コミュ障少女と月の魔女   作:龍翠

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43 ホムンクルス

 

   ・・・・・

 

 目を開ける。立ち上がる。ゆっくりと息を吸って……吐き出して……。

 うん。やってしまった。菜月の体を無理矢理奪うつもりなんてなかったのに。

 

「リーナ様!」

 

 ホムンクルスの声。私は今回の元凶に鋭く視線を向けた。

 

「貴様……。よくも、死者の尊厳を踏みにじってくれたわね……」

「な、何を怒っているの? リーナ様は、私とまた会えて嬉しくないの?」

「ただの記憶を植え付けられただけのホムンクルスで、私が喜ぶと思ってるの? ふざけるな!」

 

 そんなものは、レフィとは何の関係もない赤の他人だ。どうしてそれでわたしが喜ぶと思ったのか、理解できない。

 レフィはもういない。レフィは、私の目の前で死んでしまったから。

 

「どうして……。私のために、リーナ様は不老不死の薬を作ろうとしてくれたじゃないですか!」

「お前のためじゃない!」

 

 私が、禁忌の研究を、不老不死の研究をしていたのは、不治の病に冒された親友を助けるためだ。でも月の連中は私の研究内容を知ると、徹底的に邪魔をして……。結局助けられなかった。

 後に残ったのは、副産物の転生の魔法。それで妥協してレフィに使っていればと、今でも後悔してる。

 でも。それはもう過去の話。レフィは私の前で死んだし、目の前のこいつはレフィとは似ても似つかないものだ。

 

「そもそも、どうして今更お前みたいなやつが作られたのよ。不愉快な……」

「…………」

 

 ホムンクルスは泣きそうな顔をしていたけど、やがて怒りがこみ上げてきたのか、私を睨み付けてきた。今にも襲いかかりそうなほどの激情を感じる。これがこいつの本性か。

 

「リーナ様が……原因だよ!」

「は?」

「あなたをもう一度月に呼び戻すために! あなたが求めたレフィを蘇らせる決断を下した! だから! 私が生まれた! だから! だから! 私がレフィ!」

 

 私を……呼び戻す? ということは、やはり月は私が転生していることを察している。いやそれよりも。どうして、今更呼び戻そうと……。

 私の表情からその疑問を察したのか、何も言わずともホムンクルスが教えてくれた。

 

「月の貴族が……不老不死を求めてる。リーナ様は、その研究の完成に最も近づいた魔女。だから、リーナ様を呼び戻したい」

「は……?」

「戻ってきてくれるなら……。リーナ様は、貴族として受け入れられる。好きな研究も認められる。禁忌の研究でも何でもしていい。そう、言われてる」

 

 なにそれ。なんだそれ。それは……。

 

「ふざけてるの?」

「リーナ様……」

「お前ら月のやつらが……私の邪魔をしたから! レフィを助けられなかった! それなのに、今更研究を許可する? バカか!? 何のために研究をしていたと思ってる!?」

「だから……私が、生み出されて……」

「お前はホムンクルスだ! レフィじゃない!」

「そんな……!」

 

 認められるか! 認められるものか! 私の親友は、もういないんだ! あいつらのせいで……! それを、今更……研究を許す? 阿呆か!

 

「今更もう! 研究をしたいなんて思わないのよ! 私の人生はもう終わったの!」

「でも! 転生の魔法を使っているじゃないですか!」

「それは……!」

 

 確かに。確かに私は、転生の魔法を使った。まだ生きたいと思ってしまったから。でもそれは、菜月の人生を奪ってまでの願いじゃない。

 

「私は、この子の、菜月の人生を見守る。それで、終わり。それで、いい」

「でも! 第二の生を奪ったのは! その菜月って奴でしょう!」

「……っ」

 

 それは。そんなことはない、と言いたいけれど……。言い切れるものでもない。私と菜月、どちらが先だったのか。そんなもの、答えは分からないから。

 

「綾瀬菜月! 聞こえているのでしょう!」

 

 ホムンクルスが叫んで。私の体の中で、何か温かいものがびくりと震えたのが分かった。

 

「リーナ様に体を返しなさい! その体は! リーナ様のものよ!」

「黙れ! どうしてお前にそんなことが分かる!」

「私は全てを聞いたから!」

 

 聞いた? 誰に? 月のやつが? いや、あり得ない。私ですら分からないことが、月の連中に分かるとは思えない。

 一体、誰に……。

 

「綾瀬菜月。あなたは、リーナ様にその体を返すべきなの。その理由を、知りたいでしょう?」

「黙れ」

「リーナ様こそ黙っていてください。これは、綾瀬菜月が知るべきことです」

 

 それは……。それは。私には、何も分からないことで……。

 

「綾瀬菜月。あなたは知りたくはない? 自分のルーツを。あなたの魂が、どこから来たのか」

――…………。

 

 私の中で、菜月が苦しんでいる。何かを言おうとして、でも言えなくて、という感情の動きが、手に取るように分かる。

 知りたいんだ。菜月は、自分のことを。

 

「綾瀬菜月。リーナ様を、ダンジョンの奥へ連れてきなさい。三十層ぐらいなら、二人きりで、落ち着いて話せるでしょ」

「そんなこと……。ここですれば……」

「時間切れですよ、リーナ様」

 

 どういうことか分からなかったけど、すぐに理解した。この部屋のドアが、勢いよく叩かれ始めたから。

 

「魔女さん! どうかしたんですか! ものすごい音が聞こえてきましたよ!」

「……っ」

 

 振り返る。そういえば、何も対策していなかった。会話は筒抜け……でもない? リーナが防音の魔法を使っていたらしい。いや、防声の魔法というべきものね。声は通さないけど、他の音は通す。時間切れを狙っていたんだと思う。

 

「ホムンクルス……!」

「それではリーナ様、ごきげんよう。綾瀬菜月。ダンジョンの奥で待っているわ」

 

 ホムンクルスはそう言い捨てると、勢いよくその場から移動した。私の頭上を通り過ぎ、ドアへと向かう。当然私はそれを止めようとしたけど……。

 

――リーナ。いいよ。

 

 菜月の声に、私は魔法の行使を中断した。

 

「何が……、なっ!?」

 

 外の人が驚く声が聞こえてくる。眠っていた少女が急に飛び出してきたんだから当然の反応だ。ちょっとだけ申し訳ないことをしてしまったけど……。今は、それよりも。

 

――菜月……。

――リーナ……。その……。あとで、いいかな……。

――もちろん。

 

 苦しそうな菜月の声に、私も胸が苦しくなってくる。ゆっくりと深呼吸して、静かに頷いた。

 

   ・・・・・

 

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