『クリア・ノート』に転生しました。   作:ファウード編アニメ化まだですか?

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『喪失』

 僕は、レイの首に手を当てた。

 すぐに力をいれて、声を発せないように押さえ付けて、気道を塞ぎ、頸動脈を圧迫した。

 

「『ラ……デ……』」

 

 彼女が発声出来たのはそこまで。

 それ以上は口をどれだけ動かそうと、言葉にならなかった。

 

「か…………ぁっ…………」

 

 彼女の顔が赤く染まる。

 それは照れ、なんて甘ったるいものではなく、酸欠と血流が止まった事によって引き起こされる生理現象だ。

 目を剥き、自分の首を絞める僕の手をほどこうとするが、倍は体格の違う僕の全力を、未だ幼い彼女が振りほどける筈もない。

 ドスドスと彼女の膝が僕に叩き込まれるも、僕は微動だにせず、ただただその首を絞め続けた。

 

 これ以上、レイを苦しめたくなかった。

 彼女の生を歪めたくなかった。

 見ていられなかった。

 だから、ここで僕が止める……。

 

 息の根を、止めて。

 

ぐっ

 

「っ…………!」

 

 掠れた声すら漏れなくなった彼女は、ただもがくだけ。

 その手が、足が、必死に僕を打ちすえる。

 爪が僕の腕に食い込み、血が流れる。

 それでも……僕は微塵も力を緩める事はなかった。

 

 パクパクと、空気を求めて口が動く。

 けれど、完全に遮断した気道は、一切の空気を通さない。

 段々と僕を打ちすえる手足の力は弱まり、ひくりひくりと喉が鳴る。

 

 その時、レイの瞳に涙が浮かんだ。

 潤んだ瞳が僕を見て……その瞳の色が恐怖に染まった。

 ……レイの意識が浮上した、僕はそう感じた。

 

 足はパタリと抵抗をやめ、手は僕の腕から離れ……僕自身に向けて差し伸べられた。

 まるで、全てを受け入れるかのように。

 潤んだ瞳を穏やかに細め、その口元を僅かに吊り上げ……。

 彼女はその時、確かに僕に笑いかけた。

 その口が、声なき言葉を紡いだ時――

 

 

 

ゴキッ

 

 

 

 僕は彼女の首をへし折った。

 

 

 

 ……ひどく、眼が疼いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビクン、ビクンと痙攣する彼女、命の灯火が消えていくレイの首を、ずっと、渾身の力で絞め続けていた。

 僕の手の中で、少しずつ弱まっていく鼓動に、失われていく命を感じながら、ずっと。

 その間、彼女の瞳はずっと僕を見ていた。

 彼女の残滓か、それとも『セウノウス』の意思か……ただ首を絞める事に集中していたその時の僕には、判別出来なかった。

 だから、ずっと、絞め続けた。

 完全に、息の根を止める、その時まで。

 

 やがてレイの腕は力なく地に落ち、締め付ける手からは、鼓動は感じられなくなっていく。

 僕が首を絞める手の力を抜いたのは、彼女の体から温もりが消え始めた頃だった。

 物言わぬ骸となった、少女の見開いたままの瞳を……そこで漸く閉じる事が出来た。

 ポロリと、瞳から涙が一滴、頬を伝っていった。

 

 ……死んだ。

 

 そう確信して、僕はゆっくりと体を起こした。

 そのまま、辺りを見回した。

 かつてベビーベッドが置かれていた、抉れた床と壁。

 辺りに散らばった、本やおもちゃ、今日の夕食だっただろう野菜屑。

 子供達の脱ぎ散らかした衣服……丁寧に畳まれた衣服、乱雑に畳まれた衣服。

 まるで今にも子供達の笑い声が聞こえてきそうな、生活感の残る光景に……胸がざわついた。

 

 もう、誰もいない。

 

「ぐっ……」

 

 ……頭が、痛い。

 熱い……息苦しい……。

 

 頭を押さえ、胸をかきむしる。

 それでも苦しみは収まらず、むしろ増し続けていく。

 

 この孤児院で生きている者は既に僕だけ。

 生きている者は、誰もいない。

 全て、彼女が消してしまった……。

 足下には孤児院で世話をし続けてくれた恩師の首だけの死体。

 骸骨顔なだけで血肉の通っている彼の首の断面から噴出しただろう血は、既に赤黒く床を染め上げていた。

 

 そして……この惨劇を引き起こした、哀れな少女の死体。

 魔界を滅亡へと導く『セウノウスの囁き』に見初められ、その意思に飲み込まれた……憐れな少女が骸を晒していた。

 

 下手人は……僕、『クリア・ノート』。

 魔界を滅ぼす使命を持って生まれ……それを拒絶し……この惨劇の引き金を引いた、愚かな魔物の子(転生者)……。

 恩師を、仲間達を見殺しにし、僕を救ってくれた少女への恩を仇で返した恩知らず……。

 

「ぐ……うぅ…………」

 

 頭を押さえる手に、冷たい感触がする。

 眼が痛い、熱い、苦しい……!

 

 指の隙間から覗く光景は、瞬く度に代わっていく。

 いつもの孤児院。

 抉れた床。

 遊びかけのおもちゃ。

 首だけのレフェ。

 温かな、空間。

 僕が殺したレイ。

 

「あ……あぁ…………」

 

ビシャァアアアアン!

 

 明滅する視界に、稲光が飛び込む。

 ゴロゴロと空が音をたて、一拍遅れて突然の豪雨が降り始めた。

 

ザァアアアアアアア

 

 音をたてて降り注ぐ雨音に、不意に頭に過る。

 そういえば、何処か雨漏りしてた筈、場所を特定して直さないと……。

 そう思って顔から手を外し……再び惨劇の跡が視界に入ってしまった。

 瞬間、僅かな時間逃避気味だった思考が、一気に現実に引き戻された。

 

「うっ……」

 

 込み上げる吐き気に口元を押さえ、痛みと苦しみの増す胸元を、ぎゅうと握りしめた。

 

「はは……どうせもう、誰もいないのに……雨漏りなんて直して、どうするんだ……」

 

 自嘲しながら呟く……そうだ、もう、ここに僕がいる意味はない……。

 この、温かだった、穏やかだった空間は、時間は……全て消滅してしまった。

 平穏を滅ぼした子は、僕が殺した。

 だからこれで終わり……惨劇は終わりだ。

 ……()()()()()()()

 

 『セウノウス』は諦めない。

 魔界を滅ぼす意思は、次なる宿主を探しだし……いずれは生み出し、魔界の脅威になり続けるだろう。

 その度に無数の悲劇を産み、苦しみを作り、痛みを与えてしまう……。

 

 僕は踵を返し、重い足取りで歩きだした。

 

ゴロゴロゴロゴロ……

 

 空が鳴る。

 

ザァアアアアアアア……

 

 雨は止まない。

 

ビシャァン!

 

 稲光、一拍遅れて轟音……。

 ひどい雷雨だ……。

 

『ひゃあ! クリアァ……!』

 

『ひっ、クリア兄ちゃん!』

 

 僕に泣きつく子供達を幻視してしまう。

 雷の鳴る日子供達は、瞳に涙を溜めて、僕やレフェに泣きついたものだ……。

 ブルブルと体を震わせて……泣き疲れ寝てしまうか雷が収まるまで、僕達は動く事も儘ならなかった。

 

 ……そんな温かな空間は、失われてしまった。

 喪失感が、僕の心を支配する。

 まるで、胸にポッカリと穴が空いてしまったような感覚だった。

 熱くて、寒い。

 頭がガンガンと痛む、胸が痛む、息苦しい、辛い……。

 

ギィイイ

 

 立て付けの悪い玄関の扉が、音をたてて開いていく。

 土砂降りの雨……僕はそこに躊躇いなく踏み込んだ。

 体を雨が容赦なくうちつける。

 あっという間に身体中がビショビショだ。

 一歩踏み出す度に、ぬかるんだ地面がぐちゃと音をたてた。

 濡れた髪が頬に張り付いて鬱陶しかった。

 

 暗く、黒く染まった空を見上げた。

 大粒の雨粒が顔中に当たる……痛みすら覚える程に激しい雨。

 こんな風に雨にうたれるのは久し振り……いや、そんな事もないか。

 孤児院で生活し始めたのはここ一年程、転生して一人で家もなく十数年生きてきたのを考えれば……大体二年ぶりくらいなら……そう懐かしい、と思う程でもないか……。

 ……でも、何故か不思議とひどく懐かしい気分になった。

 ゆっくりと、後ろを……最早誰も住む事のない孤児院を振り返る。

 傍目には何も変わっていない、僕の居場所だった家……。

 僕はもう、ここには戻ってこないだろう。

 ただここにいるだけで苦しくて苦しくて……仕方なかった。

 

ビシャッ

 

 前に向き直り、一歩踏み出す。

 水溜まりを踏み、跳ねて僕のズボンを泥が汚す。

 それを見下ろしながら……僕は口を開いた。

 

「……セウノウス……」

 

 一度は振り払った声を、僕を見限った声を呼んだ。

 

「もう、ここには僕の居場所はない……」

 

 淡々と、無感情に。

 

「なら別に僕は……魔界を滅ぼしても良い」

 

 手の平を背後に向ける。

 体の向きは変えず、手の平だけを。

 

「僕をまた見初めてくれるなら……君の望むままに……魔界の全てを滅ぼそう」

 

 それだけ告げて……僕は呪文を唱える。

 僕の生来使える呪文は『スプリフォ』だけ。

 『ラディス』は使えなかった。

 僕が()()とは違うのだからきっと、使える時は来ないと、そう思っていた。

 

「『ラージア・ラディス』」

 

ズオンッ!

 

 何かが通り過ぎたような音がした。

 背後では一瞬、雨音すらも止み、一拍の後……全方位から雨音が鳴り響いた。

 ……振り返るまでもない。

 きっと、抉れた地面が広がっているだけなのだから。

 

 

 

――――滅ぼせ――――

 

 

 

 『セウノウスの囁き』が、僕の頭に響いた。

 わかってる……ちゃんと滅ぼすさ。

 消滅の力を手にして……『ラディス』を会得して……僕は歩きだす。

 ……魔界の王に……最後の魔界の王になる為に。

 

 ふと、足元を見た時、水溜まりが僕の顔を映し出していた。

 ポタリ、ポタリと頬から垂れる雫は……水溜まりを赤く染めていく。

 瞳から血の涙を流す僕は、そこに映る瞳を見返した。

 ()()()()()の瞳が、赤く染まる水溜まりの中から、僕を睨み付けているようだった。

 

 ……さあ、始めよう。

 僕の使命を果たそう。

 僕は、『滅亡の子クリア・ノート』。

 魔界の全てを、滅ぼそう。

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