ボスとジョルノの幻想訪問記 第48話
人間少女の二律背反②
『奴の足元を掬え。』
射命丸文が姫海棠はたての予言の内容の中でかなり抽象的だった一文があった。奴とは一体誰なのか。足元を掬うとはどういう行動を指すのか。文にはそれが分からなかった。
ここまでは全て、予言通りに事が動いている。妖怪の山にこのスタンド使いなる人間が来ることも、原因不明の黴が大流行することも、そして自分とジョルノ・ジョバァーナが東風谷早苗と闘うことも、全てがはたての予言通りだ。
そして、それは自分が奴の足元を掬うことが確定していることを指す。奴とは、恐らく東風谷早苗のことであろう。しかし、明確な行動は分からない。足元を掬うとは、相手の油断を突くことだ。
だが、さっきのジョルノの攻撃で早苗は完全に警戒態勢に入った。あれが最後の油断だったかもしれない。これ以降、早苗が足元を掬われるようなビジョンが思い浮かばないのだ。
「予知は絶対……」
気が付けば文ははたての言っていた言葉を繰り返していた。まるで自分に言い聞かせるように。
絶対。その言葉に100%の信用をまだ文は乗せることが出来ずにいた。
「――――矛盾していますね」
と、文の思考を遮るかのように、ジョルノが声を発する。それは文では無く、早苗に向けられていたものだった。腕を組み、何かを考えるようなわざとらしいポーズを取っている。
「あんたは神様だと自分で言っていたが、今のあんたは見るに堪えない餓えた獣だ。神様どころか、現人神でも――――もはや人間でもない」
挑発だ。何を思ったのか、ジョルノは早苗に嗾けている。そんなことをすれば早苗はすぐにでも攻撃を開始するだろう。
「――――ただの畜生だ」
「ほざけ」
(――乗ってきたッ!!)
目にも留まらぬ、という程ではないが、人間であるジョルノから見れば規格外のスピードであっただろう。早苗はジョルノに向けて一直線で攻撃をする。
「……こんなに安い挑発に乗ってしまうほど、今のあんたは理性の無いケダモノだ」
だが、ジョルノは一切慌てることなく、『ゴールドエクスペリエンス』を構えて拳を前に突き出す。
ゴシャァ!!
「――ッ!? ッ!?!??」
早苗の顔面に一発。丁度『ゴールドエクスペリエンス』の拳が重なったのだ。
「確かにあんたらの動きは速すぎて僕の目でとらえることは不可能だ。しかし、攻撃するタイミング、そしてその方向さえ分かっていれば攻撃は可能。目を瞑って縄跳びをしているようなものだ」
スォオオオ、とジョルノは早苗から拳を引き、次の一撃を込める。
「無駄無駄無駄」
一発、いやニ発。更に三発。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無……」
「誰を殴っている、ジョルノ・ジョバァーナ?」
背後からしたのは早苗の声。ハッと我に返ったジョルノが見たものは……。
ざざざざ……と崩れ落ちていく砂の彫刻。
「偽物ッ!!」
本体とそっくりの虚像まで生み出せるのか、とジョルノは再三早苗のスタンドの能力の豊富なバリエーションに驚かされる。すぐさま声のした方向へと振り向くと、そこには指を立てて彼の言葉を否定する少女がいた。
「偽物? いいや、本物だよ、そいつは」
「……何?」
ザザザァ……と砂が完全に散った……かに見えたが、崩れ落ちた砂像の中から白く伸びた指が現れる。
いや、指だけでは無い。砂像は全てが砂では無く、纏っていたのだった。
さきほどまで隣にいたはずの、射命丸文を――――!!
「あ、文さん!!」
「う、ぐ……ジョ、ルノ……」
いつ入れ替わった? どうやって入れ替わった? などという初歩的な疑問はすぐさまジョルノの頭から吹き飛んだ。殴った自分が得た感触。そして、殴られた文が表情に浮かべる疑問。どちらも、早苗を攻撃したという確信があったのだ。
だが、現実には早苗では無く、文を攻撃してしまっている。殴った本人も殴られた本人も種明かしをされるまで気が付かなかったのだ。
ジョルノが思ったのは、ただその一点に尽きる。つまり、変幻自在の本物度だ。
「ジョルノ、頭の切れる貴様ならばわかるだろう。私の『愚者』の能力の本当の恐ろしさを。擬態を通り越した完璧なる同化。何が本物で何が偽物か、貴様には判断が付かない。貴様と今言葉を交わしているのは本当に東風谷早苗か? 貴様が今立っている場所は本当に妖怪の山か? 今は本当に昼なのか?」
ジョルノの隣で悶絶する文の脳裏に人里で起こった謎の現象が想起される。人々の信仰を集めていた東風谷早苗の姿。いや、何より不気味なのは深夜に多くの人々を集めるほどの幻覚だ。
「――――な……ッ!? こ、これは……!?」
彼の声色が急激に焦りを帯び始める。文は何とか顔を上げて周囲を確認するが、彼女の目には特に変化が映らない。早苗の幻覚は特定の人物だけにも見せることが可能らしい。
そのような考察をしている間に、早苗はジョルノに対してのみ、『愚者の奇跡』を使用していた。辺りに砂塵が舞い散り、それはスクリーンのような幕となって背景を別の映像へと書き換えていく。ジョルノの目には周囲がいきなり夕暮れを通り越し夜が訪れたように見えるだろう。
「……幻覚か!? しかし……」
ジョルノは当たりを見渡す。文の姿も早苗の姿も見失っていた。周りはいつの間にか日が暮れ、自分が立っている場所は摩天楼の縁である。見下ろすとネオン街が眼下に広がっていた。
「ど、どこだ……ここは……!! 文さん! 僕の声が聞こえますか!?」
文の耳にその声は届いていた。しかし、それは意味を成した文章では無く、何かの叫び声にしか聞こえなかった。彼は今、自分の言葉にさえも惑っているのだ。
「『嵌った』な、ジョルノ・ジョバァーナ。体内の『愚者の奇跡』と体外の『愚者』によって魅せられる二重の幻覚に。これで貴様の首を捻るのに、コーラの栓を抜く以上の造作は必要ない」
既に早苗がジョルノの目の前まで肉薄していたが、幻覚に嵌ったジョルノがそれを感知することは無い。もはや、幻覚というか催眠に近かった。
「終わりだ……ッ!!」
早苗が『愚者』の鋭い爪を振りかざし、ジョルノの首を跳ねる。しかし……。
ガスッ!!!
「……は?」
『愚者』の攻撃は襟首で止められた。いや、ジョルノは一切防御の構えを取っていない。無抵抗で攻撃をされていた。
では、この感触は一体何だ? まるで、堅い木の幹に鎌を突き立てたような……。
「……生まれた生命は、僕の生命を上手く守ってくれたようだ」
ガシっ、とジョルノは早苗の腕を掴んだ。呆気に取られていた早苗は急いで振り解こうとするが、強烈な握力によってミシミシと腕から音が鳴り、逃げるどころの話ではない。
「~~~~ッ!!? き、貴様ッ!! 手を離せ!!」
額に初めて汗を浮かべて早苗は抵抗するが、それをみすみすと許すほど彼は冷静では無かった。
「『ゴールドエクスペリエンス』で服を堅い木の幹へと変化させた。僕自身は全く動けなくなるが、幻覚に嵌っているなら動かなくても不自然ではない。……さて、僕の視界には目の前に誰もいないが、ここにお前がいるという事でいいんだな?」
ジョルノが何かを話しているが幻覚中の言葉は意味のある文章にはならない。だが、この握り潰すほどの握力が、言葉にならない彼の怒りを物語る。
「ま、待て……!! や、め……」
「抵抗も懺悔も後悔も……」
左の拳に力を込め、彼は自身の目の前を殴りぬいた。そこには確かな感触がある。立て続けに2発目、3発目と拳を打ち込み、すぐさま右手を離して両手でのラッシュに移行する。
(……こ、この餓鬼ッ!!! よ、よくも、よくもぉぉ~~~ッッ!!)
容赦のない鉄槌に早苗は成す術が無かった。スタンドで何とか防ごうとするが、防いだ端から砂が弾け飛び、辺りに飛び散っていく。次第に次第に、早苗からスタンドの影響力が薄れていき、それに伴いジョルノのあの叫びも意味のある文章として置き換わる。
「…………ダ、う、……ム、ダ……ダ、無……ダ、むだ……ムダ、ムダ……!!」
声が鮮明になるほど、それはつまりジョルノの幻覚が晴れているという事。拳の一撃一撃が次第に重くなり、的確に急所を打ち抜く。
そして完全に頭の中の霧が晴れた。
「く、クソッ!! ぎさ、マぁがあああああああ!!! この、ゴミカスがぁああああッ!!」
口から血を吐き、絶叫する。その顎をめがけてジョルノはガツンと上方向に早苗を蹴り上げた。
「……グッ!!?」
「……ようやく幻覚が晴れた。お前の姿もはっきりと見えるぞ……!!」
落下する早苗は脳が揺れて体制を立て直すこともままならない。ただ、自分を打ち抜こうとする黄金に光る右拳が徐々に近付いてくることだけを認識していた。
「ッ無駄ァアッッ!!!」
落下に合わせてジョルノは一発、早苗の右ほおをブチ抜く。地面に叩き付けられ、2回ほどバウンドして早苗は地面に倒れ伏した。そのままピクリとも動くことは無い。
「……っくはァ! 強烈な……幻覚でした。文さん……大丈夫ですか?」
ジョルノの様子に文は呆然としていた。まさか、彼が早苗を本当に倒してしまうとは思わなかったのだ。
「あ、い、いえ。大丈夫です。それよりも、早苗は……」
文は早苗の方を見る。すると、彼女の腕がピクリと動いたのを目撃する。
「……ぐ、あ……ぅぅ……」
何とか体を起こそうとするが、全身に血が滲み、ガクガクと震える腕では上体さえも支えることは不可能だった。
「……もう動くな。殺すつもりで殴ったんだ。生きてる方がおかしい」
「よ、容赦無く殴ってるなとは思いましたが、本当に容赦のカケラもありませんね……」
「ええ、こいつみたいな奴には微塵もありません」
サラリと怖いことを言うジョルノに文は悪寒を覚える。文の怒らせてはいけないリストに巫女とスキマの他にコロネが付け加えられた。
「で、止めを刺すのかしら?」
「いや、僕はコイツの能力が目的でここまで来たんだ。生きててよかった」
「……何か矛盾してませんかねぇ」
「気のせいでしょう。さっさとこいつを連れて山を降りますよ……いや、あの2柱達に挨拶しなくてはなりませんか」
と、神社の方に目を向けたジョルノ。その様子を見ていた文は一つの疑問を浮かべていた。
(……予言にはこの段階で東風谷早苗を制圧することは出来ないと出ていた……まだ、はたても来てないし、何より私は東風谷早苗の足元を掬ってない。……まだ気が抜けないわね……)
文がそう思案していると、既にジョルノは神社の中に入っていた。まだ気は抜けない……文はジョルノについて行くことはせずに早苗を見張っていた。
早苗が動く気配はない。能力は危険でも耐久力はやはり人間のそれだ。あれだけの猛攻を受けて動ける方がおかしいのだろう。
「あ、文……!」
すると、あまり聞き覚えの無い声が背後からかけられる。振り向くと、そこには大勢の烏天狗たちを連れた姫海棠はたての姿があった。
「はたて……それに皆も! 天魔様がお赦しになられたの?」
これほどの数の烏天狗が一堂に会することは滅多にないことだ。それこそ、天魔直々に勅令を下さない限り。それが現実に起こっているということは、はたての説得が上手く行ったということである。
文の言葉にみな一様に頷いた。全員の意思が一つにまとまり、東風谷早苗の悪行を裁きに来たのだ。
文は心底喜んだ。今までの自分の苦労が報われた気がしたからだ。
予言のことなど、忘れてしまった。
* * *
神社に入ったジョルノがまず見つけたのは地下へと続く階段である。神社に地下があるかどうかは置いといて、とりあえず彼はそのまま下に降りていく。次第に下から雑音が聞こえはじめる。降りて行けば降りていくほどその音ははっきりとした物になり、途中で水音だと分かった。
一番下まで降りたところで、水音の正体を知った。壁から伸びたホースを持つ幼女の姿だ。ご機嫌な表情をして水を浴びているが、その右足は鎖に繋がっていた。
「……ジョルノ・ジョバァーナか。早苗はどうした?」
と、気を取られていたジョルノに声がかけられる。これには聞き覚えがあった。声のした方向に目線を向けるとそこには随分と衣服がボロボロにはだけている八坂神奈子の姿があった。
「東風谷早苗なら僕が倒した。それを貴方たちに報告しに僕はここに来たんですよ」
「……そうか」
と、ジョルノは神奈子の隣まで来てその足に繋がれた鎖に手を触れた。
「……?」
しかし、ジョルノの『ゴールドエクスペリエンス』は鎖に対して能力を発揮することは無く、黙ったままその場にしゃがみ込んだままである。
その不自然な空白の時間に神奈子が不審な目を向けている。
「……どうしました? 僕はこの手錠が一体どういう物であるかの確認をしています。鍵穴が存在する手錠なのか? ナンバーロックで外せる代物なのか? はたまた、力で無理やり壊さなくてはならないのか? ごく自然な発想です。そこに疑問など普通は抱かない――――」
ジョルノがそのような言葉を述べた。だが、その言葉は神奈子に向けられたものでは無かった。自分ではないことを知った神奈子が次に視線を映したのは――――。
「……勘がイイねぇ……くわばらくわばら」
視線の先には身に一糸まとわぬ可憐な少女の姿だ。長い長い舌を出して、足に掛けられていたはずの手錠を指でクルクルと回している。
「……『見える』のか? 僕の『ゴールドエクスペリエンス』が……」
守矢諏訪子はその言葉に瞳を閉じて口の端を歪ませた。
* * *
守矢神社の前で起き上がることすらままならない東風谷早苗は苦々しい表情で上空から彼女を取り囲む烏天狗たちの方を見ていた。
「……」
文はそんな痛々しい早苗の様子を見てちょっぴり同情心が湧いたが、まだまだ猜疑心が優っていた。
しかし、そんな文の視線など意に介している場合ではない。これから起こる自身の処罰についての心配など微塵もしている暇は無いのだ。
(く、ぅ……あの男……容赦なく私をぶん殴りまくって……!! 体が動かない……。だが、それ以上に私のスタンドがほとんど機能しなくなってきている……!!)
自分のスタンド能力の影響が薄くなり、徐々に『洗脳』が解かれていっている2柱の心配である。
特に心配なのは八坂神奈子の方である。彼女が『スタンド使い』であることを思い出したら、幻想郷がどうなってしまうのか皆目見当が付かない。
まさか、依然利用した八咫烏以上の力を持ったエネルギーのスタンドだとは思わなかった。
「……??」
文が顎に伝う汗をぬぐっている。それを見た早苗はある種の諦めと共ににやりと笑みを浮かべた。
「……そう、だ……どうせなら……」
ぶつぶつと死にかけの表情から声を漏らす。その言葉を文は聞き逃さなかった。
「今、何と――――?」
何か嫌な予感を察知した文は地面に這い蹲る早苗に近付いた。
だが、注意すべきは地面では無かった。
* * *
妖怪の山の中腹。山を降りるか、それとも先に山頂に向かったジョルノたちの後を追いかけるかでてゐとチルノが揉めていた。
「だぁーかぁーらぁー! アタイはてっぺんに行きたいんだってばさ! そのためにはアンタの案内が必要なのー!!」
「なぁーに言ってるウサ! 山のてっぺん目指すんなら坂を登ればいいだけウサ! てゆーか、飛べば万事解決じゃあないか!?」
「何じゃとて! その手があったか!」
「馬鹿かよ!」
分かり切った突っ込みを入れるてゐにチルノは意気揚々と空を飛んだ。全く持って馬鹿の扱いは簡単なのか、そうじゃあないのか分からない。
「……とにかく、私はもう山を下りる事にするよ。これ以上この訳の分からないびっくり超人バトルに付き合ってらんないからね……」
適当に手を振りながらてゐは下山を始める。と、振り返ったところで彼女の頭に水滴が降った。
「――――雨? いや、こんなに晴れてるのにそんな訳ないか。さっさと帰ろうかしらねぇ。なーんか妙に蒸し暑くなってきたし」
不意の水滴を一切気に留めることなく、てゐは山を降りていく。それが彼女の精いっぱいのSOSだとは気付かずに……。
「……て……ゐ……! た、す……け……」
じゅわぁああああ……!
彼女の絞り出した言葉は自身を構成する氷と共に溶けだし、蒸発していく。上空に上がった途端、凄まじい熱気をその全身に受け、地面へと落下する前にチルノの体は蒸発した。
「……チルノ?」
てゐは振り返ったがその理由は何となくだった。どこか不自然に思ったが自分には関係ないことだ、と首を振って彼女はその場を後にした。
* * *
妖怪の山の緊急病院。全身にカビが侵食し、ズタボロとなりながらも何とか一命を取り止めた犬走椛はそこに運ばれていた。
「シュゥーーーー……シュゥーーーー……」
覚束ない意識の中で何か呼吸器のようなものを取り付けた様な呼吸音を自分の中から聞こえてくる。息が苦しいとかいうそういう感覚では無かった。もっと、深刻な、生きること自体への苦しさがあった。
「……! ……………だ!! そんな………が……………い」
耳に聞こえてくるのは誰かの怒声。だが、そんなことよりも椛は動かない全身を認識し、深く絶望していた。
「……です! …………に、滝が……!」
何の話をしているのか、今の椛にとってはどうでもいいことだった。自分はこのあとどうなるのだろうか? 親友の敵も討てず、敵に無様にやられた自分は……。
「なくなる……!? じゃあ……どう……水は…………!! 患者を……出来ない…………か!!」
そこまで考えて椛は抗いようのない眠気に襲われた。深い眠りより、もっともっと暗くて冷たい何かに襲われる。逃れようのない誘惑に彼女の体は抗えない。
「『川』が『消滅』しただと!? 滝も、池も、湖もすべて!?」
目を閉じたことも分からない。もはや、最初から目なんて開いてなかったかもしれない。そうして彼女の耳にはそれ以上の言葉は聞こえなくなった。
49話へ続く……