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目を開ける。立ち上がる。ゆっくりと息を吸って……吐き出して……。
うん。やってしまった。菜月の体を無理矢理奪うつもりなんてなかったのに。
「リーナ様!」
ホムンクルスの声。私は今回の元凶に鋭く視線を向けた。
「貴様……。よくも、死者の尊厳を踏みにじってくれたわね……」
「な、何を怒っているの? リーナ様は、私とまた会えて嬉しくないの?」
「ただの記憶を植え付けられただけのホムンクルスで、私が喜ぶと思ってるの? ふざけるな!」
そんなものは、レフィとは何の関係もない赤の他人だ。どうしてそれでわたしが喜ぶと思ったのか、理解できない。
レフィはもういない。レフィは、私の目の前で死んでしまったから。
「どうして……。私のために、リーナ様は不老不死の薬を作ろうとしてくれたじゃないですか!」
「お前のためじゃない!」
私が、禁忌の研究を、不老不死の研究をしていたのは、不治の病に冒された親友を助けるためだ。でも月の連中は私の研究内容を知ると、徹底的に邪魔をして……。結局助けられなかった。
後に残ったのは、副産物の転生の魔法。それで妥協してレフィに使っていればと、今でも後悔してる。
でも。それはもう過去の話。レフィは私の前で死んだし、目の前のこいつはレフィとは似ても似つかないものだ。
「そもそも、どうして今更お前みたいなやつが作られたのよ。不愉快な……」
「…………」
ホムンクルスは泣きそうな顔をしていたけど、やがて怒りがこみ上げてきたのか、私を睨み付けてきた。今にも襲いかかりそうなほどの激情を感じる。これがこいつの本性か。
「リーナ様が……原因だよ!」
「は?」
「あなたをもう一度月に呼び戻すために! あなたが求めたレフィを蘇らせる決断を下した! だから! 私が生まれた! だから! だから! 私がレフィ!」
私を……呼び戻す? ということは、やはり月は私が転生していることを察している。いやそれよりも。どうして、今更呼び戻そうと……。
私の表情からその疑問を察したのか、何も言わずともホムンクルスが教えてくれた。
「月の貴族が……不老不死を求めてる。リーナ様は、その研究の完成に最も近づいた魔女。だから、リーナ様を呼び戻したい」
「は……?」
「戻ってきてくれるなら……。リーナ様は、貴族として受け入れられる。好きな研究も認められる。禁忌の研究でも何でもしていい。そう、言われてる」
なにそれ。なんだそれ。それは……。
「ふざけてるの?」
「リーナ様……」
「お前ら月のやつらが……私の邪魔をしたから! レフィを助けられなかった! それなのに、今更研究を許可する? バカか!? 何のために研究をしていたと思ってる!?」
「だから……私が、生み出されて……」
「お前はホムンクルスだ! レフィじゃない!」
「そんな……!」
認められるか! 認められるものか! 私の親友は、もういないんだ! あいつらのせいで……! それを、今更……研究を許す? 阿呆か!
「今更もう! 研究をしたいなんて思わないのよ! 私の人生はもう終わったの!」
「でも! 転生の魔法を使っているじゃないですか!」
「それは……!」
確かに。確かに私は、転生の魔法を使った。まだ生きたいと思ってしまったから。でもそれは、菜月の人生を奪ってまでの願いじゃない。
「私は、この子の、菜月の人生を見守る。それで、終わり。それで、いい」
「でも! 第二の生を奪ったのは! その菜月って奴でしょう!」
「……っ」
それは。そんなことはない、と言いたいけれど……。言い切れるものでもない。私と菜月、どちらが先だったのか。そんなもの、答えは分からないから。
「綾瀬菜月! 聞こえているのでしょう!」
ホムンクルスが叫んで。私の体の中で、何か温かいものがびくりと震えたのが分かった。
「リーナ様に体を返しなさい! その体は! リーナ様のものよ!」
「黙れ! どうしてお前にそんなことが分かる!」
「私は全てを聞いたから!」
聞いた? 誰に? 月のやつが? いや、あり得ない。私ですら分からないことが、月の連中に分かるとは思えない。
一体、誰に……。
「綾瀬菜月。あなたは、リーナ様にその体を返すべきなの。その理由を、知りたいでしょう?」
「黙れ」
「リーナ様こそ黙っていてください。これは、綾瀬菜月が知るべきことです」
それは……。それは。私には、何も分からないことで……。
「綾瀬菜月。あなたは知りたくはない? 自分のルーツを。あなたの魂が、どこから来たのか」
――…………。
私の中で、菜月が苦しんでいる。何かを言おうとして、でも言えなくて、という感情の動きが、手に取るように分かる。
知りたいんだ。菜月は、自分のことを。
「綾瀬菜月。リーナ様を、ダンジョンの奥へ連れてきなさい。三十層ぐらいなら、二人きりで、落ち着いて話せるでしょ」
「そんなこと……。ここですれば……」
「時間切れですよ、リーナ様」
どういうことか分からなかったけど、すぐに理解した。この部屋のドアが、勢いよく叩かれ始めたから。
「魔女さん! どうかしたんですか! ものすごい音が聞こえてきましたよ!」
「……っ」
振り返る。そういえば、何も対策していなかった。会話は筒抜け……でもない? リーナが防音の魔法を使っていたらしい。いや、防声の魔法というべきものね。声は通さないけど、他の音は通す。時間切れを狙っていたんだと思う。
「ホムンクルス……!」
「それではリーナ様、ごきげんよう。綾瀬菜月。ダンジョンの奥で待っているわ」
ホムンクルスはそう言い捨てると、勢いよくその場から移動した。私の頭上を通り過ぎ、ドアへと向かう。当然私はそれを止めようとしたけど……。
――リーナ。いいよ。
菜月の声に、私は魔法の行使を中断した。
「何が……、なっ!?」
外の人が驚く声が聞こえてくる。眠っていた少女が急に飛び出してきたんだから当然の反応だ。ちょっとだけ申し訳ないことをしてしまったけど……。今は、それよりも。
――菜月……。
――リーナ……。その……。あとで、いいかな……。
――もちろん。
苦しそうな菜月の声に、私も胸が苦しくなってくる。ゆっくりと深呼吸して、静かに頷いた。
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