『クリア・ノート』に転生しました。 作:ファウード編アニメ化まだですか?
孤児院で過ごす日々は騒がしく、賑やかで、穏やかだ。
子供達の喧騒は絶えず、家事の殆どを取り仕切っているから、それなりに忙しい。
金にも乏しく、食糧も足りず、満腹になる日なんてものは殆どない。
学問も、レフェが教えたり、朧気な前世の記憶から僕が教えたり程度が関の山で、まともな教育を与える事は出来ていない。
にも拘らず、この孤児院には笑顔が溢れていた。
時たま別の孤児院と交流する時等は、その元気さに驚かれたものだ。
ウェーブのかかった長髪の少女が、とても感心したように微笑んで僕を見ていたのをよく覚えている。
それぞれ子供達を見ていなければいけなかったから個人的な話をする事はなかったけれど、その妙に優しい視線は居心地が悪く思えるくらいだった。
そんな僕達を、一回り……いや二回りは小さな子が何処か不服そうに見ていた。
なんだか見た覚えがある二人だなと思っていたけれど……思い出したのは魔界の王を決める戦いが始まった後、通称ファウード編の時。
その内部での戦いを観賞していた時だったか。
そうして、そんな穏やかな日々を送る中で……僕は違和感を覚えていた。
生まれてこの方、ずっと僕の頭に響いていた声……滅びを求める声。
それが聞こえなくなっていると。
毎日毎日五月蝿いくらいに滅びを求めていたというのに。
滅びの声……いや、
逆らう、とまではいかないものの、あまり従う気はなかった声。
聞こえなくなって寂しい、なんて感情は一切ないけれど、何故聞こえなくなったのかは少し気になっていた。
……
――――…………――――
答えは出ない。
「クリア兄ちゃん、ボール遊びしよー」
「ん、いいよ」
自由時間……僕に群がり出す子供達の相手をしながら、そんな事を考えていた。
コロコロと転がるボール、それに群がる子供達。
僕に転がってきたボールをまた別の方向に軽く蹴ってやれば、わーわーきゃーきゃーと騒ぎながら子供達はボールを追って走る。
何のルールもない、ただボールを蹴ったり追い掛けたり、投げたり転がしたり……ただただひたすら、ボールで遊ぶだけの時間。
何が楽しいのか、きゃあきゃあとはしゃぐ子供達を目を細めて眺めていた。
「…………ん?」
そこでふと、あの少女がいない事に気付いた。
そういえば、また自分の食事のパンを残していたか。
ならばあの『レルゴ』と名付けた雛鳥……そろそろ小鳥くらいには成長しただろうか……の元にいるのかもしれない。
そう遠くないし大丈夫だとは思うけれど……。
『…………』
不意に……あの無表情が頭を過った。
「……レフェ、一人見当たらないから探しに行ってくるよ」
「ん、そうかい? わかった、頼むよ」
「よし、それじゃあ皆、レフェの目の届くところで遊ぶんだよ。それっ」
花畑の中で花冠を被らされている無駄にファンシーな骸骨は、そう言ってニコリと微笑んだ。
僕の元に転がってきたボールを一番遠くの子へと蹴り飛ばして、それに群がる子供達を眺めた後、僕は踵を返した。
向かうのは、あの子が作った不恰好な巣のある場所……まぁ、すぐそこだ。
「『ラディス』」
……ん?
何か聞こえたような……。
っと、小さな足音……駆け足?
何か、あったのか……!?
僕は不意に聞こえた足音に、僕は少し焦った。
浅いとはいえ、森は森。
猛獣がまったくいない訳でもない。
嫌な予感が頭を過り、駆け出そうと足に力を入れた、その時だった。
「ハッ、ハッ、ハッ……ッ……!」
息を乱したあの子が、目の前の茂みから飛び出してきた。
真っ青な顔で、必死に何かから逃げてきたような、そんな形相だった。
もしや、猛獣に追われて……?
いや、だが追うような足音も獣臭さも感じない……?
「見つけたよ、どうしたんだい、そんなに息を乱して?」
僕はこの状況に疑問符を浮かべながらも、冷静に少女に声をかけた。
落ち着くように、大丈夫だと伝えるように、冷静に。
けれど、僕を見る少女は――
「ひっ……!」
――なんだか……酷く怯えているようだった。
思い当たる節がなく、首を傾げるも、連れ帰る事が先決だろう。
そう思い、僕は少女へと手を伸ばした。
「ほら、帰ろう。あまり森に長居するものじゃない。レフェも心配して――」
「ごめんっ……!」
ドンッ
「うっ」
少女は僕の手を取ることなく、僕の体に軽くぶつかりながら、押し退けるようにして去っていってしまった。
不意で腹の良いどころに当たったのもあって、一瞬息が詰まってしまった。
……魔物らしく子供でも妙に力が強いので、不意に食らうと戸惑ってしまうな。
って、そんな事を考えている場合じゃない、あの子は……。
そう思い振り返るも、少女の姿は草木に紛れ既に見えなくなってしまっていた。
……一応向かった先は孤児院のある方向だとは思うけれど……大丈夫かな。
……彼女の事は心配だけど、一体何が彼女をああさせたのかが気になる。
外傷は見当たらなかったし……孤児院にまっしぐらのようだったし……先に確認しても大丈夫だろう。
僕はそう自分に言い聞かせ、自分の好奇心のままに、彼女がいた方向へと歩みを進めた。
もしかすると危険な猛獣がいるかもしれないし、と言い訳をしながら。
確か、あの茂みを越えた向こうに、あの巣があった筈だけど……。
ガサガサ……
草木を掻き分け、少し拓けたその場所にたどり着き……僕はまず自分の目を疑った。
「……ん……?」
見間違いかと軽く目を擦り、再度そこを見るも、現実は変わらなかった。
先日きた時とは違う、まったく違う様子に、本当に場所が合っているのか不安になる程だった。
ふと空を見上げれば、枝葉の形には見覚えがあり、確実ではないもののやはりここだという確信が持てた。
「……何だこれは」
改めて、その光景を見下ろした。
恐らくは、彼女の作った巣があった辺り、その辺りから発生している不自然な……跡。
それは扇状に拡がった、草木ごと抉れた地面だった。
そっとそれに触れてみるも、熱かったり冷たかったり、帯電していたり不自然な気流があったり、そこにあっただろう地面や草木な破片等を確認する事は出来なかった。
明らかに不自然な……破壊の跡だった。
例えば、
だが、あの少女は重力の術どころか、そもそも術を扱えなかった筈だ。
こんな破壊を行えるとはとても思えないが……。
「……いや、突然術の力が目覚めたのか?」
魔界では時折起こる、よくある事故だ。
自分に目覚めた術の力をよくわからないままに使い……事故を引き起こしてしまう。
もしそうならば、今回は……。
ふと、足元を見れば破壊の跡の手前、抉れていない地面に羽根が落ちていた。
あの雛鳥と同じ色の羽根が、ひとつだけ……。
それを手にとってみれば、ほんの僅かに赤い液体がついているように見えた。
「……ああ……可哀想に」
それらの物的証拠を考慮した時、僕の中では殆ど答えが出ていた。
想像でしかないものの、そう間違ってはいないだろう。
雛鳥……レルゴだったか。
レルゴの世話をしていた少女は、その時に術の力に目覚めた。
どんな術かはわからないものの、恐らく破壊力に特化した……それこそ
それによってレルゴを殺してしまい、怯えて逃げてきたと……。
そう考えれば辻褄があう。
「……これは、追い掛けて慰めないといけないか」
心優しい彼女にとって、救った命を自ら奪った事実はショックだったのだろう。
文字通り虫も殺せないような子だ、そのショックは僕なんかには計り知れない。
今はきっと、とても落ち込んでいる筈だ。
……僕だけじゃダメかもしれないな……レフェにも事情を説明してフォローを頼もう。
こういう事態は珍しいものじゃない。
こういう経験をして、魔物は自らの危険性を把握しながら成長していくものだ。
仕方無い事なのだろう。
……なんとも、歪んだ在り方だとは思うけれど。
僕はゆっくりと立ち上がり、その破壊跡を改めて眺めた。
強力な力で抉ったような地面、巣があった場所から扇状に発生した跡。
それはまるで――
「……戻ろう」
――まるで、消滅したかのような。
何となく、何となく嫌な予感がして、僕はその場でクルリと踵を返した。
そうして少し早足で、僕は帰路につくのだった。
……やっぱり、声は聞こえない。