『クリア・ノート』に転生しました。   作:ファウード編アニメ化まだですか?

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『雷帝』

 その日のゼオンの姿はひどいものだった。

 最初に会った時よりもなおひどい。

 ただズタボロで血塗れなだけではなく、焦げた跡まであった。

 更には僕がそこに踏み入って近付くまでの間に、ラジン中将に何度も打ちのめされていた。

 

 そのラジン中将の表情は、無表情。

 ……いや無表情を維持しようとしているのか、時折目の端が震え、自分でも気付いていないのだろう、噛み締めた唇から血が流れていた。

 ちらり、と見えたゼオンの瞳からは……いつも通りの力の渇望と……。

 

「ぐ……ぅ……!」

 

 堪えきれない、嘆きと怒りの感情が見てとれた。

 

 ああ、と思った。

 ()()で見たあのシーン、その後の事なんだと直感した。

 元々今日は僕とゼオンが手合わせする日ではなく、訓練するにしてもこの時間はもう遅すぎる。

 違和感を覚えてはいたが……そうか、今日はあの日だったのか。

 

 ()()()()()()()という双子の弟の存在を知り、自分の父親である魔界の王に思いの丈をぶちまけるシーン。

 何故『バオウ』を自分に与えず厳しい訓練を課したのか。

 何故『バオウ』を与えた弟に自由を与え放逐したのか。

 

 その返答は、容赦のない雷と叱咤だった筈だ。

 道理でゼオンに焦げ目がついていて、動きが鈍い訳だ。

 

「む……クリア、来たか」

 

 僕の接近に最初に気付いたのはラジン中将だった。

 無表情ながら何処か安堵したような、そんな様子を見せていた。

 

「今日は朝までゼオン様を休ませるな、との王からの直々のお達しだ。お前も早く準備し、ゼオン様との手合わせに入れ」

 

「はっ」

 

 ラジン中将の指示に逆らう気はない。

 どうせゼオンはこの程度で潰れる訳もなく、むしろ何くそと奮起する事を知っているからだ。

 そもそも伝え聞いたとはいえ、現魔界の王の指示なのだ、逆らえる筈もない。

 だが、血塗れで、実の親から文字通り雷を落とされ、叱咤され、ラジン中将に痛め付けられる様子に思う所が無い訳では――――。

 

 

 

――――こわせ――――

 

 

 

 ……取り敢えずゼオンとの手合わせに移ろう。

 いつも通り訓練用の槍を手に取り、僕は弾き飛ばされ、壁に打ち付けられたゼオンの元へと駆け寄っていった。

 

「……」

 

 僕を見るゼオンの瞳は、少し危険な色を灯し始めているように見えた。

 まぁ、それに対して僕が言及する事はない。

 僕の役目はあくまでもゼオンの鍛練相手でしかない。

 彼に対して踏み込む事はしない。

 踏み込む事はない。

 

「ゼオン様、本日もお相手願います」

 

「…………ああ」

 

 ゼオン、()()()

 ()()においてファウード編のラスボスをつとめた、物語の序盤から存在が語られていた()()()()の記憶を奪った魔物にして、()()()()にそっくりだと言われていた魔物の子。

 その心は非常にねじれ曲がっていて、他者を痛め付け利用する事に何の躊躇いもない、邪悪な存在。

 圧倒的な強者であり、()()内で明確に()()()より格が上だと描写された魔物はそれこそ実父である魔界の王だけだろう。

 ラスボスである()()()にしても、描写の関係なのかもしかしたら()()()ならばクリアに勝てたのでは、もっと有利に戦えたのでは、とネットではよく話題になっていたと思う。

 こうして手合わせを続けていけばいく程、その評価は決して的外れではないのだろうなと、感じる。

 もしも『ゼオン』が『ガッシュ』との戦いで魔本を燃やされなかったのなら……どうなるだろうか。

 

「あぁあああああああああああああああああ!」

 

 鬼気迫る様子で切りかかるゼオンの剣を受け止め、僕はじっとその瞳を見つめる。

 ……目の端に浮かんだ雫の意味は、果たしてなんなのだろうか。

 ゼオンは一体、何を胸に今刃を振るっているのだろうか。

 

 

 

――――ほろぼせ――――

 

 

 

 僕にはきっと、永遠にわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、やめ!」

 

ガシャン!

 

ドザァッ!

 

 ラジン中将の声が響いた瞬間、ゼオンはその場に崩れ落ちた。

 手に持っていた剣は床に投げ出され、本人は慣性のままに床を滑り、倒れこんでしまった。

 そんなゼオンを心配そうに眺めるラジン中将は焦ったように膝をつくものの、手助けをする様子はなかった。

 ……いや、倒れ込む直前のゼオンの表情を見て……その手を止めていた。

 精根尽き果てたという様子だったのに……その眼光だけはギラギラと強く、危険な色を灯していたからだろう。

 それでも手を差し出すが……ゼオンはその手に触れることなく、震えながらも自ら立ち上がろうと腕をたてた。

 

「ゼオン様……」

 

「さわるな、一人で立てる」

 

 痛みか疲労か、震える体に鞭をうち、ゼオンはなんとかといった様子で立ち上がった。

 その瞳に宿る、より一層強くなった力の渇望……。

 

「王が貴方に次の王になって欲しいと思ってのことです。そうでなければこれほど厳しくはしません」

 

「やかましい。知った口をきくな、中将ごときが……。俺が次の王になるなど、当たり前のことだ……」

 

 ()()であったような二人のやりとりを眺めながら、僕は転がったゼオンの使っていた剣や、砕けた床や武器の破片なんかを集めていた。

 訓練後の掃除は僕の役目だ。

 

「こんな訓練などせずとも、俺が王になるのは当たり前なんだ……」

 

 ゼオンとラジン中将の、見たことのあるやりとりを実際に目にして……特に何の感慨も湧かずにいた。

 ただ、ゼオンの瞳が僅かに、どろりと濁ったのが見えた。

 ()()を知る僕からすれば、これは魔界の王の愛であるとはわかる。

 だが、当事者がどう受け取るか……そしてどう思い、どう生き、どうなってしまうのか……その答えは今のゼオン、そして()()()が証明しているのだろうと感じる。

 

 僕は、それを――――。

 

「……クリア、貴様は……」

 

 ……ゼオンが僕の名を呼んだか?

 僕は作業と思考を中断し、ゼオンへと向き直った。

 

「『バオウ』を、知っているか……?」

 

 ……()()を知っているからこそ、答えは当然はいだ。

 ただ同時に、『バオウ・ザケルガ』という術を、僕は知っている。

 

「……はい。千年前の魔界の王を決める戦いにおいて、今の王が使い続けた、最強の術です。オウ級にも拘らずディオガ級にも劣らず、シン級にすら打ち勝った……そう言われていると聞いたことがあります」

 

 僕の答えにゼオンは僅かに驚いたように目を見開いた。

 そこまでの事は知らなかったのだろう。

 そして……よりその表情を険しいものとした。

 

「それだけ強大な術を……何故父上は俺ではなく……! 何故だ……!」

 

 ゼオンはギリ、と音がなる程に歯を食い縛り、強く拳を握りしめていた。

 溢れた感情は電撃となり、身体から時折漏れ出ていた。

 

 僕はただそれを眺めていた。

 ()()とは違う流れ、僕がいることによる変化を、静かに眺めていた。

 

「……まあ良い。『バオウ』などなくとも王になってやる。そうすれば、父上も……」

 

 そこで不意に少しだけ、表情を和らげたゼオンは斜め上を見上げた。

 そこには何もないのだけれど……何かをじっと見つめるように。

 ああそういえば、王との会話は見上げながら行われていたんだったか。

 見てるかわからない父親を見つめながら……健気なものだね。

 

()()()などどうせ、戦いに選ばれもしないだろう……父上の言うことにも一理ある……そんなくだらないことを気にするよりも、もっと強くなれば良い……クリア!」

 

「はっ」

 

「訓練を今後は倍行う。お前もそのつもりでいろ。術も使う、より実践的な訓練だ。わかったか?」

 

「はい。わかりました」

 

 僕は、素直に頷いた。

 拒否するような立場ではないし拒否する理由もない。

 けと、内心では……ひどくゼオンが哀れだと思っていた。

 

 彼の見込みは、期待は裏切られる。

 三年後、彼の弟は、『バオウ』を受け継いだ存在は魔界の王を決める戦いに選ばれる。

 それを知ったゼオンは……今日以上に心を揺さぶられ、その身と心を修羅へと変貌させるのだろう。

 か――――。

 

 

 

――――滅亡させよ――――

 

 

 

 ……今日は……五月蝿いな……。

 

「ゼオン様」

 

 ギロリ、ゼオンの瞳が僕を貫く。

 僕はそれに臆する事をなく、静かに告げる。

 

「寝る前にお食事でも如何でしょうか。朝から美味い定食を出す店を知っています」

 

「っ…………」

 

 僕の言葉は予想外だったのだろう、ゼオンは面食らった、と言った様子で目を丸くしていた。

 やがて僅かな思巡の後、小さく問い掛けてきた。

 

「…………魚の定食はあるのか?」

 

「勿論です。マカイガツオが食べ頃の筈ですよ」

 

「旬のマカイガツオか……それは楽しみだな」

 

 たらり。

 本人に自覚はないのだろうが、口の端から涎が垂れた。

 その様子を目撃したラジン中将は顔を背けて肩を震わせている。

 ……ゼオンもまだまだ子供なのだと、僕は改めて感じた。

 

「ご案内しますので、身を整え終えましたら、出口で落ち合いましょう」

 

「ああ! 今すぐ準備する!」

 

すたたたたた

 

 先程まで疲労と痛み、そして怒りで震えていたとは思えない、軽やかな足どりだった。

 あっという間に見えなくなったゼオンを見届けた後、僕も片付けを終わらせようと、足を踏み出した。

 

「……クリア」

 

 その瞬間、ラジン中将が僕を呼び止めた。

 直ぐ様向き直り姿勢を正すが、ラジン中将は手を横に振った。

 なおれ、という指示だ。

 僕はそれに甘えて楽な姿勢をとった。

 

「これは、中将としてではなく、ラジンという一魔物としての、頼みだ」

 

 僕ではなく、去っていったゼオンの方向を見て、ラジン中将は言葉を続ける。

 

「どうか、ゼオン様を支えて欲しい。私の立場では……ゼオン様を支える事は出来ない。君に頼みたい。良き研鑽相手として……許されるのであれば、『友』として」

 

「……不敬では?」

 

 王族と友になるとは、僕のような出自不明の孤児に許されるものではないように思うが……。

 そう問い返すもラジン中将は静かに首を横に振った。

 

「そうかもしれん。だが、ゼオン様にはそれが必要なのだ。対等な力を持ち、支えてくれる『友』が……」

 

 ……僕はそれに言葉を出すことはなく……けれど頷いて肯定の意を示した。

 何をすれば良いかはわからないけれど、断って心証を悪くする必要もないだろう。

 ラジン中将は僕のほうを見る事なく小さく笑うと、ゆっくりとした足取りで訓練所を後にした。

 僕に任せることが出来て一安心、といった様子だろうか。

 

 ……ゼオンを思う者がいたのか。

 自身の立場からの義務感ではない、相手を思い遣る心からの行動……愛とも呼べる、そんな思い。

 僕は知らない、与えられない、持ち得ない物……それを僕は感じていた。

 

 ……どうせいつかは全て消し去る物なのだから、せめて覚えてだけはおこうと。

 そう思ったから。

 

 やがてゼオンは力をめきめきと伸ばし、その力を恐れられていく。

 その特徴は噂となって拡がり、やがてゼオンには渾名がつけられていた。

 強力な雷を自在に操り、その立ち振舞いに王を感じて……そして、やがては次の王となり得るのだろうとの思いを込めて。

 王族に生まれし雷……『雷帝』ゼオン、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んむ! 美味い!」

 

「そうですか、それは良かった。獲りたてを卸した甲斐があります」

 

「……何? 貴様が卸した……?」

 

「ええ、ちょっと趣味で銛漁をしていまして。獲りたてを生で、もしくはすぐに焼いて食べるのは、こうして食べるのとはまた違って絶品ですよ」

 

「…………それを買うことは出きるか?」

 

「買うだなんて。ご所望でしたらご馳走致しますよ。……そうだ、ゼオン様も銛漁をご一緒しませんか? なかなか難しく、かつ楽しいですよ」

 

「…………考えておこう。んむ……! 美味い!」

 

「それは良かった」

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