過去ォ!?
解決編ですが一之瀬さんの懺悔なども合わせてかなり長いので時間があるときに読んでください
一之瀬が休んでから2日後の2月16日。
バレンタイン当日に一之瀬の見舞いに行ったが扉越しに聞こえてくる一之瀬の声はかなり弱々しく、多少強引ではあったが部屋に入って話もさせてもらった。
マスクをしていつもの一之瀬からは信じられないほどにダウナーなテンションで驚いたのを今でも覚えている。
仮病というわけでもなく、金曜日には元気な姿を見せていたがどこかしらで貰ったウイルスが金曜日の夜に発症してしまったのだろう。
病院にはちゃんと行ったらしく、噂のせいで休んだわけではないという証明もするため実際に顔を合わせて知ってもらった方がいいとも思ったようだった。
「熱が酷い時にお見舞いに来たがった子達には、申し訳ないけどキツかったから断りを入れたの。それ以来、他の友達も私が落ち込んでると思って、遠慮したみたいだね」
遅めの連絡を寄越したオレだけが、皮肉にも初めての面会人になったらしい。
実際に体調不良で休んでいた一之瀬だが、少なからず彼女を見てきたオレとしては体調管理にも気を配るタイプということは確信をもてた。
ましてや学年末試験が近いこのタイミングでの病気は、本来なら避けたいところだろうが、心のダメージや免疫力の低下によって風邪をひいてしまったと見ていいだろう。
「私、あんな噂くらいで休む気はないからさ」
本人は認めなかったが、風邪をひいた遠因は噂によるダメージなことは否めない。
「……見舞いには、斉木は来たのか?」
「ううん、私が知る限りでは来てないよ。というか来れないんだと思う。ほら、私がなるべく関わらないでって言っちゃったからさ……」
オレの問いかけに一之瀬はどこか後悔しているように、そう言った。
一之瀬としても斉木がここまで頑なに手を出さないとは思わなかったのかもしれないし、見舞いくらいなら来てくれるとも思ったのか……一之瀬の本意も斉木の真意も未だに分からないままだ。
オレなら動けない斉木に代わって、この件を片付けることができる。
しかし、予想外だったのは櫛田がオレへの協力を拒んだのだ。
理由は分からないが、櫛田自身も一之瀬の件には干渉しないと言っていた。
ただ、その件は斉木がどうにかするよという今起きていることと矛盾することを言って。
その結果なのかは分からないが、一之瀬は2月16日の今日から元気な姿を見せたと耳にした。
とはいえ、あくまでもそれはAクラスにとっての重要なことであり、仮テストを終えて学年末試験までにやるべきことのあるCクラスはすぐには動けない。
一応放課後に様子を見に行こうと堀北とは話していたがそれよりも早く事件は起きた。
「みんなすげえぞ!」
バン! という突如扉を激しく叩いた音と共に興奮した様子の池が入ってくる。
波瑠加が驚いて手に持っていたサンドイッチを落とし、池を睨みつける。
「ちょっとなによ」
「祭りだよ祭り! 今Bクラスの連中がAクラスに乗り込んだんだってよ!」
そんな話が飛び込んできて、堀北や須藤、平田といった教室で昼食を摂っていたメンバーたちが次々と出ていく。
復帰してきた一之瀬に最後の攻勢をかけようという魂胆だろうか、あるいはなかなか動こうとしない斉木楠雄を直接引きずり出すためか。
「どうする明人……」
「いくしかないだろ。神崎だけなら手を出さないかもしれないが、柴田とか他の男子がってことになったら、止める人間がいる」
「そう、だな」
波瑠加と愛理には残るように明人が伝えると、愛理が「清隆くんはどうするの?」と尋ねてくる。
明人と啓誠も立ち上がっている状況だ。
オレだけ残るとは言いづらいし、それに何があったのかは興味がある。
「一応ついて行く。役に立てるとは思わないがな」
3人で教室を出てAクラスに向かうと、既に廊下では騒ぎが伝染しているようで、明らかに人が集まっている。
まるで斉木フィーバーの再来のようだった。
「何しに来やがった坂柳!」
Aクラスにやってくると、柴田が坂柳に詰め寄っていくところだった。
「何しに、ですか。私はあなた方Aクラスの皆さんを救いに来たんですよ?」
坂柳の隣には神室と鬼頭のみで、橋本や他の生徒の姿はなかった。
あまりに多人数を連れ歩くのは問題に繋がると判断したのだろうが、いつもいる橋本がいないというのはどうも気になる。
「どういうことなのかな、坂柳さん」
教室の奥で数人の生徒に囲まれるようにしていた一之瀬が声をかけるも、柴田や白波が止める。
「待てよ一之瀬、お前が出る必要はないって」
「そうだよ帆波ちゃんっ、行っちゃダメ」
白波がぎゅっと一之瀬に抱きつき、坂柳との接触を防ごうとする。
「まずは体調快復おめでとうございます。昨日の仮テストには間に合わなかったようですが、学年末試験前に間に合いそうで何よりです」
「うん、ありがとう」
距離を開けての2人の会話だが、Aクラスの生徒たちから向けられる坂柳への視線は鋭く強い。
昼休みだというのに、誰1人欠けていないと思いきや、肝心の男子生徒が1人いないことに気がつく。
柴田か神崎に行方を聞こうにもそうはできそうもない。
相変わらずマイペースなやつだと片付けるべきか、それとも敢えてこの場から離れたのか。
真偽を確かめる術は今はない。
完全なアウェーの雰囲気を楽しむ坂柳に神崎が問いかける。
「救いに来たと言ったな坂柳」
「ええ」
「それはつまり、あの噂を流したことを認める、ということか? その謝罪に来たというのなら理解できなくもない」
「噂を流したのは私ではありません」
「……なら、何をもって救いだと?」
「このクラスはもしものために大量のポイントを1人に集めているそうですね?」
「それがどうしたと言うんだ?」
神崎が間髪入れずに言うのは一之瀬に出番を与えないためなのだろう。
「これは私の勝手な想像ですが、不正行為なく大量のポイントを保持する方法は限られているということです。クラスメイトから定期的にプライベートポイントを回収し、集めておく。要は銀行のような役割を誰かがになっているのではないかと」
「それは答えるべき話ではないだろう」
Aクラスの戦略に関わってくる部分であるため神崎は当然否定する。
「ええ、別にその回答を求めているわけではありません。ただ、ただもしも、私の推理通りの人物が銀行の役割を果たしているのだとしたら……それは非常に危険なことではないかと思ったのです」
そう言って、遠くで坂柳を見つめる一之瀬に視線を贈る。
「私の言っていることは間違っていますか? 一之瀬帆波さん」
無駄だな、坂柳。
お前は大きな勘違いをしている。
元Aクラスには夏休みの船上試験時点で、一之瀬たちがプライベートを1人に集めているという噂を耳にしていた。
普通なら、クラスのリーダーである一之瀬に銀行としての役割を担わせるだろう。
だが、違うんだよ坂柳。
お前もオレと同じ勘違いをさせられていたんだ。
オレがその事に気づいたのはほんの偶然でしかない。
沈黙という武器で戦うしか無かった一之瀬を、ギリギリの縁まで追いやり、あと一押しで断崖絶壁から叩き落とせる。
そんな状況を作り出したと思っているんだろう。
「ちょっと道を開けてくれるかな。千尋ちゃん、麻子ちゃん」
「で、でもっ!」
「大丈夫。私はもう大丈夫だから。ていうか、千尋ちゃんにも分かるでしょ?」
そう言って優しく微笑み一之瀬はゆっくりと歩みを進めて坂柳との距離を詰めていくのかと思えば、一之瀬は教室のクラスメイトたちへと向き直る。
「ごめん、みんな!」
一之瀬は教壇の前に立つとAクラスの生徒全員に向かって頭を下げた。
「な、謝ってるんだよ、一之瀬! 何も謝る必要ないって。なぁ?」
「止めないであげましょうよ柴田くん。彼女は懺悔しようとしているんですよ」
一之瀬の言葉を遮ろうとする柴田に、坂柳は愉快そうに笑う。
「私は今までの1年間、ずっとずっと隠し続けてきたことがあるんだ……」
「待て一之瀬、この場では何も話す必要はない」
不穏なものを感じた神崎が止めようにも、一之瀬は止まらない。
「この数週間私のことで立っていた噂の中に、一つだけ、嘘じゃない本当のことがあったの。それは、私が犯罪者だって話」
その言葉を引き出して坂柳は満足そうに微笑み、騒がしかった教室と廊下が静まり返っていくのがわかった。
「ここにいるお人好しの方々な全く見当もついていないようなので、詳しく教えて差し上げてください。一之瀬さん、貴方は一体、どんな過ちを犯したんですか?」
「私は……」
一之瀬は続けようとして、1度喉を鳴らした。
ぎゅっと何かを祈りを込めるように、勇気を奮い立たせるように右手を握る。
「みんなに黙っていたことを、今から告白します。私の隠してきた犯罪、それは……万引きをしたこと」
優等生一之瀬帆波の万引きはAクラスだけではなく、オレや明人といったこの場に集まった野次馬も驚いたことだろう。
そんなことをする生徒には見えないと。
「帆波ちゃんが……万引き……ほ、本当に?」
「うん、ごめんね麻子ちゃん。それに、みんなも」
謝りながら一之瀬はその発端を語り始める。
一之瀬の家庭は母子家庭で、母親と一之瀬より2つ下の妹との3人暮らしだったこと。
裕福ではなかったが、不幸と思ったことは1度もなく、2人の子供を育てながら働く母親を見て一之瀬は中学を卒業したらすぐに働こうと思っていたらしい。
高校に行くのにもお金がかかるため、就職して母親を助け、妹をバックアップしようと考えていたが、母親には反対されたと言う。
そこで一之瀬はお金がなくても優秀な成績を残したものなら無償で入学ができ、授業料も免除される特待生制度を利用しようと学校で一番の成績になるまで努力を積み重ねた。
しかし、そんな一之瀬が中学3年生になった夏に母親は無理が祟って倒れてしまった。
その時はちょうど妹の誕生日も重なり、母親や姉に気を遣ってか今まで欲しいものを口にして来なかった妹がヘアクリップを欲しがったと言う。
そのヘアクリップは買えば1万円を超え、それを買うためにいつも以上に無理した母親は倒れてしまったのだ。
入院というアクシデントに見舞われてはプレゼントどころではない。
「今でも覚えてる。病室のベッドで泣きながら謝るお母さんに、ありったけの罵声を浴びせていた妹の顔を、泣きながら、楽しみにしていたヘアクリップの事を叫んでいた妹の顔を。そんな妹を私は責められなかった。たった1度だけ願ったプレゼント……」
その告白を坂柳だけは変わらぬ笑みを浮かべて聞き続けている。
姉として何とかして妹の笑顔を取り戻さないといけないと思った一之瀬は、妹の誕生日当日の放課後にヘアクリップが売っているデパートに足を運んだ。
「あの時の私の感情は、きっと闇だったと思う。いいじゃん、別に……たった1度、妹のために悪さをするくらい、大したことじゃない。世の中、悪いことをする人なんていっぱいいるんだから。そんな感情を持ってた。今まで我慢し続けてきた私たちが、責められる必要なんてないって。これは許される行為なんだって」
言い訳を並べ、身勝手な、ワガママな解釈を自分に言い聞かせた一之瀬は妹の欲しかったそのヘアクリップを盗んだ。
露見すれば一之瀬だけじゃない、親や妹、デパートの人間といった関わった全ての人を不幸にする行為だ。
それでも何とかして妹に喜んで欲しかった一之瀬がひいた引き金は止まらなかった。
「結局、犯罪行為は犯罪行為。どれだけ懺悔しても消えることのない罪」
一之瀬が途切れ途切れに言葉を繋ぐと、神室は問いかけた。
「それで捕まったってこと?」
「ううん。私はそのヘアクリップを持ってデパートを出た。初めての万引き、初めての犯罪。それは誰にも見つからなかった」
それからすぐに家に帰った一之瀬は塞ぎこむ妹にヘアクリップをプレゼントした。
盗んできたため、そのヘアクリップは剥き出しのままで、プレゼント用の梱包も包装紙も何もない。
雑なプレゼントだったが妹は凄く喜んだらしい。
その笑顔を見て、一之瀬は罪悪感が一瞬薄れたが、後からどんどん罪悪感は増していったと一之瀬は自嘲気味に笑った。
「悪いことをした娘に、母親が気づかないはずがないよね」
秘密にしておくように言ったプレゼントを妹は身につけて母親の見舞いに行ってしまった。
妹は思いもしなかったはずだ。
姉が盗んできたものをプレゼントしてきたなんて。
そのとき初めて一之瀬姉妹は見た。
本気で怒る母親を、一之瀬をひっぱたいて、妹からそのプレゼントを取り上げた。
泣きじゃくる妹はわけも分からないまま、まだ入院していないといけない母親と共に一之瀬はデパートに連れて行かれた。
土下座して許しを願い、そのときになって一之瀬は自分の犯した罪の重さを初めて理解したのだ。
どんな言い訳を並べ立てたって、犯罪が肯定されることはないと。
デパートの人間は事情が事情と思ったのか、あるいは母親のことを不憫に思ったのか、警察に突き出すことはしなかったが、騒動は瞬く間に広がった。
一之瀬は夏休み前からのほぼ半年、ただ部屋に引きこもる生活を続けていたそうだ。
だが、もう一度、前を向くために中学の担任から教えてもらったこの高校に願書を出した。
入学金も、授業料も免除されて、卒業すればどこにでも就職できる高度育成高等学校に。
全てを話し終えた一之瀬は、改めてAクラスの生徒全員に頭を下げる。
「ごめんね、みんな。こんな情けないダメなリーダーで……」
「そんなことはないぜ、一之瀬」
傍で聞いていた柴田が首を振った。
「お前は全力でお姉ちゃんを遂行したってことだろ? 今の話を聞いて確信したぜ。一之瀬はやっぱり良い奴なんだって、なあ?」
「うんっ。帆波ちゃんは悪いことをしたのかもしれない、だけど……」
白波が続けようとした時だった。
カンッ! と甲高く杖を床に叩きつける音が響き渡る。
「やめてください。笑わせないでもらえますかAクラスの皆さん」
一之瀬を擁護しようとする声を一蹴する坂柳は毅然とした態度を取る。
「実に下らない茶番劇です。不必要な過去の詳細まで語って、同情を引いているつもりですか? どんな境遇であれ万引きは万引き。同情の余地などありません。あなたは私利私欲のために盗みを働いたんです」
その言葉で何故か隣の神室の表情が一瞬強張った気がするが、それに気づかず一之瀬は坂柳の言葉に頷いた。
「うん、その通りだね。でも、所詮は過去、一切関係のない話だよ」
「過去……? いえ、あなたが"犯罪行為"を犯したことは事実です。即ち、今大量に抱えているプライベートポイントも、卒業間近で盗み取ってしまうのではありませんか?」
坂柳の詰めとなる問いかけに、一之瀬は乾いた笑いをだす。
「ははは……そんなことできっこないよ坂柳さん」
「そうでしょうか? あなたは賢い人ですし、今や私たちを追い抜きAクラスになった。けれど2年後も同じクラスでいるでしょうか? もしかすると、ここで実演して見せている同情を誘うやり口で、全員のお墨付きをもらってAクラスに行くのではないですか?」
執拗に追い詰める坂柳に、一之瀬は頑張って口を開く。
「そう、だね。私が……私がどれだけ頑張っても、私の努力は全て偽善なのかも知れない。一度犯した罪は二度と消えることはないんだよね」
犯罪者としてのレッテルは付きまとう。
しかし、それが今の一之瀬を否定するものなのかはオレにはわからない。
いずれ裏切られるかもしれないという疑念は誰にでも付きまとうもののはずだ。
この1年、一之瀬が見せてきた姿が全ては自分だけが卒業時にAクラスに行くための演技だとすれば大したものだが、坂柳の話の一之瀬がこのクラスのポイントを集めている前提で成り立つ。
だからこそ、一之瀬は言うのだ。
「だからさ、出きっこないって言ってるよね? ……そんなことも分からないから、私たちにAクラスの座を取られるんじゃない?」
「……はい?」
今までにない強気な、一之瀬にしては挑発的なセリフに坂柳も、見ている野次馬達も驚きの表情を浮かべる。
「坂柳さんはさ、賢いかもしれないけどさ、大きな誤解をしてるんだよ?」
「誤解……? あなたが犯罪者であることは今、お認めになりましたよね?」
「うん、私はたしかに万引きをした。坂柳さんの言うように同情の余地はないと思う。罪は罪だからね。それから逃げるつもりはないよ。けどさ、実際に私は刑罰に問われたわけじゃない。つまり、公には私は償うべき罪は無いんだよ」
「厚顔無恥とはよく言ったものです。辞書で引いたらあなたの事が出てきそうですね」
「そうかな? そうだね、そうかもね! でも、私はもう振り返らないよ。過去にも縛られない。だって、大事なのはこれから私が何をするかだから」
クラスメイトに笑顔を向けた一之瀬は坂柳から視線を外す。
「こんな厚顔無恥で情けない私だけど……みんな、最後までついてきてくれるかな?」
今までの一之瀬とは決定的に何かが違う。
一瞬の沈黙の間も一之瀬の顔に迷いや後悔はない。
まるでそれを共に背負ってくれる仲間を見つけたからという顔だ。
1年間苦楽を共にしてきた仲間たちにそれが分からないはずもない。
その仲間に自分たちも含まれてるはずだと信じて疑わない目で、柴田が腕を上に大きく広げて叫んだ。
「当たり前だっ!!!」
それと同時にAクラスの生徒たちが満場一致のエールを送る。
中にはどこか気恥しそうなツインテールの少女もいるが、そんな彼女でもエールを送っているのだから一之瀬の築き上げてきた人望が窺える。
明人と啓誠、堀北に櫛田、椎名といった面々たちもそんなAクラスに魅せられるように嬉しそうな顔を見せる。
仕掛けていた坂柳の攻撃は無効化され、「どうするの?」と神室が耳打ちしているのが見えた。
「フフフ、フフフフフ……なるほど、Aクラスにしては上手く丸め込めましたね。ですが、先程あなた自身が言ったように犯罪者の過去が消え去るわけではありません。これから先もずっとずっと、あなたに関する噂は広がり続けるでしょう」
「それから逃げるつもりはないよ。けどさ、坂柳さんはまだ気付いてないの?」
「……何がです?」
「そっか、気付いてないのか」
あんまり言いたくないんだけどなぁと一之瀬はボソッと呟くと、神崎が「代わろうか?」と問いかけるのが聞こえる。
「いや、いいよ。私も流石にちょーっと、言いたいこともあるしね」
ホントはあんまりこういうことは言いたくないけどと一之瀬は坂柳に向き直る。
「坂柳さんは私がこのクラスの銀行をしてると思ってるんだろうけど、私、してないよ?」
そう言って坂柳に見えるように自身の携帯の、プライベートポイントが見える画面を表示する。
「……なっ」
坂柳の正直な、面食らった顔に、オレは思わず吹き出してしまう。
「清隆?」
「いや、悪い、なんでもないんだ……」
そうだ、坂柳、それがお前の誤算だ。
一之瀬帆波はお前が思っているほど優秀では無いかもしれないが、人の使い方という面ではお前よりも上だぞ。
プライベートポイントを集める行為はもしもの時のための備えとしてはかなり有効だが、集める側の人間が坂柳と言うような信頼できない人間には成り立たない。
多くのポイントを持てば邪な思いを抱いて使ってしまうこともあるだろうし、その生徒がテストや特別試験などで学校の用意したボーダーを下回って退学するようなやつでもいけない。
しかし、どういった経緯でそうなったのかはオレも知らないが、一之瀬とAクラスが選んだ人選はオレからすれば100点満点としか言いようがない。
何せ、普通のことでは絶対に退学にならないし、邪な気持ちでポイントを浪費しないやつにこのクラスの命綱を預けてるんだからな。
「それは、事前に他の誰かにポイントを移し替えて……」
「そんなことしてないよ? ほら、見て、私のポイントの使用履歴」
坂柳の隣で神室が確認したのだろう。
「ほんとだ。今月使ったポイントは病院代と食費くらい……ん? ちょっと待って月初めのこのポイントの送金先って……」
神室の隣で見ていた鬼頭は眉間に皺を寄せて、一之瀬たちAクラスが月初めのポイント支給後、誰にポイントを集めているのか、その名前を目にしたのだろう。
3人は驚きつつも、どこか納得したような顔で一之瀬を見た。
「なるほど、たしかにこれは……一之瀬さんにはできっこありませんね……」
「どう? これで納得してくれたかな坂柳さん? 普通の理解力があればこれ以上の説明はいらないよね?」
にっこりと坂柳に笑いかける一之瀬に、坂柳は自身の予想が外れたことにショックを受けた様子の坂柳だったが、すぐに持ち直して不敵に笑った。
「はい……まさか楠雄くんがこのクラスの銀行をしていたとは……でも妥当な人選ですね。確かに彼ならば退学することも無闇矢鱈にポイントを使うこともしないでしょう」
だが、それがどうしたというのだという顔をする坂柳に一之瀬は言う。
「でも坂柳さん言ったよね。私は過去の罪からまた同じことをするって。ポイントをかき集めて1人だけ逃げるつもりだって……これってさ、言われもない名誉毀損、ってやつになるんじゃない?」
「そうはならないでしょう。実際にあなたは万引きを行ったんですから。1度罪を犯した人間は繰り返す。誰もが思い至るロジックです」
「なるよ。万引き犯ってのは事実だけどさ、ポイントの横領の罪まで着せようとしてきたのは私に対する謂れのない悪口じゃん」
堂々巡りの攻防は当初と打って変わって坂柳側を圧迫していく。
「名誉棄損とは何か? 私が傷ついたかどうか? 言った人が悪意を持っていたかどうか? ううん、法的には違うんだってさ。それを受け取る多くの人々がどう感じたかが問題なんだって」
そう言って一之瀬は教室と廊下に集まってオレを含めたギャラリーを見渡す。
「ここにいるみんなと他クラスや他学年の人たちも見てるわけだけど、これは言い逃れ出来ないんじゃないかな?」
「……わかりました。今の発言は撤回します」
「へぇ、弁明の一つもできないんだ。情けないリーダーだなぁ」
嘲るように言った一之瀬に、坂柳の顔から余裕の表情が消える。
ギャラリーは突然の一之瀬の豹変に驚いているが、Aクラスの人間はそうでもない。
なるほど、な。
「坂柳さんは私が万引き犯だって噂を流してないけど、他のえーっと……援交に違法薬物と、あとまぁ少年犯罪の定番みたいなやってないのも坂柳さんじゃないんだよね?」
「ええ、もちろんです」
「そっか、そっか……、坂柳さん、これ聞いてみてくれる?」
そう言って坂柳の耳元に一之瀬は携帯の再生ボタンを押す。
「なんだ?」
「何聞かせてるんだあれ?」
明人と啓誠が首を傾げる。
ボリュームは低くして、坂柳の耳元に当てるだけにしているためどんな音声が流れているのかは聞こえないが坂柳の表情からして、Bクラスにとって都合が悪いものだと見て取れた。
「一之瀬さん、これは、誰から……?」
「坂柳さんの想像に任せるよ。で、どうしよっか? 私に関する噂が流れるんじゃこれを公表しないといけなくなっちゃうんだけど……?」
立場が逆転したな。
「……わかりました。引き上げます。噂の発生源は分かりませんが、私たちBクラスは一之瀬さんに関する噂を聞いても広めないように努めます」
「ありがとう坂柳さん! 助かるよ〜!」
状況を理解した坂柳はクラスメイト2人に撤退を命じつつ、今後一之瀬に関する噂を流布しないことを約束する。
騒がしかったAクラスが、さらにボルテージを上げた。
坂柳の撃退に成功したのだ。
予想外の展開に坂柳も内心は穏やかではないだろうな。
「なんだこのバカ騒ぎは?」
そんな状況で、坂柳がAクラスの教室から出ようとした時だった。
時間帯的には昼食を食べ終えた頃合いではあるが、彼らがこのタイミングでやって来たのは坂柳にとっては追い打ちになるかもしれない。
「クク、またどこかの誰かが1位でも獲ったか?」
「いや、今日の主役はキュートガールのようだよ、ドラゴンボーイ」
龍園と高円寺という、林間学校の8日間でも違和感しかなかったコンビがやって来ると教室と廊下は再びざわつきを見せる。
オレはもしかしてと一歩下がって、龍園たちが来た廊下の先を見てみる。
「だーから、俺のオススメするチョコにしとけって、ここ百貨店とかにも招致される人気店なんだぜ?」
『いやせっかく奢ってくれるなら他にいいのがあるかもしれない。もっと吟味してからでも遅くない』
「21日にはバレンタインフェア終わるから早くしないと間に合わないぜ? 在庫も限りがあるだろうし」
思っていた通り、龍園たちのあとから斉木と橋本もやって来た。
「って、この騒ぎは……あー……やべ、俺先戻るわ」
『気にしなくていいだろ。君はこの件には無関与なんだ、僕と同じでな』
「そうだけどよ……」
特にAクラスである斉木には誰もが注目する。
「楠雄くん……この絵を描いたのはあなたですか?」
『はて』
坂柳の問いかけに斉木はしらばっくれるが、その様子に坂柳は悔しそうに下唇を噛む。
それを龍園が嗤った。
「はっ、随分といい顔してるじゃねぇか坂柳。一之瀬も食えねぇようじゃこのバケモってぇ!? 何すんだ斉木ィ!」
『余計なことを言おうとしただろ今』
何を言おうとしたのかは察しはついたが、目にも止まらぬスピードではあるが龍園に軽くデコピンをかました斉木は肩をすくめる。
龍園はデコピンされたところを押さえつつも思ったほどは痛くはなかったのか首を傾げつつ、咳払いし、舌打ちする。
「チッ、まあいい。俺はもう戻るぞ。ひより、金田、伊吹、石崎、何があったか聞かせろや」
呼ばれた4人はここに残る理由もないと判断したのか龍園の呼び掛けに応える。
ひよりは一之瀬に軽く手を振り、龍園たちと共にその場を後にする。
高円寺もこの場にいる理由はないと判断したためか、斉木と橋本に声をかける。
「たまには賑やかな昼食も悪くはなかったよ。では、楠雄、バットボーイ」
「あぁ、俺にも言ってくれんのね」
意外だったのか橋本は少し嬉しそうにそう言うと高円寺はさわやかに微笑んで先にCクラスの教室へと戻っていく。
それに乗る形で橋本も「わり、さっきの話はまたあとでな」と斉木に伝えて早歩きで去っていく。
残ったというか戻るべき教室がここである斉木は坂柳と神室、鬼頭の前に立つと、少しだけ視線を交わす。
「……行きますよ、2人とも」
しかし坂柳も斉木も言葉までは交わすことなく、坂柳たちは教室から出ていく。
残されたのはAクラスの生徒たちだが、興奮した様子を見るに勝利したことを確信している。
実際、勝敗は誰の目から見ても明らかだった。
え?楠雄何したの?一之瀬に何があったの?って話は原作通りこの後の話でやります……多分
一応原作では立ち直るのに結構かかってましたが今回は休んでから2日くらいなのでめちゃくちゃ短縮してます
まあ噂をどうにかするのには時間かかってますが、それは仕方ない……
勝ち確した途端に一之瀬イキるやんとかも言わないであげて欲しい……本人はここまで言う気なかったから……原作通りにするなるはずだったんだ……
一之瀬さんの煽りは何?→あの煽り方に聞き覚えがあるのなら誰が吹き込んだかはわかるかと。その辺含めて次回にやれたらな。
バットボーイ→コウモリ男
龍園と高円寺と橋本、斉木はなに?→斉木が食堂へ行く。今回ハブられた橋本も行く。2人を高円寺が見かける。そこに龍園も興味本位で入る。4人で飯食う。
以上。
斉木のデコピン→した瞬間に1日前に戻したから無傷。痛みはほんの一瞬だ……。
てことで本編が長かったのでこの辺で
次回から流石に投稿ペース戻します
昨日今日とても書いたので明日明後日は投稿無しですが、書き終わって出せそうならXとかでお知らせしつつ放り投げます
ほな