姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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10 次への準備

『キーガ様が討ち取られたぁ!?』

『な、何かの間違いだろう! もしくは敵の情報操作だ!』

『し、然り然り! 性格も戦闘力も凶悪だったあのお方が負けるはずが……』

『情報源はキーガ様の神銃(ミストルティン)を使って放たれた敵の通信です! 少なくとも神将が専用装備を奪われる事態になったのは確かなのです!』

『『『………………』』』

 

 帝国軍遠征部隊の賢者達が集まった参謀本部は静寂に包まれた。

 

 帝国において、神将とは絶対の存在である。

 

 皇帝という神に仕える、人外の力を持った神の眷属達。

 

 遠征部隊を丸ごと相手にしても勝ちうる化け物の中の化け物。

 

 それを打倒した敵がいる。

 

 もしも今、最高戦力を欠いた本営にそんな化け物が襲来したら──

 

『落ち着けぇぇぇぇぇい!!』

『『『!?』』』

 

 腹の奥に響く大声を上げながら、誰かが会議室に入ってきた。

 

 普段なら愛嬌のある顔立ちをキリッと引き締めた中年男性。

 

『チュ、チューカン殿!?』

 

 西大陸遠征部隊筆頭参謀チューカン・カンリーショック。

 

 先日の大失態によって謹慎させられ、軍法会議による沙汰を待つばかりであるはずの敗北者。

 

『我ら帝国軍は神将におんぶに抱っこの弱兵か? 違うだろう!? 最高戦力を失おうとも、我が軍にはまだ一騎当千の将軍達がいる! 精強なる兵士達がいる! 敵に無い兵器の数々が残っている!』

『いや、その戦力を無為に失ったあなたが何を言って……』

『黙れぃ! 今はそんなことを言っている場合ではない! 使えるものを余さず使い、遠征部隊一丸となってこの未曾有の危機に立ち向かうべき時だろうッッ!』

 

 筆頭参謀の狙いは明白だった。

 

 このドサクサに紛れて功績を立て、それと相殺して処罰を少しでも軽くしようという魂胆だ。

 

 だが、誰もそれを指摘しなかった。

 

 神将を倒す化け物との戦いなんて誰もやりたくないし、誰もそんな戦いの責任なんて負いたくない。

 

 ゆえに、

 

『そ、その通り! よくぞ申したチューカン殿!』

『勇敢なる筆頭参謀殿のもと、我ら一丸となりましょうぞ!』

『指揮を頼みます、チューカン殿!』

 

 彼らは全力で同調し、貧乏クジを筆頭参謀に押しつけた。

 

 負けたり本国から責任を追求された時は腹を切ってもらおう。

 

 せいぜい頑張ってくれ腹切り要員。

 

 感銘を受けたような顔で気炎を上げる参謀達のお腹の中は真っ黒だった。

 

(っしゃーーー! 首の皮一枚繋がったぁーーー!)

 

 そして、筆頭参謀もまた、熱い台詞の裏で保身のことしか考えていなかった。

 

 帝国軍の命運とかぶっちゃけどうでもいい。

 

 彼的には「キーガ様、死んでくれてありがとう! おかげでワンチャンありそうです!」とまで思っている。

 

 ゲスい。

 

『ヒショーラくん! すぐに本国への通信準備! 余計なことは言わずに端的な報告をお願いね!』

『了解しました』

 

 海を越えての通信は準備に結構な時間がかかり、なおかつ一方通行だ。

 

 一度に送れる内容も書面一枚分くらいが限界。

 

 よって、神将がやられたという大惨事の報告を優先すれば、どこかの誰かの大失態とかいう些末なことを報告する余裕は無い。

 

 下手に細かく報告したら庇ってくれない本部によって連帯責任に問われてしまう美人補佐官にその仕事を任せれば完璧。

 

『各地を攻めてる大将達を呼び戻して! ナイツ王国に再侵攻をかけるよ!』

『え!? こ、こちらから攻めるのですか!?』

『じゃあ、守りに入って守り切れるの? 守るべき地点が多すぎるし、どこもかしこも支配基盤ガッタガタの出来立てホヤホヤ植民地だよ? 戦力分散したところを端から削り倒さたら洒落にならない』

『た、確かに。しかし、向こうの停戦交渉を受け入れるという選択も……』

『無い。いくら敵に神将殺しがいるとはいえ、西大陸のド田舎王国相手に事実上の敗北宣言とか、皇帝陛下が許すと思う? ん?』

『……思いません』

 

 筆頭参謀は好戦的だった。

 

 デカい功績を立てねばと尻に火が付いているので、日和るという選択肢が無かった。

 

『次の作戦は前回以上の多点同時攻撃で行く! 一部隊が神将殺しを足止めして、その隙に他の部隊が国を蹂躙して降伏を迫る! 通信だけに頼らず、伝書鳥でも伝令でもなんでも使って連携を密に! 必ず神将殺しが網にかかってから本格的な攻勢をかけるんだ!』

 

 敵で厄介なのはヴィクトリアと、おまけしてその部下のみ。

 

 まだこちらが確認できていない隠し球がいるとしても、そう何人もはいないだろう。

 

 ならば、残りの大将四人をワンセットにしてヴィクトリアの足止めに使い、確実にヴィクトリアが彼らと戦闘を開始したのを見計らって、コッソリとナイツ王国を囲える位置に忍び寄らせた他の将軍達で他の国境砦を突破。

 

 その後は散開させて国内で暴れさせば、どう考えても守りの手が足りない……はず!

 

『神将殺しを倒す必要は無い! 奴の守りたい国の命運を握って服従を迫ればいい!』

『『『おお!』』』

 

 勝ち目がありそうな作戦に参謀達の目が輝いた。

 

 なお、前回負けた時の作戦もコンセプト自体は同じなのだが、失敗を糧にしてより洗練させてるのでセーフ。

 

『まずは大至急ナイツ王国北のノルド、東のオリエンス、西のザーパトールを落として進軍経路を確保する! 神将殺しが邪魔してきても良いように、主戦力は使い捨てのゴーレム軍団を使用! 三国の継続的支配も考慮に入れなくていい! 皆殺しにして通りやすくしろ!』

『『『了解!』』』

『守りの方は偽装作戦! 基地に籠もったところで潰される! だったら基地は囮にして、別の場所を即席の軍事拠点として使用! この本営も移動させる! 隠密重視で時間を稼げ! 攻勢部隊が展開するまで保てば良い!』

 

 筆頭参謀はまるで有能のように的確な指示を飛ばす。

 

『急げ! 時間との勝負だ! 向こうがこっちの支配領域を削り倒す前に向こうの急所を握る! 行動開始!』

『『『ハッ!』』』

 

 帝国軍が動き始める。

 

 最高戦力を失ったことで油断も余裕も慢心も消え、逆に全力を出した超大国が。

 

 ……ヴィクトリアは、最低限の可能性に賭けてでもキーガに降伏しておいた方が良かったのかもしれない。

 

 そう思ってしまうほど──ナイツ王国に勝ち目は無い。

 

 変態姫騎士がどれだけ個人として突出していようと、国家としての兵力が違い過ぎるがゆえに。

 

◆◆◆

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか、ヴィクトリアお姉様……? 見た目以上に体の中はボロボロなんですけど……」

「ああ、大丈夫だ、エンジェリーナ」

 

 露出プレイで疲労は吹っ飛んでも、さすがに怪我までは治らなかったヴィクトリアは、城が吹っ飛んで再建中のため、シルドのガラハドール家のベッドを借りていた。

 

 そして、急患大量発生で疲弊し切った宮廷魔導士第三席エンジェリーナ・ガラハドールちゃん(十歳)が、一晩眠って回復するのを待ってから治療を受けた。

 

「このくらい食べて寝ていれば治る」

 

 しかし、頼んだ治療は最低限であり、彼女は今でも包帯グルグル巻きである。

 

 これは別に痛いのが気持ち良いからとかそういう理由ではない。

 

 気持ち良いのは結果論だ。

 

「でも、凄く痛いはずなんですけど……」

「昔から痛みには強いんだ。自分でもビックリするほどな」

 

 ヴィクトリアは下手したら精神への責め苦以上に、肉体的な痛みに強い。

 

 痛ければ痛いほど、辛ければ辛いほど、彼女の身体は本能的に喜んでしまうのだ。

 

 まるで、これこそが己の生きる糧であると言うかのように。

 

 これに関しては変態とかそういうレベルの話じゃなく、何かしらの特異体質か先天的な疾患だろう。

 

 悪いことは言わないから精密検査を受けろ。

 

「それに私の治療は効率が悪いだろう? お前の魔力と体力は、お前を必要としている国境砦の者達のために温存しておいてくれ」

「……はい」

 

 しかし、ヴィクトリアは己の身体の不思議にまるで頓着せず、心配そうな幼女の頭を優しく撫でながら他者の治療を促した。

 

 相手の肉体に直接作用する魔術は難易度が高い。

 

 特に負の効果は相手の魔力耐性の影響をモロに受けるが、治癒や強化といった正の効果も決して影響を受けないわけではないのだ。

 

 要するに、ヴィクトリアの魔力耐性がカッチカチ過ぎて、エンジェリーナの王国最高の治癒魔術すら酷く効きが悪いということ。

 

 治療によって健康になればなるほど更にカッチカチになるので、無理しない範囲だと彼女に施せるのは応急処置レベルがせいぜいだ。

 

「私よりもシルドの傍にいてやれ。あいつの魔力耐性も中々のものなのだから、傷の治りは悪いだろう?」

「……はい。お父様、まだベッドの上で……」

 

 エンジェリーナの顔が曇った。

 

 彼女はシルドの実の娘だ。

 

 大切な家族が腹を串刺しにされていて、自分がその治療をしなければ助からないという悪夢のような状況だったのだから、幼い彼女の心労はどれほどの──

 

「お母様と『よるのかくとうぎ』をしてました。まだお昼なのに。安静にしててって言ったのに」

「…………そうか」

 

 なお、エンジェリーナの母にしてシルドの妻である女性は、ヴィクトリアの腹違いの姉である。

 

 王の血の罪深さを感じる。

 

 エンジェリーナも将来同類になってしまうのではと、ヴィクトリアは戦慄した。

 

 ──その時、コンコンと部屋の扉がノックされる。

 

「入れ」

「失礼いたします」

 

 入ってきたのは燕尾服を着た壮年の男。

 

 罪深い男、じゃなくて国王の専属執事を務めているベテランだ。

 

「ヴィクトリア様、お体の方はいかがでしょうか?」

「問題ない。今から神将ともう一度戦えと言われても余裕だ」

「両腕の大火傷と粉砕骨折、全身打撲、裂傷多数、電撃傷や凍傷などの特殊な傷も沢山あります。治療してそれですよ? しばらくは絶対安静です」

「二日もあれば治る。で、用件は?」

「……陛下がお呼びでございます」

 

 執事は思った以上にヤバい状態でピンピンしてるヴィクトリアの怪生物っぷりにドン引きしたが、すぐに正気を取り戻して伝言役という己の使命を全うした。

 

 さすがベテラン。

 

「ですが、絶対安静では仕方ありませんね」

「いや、行こう。わざわざ怪我人を呼びつけたということは、かなり重要な案件なのだろう?」

「……エンジェリーナ様」

「足にもヒビが入ってるんですけど……まあ、お姉様なら歩くことくらいは……」

 

 エンジェリーナの常識も大分浸蝕されていた。

 

 そんな話をしている間に、ヴィクトリアはすでにベッドから起き上がって扉に手をかけている。

 

「では行ってくる。エンジェリーナ、お前は休んで英気を養っておけ。……両親がまだ対戦中なら二人きりにしておくんだぞ」

「わかりました。私はミシェルのところにでも行っておきます」

 

 彼女は歳の近いミシェルと仲が良い。

 

 じゃれ合いでエンジェリーナがミシェルの尻を叩いている姿をよく見る。

 

 お互いに疲れているだろうし、仲良し同士の時間が癒しになってくれれば幸いだ。

 

◆◆◆

 

 ガラハドール家を出て、再建中の城を見やりながら、緊急会議の場として提供されているキャンベル家別邸へ向かう。

 

 道中に顎髭を生やした渋い男の屍が転がっていた。

 

「……お疲れのようだな、ケンチーク」

「コロシテ……コロシテ……」

 

 この生ける屍の名は宮廷魔導士第四席ケンチーク・ドーボック。

 

 復興に際して最も酷使されることがわかり切っていた土木工事の神。

 

「無理だ……無理だよ……。数日以内に城の大枠を作り終えろ、その後は国境砦に直行して可能な限り早く直せとか……。皆、俺をなんだと思ってるんだ……」

 

 神は嘆いておられた。

 

 必要以上に評価され、能力以上の仕事を求められるのはストレスだ。

 

 なまじ無理をすればそれに答えられてしまうほど優秀なせいで、我が身を削ってノルマを果たすことが常習化している。

 

「もう全部投げ出して欲望のままに生きたい……」

「とてもよくわかる」 

 

 ヴィクトリアは心から共感した。

 

 しかし、ここでケンチークに、いや宮廷魔導士の誰か一人にでも抜けられたら国が終わる。

 

 彼らは優秀過ぎて代わりがいないのだ。

 

「ご褒美にホッペにチューしてやろうか?」

「女に興味は無い。ミシェルたんにチューしてほしい」

「……そうか」

 

 こいつも中々に癖のある性癖を心の中に隠していたらしい。

 

 どうりで結婚しないわけだ。

 

「その、なんだ、頑張れよ」

 

 ヴィクトリアは応援の言葉を残してその場を去った。

 

 彼女はアブノーマルな性癖にかなりの理解があるタイプだ。

 良いんじゃないかな。可愛い男の娘しか愛せなくても。

 

(今度ミシェルに頼んで、メイド服か何かで酌でもしてもらおう)

 

 部下の心労が凄いことになりそうだが、それで土木工事の神のメンタルを回復できるなら安い。

 

 ヴィクトリアは王族として、為政者側の人間として、残酷な決断を下した。

 

 メイド服の分のボーナスは体で払ってやるから許してくれ。

 

「あ、ヴィクトリアしゃま……」

「……データか。お前も凄い顔をしているな」

 

 キャンベル家の入口で、顔を真っ青にした小柄で童顔の女性と出くわした。

 

 次席宮廷魔導士データ・ツーシーン。

 

 一見するとミシェルと同年代に見えるが、実年齢はヴィクトリアよりも結構上である。

 

 今日は席次持ちの宮廷魔導士とよくエンカウントする日だ。

 

「お前がそんな顔をしている時点で嫌な予感しかしないが、あえて聞こう。どうなった?」

「皆様にもご報告しないといけないので、その時一緒にお話しします……。一刻も早く終わらせて全て忘れて寝たい……。ヴィクトリア様、あとでそのおっぱい枕貸してください」

「それでお前が少しでも癒やされるなら喜んで」

「やったー……」

 

 とても生気の無い歓喜の声だった。

 

 凄く心配になる。

 

◆◆◆

 

「陛下。ヴィクトリア・D・M・ナイツ、及びデータ・ツーシーン、参上いたしました」

「よく来た。二人とも無事で安心したぞ」

 

 キャンベル家別邸には、既に参加者と思われる国の重鎮が勢揃いしていた。

 

 国王ガヴァリエーレ十五世に、政治の中心人物達。

 

 その中にはミシェルの兄イアニーの姿もある。

 

 軍部の頂点であるカルロスはこの家の最上階に引きこもっているので、代わりに副官であるシキトールが参加。

 

 あと、カラカラに干からびたシルドもいた。

 

 どうやら夜の格闘技を終わらせてきたらしい。

 

「揃ったな。では会議を始める。データ」

「はい。ご報告いたします。帝国から停戦交渉に対する返答がありました。向こうの結論は──完全な拒絶です」

 

 こちらがキーガを退けたのだという事実を有効活用すべく、神銃(ミストルティン)で強化して強引に距離を伸ばした通信と意思疎通の魔術で帝国軍と回線を繋ぎ、停戦交渉の通訳をさせられていた(彼女しかできる者がいなかった)データは、顔面を蒼白にしながらそう言った。

 

「『誇り高き帝国が貴様らごときに屈することは無い! 首を洗って待っていろ!』だそうです……。筆頭参謀と呼ばれていた男が凄く堂々と宣言してきました……」

「……そうか。敵には肝の据わった豪胆な指揮官がいるようだな」

 

 ガヴァリエーレ十五世は苦み切った顔で天を仰いだ。

 

「申し訳ございません。キーガを仕留めてしまった私の責任です」

「ヴィクトリア、お前を責める者など誰もいない。あの化け物を生かしたまま戦いを終わらせて交渉に持ち込めなど、そんな寝言を言う輩がいたら、儂がこの手でぶん殴る」

 

 国王の言葉に、その場の全員が全力で頷いて同意した。

 

 あれはそんな甘いことを言っていて退けられる相手ではなかった。

 

 勝っただけでも大金星だ。

 

「会議を続けよう。ヴィクトリア、帝国軍が全力で攻めてきたとして勝てるか?」

「……難しいと言わざるを得ません」

 

 ヴィクトリアが守りを捨てて特攻し、帝国基地を片っ端から潰していけば大損害を与えることはできるかもしれない。

 

 しかし、それも本国から神将複数人が応援に駆けつければ終わりだ。

 

 それまでの間に継戦困難なほどの被害を与えられれば、奴らは撤退を選ぶだろうか?

 

 いや、向こうだってバカではない。

 

 対策の一つや二つや三つや四つは打ってくる。

 

 そんな上手くいくとは思えない。

 

「そうか。やはり勝ち目は無いに等しいか。……我らだけでは」

 

 国王は覚悟を決めたように眼光を鋭くした。

 

「──大陸大同盟の話に乗ろう。オリエンス、ザーパトール、何よりメリディエースにも声をかけろ。とはいえ足並みを揃えている時間は無い。まずは大王国への親書を今すぐにしたためる。今すぐにだ」

「かしこまりました」

「やむなしですな」

 

 散々渋っていた大陸大同盟、悪名高きケルベロス大王国との共同戦線。

 

 だが、帝国の脅威をあれほどわかりやすく見せつけられれば覚悟も決まるというものだ。

 

「して、親書は誰が大王国まで?」

「当然、最も足の早い伝令に任せるしかありますまい」

 

 ナイツ王国とケルベロス大王国の間には、神銃(ミストルティン)込みのデータの通信魔術も届かないほどの距離がある。

 

 話し合うには直接足を運ぶしかない。

 

「となると……」

 

 皆の視線がヴィクトリアに向いた。

 

 もちろん、彼女に行かせようというわけではない。

 

 最高戦力が留守にしたら、新たな神将の到着を待つまでもなく国が滅ぶ。

 

「わかっている。イアニー」

「はい」

「ミシェルに行かせたい。あいつはユニコーンに乗れる」

「……それは今でも信じられないのですがね」

 

 穢れなき乙女しか背に乗せないことで有名なユニコーン(の異端児)にミシェルは騎乗できる。

 

 あれは普通の馬とはスピードもスタミナも桁違いだ。

 

 帝国が次に攻めてくる前に、数千キロの彼方にある大王国から援軍を引っ張ってくる。

 

 現状動かせる中でそんなことができるのはユニコーンだけ。

 

 ネタにしか思えないが、ミシェルがユニコーンに乗れるというのは、本当に冗談抜きで凄まじいアドバンテージなのだ。

 

「かしこまりました。弟も公爵家の教育をしっかりと受けております。真面目な子なので、必ずや任務を果たしてくれるでしょう」

「ああ、それはよく知っている。あいつは頼りになる奴だ」

 

 それでもお飾り騎士団に放り込まれた十五歳の若人に、いきなり国家の命運をかけた任務なんて命じたら胃痛じゃ済まないだろう。

 

 彼には個別のフォローが必要だ。

 

「さて、これで大枠の方針は決まった。あとは諸々詳細を詰めていくこととしよう。……ここがナイツ王国の正念場だ。諸君、奮闘してくれ」

「「「ハッ!」」」

 

 そうして会議は進み、やがては終わった。

 

 国王は親書の作成に取りかかり、他の者達もそれぞれの役目を果たすために解散する。

 

 ヴィクトリアもまた己にできることを全うすべく、とりあえず約束通りデータを胸に抱いて寝落ちさせた。

 

 彼女をお姫様抱っこで輸送しつつ──

 

「…………」

 

 最後にチラリと天井に目を向けてから、ヴィクトリアはキャンベル家を後にした。

 

◆◆◆

 

「ミシェル」

「あ! ヴィクトリア様!」

 

 データをツーシーン家のベッドに送り届けた後、ミシェルを探して合流。

 

 彼はエンジェリーナを肩車していた。

 

 そんな微笑ましい光景を生暖かい目で見守っている護衛が数人とユニコーンが一頭、近くの建物の陰に顎髭の神が一柱。

 

 ……神はもうダメかもしれない。

 

「お前、メイド服に興味は無いか?」

「……へ?」

「すまん。忘れてくれ」

 

 最優先はそっちじゃなかった。

 

「大事な話がある。エンジェリーナ、すまないが、ミシェルを貸してくれ」

「もちろんです。──しっかりやりなさい」

「あぅ!?」

 

 エンジェリーナはパッとミシェルの肩から降り、彼の尻を二、三発しばいてから護衛と共に去っていった。

 

 ……今までは年相応の特に意味の無いイタズラの類だと思っていたのだが、罪深い血を意識してしまうと色々心配になる。

 

「ミシェル、お前にやってもらいたい任務がある」

「は、はい!」

「サオヤックに乗ってケルベロス大王国へ行き、大陸大同盟への加入を願う親書を届けてほしい。そして大王国を説得し、次の戦いまでに援軍を間に合わせろ」

 

 ユニコーン・命名サオヤック。

 

 処女が大好きなのと、その情報のせいで額の一本角が男のあれに見えたため、そう名付けられた。

 

 官能小説にどっぷりとハマって『サオヤク』という概念を知ったヴィクトリアに名付けを任せたのが運の尽きだ。

 

「そ、それって……!?」

「ああ、国家の命運を左右する最重要任務だ。お前にしか頼めない」

 

 そこでヴィクトリアはチラリとユニコーンを見て。

 

「サオヤック、一応聞くが交渉官を一緒に連れて行ってくれたりは……」

「ブルルルルルル!! ヒヒヒィィィーーーーーン!!」

「……そうか」

 

 ヴィクトリアの言葉を聞いた瞬間、サオヤックは暴れた。

 

 それをやるくらいなら舌を噛み切って死ぬ! と言わんばかりの絶対的な拒絶。

 

「お前は気に入った奴以外、馬車や荷車にすら乗せないからなぁ」

 

 せっかくの超スペック騎馬なのに、王女(しかも微妙な立場の妾の子)への誕生日プレゼントで消費されるユニコーン。

 

 現在、ナイツ王国に交渉ができて、生娘で、ユニコーンの超スピードに耐えられる身体能力を持ち、この面食い馬のお眼鏡に叶う若くて可愛い女の子なんて、防衛に必要不可欠なヴィクトリアくらいしかいない。

 

「そういうわけだ。本当にやれるのがお前しかいない」

 

 女の子縛りさえ無くなればシキトールとかあのへんが該当するのに……。

 

「……難しい任務になる。奴らの悪辣さが噂通りなら、必ずこちらの弱みに付け込んで何かしら吹っ掛けてくるだろう。あえて限界まで弱らせてから、搾取同然の契約を結ぼうとしてくるかもしれない」

 

 この話を渋っていたのには相応の理由がある。

 

 遠く離れていても聞こえてくる大王国の悪評の数々。

 

 とてもではないが、背中を預けたいとは思えない者達。

 

「だが、頼れるのは奴らくらいしかいない。同盟三国程度の戦力では、いくらいても意味が無いからな」

 

 ナイツ王国は兵の数はともかく、質で言えば西大陸の中でも上の方だ。

 

 それが一部例外を除いて蹂躙されるしかなかったほどに帝国は圧倒的。

 

 数でも質でも常軌を逸している。

 

「大王国の奴らと渡り合い、説き伏せ、国が滅ぶ前に助けさせる。それしか我らの生き残る道は無い。そして、それを任せられるのはお前しかいない。……やって、くれるか?」

「ぇ、ぁ……」

 

 突然の超々々ヘビー級の任務に、十五歳のミシェルは顔を青くした。

 

「ッッ!」

 

 しかし、彼はすぐにハッとしたように自分の頬を両手で思いっきり叩き、「すぅぅー……! はぁぁー……!」と大きく深呼吸を繰り返してから、決意に満ちた男の顔でヴィクトリアを見た。

 

「やります! 皆を、ヴィクトリア様を守ります! 絶対に!」

「……そうか。ありがとう、ミシェル」

 

 そんな彼の勇姿にヴィクトリアは弟が立派になったみたいな誇らしそうな目を向け、物陰の神は尊さに涙を流した。

 

 推しが頑張っているのを見て、自分も頑張らねばと気力を奮い立せた神が仕事に戻っていく。

 

 地味にもう一つの王国の危機が去った。

 

「守ります……! ボクが必ず……!」

 

 自分に強く言い聞かせるように、ミシェルはその言葉を繰り返した。

 

 守りたい、守らなければいけない人がいる。

 

 絶対に死なせたくない人が、目の前にいるのだから

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