「言いたいことも分かる。私だって、最初は自分の頭がいかれたと思ったから」
「はあ……」
「でも。綾瀬菜月。お前を見て、その状態を聞いて、納得した。そして理解した。私が会ったあれは、本当に神様だったんだと。こうして巡り合わせてくれたしね」
「巡り合わせて……?」
「私は十層の泉……日本からで言うところの、四十層の泉に破棄されたのよ」
破棄、された? これから破棄されるんじゃなくて?
ホムンクルスが言うには、すでにホムンクルスの維持は採算が合わないとなっていて、地球の人が到達していないエリア、地球から見て四十層の泉に、両手足を縛られて捨てられたのだとか。
「いや……。え? 月の人は頭がおかしいの? え? 生きたまま泉に……?」
――やりそうね。
「やりそうなの!?」
待って本当に月ってどういうところなの? 人格破綻者の集まりとかそんな感じだったりしない? 今のところ、まともな人が一人もいないと思うんだけど。
――失礼ね。私がいるじゃない。
「…………」
――どうして無視するの? ねえ?
そういうことです。
「続けるけど」
「あ、はい。どうぞ」
泉に捨てられたホムンクルスが、夢の中で出会った存在。それが、神様。神様は現在のわたしたちの状態を説明して、なおかつ地球から見て六層の泉に転移させたのだとか。チャンスを与えてやろう、みたいなことを言われたらしい。
ホムンクルスも最初は信じてなかったみたいだけど……。実際にわたしを、わたしたちを見て、考えを改めたのだとか。
でも……。神様。神様なんて、いるわけが……。
「綾瀬菜月」
呼ばれて、ホムンクルスを見る。その目は、何故か同情的だった。
「地球には神社というものがあるそうね」
「まあ、あるけど……」
「違和感は、なかった? 神様の伝承を聞いて、何か違うような、そんな気はしなかった?」
「…………」
した。している。神社で神様の話を聞くたびに、何か違うような、神様はそういうのじゃないとか、そんな漠然としたものを感じてる。
神様は、助けてくれる存在。そんなことあり得ないって。それどころか……。
「理不尽そのもの。違う?」
「…………」
ああ、そうだ。その通りだ。神様はそんな都合のいい存在じゃない。むしろ、人のことなんて何とも思ってないほどに理不尽な存在で……。
ああ……。ああ。そうだ。わたしは。わたしは、神様に会っている。
――な、菜月?
――リーナ……。あの……。わたし……。
――う、うん。どうしたの? もう話し合いはしたでしょう? 菜月は菜月。その体は、菜月のものだって。
――それは……。
それは。わたしもこの世界で転生したと思っていたから。本当にたまたま、何かしらの偶然が重なって、結果的に奪ってしまった、とか……。この世界で完結している話だと思っていたから。
でも、違う。違うんだ。
ああ、そうだ。そうだよ。わたしは、最低なやつだ。
「わたしは……。こことは違う世界の、地球で生きていて……」
――え?
「その地球で死んで……。神様に出会った」
どうして死んだかは、はっきりと覚えてない。交通事故、だったような気がする。だからわたしが選ばれた理由とか、特になかったはずだ。
確か、神様は言っていたはず。たまたま目についたお前にする、とか。自分を楽しませろ、とか。
そして……。そして。
「転生したい世界を……聞かれて……。好きなお話の世界を……選んで……」
そうだ。リーナは、転生に失敗するはずじゃなかった。この世界に転生して、新しい生活を謳歌して、月の魔法でダンジョンを攻略していく……。そんなお話、だったはず。
わたしも、そんなダンジョンに入ってみたい。その世界の主人公、リーナとお友達になりたい。そう、願った。願ってしまった。
願ってしまった結果が、リーナの体の乗っ取りだった。
「う……」
吐き気がこみ上げてくる。そうだ。私は、私が、選んだんだ。この世界を。リーナの友だちになることを。それが何を意味するのかなんて考えることをせずに。
「うええ……」
思わず、その場にうずくまって吐いてしまった。
わたしは……。わたしの意志で、リーナの体を奪ってしまったようなものだ。リーナをもう一度殺してしまったようなものだから。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
わたしが。わたしがいなければ。リーナはこの世界で、幸せに……。
――ごめん。とりあえず聞き終えた感想だけど……。菜月って、バカでしょ。
「ごめんなさ……。え?」
――何度も言ったでしょ。今のこの体は菜月のものだって。私はそれで構わないって。むしろ、菜月がいないなんて、今更考えられないから。
どうしてだろう。リーナは目の前にいない。いるわけがない。それでも、なぜか、苦笑いしてるリーナの顔が簡単に想像できてしまった。困ったような、仕方ない子だ、なんて呆れているような、そんな顔。そんな、感情。
――あなたが言うところの、体を奪われたリーナが、ちゃんと言ってあげる。私のもとに来てくれてありがとう。私は今の毎日がとっても楽しくて、幸せ。
「あ……」
単純だ、と言われるかな。でも、たったそれだけのリーナの言葉で、わたしは救われたような気持ちになった。
ゆっくりと深呼吸して立ち上がる。わたしは、ここにいていい。リーナがそう言ってくれてる。だから、わたしはリーナと一緒にいる。これからも、ずっと。
「なによ、それ」
目の前のホムンクルスが吐き捨てるように言った。
「話が違うじゃないの、神様。菜月の記憶を思い出させたら、絶望して自分から消えるだろうって言っていたのに……!」
――ええ……。なにそれ。転生させた神様でしょ? 何を考えてるのよ。
「言いそう……」
――待って。もしかしなくても月の連中よりやばいやつなの?
やばいやつです。
いや、実際には神様っていろんな神様がいるらしいけど……。少なくとも、わたしを転生させた神様は邪神もいいところだと思う。自分が楽しむためにわたしを転生させて、そして多分、また自分が楽しむためにこの場を作ったんだと思うから。
今も、この場の様子を眺めてるんじゃないかな。そして神様からすれば、わたしが消えようがホムンクルスが消えようが、どちらでもいいんだと思う。そういうやつだ。
――ろくでもない……。
私もそう思うよ。
「はあ……。もうちょっと、生きていられると思ったんだけどなあ……」
「ん……。ごめんね。わたしも、死にたくはないから」
リーナのためなら体を明け渡さないといけない、と思ったけど……。多分、リーナが全力で拒否してくる。それが分かるから、わたしももう何も言うつもりはない。
「それじゃあ……。リーナ様。せめて、もう一度、直接話せませんか?」
――はあ? 私の説得がだめだったから菜月を選んだのでしょう? 今更私を説得できるとでも思っているの? 私は、あなたを殺したいと今も考えているのだけど。
「わたしは、レフィの記憶を持っています。死の直前の記憶まで」
――…………。
「最後の言葉を、あなたに」
――…………。菜月。
「ん」
リーナの希望なら、もちろん受け入れる。どうしてか、あの病室の一件以来、わりと簡単に入れ替わることができるようになったからね。きっとこの時のためなんだと思う。多分。
目を閉じて、意識を集中する。イメージは、海の中に飛び込むような感じで……。