く。
「ええ、この子がスタンド使いだったおかげで早苗さんにこき使われていましたの(大嘘)」
もちろん、青娥の嘘の大盤振る舞いだ。自分がカビのスタンド使いであることすらも明かしていない。
「でも、何だかんだいって芳香もチルノちゃんと弾幕ごっこ出来て嬉しそうですし、悪気は無かったわけですから、許してくださいな」
何とも虫のいい話だ。だが、そんなことを思えるのも全てを知っている者だけである。てゐは多少怪しいと思いながらも、これ以上戦うのは御免だったのでチルノに安全だと説得して戦闘を止めてもらった。
「チルノちゃんも、芳香と遊んでくれてありがとうございます」
「あーりーがーとーーー」
にこり、と笑みを向けられてチルノは「え、は?」と素っ頓狂な声を上げた。更に、芳香からもお礼を言われる始末である。自分は本気で戦っていたつもりだったが、流石のチルノもこの展開には拍子抜けだった。
「じゃあ芳香、帰るわよ……って」
青娥が芳香の手を引っ張って山を降りようとしたが、芳香は動かない。
チルノの顔をじっと見る。
「……また遊ぼー」
ぼそり、と芳香が漏らした。その言葉に驚いたのは青娥だけでなく、チルノも同様だ。
「……しょ、しょうがないわね……! まだあんたとの決着は付いてないし、気が向いたらねッ!」
何故かチルノは赤面して横を向いた。どうしてかは分からない。てゐと青娥はニヤニヤ顔が止まらなかった。
それはチルノが成長したという証拠なのか、それとも好敵手との友情に戸惑っているのか。
いづれにせよ、彼女たちの本気の遊びは、何事もなかったかのように収束した。
第47話へ続く……
* * *
あとがき
これにて、青娥娘々の異常な愛情が終了です。ちなみに、早苗から逃げた時点でカビの効果は消失しています。青娥がもう逃げるため、これ以上犠牲を増やしたところで自分は何も愉快では無いから、という理由からですね。
そして、ついに相見えるジョルノと早苗。早苗さんは連戦ですが、大丈夫なのでしょうか。そして表の顔の早苗さんが一切出て来なくなりましたね。怖い。
芳香とチルノに芽生えた奇妙な友情。恐らく娘々がおうちに帰ったら嫉妬に悶えるでしょうね。チルノ危ない。
と、ここまで読んでくださって有難うございます。余談ですがこの間、45話をあげたときは日韓ランキング11位を記録していました。これも、皆さんの応援のお陰です。
では、また47話でお会いしましょう。第2章のクライマックスです。