コミュ障少女と月の魔女   作:龍翠

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04 初めての食べ物

 

   ・・・・・

 

「ああ……。こうなるんだ……」

 

 私は。菜月が眠りに落ちてから、そっと体を起こした。肉体。ちゃんとした体。特に問題なく動かせてしまう。まさか、菜月が眠ると私に主導権が移るとは思わなかった。

 

「…………」

 

 このまま、菜月の意識をずっと眠らせて、私が体を使わせてもらう……なんて、思わなくもなかったけど。さすがにそれはないな、と自分でも思ってしまった。

 あの子、結構いい子だから。もう私を受け入れてしまったみたいだし。さすがにそんな子を裏切って体を乗っ取ろうだなんて思えない。

 これが生まれる前かその直後で、菜月にはっきりとした意識がなかったら気にしなかっただろうけど……。いや、だからこそ、この体は防衛本能みたいなもので私を封じたのかもしれない。大したものだと思う。

 まあ、ともかく。こうして体を共有したのも何かの縁だ。私は二回目の生だし、菜月と一緒に生きていくのも悪くない。

 

 それに……。菜月に言ったことも、嘘ではないから。

 地球。月の都市にとっては禁足地、立ち入ってはいけないとされる場所。その理由になったのが大昔の事件っていうのが呆れるところだけど、月の住人はその決まりをずっと守ってきた。

 だから、興味があった。地球の住人は月に飛んできたりもしていたし、きっと文明も発達しているんだと思う。

 そんな地球を菜月の中から見学させてもらおう。きっと楽しいはずだから。

 

「ふふ……。楽しみね」

 

 私はそう考えて、ベッドに横になった。あー……。枕がちょっと固い。魔法で少し柔らかくしよう。ちょちょいと……。これでよし……。

 …………。

 この体でも魔法、使えるんだ……。

 

   ・・・・・

 

 昼寝から目覚めたわたしは、保健室の先生に頭を下げて教室に戻った。四時間目の授業中だったけど、先生もクラスメイトから聞いていたのか、大丈夫かと聞いてきただけだった。

 

「その、はい。もう大丈夫、です」

「無理はしないようにね?」

「は、はい……」

 

 小さく頭を下げて、自分の席に戻る。隣のクラスメイトが心配そうにしてくれてるのが、なんだかちょっと新鮮だった。今までなかったことだから。

 

――これが授業というやつね。

「です。静かにしてね」

――分かってる。

 

 小さく、本当に小さく、口の中だけで喋るようなイメージで声を出す。それでもリーナにはちゃんと聞こえるらしい。

 心の中の声、というのはさすがに聞こえないらしいけど。なんとなく分かる程度、だって。ちょっとだけ救いかもしれない。さすがに恥ずかしいから。

 その後はちゃんと真面目に授業を受けて、お昼の時間。わたしの学校は給食がない。お弁当だったり、パンだったり。わたしは、パンだ。お弁当とか、あるはずがないから。

 

――へえ……へえ……! それが地球の食べ物なのね!

 

 何故かリーナがとても興奮してる。月はパンとか珍しいのかな。

 

――珍しいなんてものじゃないわよ。そもそも食べ物なんて無味無臭のものしかなかったもの。

「え……。なにそれ……。ちゃんと栄養あるの?」

――月の住人は魔法で栄養なんてどうとでもなるのよ。栄養がしっかり詰まった魔力玉を作って、それを飲み込むだけ。ただ、それだけ。

「ええ……」

 

 それは……。それは、とても嫌だなって。美味しいものを食べると幸せになれるのに。

 パンの包装を破る。特売のメロンパンだ。大きなメロンパンで、サイズのわりに安いパン。いつもの、わたしのお昼ご飯。それを口に入れた。

 

――……っ!? なにこれ甘い! 美味しい! なにこれ!

「あ……。もしかして、味覚、共有してる?」

――味覚だけじゃなくてほとんどの感覚を共有してる! そんなどうでもいいことよりも! これよ! この、メロンパン? すっごく、美味しい!

 

「どうでもよくはないと思うなあ……」

 

 ほとんどの感覚……。確か、五感、だっけ。そういえば、わたしが見聞きしているものはリーナも同じように見聞きしていたみたいだったから、気付くべきだった。

 それにしても……。メロンパンでこんな反応をするなんて。他の美味しいものを食べたら、もっとすごい反応をするのかも。ちょっと、気になる。

 

――なに? 美味しいものが他にもあるの?

「もちろん。帰りにちょっと買い食いとか……する?」

――する!

 

 正直、あまりお金に余裕があるわけじゃないけど……。でも、これぐらいならいいかなとも思う。まともな食べ物を食べたことがないって聞いたら、特に。

 わたしもそこまでいいものを食べてきたわけじゃないから、商店街のものになるけど……。メンチカツとか、美味しいお店があるから。

 

「じゃあ放課後に行こうね」

――楽しみ。

 

 本当に弾んでる声音に、わたしは頬がちょっと緩んでしまった。

 

 

 

 お昼からの授業も終わって、放課後。わたしが通う学校は、放課後に教室の掃除を生徒がすることになってる。でもそれは全員じゃなくて、五つのグループで交代して、だ。

 四つのグループがどこかの掃除で、一つのグループはお休みみたいな感じ。今日は私がそのお休みだった。友だちがいるわけでもないから、すぐに帰って……。

 

「綾瀬」

 

 教室を出ようとしたところで、呼び止められてしまった。

 

「え……。な、なに……?」

 

 振り返って相手の姿を居る。真正面から見るのは苦手だから、ちょっと下側を。えっと……。クラスメイトの女の子。ちょっと怖い子だ。確か、ショートカットの茶髪、だったはず。

 

「教室の掃除当番、代わってくれよ」

「え……。で、でも……」

「いいだろ?」

 

 ずいっと箒を渡そうとしてくる。断られるなんて思ってないみたいに。

 いつものわたしなら、この箒を受け取って頷いていた。正直、今日も同じようにしようと手を伸ばしかけて。

 

――菜月。

 

 その声に、わたしは動きを止めた。

 相手の子は怖いけど、でも優先するなら、今後ずっと一緒に生活することになるリーナだ。できれば仲良くしたいから。

 

「ごめんなさい。今日は、だめ」

「はあ?」

 

 相手の子が眉尻を上げた。怒っているのがよく分かる。正直怖いけど、でも楽しみにしてくれてるリーナを裏切りたくないから。

 

「今日は、用事がある、から……!」

「根暗が……! いいから代われって言ってんの!」

「いやだ!」

 

 思わず、ちょっと大きな声が出てしまった。何事かと周りのクラスメイトがこっちに視線を向けてくる。それを相手の子も察したみたいで、舌打ちして行ってしまった。

 これで大丈夫、かな……? 正直、明日からがちょっと怖いけど。

 

――よかったの?

「いいんです……!」

 

 わたしは振り返って、教室を後にした。後ろからクラスメイトの視線を感じるけど、今日はもう帰るんだ。絶対に。

 

――私は別に、後回しでもいいよって言うつもりだったんだけど。

「…………」

 

 そういうのは先に言ってほしかったです。

 

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