今週の異常はこちらです。俺はただの一般人なのに、毎回異世界とか魔法少女とか幽霊とかに巻き込まれるんだが   作:くろくまけーき

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久しぶりに書きました。感想くれたらめちゃ元気になります。


魔法少女もただの少女

世の中、不思議なことは多くある。

たとえば――目の前で、魔法少女が闇堕ちした仲間と空中でビームを撃ち合っている、とか。

 

今まさに、そんな光景が俺の頭上で繰り広げられていた。

 

赤髪の少女と黒髪の少女。制服の上にフリル混じりのローブをまとい、背中には羽のような魔力の光を揺らしている。

夜の空に浮かび、手にした“ステッキ”と呼ぶには物騒すぎる武器から、空を裂くようなビームをぶっ放していた。

 

片方の瞳は凍るように冷たく、もう片方は今にも泣き出しそうな悲しみと絶望を湛えている。

魔力と感情と、過去。

それらがぶつかり合う、壮絶な戦い――なのだろう、多分。

 

ただし、俺の視点からすると、それは“よくある非日常”のひとつでしかなかった。

 

「……また、帰るの苦労しそうだな」

 

そんな程度の感想しか、湧いてこない。

 

駅前のコンビニ帰り。焼きそばパンと午後の紅茶を入れたビニール袋をぶら下げた俺の頭上で、魔法と魔法が火花を散らす。

でもまあ、これが初めてってわけでもない。

今年に入ってから三回目くらいだ。

 

“魔法少女が仲間の闇堕ちを止められず、戦いの果てに世界が壊れかける”

 

そんな展開にも、最近はだんだん慣れてきてしまった。

 

「また通行止めかあ……」

 

バス停がひとつ吹き飛ぶのを見て、俺は軽く溜息をついた。

 

正直、かなり困る。

 

この道は、コンビニと俺のアパートを繋ぐ唯一にして最短のルートなのだ。

それを魔法少女たちの劇場型バトルで封鎖されては、たまったもんじゃない。

 

そんな俺の困惑とは無関係に、空中では叫びが響いていた。

 

「お願いっ! 目を覚まして、ミサキ!」

 

赤髪の少女――アカネが、涙声で叫ぶ。

振るわれるステッキから放たれる魔力の光は、必死の祈りそのものだった。

 

だが、黒髪の少女――ミサキは、その一撃を淡々と打ち消し、冷たい笑みを浮かべた。

 

「目なんか、とっくに覚めてるわよ、アカネ。……世界の“真実”を知っただけ。それだけのことよ」

 

その声音に怒りや憎しみはなく、ただ虚無と決意だけがあった。

空の闇がさらに濃くなり、魔力の渦が世界そのものを飲み込むかのようにうねっていく。

 

アカネの顔を見た瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

彼女の目は、信じたいと叫んでいる。

でもその声が届かないことを、どこかでわかってしまっている。

強がるように魔力を放ちながら、その表情は、崩れ落ちそうなほど脆かった。

 

……すごく、いたたまれない。

 

そしてミサキ。

その目は深く、静かで――もう、何も信じていない人間の目をしていた。

戦ってる理由は正義でも信念でもない。ただ、自分が壊れないために、すべてを切り捨てた末の“諦め”がそこにあった。

 

少女がするには、あまりにも寂しい顔だった。

 

辛そうで泣きそうな子が二人もいるというのは心に来るものがある。

 

それはそれとして、だ。

 

そろそろパンが冷めそうなので、できれば早めに終わってほしい。

最悪、終わらなくてもいいから、せめて俺を通してくれればいい。

 

冷たいことを思っているとは分かっているが、俺にどうこうできる問題でもないだろう。少女たちには申し訳ないが、本人同士でなんとか解決してもらうしかない。

 

ビニール袋の中身を確認しつつ、俺は少し声を張ってみた。

 

「……あのー、話し合いで済ませるってのは、なし?」

 

その一言で、空気が変わった。

二人の少女の動きが止まり、静かに俺の方へ視線が向く。

 

「……なぜ!? 近くの人には避難してもらったはずなのに!」

 

アカネが、目を見開いて叫ぶ。

その瞳には驚きと、そして――俺への純粋な心配が滲んでいた。

 

優しい子なんだろうな。この混乱の中で、俺のことなんか気にしてくれて。

そんな子が頑張ってるところに、無粋な口出しをしてしまったようでさらに申し訳ない気持ちになった。

 

「――ちょうどいいわ」

 

黒髪を揺らして、ミサキが冷然と呟く。

 

「汚れた世界の住人は、一人残らず……消し去る」

 

彼女の杖が輝きを増し、空気が軋み始める。

収束する魔力は光でも闇でもなく、破壊そのものの色をしていた。

 

「ミサキ……!? だめっ!!」

 

アカネが叫ぶ。その声は確かに届いている。

けれど、ミサキの手は止まらない。

 

「ごめんね、アカネ。あなたは優しすぎる。私はもう……止まれない」

 

次の瞬間、巨大なビームが俺を目がけて放たれた。

 

空が裂け、地面が割れ、紫紺の光が世界を飲み込む。逃げる暇なんてない。

 

ビームは、何の迷いもなく俺に直撃した。

 

そして、俺はそこに――巨大なクレーターができた地面に、変わらず立っていた。

 

「けほっ……煙がすごい……目に染みるなあ」

 

俺は袋を軽く持ち直して、灰を払った。

中身は無事。午後の紅茶も、ぬるくはなったが健在だった。

 

「な……何が起こったの……!?」

 

アカネが呆然と声を漏らす。

ミサキも冷や汗を垂らしながら、一歩だけ後ずさった。

 

「……嘘。ありえない。あれを受けて、無傷なんて……!」

 

ミサキの声は、驚きというより混乱に近かった。

 

俺はというと、袋をぶら下げたまま、ちょっとだけ肩をすくめる。

 

「なんか俺って、そういう体質みたいでさ。風邪も引かないし、ビームも効かないし……健康優良児?」

 

どこか軽口めいた返しをしておいてから、ため息をひとつ。

 

……とはいえ、ここまできて帰るのは難しそうだ。

 

空気が完全に変わってしまっていた。 ミサキの目はまだ警戒と動揺の色を湛えているし、アカネは俺の無事を確認してなお、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

どう見ても、俺だけ「じゃ、パン冷めるんで帰ります」とは言えない雰囲気だった。

 

気は引けるが、ちょっとだけちゃんと向き合ってやろう。

 

俺は軽くため息をついて、もう一度口を開いた。

 

「……何があったかは詳しくはわかんないけどさ」

 

あまり説教臭くならないように、慎重に言葉を選んでいく。

 

「ミサキちゃん、だっけ? 子供がそんなに気負いすぎるもんじゃないと思うよ」

 

声のトーンは、できるだけ穏やかに。

怒るでもなく、叱るでもなく、ただ“そう思ったから言った”というだけの、飾らない言い方をした。

 

ほんの一瞬。

ミサキの表情が、微かに揺れた。

 

けれどその直後。

 

「……なによ」

 

ミサキの声が、乾いた空気を裂いた。

 

「何も知らないくせに……! ただの一般人が、偉そうに私に説教するっていうの!?」

 

鋭く、怒気の混じった叫びだった。

 

その声音には、確かに“怒り”があった。

けれどそれは、誰かに対する敵意というより――自分の痛みをごまかすための“感情の逃げ道”のように聞こえた。

 

それは、やはりこの子は年相応の子供なんだなと認識させ、憐れみを感じさせるには充分だった。

 

空虚だった彼女の目が、怒りで燃えるように揺れている。

でもその奥には、もっと別のもの――怯え、羞恥、そして、拠り所を失った子供のような“焦り”が滲んでいた。

 

俺は、ただ静かにその子を見つめていた。

 

怒鳴られても、顔を歪めても、俺はひるまない。

 

別に勇気があるわけじゃない。ただ、責める気も、反論する気もないだけだ。

 

なぜなら、彼女がどんな道を選ぼうと、俺には関係ないのだから。

 

俺はただ、焼きそばパンをぶら下げて、

今日の帰り道を、いつもどおりに歩いて帰りたいだけだ。

 

そもそも、俺には何もわからない。

 

この世界に何が起きているのか、

目の前の少女たちが“どれほどのもの”を背負っているのか。

 

彼女たちの苦しみも、戦いも、祈りも、

きっと俺には、一生かかっても理解できない。

 

でもそれでも、何かを言いたくなった。

ただ、黙って見ているには、あまりにも彼女の顔が、寂しすぎたから。

 

「知らないなりに、言いたいことはあるさ」

 

俺は少し肩をすくめて言った。

 

「さっきの君とあの子の顔。あれ、正直、見てらんなかったんだよね。辛そうでさ……こっちまで胃がキリキリするっていうか」

 

俺の、どこか頼りない言葉を聞いたミサキは何か言いかけたように唇を動かす。でも、言葉にはならない。

 

「きっとさ、君なりに、すごく考えて、苦しんで、ここまで来たんだろうなって。……俺にはわかんないことばっかりだけど、それだけは、なんか伝わってきた」

 

手に持ったコンビニ袋が、風にふわりと揺れる。

 

「でもさ、あんな顔を見るとさ、本当にこれが君のやりたいことなのかなって、思ってさ」

 

向き合ってやる、なんて格好つけたはいいけど、出てくる言葉がこれってのが、まあ俺らしいというか。もう少しスマートにしたいものだ。

 

ひと呼吸のあいだ。

 

それまで静かだったミサキの目が、ふっと揺れる。

 

ほんのわずかに、睫毛が震えていた。 否定の言葉も怒鳴り声も返ってこない。ただ、沈黙だけが落ちる。

 

「まあ、俺が言えるのなんて、せいぜいそのくらい。……別に答えを持ってるわけでもないしな。調子乗ってごめん」

 

苦笑いしながらそう付け加えた。

 

そのとき、横からアカネの小さな息を呑む音が聞こえた。ミサキの横顔を見て、何かを察したのかもしれない。

 

あとは、当人たちに任せるとしよう。

俺がどうこうできる話でもないし、するつもりもない。

 

このまま、何事もなかった顔で帰れそうだ。

 

──

 

魔法少女――それは、「影」と呼ばれる、人間の悪意や憎しみ、嫉妬、絶望といった負の感情の具現化に立ち向かう者のこと。

 

影は人から生まれる。誰もが無意識のうちに抱えるネガティブな感情が、蓄積し、膨張し、ある臨界を超えたとき、この世界に異形の存在として滲み出る。

 

それに抗えるのが、魔法少女だ。

でも、なれるのは誰でもいいわけじゃない。

 

魔法少女になれるのは――“誰かを救いたい”って、心の底から思える人だけ。

利害でも義務でもない。打算もなく、見返りもなく、ただひたすらに、他人を想う優しい心を持った者だけ。

 

クマっちがそう言ってた。

 

あの、目がちょっと離れすぎてて、ぬいぐるみというより毛玉のような存在。

でも、彼はふざけてるようでいて、時々、すごく大事なことをさらっと言う。

 

「魔法少女になれるのは、クマっちみたいな子だけクマ。やさしくて、ふわふわで、守ってあげたくなる……そんなクマのような子クマ」

 

あのときは、何言ってんだこのクマ……って思った。

でも今なら、ちょっとだけわかる。

 

優しさって、力だ。

 

人を許せることも、思いやれることも、誰かの涙に心を痛められることも――

それは、ただ甘いだけの感情なんかじゃない。

世界のすべてが冷たくなってしまいそうなときでも、最後まで“光”を信じようとする、しぶとい意志の力。

 

だから、魔法少女は普通の人間よりもずっと繊細で、ずっと強い。

 

……はずだった。

そう、「はずだった」のだ。

 

今のミサキを見ていると、そんな信念も、願いも、全部が虚しくなってしまいそうになる。

 

かつて、誰よりも優しかった彼女。

人の痛みに寄り添うことができて、どんなに苦しい戦いのあとでも、「助けられてよかった」と笑えた子。

あのミサキが、今では影を滅ぼすどころか、人間そのものを否定し始めている。

 

どこで間違ってしまったんだろう。

私たちは、なにを見逃してきたんだろう。

 

でも、だからこそ――

 

だからこそ、私が今、ここにいる。

 

魔法少女とは、“誰かを救いたい”と願った少女の末路ではない。

それは、今もなお、救うことを諦めていない証なのだと、私は信じたい。

 

例え、ミサキに何を言われても。

例え、世界中が「彼女はもう戻れない」と言ったとしても。

私は信じる。私がかつて憧れた、あのまっすぐで優しい魔法少女のことを。

 

ミサキ、あなたを救いたい。

それが、私が魔法少女である理由だから。

 

「お願いっ! 目を覚まして、ミサキ!」

 

その叫びが、空を裂くように響く。

 

けれど、返ってくるのは冷たく、乾いた笑みだけ。

 

「目なんか、とっくに覚めてるわよ、アカネ。……世界の“真実”を知っただけ。それだけのことよ」

 

ミサキが今何を思っているのかアカネにはわからない。 でも、今のミサキは間違っている。誰かを傷つけようとするその姿は、彼女が望んだ正義ではない。

 

絶対に、ここで止めなければならない。 たとえ、嫌われても。たとえ、憎まれても。 それでも、私は――あの子を取り戻したい。

 

魔力が指先に集まり、ステッキの先端が淡い紅に光を帯びる。

その光は、ただの攻撃じゃない。祈りだ。叫びだ。言葉では届かない想いを、魔力に乗せてぶつける――それが私たち魔法少女の戦い方。

 

「ミサキ……! あなたは、そんなことのために力を手に入れたんじゃない!」

 

私の言葉と魔力が重なって空を駆ける。けれど、その光は虚しく霧散し、ミサキの冷笑に掻き消される。

 

「……もう、わかってるはずでしょ、アカネ。優しさで、世界は変えられない。変えられるのは、“壊すこと”だけよ」

 

ミサキの目は、もう私のことを見ていない。

そこにあるのは、すべてを諦めきった人間の目。

信じていたものに裏切られ、それでも信じ続けようとして、最後に絶望に屈した者の顔。

 

怖いと思った。けど、それ以上に――

 

哀しかった。

 

「だったら……だったら、私はあなたを止める! たとえ、あなたに嫌われても、憎まれても、それでも!」

 

私はステッキを強く握り、再び魔力を集中させる。

空気がうねり、世界が軋む音を立てる。

魔法少女同士の戦いは、街ひとつを吹き飛ばすほどの威力になることだってある。

……それでも、止めなきゃいけない。

 

私がミサキを止めなければ、彼女は取り返しのつかないことをする。

人を殺してしまえば――ミサキは、もう戻れない。

 

そのときだった。

 

「……あのー、話し合いで済ませるってのは、なし?」

 

その一声で、張り詰めた空気が一瞬、凍った。

私とミサキ、同時にその方向へ視線を向ける。

 

目を疑った。

 

地上に、一人の男の人が立っていた。

片手にはビニール袋。中身は……焼きそばパンと紅茶?

 

え、なに? なにこの状況????

 

「……な、なぜ!? 近くの人には避難してもらったはずなのに!」

 

思わず叫んでいた。彼の存在は、完全に想定外だった。

 

魔法少女たちの戦いは通常、魔力による“認識撹乱”のフィールドによって、一般人の視界から外れる。巻き込まないように、傷つけないように。

それなのに――どうしてこの人は、こんな真ん中に普通に立ってるの?

 

「――ちょうどいいわ」

 

ミサキが、ゆっくりと杖を構える。

 

その動きには迷いがなかった。

怒りでも悲しみでもない。ただ、冷たい確信だけがその手を動かしている。

 

「汚れた世界の住人は、一人残らず……消し去る」

 

彼女の魔力が収束していく。空気が音を立てて軋み、重く澱んでいく。

ステッキの先端に集まるのは、紫紺の光。光というにはあまりに暗く、影というには強すぎる。

それは――破壊そのもの。

 

「ミサキ……!? だめっ!!」

 

私は叫んだ。けれど、彼女の瞳はもう何も映していない。

止まらない。私の声も、もう届かない。

 

「ごめんね、アカネ。あなたは優しすぎる。私はもう……止まれない」

 

その言葉と同時に、魔力が弾ける。

 

次の瞬間、巨大なビームが一直線に地上へと放たれた。

まるで天を裂く雷光。

周囲の空気が焼け焦げ、ビルの窓が衝撃波で割れる。

地面が震え、電柱がきしみ、アスファルトが波打った。

 

狙いは――あの男の人。

ただ立っていただけの、無関係な“普通の人”。

 

私は息を詰めた。

だめ。死んじゃう。そんなの、だめだよ!

 

けれど、止める余裕なんてなかった。

ビームはあまりに速く、あまりに巨大で、あまりに――無慈悲だった。

 

そして、爆音とともに、大地が砕け、衝撃波が空を揺らした。

土煙と閃光がすべてを覆い尽くす。

 

視界が、白く、灰色に塗り潰される。

ビルのガラスが粉々に割れ、街灯が根元から吹き飛ぶ。

見慣れた駅前が、まるで爆心地のように、ぽっかりとクレーターになっていた。

 

……死んだ。

 

思わずそう思ってしまった。

あんなもの、避けられるわけがない。耐えられるわけがない。

今の攻撃は――魔法少女同士ですら命を落とすレベルの“本気”だった。

 

「けほっ……煙がすごい……目に染みるなあ」

 

煙の中から、のんびりとした声が聞こえた。

 

信じられなかった。

 

そこにはビニール袋を持ったまま、埃を払っているあの男の人がいた。

 

彼は、ただぽつんと、クレーターの中心で立っていた。

肌に傷ひとつなく、服も焦げていない。

 

呆然とする私の横で、ミサキが確かに動揺するのを感じた。

 

「……嘘。ありえない。あれを受けて、無傷なんて……!」

 

彼女の魔力は、世界を裂くほどのはずだった。

私たち魔法少女が持つ“祈り”の力、その究極の行使が、彼には――まるで効いていなかった。

 

この人は、いったい何者なんだ――?

 

そう思ったとき、彼は少し面倒そうに息をついて言った。

 

「……何があったかは詳しくはわかんないけどさ」

 

彼の声は、驚くほど静かだった。 だけど、それが逆に、この戦場の空気を一瞬で変えてしまう力を持っていた。

 

男の人――名も知らないその人は、地面に空いた巨大なクレーターの中心に立っていた。 焼きそばパンと紅茶の入ったビニール袋をぶら下げたまま、ほんの少し埃を払って、まるで今しがた死線をくぐり抜けた人間の顔じゃなかった。

 

あのビームは、“本気”だった。 ミサキが殺意を込めて撃った、最大級の一撃。 街を吹き飛ばし、魔法少女でも直撃すれば無事では済まないレベルの破壊光線。

 

それを――この人は、まるで春の風でも浴びたみたいに、平然と受け止めたのだ。

 

「ミサキちゃん、だっけ? 子供がそんなに気負いすぎるもんじゃないと思うよ」

 

その言葉は、特別でもなんでもなかった。 けれど……妙に胸に残った。

 

それは説教でも、怒りでも、同情でもない。 ただ、本当に“そう思ったから言った”――それだけの、ただの本音だった。

 

ミサキが、睨みつけるように彼を見つめた。

 

「……なによ。何も知らないくせに……! ただの一般人が、偉そうに私に説教してるの!?」

 

声は鋭かった。怒ってるふうに聞こえた。 でも――私にはわかった。

 

あれは怒ってる“ふり”だ。

本当は、ミサキは――困惑していた。

あの子の瞳の奥で、何かがわずかに揺れている。

まるで、凍りついた湖面にひびが入ったみたいに。

 

今まで、誰にも届かなかったはずの彼女の心の奥底に、この男の人の言葉は、すっと、しみ込んでいった。

 

だからミサキは……怒ったふりをした。

 

「やめてよ」「気づかないで」「触れないで」 彼女の目は、そんなふうに叫んでいた。

 

でも――

 

「知らないなりに、言いたいことはあるのさ」

 

彼の声は穏やかだった。まるで、気まずそうに隣人に話しかけるみたいに。 でも、その言葉には、どこか温かくて、真っ直ぐな力があった。

 

「さっきの君とあの子の顔。あれ、正直、見てらんなかったんだよね。辛そうでさ……こっちまで胃がキリキリするっていうか」

 

私は、思わず息を呑んだ。

 

彼の言葉が届いてる――ミサキに。

 

あの子の睫毛が、かすかに震えていた。目を伏せるように、ほんの少しだけ。

 

私がどれだけ叫んでも、泣いても、叩いても、届かなかったのに。 あの人の、たったひと言が、ミサキの心を揺らした。

 

「きっとさ、君なりに、すごく考えて、苦しんで、ここまで来たんだろうなって。……俺にはわかんないことばっかりだけど、それだけは、なんか伝わってきた」

 

「でもさ、あんな顔を見るとさ、本当にこれが君のやりたいことなのかなって、思ってさ」

 

「俺が言えるのなんて、せいぜいそのくらい。……別に答えを持ってるわけでもないしな。調子乗ってごめん」

 

口調はどこまでも軽い。でも、それが逆にずるい。 重くなくて、押しつけがましくなくて、ただ――優しかった。

 

ミサキは反論しなかった。 いつものミサキなら、「黙れ」とか「偽善者」とか、何かしら言い返していたはずだ。 でも今は、ただ黙って、立ち尽くしていた。

 

彼の言葉を否定することが、できなかったんだ。

 

私は、ただその光景を見つめていた。 そして、思ってしまった。

 

――この人、いったい何者なの?

 

魔力もない。戦う力もない。ただの一般人。 でも、誰よりも自然に、誰よりも優しく、ミサキの心に手を伸ばしていた。

 

私が、届かなかった場所。そこに彼は、あっさりと立っていた。

 

それは、おかしくなるほど場違いで……でも、だからこそ強烈だった。

 

ミサキの睫毛が、かすかに震えたまま視線を逸らす。

 

「……今日はもういいわ」

 

ぽつりと、それだけ言い残して、彼女は背を向けた。

闇のように重く渦巻いていた魔力が、まるで嘘だったかのように風に溶け、夜の空に消えていく。

 

私は、その場に立ち尽くすしかなかった。

 

ミサキが去った。ただそれだけのはずなのに、膝が軽く震える。

全身から、力が抜けていく。

 

でも……最後の彼女の顔に、確かに“迷い”があった。

 

あの人の言葉が、ほんの少しだけでも届いたのかもしれない。

 

「……あの、大丈夫ですか!?」

 

私はすぐに声をかけた。あの、魔力の直撃を受けたはずの焼きそばパンを持った、あの人に。

 

けれど――

 

そこには、誰もいなかった。

 

さっきまで立っていたはずの地面に、クレーターの中心に、あの人の姿はもうどこにもなかった。

 

「……え?」

 

呆然と周囲を見回す。煙は薄くなり、夜風が吹き抜けていく。

けれど、姿も、気配も、どこにも残っていない。

まるで最初から“いなかった”みたいに、完璧に、気配が消えていた。

 

ほんのさっきまで、確かにここにいたのに。

 

「……いったい、あの人……」

 

言葉の続きは、夜空に溶けていった。

 

だけど、不思議と不安はなかった。

むしろ、どこか安心できるような、不思議な余韻だけが、胸の奥に残っていた。

 

なんというか――

 

「……また、会える気がする」

 

私はそう呟いた。

 

理由も根拠もない。ただ、直感だった。

だけど、もしまた会えるなら――

 

そのとき私は、今日よりもう少し強くて、まっすぐな自分でいられたらいいなって。

そう思った。

 

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