姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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5 激闘

「ぬぅぅぅぅぅああああああああ!!!」

 

 筋肉を隆起させ、家宝の大剣を全力で振るい、カルロスが暴れる。

 

 共にイッチャリーを倒した精鋭達も全力でサポートする。

 

 だが、

 

「ホー、マアマアヤルナ、オッサン」

「このッッ!!」

 

 大将ランスは、その全てを余裕の表情で捌いた。

 

 槍を構えもしないまま、全ての攻撃をほんの僅かな動きで避ける。

 

 大袈裟な回避も迎撃も必要無い、その程度は止まって見えると言わんばかりに。

 

「ケド、底ノ知レタ動キダ。ヤッパリ、アンタジャネェ」

 

 ランスが槍を構えた。

 

 体を捻り、魔力の燐光を迸らせる槍を大きく振りかぶり、グルリと回転しながら、自分を取り囲む敵の全てを攻撃した。

 

『【死神の鎌槍(ランス・デスサイズ)】』

「「「!?」」」

 

 振るわれた槍から極大の衝撃波が発生する。

 

 それが──砦の一角を消し飛ばした。

 

 ランスを中心に、半径約五十メートル。

 

 その範囲内のものが消滅した。

 

 大砲も、壁も、もちろん人も。

 

「な、あっ……!?」

「生キテタカ。ヤッパ、強ェナ」

 

 唯一の例外はカルロスのみ。

 

 家宝の大剣をへし折られ、鎧を砕かれ、それでも五体満足で膝をつくだけなのは、さすが英雄。

 

「ケド、マア、コレデ終ワリダ」

「あ、ぁぁ……」

 

 今のとさっきの突撃で空いた結界の大穴を目指して、敵の大軍が突っ込んでくる。

 

 残った部分には砲撃が集中して、今にもすり潰されそうだ。

 

「嘘、だろう……!?」

 

 三百年無敗のナイツ王国を守る壁が壊れていく。

 

 帝国がちょっと本気を出しただけで、こうも簡単に、あっさりと、一瞬で。

 

「バカな……!?」

 

 崩れていく。崩れていく。崩れていく。

 

 自分を支えていた足下の全てが。

 

「バカなぁああああ!?」

 

 悲痛な声を上げながら折れた大剣を振るう。

 

 ランスは哀れなものを見る目をしながら、カルロスの衝動に付き合ってくれた。

 

 大剣を真っ向から槍で受け止める。

 

 受け流し、叩き落とし、反撃を繰り出す。

 

 刃先が霞むほどの速度で放たれる突きの連打。

 

『【雨の槍(ランス・レイン)】』

「う、ぐぅぅ……!」

 

 一撃一撃がカルロスの全力よりも遥かに重い。

 

 それでも一発や二発ならまだなんとかなるが、十、二十、三十と瞬きの間に叩き込まれ続ければ、あっという間にカルロスの対応限界を越える。

 

「がはぁ!?」

 

 簡単に押し負け、吹っ飛ばされて地面を転がった。

 

「何故、こんなことに……!?」

「世ノ中、ソンナモンダ。イルンダヨナ。ドウ足掻イテモ、勝テソウニネェ相手ッテノガ」

 

 嘲笑ではなく、同情と共感。

 

 ランスはそんな表情をしながら、倒れ伏すカルロスに向けて槍を振りかぶった。

 

「恨ムナヨ。コレガ戦争ダカラナ」

 

 槍が振り下ろされる。

 

 終わる。死ぬ。

 なんて不様。なんて惨め。

 

 敬うべき王女に反発し、あれだけ王に大口を叩き、正しいご判断の邪魔をして、最期はなんの役にも立てずに死ぬ。

 

 とんだ無能の末路。

 

「嫌、だぁ……!」

「お父様!!」

「!?」

「ア?」

 

 その時、愚将カルロスに救いの手が差し伸べられた。

 

 槍を振りかぶっていたランスに無数の中級魔術が降り注ぎ、彼はそれを避けるためにバックステップ。

 

 カルロスは紙一重の距離を通過していった大量の魔術に股がヒュンとしたが、それでも生き残った。

 

「ご無事ですか!?」

「ミ、ミシェル!?」

 

 そこには、砦の後ろから猛然と駆けるユニコーンの上に騎乗し、帝国から奪った武器を構えるミシェルの姿があった。

 

 彼が落ちこぼれと断じて突き放した息子の姿があった。

 

 その後ろから、何やら凄まじい闘志を燃え上がらせた王下騎士団の男達が続く。

 

『……ドゲスティエールのガトリング。なるほど。ようやくお出ましってわけか』

 

 この戦いに大将である自身を始め、やたら多くの戦力が投入された理由。

 

 倒された帝国将軍の武器を奪った敵がいる。

 

 つまり、こいつらの部隊が将軍殺しの実行犯である可能性が高いと見て、ランスは気を引き締めた。

 

◆◆◆

 

『ヒャッハー! 燃やせ燃やせ! 汚物は消毒だぁ!』

「うわぁあああ!?」

「お、俺達の町がぁ!?」

 

 国境砦の後方、隣国との貿易も盛んだった北方の大きな町の一つ。 

 

 それゆえに隣国に情報が残ってしまい、敵の攻撃目標の一つに認定されてしまった町にて。

 

 トサカのような髪型をした帝国兵達が、魔銃の一種である火炎放射機であらゆるものを焼いていた。

 

『芸術は炎! 見てると心が落ち着くぅ!』

『セ、セイキマツ中将! 大変です!』

『どうしたぁ!?』

『空から女の子が!』

『あぁん? バカ言え! 地海空は魔物の領域って婆ちゃんの婆ちゃんの婆ちゃんの時代から決まって……』

「成敗!」

『ほげぇえええええ!?』

『『『中将ぉ!?』』』

 

 走り幅跳びの要領で炎と建物を飛び越え、空から襲来した姫騎士にセイキマツ中将と呼ばれた男が斬られた。

 

 ついでに軍服から何かを剥ぎ取られる。

 

『ちゅ、中将が一撃!?』

『いくら不意を突かれたからって!?』

「せい!」

『『『ぎゃああああああ!?』』』

 

 強者である帝国兵達ですら目で追えない速度で剣が振るわれ、この町を襲っていた者達は一分足らずで殲滅された。

 

 どれも一撃。

 必要以上に傷を付けないスマートな倒し方。

 

「ふんッッ!」

 

 更に燃えている建物全てに大風をぶつけて鎮火。

 

 魔術ではない。というか、ヴィクトリアには魔導の素質が無いので魔術は使えない。

 

 ただ剣の腹を団扇のように振り回して発生させた風圧だ。化け物め。

 

「悪鬼どもは倒した! 余裕のある者は、そいつらの武器を回収して騎士団に届けてくれ! すまないが忙しいので私は行く!」

 

 一切足を止めず、もう既に町から遠ざかっているヴィクトリアは、町全体に聞こえるような超大声で叫びながら消え去った。

 

 風のように現れ、台風のように敵を薙ぎ倒し、火災を鎮め、一分とせずに走り去っていった救世主。

 

 あまりの急展開に、残された住民達はポカーンとするしかない。

 

「これで五百! 残り半分!」

《ヴィクトリア様! ウウマの町から帝国兵出現の緊急連絡が届きました!》

「わかった! 三分で行く!」

 

 国中の大きな町に設置されている、有事の際の緊急連絡網。

 

 それを管理する次席宮廷魔導士のアナウンスと、あとは五感と直感を頼りに、ヴィクトリアは順調に国内に入り込んだ敵兵を駆逐していった。

 

◆◆◆

 

「そいやぁ!」

「くたばりさらせぇ!」

「俺達の桃源郷のためにぃ!」

『……なんだこいつら』

 

 一方、北方砦ではランス大将VS王下騎士団の戦いが勃発し、ランスは敵の本命と思われる部隊の異質さに少し困惑していた。

 

(一人一人がウチの左官くらいには強ぇ。滅茶苦茶な精鋭部隊だが、突出してるのはいねぇな)

 

 ランスは戦いながら敵を分析する。

 

 筆頭参謀には短気で適当という評価を下されている彼だが、それは指揮官としての話であって、一戦闘員としては冷静さと大胆さを合わせ持つ強兵だ。

 

(とはいえ、普通ならその程度の連中、敵じゃねぇんだが……)

「ホァアアアア!!」

「オラオラオラオラオラオラ!!」

 

 王下騎士団が攻める。

 

 数の暴力という唯一勝っている部分を押しつけ、波状攻撃でランスに攻めかかる。

 

 一人の後ろからまた一人が斬りかかり、牽制として、あるいは死角からの本命として、常に強烈な矢が飛んでくる。

 

 だが、これはおかしい。

 

(おいおい、頭の後ろから飛んできた矢を見ずに避けやがったぞ。突出した個人を相手に近接戦闘で連携とか、言うほど簡単なことじゃねぇってのに)

 

 当然の話ではあるが、一人に対して複数人が同時に突撃すれば、陣形が密になって互いの動きを邪魔する。

 

 体の大きい魔物相手ならともかく、人間の絶対強者を相手に数で攻めるというのは、本来そこまで有効な作戦ではないのだ。

 

 やるにしてもカルロスのサポートをしていた者達のように二十人くらいに絞るか、魔術なり魔銃なり矢なり、互いを邪魔しない遠距離攻撃をメインに据えるのが基本。

 

 だが、

 

(二百人くらいが魚の群れみてぇに一糸乱れず動いてやがる。曲芸の域だなこりゃ)

 

 王下騎士団は違った。

 

 二十どころか全団員二百名が一つの生物のように動き、常に捌きづらい全方位からの多点攻撃を仕掛けてくる。

 

 陣形が密になろうと彼らの武器は決して味方に当たらず、飛来する矢は人と人の間にある針の穴のようなスペースを突いてくる。

 

(攻撃が多過ぎて大技を使う暇がねぇ。つーか……)

「ナンダヨ、ソノ目ハ」

「ウッホォオオオオオ!!」

「せい!!」

 

 そんな神業連携を可能にする彼らの絶大な集中力は、いっそ称賛に値するレベルだ。

 

 全員が賢者のように冷静に戦場を俯瞰して見ている。

 

 だが、その一方で攻め手は野獣のように苛烈で攻撃的。

 

 獣の闘争本能と賢人の理性を同居させたような、戦士としては理想的な精神状態。

 

「ドンナ鍛エ方シタラソウナルンダヨ? 教エテホシイゼ」

 

 答え、美女軍曹のあられもない姿を延々と見せられて悟りを開き、直後にムチムチ姫騎士様に、この戦いに勝ったらおっぱい揉ませてやると言われて気合いが天元突破しました。

 

 うん。言えるか。

 

『ちょっと楽しくなってきたじゃねぇか』

 

 ランスがニヤリと笑う。

 

 戦いを楽しむ武人の顔で。

 

「ケド、マア」

 

 ──俺の方が強い。

 

 そんなことを思いながら、ランスは完成度の高過ぎる連携の中に見える、ほんの僅かな隙を狙い澄まして槍を振るった。

 

『【早撃ち槍(ランス・ガンマン)】』

「ぶっ!?」

「「「兄弟!?」」」

 

 速度重視の一突きが最も腕の立つ男に炸裂。

 

 顔面貫通コース……だったのだが、見覚えのある半透明の盾を展開した左腕が直前で差し込まれ、腕一本斬り飛ばすのと引き換えに受け流された。

 

「ドゲスティエールノ部隊カラ奪ッタ携帯結界カ。ヨクモマア、コノ短期間デ扱エルヨウニ」

「兄弟の仇!」

「死ね!」

 

 一番強いのが脱落しても、敵は微塵も動揺せずに攻撃を続行。

 彼が抜けて生じた陣形の穴も、瞬きの間に塞がる。

 

(ホント、どうなってんだ? こいつら、圧倒的格上相手の戦闘に慣れ過ぎじゃね?)

 

 倒しても倒しても、今のと同じ現象が起きる。

 

 魚群を維持するだけの数が残っている限り、誰が欠けても戦闘に支障が出ない。

 

 おまけに、

 

(負傷兵の回収も上手い。あの嬢ちゃん、中々良い動きをする)

 

 ユニコーンという足のおかげで機動力に優れるミシェルが、魚群から弾き出された負傷兵を即座に回収し、大量の回復薬で治療。

 

 それで動けるくらいに回復した者は、続々と戦線に復帰してくる。

 

(ガトリングの使い方も良い。俺が離脱しようとしたら、即座に面倒な場所に撃ってくる)

 

 ランスが付き合ってられるかと強引に彼らを振り切ろうとすれば、邪魔するために通り道を弾幕で埋めてくる。

 

 その隙に他が追いついてきて振り出しに戻るだ。

 

 将軍の武器を持ってるくせに、自分が倒してやるという野心の欠片も無い、サポート特化の嫌らしい立ち回り。

 

 いっそ倒しに来てくれれば、フレンドリーファイアの

一つでも狙えるというのに。

 

(けど、武器のチョイスは間違ってるな。あの嬢ちゃんの適性を考えれば、もっと軽くて取り回しの良い銃が合ってる)

 

 恐らく、奪った中で一番強い魔銃を装備してきたのだろうが、そこだけは間違えている。

 

 だからこそ、

 

「結構アルゼ。付ケ入ル隙」

「「「ッ!?」」」

 

 離脱を狙う動きを連続で見せ、細かいフェイントを何重にも入れる。

 

 重くて取り回しの悪いガトリングではこれに追いつけず、とうとうランスが魚群に対して距離を取るのを許してしまった。

 

「アー、窮屈ダッタ」

 

 ランスが大きく槍を引いた。

 

『【豪雨の槍(ランス・ヘヴィーレイン)】』

「うぐっ!?」

「ごえっ!?」

「土手っ腹ぁ!?」

 

 カルロスに放ったものより重い高速連続突き。

 

 それが空間を飛翔し、王下騎士団を打ち据えた。

 

 何人もの男達が理想郷へ辿り着く前に天国へ旅立ってしまった。

 

「「「おおおおおお!!」」」

 

 それでもまだ向かってくる。

 

 欲望のためだけではない。

 

 なんだかんだで慕っている団長のため、彼女が来るまで意地でも保たせるという約束を果たすために。

 

「イイノカ? コノママ俺ヲ止メラレテモ、結局ハソッチノ負ケダゼ?」

 

 ランスが他の戦場を指差した。

 

 戦いながらどうにかランスを押し出し、この化け物を遠ざけた主戦場。

 

 結界が半壊し、大軍の突入と残った部分への砲撃を許してしまっている、詰みまで秒読みの状態。

 

 涙目のカルロスが必死で抵抗しているが、他の将軍級と思われる強者複数名に囲まれて討ち取られる寸前だ。

 

「へっ! 自分達の身の程ってやつを嫌ってくらい弁えてんだよ俺らは!」

「俺達にできる最大の戦果はテメェの足止めだ!」

「だから、それに命を懸ける!」

 

 王下騎士団は、官職にあぶれた貴族の次男三男が放り込まれるお飾り騎士団だ。

 

 実家が最低限のメンツを保つために、名前だけは立派で、形だけは権威のある役職を与えられた落ちこぼれども。

 

 成果なんて何も期待されていない、這い上がる機会も無い、ただ大人しく飾られているしかない空虚な人形だった。

 

 でも、

 

『はじめまして。今日から王下騎士団団長に就任したヴィクトリア・D・M・ナイツだ。よろしく頼む、我が部下達よ』

 

 学園を卒業したばかりの小娘が、見目は麗しいが妾の子ということで王が若干扱いに困っていた第三王女が来てから、全てが変わった。

 

『騎士なのだから鍛えろ! お前達にも一応は給料が出ているんだ! 民の血税をすすっているくせに、腐ってチンピラになっているのは私が許さん!』

 

 実力を見せる機会なんて無いのに剣を振らされた。

 

 やってられるかと適当に済まそうとしていたら、自分の体を餌にしてやる気を出させてきた。

 

 どうせ嘘だろうと疑えば、どういう方便を使ったのか王を説き伏せやがった。

 

 始まりは性欲と僅かに残った自己顕示欲とはいえ、仲間達と共に打倒姫騎士を目指して研鑽した時間は楽しかった。

 

 そして今──

 

「なあ、兄弟! なんも期待されてなかった俺達が、国家存亡の危機の最前線で奮闘する騎士様やってるぜ!」

 

 名前だけは立派なお飾りが、総合騎士団長を余裕で倒した化け物を止めている。

 

 これだけでも偉業。

 

 そして、

 

「あとちょっと止めれば俺らの勝ちだ! そしたら俺達は英雄だ! 勇者だ! こんなん燃えるしかねぇよなぁ!」

「「「うぉおおおおおおお!!」」」

 

 劣等感が育んだ自己顕示欲、功名心。

 

 それを満たすための力は、性欲によって鍛え上げられた。

 

 だが、それだけではない。

 

 絶望して腐っていた自分達を拾い上げ、真っ当な騎士にしてくれた上司のために。

 

 なんだかんだで慕っていて、なんだかんだで感謝している、あの変態騎士団長のために。

 

 約束したのだ。彼女が来るまで意地でも保たせると。

 

 女との約束は守らなければ!

 

「帝国の将軍様がなんぼのもんじゃあ!」

「こちとら、テメェより強ぇ化け物に毎日挑んでんだよ!」

「テメェなんざ、団長が来ればワンパンだこらぁ!」

「「「ああああああああああ!!」」」

 

 ヴィクトリアが来れば勝てる。

 

 その確信があるからこそ、迷わず最後の一滴まで絞り出せる。

 絶大な希望と信頼こそが最大のバフだ。

 

「団長、ネェ」

 

 まだ隠し球が控えていると見て間違いないと警戒しつつ、ならそれが来る前にこいつらを削っておくかと、ランスは攻め手を強めた。

 

 槍を突く。振るう。払う。

 

 王下騎士団は一人、また一人と倒れ、ある者はミシェルの素早い治療で一命を取り留めたものの戦闘不能となり、ある者は天国に旅立った。

 

 そして、

 

「ヤット、回復役ニ手ガ届ク」

「ぁ……」

「ヒヒーーーン!?」

「「「ミシェル!?」」」

 

 ユニコーンの俊足に追いつき、狙いを定める。

 

 馬ごとその平らな胸を貫く軌道。

 

 この戦場に出てきた中で一際若く、将来有望な幼子の命を奪うのは気が進まないが、それも戦場の習わしであると躊躇を捨て、神速の一撃が放たれる。

 

『【基本槍撃】』

 

 基本通りを極めたような、だからこそ最も積み上げた努力の跡が滲み出る綺麗な槍撃がミシェルに迫る。

 

 回避不能。防御不能。

 

 己の死を確信した脳髄が走馬灯を流し始め──

 

「ア?」

 

 突然、ランスの目の前からミシェルが消えた。

 

 ユニコーンも一緒に消えた。

 

 目に映るのは抉られた地面と、一直線の土煙。

 

「遅くなってすまない。最高の働きだ、お前達」

「あ、ああ……!」

 

 土煙の先に、そいつはいた。

 

 女にしては高い身長に、真っ白な肌、黄金の髪。

 

 抜群のプロポーションを覆い隠すのは、実直ながらも華美なドレスアーマー。

 

 その女は助け出したミシェルを片手で胸に抱き、もう片方の腕で白目を向いたユニコーンの手綱を握った姿で、そこにいた。

 

「ヴィクトリア様ぁ!」

「「「団長ぉ!」」」

『……なるほど。そういうことか』

 

 王下騎士団が歓声を上げる中、ヴィクトリアはランスに目を向けた。

 

 次いで、崩壊寸前の戦場を見る。

 

『さて、帝国兵。随分とやってくれたようだな』

『ッ!?』

 

 王族としての教養で身につけた北大陸語で話しかけながら、ヴィクトリアはランスに突撃。

 

 彼に容赦の無い剣撃を叩き込む。

 

『重ッ……!?』

 

 結構な名剣ではあるようだが、魔力すら感じない普通の剣。

 にも関わらず全力の自分を遥かに超える攻撃の重さにランスは驚愕し、それでもなんとか受け流して大将の意地を──

 

「フッ!」

『なっ!?』

 

 ヴィクトリアは攻撃を受け流されながら更に前に出て、剣を手放した片手でランスの胸ぐらを掴んだ。

 

 そして、大きく腰を捻り、

 

『向こうで話そう』

『!?』

 

 ぶん投げた。

 

 ランスの体が猛スピードで砦を通り越し、帝国軍の中央に着弾する。

 

 彼自身は咄嗟に展開した携帯結界と、軍服に練り込まれたより高度な結界でダメージを最小限にしたが、軌道上にいた部下達は全員ミンチだ。

 

「ハッ!」

『え……?』

『は……?』

『何、が……!?』

『ぎゃあああ!? 俺の腕がぁああ!?』

『足がねぇえええあああ!?』

『バカな……!? いつ、斬られ……!?』

 

 ランスが槍を杖代わりにして立ち上がる間に、ヴィクトリアは砦の上で暴れた。

 

 猛スピードで走り回り、今にも砦をすり潰さんとしていた大軍を撫で斬りにする。

 

 大半の者は何が起きたかもわからないまま、致命傷を負って崩れ落ちた。

 

 カルロスを仕留めかけていた英雄級の強者までもが。

 

『待たせたな』

『……ハッハッハ! デタラメだな、あんた!』

 

 一瞬で戦況をひっくり返された。

 

 砦に突入していた兵の九割がやられ、敵はそのまま帝国軍の中央へ来てランスの目の前へ。

 

 兵士達は思考が追いつかずに唖然としている。

 

 自分も大概ではあるが、そんな自分と比べても格が違うヴィクトリアのデタラメさに、ランスは笑った。

 

『あんただろ! ウチが五日もかけて遠回りするしかなかった、あの大渓谷を進軍経路に作ったの!』

『ああ。スコップで掘ったから、さすがに少々時間はかかったがな』

『アッハッハ!』

 

 前回の戦いの後、少しでも敵軍の妨害になればと思って、ヴィクトリアがせっせと掘っていた大穴。

 

 英雄なら飛び越えられるが、軍隊を率いていては無理。

 

 土魔術で埋めることもできただろうが、相応に消耗する。

 

 結果、迂回が選ばれて無事時間を稼げたようで大成功だ。

 

『いるんだよなぁ! 戦場には! どう足掻いても勝てなさそうな奴が!』

 

 ついさっき、彼自身がカルロスに言った言葉。

 

 あれは気休めとか慰めとかそういうのじゃない。

 

 ただの経験則だ。

 

『ああ、昔を思い出すぜ!』

 

 もう十年は前、戦場で目の前の女と同種の化け物と相まみえた。

 

 一人で戦況を左右するどころか、一人で万軍を蹂躙する化け物の中の化け物。

 

 英雄を超えた、突然変異の怪物。

 

『アッハッハッハッハッハッハッハッハ!』

『……何故笑う?』

 

 ヴィクトリアが訝しげな顔をして問いかける。

 

 ランスは、笑っていた。

 

 とても楽しそうに笑っていた。

 

 今の状況に全く似つかわしくない凶笑を浮かべていた。

 

『いや、すまねぇ。ちょっと昔の悔いを清算できそうで嬉しくなっちまったんだ。……なあ、嬢ちゃん。あんた、十年以上前の北大陸を知ってるか?』

『……いや、何分勉強不足でな』

 

 帝国が攻めてくる前の北大陸の情報は殆ど無い。

 

 何せ、地海空は魔物の領域。

 

 そう簡単に行き来できるものではなく、大陸間の交流はほんの僅かだった。

 

 ヴィクトリアが北大陸語を習ったのも、侵略戦争が始まってからの話だ。

 

『十年以上前の北大陸は乱世だったんだ。大小様々な国が乱立し、こっちと違ってパワーバランスは崩れっぱなしで戦乱続きだった。それを武力で平定したのがテューポーン帝国ってわけだ』

 

 ランスはいきなり歴史の授業を始めた。

 

 捕虜にできるかわからない強敵がペラペラ喋ってくれているので、もしかしたら今しか聞けない情報が飛び出してくるかとも思い、ヴィクトリアはそれに付き合う。 

 

 周りの帝国兵達は、異様極まる雰囲気に手を出せない。

 

『俺は帝国に降伏して傘下に入った口だ。当時の帝国軍が天下を取るに至った理由、三人の化け物の一人にコテンパンにされてなぁ』

 

 思い出す。

 たった一人に蹂躙される仲間達。

 

 積み上がる死体の山、絶対無敵だと思っていた主の敗北。

 それを成した──齢十にも満たない幼い少女。

 

『化け物どもが国々を叩き潰して回り、降伏させた戦力と新しい化け物を飲み込んで、帝国は大きく膨れ上がっていった。俺の国が負けたのは大陸戦争の終盤。それ以降にロクな戦いは無かった』

 

 ランスが帝国の軍門に降った頃、既に帝国は盤石。

 

 残りは消化試合で、そこから十年が経って別大陸に侵略を開始した後は、もう弱い者イジメだ。

 

『悔いたよ。なんであの時、大将首取られて降伏なんざ選んじまったのか。武人として、主に殉じて死ねば良かったんだ。おかげで十年もつまんねぇ生き方をした』

 

 主の置き土産にせがまれて手柄を求めてみたものの、戦いは弱い者イジメの連続。

 

 置き土産には主のようなカリスマが無かったこともあって、どうにもやる気が出ず、筆頭参謀には短気で適当なんて評価を下された。

 

 もう己の全盛期は残り僅かだ。

 

 このまま死に場所も無く、惨めに老いさらばえていくのかと絶望していた。

 

 だが、

 

『──テューポーン帝国軍『大将』。元ロンゴミアント王国筆頭騎士、ランス・ロッドシェル』

 

 名乗り、構える。

 

 武人として、敗色濃厚な強敵に挑む。

 

『いざ尋常に、お手合わせ願う』

『──ナイツ王国王下騎士団団長、ヴィクトリア・D・M・ナイツ。受けて立とう』

 

 ヴィクトリアも空気を読んでそれに合わせた。

 

 ランスからは下衆い欲望を欠片も感じないので、大変失礼ながらガッカリ感のおかげで煩悩に惑わされずに済む。

 

『感謝する』

 

 ランスはニヤリと笑った。

 

 ……眩しい。実に眩しい。

 

 侵略者のくせして絵に描いたような騎士しやがって。

 

 変態姫騎士は肩身が狭くて仕方が無い。

 

『お前らぁ! 逃げたい奴は今すぐ逃げろ! 俺が許可する! 死にてぇ奴だけ、俺と一緒に神将に挑もうぜ!』

『『『う、うわぁあああああああ!?』』』

『ハッハッハ。これは良い』

『この老兵も、最後に一花咲かせようかのう』

 

 ランスの声を聞いて、帝国軍の反応は真っ二つに分かれた。

 

 さっきのヴィクトリアの化け物っぷりに恐れを成した大部分が逃走。

 

 蹂躙がしたいだけで死闘がしたいわけじゃねぇんだよ! という奴らも逃走。

 

 残ったのはまことのモノノフか、勝ち目があると思っている自信家か、ランスを特に慕っている亡国時代からの部下か、それぞれの引かない理由を持つ者達のみ。

 

『一騎打ちではないのか』

『こいつは戦争だからなぁ! それにあんた相手じゃ、一騎打ちなんざ、ただの舐め腐った手加減だろ!』

 

 舐めプはしない。正真正銘の全身全霊で挑む。

 

『良いだろう。全員纏めてかかってこい』

『ああ! そのデケェ胸を借りるぜ化け物ぉ!』

 

 戦場に残った敵軍全てがヴィクトリアに襲いかかる。

 

 満身創痍の王国軍はもはや動けず、食い入るようにそれを見ていることしかできなかった。

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