姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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7 束の間の勝利

「なん、だと……!?」

 

 カルロスに任せた帝国との戦い。

 

 その被害報告を近衛騎士団副団長シキトールから聞かされ、ガヴァリエーレ十五世は椅子から転げ落ちそうになった。

 

「……儂の耳がおかしくなったのかもしれん。もう一度聞かせてくれぬか?」

「かしこまりました」

 

 無理もないと思いながら、シキトールはもう一度己の目で見た現実を語り出した。

 

「帝国軍の力は想像を絶し、敵軍最高戦力の手により早々に結界が崩壊。砦に帝国兵が殺到し、あまりの装備の質の差、将兵の力の差により陥落は時間の問題となりました」

 

 この時点でもう耳を塞ぎたい。

 

 国境の防衛についていたのは、王国最高の騎士が率いる国の最精鋭部隊である。

 

 それをして力の差があり過ぎるとか信じたくない。

 

「そんな中、駆けつけた王下騎士団が敵最高戦力を足止め。その間に敵別働隊を殲滅したヴィクトリア様が到着し、敵軍全てをお一人で圧倒。三割を討伐し、七割を捕虜といたしました」

「……わけがわからない」

「でしょうな」

 

 この目で見ていたシキトールも未だに夢でも見たのではないかと思っているのだ。

 

 伝聞ともなれば、そりゃそういう反応にもなる。

 

「何故お飾り騎士団と道楽騎士の王女がそんなに強いのだ……?」

「ヴィクトリア様に関しては才覚の突然変異としか。王下騎士団はわかりません」

 

 この言い方だとヴィクトリアより部下達の方が謎に満ちた存在に聞こえるが、まあ、性欲と劣等感と自己顕示欲と恩義が奇跡のフィージョンを起こして超戦士となった者達など理解できなくて当然か。

 

「しかし、こちらの被害も甚大。全軍の二割が戦死し、三割が未だに戦闘不能。エンジェリーナ様を派遣する予定ですが、それまでは国境砦から患者を動かすことすらままなりません」

「最精鋭部隊の半分が戦闘不能とか笑えない……」

「次代の英雄と名高かったダレル殿も戦死。それに加えてご自身も何もできずにボコボコされてしまい、カルロス団長が引きこもりました」

「……気持ちは察してやりたいが、この非常時にとも思ってしまうな」

「加えて砦の損傷も凄まじく、ケンチーク殿を派遣しても修復にどれだけかかるかわかりません。シルド殿が結界修復を始められる時期すら未定です」

「うごごごごごご……」

 

 国王はもう唸るしかない。

 

 これがシルドの進言を軽く捉えたツケか。

 

「更にヴィクトリア様が倒した別働隊ですが、どうやら魔の森を抜けて国内に入り込んでいたらしく、行軍中の王下騎士団が発見しなければ国内が焼き払われていた可能性が高いです」

「もうやめて……許して……」

「やめません。捕虜の尋問により、帝国軍の規模がわかりました。兵の数は約三百万。一人で一軍に匹敵する英雄級が五百以上。強力な兵器も恐ろしいほど量産されており、そしてこれが最も絶望的な情報なのですが、ヴィクトリア様と同格かそれ以上の化け物が最低でも十三人──」

「いやぁああああああ!?」

 

 いい年したおっさんである国王が、乱暴された乙女のような悲鳴を上げた。

 

 まあ、泣きたくもなるだろう。

 

「朗報は!? 何か朗報は無いのか!?」

「ヴィクトリア様の逆侵攻により、ノルド公国の帝国前線基地を破壊したとのことです。次の侵攻までかなりの時間を稼げるでしょう」

「よし! よくやった! ツッコミどころしか無いが、もう何も言わん!」

「更に壊滅した帝国軍から多くの武器を回収し、教官役になり得る捕虜も大量に捕えました。次の戦いでは我が軍のほぼ全員が向こうの兵器を使用できます。……壊れたら補充できませんが」

「最後の一言が不安極まりないが、とりあえずは良し!」

 

 国王のテンションが壊れた。

 

 絶望されるよりはマシなので、シキトールは何も言わずに話を続ける。

 

「捕虜とした者達ですが、上手くすれば寝返らせることができそうです。敵の指揮官が元は帝国に降伏して配下に加わった者のようで、忠誠心は皆無とのこと」

「悪くない! 悪くないぞ! 希望が出てきたな! これなら同盟三国と協力すればなんとか……」

「いえ、これらを加味しても勝ち目はありません。早急に帝国との停戦交渉に向けた会議を開くべきかと」

「…………はい」

 

 王は真っ白に燃え尽きて椅子に崩れ落ちた。

 

 しかし、気力を振り絞って仕事はする。

 

 前線に出た兵達の疲労はこんなものではないのだ。

 

 彼らの奮闘と犠牲に報いるためにも、必ずや国と民を守る条件で停戦を勝ち取ってみせる。

 

 そうして、ガヴァリエーレ十五世の戦いが始まった。

 

◆◆◆

 

「……お前達、本当によくやった。安らかに眠れ」

 

 時は少し巻き戻り、北方第一砦。

 

 戦後処理の仕事量がエグいことになるのが予想される中、なんとか開始前に少し時間をもぎ取ったヴィクトリアは、戦死した部下達の亡骸が並ぶ場所に来ていた。

 

「ほら。約束の報酬だ」

 

 彼女は一人ずつ丁寧に、彼らを胸に抱いていく。

 

 血で汚れていようとも、人としての原型を失っていようとも、一切の躊躇なく胸の中に迎え入れる。

 

 すると、亡骸の中から祈りのポーズをした半透明の彼らが出てきて、とても穏やかな顔で天に旅立っていった。

 

「……本当に霊魂が空に登っていくところは初めて見た」

「兄弟ぃ! 安らかに眠れぇ!」

「あの世で会ったら、一緒に団長を○○○しよう!」

「ダメですよ!?」

 

 下衆なことを言いながら涙を流し、空に向かって敬礼する団員達。

 

 ヴィクトリアも何も言わず、静かに祈りを捧げている。

 

 ミシェルだけが正常だった。

 

「さあ、お前達も来い」

「いえ、今回だけは遠慮しときます」

「今回の勲功一等はあいつらですから……!」

「フッ。今だけは独占させてやりますよ」

 

 男達は雰囲気に酔って格好をつけた。

 

 多分、二時間後くらいには血涙を流して後悔し始めるだろう。

 それでも見栄を張ってしまうのが男なのだ。

 

「そうか。ミシェル、お前はどうする?」

「なんでボクにだけ個別で聞くんですか!?」

「いや、そいつらと明らかにテンションが違ったから」

「ボクも大丈夫です! そういうことに興味は……興味は……」

 

 ミシェルは真っ赤な顔で俯いた。

 

 相変わらず微笑ましい反応だ。

 

(あ、そういえばミシェルだけは、既に私の胸に飛び込んでいたな)

 

 ヴィクトリアはふと戦闘直後のことを思い出した。

 

 涙と鼻水で凄いことになっていたミシェルが、小一時間ほど胸の中で大泣きしていた時のことだ。

 

 もしかすると、ミシェルは今、その時のことを思い出している可能性も……。

 

(まあ、なんでもいいか)

 

 正当な報酬を受け取ったというだけの話だ。

 

 何も恥じることは無い。

 

「さて、弔いは終わった。次は仕事の時間だ。お前達は王都に戻ってエンジェリーナとケンチークを護送して連れてこい。万が一、帝国が再び攻めてきたら死んでも時間を稼いで合図を打ち上げろ。私が必ず行く」

 

 王国最高の治癒術師である宮廷魔導士第三席と、簡単な砦なら一夜にして建ててしまう土魔術の名手である第四席。

 

 どちらも王国に数えるほどしかいない上級魔術師だ。

 

 失えば詰みと言っていい。

 

 本当なら万全を期してヴィクトリアが護衛につきたいところだが……。

 

「私は長時間国境を離れるわけにはいかない。私が抜ければ間違いなく落ちるからな」

 

 今の半壊した砦と倒れた兵達では、軍勢どころか英雄の一人すら相手にできるか怪しい。

 

 よって、ヴィクトリアが王都まで宮廷魔導士達を迎えに行くことはできない。

 

 要人を担いで移動できれば良いのだが、ヴィクトリアには風よけも衝撃吸収機能も付いていないので、騎乗した常人は耐えられないし。

 

 いや、帝国軍から奪った携帯結界があれば風よけはどうにか……結局は衝撃吸収機能の方で詰むか。

 

 だが、帝国の技術込みで試行錯誤すればいつかはどうにかできるかもしれない。

 

 あとで技術者達に相談してみようと、ヴィクトリアは心のメモに書き記した。

 

「つくづく私の体が一つなのが悔やまれる。だが、私にはお前達がいる。私の手が届かない場所を安心して任せられる者達がな。頼りにしているぞ」

「は、はい!」

「任せろ団長!」

「この救国の英雄騎士団にお任せあれだ!」

 

 ランスとの戦いを経て自信がついた様子の王下騎士団。

 

 実に頼りになる。

 

 神将とかいう、ランス曰くヴィクトリアと同格以上の化け物さえ来なければ、彼らは最低でも今回のように時間稼ぎを成功させてくれるだろう。

 

 そうすればヴィクトリアか、王都の守りについているシルドが駆けつけられる。

 

 本当はそんな僅かな時間でも持ち場を離れるのは危ないが、背に腹は代えられない。

 

 せめて襲撃してくるのがドゲスティエール個人くらいなら王下騎士団だけで狩れるのだが……。

 

(森を軍勢で抜けるには相応の準備が必要。ランスのこの言葉を信じる他無いな)

 

 そうなると、懸念はやはり神将。

 

 この大陸にも一人来ているという帝国最高戦力。

 

 ランスやドゲスティエールから聞き出したそいつの性格によると、単騎で突撃してきてもおかしくないらしい。

 

(その時は覚悟を決めるしかあるまい)

 

 やれるものならヤッてみろ。

 

 全裸土下座の準備はできている。

 

 そんな強気なんだか弱気なんだかわからない決意を固めながら、ヴィクトリアは壊れた国境砦から北の大地を睨み続けた。

 

◆◆◆

 

『なん、だと……!?』

 

 ランス大将敗北。

 

 その報告を聞いて、帝国西大陸遠征部隊筆頭参謀は椅子から転げ落ちた。

 

『ランス率いるあの大軍を一人で圧倒? 逆侵攻でノルド公国の前線基地までやられた? し、神将クラスじゃん!?』

『本当にいたんですねー』

『呑気だな、ヒショーラくん!?』

 

 一周回って落ち着いてしまった美人補佐官に、まだ一周回れていない筆頭参謀は叫んだ。

 

『セ、セイキマツは!? 彼が仕事をしてくれていれば、もう向こうに戦争する余裕は……』

『敵が前線基地に襲来した時、ランス大将とセイキマツ中将の階級章を持ってきています。完全にやられてますね』

『ああああああああああ!?』

 

 筆頭参謀は頭を抱えた。

 

 念には念を入れて仕込んだ保険まで食い破られた。

 

 想像以上にやばいやんけ。

 

『その時、見逃された兵士達が伝言を持って他の基地に辿り着きました。敵の要求は停戦だそうです』

『停戦かぁ……。僕個人としては受け入れたいけど……』

 

 神将クラスの化け物と好き好んで敵対などしたくない。

 

 しかし、こういう大きな選択の決定権を握っているのは彼ではない。

 

 あの頭の足りない化け物様だ。

 

『というか、大将中将含む大軍勢を壊滅させて、あまつさえ捕虜に取られたとか、どう考えても僕の責任凄いことになるよね……』

『なりますね。今までお世話になりました』

『僕が没落したら君の出世も終わりだよ!?』

『そろそろ寿退職したかったので、ちょうど良いですね』

『ぬわぁああああああ!?』

 

 筆頭参謀は絶望に膝をつく。

 

 いや、筆頭参謀という地位も今日で終わりか。

 

 明日にでも自分を疎んでる奴らに軍法会議にかけられて、良くて幽閉、悪くて処刑だろう。

 

 美人補佐官は……きっと上手いこと立ち回って、どこぞの権力者の玉の輿に収まるんだろうな。

 

『へ〜。ランスがやられたんだ〜』

『『!?』』

 

 その時、筆頭参謀が転げ落ちた椅子の上からそんな声が聞こえた。

 

 少女のように高い、声変わり前の少年の声。

 

 見れば、コスプレにしか見えないブカブカの軍服を着た十二歳くらいの少年が、筆頭参謀の椅子に座ってペラペラと報告書をめくっていた。

 

『キ、キーガ様!?』

 

 慌てて跪く筆頭参謀と、優雅に最敬礼を取る美人補佐官。

 

 そして、筆頭参謀は泣きそうな声で喚き立てた。

 

『この度はわたくしの多大なる失態で帝国の大切な戦力を失ってしまい、まことに、まことに申し訳ございませんでしたぁぁぁ! なんとか挽回の余地をいただければこのチューカン! 命に変えましても汚名を雪ぐ大戦果を……』

『あー、そういうのいいから。君達の出世とか責任とかどうでもいいよ』

 

 筆頭参謀は絶望した。

 希望なんて無かった。

 

『そんなことより、ヴィクトリア王女ね。綺麗な顔してるじゃん』

 

 とある兵士が決死の思いで撮影し、意地でも情報を届けるという覚悟で逃げ切って、報告書に記載されたヴィクトリアの写真。

 

 それを見て、キーガと呼ばれた少年はニヤリと口角を上げた。

 

『決めた。このお姉さんを次のペットにしよう。ノルド公国の公女様が壊れちゃったから、次のが欲しかったんだよね〜』

 

 部下の将軍からご機嫌取りのために贈られた貢ぎ物。

 

 民の代わりに我が身を捧げるとか言ってたくせに、一週間も持たずに生ゴミになってしまったお姫様を思い出し「次のはもっと頑丈だと良いな〜」と、悪辣な餓鬼は呟いた。

 

 その瞬間、遠く離れた地でヴィクトリアの背筋に電流が走る。

 イジメてもらえそうな予感!

 

『じゃ、行ってきま〜す』

 

 まるで散歩にでも出かけるような気楽な足取りでキーガは去っていった。

 

 余韻に浸る暇すら無く、次の戦いがやってくる。

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