どちらかと言うと1年生編のおまけで書いた方寄りのDクラスルート。
それは須藤くんや池くん、山内くんたちが勉強会から飛び出した後だった。
東京都高度育成高等学校に入学した私に待っていたのは、卒業できれば希望する進学先、就職先を用意してくれる夢のような学校ではなく、Aクラスでの卒業をかけた実力主義の戦い。
最後に夢を叶えることができるのは卒業時にAクラスにいる生徒のみという中で、私のスタートは落ちこぼれが集まると言うDクラスだった。
5月になって明かされた事実を飲み込む暇もなく、次の中間テストで1科目でも赤点を取ったら退学になると告げられた私は退学者を出さないために奔走した。
それは私がみんなから愛されるため、必要とされるため。
間違っても努力を怠って騒ぐだけのバカたちのためじゃない。
私は二度と間違えないためにこの学校に来た。
そして、Aクラスで卒業してみんなからすごいと思われるような進学先、就職先に進んで承認欲求を満たす。
そのためならなんだってする。
ポイントを使い果たしたクラスメイトにポイントを渡すし、喋りたくもない下卑た視線を向けてくる男子とも話すし、退学にならないために助けの手を差し伸べてもやる。
綾小路くんからのお願いで勉強会を開くのに手を貸してやったけど、堀北のせいでぜーんぶご破算。
堀北と綾小路くんは赤点組を見捨てると言う。
私もそうできるならそうしたい。
けど、櫛田桔梗はそんなことしない。
できるはずがない。
図書館を出て、寮に戻ろうとして、出ていった赤点組と巡り会うのが嫌で、行く宛てもなく学校へと引き返す。
放課後の屋上は施錠されていて入ることができないけど、最近ある噂を聞いた。
それは平日の夕方の5時過ぎから6時までの間なら開いていることがあるというものだ。
そして、その噂は本当だった。
屋上の扉は開いていて、学校のある時間しか入れない特別な場所は人の気配はなく、春から夏へと切り替わりつつある風が吹いていた。
この学校には変な噂が多いけど、これは当たりだったようだ。
私は体験したことないけど、授業中に寝そうになったら横腹を抓られたり、『寝るな寝るな寝るな寝るな』と頭の中に声が響いたりするらしい。
それと5月になってからは減ったみたいだけど……そんなことよりここなら、と私はカバンを床にゆっくりと置いて心の底から声を出した。
「あ─────ウッザい」
自分から出たものとは思えない、低く重い声。
これが私の本当の声。
甘ったるくて優しい女神のような声は作り物。
「マジでウザい、ムカつく……死ねばいいのに……自分が可愛いと思ってお高くとまりやがって」
今日の出来事はこの学校に来て堀北兄妹がいると知った時以上に苦痛だった。
中学の時からぼっちでプライドの高い女だってことは知ってたけどあそこまでとは思わなかった。
堀北みたいなドブみたいな性格の女が勉強なんて教えられるわけがない。
「あー最悪っ、ほんっとマジで最悪! 堀北ウザい堀北ウザい、ほんっとウザいっ!」
私よりも胸は小さいけど顔やパーツは整っていて、運動ができて、勉強もできる。
あいつがいなければ私は1番だったかもしれない。
そもそも、あいつがいなかったら私はこんなストレスを抱えることはなかった。
自分の過去を知っているかもしれない存在。
あんなことを繰り返さないためにここに来たのに、どうして……!
堀北への憎悪を吐き出しながら当たり散らすように屋上の柵を蹴ると夕暮れ時の学校に大きく響き渡って、私は少しやり過ぎたと身を固くする。
誰かに聞かれてないよねと教師や用務員の見回りを警戒して扉の方を見た。
『あっ』
「……は?」
振り返った先にいたのはこの場から逃げ出そうと音を殺していたのであろう男。
ドアノブに手を掛けてあと少しというところだったのにという顔で私を見ているその男を私は知っていた。
「……ここで……何してるの、斉木くん……?」
男なのにヘアピンという世の中でもないけど棒付き飴のような形のヘアピンをしていて、色つきメガネというアクセサリーをつけた地味とは矛盾するはずが地味に見える男の子。
クラスでは静かに本を読んでいるだけで、放課後になれば音もなく教室から出ていく。
斉木楠雄、メガネを外したらイケメンかもしれないランキングに入ってはいるけど、個性も特徴も特技もない平凡な男の子というのが私含めたクラスの印象。
そんなやつに私の秘密が知られることになったけど、まだなんとかなる。
クラスで1番信頼を集めている私と、空気同然の男子。
たとえ斉木くんが今あったことをクラスで話しても誰も信じてはくれないだろう。
「聞いたの……?」
『突発性難聴でな。今なにか言っているか? う〜ん、分からない……』
ムカつくくらいのとぼけ顔で知らないと首を振る斉木くんに私は1歩詰め寄る。
左腕を斉木くんの首元にあてがって、ドアか壁に押し付けるつもりだった。
しかし、彼は私が近づけば近づくほど距離を取る。
「なんで逃げるの?」
『磁石みたいなものだ』
「反転すればくっつくわけ?」
口調も、行動も、今までクラス内で私が見せてきたものとは違うというのに、斉木くんは驚いた様子も、忌避するようなこともなく淡々と言う。
そのことに少し違和感を抱いた。
「今聞いたこと、誰かに話したら容赦しないから」
『話す相手がいない』
「綾小路くんとCクラスの椎名さんくらいならいるでしょ」
こんな地味で取り柄もなさそうなやつだけど類友なのか綾小路くんとCクラスの椎名っていう見た目は悪くないけどこれまた静かで地味な女子と話しているらしい。
『話したらどうなるんだ』
「今ここで斉木くんにレイプされそうになったって言いふらしてやる」
『話さないから安心しろと言っても君の不安は消えなさそうだな』
「よく分かってるね」
そんな言葉を信じられるほど私はピュアじゃない。
どいつもこいつも嘘をつく。
味方の時は擦り寄って来るくせに、都合が悪くなったり、私を敵と認めれば離れて一気に叩いてくる。
脅しのためにもこいつの弱みを握らなければならない。
そう思っていると斉木くんは顎に手を置いて何やら考えている様子だった。
ここから逃げ出す手を考えているのか、私に対して何か交渉を持ちかけようとしているのか。
黙ってくれるなら胸の1つでも触らせてやる覚悟はしているけど、それ以上のことは流石に嫌だな。
ピュアじゃないって言ったけど、初めては好きな人とがいいしね。
私から距離を取ったせいで斉木くんは唯一の退路である扉から離れている。
斉木くんにできるのは私を説得するか、交渉を持ちかけるか、力づくか。
どの手を取ってきても私には斉木くんに対してアドバンテージを得る方法がある。
『わかった。じゃあこうしよう』
そう言うと斉木くんは抵抗の意思が無いことを示すためか手を上げる。
『君の秘密を黙っている証明として、君がクラスから賞賛を集められるように手助けをする、というのはどうだ?』
そして、どんな交渉をしてくるかと思えば斉木くんは意味のわからないことを言い出した。
「は? できんの? そんなことが、あんたに」
『毎日は無理だろうが1ヶ月に1回くらいなら出来ると思う』
「信用出来ない」
斉木くんがクラス内で成績も運動能力もトップクラスみたいなタイプならまだ信用はできたと思う。
でも、斉木くんの能力は凡も凡。
赤点こそ取っていないけど、テストの点数は平均点ぴったりだし、運動能力も男子高校生の平均に近い。
はっきり言って私の役に立つとは思えない。
『確かに何の実績もない人間を信用するのは難しいな』
ならば、その実績を見せようと斉木くんは携帯を取り出して画面を数回触ると私の方へと放り投げてくる。
それを私は受け取らずに地面に当たって転がる携帯を見下ろす。
『おい』
「いや、いきなり投げられても無理だよ。それに受け取ってる間に逃げるかもしれないしね」
と言っても流石に3階建ての校舎の屋上から飛び降りられるとは思わないけど。
私は埃がついたかもしれない携帯を拾い上げて軽くはたいてから携帯の画面を見てやる。
「は? なに、これ……」
目に飛び込んでくるのは国語のテストの問題。
1問目は漢字の読み書きで、その後は今授業でやっている物語から出題された問題だった。
ページを捲ると、数学、理科、社会、英語、そしてこの前受けたばかりの小テストとさらには5教科と小テストの答えが書いてあった。
「これって……」
『次の中間テストの問題と答えだ』
「……は?」
なんでそんなのが……いや、なんでそんなのを斉木くんが……?
『茶柱先生が言っていただろう。「お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法あると確信している」と。あれの意味が気になって調べていたら見つけた』
「見つけたって……」
『君が僕を信用するならそれを君に渡すし、君が見つけたということにして構わない』
入手経路は伏せるが先輩から貰ったこと。
よく分からないけど気に入ってもらってポイントの取引は発生していないから斉木くんは特に気しないと言う。
これを私がクラスにばら撒こうが、私が他クラスに売りつけようが斉木くんは関与しない。
「本気で言ってるの?」
『ああ。僕の目的は済んだからな』
過去問の中身よりも過去問の存在の方が気になっていたという風な斉木くんを怪訝に思いつつも、私はこの過去問があればクラスにより貢献し、みんなからの賞賛を得ることができるという確信があった。
ただ今使っても赤点軍団の勉強への意識は変わらないし、期末テストでも同じことの繰り返しになる。
「赤点組の3人を勉強会に参加させて。これも出来たら信用してあげる」
『やれやれ、注文が多いな』
斉木くんは肩を竦めると『参加させるだけでいいのか?』と尋ねてくる。
これ以上の注文は聞かないぞという圧が伝わってくる。
その様子を見て、私は斉木くんの実力は思いのほか高いんじゃないかと考える。
過去問の存在に気付けたのもそうだけど、赤点組を勉強会に参加させることを拒否しないということはできなくは無いということ。
「斉木くんってもしかして結構すごい子だったりする?」
『まさか。僕は至って普通の青年だよ』
無表情でそう言った斉木くんはやっぱり信用できないけど、私の秘密をバラすということはしないと思った。
言うメリットがなさそうなのと、他人に興味がなさそうだから。
入学式へと向かうバスの中で私が席を譲ってくれませんかと訴えかけた時、斉木くんは我関せずという態度だった。
私の秘密のことや、クラスのことすらどうでも良さそう。
「じゃあさ、堀北さんを退学にしてよって言ったらやってくれるの?」
私が笑顔でそう言うと、斉木くんは顔色1つ変えずに答える。
『できるできないかで言えばできるが、やるやらないならやらない』
「……へぇ、それはなんで? 堀北さんのことが好きだからとか?」
『やる意味が無いから』
「意味なら私があげるよ?」
『意義がない』
腕を組んで、そう言い切った斉木くんに私は彼を舐めていたのではないかと思い始める。
彼にとってクラスメイトはどうでも良い存在。
だから誰かがどうなろうが関係ない。
誰かを陥れたところでメリットやデメリットはない。
堀北を退学にさせたらヤラせてあげるとか言っても斉木くんは眉一つ動かさないだろう。
「ふーん……斉木くんと仲良くしておくのも悪くないかもね」
『それは助かる』
無感情でそう返してくる斉木くんの顔を改めて見る。
地味で取り柄もない顔も話してみれば、少しは悪くなく見えてくる。
私のことを下卑た目で見てこないし、まぁ理科室にある人体模型を見てるような興味の無い目で見られるのも癪ではあるけだ。
私は今しがた受け取った携帯を返す前に自分の携帯を取り出して電話帳のアプリを起動する。
「交換しておくね、連絡先」
『決定事項なんだな』
私からの提案を断ることなんて許さない。
拒否権なんて知らぬ存ぜぬで斉木くんの電話帳に自分の情報を送り、そこから過去問のデータを送信させる。
「ついでに斉木くんが私にゾッコンで無謀にも告白してきたってメッセージも作っちゃう?」
『ノリノリなところ悪いが後悔しても知らないぞ』
まぁここで下手に敵対するようなきっかけを与えるのは良くないか。
「1ヶ月に1回、私に有益な情報を与えるか……守らなかったら斉木くんが優秀な人間だってバラしちゃう。こんな感じでいいかな?」
『特に何も無い月もあるかもしれないから僕が不利すぎないか?』
「まぁその時の試験とか行事次第で情状酌量の余地は与えるよ」
というか……。
「斉木くんって思ったより喋るんだね」
『バカ言え。僕は元々結構喋る……』
意外ではあるけど不快とかではない。
滑舌はいいから聞き取りやすいし、声も出てる。
斉木くんは私から携帯を返してもらうとカバンの中に仕舞う。
「じゃあ赤点組の件もよろしくね」
『それは堀北さんか綾小路がやりそうだし、君からお願いした方が早そうだけどな』
そんな簡単に堀北が動くとは思わないけど、Aクラスを目指しているらしい堀北が何かしらのきっかけで赤点組を助ける可能性自体はなくはない。
斉木くんの言う通り、私は勉強会の席に着かせることはできる。
けど、あのレベルだと低すぎて勉強を教えることはできないし、あの3人が退学しないためには不服だけど堀北の力が必要になる。
けど、手柄は私が全部貰う。
そのためなら堀北も斉木くんも利用してみせる。
Aクラスになって、中学の奴らを見返せるような大人になってやる。
過去問のことは平田くんにだけ共有してテスト1週間前に開示することを決めて、テストの内容と範囲が合っているか確認していると、先生から聞いたテスト範囲と違うことがわかった。
過去問のことは伏せて、先生に聞くと「そうだった忘れていた。中間テストの範囲は先週の金曜日に変わったんだったな」と詫びれもなく5科目分のテスト範囲の変更部分を私と平田くんに言ってきた。
クラスもクラスなら教師も教師かと思いつつ、そのことを堀北や須藤くんたちに伝えに行こうとして、須藤くんだけ来ていないことを聞かされる。
「一体何してるの……」
池くん曰く、斉木くんと体育館に行ったと言うため、私は「オレもついて行こう。斉木が須藤にボコボコにされているかもしれない」とそれらしい理由をつけてついてきた綾小路くんと体育館へと向かった。
『頭が高いぞ、須藤』
「……クソが……お前、なんで……!」
そこで私と綾小路くんが見たのは須藤くんが得意なバスケで斉木くんにボコボコにされたのであろう姿だった。
手動でペラペラと捲るタイプのスコアボードは20-0という点数になっていた。
『これで分かっただろう。素人の僕に負ける程度の実力じゃ、プロになることはできない』
「どこが素人だ!」
『ドリブルもパスもしてないだろう』
「1on1でパスができるか!!」
須藤くんは食ってかかるけど斉木くんは物怖じせずに須藤くんへと言い放つ。
『悪いことは言わない。今後の自分のためだと思って勉強はしておけ。バカとブスは東大に行けというだろう』
「知るかンな言葉! ……クソ、約束は約束だからな……しょうがねぇ……今回だけだぞ!」
『今回だけで済むようにしてくれ』
どうやら斉木くんと須藤くんは1on1で負けたら言うことを聞くというルールで勝負をしていたらしい。
そのまま須藤くんの面倒は斉木くんが見たらしく、テストまでは恨めしい目で斉木くんを見ていた須藤くんもテストで初めて60点台を取れたことが嬉しかったのか、斉木くんに嬉しそうに報告していた。
「やったぜ相棒! ほら見ろよ! お前のおかげで62点! 初めて取ったぜこんな点数!」
『わかったから目立つようなことを言うのはやめろ』
「大丈夫だろ! 体育館裏になんて誰も来ねぇよ! すげぇぜ相棒!」
いや私来てるんだけど……。
斉木くんを追って須藤くんが出て行ったから見に来たんだけど……まぁ何事も無さそう。
斉木くんはすっごく嫌そうな顔してるけど。
「良かったな、退学者が出なくて」
なんで綾小路くんがまたついてきてるのかも分からないけど……まぁとりあえずは良かったかな。
過去問のおかげで私の手柄も増えたし。
堀北は何があったか知らないけど山内くんと池くんの退学にならないように勉強を見たわけだし。
これで1件落着かな。
こうして私と斉木くんの協力関係が始まったけど、彼のことはまだ知らない事ばかり。
もしかしたら彼は私が思っている以上にすごい男の子なのかもしれない。
それを知っているのは私だけ……と思いたいけど、そうじゃないかも。
彼が手を貸してくれるのは私だけ……でもなかったりする。
なんなのあいつと思いつつも、私の秘密を守るのなら敵対する気はない。
とりあえずは堀北を退学にさせる前に私のクラスでの立ち位置を確固たるものにしておこう。
pixivにもこれ投稿しようとして、でもそのままだと味気ないしDクラスルートにしちゃお〜と思ってたけど自ら首を締めることはないと思って踏みとどまったけど、櫛田ルートは考えていたから書いた。
屋上の鍵が開いてるのはくーちゃんが移動に使っていたから。
鍵かかってないっすよと念力で屋上側から開けて入ってた。
カメラには映らないようにしてた。
綾小路は櫛田の本性知らずに終わってますがくーちゃんの実力の一端を知って「ほ〜ん、なんかええのおるやん。あれオレの初の友達ってまじ?」って興奮してます。
なお、Dクラスだとくーちゃんは体育祭で本気出さないので高円寺が気付くことはないけど、櫛田の裏になんかいることは察してたりする。
それが地味なヘアピンメガネとは思うまい。
須藤の下りはいれるか悩んだけど、過去にDクラスこんな感じだよって書いた時に相棒落ちする話は書いた気がしたから書いた
くーちゃんがこれで退学したがってるってまじ?って思う人は1巻の池とか佐藤見てどうぞ。
結構酷い。
今回だと須藤と櫛田だったけど、今後だと平田やみーちゃんとかには手を差し伸べるかもね(他にもいそうではある)
体育祭だとこっそり堀北を助けたりする
ひよりと知り合うのは既定路線。
綾小路と仲良くなるというか親近感持たれるのは1人でいるせいなのとなんだかんだ言ってくーちゃんが拒否しないから。
綾小路側の過去に思うところもあって『まぁ少しだけな』と接してる。
くーちゃんはクラスメイトからは地味で陰キャと思われてるし、クラスのグループチャットには入れてもらってない
いじめじゃないよ?くーちゃんが入ってないからね。
良くも悪くもないためいじめの対象にもならない。
くーちゃんが櫛田に手を貸そうとしたのは人の悪性を知るもの同士とわかったから。
同情みたいなもん。
復讐と憎悪だけが生きる意味とは哀れな。って感じ。
こんなもんですかね。
櫛田が堕ちるきっかけになる話は気が向いたら書くかもしれないし書かないかもしれない。