姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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11 エピローグ

 ミシェル・キャンベルがヴィクトリアと出会ったのは、五年前だ。

 

 母の命と引き換えに生まれてきたのに、父や兄達とは比較にならないほど凡庸で、いつも父に怒られ、叱られ、いよいよ突き放されて興味すら失われた頃だった。

 

 ちょうど十歳になり、学園入学の時期となったことで、家から逃げるように学園に居場所を求めた。

 

 そこで彼女に出会ったのだ。

 

(綺麗な人だな……)

 

 最初の印象はその程度のものだった。

 

 第三王女ヴィクトリア・D・M・ナイツ。

 

 国王がそこそこ歳を取ってからできた子供。

 

 既に王妃と側室全員が子を産み、国王は正統な王家の血統を残すという使命を十二分に果たし終え、じゃあそろそろ好きにヤらせろと、中年オヤジの性欲で平民出身の美人なメイドさんに手を出した結果産まれた末の王女。

 

 それがヴィクトリアだ。おい国王。

 

 そんな事情があったため、皆ヴィクトリアをどう扱っていいのかイマイチわからず、彼女の立場はかなり微妙で、学園では少し浮いていた。

 

 授業は真面目に受けていたし、表面上の人間関係は良好だったが、深い付き合いは殆どせず、放課後は一人でフラリと消える。

 

 消えた先で、彼女は黙々と体と剣を鍛え続けていた。

 

 ミシェルはそんなヴィクトリアを偶然目撃し、思い切って話しかけたのが交流の始まりだ。

 

「あ、あの! け、剣がお好きなんですか!?」

「いや、別に好きというほどではないな。やりたいことのために使えそうだったから始めただけだ」

「しょ、しょうなんですね!」

「……酷く緊張しているな。別に取って食いはしないし、ここには他に誰もいないのだから、そんなにかしこまる必要は無いぞ一年生」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 話しかけたら、ヴィクトリアは普通に返して気づかいまでしてくれた。

 

 アタフタするミシェルに苦笑しながらも決して邪険にすることはなく。

 

「私は放課後は大体このあたりにいる。暇ならいつでも来い」

「は、はい!」

 

 ミシェルのことを学園に居場所が無くて話し相手を求めてるボッチだと思ったのか、かなり優しく接してくれた。

 

 そうして、十歳のミシェルと十三歳のヴィクトリアの交流が始まった。

 

◆◆◆

 

「よぉ! 落ちこぼれ!」

「あぅ!?」

 

 その日、ミシェルはいきなり背中を思いっきり蹴りつけられて地面に転がった。

 

 仮にも公爵令息である彼を躊躇なく足蹴にできる者。

 

 上の学年に通っている次兄ダレルだ。

 

「相変わらずドン臭いな! キャンベル家の出涸らし!」

「う、うぅ……!」

 

 蹲るミシェルを、ダレルはいたぶるように何度も何度も踏みつける。

 

 彼は日常的にダレルに虐げられていた。

 

 今日は何か嫌なことでもあったのか、足に込められた力がいつもより強い。

 

「なんで母上が死んで、お前みたいなのが生まれてきたんだぁ? 母上の命に釣り合う価値なんか無いくせに! 謝れ! 謝れよ!」

「ご、ごめんなさ……」

「何をしている?」

「ぁ……」

「あ?」

 

 その現場に一人の少女が通りかかった。

 

 まだ十三歳だというのに随分と発育の良い美しき王女、ヴィクトリアだ。

 

「これはこれは、ヴィクトリア様。ご機嫌麗しゅう」

「私は何をしているのかと聞いているのだが?」

「兄弟のスキンシップですよ。弟は少々ドン臭いところがあるので、教育的指導というやつです」

 

 当時のダレルはヴィクトリアに対して強気だった。

 

 次代の英雄と呼ばれるほどに暴力の才能に満ち、ミシェルと違って家柄の力も存分に使える公爵令息。

 

 王女とはいえ実質的な力は何一つ持たない、顔が良いだけのお飾りにビビる必要なんて無かったのだ。

 

「そうか。だが、悪いな。今日は私がミシェルに用事がある。譲ってくれ」

「は?」

 

 ヴィクトリアはダレルを無視するようにその横を通り過ぎ、スタスタとミシェルに歩み寄る。

 

 お姫様抱っこで彼を持ち上げ、「ちょ!? おい!」とか叫んでいるダレルに耳を貸さずに歩き去った。 

 

「あ、あの、ありがとう、ございました……。助けて、くれて……」

「いいや。礼を言われるようなことではない。一度助けたくらいで何かが変わると思うほど傲慢ではないつもりだからな」

 

 引き締まった表情でそんなことを言うヴィクトリアが、もの凄くイケメンに見えた。

 

 物語のようなシチュエーションに、ミシェル少年の胸はキュンとした。

 

◆◆◆

 

「うぅ……!」

「大丈夫か? まったく、ダレルの奴め。狙うなら私だけ狙えばいいものを」

 

 その日もミシェルはダレルにイジメられ、秘密基地みたいな扱いになった最初に出会った場所でヴィクトリアに慰められていた。

 

 ミシェルが入学してから数ヶ月。

 

 何度も初めて助けた時と似たようなことが起こり、その度にヴィクトリアはミシェルを助けた。

 

 どうにかダレルのヘイトを自分のみに向けさせようと頑張っているのだが、あまり上手くいっていないのが現状だ。

 

「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

「何故謝る?」

「だ、だって、ボクのせいで、ヴィクトリア様まで……!」

 

 最近のヴィクトリアは以前にも増して孤立していた。

 

 ミシェルを助けてダレルに目をつけられたせいだ。

 

 王家の血のおかげで直接的な被害は無いが、皆ダレルを恐れて彼女から離れていった。

 

「気にするな。元々薄かった表面上の付き合いが無くなっただけだ。むしろ時間ができて都合が良い」

 

 そう言ってヴィクトリアは剣を振り始めた。

 

「見ろ。時間ができたおかげで大分上達したと思わないか?」

 

 彼女は笑ってそう言う。

 

 ……眩しかった。

 

 ヴィクトリアは強くて、美しくて、あまりにも眩しかった。

 

「ヴィクトリア様は、どうしてそんなに頑張れるんですか……?」

 

 気づけばミシェルは問いかけていた。

 

 彼女もまたミシェルと同じく、母の命と引き換えに生まれてきた子供だ。

 

 過程や詳細は全然違うが、血筋的には高貴なのに微妙な立場に置かれているという点も共通している。

 

 最初に話しかけようと思ったのも、どこか自分と重ねて見ていたからかもしれない。

 

 似た立場でも腐らずにいる人に、救いを求めたのかもしれない。

 

「お前を助けることに関しては、そうだな。ちょうど良いと思ったからだ」

「ちょうど良い……?」

「ああ。ダレルの狙いを私に移してお前が助かるなら悪くないと思った。お前は可愛い後輩だからな。こんなことで助けられるなら助けてやりたくなるだろう」

「ッ!?」

 

 助けてくれたのではなく、身代わりになろうとした。

 

 いや、確かに、ヴィクトリアの力ではイジメを止めることはできない。

 

 ミシェルを完全に救おうと思えば、それくらいの代償を覚悟する必要があるだろう。

 

(だからって、そんな簡単に自分を……!?)

 

 なお、ヴィクトリアの内心が悲壮感とは正反対なことになっていたのは言うまでもない。

 

「剣に関しては……どうしても動かずにいることができなくてな。自分でもバカなことをしていると思っているんだが」

 

 ヴィクトリアは苦笑しながらそう答える。

 

 剣を振るう腕を休めないまま。

 

「どこまで行っても私は王女だ。この努力が実を結ぶ可能性は低い。それでも頑張っておきたいんだ。いつか来るかもしれないその時に、私は精一杯やってきたのだと思えるように」

 

 いつか戦場に出て下衆にお持ち帰りされて敗北○○して快楽に溺れた雌奴隷生活がしたい。

 

 そんなえげつない欲望を少しでも正当化するために、せめて努力だけは真剣に、徹底的に、一切の妥協なく、全身全霊をかけて取り組みたい。

 

 雌奴隷に堕ちるのはあくまでも結果であって、わざとじゃないんだと、全力を尽くしてダメだったんだから仕方ないじゃないかと言い訳できるように。

 

 ……それで本当に行動を始めるのはイカレポンチの所業だが、こうでも思わないと強すぎる性欲に押し潰されてしまいそうだったのだから仕方あるまい。

 

 変態だって大変なのだ。

 

「お!」

 

 その時──ヴィクトリアの剣が立てる風切り音が変わった。

 

「見たか、ミシェル! 今のは会心の一太刀だったんじゃないか?」

 

 ヴィクトリアは嬉しそうに笑った。

 

 欲望に近づけたことを喜んでいるのではなく、純粋に上手くできたのが嬉しかった。

 

 変態だからといって、まともな感性が消えているわけではない。

 

「ヴィクトリア様……」

 

 強くて、優しくて、どこか危ういお姫様。

 

 心の奥底に隠されたものが変態性だと気づけなかったミシェルは、ヴィクトリアにそんな儚い印象を覚えた。

 

「……ボクも、頑張ります。いつか、今度はボクがあなたを助けられるように」

 

 

 ──数ヶ月後。

 

 学園の剣術の授業にて、ヴィクトリアはミシェルにとっての強さの象徴だった父カルロスを倒しかけた。

 

 ヴィクトリアの圧倒的な才覚ありきの話ではあるが、それでも頑張ろうと決意して動き出さなければ埋もれていた才能だ。

 

「頑張ろう……!」

 

 あそこまで都合良くはいかないだろうが、頑張り続ければ自分もどこかで何かが変わるかもしれない。

 

 その一心でミシェルは努力を続け、結局大体のことは人並み程度にしかできなかったが。

 

 後に足りない資質を外付けするという発想の魔銃に出会った時、色んなことを頑張ってきたおかげで、それを使いこなすための器用さと根気が養われてくれていたことを悟った。

 

 そして今──

 

「守ります……! ボクが必ず……!」

 

 誓いを果たすべき時が来た。

 

 敵は自分達だけでは勝ち目の無い『本気』の超大国。

 

 個人として圧倒的なヴィクトリアがいても、それだけではどうにもならない。

 

 自分の役目は戦力差を埋める援軍を一刻も早く連れてくること。

 

 時間は無い。

 

 癖馬のせいで他に連れていける味方もいない。

 

 正直、凄まじい重圧で吐きそうだ。

 

(それでも!)

 

 やるしかない。

 

 失って堪るか。

 父を、兄を、友を、仲間達を、何より目の前の大切な人を。

 

 ランスに殺されたダレルの亡骸を見た。

 

 戦場に転がる敵味方の亡骸を見た。

 

 少し違えば自分がそうなっていたと彼女が語るキーガの亡骸を見た。

 

(この人に、あんな終わり方はさせない!)

 

 なお、ヴィクトリアは自分の顔とエロい体つきに自信があるので、負けたら半々くらいの確率でお持ち帰りルートに入れると思っている。

 

 ミシェルの方がよっぽど真剣に深刻な気持ちで戦っていた。

 

 もうなんか、色々謝れ変態。

 

「さて、今回の任務は義務感と褒賞だけでやらせるには重すぎる。よって私からも個人的な褒美を用意するつもりだ」

「個人的な褒美、ですか……?」

「ああ。可能な範囲でお前の望むことをなんでもしてやる。前払いで一回、成功報酬で一回、計二回でどうだ?」

「…………ふぁ!?」

 

 思春期男子の脳内が一瞬でピンク色に染まった。

 

「な、なんでも……!?」

「仕事に差し障りのあること以外ならな。全財産を寄越せでも、プライベートではへりくだれでも、もちろんエロいことでも良い。避妊さえしてくれるならどんなエグいプレイでも……」

「もっと自分の体を大切にしてくださいッッッ!!!」

「す、すまん……」

 

 ミシェルは本気で怒った。

 

 褒美にかこつけて彼を自分色に染め、己の欲を満たそうとした変態の罪悪感が刺激される。

 

「決めましたよ! 褒美の内容! ヴィクトリア様は二度とそういうことしないでください!」

「いや、それは仕事に支障が出る」

「やっぱりおかしいですよウチの騎士団!?」

 

 とうとうそのツッコミが出た。

 

 染まり切った者達ばかりで口にできなかったツッコミが。

 

 王下騎士団で正気を保っているのは彼だけだ。

 

「他には無いか?」

「……それじゃあ」

 

 ミシェルは一つ思いついた。

 

 ヴィクトリアに何がなんでも叶えてほしい願いごとを。

 

「──絶対に負けないでください。ボクが帰ってくるまで、いえ帰ってきてからも。絶対に勝って、生きて、戦争が終わって平和になった世界を生きてください」

「…………………………わかった」

 

 死刑宣告。そんな言葉がヴィクトリアの脳裏を過ぎった。

 

 だが、なんでもすると言ってしまったのは自分なので、甘んじて受け入れるしかない。

 

(くそっ……! 策に溺れた……!)

 

 アホな変態は自身の軽率な言動を嘆く。

 

 やはり、気軽になんでもするとか言ってはいけないのだ。

 

「成功報酬の方も考えておけ」

「成功報酬……」

 

 その時、一番大切な約束ができて気の緩んだミシェルの脳裏に、ヴィクトリア経由で知り合った早熟な天才の言葉が蘇ってきた。

 

 ──しっかりやりなさい。

 

 エンジェリーナが尻をしばきながら言ってきた台詞。

 

 ──お姉様はヤンチャだけど、所帯を持てば少しは落ち着くでしょう。でも、あの猿どもの誰かに取られるのは絶対に嫌。あなたの方が随分マシよ。せっかくだから恋愛結婚で幸せになってもらいたいし、応援してあげるから気張りなさい。

 

 ……あの子は十歳にして世話焼きおばさんみたいなところがある。

 

 実は人生二週目とかなのかもしれない。

 

 ──日和ったら顔以外も女の子にしてやるから。

 

 ……そんな怖いお言葉まで頂戴してしまった以上、引くわけにはいかない。

 

 あれは本気の目だった。

 

 男を見せないと本気で女の子にされる。 

 

「あ、あの、その……」

 

 ミシェルは真っ赤な顔でモジモジしながら言うべき言葉を探した。

 

 その姿は完全に乙女。

 

「ボ、ボクが無事に任務をやり遂げたら……デ、デートしてください! 城下町で、お忍びで、二人きりで!」

「いいぞ。わかった」

「よしっ……!」

 

 嬉しそうにするミシェルを、ヴィクトリアは微笑ましそうに見ていた。

 

 残念ながら彼は好みのタイプの180度真逆だ。

 

 Sっ気に目覚めてくれない限り、可愛らしさと庇護欲しか感じない。

 

「約束ですよ! 約束ですからね!?」

「わかった、わかった」

 

 だが、たとえそうだとしてもミシェルは希望を持って旅立つことができ、ヴィクトリアも性癖関係なしに笑うことができた。

 

◆◆◆

 

 ──数日後。

 

「行ってこい、ミシェル!」

「留守は任せろ!」

「団長のご褒美とか羨ましいぞ!」

「帰ってきたら殺すからなぁ!」

 

 王下騎士団は全員が準備を整え、次の戦いへ向けて出発しようとしていた。

 

 ミシェルはケルベロス大王国へ。

 

 他のメンバーはエンジェリーナとケンチークを連れて国境砦へ。

 

「頑張りなさい、ミシェル」

「俺の天使……どうか無事に帰ってきてくれ……」

 

 幼女は保護者目線でユニコーンに跨るミシェルを見て、神は祈りを捧げた。

 

「ミシェル」

「ヴィクトリア様……」

 

 そして、団長であり、彼の想い人である姫騎士は。

 

「任せたぞ」

「はい!」

 

 多くを語らず、ただ一言と共に拳を突き出した。

 

 ミシェルも決意に満ちた返事をして、突き出された拳に自分の拳を合わせる。

 

 変態のくせに良いシーンだった。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「ヒヒーン!」

 

 そうして、最重要任務を任されたミシェルは出発。

 

 サオヤックはしばらく二人きりなことにテンションが上がっているのか、序盤から軽快に飛ばして、あっという間に後ろ姿が遠ざかっていった。

 

「…………」

 

 そんな背中を複雑そうな顔で見つめる大きな人影が遠くに一つ。

 

 ヴィクトリアはそちらに少しだけ意識を向けた後、すぐに残った部下達に向き直り。

 

「さて、あいつが帰ってくる前にやられたら不甲斐なさの極みだ。絶対に負けるなとも言われてしまったし、せいぜい頑張るとしよう。──行くぞ、お前達!」

「「「おおおおおおおおお!」」」

「おー!」

「過労死がなんぼのもんじゃーーー!」

 

 ──時代は戦争。

 

 海の向こうから強大な侵略者が攻め入り、それに対抗するために現地の者達は死力を尽くし、互いの屍が積み重なっていく地獄の時代。

 

 これはそんな時代を駆け抜けた、一人の変態姫騎士とその仲間達の物語。

 

 

 

 

 

 姫騎士ヴィクトリアの戦場 〜完〜

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