姫騎士ヴィクトリアの戦場   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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8 神将襲来

「あ、あの、イアニー兄様……お父様は……?」

「……戻ってすぐにお部屋に籠もられ、一度も出てきていない。食事もお運びしたのだが、食べていらっしゃらないようだ」

「そう、ですか……」

 

 ナイツ王国王都、キャンベル公爵家別邸。

 

 王都から宮廷魔導士二人を護送するという任務を受けたミシェルは、まずは王都に行くついでに動ける負傷兵達を護送するという任務を完了し、万全を期すということで与えられた休息の時間で家に戻っていた。

 

 迎えてくれたのはキャンベル公爵家長男、イアニー・キャンベル。

 

 家族で唯一、昔からミシェルに優しい大好きな兄が、凄く困った顔で現在の父の様子を教えてくれた。

 

「お父様……」

 

 動ける負傷兵の括りに入れられて一緒に護送した父、総合騎士団長カルロス・キャンベル。

 

 護送時に見た彼は魂が抜けたようだった。

 

 最も可愛がっていた息子ダレルを失い、自分は帝国軍相手にボッコボコにされ、必死に目を逸らしていたヴィクトリアとの差を見せつけられ……。

 

 どれだけの心痛を感じているのか想像もできない。

 

 しかも、これはカルロスにとって人生で初めての大きな大きな挫折。

 

 下手したらこのまま立ち直れずに廃人コースかもしれない。

 

「お前は優しいな、ミシェル。父上はお前を酷くぞんざいに扱ったというのに」

「……お父様は、ボクの憧れでしたから」

 

 慰めるように頭を擦りつけてくるユニコーンを撫でながら、ミシェルは過去を思う。

 

 物心ついたばかりの頃は、さすがに父も優しかった。

 

 そして、誰よりも偉大で誰よりも強い、自慢で憧れの父だった。

 

 自分もそうありたいと願い、しかし、まるで上手くできずに落ちこぼれてから家族の仲はこじれていったが……。

 

「兄様、お父様をお願いします」

「ああ、わかっている。お前はお前の務めを果たせ」

「はい!」

 

 イアニーは武芸がカラッキシだ。

 

 だからこそ、公爵家当主としてより騎士としての己を誇っていたカルロスは、騎士としての才覚にあふれていたダレルの方を可愛がり、あまり構われない者同士ということでミシェルとイアニーは仲良くなった。

 

 ヴィクトリアやシルドとも縁の深い彼はわかっている。

 

 今が国家存亡の危機で、それをどうにかできるかもしれないのは自分ではなく、この可愛らしい弟であると。

 

 ゆえにこそ、己は己にできることを全うし、弟を始めとした戦う者達の背中を全力で支えようと決めていた。

 

 父親に爪の垢を煎じて飲ませたい。

 

「じゃあ、行ってきま……」

 

 頼りになる兄に家と父を任せ、敬愛する騎士団長に託された任務に戻ろうとしたミシェル。

 

 その時──異変は起こった。

 

《全戦闘員に通達! 空から敵襲来! 迎撃せよ!》

「!?」

 

 国内の通信を一手に担う次席宮廷魔導士の声……ではない。

 筆頭宮廷魔導士シルド・ガラハドールの声。

 

 彼も一応エリア限定で通信の真似事ができると聞いていたが、同時に聞かされた話がある。

 

 シルドがこれをやる時は──本物の緊急事態。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に上を見上げれば、空の彼方から巨大な何かが王都目掛けて落下してきていた。

 

 竜だ。

 帝国軍に飼われていたのとは違う、英雄の敵と呼ばれるような野生の強獣。

 

「━━━━━━━━━!!」

「!?」

 

 竜が口を開いた。

 

 代名詞である竜の息吹(ブレス)の強大な魔力が口の中に渦巻き、発射される。

 

「【王都結界】起動!」

「━━━!?」

 

 しかし、それは突然王都全域を包み込んだ結界によって防がれる。

 

 シルドが事前に王都に施していた、国境砦を守っているのと同じ守護結界。

 

 だが、国境砦の結界は帝国軍に破られた。

 

 絶対無敵の防壁ではない。

 

「……え?」

 

 その時、ミシェルは見た。

 

 落下してくる竜の頭上に──ブカブカの軍服を着た、自分よりも幼い少年が乗っているのを。

 

『【神銃(ミストルティン)】』

 

 少年が腰から何かを引き抜く。

 

 魔銃だ。

 

 随分と小さい、片手で扱えるサイズの魔銃。

 

 それがあっという間に変形し、瞬きの間に巨大な大砲と化して、少年の右腕と一体化した。

 

『【神炎砲(イフリート)】!』

 

 大砲が獄炎を放つ。

 

 竜の息吹すら比較にならない炎が──結界を焼き切って王城に落ちた。

 

「【五重・消炎結界】!!」

 

 シルドが咄嗟に張った新たな結界が抑え込むが、抑え込み切れず、城の一部が一瞬にして焼失。

 

 百人は今ので死んだだろう。

 

 爆心地は死体すら残らず、少し離れた場所では黒焦げになって。

 

『あれ? 随分ショボいことになったなぁ』

「ひっ!?」

 

 こじ開けられた結界の穴を通り、焼失した区画に絶望が降り立つ。

 

 運良く、あるいは運悪く即死を避けて生き残ってしまった者達が、絶対の死を前に腰を抜かした。

 

『まあ、いいや。ヴィクトリア王女〜! あ〜そ〜ぼ〜!』

「━━━━━!!」

「ひぃぃぃぃぃ!?」

「いやぁあああ!?」

 

 少年の声に反応して竜が再び息吹のチャージを開始し、動ける者は悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 動けぬ者は声すら上げられず、ガタガタと震えながら硬直するしかない。

 

 小さな悪鬼はそれを楽しそうに眺め──

 

「カッ……!?」

『ん?』

 

 異変に気づいた。

 

 竜が突然苦しみ出す。

 

 息吹が霧散し、口から泡を拭き、目から血を流して──崩れ落ちた。

 

 ビクビクと痙攣する巨竜に、既に命は無い。

 

 殺された。

 

 英雄の敵と呼ばれる化け物が、ロクな抵抗もできずに。

 

『「へ〜! 頭の中を指定して攻性結界を使ったんだ〜! 竜の魔力耐性をぶち抜いて器用なことするね! 凄い凄い!」』

「……お褒めに預かり光栄ですね」

 

 パチパチと無邪気に手を叩く少年の前に一人の男が歩み出た。

 

 ナイツ王国筆頭宮廷魔導士。王国最強の男。

 

「シルド様ぁ!」

「早くお逃げなさい。動けるようにしておきましたから」

「「「は、はいぃぃ!」」」

 

 逃げ遅れていた者達が一斉に走り去る。

 

 動けなかったはずの者達が、限界を越えて逃走のための力を引き出されて逃げる。

 

 そのためにシルドが使った魔術を、少年は興味深そうに観察していた。

 

『「君、本当に器用だね。結界魔術だけでそんなに色々できる人、中々いないよ」』

 

 ……言語は違うのに向こうの言っていることがわかる。

 

 通信の魔術の応用発展技、意思疎通の魔術だ。

 

 かなり難易度の高い魔術をサラッと使ってくれる。

 

「何分、これだけが取り柄なもので」

 

 シルドは謙遜したように笑いながら会話に付き合う。

 

 一秒でも無駄に時間が過ぎてくれるのは願ったりだ。

 

 既に次席宮廷魔導士がヴィクトリアに救援要請を飛ばした。

 

 一時間も耐えれば駆けつけてくれる。

 

(とはいえ……!)

 

 これを相手に一時間も耐えられるのか、耐えられたとしてヴィクトリアがこれに勝てるのか、自信が持てない。

 

 王都周辺に事前に張り巡らせている感知結界が、この少年の底知れない強さをシルドに伝えている。

 

 ヴィクトリアに感じたのと同じ、全く底を見通せない、シルドの観測上限を余裕でぶっちぎる化け物。

 

(……これは十中八九死にましたね。もしそうなったら申し訳ございません、エスメラルダ様)

 

 心の底から惚れている王女に心の中で謝罪し、それでも彼女の尊厳ある未来のために、シルドは最後まで全力で抗うことを決めた。

 

『「あ、そうだった! 僕、ヴィクトリア王女に用があって来たんだけど、なんか出てこないんだよね。君、何か知らない?」』

「ヴィクトリア様なら国境砦からこちらに向かっておられますよ。しばらくお待ちいただければいらっしゃると思います」

『「あー、なるほど。考えてみればそっか。王女様ならお城にいるって安易に考えてた」』

 

 『「いやー、失敗失敗」』と言って少年は笑った。

 

 国の中枢に単騎で突貫して百人ほど焼き殺した者とは思えない、普通の子供のような態度。

 

(実に不気味)

 

 ヴィクトリアに用があるというのなら、どうかヴィクトリアの方に行ってくれ。

 

 そうしたら王都から引き離せるし、挟み撃ちにできるし、背中から奇襲できるしで良いこと尽くめなのに。

 

「ところで、ヴィクトリア様にはどんな御用で?」

『「僕のペットにしてあげようと思って! 僕ね、偉かったり強かったりする綺麗な女の人を飼うのが好きなんだー!」』

「それはそれは」

 

 反吐が出る趣味だ。

 

 この餓鬼の食指がヴィクトリアに向いているからギリギリ冷静でいられるが、他の王族に向いていたら危なか──

 

『「あ、そうだ! ヴィクトリア王女が第三王女ってことは、この国にはあと二人は王女様がいるんだよね? ついでだから残りも捕まえて、姉妹でお互いをグッチャグチャにさせるのも面白そ……」』

「──あぁ?」

 

 ドスの効いた声が出た。

 

 時間稼ぎのために必死に抑えていた殺気が噴き出し、それを見た少年がニンマリと笑う。

 

『「アハッ♪ イイ顔になったね!」』

「……しまった」

 

 少年が魔銃を構える。

 

 会話による時間稼ぎはここまでのようだ。

 

 だが、最低限の時間は稼げた。

 

「【五重・減魔結界】! 【五重・強化結界】! 【五重・守護結界】!」

 

 周辺一帯に結界を発動。

 

 結界魔術とは、指定した範囲内に術者の望むルールを設定する魔術だ。

 

 先ほどの竜は頭の中の一部に「血と魔力を遮断する」という効果の結界を張り、脳を破壊した上で潤沢な魔力による回復を阻害して仕留めた。

 

 とはいえ、結界魔術に限らず相手の肉体に直接作用する魔術は難易度が高く、特に負の効果は相手の魔力耐性にモロに影響を受ける。

 

 竜より遥かに強大な魔力を持ち、なおかつ超高性能の守護結界で全身を固めているこのガキには通じない。

 

(ゆえに!)

 

 今回の対象はガキではない。

 

 減魔結界はガキそのものではなく、ガキから放たれる魔術を弱める結界。

 

 そして、残り二つはシルド自身を含むこの場に集結した味方全員に対する、己にできる最大限の強化だ。

 

「「「おらぁあああ!!」」」

 

 物陰に隠れていた王下騎士団の男達が一斉に飛び出し、ガキに襲いかかる。

 

 その動きはいつもより数段強化され、一人一人が英雄の領域に片足を突っ込んでいた。

 

 帝国軍の基準で言えば全員が少将〜准将クラスといったところだろう。

 

 当人達の自力の高さと、シルドという大魔術師による強化の相乗効果だ。

 

「えい!」

 

 最初に敵に命中したのは、大ジャンプしたユニコーンの上から放たれたミシェルのガトリング。

 

 本人だけでなく武器の性能まで強化され、さっきの竜をひき肉にできるほどの魔術の雨が降り注ぐ。

 

『「アハハ! いいね!」』

 

 だが、少年はそれを避けもしない。

 

 シルドと同じ結界魔術を使って全ての攻撃を遮断する。

 

 減魔結界で多少なり弱体化しているはずなのに、ミシェルのガトリングも、その後に続いた王下騎士団の攻撃も、まるで通じない。

 

「か、硬ぇ……!?」

 

 今の彼らが持っているのは、帝国から奪った魔道具の武器だ。

 

 シンプルで扱いが簡単なものとはいえ、将校と呼ばれる上級兵に支給される装備。

 

 英雄級に強化された身体能力でそれを振るって攻撃したのに、このガキには一切効かない。

 

『「ヴィクトリア王女が来るまでの前座も少しは楽しめそうだ!」』

 

 そうして、ヴィクトリア抜きの状態で、絶望的な化け物との戦いが始まった。

 

◆◆◆

 

『確か、キーガといったな』

『ああ。この大陸に来てる帝国最高戦力『神将』の一人の名前だな。ドゲスティエールあたりから聞いたか?』

 

 次席宮廷魔導士から緊急通信を貰い、全力疾走で王都に向かいながら、ヴィクトリアは捕虜にしたランスが情報を吐いた時のことを思い出していた。

 

『そいつの詳細情報を教えてくれ。言っておくが、他の筋からも情報を得ている。これは擦り合せというやつだ』

『別に嘘なんざ言わねぇよ。俺はガキが嫌いで、その中でもあのクソガキは特に嫌いだからなぁ』

 

 本当に心底不快そうな顔をして、ランスはキーガの情報を口にした。

 

『奴は『魔導の神童』って呼ばれてる。人間の領域を軽く超えた膨大な魔力を持ってて、あらゆる魔術をセンス一つで自由自在に操る。あらゆる魔術をだ。基本の属性魔術はもちろん、治癒、強化、呪縛、結界、封印、従属、果てはレア中のレアの空間魔術までな』

 

 もっとも、本家本元の神将クラスに比べれば大分劣るらしいが。

 

 ランスはケラケラ笑ってそう言ったが、こっちとしては全く笑える話ではない。

 

 万能というのは立派に凶悪な武器だ。

 

『加えて神将は持ってる武器まで次元違いだ。俺の武器がオモチャに見えるレベルでな』

『……あれがオモチャか』

 

 王下騎士団で一番強い奴に持たせたらカルロスを倒せそうだった、一刻も早く誰か扱いをマスターしてくれとヴィクトリアが切望しているあの槍がオモチャ。

 

 さすが帝国クオリティー。ぶっ飛んでいる。

 

『軍服に編み込まれた守護結界とか身体強化のインナースーツとかの基本装備も質が違ぇが、特筆すべきは神将専用装備の【神銃(ミストルティン)】だな。持ち主の意思一つで自由自在に形を変える魔銃。奴の扱う膨大な量の魔術全てに対応して適切に強化し、とんでもない強化率を叩き出す』

 

 魔銃には二種類ある。

 

 ドゲスティエールから奪ってミシェルに与えたガトリングのような、魔導の素養が無い者でも、銃にあらかじめ設定された魔術を使えるようになるタイプ。

 

 もう一つは持ち主の扱う魔術を凄まじい倍率で強化するタイプ。要するに一般的な魔術の杖の超強化版。

 

 神銃(ミストルティン))とやらは分類的には後者ということだろう。

 

『で、性格の方は最悪。餓鬼の悪い意味での無邪気さを煮詰めたような感じだ。好奇心の赴くままに何でもやる』

 

 普通の子供が虫を解体して遊ぶように人間を壊して遊び、犬に芸を仕込む感覚で尊厳を踏みにじり、悲鳴を上げるのを見て愉しむ。

 

 最近は高貴な女の監禁調教にハマっているらしい。

 

 あんたも気をつけろよと冗談混じりに言われたが──

 

(え? なんだその理想的なショタガキは?)

 

 色々なしがらみが無かったら、首輪と鎖を持参して飼ってくださいと言っていたかもしれない。

 

 尊厳破壊は大歓迎だ。

 

 大切な者達の前でアヘ顔ダブルピースとか決めてみたい。

 

(まあ、しがらみがある以上は最後の最後の最後まで全力で抗うが)

 

 己の欲を優先して大切な者達を見捨てるような選択をしたら、それはもう救いようの無いクズだろう。

 

 己だけでなく、ミシェルも、部下達も、父も、兄も、姉も、シルドも、宮廷魔導士達も、騎士団も、貴族も、民草も、全てを道連れにしてしまうのだから。

 

 欲を出していいのは己の身一つで全てを収められる時か、全てが詰んでどうしようもなくなった時だけだ。

 

『……これが一番重要な質問だ。そのキーガと私、どちらが強い?』

 

 そう聞いた時、ランスは顔を盛大に歪めて。

 

『素の実力ならあんただろうな。あんたの化け物っぷりは神将クラスの中でも上位だろうぜ』

 

 『だが』とランスは続け。

 

『装備込みの単純な能力値の比較なら、多分あのクソガキの方が上だ。悲しいことに、人格の気高さと戦闘力は比例しねぇのさ』

 

 いや、それはヴィクトリア自身が誰よりもわかっている。

 

 戦闘力が人格の気高さに比例するのなら、自分は虫以下だっただろう。

 

「私より上か……」

 

 意識を現在に戻し、ヴィクトリアはそう呟く。

 

 次席宮廷魔導士の慌てふためいた通信を聞くに、王都に襲来したのはまず間違いなく神将クラス、十中八九ご主人様、じゃなくてキーガだ。

 

 シルドと部下達が揃ったタイミングで来てくれたのは本当に不幸中の幸いだが、それでも自分が駆けつけるまでの一時間を耐えられるかどうかは……。

 

「……無事でいてくれ」

 

 己の中で蠢くドス黒い願望をねじ伏せ、ヴィクトリアは心から仲間達の無事を祈った。

 

◆◆◆

 

「「「おおおおおお!!」」」

 

 相手を舐め腐って棒立ちのキーガに王下騎士団が攻めかかる。

 しかし、球状にキーガを覆う『外側からの攻撃を防ぐ』というルールの設定された守護結界に全てが弾かれる。

 

「どっせぇぇい!」

 

 それでも王下騎士団の闘志は欠片も衰えない。

 

 絶対勝てなさそうな化け物の相手なんて毎日しているし、そもそも勝つ必要も無い。

 

 時間を稼げればそれで良い。

 

「食らえや!」

 

 剣士や槍使いではかすり傷すら付けられなかった結界に、重量級の武器である斧を構えた男が得物を叩きつける。

 

 無論、その程度の誤差で破れる代物ではなかったが──

 

「合わせろ!」

「おうよ!」

「死にさらせぇ!」

 

 叩きつけられた斧を押し込むように、斧の上に戦鎚の一撃が叩き込まれる。

 

 その戦鎚の上から更に戦鎚。

 

 釘打ちのような連続攻撃が、キーガの結界に僅かな亀裂を入れた。

 

『「おお! 凄いね! 弱者の知恵ってやつだ!」』

 

 それを見てもキーガはまるで危機感など抱いた様子は無く、神銃(ミストルティン)を腰のホルスターに戻してパチパチと手を叩く。

 

『「じゃあ、お返しだ!」』

 

 キーガが人差し指を空に向けた。

 

 虚空に華美な装飾の施された巨大な戦斧が出現する。

 

「「「!?」」」

『「【戦斧作成(クリエイト・アックス)】」』

「【五重・物理結界】!!」

 

 巨大戦斧が振り下ろされ、盾のような形をしたシルドの結界がそれを受け止める。

 

 狙われた本人達も帝国軍から奪った携帯結界を起動。

 

 最初に強化結界と共に全員の体表に展開された守護結界を含め何重にも重ねられた結界が──砕かれた。

 

「「「ぐはぁ!?」」」

「兄弟!?」

「生きてるか!?」

「な、なんとか……」

「くっそぉ……! 痛ぇ……!」

 

 それでも死者はゼロ。

 

 結界が相応に威力を削ってくれたおかげだ。

 

『「いいねいいね! 歯応えがある人は大好きだ!」』

 

 キーガは指揮者のように両手の指を振る。

 

『「【人形作成(クリエイト・ゴーレム)】【武器作成(クリエイト・ウェポン)】」』

「「「!」」」

 

 巨大戦斧と同じように、何も無いところから今度はゴーレムの大軍が生み出される。

 

 どう見ても通常のゴーレムと違う、メタリックな素材で作られた甲冑人形。

 

 数は王下騎士団とピッタリ同数。持っている武装の種類まで同じ。

 

 ユニコーンとガトリングまで再現されていた。

 

『「せっかくだから同じ力で相手してあげるよ! チェスみたいで楽しいね!」』

「「「舐めやがってぇぇえええ!!」」」

 

 王下騎士団が再び突っ込み、ゴーレム達が迎撃する。

 

 キーガが再び指を振り。

 

『「【五重・減魔結界】【五重・強化結界】【五重・守護結界】」』

「ッ!? 化け物め……!」

 

 自分と同じ魔術を使うキーガにシルドが毒づく。

 

 結界魔術はその万能性の代わりに、習得難易度も使用難易度も凄まじく高い。

 

 結界魔術一本に絞って人生を懸けて研鑽して、ようやく今の境地に至ったのがシルドだ。

 

 それをあんな簡単に真似されたのでは堪ったものじゃない。

 

「うぉ!?」

「こ、こいつら……!?」

「嘘だろ!? ゴーレムごときが……!?」

 

 結界魔術による強化を受けたゴーレム達と、向こうの減魔結界で強化率が落ちてしまった王下騎士団の力は──全くの互角。

 

 こちらの減魔結界による弱体化を含めても、全ての人形が准将〜大佐クラス。

 

 専用装備すら使わずに、ランス軍の総力を超える軍勢をポンと出した。

 

「これが神将……!」

 

 正しく次元違い。まさに人外。

 

 ヴィクトリアとはタイプの違う理不尽。

 

 それでも!

 

「らぁああああ!」

「調子乗んなゴーレム風情がぁ!」

「人間様の力を見せてやらぁ!」

『「む……!」』

 

 自分達と同等のスペックを持つゴーレム軍を相手に、王下騎士団は明確に優勢と言えるほど敵を押し込んだ。

 

 個々の技量と連携で勝っているのだ。

 

 キーガは魔導の神童だが、武術や戦術に関してはそうでもないようで、ゴーレム達が使うのは素人戦法。

 

 そんなんじゃヴィクトリアどころかランスにも遠く及ばない!

 

『「あちゃー、失敗失敗。そうだよね。本職相手なんだからハンデが必要だった」』

 

 テヘペロって感じの顔をしながら『「ちょっとこの大陸を舐め過ぎてたー」』と呟くキーガ。

 

 そして、彼はホルスターに戻していた神銃(ミストルティン)を再度引き抜いた。

 

 小さな魔銃が変形し、球体に無数の銃口がくっついたウニのような形に変わる。

 

 もはや銃としての原型が無い

 

『「【十重・減魔結界】【十重・強化結界】【十重・守護結界】」』

「はぁああああああ!?」

 

 球体の銃口から光の筋が伸び、それが薄く張り巡らされて結界を生成。

 

 その性能はさっきの結界の二倍。

 

 レベルが違い過ぎる減魔結界によってこちらの結界がかき消されてしまったため、実際に開いた差はそれ以上だ。

 

 人生を懸けた研鑽より遥かに優れた代物を子供にお出しされて、シルドが絶叫を上げた。

 

『「お待たせ! それじゃあ、試合再開だ!」』

「速っ!?」

「重っ!?」

 

 弱体化から解放され、更なる強化を得た人形達の強さは、スペックだけなら中将〜少将クラス。

 

 中将クラスは西大陸なら大英雄と呼ばれるレベルだ。

 

 複数の大英雄と、大量の王国最高の騎士(カルロス)が一度に襲ってくるようなもの。

 

 相変わらず技量は伴っていないが、強化を失った状態で相手にできるレベルじゃない!

 

「くっそ……! こいつら全部合体してくれた方がまだマシだぜ……!」

 

 王下騎士団の誰かがボヤく。

 

 彼らが三年間毎日のように繰り返してきたのは、絶対強者を集団で袋叩きにする訓練(?)だ。

 

 ヴィクトリアによって魔物の巣や盗賊のアジトに放り込まれたことはあったが、さすがにこれだけの数と質を両立している相手は初めて。

 

 敵の苦手な戦法を選んで使えるというのが万能型の強みの一つだ。

 

 キーガにそんな気は全く無いのだが、弱点を突かれる形となっていた。

 

「マズい……!」

 

 想像以上に王下騎士団が強者の群れに弱い。

 

 いや、それはそうか。

 

 いくらヴィクトリアが体で煽って限界以上の訓練をさせていたとはいえ、死線すら潜っていない三年ぽっちの鍛錬では、得意分野を徹底的に伸ばすのが精一杯。

 

 ハマれば強いが、それ以外の状況になると脆い。

 

 それが今の王下騎士団。

 

 端的に言って大ピンチだ。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ!」

「おわっ!?」

「きゅ、急にどうした!?」

「ついに壊れたか、ムッツリ魔術師!?」

 

 逆境に晒され、突然笑い出したシルドに味方が引いた。

 

「やってやりますよこんちくしょう! 結界魔術一つで下級貴族から王国の中心人物にまで成り上がった根性を舐めるなぁ!」

 

 領地も権威も金も無い家に生まれ、幼少期に持っていたのは魔導の適性と、偶然手に入れた結界魔術の指南書のみ。

 

 クソ難易度の高いそれを独学で学び続け、変な癖がついてしまったせいで普通の魔術を使えなくなり、それでも両親が無理して入れてくれた学園で歯を食いしばりながら研鑽し続け、最後には全てを手に入れた。

 

 苦労知らずの英雄カルロスとは真逆の、苦労だらけの人生を送ってきた英雄シルド。

 

 いざという時の底力は王国随一である。

 

「【結界浸蝕(ハッキング・シルド)】!!」

 

 シルドはキーガの張った結界のルールに、自らの結界のルールをねじ込んで浸蝕・妨害を開始した。

 

 結界魔術は繊細だ。

 

 守護結界の『外側からの攻撃を防ぐ』というシンプル極まりないルールですら、何をもって攻撃とするのか、どういう理屈でそれを弾くのか、空気や光まで遮断しないようにするには、味方の回復や強化は通すようにするには、そういう細かい設定を決め、膨大な数の術式を組み合わせなければならない。

 

 これを戦闘中に行える者など殆どおらず、だからこそシルドは結界魔術ワンウェポンで筆頭宮廷魔導士の地位を得た。

 

『「……!」』

 

 術者の絶望的な魔力量の差を覆して、キーガの結界が歪む。

 

 結界魔術は広範囲を指定するほど、万能なルールを設定するほど加速度的に効果が薄くなり、消費魔力も爆発的に増える。

 

 ゆえに、シルドが指定した空間はキーガの結界のごく一部、設定したルールは『範囲内の結界魔術の術式を打ち消す』というピンポイントなもの。

 

 狙うは結界魔術に対する深い造詣を持つ者にしかわからない、無数の術式の繋ぎ目という急所。

 

 その一点のみを全身全霊をもって破壊し──繋ぎ目を失った術式がパラパラと解けて結界が消滅した。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

「お? 急に弱くなったぞ!」

「これなら!」

「ぶっ壊れろ木偶人形ども!」

 

 シルドの息切れと引き換えにゴーレム達が大幅に弱体化し、王下騎士団に押し返される。

 

 叩かれ、蹴られ、追い立てられ、そして──

 

「ミシェル!!」

「はい!!」

 

 一箇所に纏まったところで、ミシェルのガトリングによって一掃された。

 

 さすがに強化無しで将軍の武器に耐えうる構造はしていなかったらしく、二百体ほどのゴーレムがスクラップと化す。

 

「ハハハハハハハハハ! どうだぁ!」

 

 超格上相手に無理な技を使った代償に鼻血を流しながら、シルドがニヤリと笑う。

 

 やってやった! やってやったぞ!

 

「良い結界でしたよ! だが、どうやら私の方が優れていたようですねぇ!」

 

 三十代半ばの男が十二歳くらいの子供にドヤ顔を決める。

 

 煽れ。怒らせろ。ムキにさせろ。

 

 そうすれば、この手の優秀で傲慢でプライドが高そうな子供は大抵──

 

『「……つまんない」』

「え?」

 

 キーガは心底つまらなそうな顔をしていた。

 

 予想外の反応。

 

 もっとこう、意地になって、何がなんでも結界魔術対決で力の差をわからせにくると思っていたのだが……。

 

『「ゲーム盤を壊してくるとかルール違反だよ。僕はチェスがやりたい気分だったのに」』

「……そっちか」

 

 子供の相手は難しい。

 

 幼い娘を持つパパであるシルドは改めてそう思った。

 

『「あーあ、なんだか白けちゃった。もういいや。死んじゃえ」』

「「「!?」」」

 

 神銃(ミストルティン)が形を変え、無数に分裂して大砲のような形となって宙に浮かぶ。

 

『「【色彩の雨(カラフル・レイン)】」』

 

 そこから、デタラメな威力の魔術の連射が始まった。

 

 火、水、風、土、雷、氷、魔力弾。

 

 ありとあらゆる属性の攻撃魔術。

 

 とてもカラフルで美しく残酷な破壊の雨。

 

 その日──ナイツ王国の王城は崩壊した。

 

◆◆◆

 

『「やっほー! お帰り、ヴィクトリア王女!」』

「…………」

 

 ヴィクトリアが辿り着いた時、王都は変わり果てていた。

 

 城下町はパニックに陥っており、国の象徴である城は崩壊。

 

 それを成した化け物に挑みかかった勇敢な騎士達は倒れ、最も奮闘した英雄シルドは──

 

「ぅ、ぁ……」

 

 虫の息で地面から生えた杭に貫かれ、磔のような状態にされていた。

 

『「僕はテューポーン帝国『十二神将』の一人、キーガ・ショタール! よろしくね!」』

 

 そんな地獄絵図など気にも留めていないのか、キーガは無邪気な笑顔で自己紹介。

 

『「早速だけど、ヴィクトリア王女! 僕のペットになってよ! 毎日僕と遊んでくれるだけで良いんだ! そうすればこの国の人達は助けてあげ……」』

 

 普段ならお腹の奥がキュンとするような台詞を口走るキーガを無視し、ヴィクトリアは杭をへし折ってシルドを救出。

 

 出血を抑えるために杭は抜かない。

 

「ゔぃ……りあ……さま……」

「やはりお前は凄いな、シルド。私以上の化け物とやり合って、ウチの連中が一人も死んでいないとは思わなかった」

 

 彼女は時間稼ぎという使命を全うしてくれた男に心からの感謝と賞賛を送る。

 

 そう。これだけ激しい戦闘があったというのに、王下騎士団は誰も死んでいなかった。

 

 全員瀕死だが一応生きている。

 

 シルドが致命傷となる攻撃だけは意地でも防いだ結果だ。

 

 普段態度が悪すぎる連中のために、よくぞここまで。

 

(父上達の気配も健在。場所は地下だな。ケンチークか)

 

 宮廷魔導士第四席ケンチーク・ドーボック。

 

 土魔術の達人にして、土木工事の神。

 

 城が保たないと見て、即席で攻撃対象から外れている地下にシェルターを作り、それを補強し続けて耐えたと見える。

 

 全員を迅速にそこへ誘導したのは次席宮廷魔導士だろう。

 

(……良かった。エンジェリーナも無事か。シルド達も助けられそうだ)

 

 宮廷魔導士第三席エンジェリーナ・ガラハドール。

 

 王国最高にしてぶっちぎりの治癒術者。

 

 彼女さえ無事なら、死んでいない者はいくらでも取り返しがつく。

 

「あとは私が奴を倒すだけか」

 

 無視されて不機嫌そうな顔をしている子供を睨みつける。

 

 ランス曰く、自分以上の化け物。

 

 だが、実物を見た感想として、決して勝てないとは思わなかった。

 

「ヴィクトリア様……!」

「ミシェル……」

 

 傷だらけで血まみれの痛ましい姿のミシェルが、ヴィクトリアの名を呼ぶ。

 

 ランス戦の時のような、助かったという安堵の表情ではない。

 

 彼女を奮い立たせるような、戦意に満ちた男の顔だ。

 

「ご武運を……!」

「ああ、任せろ」

 

 彼の声援で力が満ちる。

 

 今のは本当に助かった。

 

 これでペットの誘惑に呑まれずに戦えそうだ。

 

『「ねー、終わったぁ? 早く答えを聞かせてほしいんですけどぉ?」』

「ああ、待たせたな」

 

 そう言いながら──ヴィクトリアは強く地面を踏み込む。

 

 人間とは思えない超加速で一気にキーガの懐に飛び込み、剣をフルスイングして小さな土手っ腹に叩き込んだ。

 

『「へ?」』

 

 神将の軍服に編み込まれている最上位の守護結界がヒビ割れる。

 

 だが、キーガが驚くよりも先に、小さな体は「ホームラン!」と言いたくなるほど豪快に吹っ飛んで空の彼方に消えた。

 

 化け物同士が戦ったら王都が消えてしまうので、お外で戦うしかないのだ。

 

「私の返答は元より一つだ。くたばれ」

 

 全裸で牢屋に繋がれる生活にかなり心惹かれていたくせに、ヴィクトリアはそれをおくびにも出さず宣戦布告。

 

 仮に言う通りに降伏したところで、あの調子では約束を守るわけがない。

 

 約束とは「破ったらどないなるかわかっとるんやろなぁ? おぉん?」という強制力があって初めて成立するものだ。

 

 最終的に全裸土下座してペットコースになるとしても、約束を破って国に手を出したらヴィクトリアが暴れて大変なことになるぞと脅せるくらいには力を見せつける必要がある。

 

「よって、全力で貴様を潰す」

 

 ヴィクトリアVS神将キーガの戦いが始まった。

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