人を殺した。良心の呵責がアマテを苛んだ。眠る前に、名前も顔も知らないサイコ・ガンダムのパイロットが、アマテを責めるのだ。
冷や汗塗れで、目を覚ますこともある。
そんなアマテにはお構い無しに、ソドンはイズマコロニーに降り立った。グラナダに向かうため、補給が必要なのだ。
「アマテ!!」
「……お母さん? なんで?」
「なんでってことないでしょう! あなたがジオンの新型MSに乗り込んだって聞いたから、ここに来たのよ。本当に無事でよかった」
与えられた部屋の隅で塞ぎ込んでいたアマテを、母であるタマキが抱きしめる。
「アマテさん。貴方は、我が軍の新兵器であるジークアクスに乗りました。残念ですが元の生活に戻ることはできません」
「そんな……アマテ…! 嫌よ。アマテが居なくなるなんて」
シャリア・ブルにタマキは食って掛かっていた。しかし、シャリアは折れそうになかった。
「私、ジークアクスに乗るよ。そうじゃなきゃ私が殺した人が浮かばれない。あの子がどんな顔で、どんな性格だったとか、何も知らないけど、この罪は私が背負わなきゃならないから」
「アマテ…! やめなさい! お父さんになんて言えば良いのよ!! お願いします。アマテを返してください……」
「お母さん。もう良いよ。私がやりたいことなんだから。辛くて重くて苦しいけど、私がジークアクスに乗らなきゃいけないんだ!」
アマテの明らかな拒否に、タマキは顔を覆って泣き出した。
「さよなら。お母さん」
取り乱すタマキを、アマテはもう見ていなかった。
「やーやー。酷いね。もっとお母さんを大事にしたら?」
「リアさんには、関係ないですよ」
「そうかもね。だけど、これは忠告だよ。私みたいに全部捨てるなら良いけど、マチュはそうじゃないんだろう?」
リアの評判は良い。いつもヘラヘラしているけれど凄腕のMSパイロットだ。
「全部捨てたって、なんですか?」
「連邦を裏切って、ジオンに寝返ったんだ。そして、シャアと暴れた。たまたま沈めたフネに父親が乗ってたんだよ。知らぬ間に父を殺してた。マチュは、私みたいになっちゃダメだよ。戻れるところが有るんだから」
重い言葉だった。アマテは、リアに少しだけ憧れを持っていた。それが、全部なくなったような気がした。
「でも、シュウジは違う」
「いや、違わないさ。男のために全部捨てるなんてダサいよ。私みたいになっちゃダメ。今ある物を大事にしなよ」
「うるさい! ジークアクスに乗ったから、私はもう戻れない。逃げれば1つ。進めば2つだって……シュウジが」
「ま、若さの特権だよね。やってみな」
アマテの胸の中にはドロドロとしたものが溜まっていた。
「ちょっ、なにこれ!?」
アマテの自室が荒らされていた。見たところ、服や生活用品が消えている。
「泥棒でも出たの?」
アマテの言葉に反応するかのように、シャワールームがガタっと音がした。
「出てきて! 早くしないと撃つよ!」
アマテは銃を持っていない。これは単なるハッタリだ。
両手を上げて、シャワールームから出てきたのは、褐色の肌に黒髪の少女だった。アマテは彼女の容姿に心当たりが有った。
「確か、ニャアン…?」
「…マチュ?」
そこに居たのは運び屋の少女だった。ニャアンの後ろには、そばかすが特徴的な白い髪の少女もいた。
「ジークアクスのパイロット……ボクを殺しに来たの? アンを殺したみたいに」
ニャアンと白い髪の少女。2人がアマテの部屋を荒らし、シャワールームに潜んでいたようだった。
「ニャアン、その子は誰なの?」
「そ、その……」
「ボクはドゥー。サイコ・ガンダムの心臓だよ。よろしく。アンを殺したアマテ」
ニャアンが頭を抑えている。言ってはいけないことを、ドゥは言っているらしい。
「私は、殺したくて殺したんじゃない。撃たれたから咄嗟に……」
「でも、アンは死んだ。アンが脳でボクが心臓。サイコ・ガンダムは2人で1つだったのに」
「ドゥー。やめて。私たちは追われてるの。事を荒立てないで」
ニャアンは運び屋の仲間が逮捕されたため、路地裏に潜んでいたところ、ドゥーに出会った。
2人は、なんとなく意気投合し行動を共にしている内に、軍警に見つけられた。追われるまま、咄嗟にソドンに乗り込んだという。
「マチュ。お願い。黙ってて。難民の私も、連邦軍のドゥも軍警に見つかったら殺されちゃう」
アマテは、2人を隠すことにした。こっそり、食事を盗ったりして、アマテは2人を養っていた。
宇宙に出てからしばらくして、アマテは情報を収集することにした。彼女はあまりに無知だった。ソドンの行方さえも知らない。
「リア。このフネってどこに行くの?」
「グラナダ。うちはギレン派だけど、エグザベくんはキシリア様の部下だからね。返却しなきゃいけないんだ」
「ふーん。グラナダって、平和な場所?」
「多分ね」
アマテは、そのグラナダという場所で、ドゥーとニャアンを降ろそうと思った。
「マチュ、お腹すいた……」
「ちょっ、ドゥー。出てこないで」
リアは、目をパチクリさせていた。
「密航者? しかも可愛い子が2人。やるねぇ。マチュ君ってそっちもいける感じ?」
卑猥なジェスチャーをするリア。アマテは顔を真っ赤にして首を振った。
「違う、違うから。単に成り行きで」
「シュウジくんにも首ったけで、女の子2人と同棲かぁ。若いって良いねぇ」
「黙ってて。バレたら2人が殺されちゃうから秘密にしてて」
「ま、良いよ。黙っててあげる」
アマテはリアの言葉を信じ、安心していた。
しかし、彼女は裏切ったようでシャリアがコモリを連れて、アマテの私室にやってきた。
「名前は?」
「ニャアン…です」
「ドゥ」
シャリアの取り調べは、つつがなく進んでいった。
「まぁ、良いでしょう。あなたたちはグラナダで降ろします。それまでは大人しくしていてください」
ドゥは不満げに頷き、ニャアンはほっとしたようにコクコクと頷いていた。
「間もなく、グラナダです。何もなければ良いのですが」
「中佐、これ連邦軍の広域通信です」
「出してください」
コモリがモニタに映像を繋げる。そこに映し出されたのは、2人の男だった。
1人は金髪のオールバック。もう1人は茶髪の天然パーマだ。
――私はキャスバル・レム・ダイクン。かつてシャア・アズナブルと呼ばれたこともある男だ。
私は、ジオン・ズム・ダイクンの息子として地球連邦の力を借り、ジオン公国に帰還することにした。
ザビ家は偽物である。父ダイクンから権力を奪った簒奪者だ。
私こそがジオンである。父ダイクンと志を共にする者よ、ザビ家を打倒しよう。私に協力し、世界を正そう。
ジオンを正した時に、私は父ダイクンのもとに召されるであろう。今こそ、ジオンに勝利を。連邦に勝利を。ジーク・ジオン! 連邦万歳!
「あれって、赤い彗星のシャア?」
「ええ。大佐です。ですが、大佐はダイクンの息子ではなかったはず……」
「シャアだけど、シャアはキャスバルじゃない。あのバカ、記憶喪失にでもなったの?」
アマテは混乱した。赤い彗星のシャアであることは確からしい。けれど、彼はジオン・ズム・ダイクンの息子ではないという。キャスバルという経歴が嘘なのだ。連邦の捏造らしい。
シャアとキャスバルはそっくりだったという。
「た、大変です。すぐにブリッジへ」
「なんですか? 慌てて」
「連邦軍艦隊です!」
一行がブリッジに戻ると、連邦艦隊がグラナダへ迫っていた。
「連邦軍艦隊がグラナダへ直進しています! 本国からは、コロニー・レーザーを使用すると。当該宙域の退避勧告が出てます」
「ええ。退避しましょう」
ソドンは急速に機首を巡らし、警告のあった宙域から退避した。
「シャリア、アレは囮だよ。グラナダの奴らまんまと引っ掛かったみたいだけど」
「リア中尉にも分かりましたか。ですが、もう間に合わないでしょう」
グラナダから、艦隊が次々と上がっていく。ソドンは少し外れたところで、様子を窺っていた。
「囮って何?」
「連邦は何か考えてる。そうでなきゃあんな少ない数でグラナダを攻めない」
「本命……あの光……止めなきゃ! グラナダが消えちゃう!」
アマテは、そのまま格納庫へ走り去っていった。
リアは、アマテの言葉が飲み込めていなかった。グラナダが消える。ようやく脳裏に過ったのは、ソーラー・システムの存在だ。
「コモリ少尉、連邦のパネルは?」
「パネル…? リア中尉何のことです?」
「中尉、発見しました……こ、これです。月軌道、ソロモンの影に構造物があります」
「やはり、ソーラー・システムを撃つつもりなのか」
グラナダ艦隊は連邦軍の囮艦隊を追っている。ソーラー・システムに気が付いてはいないようだった。
「アマテ、ジークアクス行きます!」
アマテのジークアクスが、宇宙へと飛び出した。それを追うように赤いガンダムが出る。
「シュウジ。止めよう! これが撃たれたら、みんな不幸になる!」
連邦艦隊が護衛についているため、ソーラー・システムのコントロール艦を撃破することは至難の業だ。
それでも、アマテは進んでいった。
「リア中尉、オリベ中尉、マチュくんを追いましょう」
「はい、中佐。ほら、エグザベくんも!」
「分かりました」
アマテを追って、ソドンからMSが発艦する。2機のガンダムと、白いゲルググとギャン。そしてキケロガだ。ニュータイプと言えどもたった5機で戦況を覆すことは出来ない。
「アマテくん。前に出過ぎています」
「私が、私がやらないと! だってジークアクスにはそのチカラが有るんだから!」
ジークアクスは確かに飛び抜けた性能を持つ機体だった。けれども、戦力としてはたった1機でしかない。
「マズイ…! 光が! 撤退します」
「リア中尉、アマテがまだ…!」
ソーラー・システムから放たれた光が、宇宙を焼いた。ジークアクスと赤いガンダムは、回避が間に合わず光の中に消えていく。
「シュウジ! 何してるの!」
「この世界は剪定される。ララァが目覚めてしまえば、世界は消える。だから、最期に君を助けたかった」
「やめて! ジークアクスなら大丈夫だもん!」
「いや、ダメだよ」
シュウジの赤いガンダムが、極小規模なゼクノヴァを発生させ、ジークアクスへと襲いかかる光を飲み込んでいく。
「シュウジ! 嫌だよ! こんな別れ方は嫌だ!」
「さよなら。マチュ」
光が消えたあとには、赤いガンダムは一欠片すら残さず消滅していた。
「向こう側で待ってて。そのララァって奴をぶっ飛ばして、必ずシュウジのところに辿り着いてみせるから」
アマテにはもう迷いはなかった。向こう側に渡るための鍵であるジークアクスはここにある。
シャロンの薔薇とララァをぶっ飛ばして、向こう側に辿り着く。単純なことだ。
――行こう。向こう側へ。
誰かの声が聞こえたような気がした。