姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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3 敵

『え!? ドゲスティエールやられちゃったの!?』

 

 部下の美人補佐官からの報告を受け、愛嬌のある顔立ちをしたおじさんが目を見開いた。

 

 彼はテューポーン帝国西大陸遠征部隊筆頭参謀。

 

 総大将が強さだけで選ばれた化け物であり、直接戦闘以外の殆どを彼に丸投げしているので、事実上の総司令官と言える大物だ。

 

『はい。ドゲスティエール少将はナイツ王国北方砦に攻め入った結果、国境防衛軍に討ち取られたようです』

『マジかぁ……。性格はド下衆でドSのド畜生だったけど、実力だけは本物だったのに……』

 

 報告書をペラペラと捲りながら、筆頭参謀は帝国軍が誇る将軍の一角が欠けたことを嘆いた。

 

 ドゲスティエールは軍勢の指揮に長け、本人も開発されたばかりのガトリングを苦も無く使いこなす天才肌だった。

 

 それが戦死したとなれば──

 

『ちょっと、この大陸の連中を舐めてたかなぁ』

 

 兵士の装備は前時代的な剣や槍、弓矢なんかが殆どで、魔術師すらそう多くはない。

 

 単騎で戦況を変えうる英雄や上級魔術師は、一国に一人か二人程度。強国と呼ばれる国でも十人はいない。

 

 一般兵ですら全員が魔銃を装備し、将軍クラスは全員が専用装備と、強固な結界魔術の練り込まれた特殊軍服、身体能力を底上げするインナースーツで英雄級の戦力となり、その上で凶悪な兵器の数々を有する帝国とは差があり過ぎる。

 

『っていうか、何この報告書? ペラッペラなんだけど?』

『ドゲスティエール少将との通信が、魔力の乱れによって断絶してしまったようで』

『ああ、いつもの。要改良だよねアレ』

 

 まあ、国外の縁もゆかりも無い土地から通信できるだけでも凄いんだけど、と筆頭参謀はボヤき。

 

『でも、それなら敗走した連中から直に聞けば……』

『逃げている最中にノルド公国の反乱勢力に奇襲を受けたらしく、詳細を知る者は一人残らず戦死とのことです』

『だぁあああ! これだから占領統治は嫌いなんだぁ!』

 

 現在、帝国の植民地化に成功した地域において、国軍の残党やレジスタンスが活動していない国など存在しない。

 

 どこもかしこも反乱だらけだ。

 英雄級や準英雄級の襲撃でこちらの武器を奪われたりもしているので、決して無視していい戦力ではない。

 

 本国の連中としては、送られてくる資源だの美術品だの奴隷だのが手に入って満足なのだろうが、そのために働かされるこっちは堪ったもんじゃない。

 

『はぁ……。で、ドゲスティエールがやられたってことは、相手は低く見積もっても英雄上位。下手したら神将クラスか」

『英雄上位ならまだしも、神将の方々と並ぶような化け物が、この大陸にいるのでしょうか?』

『まあ、可能性は低いけどさぁ』

 

 神将。百万を越える帝国軍の頂点に君臨する者達。

 

 生まれついての次元違いの才覚に、将軍クラスと比較してなお圧倒的な超級の装備の力を加算した化け物の中の化け物。

 

 その強さは人間の領域を超越しているとしか思えないほどだ。

 さすがに、ロクな武器も無いこの大陸に、そのレベルがいるとは考えづらい。

 

『念のため、総大将閣下にご出陣を願いますか?』

『いやー、あの人は今、大王国の相手に夢中じゃん。邪魔したら殺されちゃうよ』

 

 現在交戦中の国で唯一帝国とまともに戦えている国、ケルベロス大王国。

 

 総大将殿はそんな活きの良いサンドバッグの相手を楽しんでいる。

 

 相手は人格を含めて強さ以外が一切の選考基準になっていない神将だ。

 

 邪魔なんてしたら、冗談抜きで殺されかねない。

 

『ここは素直にお望み通り、手柄を立てたがってる将軍を使おう。もちろん複数人のね。残ってる中で、五人以上集めても殺し合いが起こらない組み合わせってある?』

『その条件でしたら、ランス大将の一派が該当するかと』

『ああ、あの人まだチンタラやってたんだ。でも腕っぷしはピカ1だし、任せても大丈夫かな』

 

 大将。神将を除けば最高位の階級。

 

 ランスは短気な上に適当な性格が災いしてイマイチ手柄を立てられない男だが、それでも大将の階級を与えられるその強さは本物。

 

 部下や取り巻きにも階級以上に強い猛者が揃っているし、こういう時には頼りになる。

 

『他にも何人かに声かけておいて。目標はドゲスティエールの仇の討伐。万が一、億が一無理なら、ナイツ王国の徹底的な弱体化。滅ぼしちゃダメだよ。化け物はフリーに動ける復讐鬼にするんじゃなくて、足手纏いを作って縛らなきゃ』

 

 テューポーン帝国の次なる一手が、変態姫騎士に迫っていた。

 

◆◆◆

 

「何も心配ございませぬぞ、陛下! 我ら屈強なるナイツ王国騎士団にかかれば、帝国など恐れるに足りませぬ!」

 

 ガトリングや他の兵器の実演をして、国王達に帝国の脅威をわかってもらうためにセッティングした説明の場にて。

 

 とてもポジティブなことを言い出した筋肉ダルマに、シルドは額に青筋を浮かべた。

 

「カルロス団長。北方砦は帝国に落とされかけたのですよ? 何も心配無いというのは楽観が過ぎるのでは?」

「ふん! 予定通り我らが援軍に駆けつけておれば、どのみち圧勝に終わっておったわ!」

 

 強気なことばかり言うこの男は、ナイツ王国近衛騎士団団長にして総合騎士団長『王国の剣』カルロス・キャンベル。

 

 シルドと同じ一騎当千の英雄にして、ナイツ王国における軍部の頂点に君臨する男。

 

 階級としてはシルドよりも、ヴィクトリアよりも上だ。

 

「我が国の真骨頂は、複数の砦による国境防衛ラインの粘り強さと、国内の街道整備によって迅速に駆けつけられる中央騎士団の圧倒的戦力! 十倍の敵と複数の英雄に攻められても落ちなかった伝説を忘れたか!」

「ふむ……」

「確かに……」

 

 王国最強の片割れが放つ、声が大きくて自信満々の言葉に、国王達は納得させられそうになっていた。

 

 なまじカルロスには、信頼に足る実力も実績もある分、タチが悪い。

 

「帝国産兵器の恐ろしさはご覧になったでしょう? 火力に優れる兵器がズラリと並び、防衛に優れる兵器でそれを守り、仮に突破できても全員が魔銃を装備した精兵と英雄級の将軍が待ち構える。これがどれほどの脅威か、おわかりにならないあなたではないはずだ」

「だが、ヴィクトリア様はそれをお一人で壊滅させたのだろう? あのお方一人にできることが、ナイツ王国最高戦力たる我らにできぬとでも?」

 

 これだ。これが一番の問題点。

 

 カルロス・キャンベルは、ヴィクトリア・D・M・ナイツに結構な反発心を持っている。

 

 王家の次に高貴な家に生まれ、騎士としての凄まじい才覚を持ち、早々のことでは負けないナイツ王国の地の利の大きさに助けられ、齢四十を越えるまで挫折を知らずに育った男だ。

 

 ただでさえ傲慢なのに、唐突に才覚の化身みたいなのがポンッと出てきて追い抜かれ、思考回路が大分めんどくさいことになっている。

 

(ヴィクトリア様にできたのだから自分もできるとか子供か!)

 

 いつでも余裕のある笑顔を浮かべることに定評のあるシルドが、内心でとはいえ大声を上げてしまう程度にはアレな有り様。

 

 いっそ、こうなった原因である数年前の学園の剣術授業で完膚なきまでに負けておけば良かったのだ。

 

 彼の面子を優先して、決着がつく前に終わらせたヴィクトリアの政治的判断が裏目に出ている。

 

 おかげで「負けたわけじゃねぇから。なんか向こうはあの後もめっちゃ成長してるみたいだけど負けたわけじゃねぇから」というクソめんどくさい精神状態に……。

 

 こいつが負けていればヴィクトリアの実力も評価されて良いこと尽くめだったものを。

 

「帝国を侮ってはなりません。最終的には和平か降伏、不可能なら大陸大同盟の誘いを受けることも視野に入れる。そのくらいの警戒をしてもなお足りない。そう思わねばならない相手です」

「ぬっ!? 和平はともかく降伏!? それかあの卑劣漢どもの手を取れだと!? 貴様正気か!?」

 

 大陸大同盟。

 西大陸において最大最強の国家である『ケルベロス大王国』が各国に呼びかけている、対テューポーン帝国を目的とした同盟話。

 

 しかし、大王国は帝国が現れる前は、大陸統一のために暗躍し続け、平和な時代を脅かす潜在的な敵だった。

 

 そのやり口も相当に悪どいことで有名で、カルロスのように大王国を蛇蝎のごとく嫌う者も多い。

 

 国王ですら顔をしかめている。

 だが、

 

「王よ、ご理解ください。敵は十倍どころではなく、我らの何百倍、何千倍も巨大な化け物なのです。悠長に構えていては取り返しがつかなくなります」

「むぅ……」

 

 ガヴァリエーレ十五世は決して無能な王ではない。 

 

 賢王とまでは言えないだろうが、それでも歴代の王達になんら劣らない、一国を背負うに足る人物だ。

 だが、

 

「そなたの懸念はよくわかった。しかし、既に充分な対策は打ち出している。これ以上となると、軽々には決められん」

 

 防衛戦に限れば、建国以来三百年無敗。

 そんなナイツ王国の伝説が、王の目を曇らせている。

 

 どれだけ帝国の恐ろしさを聞いても、自分達ならば抗えると思ってしまっている。

 

 少し前までのヴィクトリアのように。

 

「……かしこまりました。無理を言って申し訳ございません」

 これ以上粘っても無駄だと判断し、シルドは一旦引くことを選んだ。

 

 これは痛い目を見なければわからないパターンだ。

 

 その痛い目が致命傷にならないことを祈るばかりである。

 

◆◆◆

 

「もっと速く走れ! そんな鈍足では我が愛馬の餌食だぞ!」

「無茶言うなぁああああ!」

「普通の人間は最高位の騎馬より早く走れねぇんだよぉおおおお!」

 

 額から一本の角が生えている純白の巨馬が荒ぶりながら、王下騎士団の野郎どもを追いかけ回して跳ね飛ばしていく。

 

 十五歳の誕生日に王女ヴィクトリアに送られた魔物、ユニコーンだ。

 

 穢れなき乙女しか背に乗せないことで有名だが、その俊足は普通の馬の数倍の速度を叩き出し、突進で英雄をよろめかせるほどのパワーを持つ。

 

 乗りこなせれば最高の相棒となるだろう。

 

「ヒヒーーーン!」

「お飾り騎士団に騎馬なんて金のかかるものは支給されない! ならどうする! 自分の足で馬より早く走れるようになる! これしかあるまい!」

「「「あんたと一緒にすんなぁあああああ!」」」

 

 なお、ヴィクトリアはせっかくのユニコーンに乗らない。

 自分で走った方が遥かに速いから。

 

 一応は穢れなき……穢れなき……体の方はまだ穢れていない乙女だというのに、ユニコーン涙目である。

 

「ヒヒーーーン!」

「ひぃぃぃぃ!?」

「あ、ミシェルの方に行った!」

「チャンスだ! 今のうちに逃げろ!」

 

 騎士団で一番華奢で貧弱なミシェルを全員が見捨て、逆方向に全力で逃走。

 

 ミシェルも頑張って走り続けたが、とうとう疲労が限界に達して、足をもつれさせて倒れる。

 

「ブルルルル」

「こ、来ないで……! やぁああああ!?」

 

 ユニコーンは倒れたミシェルに鼻息荒く近寄り、思いっきり顔を舐め始めた。

 

 上にのしかかって逃げられないようにする徹底っぷり。

 

 ミシェルたん美味しいですという心の声が聞こえてくるかのようだ。

 

 その絵面は、どう見ても──

 

(ちょっと羨ましい)

 

 それを見て、体はともかく頭の中は穢れしかない変態飼い主が物欲しそうな目をしていた。

 

 このユニコーンはヴィクトリアよりもミシェルに懐いている。

 

 男なんて全員ひき肉にしてやるって感じで暴れるくせに、ミシェルだけは背中に乗ることすら許すのだ。

 

 彼のことが穢れなき乙女に見えているのか、それともこいつがユニコーン界の異端児なのか。

 

「アッハッハッハッハッハ! これはまた面白いものを見た!」

「「!」」

 

 その時、野郎どもが逃げ出した訓練場に響き渡る、新たな男の声が。

 

 現れたのは、王下騎士団のものとは違う制服を身に纏った若い男。

 

「ダレル兄様……」

 

 キャンベル公爵家次男、ダレル・キャンベル。

 

 騎士としての才覚は父親を超えると言われる、次代の英雄候補。

 

 ミシェルを落ちこぼれ扱いして虐げた家族の一人だ。

 

「ヴィクトリア様、申し訳ございません。こんなお見苦しいものを、美しきあなたの騎士団に入れてしまって」

「ダレル」

「はい? ッ!?」

 

 ミシェルを小馬鹿にしたようにクスクスと笑い、逆にヴィクトリアには媚びるように話していたダレルは。

 

 不機嫌そうに自身を睨みつける彼女を見て、顔面からダラダラと脂汗を流した。

 

「忘れるな。今のミシェルはお前の弟である前に私の部下だ。部下を笑うのなら、団長である私に喧嘩を売っていると受け取るぞ」

「め、めめめ滅相もございません! ヴィクトリア様に喧嘩を売るなんて、そんな……!」

 

 アワアワし始めたダレルを見て、ヴィクトリアは内心で「つまらん男め」と吐き捨てる。

 

 昔は強気に切り返してマウントを取ってくる割と好みのタイプだったくせに、ヴィクトリアが力をつけるやいなや小者みたいになった。

 

 未だ地位や権力では上回っているのだから、堂々としていれば良いものを。

 

「ヴィクトリア様……!」

 

 未だユニコーンにマウントを取られているミシェルがキラキラした目で見てくる。

 

 ……あれはあれでどうかと思うが、可愛げがある分、兄よりはマシである。

 

「探したぞ。何故こんなところにいるのだ、ダレル」

「うぇ!?」

 

 そこへ更に一人追加。

 

 ダレルよりも高位の騎士服を着た筋骨隆々の大男。

 

 王国の誇る英雄の一人、カルロス・キャンベルだ。

 

「……ふん」

 

 彼は目を泳がせるダレル、不機嫌そうなヴィクトリア、ヨダレまみれのミシェルを順に見渡して、厳つい顔を苦々しそうに歪めた。

 

「戻るぞ。お前はこのような場所にいるべき人間ではない」

「このような場所とはご挨拶だな、カルロス」

「ヴィクトリア様。騎士ごっこも程々にしないと、陛下に叱られますぞ」

 

 嫌悪に染まった顔でヴィクトリアを見るカルロス。

 

 いつか陥れて雌豚○奴隷に落としてくれそうなあの感じが個人的には好きなのだが、そのせいで色々と弊害が出ているので、差し引きだとマイナスだ。

 

「では、失礼」

 

 そうして、カルロスはダレルを引きずって去っていった。

 

 ヴィクトリアには嫌悪を叩きつけ、ミシェルには一声もかけないまま。

 

「お父様……」

 

 まだ父親に情があるのか、ミシェルが悲しげな顔でそう呟く。

 

 王族が婚姻による関係性の強化を考えるほどの名家キャンベル公爵家。

 

 その先行きは中々に暗く、よりにもよって帝国が迫ってきている今これで大丈夫なのかと、ヴィクトリアはかなり真面目に心配になった。

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