エレベーターで向かった先は、最上階。なんとこの女の子の家族……身内……ともかく、そんな感じで一フロア借り切っているのだとか。
「お金持ちだ……!」
「金、あるところにはあるんだな……」
本当にね! 一泊数十万とかする部屋だろうから、一フロア貸し切りで……だめだ、想像もつかない。聞こうとも思えない。怖すぎて。
「な、菜月……やばいぞ……カーペットがふかふかだ……!」
「うん……汚さないようにしよう……。請求されても払えない……」
「だ、だな……!」
ジュースとかこぼそうものなら……それだけで弁償額がすごいことになりそう。怖い。
何よりも怖いのが、女の子が平然としていて、わたしたちの様子を見て不思議そうにしていること。きっとこの女の子にとっては、この程度のカーペットは気にもならないんだ。
「女の子が……魔物よりも怖く見えるなんて……」
「同感……」
「ねえ。失礼すぎない?」
――あっはははは! お、おなかいたい……!
わたしたち探索者の天敵を見たような気がしました。
かなり呆れている女の子に案内されて、ちょっと奥の部屋へ。部屋の前には黒いスーツの人が二人立っていた。男の人と女の人。警護か何かかな?
そのうちの女の人が、小さく安堵のため息を漏らした。
「お嬢様。勝手に外に飛び出さないでください。心配するでしょう」
「あら。どうせ一階にも誰かいるでしょ」
「それはそうですが……」
お嬢様。お嬢様、だって。
「陽葵。お嬢様って実在してたんだね」
「ああ……。空想上の生き物じゃなかったんだな……」
「いい加減に怒るよ!?」
お嬢様、とか初めて聞いたから無理もないと思います。
警護の人に改めて許可を貰って、室内へ。
なんというか……。言葉で説明できない豪華な部屋だ。わたしのホテルのイメージって、ベッドにテーブル、テレビがあるだけのワンルームなんだけど、そんなレベルじゃなかった。
リビングがある。とても広い。ふかふかのソファに大きな机、それにテレビ。マンションの部屋でもこんなに広くないと思う。
さらに寝室や専用の浴室もあるとかで……。きっとこれが、スイートルームっていうやつなんだと思う。住む世界が違う。
「こっちよ」
女の子に案内された先は、寝室。そこに、たくさんの人がいた。
まずは、お医者さんや看護師さん。白衣を着て、何かのモニターを見つめてる。他にも警護の人が複数。
そして、ベッドの上。傷だらけの、男の人。女の子と同じような金髪で、どことなく顔立ちが似てる……ような気がする。兄妹かな?
「お兄様なの。交通事故で、意識が戻らなくて……」
「交通事故……?」
包帯でぐるぐる巻きで、血があちこちからにじんでる。かなり痛々しい姿だ。見ているだけで、ちょっとお腹がきゅっとしちゃう。
でも。一般人だと分からないかもしれないけど、わたしには分かってしまった。傷の多くに、魔力を感じるから。
「治せる、かな?」
女の子の不安そうな声に、わたしははっきりと頷いた。
「大丈夫、です……」
「よかった……!」
「呪いの解呪も……できる、ので……」
「え」
女の子が目をぱちくりとさせてる。分からないと思ったんだろう。普通は、そうだ。陽葵も驚いたように目を瞠ってるし。
「なるほどな……。なつ……魔女が呼ばれたのもそのせいか」
名前を呼びかけて、止まってくれた。名前からたどられてしまいそうだからね。
「うん……。外での解呪なんて……わたしにしか、できない、だろうから……」
ダンジョンの中でなら、治癒魔法を使える人なら治せると思う。でもダンジョンの外だともう絶望的だ。解呪の道具なんてそんな都合のいいものもないから。
「どうして外に……?」
ダンジョンの中で治癒ができる魔法使いを探した方が早いと思うのに。
「その……。誰にも、言わない?」
「ギルドから……守秘義務? 説明されて、います……」
ここで知り得た情報は他言しない。他言した場合は、わたしたちがギルドからの信用を失ってしまう。そうなるともうダンジョンに入れなくなるかもしれない。だから、信用してほしい。
そう説明すると、女の子は小さく頷いてくれた。
まずは、簡単な自己紹介。女の子は、メリッサ。わたしでも聞いたことがあるぐらい大きな会社の社長令嬢。ベッドの男の人も、社長令息とのことだった。
それがどうして呪いなんかと思ったら、社長令息さんはわりと奔放な性格で、こっそりダンジョンに通っていたらしい。そのために、学校は奈良の大学を選んだとのこと。
そして、結構結構有名なパーティに所属していて、ランクはB。腕が立つ剣士らしい。
「お金になんて困ってないだろ。なんでダンジョンなんて潜ってんだよ」
「探索者向けの製品を作るなら、自分が探索者になるのが一番だって……」
「熱意がすごい」
それぐらいでないと、世界有数の企業なんて引き継げないってことかな。よく分からないけど。
ともかく。元々Bランクに入っていて、パーティにも治癒魔法使いがいた。そのパーティメンバ―ですら治癒できない呪いで、一縷の望みをかけてダンジョンの外に出たのだとか。
でも。Aランクパーティの治癒魔法使いに頼んでもどうやら解呪できなかったらしく、せめて故郷の地で死にたいという本人の希望で、故郷に戻る途中、だったとのこと。
そうして、飛行機のチケットをとって戻ろうとしたところで、ギルドから内密でと話があったんだって。その時にわたしのことを聞いたらしい。
ダンジョンの外でも魔法が使える例外中の例外。そんな魔女なら、解呪もできるのでは、と。
ダンジョンの犠牲者を減らしたいと思っていたから、別にいいと言えばいいんだけど……。ちょっと、わたしのことを簡単に売りすぎだと思う。いや、公然の秘密みたいな感じになっていたからいいんだけど。
――それだけ信頼されてるってことでしょ。
都合良く利用されてるだけとも言えない?
――そうとも言う。
わたしにも、つまりリーナの魔法でも限界があるだろうから、あまり頼られすぎても困るんだけど。
まあ、ともかく。わたしがやることは、とても単純。この男の人を治療するだけ。
「それじゃあ、すみません」
そっと男の人に手を伸ばす。部屋にいたみんなが心配そうに見守る中、わたしはリーナの治癒魔法を使う。すると男の人が淡い光に包まれて、その光が消えると全ての傷は塞がっていた。
傷の名残は、血の滲んだ衣服やベッドだけ。男の人自身も整った寝息を立てて眠っている。
「これでよし」
「すごい……こんな簡単に……」
「はい。これで治療は終わり……です。これでいい、ですよね?」
「う、うん……。本当にありがとう」
「いえ……」
――よし! これで終わり! お仕事終了! 食べ歩き行くわよ!
リーナは切り替えが早すぎるよ……! いや、長居する意味はないんだけどさ! もっとこう……何かないの? ないか。わたしもないし。
「それじゃあ……。失礼、します……」
「あ、えと……。お、お名前! 名前教えて! お礼を……」
「ギルドを、通してください……」
名前なんか言ったら終わりだよ。ましてや、この人は世界有数のお金持ち。きっと、いろんな人に伝わってしまうと思う。
そうなったら……。ダンジョンに関係のないいろいろな厄介ごととか……。巻き込まれる気しかしない。絶対に嫌だ。
「行こう」
「おう」
陽葵に声をかけて、さっさと部屋を出る。メリッサが追いかけてくることはなかった。