アマテ・ユズリハは、どこか遠くに行きたかった。けれども、アマテの住むコロニーは宇宙に浮かぶ監獄で、ひどく息苦しかった。
偽物の重力も、空も、大地もアマテに閉塞感を与え続けている。逆立ちすれば、そこに重力がある。けれど、それはホンモノじゃない。
改札でぶつかった運び屋の少女ニャアン。彼女はアマテを非日常へと導いた。
「戦争やってるんだ……」
「おい! 早く逃げろ! そこに突っ立ってちゃあ死ぬぞ!」
アマテは、逃げようと思わなかった。赤いガンダムを追い詰める白いガンダム。そして騎士のようなMS。
軍警のザクは木っ端のように見えた。けれども、それは確かに兵器だった。
軍警ザクは、自分が巻き起こす被害を考えることなく傍若無人に暴れまわる。
軍警が振り下ろす足の下には難民がいる。軍警にとって難民は、彼らの守る人々にはカウントされないのだろう。
「アイツらやっつけなきゃ!!」
「おい! 無茶だ! こっちのザクはヒート・ホーク1本だけなんだぞ!」
「じゃあ、人が死ぬのを見過ごせっていうの!!」
「おい! バカ!」
アマテは、クランバトルチーム、ポメラニアンズの保有していたザクに乗り込んだ。アマテの小さな身体に溢れんばかりの怒りがあった。
「ん? クラバのザクか。赤目ってことは、やろうってんだな!!」
軍警ザクがアマテの乗ったザクを容易く撃破する。アマテは、撃破されフレームが顕になったコクピットから転がり出た。
「つ〜。痛たたた」
アマテが逃げ込んだ先には、白いガンダムが有った。
「リア中尉。やりすぎです。サイド6軍警の殉職者を出すなんて……」
「エグザべく〜ん。ふふ。その通りだね。ちょっとやりすぎたと思ってる。だからジークアクスはここに置いていく。オメガサイコミュのロックは掛けている。そんじょそこらのニュータイプには、動かせないよ」
「ほら、行きますよ」
白いガンダムのパイロットは、エグザべと呼ばれた青年の機体に乗り移っていた。
アマテはジークアクスと呼ばれた機体に、導かれるように乗り込んだ。
「起動した! これなら!」
アマテのジークアクスは、オメガサイコミュを起動させた。そして、その勢いのまま宇宙へ飛び出していく。
「これが、本当の私。ジークアクス、力を貸して!」
ヒート・ホーク1本で、2機の軍警ザクを無力化する。
「おい! マチュ、早く戻ってこい!」
軍警ザクを撃破したアマテは、ポメラニアンズの誘導により閉鎖ブロックへと入った。
「よくもザクをおしゃかにしてくれたな。クラバの違約金はどうするんだよ!? 違約金は…!」
たらこ唇に眼鏡を掛けた男が、荒い口調でアマテをなじる。確かジェジーという名前だった。
「……それは」
アマテだって好きでザクを壊したわけではない。軍警に撃たれて壊れてしまったのだ。
「落ち着きなジェジー。マチュ。アンタはそのガンダムとクラバに出な。そうすりゃ壊したザクの代金は取り立てないよ」
「アンキー、こんなガキにか…?」
「ならアンタにこのガンダムが動かせるってのかい? ジェジー?」
「チッ、分かったよ」
アマテにとっては、寝耳に水の話だった。
「ちょっと待って! 私、クラバに出るなんて一言も……」
「アマテ・ユズリハ。お前、良い家の出だろ? 俺たちみたいな難民とは違う。お母さんに迷惑は掛けたくないんじゃないか?」
「お母さんは関係ない!」
「いいや、関係あるね。お前はお前の責任でMSに乗った。その責任を負わなきゃならない。出来ないって言うなら親が責任を負うことになる」
アマテは黙った。ジェジーに反論したくて堪らなかったが、彼の言葉は正論だった。アマテは勝手にザクに乗り込んで壊してしまったのだから。
ポメラニアンズの隠れ家を出たところで、アマテはふらついた。今日一日で色々なことが起きすぎていた。
「ちょっと、何!?」
よろめいたアマテを支えた少年はイケメンだった。乙女であるアマテは、ときめいた。簡単に言えば、一目惚れをした。
「ここで待っていれば君に会える……そう、ガンダムが言っていた」
「……い、意味、わかんない。ていうか、何? 誰なの?」
「ボクは、シュウジ。赤いガンダムのパイロットだ」
シュウジは、切迫した様子だった。その様子さえも、彼の色気を引き立てている。イケメンは得だ。そんな益体のないことすら、アマテは考えてしまっていた。
「世界が狂わされている。このままだと、薔薇は咲かない。そうガンダムが言っている」
「ちょっと待って。どういうこと…?」
「付いてきて」
アマテはシュウジに腕を引かれ、マンホールから地下に入っていった。
使用されなくなったエアドッグには、廃棄されたスペースランチと、赤いガンダムが有った。
「あのガンダム、腕がない……」
「昨日、やられた。ジオンの士官だ。こんなことはあり得ない。そうガンダムが言っている」
「ねぇ、そのガンダムが言っているってやつ、なんなの?」
アマテの言葉に、シュウジは口を噤んだ。
「今は、話せない。僕も君とクランバトルに出る。それが終わったら話す」
「分かった」
アマテは、流されるままだった。状況に流されて、非合法のクランバトルに参加するのだ。
本人の意思も有ったものの、状況に踊らされていた。
――クランバトルに出た。
――赤いガンダムのアンテナが折られた。
――ひたすら、逃げた。
――けれども、勝てなかった。
「シュウジ!! なんで!!」
「AMBACが出来なかった……推進系の損傷が思いの外重かった」
「逃げないと! 捕まっちゃう!」
シュウジは、明らかに気落ちしていた。瞳から気力が消えていた。
「ガンダムの声が消えた。この世界は、失敗したんだ」
「そんなこと、どうでも良いから! ほら、逃げるよ!」
アマテは、軍警の追っ手が来る前にシュウジの隠れ家に逃げ込んだ。クランバトルに敗北し、ザクの代金の支払いも出来なくなった。
「シュウジ。私と一緒に逃げよう。ここに居たら捕まっちゃう」
「逃げるってどこに? ララァの声が聞こえない世界に意味なんて無いんだ」
「良いから! 行くよ!」
アマテは、シュウジの手を掴み地上に上がった。しかし、地上では、巨大なMSがビル群を覆っていた。
「なに、あれ?」
「……」
軍警のMSが、蝿のように叩き落される。アマテの胸の中に絶望感が込み上げてきた。
こんなの、どうやっても助からない。母親、友人、自宅に学校。大切なものが跡形もなく消えてしまう。
「逃げられない…! だったら!」
アマテはジークアクスに駆け寄った。アマテの意思に共鳴したガンダムが手を伸ばす。
「行こう。ジークアクス!」
「おっと、その前に話をしようじゃないか」
ジークアクスの前に、2機のMSが立ち塞がる。白いギャンとゲルググだ。
「私は、リア・グラント。そのジークアクスの持ち主だよ。さて、そっちのシャア大佐のニセモノくん。共闘しよう。それとも、ここでやりあっても良いけどね」
「ジークアクスは、僕の機体なんですけど」
「ごめん。素で忘れてたよ。エグザべくんの機体だったね」
ソドンの格納庫で、ジークアクスと赤いガンダムは修理と補給を受けていた。
「さて、シュウジ・イトウくん。君にしたい質問は幾らでも有ります。ですが、今は非常時です。味方は1機でも多い方が良い。協力してくれますね?」
「……分かった」
「よろしい。では、行きましょう。私のキケロガの援護を頼みます」
シュウジは、シャリア・ブルという髭の男と組むようだ。
アマテと組むのは、リア・グラントという女だった。
長身で短髪。胸の膨らみもなく、一瞥しただけではフェミニンな男性に見える。
「アマテくん。君、なかなか失礼じゃないかな?」
「何も言ってません」
「私の胸が断崖絶壁だとか、似非男女だとかなかなか酷いことを考えているよね?」
「ぁ……」
「ま、別に良いけど」
なんというか掴みどころがない人だなとアマテは思った。彼女が会ったことのない人種だった。
「リア・グラント、ゲルググ。行きます」
「アマテ、ジークアクス出ます」
白いゲルググは、ジークアクスを上手くリードした。アマテは重力下で飛ぶのは、はじめてだった。
「キケロガと赤いガンダムが陽動だ。私たちは、敵の油断を突く。要となる役割だ。アマテくん、君は人を殺したことがないだろう? だから私がやる」
寒気が背筋を登っていった。アマテは今、人を殺す話をしているのだ。MSに乗る前は単なる学生だったというのに。
この期に及んでも、ガンダムから降りたいとアマテは思わなかった。平凡で退屈な偽物の世界を壊す鍵がジークアクスにある。何故だが、強く確信していた。
キケロガの有線ビットが、サイコ・ガンダムのIフィールドを焼く。無線とは違う、高出力なビームだ。
[私は、ジオンを! スペースノイドを殺すゥ! 父さんを、母さんを、みんなを奪ったジオンを許さない!! だから、自分の意思で進化した! これが、私が、本当のニュータイプなんだ!]
サイコ・ガンダムのパイロットの叫びが伝わってきた。哀れな虚勢を張った声だ。
「サイコ・ガンダムのパイロット。あなたが奪った命はどうするのです? あなたが殺した人にも、大切な人がいて大切な場所が有ったのですよ」
[うるさい! うるさい! うるさい! そんなのわかってる!! じゃあどうすれば良かったのッ!!]
サイコ・ガンダムは、リフレクター・ビットを飛ばしキケロガを迎撃していた。
「あの大きいの、街を避けてる?」
「アマテくん。あれは敵だよ」
「だって、あの子、傷付けたくないって。殺したくないって」
リアのゲルググが撃ったビームが、リフレクター・ビットの隙間をすり抜け、本体に損傷を与える。
[ううっ、ぁあ゛あァ!! そこか!!]
咄嗟にサイコ・ガンダムの放ったリフレクター・ビットを躱した。
けれど殺意に反応したアマテは、反射的にライフルの引き金を引いていた。
「当たっちゃった……私、あの子を……殺した」
アマテの撃ったビームは、サイコ・ガンダムのコクピットを貫いていた。
「MSってどこまで行っても人殺しの道具なんだよ。ガンダムに乗るって言うのはそういうことなんだ。撃たないほうが良いって言ったよね?」
リアの慰めは、アマテの耳には入らなかった。